ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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hameidさん、誤字報告ありがとうございます。
そして皆さん、お気に入り数が200を超えました、ありがとうございます。
これからも精進しますので、よろしくお願いします。


第6話 親を訪ねて三千里未満

 

 

 

 PM16:10 東京都内 大型デパート

 

 

 ――さて、どうするか。

 

 

 優希は目の前で泣いている幼女に声をかけたらいいか、思考を一巡させていた。

 別に普通に声をかけたらいいのだが、優希は自分という人間をよく知っている。ブロンドの髪の色に、眼つきも悪く、口調も粗暴。見ようによっては、彼を『不良』と認識する人間もいるのかもしれない。勿論、態度は悪くても素行は良い方なので、彼を『不良』と例える人間は少数なのだが。

 

 

 ――だからといって、このガキがオレを一般人と認識するなんて絶対とは言えねぇ。

 ――だったらいつもどおり、猫被れって話なんだが……。

 

 

 今回ばかりは、優希の必殺技『猫被り』は使えなかった。

 どういうわけか、優希は子供と相性が悪い。何重にも猫被っても、何故か子供には看破されてしまうのだ。どうしたのかな?なんて言葉を吐いて近づいて行けば、十中八九泣かれることを彼は今までの経験から学んでいる。

 これも子供特有の勘の鋭さによって優希の腹黒さを見抜いているのか、それとも何者にも染まっていない純粋な眼のおかげで優希の性格の悪さを看破しているのか。どちらかは定かではないが、優希にとって子供とはそれほどまでに相性が悪いものであった。

 

 だから彼は考える。

 どう声をかけるべきか、と。彼は考えていた。しかし考えたところで、答えが纏まらない。幼女は優希に気付いたのか、嗚咽を漏らしながら声を我慢して優希の方を見る。瞳に溜まった涙、その奥にある感情は明らかな怯えである。

 

 チッ、と心の中で舌打ちをすると、優希は怯えさせないように見下ろす立ち位置から、膝を折り幼女に視線を合わせて一言。

 

 

「オマエ、何で泣いてんの?」

「ビャー!!!」

 

 

 努力虚しく、幼女はもっと泣いてしまう。

 ガン泣き、ガン泣きである。食われると思ったのか、幼女はこれでもかと言うくらい泣き叫んでしまった。

 

 対する優希はおかしい、と。

 視線を合わせたまま、首をひねって一言。

 

 

「……何でだ?」

「いきなり乱暴に声をかけるからでしょう」

 

 

 背後からそんな声が聞こえた。

 肩口から視線を送ると、眉を顰めて非難するような眼で優希を見下ろしている明日奈が立っていた。

 彼女はそのまま優希と同じく視線を幼女の目線に合わせて優しく抱きとめて背中を優しくさすっていく。

 

 

「怖かったね―、もう大丈夫だからねー?」

「ぅ、うん。私、食べられない?」

「食べねぇよ」

「ヒィ……!」

 

 

 力の限り否定したのだが、どうやら幼女にとって優希はもはや恐怖の対象でしかないようである。

 優希が発言すると幼女が怯える。そんな理不尽を前にしても、明日奈の態度は変わらない。慈愛の眼で幼女を抱きとめる。涙で服が濡れようが、手を緩めることはなかった。

 

 

「食べられないよー。わたしが守ってあげるからね―」

「お姉ちゃんが……?」

「うん。わたし、明日奈っていうんだけど、貴方のお名前は?」

「知らない人に言っちゃダメって、ダディが言ってたから……」

「そうなんだ。お利口さんだねぇー」

 

 

 そう言うと明日奈は幼女の頭を撫でると、眼を細めて嬉しそうに「えへへ」と笑みを零した。

 見事な手腕である。もう手懐けたのか、と優希が思うと同時に、ある疑問が生まれた。その疑問を彼は立ち上がりながら口にする。

 

 

「そう言えばオマエ、パフェどうしたんだ?」

「お金だけ払って来たよ。あとで余ったお金渡すから」

 

 

 そこで新たな疑問。

 優希は不思議そうに首をかしげながら口を開く。

 

 

「オレ二人分丁度払って来たろうが。余らねぇだろ」

「わたしも払ったもん。何度も言うけど割り勘がいいの、優希君カッコつけるの禁止」

「勝手な真似しやがって……」

 

 

 言い終わるや否や、優希は大きく舌打ちをする。

 それを聞いた、幼女がまた肩を大きく震わせ、明日奈は優希を若干鋭くにらみながら。

 

 

「今は舌打ちも禁止」

「……へいへい」

「ヘイは一回!」

「……ヘーイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 PM16:20 東京都内 ファミレス店内

 

 

 とりあえず、幼女を落ち着かせようということで、もう一度先程いたファミレス店へと優希達は戻ってきていた。

 先のやり取りを見ていたのか、店員も再び戻ってきた彼らを疑問に思わず、すんなりと元のいた窓際の席へと通される。

 

 そして同じ注文。

 チョコレートパフェとストロベリーパフェを注文して現在に至るのだが――――。

 

 

 ――どうしてこうなった?

 

 

 優希は肩を落とす。

 別にこれといって問題はない。キャンセルした商品を払い、同じものを注文してまたお金を貰うのが忍びないし、キャンセルした理由が泣いてる子供を放っておけなかったからといった理由だったので、今回のチョコレートパフェとストロベリーパフェは特別無料ということにしてもらっている。

 店内も落ち着くもので、客があまりおらず周囲の眼を気にしないで食事できるというものだ。しかも冷房もしっかり行き届いている。正に過ごしやすい場であり、何一つ不満はない。

 そう、何一つ不満はない。ファミレスの対応に何の不満もない。

 

 彼が不満に思っているのは、視線の先にある光景。

 テーブルを挟んで対面している連中。仲睦まじく、談笑している幼女と明日奈が問題だった。

 

 

「おかしいわ、おかしいわ! それでダディったらお店の準備しないで、マミィに怒られているの」

「仲が良いんだねー、レヴィちゃんのお母さんとお父さん」

「うん!」

 

 

 誤算だったのが、明日奈は思った以上に世話焼きであり、幼女は思った以上に話し上手だったようだ。

 気が合ってしまった二人は、思った以上に話が盛り上がってしまい現在に至る。幼女が落ち着いたものなら直ぐに迷子センターなりに預けて、この件は解決。というのが優希の思い描く理想像だったのだが、これは長引くだろうと思うと優希の肩が落ちる。本来、子供はすぐ泣くから苦手だし、何よりも面倒くさいので早く解決したかったのだが。

 

 

「アスナお姉ちゃんも来て欲しいわ! ダディのお店、結構オシャレなのよ?」

「それじゃ、今度お邪魔するね?」

「うんうん、お茶会の準備しなくっちゃ!」

 

 

 そういうと、幼女の視線が優希に向かう。

 その眼には怯えはない。むしろどこか挑戦的な笑みを張り付かせて、生意気そうな口調で。

 

 

「ゆーきも来ていいわよ! 特別に。えぇ、あくまで特別にね!」

「そうかいそうかい。安心しろ、絶対に行かねぇから」

「だ、誰も来るなって言ってないのだけど!?」

 

 

 むーっと不満そうに可愛らしく睨まれても、優希の態度は変わらない。

 面倒くさそうに、溜息を吐きながら続ける。

 

 

「つーかよぉ、オマエ態度違くね? 思い出せよ最初の頃の初々しい自分を。もっと言えば、数十分前の自分の行動を思い出してくれよレベッカちゃんよぉ……」

「ダメなのよ、私の名前呼んじゃダメなのよ! まだ貴方に名乗ってないから、気安く名前呼んでほしくないのだけれど!」

「おい、明日奈。コイツ捨ててこようぜ? 大丈夫だって、今のコイツならまた一人になってもやっていけるってマジで」

 

 

 幼女の名前は『レベッカ』といい、明日奈が『レヴィ』と呼ぶのは彼女のあだ名らしい。

 らしい、と曖昧な表現をしたのは明日奈には名乗っており、優希には名乗っていないという設定だからだ。だがそれは丸聞こえで、彼女の名がレベッカであることは間違いない。

 

 だから、らしいと表現する。

 名乗ってないのだから、自分の名前は呼ぶなと言われるのだから、知らないということにしておくしかない。と優希は考えていた。

 

 

 そう考えていると、再びチョコレートパフェとストロベリーパフェをウェイターが運んでくる。

 何の変哲もないチョコレートパフェとストロベリーパフェを見て、レベッカは「うわぁ……!」と眼を輝かせる。甘いものが好きなのか、それともパフェをあまり見たことがないのか。だが欲しいとは言ってこなかった。羨ましそうに見ているだけのレベッカを見て。

 

 

「ほら」

「はい、レヴィちゃん」

「へ……?」

 

 

 優希は自分のストロベリーパフェを、明日奈は自分のチョコレートパフェをレベッカに差し出した。

 眼を丸くさせるレベッカに対して、明日奈は微笑みながら、優希は面倒くさそうにしながら口を開く。

 

 

「元々あげるつもりだったんだ。ねぇ、優希君?」

「これ食わせて、落ち着かせてやろうと思ってなァ」

 

 

 食わせる前に、オマエ順応しちまったけどよ。と優希はそう続けて視線を窓の外へと向ける。

 見ず知らずの自分にここまでしてくれた二人に嬉しく思ったのか、レベッカは満面の笑みで。

 

 

「やー!」

「へ?」

「あ?」

 

 

 まさかの拒否。

 予想外のことに明日奈は眼を丸くして、思わず優希も視線をレベッカへと戻す。そんな二人が面白かったのか、レベッカはクスクス笑いながら続けた。

 

 

「私一人食べるのはやー! 皆で食べましょう。皆で食べたほうが食事は美味い、ってダディも言ってたもの!」

 

 

 その言葉を聞いて、優希と明日奈は顔を見合わせる。

 それからすぐに明日奈は笑みをこぼし。

 

 

「そうだね。それじゃ、皆で食べよっか」

 

 

 優希は。

 

 

「ガキのくせに、当たり前のことを言いやがる……」

 

 

 と、面倒くさそうに呟くのであった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 PM17:40 東京都内 大型デパート通路

 

 

 三人はあれからパフェを食べ終わると、デパートの中を散策していた。そもそもレベッカが泣いていたのは、両親と離れたからだという事実を知ったのはつい先程のことである。

 だったら、迷子センターにでも預けたらいい話なのだが、レベッカは「やー!」と強く拒否。一緒にいたい、と子供特有のワガママを発揮させて現在に至る。

 

 明日奈は特に問題なかったようであり、優希もこうなることは予想していたので、反対意見もなくこうして現在に至るということだ。

 

 

 

「でねでね、ダディもマミィもゲームばかりしているのよ? 私、子供だと思うのだけど」

 

 

 レベッカは不満そうにそう言っていた。

 対して明日奈は、レベッカの左手を繋ぎながら困ったように笑いながら。

 

 

「ご両親、仲良くて良いと思うけどねー?」

「ダメよ、ダメなのよ。大人がそんなだと、子供は困ると思うの」

 

 

 プンプン、と可愛らしく怒りながらレベッカは右側でレベッカの右手を繋いでいる優希に向かって話を振る。

 

 

「ゆーきもそう思うでしょ?」

「興味ねぇよ」

「もうそんなこと言って!」

 

 

 不満そうにしながら、レベッカは意地の悪い笑みに表情を切り替えて続けた。

 

 

「レディーの話を聞いてないと、モテないわよ! 将来困るわよ!」

「レディーねぇ……?」

「何よ! 意地悪ね、また意地悪言うつもりね! このこのっ!」

 

 

 ゲシゲシ、と優希の脛をレベッカが蹴りつける。

 もちろん威力はないに等しいが、鬱陶しいことに変わりないのだろう。優希は繋がれてない方の手をレベッカに指差しながら心底鬱陶しそうな口調、若干投げやりになりながら。

 

 

「おい、明日奈。やっぱりこのクソガキどっかに捨ててこようぜ。」

「絶対に捨てられないもの! ばーか! ゆーきのばーか!」

「まぁまぁ、二人とも――――」

 

 

 困ったような顔を浮かべて、明日奈はピシリっと凍りついた。凍りついたというよりも、あることに気付いたと言った方が正しい表現なのかもしれない。

 

 

 ――わたしたちは三人で歩いている。

 ――それはまだいいの。

 ――問題はその立ち位置。

 

 

 レベッカは明日奈の右手を左手で握り、優希の左手を右手で握っている。

 つまり明日奈と優希の間をレベッカがいて、その二人の片方の手を両手でレベッカは握っていた。その様子は傍から見たら何と見えることか――――。

 

 

 ――何か夫婦っぽくない!?

 ――今は日曜日だし、わたし達みたいな家族連れ多いし!

 

 

 そこまで考えると明日奈は。

 

 

「えへへへー」

 

 

 言うやいなや顔を真っ赤に染めて、まいったなーと言わんばかりに照れ臭そうな様子でつながっていない片方の手を頬に手を当ててニヤニヤし始める。

 どこか変なモノを見たと言わんばかりにレベッカは若干引きながら。

 

 

「様子がおかしいわ……」

「気にすんな、発作みてぇなもんだから。オマエはあぁいう人間にはなんなヨ?」

 

 

 適当に優希が言うと、そのままレベッカに先程の話の続きを促す。

 

 

「それで、オマエの親がなんだって?」

「あ、そう! そうなのよ! 二人共ゲームに夢中なのよ!」

 

 

 明日奈が妄想世界の住人になった以上、レベッカの相手は自分しかいないので、優希は彼女に付き合ってやることにした。

 

 

「何のゲームだよ?」

「わからないわ、だって色々とやるんだもの。でも昨日は一つのゲームをやるために、どっちが先にやるかゲームで決着つけようとしていたわ」

「何かゲームのゲシュタルト崩壊してきそうだわ。ンで、何のゲームを取り合ってた訳?」

「えーと……」

 

 

 レベッカは思い出そうとすると、どのゲームを取り合っていたのか忘れたようである。

 彼女はそれでも何とか思い出そうと、視線をあっちこっち向けると。

 

 

「――――あっ! アレ、アレなのだわ!」

「あァ?」

 

 

 レベッカの視線を辿ると、そこには見知ったゲーム機が。

 頭に装着し、現実のような感覚を仮想空間で楽しめる最近話題のゲーム機『ナーヴギア』。そしてこれまた話題沸騰中のゲームソフト『ソードアート・オンライン』のデモムービーが映し出されている液晶テレビ。

 

 レベッカが言うアレとはつまりは『ソードアート・オンライン』のことなのだろうか。

 それを確認するためにも、優希はレベッカに問う。

 

 

「『ソードアート・オンライン』のこと言ってんのか?」

「そう。『ソードメイト・デフラグ』のことなのよ」

「ソードしか合ってねぇぞ」

 

 

 優希のツッコミを無視して、不満そうな口調でレベッカは口を開く。

 

 

「ダディとマミィはもっと私に構うべきなのよ。これじゃ私……そがいかん? を感じてしまうもの」

「疎外感のこと? レヴィちゃん、凄い言葉知ってるね?」

 

 

 妄想世界から帰ってきた明日奈は、思わず感心する声を上げる。

 五歳近くのレベッカが知っている言葉とは思わなかったのだろう。しかし褒められたレベッカの表情は晴れない。むしろもっと沈むかのように、今まで見せていた活発な様子ではなく、どこか影を背負うかのような暗い表情のまま悲しそうにポツリと呟いた。

 

 

「きっと、ダディもマミィも私よりもゲームの方が良いのだわ。だから私を置いていったんだもの……」

「レヴィちゃん……」

 

 

 明日奈がどんな声をかけたらいいのか迷い始める。

 彼女も両親に思うところがあるのか、レベッカに上手く伝えようとしようにも言葉が出てこない。

 

 今にも泣きそうな空気をレベッカが漂わせていると。

 

 

「ハッ、バカじゃねぇのオマエ?」

 

 

 と、嘲笑うように声を上げる優希はそのままの声色で続けた。

 

 

「ゲームの方が良いわけねぇだろ」

「だって―――」

「――――だってじゃねぇよ。いいかバカガキ? 親ってのはなァ、例え自分の命が危険に晒されても子供を助ける。そういう大バカ野郎を指す言葉なんだよ」

 

 

 思わず明日奈は優希を見ると、どこか遠い目をした。それが悲しいのか苦痛なのか、それとも懐かしいのか。複雑な感情が混ざりあったような表情。とても彼が何を思っているのか、読み取れない。

 優希はそのまま続ける。

 

 

「確かにオマエの親はゲームとかしてるけど、そりゃただの息抜きだろ。優先順位はオマエがトップだよ」

「本当……かしら……?」

「決まってんだろ。それを証拠に、ほら見てみろ」

 

 

 レベッカは優希の視線を追うと、そこにはガタイの良い黒人の男性と、白人の金髪の女性が立っていた。

 二人は三人に、というよりもレベッカに大きく手を振っている。その二人を見つけたレベッカは意気消沈していた表情から、意気揚々と顔を輝かせていた。

 

 

「アレ、オマエの親なんだろ?」

「そうだわ、ダディとマミィよ!」

「だったら早く行け。あまり親を困らせてんじゃねぇよ」

「うん、ありがとう! アスナお姉ちゃん、ゆーき!」

 

 

 そう言うと繋がれていた両手を離し、トンと軽い小さな足音が聞こえると。

 

 

「ダディ! マミィ!」

 

 

 軽い足音に力が篭もる。

 ほんの短い時間、行動を共にしていた少女は、彼らの元から離れて本来居るべき場所へと戻っていく。

 

 レベッカは振り返らない。

 それを見送ると、優希は踵を返しレベッカから背を向けて。

 

 

「おい、行くぞ」

「う、うん。――――あれ? レヴィちゃんのお父さんが……」

「あァ?」

 

 

 レベッカの走っていた方向へ向けていた明日奈が妙なことを言っていたので、気になった優希は再びそちらへと身体と視線を向ける。

 

 

「ありがとう! 本当にありがとう!」

 

 

 と、ガタイの良すぎるアフリカ系アメリカ人の男性――――つまりレベッカの父親が優希たちの方へと走ってきた。

 凄まじい勢いに、思わず優希は「うおっ」と声を上げると半歩後ろに下がる。

 

 

「アンタ達が娘を見ててくれてたんだろ!」

 

 

 明日奈の手を掴んで、両手で握手すると。

 

 

「助かった! 本当に助かった!」

 

 

 優希には両手を広げると、強引に抱きしめる。

 思ったよりも力強く、優希がどれだけ力を込めようと引き剥がせなかった。というよりも苦しい。何回か限界だと、青い顔のままレベッカの父親の腕をタップしているも、彼はまったく気付いていない。

 

 

「あ、あの! わたし達そんな、というかこのままだと優希君が……!」

「うおっ! すまねぇ、大丈夫か眼つきの悪い兄ちゃん!」

「ま、まぁ大丈夫ッス……」

 

 

 苦しそうに咳き込み、弱々しく大丈夫だと言う優希を見て、レベッカの父親は何度も頭を下げる。

 

 

「俺はアンドリュー。アンドリュー・ギルバート・ミルズってもんだ。この度は本当に迷惑をかけた」

「か、顔を上げて下さい! わたし達も特別なことしてないし、当たり前のことしてただけですし……」

 

 

 ねぇ?と。同意を求めてきた明日奈に、優希はぶっきらぼうに「あァ」と応える。

 こういう受け答えは明日奈の方が向いていると判断したのか、優希は口を挟む気が起きなかった。

 

 

「そうはいかねぇよ。是非、お礼をさせてほしい」

「お礼、ですか……?」

「あぁ、俺は御徒町でダイシー・カフェって喫茶店やってるんだ。是非そこで飯でも食べていってくれないか?」

 

 

 それを聞いた明日奈はどうしようか?と言った目線で優希に意見を求めるも、彼はもっと別のことに注目していた。

 

 それはアンドリューの服装である。

 どこにでも居る服装だが、注目する点はそこじゃない。

 

 

 ――この人、汗だくだ。

 ――そうまでして、必死になってあのガキを探してたってことか……。

 

 

 そう分析するや否や、アンドリューから後方へと三人を見守っているレベッカの母親らしき人物へと視線を向ける。

 彼女も汗だくで、長い金髪の髪の毛もボサボサになっていた。恥も外聞もなく、娘を必死になって探していたのだろう。二人の様子を見ればすぐに分かる程だ。

 

 

 ――この人達、良いな。

 ――良い、親だ……。

 ――それに、何か似てる……。

 

 

 そう感慨深く、結論付けると優希は口を開く。

 

 

「近いうちお邪魔するんで、そのときでも良いッスか?」

「あぁ、うちはいつだって歓迎だ! いつでも遊びに来てくれ」

 

 

 そう言うと、財布を取り出して二人にそれぞれ一枚ずつ名刺を手渡した。

 見るとそこには『Dicey Cafe』と記載がある文字。住所も記載があり、アンドリューの名前と携帯の電話番号も記載されていた。

 

 

「名前聞いてもいいか?」

「はい。わたしは明日奈、結城明日奈っていいます。こっちは――――」

「茅場優希ッス」

「アスナとユーキだな。何度も言うが、今日は本当にありがとう。絶対に遊びに来てくれよ?」

 

 

 ニカッ、と気持ちのいい笑みを浮かべるとアンドリューは家族の元へと走っていく。

 アンドリューの妻は何度も優希と明日奈に頭を下げて、レベッカは大きく手を降って、二人に手を引かれて人混みの向こうへと消えていった。

 

 

「良い人だね?」

「あぁ」

 

 

 レベッカに小さく手を降っていた明日奈が、穏やかな表情で口を開いていた。

 

 

「子供のために、凄い必死だったもんね?」

「そうだな。ありゃ、良い親だ」

「優希君はアンドリューさんのどこ見てそう思ったの?」

 

 

 その問いかけにどこか、優希は遠い目をしながら、簡潔に応えた。

 

 

「――――似てた、からな」

 

 

 その声に、いつもの粗暴な様子はない。どこか懐かしむように、しかし悲しさを僅かに含みながら、優希はそう呟いていた。

 

 

 誰に?

 何て明日奈は問いかけない。彼女には分かっていたのだ。優希が言う似ているとは、誰と誰が似ているのかということが。

 

 

 ――似てる。

 ――そうだね、確かに似てたね。

 ――君のお父さんに……。

 

 

 容姿の話ではない。アンドリューが纏っている雰囲気と、優希の父親の雰囲気が確かに似ていたことを明日奈は思い出していた。

 同時に明日奈は思い出す、今だにアンドリュー達が歩いていった方向を遠い目をしながら見る、優希の横顔を見ながら明日奈は思い出していた。

 

 

 ――君が笑わなくなってから、随分と経つよね。

 ――猫被ってるときや、悪巧みしている笑みじゃなくて。

 ――本当に楽しそうにしているときの笑み。

 

 

 考えるまでもなかった。

 優希が笑わなくなったのは、彼の両親が亡くなってから。それから茅場優希という少年は笑わなくなった。楽と言う感情がなくなったかのように、それを封印するように、戒めるように彼は笑わなくなった。

 

 彼が何を思い、何を感じているのか。

 大抵の思考が読める明日奈だが、どうして優希が笑わなくなったのかだけはわからなかった。

 

 

 ――でも、もう一度。

 ――出来るのなら。

 

 

 もう一度、もう一度だけでいいから彼が楽しそうに笑う姿が見たい。

 いつの間にか明日奈はそう思うようになった。こうして連れ回すのも、それが目的の一つでもある。楽しい、と。優希の笑う姿が見たい、優希を楽にさせてあげたい、優希の苦しそうな顔を見たくない。

 

 だからこそ、彼女はいつだって尋ねるのだ。

 いつもいつも、こうして遊んだときに尋ねる。

 

 

「ねぇ、優希君」

「あ?」

「――――楽しかった?」

 

 

 そしてその返しもいつも通り。

 優希は戸惑うように、自分の感情に蓋をするように、楽しいことを思うことが罪と断ずるように。「あぁ、そうだな」と声を殺して。

 

 

「まぁまぁ、だったな――――」

 

 

 今回も、明日奈は優希の笑顔を、見ることが出来なかった――――。

 

 




→アンドリュー・ギルバート・ミルズ
 何かエギルって名前で、斧を使ってそうな名前。
 どこか優希の父に雰囲気が似ており、勝手になつかれてる。
 作者の推しメンの一人。

→レベッカ
 通称レヴィ
 ロリっ子、アンドリューの娘。成長したら超美人になる(未来進行形)
 ギリギリまでこういう設定でいいのか迷ったけど、枕元に降りた神(邪神)がLet It Be(なすがままに)と作者に囁いてきたので登場させた。
 原作には勿論未登場。

→ダイシー・カフェ
 アンドリューが経営している。
 喫茶店で隠れた名店みたいな感じ。

→優希の笑顔
 今は見れなくなった、遠い過去の思い出。
 明日奈の行動原理の一つ。

→妄想世界
 明日奈の特技の一つ。
 トリップオブワールド。

→子供
 優希の苦手の物の一つ。
 嫌いではなく苦手。
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