ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第3話 従兄弟は鉄仮面

 2022年8月28日 AM9:30 東京都内某所 

 

 

 単刀直入に言うと、茅場優希は苦学生の部類である。

 両親は幼い頃に失くし、家族は居らず天涯孤独の身だ。親戚からも盥回し、と言うよりも両親の財産を狙って何とか優希の親権を欲しがった親戚達に見切りをつけて、彼の方から縁を切ったと言ったほうが正しい。

 

 彼の身元保証人は父の親戚であるが、金に目が眩んだ愚かな連中とは違った。

 変人、と言っても差し支えない。金に無頓着で、自分の好きなものにとことんのめり込んでいくタイプの人種である、と優希は認識している。

 

 話を戻すが、優希は苦学生である。

 両親の財産もある、身元保証人からも生活費を月に一度口座に振り込まれている。この現状だけ知っていればとても苦学生とはいえないし、むしろ彼の同年代からしてみれば金持ち過ぎるくらいだ。だが彼は貧乏であった。

 

 というのも茅場優希の誇り、というのかそれとも意地を張っているだけ、と言うべきか。

 彼は今まで、両親の財産にほとんど手を付けてないし、身元保証人からの生活費にも手を付けていなかった。

 

 生活費、家賃、学費などは全てアルバイトを掛け持ちして賄っていた。勿論、年齢は偽っている。

 優希は中学生だ。まだ幼さが残る容姿ではあるし、傍から見たら違和感を覚えることだろう。だがこれを彼は持ち前の猫被りからの高いコミュニケーション能力でクリアし、違和感と言う感情を上手く隠させていた。むしろ他人からは「若いのに大変」とか「人一倍頑張っているから応援したい」といった前向きな感想を抱かれていた。

 

 

 そんな貧乏である優希の足取りは軽かった。

 表通りにいる大勢の歩行者の隙間を器用に抜けて歩いて行く。日曜日であるからか、人が多い。本来人混みというのはあまり好きではない彼であるが、それはそれ。これも都会の醍醐味である、と受け入れられるくらい機嫌が良かった。

 

 彼が向かう先はバイト先である。勿論、働くことを生きがいにしているから機嫌がいいわけではない。

 ここまで機嫌がいいのは、ただ単にそのバイト先から出る給料が良いからに他ならない。

 

 というのも、雇い主は件の身元保証人である従兄弟に他ならない。

 生活費を受け取らないのなら、雇って無理矢理受け取らせようと言う魂胆なのだろう。優希もそれには願ったり叶ったりである。無償の施しではなく、労働に見合った賃金であるのなら話は別なのだ。

 

 

 そうこうしていると、優希の携帯が鳴り始める。

 

 

「あ?」

 

 

 それはメールの受信音ではなく着信音。

 ズボンのポケットからスマートフォンを取り出して通話ボタンを押し片耳に当てた。

 

 

「何の用だ?」

『いきなり何の用だって、どうかと思うのだけど先輩?』

 

 

 彼を先輩と呼ぶ人物は一人しかいない。電話口の人物――――朝田に優希は面倒くさそうな口調で問いかける。

 

 

「だったら何て言えば正解なんだよ?」

『電話してくれてありがとう、とか……?』

「切るぞ」

 

 

 有無を言わせない返しに、朝田はやや慌てながら。

 

 

『じょ、冗談だってば! 切らないでよ』

「それで、本当に何の用なんだ?」

『別に。……その、暇なら遊ぼうと思っただけよ』

「悪いな。これからバイトだ」

 

 

 そういうと「そう……」と若干声が暗くなるのを聞いて、優希は溜息を吐いて。

 

 

「今度ならいいぜ? 朝田の都合に合わせる。いつがいい?」

『……』

「朝田?」

 

 

 何故か黙った後輩に、優希はどうしたのか、と訝しむもそれはすぐに消えてなくなった。

 

 

『名前』

「あ?」

『何で毎回毎回先輩は私の名前を呼ばないの?』

「あー……」

 

 

 説明するのが面倒くさい、というよりも特別理由がない。

 初対面のときに『朝田』と呼んでしまったから、このままズルズル名字呼びになってしまっただけなのだが、彼女は果たして納得するだろうか。

 

 

 ――絶対に納得しねぇだろうなコイツ。

 ――結構、負けず嫌いだしな。

 

 

 結果、納得しない。

 そう結論付けた優希は強引な手でその場を乗り切ろうと試みた。

 

 

「今度な」

『今教えなさいよ』

「んじゃ、もう着くから」

『ちょっと、待ちな――――』

 

 

 さい。

 続く言葉を聞かずに、優希は通話を切る。

 今度会ったら小言を絶対に言われる。確信染みた運命を感じながら溜息を吐いて再び歩きだそうとするも、再び優希のスマートフォンから着信音。

 

 

 ――マジか。

 ――切られて直ぐリダイヤルかよ。

 ――コイツ、暇すぎじゃねぇか?

 

 

 嫌そうな顔をしながらディスプレイを見るも、直ぐに優希の表情は一転する。

 それは朝田ではなく、違う人物の名前。自然と口元が緩まるが、優希は気付いていないだろう。

 

 

「どうした?」

『あ、優希君。わたし、明日奈だけど』

 

 

 新しく優希に着信をかける女性――――結城明日奈は明るい口調で名乗った。

 

 

「名前出てんだからわかるっつーの。ンでどうしたよ?」

『うん、暇なら遊ばない?』

「明日奈、オマエもか……」

 

 

 どこかうんざりしたような口調の優希に、明日奈は不思議そうな声で問いかけた。

 

 

『どうしたの?』

「朝田からも電話あったんだよ。暇なら会えねぇかって」

『朝田くんから? あぁ、先約があったんだね』

 

 

 今だに朝田を男の人だと認識している幼馴染に、先程の通話の流れを簡単に説明する。

 

 

「まぁな。でも断った」

『え、用事でもあるの?』

「バイト」

『あー、なるほどね……』

 

 

 話しが早くて助かる、と思いながら申し訳無さそうな口調で。

 

 

「悪いな」

『ううん、わたしは気にしてないからバイト頑張ってね』

「おう」

 

 

 そこで通話が終了した。

 さて、と心の中で一区切りつけると、優希はそのままスマートフォンを操作してメールを作成していく。

 

 宛先は『茅場晶彦』という人物。

 本文の内容は『もうすぐ着くから、入れるようにしておいてくれ』という簡単なもの。

 

 それを送信すると直ぐに返答は返って来た。

 内容は『問題ない』というこれまた簡単な内容。

 

 

「あの鉄仮面が……」

 

 

 そう小さく呟くと、優希は歩き出した――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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 AM11:05 東京都内 とある研究所

 

 

 優希がやってきた建物の敷地は広大なものだった。

 倉庫のような白い巨大な建物が4つ並んでおり、一体中で何を研究し、何を生み出しているのか頻繁に通っている優希でさえ全く把握しきれていない。

 

 

 ――日本有数の研究機関。

 ――こんな中で、ピコピコを開発してんだからわかんねぇもんだよな。

 

 

 と、心の中で軽口を叩き優希は正面玄関から目的地に向かう。言うまでもないが、彼の言うピコピコというのはゲームのことである。

 ゲームの名前は『ソードアート・オンライン』。ナーヴギアという専用の機械から遊べるものである。この出現に世界は熱狂の渦に包まれて、近々ベータテストの参加希望者を募る予定であるらしい。

 

 らしい、と曖昧な表現をするのは、優希が『ソードアート・オンライン』に全く興味がないからに他ならない。というよりもゲーム自体に興味がない。

 ならば何故、彼がこんなところにいるのか。簡単な話だ、優希のこれから向かうバイト先は『ソードアート・オンライン』が関係しているからに他ならない。

 

 

 ――頭に装着して、『完全(フル)ダイブ』ねぇ……?

 ――今だに原理がわかってねぇんだが。

 ――よくもまぁ、オレも疑問に思わず被ってたもんだ。

 

 

 呑気なのか、危機管理がなってないのか。

 曖昧に考えながら、優希は目的地の部屋に到着した。彼は軽くドアをノックし、ドアを開けた。

 

 

 中にあるのは研究所というよりも、計算室と言った方が正しい気がしないでもない内装をしていた。

 パソコンが有るのは勿論だが、四方の壁を埋める業務用冷蔵庫のような大きさの最新式の量子コンピューターが設置されている。窓はなく、閉鎖的なものを感じさせられる。空調が効いているからいいが、これがもし効いていなかったら蒸し風呂になり下手したら死人が出るかもしれない。そう考えさせられる印象を与えていた。

 

 研究室にはパラパラと人影があり、各々与えられた作業を忙しなく行っていた。

 そんな中、研究室の真ん中に設置されているタワー型のパソコンの前に、一人男性がポツンと画面と向き合っていた。

 

 優希の探し人、つまり雇い主が見つかった瞬間でもある。

 彼は真っ直ぐその人物に向かい声をかけた。

 

 

「よう」

「来たか」

 

 

 お互い、簡単な挨拶である。

 その男性こそ優希の雇い主であり、身元保証人となっている従兄弟である。男性――――茅場晶彦は肩越しに優希を一目見て、直ぐに画面へと視線を戻す。そのままの体勢で。

 

 

「かけたまえ」

「へいへい」

 

 

 これまたお互い愛想があるとは思えない受け答え。しかし二人の様子に嫌悪感はない。

 優希は茅場の言うとおり、隣の椅子に深々と座り問いかけた。

 

 

「何してんだ?」

「カーディナルの最終調整だよ」

 

 

 Cardinal System。通称カーディナル。

 それは『ソードアート・オンライン』を制御する巨大なシステム群。もしくはメインプログラム。メンテナンスを不要とし、エラーチェック及びゲームバランサー機構で、世界のバランスを自己の判断で制御している。

 と、優希は最初に説明を受けている。だが何のことかわからないし、興味もなかったので全く覚えていなかった。

 

 優希はすっかり興味をなくしたのか、椅子の背もたれに身を預けて、両手を頭の後ろに組んで退屈そうに茅場の作業を見守っていた。

 

 

「退屈かね?」

「見ての通りに決まってんだろ」

 

 

 気怠げな様子のまま優希は続ける。

 

 

「ソードアート・オンラインってのはRPGってやつなんだろ?」

「そうだ」

「なのに魔法とかなくて、近接武器で戦うってどうなんだよ? 最近のRPGってのは魔法があってなんぼじゃねぇのか?」

 

 

 その意見に、茅場の興味が画面から優希へと移る。

 思わず優希へと視線を向けて。

 

 

「驚いたな。ゲームを大して詳しくもない君から、そんな真っ当な意見が出るとは思わなかった。真面目だな、わざわざ勉強してきたのかね?」

「驚いたんなら、表情に出せよ鉄仮面。いいから答えろよ、晶彦くんよォ?」

 

 

 少し拗ねた口調で問う従兄弟に、口元を少しだけ緩めながら茅場は応えた。

 

 

「これでいい、ソードアート・オンラインはこれでいいのだよ。魔法がなければ安全に戦う術を失い、皆クリアのために近接戦闘をせざるを得なくなる」

「……つまり、必死になる姿が見てぇ訳だ。オレが言うのもアレだが、アンタも性格悪いよな」

 

 

 そこまで言うと、優希は背もたれに寄りかかっていた上体を起こし、話を進めた。

 

 

「さっさと始めようぜ。アンタも暇じゃねぇんだろ?」

「そうだな。最後の実験を始めよう」

 

 

 茅場が取り出したのは巷で話題を独占しているゲーム機『ナーヴギア』だった。

 それを優希に差し出し、彼は疑う様子もなく頭に装着する。

 

 これこそが、優希のバイト内容。

 VR実験の被験者となることである。実験と言っても危険なものでなければ、ただ『ソードアート・オンライン』にログインしモンスターと戦ったり、武器を振るったりするだけの簡単なモノ。要はベータテストする前の試運転といったところである。

 

 

 ――このゲームがやりたくて仕方ねぇ人間なら羨むかもしれねぇが。

 ――オレには苦痛だったね。

 ――VR酔いっつーのか?

 ――インする度に気持ち悪かった。

 

 

 勿論今ではそんなことはない。

 慣れとは恐ろしいものだ、と優希は当時の思い出を振り返っていると。

 

 

「それでは始めてくれたまえ」

 

 

 茅場の声を耳にする。

 これで何度目になるのか数えるのも面倒くさくなり途中から数えていない。

 だが始まりはいつだって同じだ。開始コマンドを戸惑わずに優希は言葉にした。

 

 

「『リンク・スタート』」

 

 

 

 




→茅場晶彦
 通称鉄仮面。
 実は彼女持ち。

→『何で毎回毎回先輩は私の名前を呼ばないの?』
 不満全開。
 名前で呼ばれたいんだよ言わせんなよ恥ずかしい。

→『朝田くんから? あぁ、先約があったんだね』
 今だにそのままの勘違い。

→「オレが言うのもアレだが、アンタも性格悪いよな」
 自覚はある。
 似た者同士の可能性。

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