ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第16話 BoB本選前 ~先輩と後輩~

 

 

 12月14日 PM16:30

 ガンゲイル・オンライン グロッケン大通

 

 

 あれからストレアと別れたモブ(ユーキ)は大通りを歩いていた。

 人通りの数が衰えることはない。むしろ増えていると言ってもいい。それもその筈だろう。三十分後にはBoB本選が始まる。ガンゲイル・オンラインをプレイしているユーザーは直に見ようとログインをし、他のVRMMOをプレイしているユーザーも、実況と言う形でこの大会に注目している。

 

 興奮は治まらない。

 誰を注目しているか、誰が優勝するのか、誰に賭けるか、話題はそれで持ちきりだった。

 

 鬱陶しい、と。

 モブ(ユーキ)はぼんやりと思いながら猫背で背中を丸めて大通りを歩いていた。

 当事者ながらも冷めている反応であるが無理もない。彼にとって目標はBoB優勝ではない。最初はアインクラッドの恐怖を名乗るプレイヤーに興味があり、BoBに参加すると聞き参加したものの勝ち残り、折角だから上を目指す気持ちも微かに存在した。

 

 しかし状況が変わった。

 死銃(デス・ガン)と名乗る謎のプレイヤーの存在により、遊び程度の軽い動機から、危機感を持った戦場に赴くような心境へ。まるでその頃のよう――――ソードアート・オンラインにて攻略するために躍起になっていたあの頃のように。

 

 感覚が研ぎ澄まされていく。

 しかし致命的なまでに、あの頃には足りなかったものがあった。

 それは実力に他ならない。今の自分がどの程度の戦力になるのか、モブ(ユーキ)には判断が出来なかった。何せ、今の自分と昔の自分では力の差がありすぎ、敵がどの程度の実力なのか不明であるのだ。笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の残党というのなら、以前にも戦ったことがある筈なのだが、彼にはまったく覚えがなく、その程度の実力であった筈だ。だがそれも宛てにならない。昔の自分が勝てたから、今の自分でも勝てる保障がモブ(ユーキ)にはなかった。

 

 それに今回は、勝利条件が緩すぎる。

 自分達が出張って死銃(デス・ガン)を倒さずとも、ちゃんと役者が揃っている状況だ。

 

 出来ることといえば、耐えることだけ。

 標的となっている自分達が負けずに立ち回り、死銃(デス・ガン)が討伐されるのを待っていればいい。

 言ってしまえば持久戦に他ならない。

 

 

 ――オレはともかく、アイツらなら問題ねぇだろ。

 ――いざとなれば、オレが肉壁になる。

 

 

 ぼんやりと、考えながらモブ(ユーキ)は歩を進めていた。

 視線を上げれば、プレイヤー達とすれ違う。大笑いをしている者がいれば、飲み物食べ物を片手に大騒ぎしている者まで。

 

 記憶に新しい、アルヴヘイム・オンラインで行なわれた《第一回統一デュエルトーナメント》並みに周囲が熱狂に包まれていた。

 とはいえ、このような喧騒は嫌いではない。ただ問題が山積みとなっている今の状況で愉しむことができず、彼は遠巻きに見守りため息を吐いていると。

 

 

「やっほー」

「……」

 

 

 いつの間に隣にいたのか。

 気配がまったくなかった。自分が思考の海に潜りすぎていたのか、と思いながら彼は特に反応もせずに歩を進める。

 

 眼もくれずに歩き続ける彼に、声をかけた主は慌てながら後を追いかけてきて。

 

 

「ちょ、ちょっと無視!?」

「何の用だ?」

「辛辣だなぁ。ダーリンはもうちょい私に優しくしてもいいんじゃない?」

 

 

 そこで漸く、ピタッ、と足を止める。

 視線を送ると女性プレイヤーが一人。紙の色は黒、髪型は動きやすさを重視してるのかポニーテール。背丈は女性ながら長身の方で、両頬には煉瓦色の幾何学模様のタトゥーが彫られており、そのせいもあってかその面貌からは妖しさと危うさを放っていた。身体のボディラインがハッキリと視認が出来るボディスーツを装備しており、彼女の妖艶さを際立たせている。

 

 満面の笑み浮かべた彼女――――ピトフーイはどこか挑戦的で、獰猛な肉食獣を感じさせる笑みを彼女は張り付かせて、モブ(ユーキ)を見ている。

 

 ダーリンなどと呼ばれて本当にいやなのか、彼は露骨に顔を歪ませて苛立ちを隠すことなく前面に押し出しながら問う。

 

 

「今日はオマエ一人か?」

「ん? あぁ、そうだけど?」

 

 

 ピトフーイにいつも付いて回る大男の存在を思い出しながら、意外そうな口調で彼は口を開いた。

 

 

「珍しいな」

「そうでも――――なくないか。一応、私の彼氏でもあるしねアレ」

 

 

 彼氏、と言う割にどこか雑な扱いにモブ(ユーキ)は特に気にする素振りは見せない。

 

 ガンゲイル・オンラインを妹と共に始めて数ヶ月になる。

 ログインする度に、ピトフーイとその彼氏である大男とクエストや賞金首を狩りに出掛けていた。その都度、彼女達のやり取りを見ているからこそ、ピトフーイの彼氏への雑な扱いも慣れたというものだ。当初はあまりの扱いに、面を食らったものだが、それが彼女達の愛情表現なのだろうと無理矢理納得し現在に至る。第三者から見たら歪極まりないが。

 

 モブ(ユーキ)が面を食らったのは、彼氏への雑な扱いだけではない。

 

 

「うん、今日は私一人だよ。どう、嬉しい?」

「嬉しいわけねぇだろ」

「またまたー。今なら、私を独り占めだよー? どう、嬉しいでしょ?」

「全然」

「悲しいなぁ。私はこんなにも君を愛しているのに」

 

 

 これだ。

 本気なのか冗談なのか。彼女は彼氏がいるにも関わらず、モブ(ユーキ)にも思わせぶりな口ぶりでアプローチをかけてくる。これが影でやるなら彼女の気持も本気なのかもしれないが、彼氏の前でも態度を変えることなくモブ(ユーキ)へアプローチをかけてくる。であれば、彼女の言動は冗談と捉えるのが正解なのかもしれないが、その割には言動は情熱的で、モブ(ユーキ)を見つめる視線も熱が込めれている。

 

 だが彼にはどうでも良かった。

 所詮はゲーム内でのやり取り。もしかしたら、ピトフーイというプレイヤーもガワが女性で、中身が男性と言うこともありえる。どこかデジャヴを感じ、それもモブ(ユーキ)がピトフーイに嫌悪感を示す理由の一つ、つまりは同属嫌悪である。

 

 モブ(ユーキ)はため息を吐いて、億劫な気分のまま問いを投げる。

 

 

「それでマジで何の用だ」

「好きな人に会いに来るのに理由なんている?」

「迷惑だ。オマエ彼氏いるだろ」

「それはそれ、これはこれ。私って欲張りだから」

 

 

 にしし、と笑みをこぼして。

 

 

「半分は冗談」

 

 

 半分は本気なのか、という恐ろしい相槌は入れない。

 さっさと会話を切り上げたいモブ(ユーキ)にとって、不要な受け答えなど無駄以上に何者でもないからだ。

 しかし、

 

 

「BoB本選に出るんでしょ? 応援しに来たんだよ」

 

 

 どこで情報を掴んできたのか、相手にしていなかったモブ(ユーキ)がここで意識をピトフーイに向ける。

 それに満足したのか、彼女は笑みを深めながら、わざとらしく辺りを見渡すように見渡して。

 

 

「あれ、ユウキちゃんは?」

「先に行ってる」

「そっか、残念。会いたかったのになぁ~」

 

 

 あまりにも露骨な反応であった。

 会えなくて残念、というのは本心なのだろう。だがそれ以上に彼女は試すように、モブ(ユーキ)を視線を送っている。

 

 それがどういった意味を為すのか、彼女の真意はどこにあるのか、微かな悪意を彼は見逃さなかった――――。 

 

 

「おい」

「んー?」

「オマエが何を企んでいるかは知らん。勝手にやればいい」

「……」

「この世界で、右も左もわからなかったオレ達はオマエに世話になった。恩もある。だからある程度は見逃してやる」

 

 

 だがな、と言葉を区切り表情を変える。文字通りガラリ、と。スイッチを切り替えたと言ってもいい。

 先程まで億劫そうに苛立ちを募らせていた彼ではなく。その双眸には全てを呑み込み、全てを燃やし、全てを灰に変えるような瞳。深く暗く墨よりも黒い、深淵なる炎を連想させる眼の輝き。それはかつて、“アインクラッドの恐怖”として活動していた者の威圧――――その片鱗をここで開放してみせた。

 

 化物と呼ばれた者の暴威はそのまま続けて。

 

 

「アイツを巻き込んだら関係ねぇ。容赦なく潰すぞ?」

「へぇ?」

 

 

 対する彼女は涼しい顔で受け入れる――――訳ではなかった。

 身体を興奮でブルッと震わせて、治まったと思ったら、今度は熱を篭った視線をモブ(ユーキ)へと向けられ、その頬は僅かながら紅潮に染められている。

 その姿はどこか扇情的で、性的感覚を覚えているかのようでもある。

 

 異常とも呼べる状態だった。

 片鱗とはいえ、今のモブ(ユーキ)の威圧だけでいえばあの時の彼――――“アインクラッドの恐怖”と呼ばれた者のそれだ。遠く及ばないにしても、その心へ訴える恐怖なる威圧を受けて平然としている人間は少なく、少なくとも彼女のように性的興奮を覚えてる人間はもっと少ない。

 

 それでもモブ(ユーキ)は衰えることはなかった。

 警戒し、次の彼女から吐かれる言葉次第では、更なる深淵を開帳することだろう。剣呑な雰囲気は変わらず、真っ直ぐにピトフーイを見据える。

 

 彼女はそれがわかっていながら、気安く彼へと片手を伸ばす。

 頬を撫で、肩口まである金色の髪を梳いて、口元には笑みを張り付かせて。

 

 

「そんな眼で睨まれたら、ねぇ。――――逆効果だと思わない?」

「……それは言質を取った、ってことでいいんだな?」

「ウソウソ、冗談だよ。私もあの娘が好きだからね。可愛いし」

 

 

 名残惜しそうに、彼に伸びていた手を引っ込めて、安心したように笑いかけて。

 

 

「んー、バレてたのならいいか。参考程度に聞きたいんだけど、いつわかったの?」

「オマエが仕掛けるとしたらここしかありえねぇからな。あとは勘だ」

「そっか、なるほどね。んー! やっぱり私とダーリンは()()()()()()ね?」

「薄ら寒い事言うな」

「酷いなー! そんな邪険にしなくてもいいと思うけど?」

 

 

 その言葉に彼は応じない。

 話しは終わり、あとは戦場に赴くのみ。これ以上の問答は不要であると、モブ(ユーキ)は断じる。

 

 ピトフーイも止めない。

 語ることもなく、自分がどれほど彼を想っているのかなど、行動で示した。あとはどうするかは彼――――“アインクラッドの恐怖”次第であるのだから。

 

 それでも口にせずにはいられなかった。

 万感の想いを込めて、自身に秘める願望を乗せて、胸の高鳴りを抑えられず、彼女は思わず口にしていた。

 

 

「魅せてよね。今の貴方じゃない、本気の貴方を。全力のアインクラッドの恐怖を私に――――」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 数分後

 SBCグロッケン 総督府

 

 

 モブ(ユーキ)が総督府に着いた頃には、辺りは熱狂はピークと化していた。

 円形のホールにはガンゲイル・オンラインのプレイヤーが今か今かと、BoB本選が中継される予定である天井に吊るされた巨大モニターに釘付けになっている。大半のプレイヤーはそれを見るために、上を見上げているのだが、中には他のプレイヤーを観察するような視線を向けている。恐らく、BoB本選の参加者、もしくはその協力者なのだろう、とモブ(ユーキ)は予想していた。ギリギリまで情報を集めようとしている姿は、どこか必死であるものの、彼は笑わない。そこまでこの大会に賭けているのか、とむしろ感心するように探るような視線を甘んじて受けることにした。

 

 と、ここで。

 

 

「あっ、にーちゃん!」

 

 

 片手をブンブンと振り、嬉しそうな笑みを浮かべて、モブ(ユーキ)に向かって声をかける黒い髪で長身な美少女――――ユウキが視線の先にいた。

 あまりにも目立つ行動に、アイツらしい、と呆れた混じりの笑みを浮かべて、片手で応じ進む先をユウキの方へと向ける。

 

 彼女だけではなかった。

 不機嫌そうに、視線すら合わせない人物が一人。

 モブ(ユーキ)の存在を視界の隅に収めたのか、視線は天井に吊るされている巨大モニター、意識をモブ(ユーキ)へと向けて一言。

 

 

「よう」

「あぁ」

 

 

 短いやり取り。

 モブ(ユーキ)も思うところがあるのか、もう一人の人物――――キリトの態度に何も言わない。

 

 沈黙が流れる。

 キリトも当事者ではないのでこれ以上は言わずに、キリトの態度にも理解を示していることからモブ(ユーキ)からも継げる言葉もない。二人の間に沈黙が流れるのは、当然の帰結である。

 

 とはいえ、間に挟まれるユウキは居心地が悪かった。

 板挟み、とまではいかないものの、立場的には中立。だからこその辛さと言えるのかもしれない。

 

 パン、と。

 ユウキは手を叩いて仕切りなおすように。

 

 

「そ、それでどうしようっか!」

 

 

 ここで二人は反応を示した。

 バツの悪そうな表情を浮かべて、ユウキの気持ちを汲み取ったキリトは「ごめん」と一言呟き。

 それでも無反応を示したが、モブ(ユーキ)は意識だけを二人に向けている。

 

 キリトは少しだけ考えて。

 

 

「俺達がバラバラで行動するのは危険、だろうな」

「どっかに集まる?」

 

 

 ユウキの提案に、キリトは頷いて。

 

 

「その方がいいだろう。幸いにも狙われてるってわかってるし」

 

 

 そこまで言うと、今度こそ視線をモブ(ユーキ)に向ける。

 それでもこちらに応じない彼に、苛立ちを募らせて、棘のある言い方でもって問うた。

 

 

「……お前もそれでいいな?」

「構わねぇ。オレ達が死銃(カス)に負けなければゲームセット。簡単な話しだ」

 

 

 それ以上語ることはない、とモブ(ユーキ)は沈黙するも、キリトはそんな彼に聞きたい事があるようで、

 

 

「あれからシノンから連絡があったか?」

「……オマエに関係あんのか?」

「答えろよ」

 

 

 露骨にため息を吐くと、キリトの問いに億劫そうな口ぶりで答えた。

 

 

「ねぇよ」

「そうか……」

「言っただろ、オマエの言葉はアイツには響かねぇって。アイツはオマエ達とは違う」

「お前は良いのか。お前はずっとこんなことを続けていくのか?」

「必要ならな」

 

 

 その言葉が引き金になったのか、キリトは無意識にモブ(ユーキ)の胸倉を掴んでいた。

 ユウキが「わっ!」と驚いた声を上げるが、手を緩めることはない。万力のように握り締め、モブ(ユーキ)を睨みつけて。

 

 

「そんなわけ、ないだろ! 一人の女の子を泣かせることが必要なことか!?」

「……それでも、生きてるんだから良いだろうが」

 

 

 対する彼は離せ、と言わない。

 拒絶することなく、キリトの怒気を受け止めて、その上で事実だけを口にした。

 

 

「オマエが吼えたところで変わらねぇぞ。アイツはここにいない。それが答えだ」

「お前が突き放したからだろ」

「まぁ、そうだな」

 

 

 解っていた。解り切っていた。

 モブ(ユーキ)は――――茅場優希と言う人間は折れない。どれだけ憎まれようが、どれだけ嘆かれようが、その歩みを止めることはない。ただ真っ直ぐに、自分を貫き、痛々しいほどまでに前を見据えている。

 

 今回もそうだ。

 全ては後輩である朝田詩乃を巻き込まないため。ただそれだけのために、彼は行動に移していた。例えそれが、彼女を絶望させる行為であろうとも、遠ざけるただそれだけのために専心してきた。

 キリトもそれはわかっている。だがそれでも、それだけのために、彼女の心をへし折り、底に叩き落す行為が正しいとは、到底思えない。

 

 優希が悪者になり、今は守れるかもしれない。 

 だが今だけだ。今後のことなど、何も考えていない。きっと優希は自身から離れるだけ、だと考えているだろうがそうではない。彼は進むだけで、残された人間の気持ちなど考えてすらいない。考えられないといった方が正しいのかもしれない。もとからそのような機構(システム)がないかのように、自分が消えた後のことが優希は想像が出来ないのだろう。

 

 だからこその今回の行動。

 朝田詩乃にとって、自分がどれほどの心の割合を占めているか解らないからこその行動である。

 

 こればかりはキリトも踏み込める立場ではない。口を挟めるのは野暮であると解っている。

 でも、それでも、キリトにはそれでも、納得出来ない。あの時と――――ソードアート・オンラインの時と同じように、進み続ける彼に納得がいかず、偽悪的に振舞う彼が気に入らなかった。

 

 

「あっ」

 

 

 ここで一触即発な二人の耳に、聞き逃すことが出来ない言葉が飛び込んできた。

 

 

「シノン!」

 

 

 寝耳に水とはこのことか。

 嬉しそうに声を上げたユウキの視線の先を二人は追う。

 胸倉を掴んだ力は緩みキリトは視線を送り、モブ(ユーキ)はありえない物をみるように眼を見開いた。

 

 ゆっくりと、しっかりした足取りで、その者は確かに居た。

 歩くたびに揺れる首元に巻かれたマフラーは尻尾のようで、蒼い双眸は真っ直ぐにキリトとモブ(ユーキ)へと向けられている。

 いいや、キリトなど見えていなかった。意識も視線も彼女はモブ(ユーキ)だけしか見えていなかった。狙撃銃に装着されたスコープから覗くように、照準を定めるように、標的にのみ注がれている。

 

 掴んでいた胸倉を解き、キリトは二歩後ろへと後退する。

 もはや自分が出る幕ではない。これからは当事者の出番であると、舞台から自ら彼は降りる。

 

 

「――――――」

 

 

 

 一歩一歩、近づいてくる後輩を見て、何を想ったのか。

 モブ(ユーキ)は口を開く気配はない。いつもの彼であれば、直ぐに挑戦的な笑みを顔に張り付かせて、挑発混じりの言葉を吐いたことだろう。

 しかし彼は何も言わない。黙って、シノンの視線を真っ直ぐに受けて、ただただ見つめていた。

 

 そうして、漸く。

 シノンは彼と相対した。

 足が震える、手も握り締めてないとならず、口の中はカラカラと乾くばかり。

 それでも、告げないとならない言葉がある。

 

 

「先輩」

 

 

 冷静な声、とは言い難い。

 少なくとも彼女本人はそう感じている。普段とは違う。もしかしたら震えていたかもしれない。

 それでも――――。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 そこでやっと、思い出したように彼は口を開いた。

 対する彼は不気味なほど静かな声だった。苛立つこともなく、怒気が含まれているわけでもなく、ましてや蔑んでいる様子もない。視線は自身が突き放した後輩のみに向けられ、彼はあるがままを受け入れていた。

 

 

「先輩が今回、大変なのは解っている」

「まぁな」

「貴方のことだから、妹ちゃんを守ろうとするでしょう。もしかしたら、私もその中に入っているかもしれない。キリトと組んで死銃(デス・ガン)を処理するつもりなのかもしれないし、違うのかもしれない。死銃(デス・ガン)と対峙する前にも、BoBに出るプレイヤーとも戦わないといけない。」

 

 

 でも、とシノンは言葉を区切り。

 

 

「そんなこと――――私には関係がない」

「――――――――」

 

 

 確かに彼女は口にした。

 関係がないと。死銃(デス・ガン)だろうが、何だろうが。それこそ彼の事情など知ったことじゃないと告げながら彼女は続ける。

 

 

「私は貴方だけを、先輩と戦うことだけに専心する。他のプレイヤーなんてどうでもいい、死銃(デス・ガン)にも興味がない、BoB優勝なんて知ったことじゃない。私は貴方だけを狙い、私の弾丸は世界を駆けて――――必ず貴方に届かせてみせる」

 

 

 それは宣誓であった。

 向けられた言葉は弾丸となって装填され、照準は彼へと迷うことなく向けられている。

 後は引き金を引くのみ。つまりは彼の応じる言葉のみ。

 

 

「どう、先輩? 私の挑戦(エゴ)、受けいれてくれる?」

 

 

 正直に言うと、彼は――――見惚れていた。

 心はへし折った、罵詈雑言を以て彼女を傷つけた、もはや修復など不可能であると思っていた。だがそれでも良かった。最悪なことがあっては遅い。この世界は常に残酷で、常に等しく不幸と言う現象は降り注いでくる。生きていてくれるのなら、それでいいと。自分から離れてしまっても、生きてくれるのならばそれでいいと思っていた。

 だからこそ突き放した。大事だからこそ、傷つけて突き放した。あまりにも矛盾した行動に、自分自身に苛立ちを常に向けていた。

 

 だがここに来て、突き放したというのに、朝田詩乃はこうして自分の前に立った。

 まるでその姿はあの時のよう、勝手に進む自分に追いついてくれた明日奈達のように。折れて立ち止まり転がっても、最後は立ち上がり前に進む。茅場優希には備わっていない強さを彼女は携えて、自身の目の前に立っている。どこでそんな強さを身に着けたのか、何が彼女を強くしたのか、彼には理外の事実だ。

 しかしこれだけは変わらない。朝田詩乃は立ち上がり――――茅場優希に対峙している。

 

 故に見惚れていた。

 自分にはない強さを身に着けた彼女を見て、見惚れて今の今まで何も言えなかった。

 一瞬だけ、死銃(デス・ガン)のことなど忘れていた。言いたい事は山ほどあった。突き放した行為に対してもキチンと謝罪しなければならないと思った。だがここでは、この場面だけは、そんな物は無粋であると彼は断じた。

 

 

「オマエ達は二人で行動しろ」

「……にーちゃんはどうするの?」

 

 

 嬉しそうに、ニコニコとした笑みで、ユウキは敢えて問いを投げる。

 解りきった事だ。答えるまでもなく、表情を察するにユウキも理解している。キリトもその様子を見て、満足そうに腕を組んで受け入れている。

 

 決まってんだろ、と彼は獰猛に笑みを浮かべて、シノンのみを視界に納めて。

 

 

「受けよう。オマエはオレが捻じ伏せる」

「良かった。精々吠え面をかいて頂戴ね」

 

 

 こうして、BoB本選は始まる。

 各々を目的を秘めて――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





>>ピトフーイ
 茅場兄妹がガンゲイル・オンラインにやり始めた頃にお世話になった人。
 本来であれば、実力は中堅クラスで原作でもBoB本選に出場する前に敗退しているが、今回は色々と補正があり勝ち残っている。
 全てはアレと戦うため。愛ゆえに。愛って恐いなー!!


>>ピトフーイの彼氏
 あの人。
 あまりな扱い、ピトフーイがユーキに向ける視線、ダーリンと言う言葉。諸々があろうと彼女への愛は変わらない。
 コイツに心あるのか、と地味にユーキに思われている。


>>ダーリン
 ピトフーイからユーキへの呼称。
 割と本気でガチで、ユーキからは迷惑に思われている。


>>「そんなこと――――私には関係がない」
 覚悟覚悟ガンギマリ系後輩


>>見惚れていた。
 つまりは、後輩の覚悟に脳が焼かれている。
 やだ、オレの後輩、カッコいい(トゥンク)

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