ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 ヒサヤさん、誤字報告ありがとうございました!


第4話 恐怖を超える者

 2025年11月14日 PM12:15

 ダイシーカフェ

 

 

 昼時のダイシーカフェ。

 そこは魔境と言っても過言ではない忙しさだった。

 店主は頭を抱える。どうしてこうなったのか、と。こうまで忙しいなら“アイツ”も出勤してもらえば良かった、と。

 店主の娘は目が回る。父の手伝いのため、子供用のメイド服に袖を通すのは珍しくない。だがここまで忙しいのは経験がない。駆け回り、目を回し、どこか半泣きになりながら、父の手伝いを勤しむ。

 

 席は満席。常連の顔ぶれはもちろんだが、新規の顧客も食事や雑談を楽しんでいる。かいつまんで言えば商売繁盛と言ったところだ。混んでいる、といっても長居する客もいない。店内の様子、そして店主とその娘の状態を察してか、食事を楽しみある程度雑談し、席を立ち会計を済ませ店を出る。よっぽど味に満足したのか、大抵の客は「また来ます」と一言述べることから、ダイシーカフェの料理は相当なものであることが分かる。

 その一言は店主にとっても、娘にとっても、嬉しいものだった。

 娘としては父の料理の腕を、店主としては自分と“アイツ”なる者が試行錯誤を重ね失敗を積み重ねた結果のメニューである。美味かった、また来る、という言葉は何物にもまして嬉しい言葉に違いない。

 比喩ではなく多忙すぎて吐きそうになるも、その客からの何気ない一言で店主と娘は気力が湧いてくるというもの。

 

 とは言え、店主も鬼ではない。

 過酷とも呼べる、現在のダイシーカフェ現場環境。小学生には厳しくないわけがない。店主の妻は買い物に出ており、帰ってくるまでと考えていたが、あまりにも可哀想。

 そう判断した店主は自身が苦しいにも関わらず敢えて笑顔で言う。

 「もういいぞ、レベッカ。ありがとう。助かったから休んでてくれ」

 

 しかし娘は直ぐに首を横に振った。考える様子もなく、少女もまた青い顔をしたまま満面の笑みで。

 「私は大丈夫です。ダディはお料理を頑張ってくださいです」

 

 苦しいはずだ、辛いはずだ、何よりも帰って遊びに行きたいはずだ。

 なのにも関わらず、少女は親の気持ちを汲み取り、そちらを優先にする。それが自分が一番したいことであると、少女は暗に語りながら、魔境とも呼べる現状を笑みを浮かべて踏破していく。

 

 店主が感激するのも無理はない。

 自分の娘は、いつの間にか立派に育っていた。

 自分の教育が正しいとは言わない。そこまで自分と妻は万能ではなく、間違いも侵すし、欠点だらけの人間と言える。それでも、だとしても、娘は立派に育ってくれた。それが感動せずにいられるだろうか。唇を噛み締めて、目に浮かぶ涙をながすまいと必死に堪える。

 

 感動は伝播する。

 少女の健気さに涙を浮かべる者、笑顔で微笑ましく見る者、何やら息を荒く頬を紅潮させて少女を見つめる危ない奴。

 様々な人間が、様々な感情を持って、一人の少女の成長を見守っていた。

 

 そんな中、彼もまたその一人。

 黒縁メガネをかけてスーツを着た、これまた洒落っ気のない様子の男性が少女をカウンター席に座りながら、生暖かい目で見つめていた。

 きっと彼には他意はない。邪な事も考えてないし、純粋な気持ちで、少女の頑張りを微笑ましく見つめていることだろう。しかしどういうわけか――――胡散臭い。

 何やら嘘っぽい笑み、嘘っぽい表情、これまた嘘っぽい雰囲気。本当に微笑ましく見ているのか、と疑いたくなる何かを彼は纏っていた。

 

 

「言っておくけどさ、今のアンタ相当怪しいぞ?」

 

 

 と、少なくとも少年にはそう見えたようだ――――。

 

 いつの間にか少年は、彼が座っているカウンター席の後ろに立っていた。

 店主も少年の登場にさして驚いた様子もない。むしろ来ることを知っていたように、顔見知りと言わんばかりの態度で、彼の座っているカウンター席の隣を視線を向ける。

 まるでそこに座れと言わんばかりの態度に、少年は不快に思うこともなく素直に従うことにした。

 

 方やスーツ姿の彼。

 方や古ぼけたレザーブルゾンにダメージジーンズとラフな恰好な少年。

 対象的な二人は肩を並べて席を共にする。

 

 

 怪しいと称された彼は不快に思うことはない。

 むしろ言われ慣れているのか、特に気にする様子もなく。

 

 

「僕は微笑ましく見ているつもりだったんだけどねー」

「傍から見たら怪しいって言ってんの。気をつけろよ菊岡さん、官僚が幼女を怪しくみつめて逮捕なんて笑えない」

 

 

 スーツ姿の彼――――菊岡誠二郎は気にすることなく笑みを浮かべたまま少年の軽口に付き合った。

 

 

「ハハハッ、それは確かに笑えないね」

「いやいや、滅茶苦茶笑ってるだけど」

「思い出し笑いさ。先日も顔見知りが不純異性交遊で捕まったのを思い出してね」

「……まさか官僚とか言わないよな?」

「いいや、違うよ」

 

 

 思わず少年は、ほっ、と胸を撫で下ろす。

 

 菊岡は国家公務員のキャリア組で、何者かが拡散した『ザ・シード』によって爆発的に広まり、今もなお拡張し続けているVRワールドを監視する国際エージェントでもある。

 言うなれば高給取りの官僚。彼らの給料は、国民の血税によって徴収されたものといっても過言ではない。菊岡の顔見知りであるのなら、菊岡と同じく官僚であるのかもしれない。そんな人間が、不純異性交遊で捕まったなんて、本当に笑えない冗談にも程がある。

 

 しかし菊岡は言う。

 違う、と笑顔で断言する。

 

 少年は思わず安心してしまったのだ。

 良かったと。まだまだ、日本の中枢部は腐っていない――――。

 

 

「確か教師、だったかな?」

 

 

 ――――前言撤回。

 日本は、腐りきっていた。

 

 

「菊岡さん、それ全然笑えない」

「本当だよね。教師が何を教えてるんだって話しだ。保健体育かな?」

「……アンタさ、実はモテないだろ?」

「えっ、どうしてわかったんだい?」

「ジョークが絶望的につまらないから」

 

 

 隣に座る官僚を、半目で睨む少年。

 さすがの菊岡もその眼光には居心地を悪くしたのか、乾いた笑みを浮かべて。

 

 

「あはは、安心してよキリトくん。不純異性交遊の下り、嘘だからさ」

「しかもしょうもないところで嘘言うし」

 

 

 キリトと呼ばれた少年――――桐ヶ谷和人は深くため息を吐いた。

 そしてチラッ、と菊岡の前にある料理を見る。料理というよりもそれはデザート。和人にとってはあまりにも馴染みがないもので、それがパンケーキとなるものがわからないものの、デザートであることだけは理解が出来る。余程、菊岡の舌に合うらしい。現にもう既に完食寸前である。一口、あるかないかのような状態。

 大の大人がデザート。見る人間にとってはギャップを産むのかも知れないが、生憎と和人の琴線には触れなかった。

 

 

「ここのパンケーキだけどね、滅茶苦茶美味いよ?」

 

 

 和人の視線がどこに向けられているのか、菊岡は読み取ると無邪気な笑みを浮かべて。

 

 

「一口食べるかい?」

「いいや、いい。俺は別なもの頼むから」

「それは残念。好きに注文していいよ? ここは僕が奢るからさ」

「それもいい。アンタにこれ以上借り作ると何をさせられるかわかったもんじゃない」

「釣れないなぁ。ひと夏を共に過ごした仲じゃないか」

「言い方」

 

 

 淡白に言うと、和人は注文も見ないで店主にブラックコーヒーを注文した。

 彼とてダイシーカフェには何度も通っている常連だ。何があるかなどメニューを見なくともわかっている。 店主も和人が何を頼むのか最初から分かっていたようで、彼を見たときから作業を開始しており、注文と同時に一人の前にコーヒーが置かれた。

 和人は思わず申し訳なさそうに「ありがとう」と呟くが無理はない。現在どれだけ忙しいか理解しているつもりだ。それなのに自分を優先にしてくれた店主にはありがたいと思うし、その反面やはり申し訳なくなるというもの。

 店主も和人の思いを汲み取っているのか、ウィンクして応じ別の客への調理へ戻っていく。

 

 菊岡からお茶をしないかと誘いを受けて、和人は応じた。

 それはつい先日のことであり、和人も軽い気持ちでダイシーカフェを指定する。

 しかしこれは予想外だ。ここまで忙しいと誰が読めるだろうか。このままずっとカウンター席を占領するのも、何だか気が引ける。そう考えた和人は、早々に切り上げるために話しを進めることにした。

 

 

「それで何の用だよ、菊岡さん?」

「用って程じゃないんだ。ただキリト君とお茶をしたくなってね」

「……俺とアンタって、そこまで仲良かったっけ?」

「つれないなぁ。僕と君の仲じゃないか」

 

 

 どんな仲だよ、とツッコミかけるがグッとこらえる。

 これ以上話しを脱線しかねず、マイペースに最後のパンケーキ一切れを頬張る官僚相手にペースを握られかねない。

 

 

「うん、本当にパンケーキ美味しいな。おかわりしちゃおうかな?」

「だったら本人がいるときに褒めてやりなよ」

「本人?」

 

 

 はて、と菊岡は首を傾げた。

 和人の言い方は奇妙なものだからだ。まるでこの場にいないような、別の人間が作ったかのような言い方に、菊岡は首を傾げて自身の問を素直に口にする。

 

 

「店主さんが作ったんじゃないのかい?」

「作ってるのはそうさ。でもレシピを考えたのは別の奴」

「へぇ、凄いな。それって誰?」

「多分、菊岡さんも知ってるはずだと思うけど」

 

 

 ふーん、と口直しに水の入っているコップを手に取り、口つけて水を流し込む。

 菊岡が美味いと絶賛しているパンケーキのレシピを考えたのは誰なのか、和人は何気ない口調で呟いた。

 

 

「茅場優希」

「――――っっ!?」

 

 

 あまりにも予想しない名前が出てきて、うっ、と菊岡は吹き出しそうになりながらも必死に堪えた。

 茅場優希なる人物の人間性を知ってスイーツのレシピを考案したという事実が面白かった、といった反応ではない。

 そもそも茅場優希という人間の名が苦手で、突拍子もなくその名を聞いて驚いた、といったニュアンスが正しい。そんなリアクションを取りつつ、菊岡は激しく咳き込みながら問いを投げた。

 

 

「えっ、彼って、ここで、働いてるの?」

「知らなかったのか?」

「初耳だよ」

 

 

 そこまで言うとキョロキョロと落ち着きなく店内を見渡す。

 やっと店内は落ち着きを取り戻し、空席も目立ち始めていた。どうやら昼頃のラッシュは終わった様子。店内には客の他にも、「頑張りますです!」と再度気合を入れる店主の娘、そして微笑ましく見ている店主の妻が接客をし、店主はそれを涙目で見守っている。

 

 問題の人物はこの場にはいない。

 そう確証を得られないのか、菊岡は小声で訪ねた。

 

 

「今日は彼はいないのかい?」

「多分、休みだと思うけど」

「そうか。良かった……」

 

 

 ほっ、と緊張の糸が切れたと言わんばかりに菊岡は笑みを浮かべた。

 とは言え、和人にはその反応は腑に落ちなかった。菊岡の反応は、茅場優希を苦手としているような反応でもある。和人にとって認めるのは癪だが、優希は外面は良い方だ。初対面の相手には何重にも猫を被り接し、誰もがそれが茅場優希の本当の顔であると信じて疑わない。

 

 だがそれは違う。

 本当の彼は、粗暴で口悪く、性根も気持ちの良い人間性ではない。直ぐに嘘をつくし、偽悪的な部分もある。

 しかしそんな顔を見せるのは、限られた人間に対してだ。

 

 そして菊岡がその“限られた人間”の中に入っているかと問われれば、和人は否と断ずることが出来る。

 誰にでも心を開くほど、優希はお人好しではない。初対面には猫を被り、警戒心を緩めることもなく、些細な素振りすらも見逃すことはなく、他人からの悪意に過敏に反応する。

 ともなれば、菊岡は猫を被っている優希を苦手としていることは明白。だがあの茅場優希が、猫を被った状態で苦手意識を持たられるなんてヘマをするとは思えない。

 

 だからこそ、和人は腑に落ちなかった。

 菊岡が何を持って、優希を苦手としているのかわからない。

 だらこその知的好奇心。丁度、店内も落ち着いた様子であるし、雑談がてら自身疑問をここで解消することにする。

 

 

「苦手なのか?」

「苦手というか……うん、そうだね。僕は彼が苦手だ」

 

 

 思いの外素直に認めた菊岡は、かけているメガネを右手の中指で押し上げて続ける。

 

 

「夏休み、帰還者学校に君を呼び出してSAOで起きた事を聞いたろ?」

「あぁ、そうだけど」

「実はね。別の日に彼も呼び出して、聞いたんだ」

「SAOで何が起きたか?」

「そう。あとは噂の事実確認、かな?

「噂って?」

「それは――――茅場先生と家族だったのか、ってことさ」

 

 

 ピクッ、と和人は反応する。

 聞き捨てならない事実に、和人は感情を押し殺し、平静を装ってコーヒーを口にして。

 

 

「それで、返事は?」

「真実だったさ。呆気なく、素直すぎるくらい、考える間もないくらい、彼は認めたよ」

 

 

 だろうな、と心の何処かでその答えを予想していた自分がいることに、和人は気付いていた。

 彼ならそう答える。自分に不利になることだとしても、敢えてそうしているかのように、自分から苦難な道へと進んでいく。それが茅場優希という男の本質だ。常人では考えられない。いいや、常人だからこそ考えられない選択を、優希は常に選んでいく。良く明日奈は、あんなバカの手綱を握れるものだ、と何度感心したかわからない。

 

 しかしこれは茅場優希の本質を何となくわかるからこそ、笑い話になるというもの。自分を嫌悪し追い込む狂気だけで構成されているわけではない。口では文句を言いつつも、何だかんだ言って他人のために行動することが出来る善良なる部分も確かに存在する。性根は歪んでいるものの、在り方は真っ直ぐ。そんな複雑で、相反する価値観を持っている。それがわかれば、笑い話にもなる。

 

 だが優希を良く知らない人間別だ。

 優希を何も知らない人間からしてみたら――――。

 

 

「僕は彼が、不気味に見えるよ」

 

 

 ――――理解の外で存在する、化物に見えることだろう。

 

 

「どうして彼は、自分が不利になる事実を平気で認めることが出来る? 茅場先生の家族なんて、誰よりも隠したい筈なのに」

「…………」

 

 

 誰もが善良であるわけがない。

 優希もSAO事件に巻き込まれた被害者だ。何度も死にかけることがあったし、その都度歯を食いしばり、前だけを見て進み続けてきた。茅場の家族というだけで逆恨みされ、非人道的な実験の被験者になったこともあった。もしかしたら、和人の知らないところで被害にあっている可能性すらある。

 

 それでも優希は泣き言を言わなかった、己の置かれた理不尽な状況に嘆くこともなく、いつもどおりこれまでどおり捻くれ者は前だけを見つめていた。

 

 なるほど、確かに。

 優希を知らない人間からしてみたら、それは歪に見えるし、苦手とし、不気味に思えることだろう。

 まともじゃない。その一点だけは和人も同意する事実だ。どんな人生を歩んだかなど定かではないが、優希の感性は常人のそれではない。合理的とは言わない選択をし続ける非合理の怪物。それが茅場優希の中には確かに存在する。

 わかっている。優希が完全なる善人というわけではない。人間なのだから、何かが欠けている部分もあることはわかっているつもりだ。

 だが、だとしても。

 

 

「それで、今日呼び出した要件は何だよ菊岡さん」

 

 

 だとしても、理解は出来ても、納得が出来ない自分は、本当に子供なものだと和人は自分自身が嫌になる。

 菊岡は間違っていない。感じることは人それぞれ違うものだし、共通した認識がないからこそ人は人たらしめる。そして感情が制御できず、抑えが効かないのも、人を人としてたらしめる要素の一つと言えよう。

 

 友人と呼ぶには剣呑すぎる間柄であるし、宿敵と断じるまで決裂した仲というわけでもない。

 和人と優希。二人の関係は、本人達が説明できないほど複雑なもので拗れている。だとしても、だからこそ、何も知らない人物が優希を悪く言うのは、どうにも納得ができない。

 

 だからこそ和人は話しを切り出した。

 これ以上、聞かないためにも。自身の感情が暴走しないための安全装置を自分自身で組み込んで。

 

 対する菊岡も何となく、和人の剣呑な雰囲気を察したのか、素直に和人の疑問に答えるためにあることを問う。

 

 

「そうだね、単刀直入に言おうか。キリト君はさ――――GGOというゲームに興味はないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリトも妙なことに巻き込まれたな?」

 

 

 ほら、コーヒーのおかわり、と今まで横耳で聞いていたのか店主――――アンドリュー・ギルバート・ミルズは言った。

 店内は落ち着きを取り戻していた。というのも、客としているのは和人くらいなもの。テーブル席に突っ伏しているアンドリューの娘と、アンドリューの妻はそんな娘の頭を優しく撫でている。

 

 自分も忙しかったろうに。

 家族の輪に入って休憩してもいいのにも関わらず、アンドリューは和人を気にかけていた。

 

 アンドリューが妙なことというのは、先程の菊岡の話に他ならない。

 等の本人である菊岡の姿は既になく、あるとすれば彼が置いていった音楽プレーヤー。もちろん、それは音楽が録音されている一般的なプレーヤーではない。とある現場の喧騒が録音されている、これまた奇妙な音楽プレーヤーである。

 

 ため息をつきたくなるのを押し殺して、和人は「ありがとう」と一言だけ述べると苦笑交じりにアンドリューに言葉を返す。

 

 

「本当だよ。未成年の俺に依頼することか普通?」

「それだけお偉いさんも、お前の腕ってやつを買ってるんだろうさ」

「こればっかりは迷惑って感じ」

「全くだ。……それで、本当に可能なのか?」

「何が?」

「ほら。ゲーム内で起こった銃撃で人を意識不明に出来るってヤツ」

 

 

 神妙な顔つきで言うアンドリューに、和人は自信を持って首を横に振って。

 

 

「不可能だ。アミュスフィアの安全面は完璧。間違ってもナーヴギアみたいなことにはならないよ」

 

 

 菊岡の要件とはとある事件の話しだった。

 ガンゲイル・オンライン、通称GGOと呼ばれるVRMMOで事件があった。事件と言っても、プレイヤー同士のいざこざなんて毎日起きていることであり、そんなものをいちいち取り上げては、それこそキリがないというもの。であるのなら、VRワールドを監視する国際エージェントである菊岡誠二郎が動くとなれば、それだけ大きな事件というものだ。

 

 問題の事件となっている被害者のプレイヤー名はゼクシード。本名、茂村保。

 第二回バレット・オブ・バレッツの優勝者でもある彼が意識不明の重体となっている。それだけ聞けばなんてことはないことだ。しかし問題はここから。ゼクシードは昨日、ネット放送局『MMOストリーム』の人気コーナーである『今週の勝ち組さん』の出演者だった。

 進行具合も順調そのもの。問題があるとすれば、ゼクシードの他プレイヤーへの挑発行為以外、何も問題はなかった。何かあっとすればここから。いきなりゼクシードは回線が切断されたのか消えてしまった。

 

 そしてまもなく、彼は意識不明となって病院へと搬送されることになる。少しでも通報が遅れていれば、助からなかった命だ。何者かが救急車を手配していなければ、ゼクシードはこの世にいなかったと断言できる。

 何が原因なのか診断しても不明、原因も不明、しかし何かがあったに違いない。

 

 そして何かはあった。

 その“何か”は菊岡が持ってきた音声プレーヤーの中に入っている。

 それは宣言であり、勝鬨であり、開幕を告げる鐘でもあった。普段であれば、ただの偶然と一蹴されるものであるが、何もかもが不明瞭であることから、藁にもすがる思いで菊岡達もこの音声の主を調査しているのだろう。

 

 

「それで俺を宛にするかね普通?」

 

 

 余程人材が不足しているのか、それとも桐ヶ谷和人の――――キリトの腕前を買っているのか。どちらにしても和人にとっては迷惑な話しだ。

 

 菊岡の要件とはつまり――――件の事件への調査。

 ガンゲイル・オンラインへと趣、事件の容疑者なる人物と接触してほしいということだ。

 

 アンドリューは納得できない、と言わんばかりの口調で。

 

 

「キリトは受けるのか?」

「まぁね。菊岡さんには借りがあるし」

「借り?」

「エギルには言ってなかったけ。俺達のナーヴギア回収されたろ?」

「あぁ」

「俺さALOにログインするとき使ったんだよナーヴギア」

「どうやってだよ? 回収されたろ?」

「それを秘密裏に俺に渡してくれたのが、菊岡さんなんだよ」

 

 

 あぁ、そういうことか。とアンドリューは納得して。

 

 

「何だっけ、その問題のヤツ」

死銃(デス・ガン)?」

「そうそれ。どうなんだ実際、GGOでも話題になってたりするのか?」

「微妙だな。それよりも今は偽物の話題に持ち切りみたいだ」

 

 

 和人の偽物という単語に、アンドリューは何を指しているのかわかっているようだ。現に、アンドリューは「あぁ、なるほど」と納得し頷いた。

 

 偽物。それは何かのまがい物に他ならない。

 それこそは――――アインクラッドの恐怖。

 今、ガンゲイル・オンラインを騒がせている問題の一つであり、無関係とは言い切れない和人達にとって無視できない事柄でもある。

 

 

「それよりも妙だよな。どうして本物がいるのに、アインクラッドの恐怖を名乗ったりするかね?」

 

 

 アンドリューが疑問に思うのも仕方ないことだ。

 本物がいるのならどうして自称するのか。それはバレる嘘だ。本物、もしくはその関係者が存在すれば、偽物であると判明してしまう。いつかは嘘であることがバレてしまい、今度は偽物の首を絞めることに繋がる。

 

 和人は少しだけ考えて。

 

 

「多分、アインクラッドの恐怖って名乗りやすいからじゃないか?」

「どういうことだ?」

「ほら、アイツって素顔隠して活動してたろ? だから本物が誰なのか判別できないから」

「でも優希がアインクラッドの恐怖って周知されてるじゃないか」

「アイツが素顔に晒すようになってからフロアボス単騎攻略なんてしてるの誰も見てないだろ?」

「…………あっ」

 

 

 和人の言わんとしていることが理解できたのか、アンドリューは息を呑んだ。

 一度頷いて、和人は続けて言う。

 

 

「アインクラッドの恐怖はある種の都市伝説みたいになりつつある。俺達と合流してから、アイツは良い意味でまともになったからな」

「優希が偽物になりつつあるってことか」

「アインクラッドの恐怖として活動しているアイツの素顔なんて見えなかったからな。最初は周りも信じてたけど、思いの外滅茶苦茶なことやってないし、統一デュエルトーナメントの結果もあって、アイツを偽物と吹聴する奴も現れるようになったみたいだ」

「当の本物も他人の評価なんて気にしないもんだから、放って悪循環ってか……」

 

 

 ハー、っとアンドリューはため息を吐いて。

 

 

「アイツって今なんのVRMMOやってるんだっけ?」

「確か『アスカ・エンパイヤ』だったかな? 和風な感じのやつ。木綿季も一緒みたいだけど」

「それで、お前はどうするんだ?」

「どうするって?」

死銃(デス・ガン)の件、優希に言うのか?」

 

 

 確かに、ここで優希に言えばあとは話は簡単なものだ。

 彼はきっと、相談してきた和人を茶化すことなく、手を貸すに違いない。茅場晶彦の遺産として、現在までVRMMOというジャンルは発展を遂げていた。となれば優希が責任を感じるのは当然の帰結であるし、彼は関わりぬくに違いない。

 和人にとってもそれはありがたい事実だ。一人よりも二人、それも自身と何度も競い合ってきた男が手を貸してくれるともなれば、これほど心強いことはない。

 

 しかし。

 

 

「いいや、言わないよ」

 

 

 和人は首を横に振って、優希に話すことを否としてしまう。

 

 

「どうしてだ? アイツなら――――」

「手を貸してくれるだろう。わかってるさ。だから言わないんだ」

 

 

 今まで、どれだけ茅場優希が苦しんできたか。

 全容を知らない和人はただの想像でしかない。でもこれ以上、優希に負担をかけるわけにはいかない。これ以上頼ってなんていられない。他人から見たらそれはつまらない意地なのかもしれない。だが和人にとっては、それが全てであった。肩を並べるために、ずっと研鑽してきた。ここで縋るのは、和人の男の矜持に傷をつけることに他ならない。

 

 アンドリューも何となく理解する。

 そうか、と一度頷いて。

 

 

「わかった、俺も言わねぇよ。でもな、ヤバかったら言えよ。俺も力を貸すからよ」

「あぁ。ありがとう、エギル」

「本当に言えよ? お前もアイツと同じで、目を離すと直ぐ無茶やるんだからな」

 

 

 和人からの返答はない。

 苦笑でもって受けて、そのまま返す。

 そして音楽プレーヤーの画面を指で突付き、ワイヤレス型イヤホンを耳に差し込んだ。

 それこそが問題の現場の音だった。喧騒と共に一発の銃声。しんとなる周囲のしずけさに耳を傾けていると、鋭くそれは告げる。

 

 

『これが本当の力、本当の恐怖だ!』

『俺と、この銃の名は死銃、『デス・ガン』だ! 』

『刮目せよ! 俺が、俺こそが、棺桶から蘇りし恐怖そのもの!』

『いいや、俺こそが! ――――恐怖を超えるものだ!』

 

 

 彼の者は死銃(デス・ガン)

 ガンゲイル・オンライン内の首都、SBCグロッケンの酒場にて、『MMOストリーム』の放送中であったゼクシードが映り込んでいた映像を銃撃し、意識不明に陥れたかもしれない容疑者。

 そして、恐怖を超えると自称した者――――。

 

 

 

 

 

 




>>桐ヶ谷和人
 はじまりの英雄。
 実はまだガンゲイル・オンラインってない。
 僕らのオベイロン閣下が、最近登場してない主人公(笑)に何をしたか何となく察している数少ない人物の一人。
 アインクラッドの恐怖(偽)にはあまり興味がない。

>>菊岡誠二郎
 官僚さん。独身。モテない。最近シルフ領主のサクヤにぞっこん。頑張れ超頑張れ。
 主人公(笑)が苦手。何を考えているか読めないし、自分を顧みないので不気味に見える。当然の反応である。
 和人を買っている。

>>ダイシーカフェのパンケーキ。
 優希がレシピを考案したもの。
 新川くんと食べ歩いていたのもこれが原因、という建前。甘い物好きだから食べ歩いていただけ。

>>ひと夏を共に過ごした仲
 Extra Editionのアレ。

>>アスカ・エンパイヤ
 優希と木綿季がコンバートしている、とされているVRMMO。

>>ゼクシード
 一命を取り留める。
 誰なんだ、救急車を呼んだのはいったい誰なんだ?


Q キリトはまだGGOに入ってないの?
A まだです。

Q でも前話でアインクラッドの恐怖を調査している金髪の黒髪がいるっていったよね?
A いったね

Q もう一つ質問いいかな。キリトはGGOやってないって今言ったよな? あの黒髪は誰だ?
A 残念だったな、別人だよ。いつからキリトがGGOをプレイしていると錯覚していた?


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