ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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Apricotさん、誤字報告ありがとうございました。


第2話 捻くれたヤツの不器用な気遣い

 

 わたしはひたすら暗闇の中走っていた。

 足を動かし、手を振り、息を切らし、必死になって。

 

 

 ――待って!

 

 

 声がでない。

 いくら口を大きく開けて、叫ぼうとしても声が出なかった。

 目の前にいる人の背中に触れようと必死に手を伸ばしても、触れることさえ出来ない。

 

 わたしの目の前にいるのは男の人の背中。何度も見てきた、何度も付いて行った、見知った背中。安心する背中だった。

 でも今は、ただひたすら前を見て、後ろを振り向く素振りすらしない。追いすがるのがやっとで、とても追い越すことも、触れることも出来ない。

 

 

 ――待ってよ……!

 

 

 もう一度、わたしは叫ぼうと大きく口を開ける。やはり、声は出ない。

 最初から気付いていたのか、それとも今気付いたのか。男の人はそのまま前に進んだまま、口を開いた。

 

 

「オマエ、何言ってんだ?」

 ――え?

 

 

 思わず、わたしは立ち止まる。

 男の人の声は知っている声。でもその声色は知らない。それは低く、どうしようもないほど暗く、そして――――怒りが宿っていた。

 

 それが誰に向けられたのか、何に対してなのか、わたしにはわからない。

 戸惑っているわたしに、彼はいつもの呆れた口調ではなく、明らかな敵意を交えた声で。

 

 

「オマエが、オレをそうさせたんだぞ――――?」

 ――ぁ……。

 

 

 理解してしまった。

 彼が何を言おうとしているのか、今から続く言葉が何なのか理解するも、わたしには止める術がない。

 

 

 ――いや……。

「オマエがオレを―――」

 ――ごめんなさい……。

「ソードアート・オンラインに誘ったから――――!」

 

 

 そして彼は――――優希君は振り向いた。

 絶対に今まで振り向かなかった、彼の蒼色の瞳。いつ見ても安心することが出来た、いつも見守ってくれていた瞳だったが、今は敵愾心の色を濃く出ており、鋭くわたしを睨みつける。

 

 わたしが彼をソードアート・オンラインに誘ったから、彼はデスゲームに巻き込まれたんだ。

 最初は別にやる気じゃなかった彼を、わたしは巻き込んでしまった。ただ『楽しそうにゲームをしている彼を見たい』何て自分勝手な欲求のために、誘って巻き込んでしまった。

 

 後退る。

 その瞳から逃れる為に、後退るも優希君は許してくれなかった。

 

 

「テメェのせいだ」

 

 

 そう言うと、優希君の足元が消え始める。

 フルフル、と首を横に振り否定した。嫌だ、嫌だと何度も何度もうわ言のように口を開くも、言葉に出ない。そして無情にも――――。

 

 

「テメェのせいで、オレが死んだんだ―――――」

 

 

 彼の身体は無残にも砕け散った――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ッッ!!」

 

 

 上半身をバネのようにして、わたしはベッドから跳ね起きた。

 肩で息をして、身体から冷や汗が滲み出てとても気持ち悪い。周りを見ても、悪夢は終わっていなかった。

 

 視界の端にはわたしの命の残数を示すHPゲージ、プレイヤーネームである『Asuna』の文字、そして目の前に開いているメインメニュー・ウィンドウからは設定していた目覚ましアラームが鳴り響く。現実ではありえない光景、それが否が応でもここがデスゲームの中だということを思い知らされた。

 メインメニュー・ウィンドウに手を伸ばしてアラームを切る。

 

 

「あ、れ……?」

 

 

 手が震える。

 夢ではない現実の出来事。

 わたしが優希君をゲームに誘ってしまい、彼はこんなことに巻き込まれた。それが罪悪感となって身体に重くのしかかっていた。

 

 彼は何を思っているだろうか。

 わたしを恨んでいるだろうか、わたしを怒っているだろうか、わたしを――――どう思っているだろうか。

 

 

「…………」

 

 

 思わず自分の肩を抱いた。

 確認をするのが怖かった。彼が自分にどんな感情を抱いているのか怖くて、なによりも彼を巻き込んだにも関わらず、確認できない臆病な自分が何よりも許せない。

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

 言葉にしたところで、許されないことはわかっている。それでも言葉に出さざるを得なかった。

 何度も何度も、うわ言のように呟く。返答がくることはない。自然と眼からは涙が溢れる。これはただの自己満足に過ぎない。それでも――――。

 

 

「ごめん、なさい……!」

 

 

 わたしは、何度も何度も、彼に対して謝罪する――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2022年11月9日

 

 AM9:00 『第一層』ホルンカ 宿屋前

 

 

 

 わたしは暫くして、準備を整えて宿屋を出た。

 太陽はこれでもかというくらい高く上がっており、燦々とアインクラッドを照らしている。急に瞳に差し込んできた太陽光に目を細めていると。

 

 

「よぉ、遅かったな?」

 

 

 ホルンカの村の宿屋の壁に腕を組みながら、背中でもたれかかっていた男の人から声がかかった。

 いつもは聞いて安心する声だけど、今は声を聞くたびに心臓が一つ高鳴る。彼――――ユーキ君の視線から逃れるように、わたしは顔を俯かせて。

 

 

「……おはよう」

「……おう」

 

 

 昨日と同じような挨拶。

 はじまりの街と変わらず、気が重くなる。

 

 彼は「チッ」と舌打ちをすると、今日の予定を話した。

 

 

「今日は近場の森でひたすら経験値稼ぎだ。オマエはどう――――」

「行く」

「……そうかよ」

 

 

 不機嫌そうに彼は呟いていた。まるでわたしが言うことを知っているかのように大した驚きもせずに、彼はそのままの調子で続ける。

 

 

「言うまでもねぇが、危なくなったら逃げろ」

「うん」

 

 

 口では肯定するも、心の中で否定する。

 逃げない、絶対に逃げない。わたしが巻き込んだんだ、ユーキ君が危なくなったら絶対に逃げることは出来ない。こんな臆病なわたしでも、盾くらいにはなる筈。

 

 そうしていると、宿屋からまた一人外に出てくる男の人。黒い髪で、どこか幼さが残る印象。歳はユーキ君と同じくらいだろうか。

 茶革のハーフコートを装備した彼は、わたし達を一瞥すると、そのまま何も言わずにフィールドへ出る道へと進んでしまった。

 

 

「アイツ……」

 

 

 ユーキ君が黒髪の彼を見て、ポツリと呟いていた。

 その表情はどこか、レベッカちゃんが泣いている場面に遭遇した表情に、少しだけ似ていた。

 

 

「どうしたの?」

「いいや、何でもねぇよ」

 

 

 わたしが問いかけても、ユーキ君はやんわりと首を横に振る。

 そしてそのまま、先程の茶革コートを装備した男の子と同じ方向へと進み、私もそれに追従することにした――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――それから、ひたすらモンスター――――リトルネペントと言われるモンスターを狩り続けた。

 わたし達に会話はない。モンスターが現れれば、ユーキ君が最初に何度か斬り後ろに下がりそうになるのを見計らい、わたしがすかさずに間を開けず細剣でモンスターを穿つ。

 本来、こういう連携は『スイッチ』という掛け声をかけて行うようであるが、わたし達には必要がなかった。ユーキ君がそろそろ下がるのがだいたい分かるし、彼もわたしが前に出るタイミングをわかっている。

 

 そうしてモンスターを連携して倒す。

 もはやこれは作業だ。ユーキ君が弱らせて、わたしがトドメを刺すという流れ作業。それを機械よりも正確にこなしていく。

 

 このやり方は、安全な部類なのだろう。

 それでも彼が前線で戦い、自分だけ後衛という安全圏にいるのが許せなかった。

 

 それを何度かユーキ君に言ったが――――。

 

 

「オレの言うことが聞けねぇんなら、ここで叩き潰してはじまりの街に捨ててきてもいいんだぜ?」

 

 

 と言われてしまい、全く話を聞いてくれなかった。

 こうなれば話は平行線。わたしが折れたけど、納得していない。だからこそいつでも動ける準備だけしておく。彼に危険があれば、わたしが盾になるだけなのだから。

 

 

「ふぅー……」

 

 

 ユーキ君は深く息を吐いた。

 HPゲージを見てみれば、僅かに削られていることがわかる。

 

 わたしは彼に近付いて、メインメニュー・ウィンドウを開き、アイテムタブを押してポーションを選択して実体化させて。

 

 

「飲んで」

「…………」

 

 

 差し出しても、ユーキ君は受け取ってくれない。

 むしろ溜息を深く吐き、訝しむような眼でわたしを見ながら。

 

 

「飲むまでもねぇよ」

「いいから飲んで」

「しつこいぞ」

 

 

 そういうと、彼は近くの大木まで歩き座り込んだ。

 そのまま彼は天を睨みつける。どこか遠い、ここにはいない誰かを睨みつけるように。

 

 

「オマエ、どうしたんだ?」

「…………」

 

 

 答えない。答えることが出来ない。

 彼の答えはつまり、デスゲームに巻き込んでしまったわたしをどう思っているか?というもの。それを尋ねるのは怖い。わたしには聞くことが出来ない。

 

 わたしが思い出すのは、朝夢で見た光景。

 敵意を剥き出しに、睨みつけるユーキ君の顔。

 

 

「ったく、泣きそうな面してんじゃねぇよ……」

 

 

 どこか悔しそうな表情で、彼は立ち上がり。

 

 

「今日はここまでだ。帰るぞ」

 

 

 

 

 

 

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 PM18:00 『第一層』ホルンカ入口前

 

 

 そうしてわたし達は、フィールドから村まで戻ってきていた。

 空は夕暮れに染まり、燦々と照らしていた太陽は沈みかけていた。周囲を見てみれば、数十棟ほどあるNPCが住んでいるであろう民家の中の明かりが灯り始める。

 

 わたし達はあれから一切喋らないまま、モンスターを狩り続けた。

 そのまま宿屋に行くために、帰路に就くのだが――――。

 

 

「…………」

 

 

 ふいに、ユーキ君の足が止まる。

 その視線の先には、蹲る男の人がいた。歳は高校生くらいだろうか、蹲ったまま虚ろな眼で地面を見ている。

 

 勿論、NPCじゃなかった。どこか生きているような印象を与えられる。彼は紛れもなくプレイヤーだった。

 蹲るプレイヤーを暫く見て、ユーキ君は「チッ」と舌打ちをすると。

 

 

「先に戻ってろ」

「……うん」

 

 

 そう言われるも、わたしはその場を離れて物陰に隠れて観察していた。

 

 知っている。彼が舌打ちをする意味を、わたしは知っている。

 アレは第三者に向けられて、苛立ったからするものじゃない。アレはもっと違う、何も出来ない自分自身に苛立って、ユーキ君は毎回舌打ちをしていた。ぶっきらぼうで、不器用で、でも放っておけなくて、最終的に困っている人を見て世話を焼いてしまう。それがわたしの知る優希君という男の子だ。

 

 現に、彼は腰をおろして、不機嫌そうに。

 

 

「何があった?」

「………」

 

 

 高校生くらいの男性プレイヤーは答えない。

 それでもユーキ君は表情は不機嫌だけれども、見捨てることはしなかった。今度は幾分丸い声で、優しい声色で言う。

 

 

「オイ、何があったんだ?」

「友達が……」

 

 

 高校生くらいの男性プレイヤーはぽつり、ぽつりと呟き始める。

 

 

「友達が、死んだ……」

「そうか……」

「ソイツ、俺が誘ったんだ。ソードアート・オンラインをやろうって、俺のワガママで、買ってくれてそれで……!」

 

 

 胸が締め付けられる。

 それは、わたしと同じ。わたしの過ちと、同じものだった。

 デスゲームに巻き込んでしまい、眼の前で死んでいくのを見る光景。そんなこと、考えたくもない。

 

 巻き込まれて死んだ。もしかしたら明日は我が身なのかもしれない。

 それでもユーキ君は動揺することなく。

 

 

「このままそこにいると死ぬぜ?」

「いいよ、俺は死ぬ。アイツにあの世で謝る」

「それは勝手にしろ。生きるも死ぬもアンタの人生だ、好きに選べ」

 

 

 だがな、と言葉を区切り面倒くさそうにしながらユーキ君は続ける。

 

 

「オレの目の前で死なれんのは寝覚めが悪りィからよ、はじまりの街まで行ってアンタを捨てる」

「な、何を。俺は――――!」

「アンタの主張なんざ聞かねぇぞ。死にたきゃ、あっちについてから自殺するなり好きに選べ」

 

 

 そう言うや否や、ユーキ君は高校生くらいの男性プレイヤーの胸ぐらを掴む。

 その瞬間、犯罪防止コードが発動されるも、ユーキ君はお構いなしに高校生くらいの男性プレイヤーを引きずっていく。

 

 わたしは思わず飛び出した。

 

 

「わたしも行く」

「オマエ、見てたのか」

「……うん」

 

 

 ユーキ君は高校生くらいの男性プレイヤーを引きずりながら歩みを止めずに、わたしを一瞥して。

 

 

「コイツはもう戦えねぇ。ここでグダグダされても目障りだから、はじまりの街に捨ててくる。オマエは宿屋に戻ってろ」

「嫌。わたしも行く」

「ダメだ、戻ってろ」

「いや!」

「いい加減に――――」

「な、なぁ!」

 

 

 言葉を遮られたが苛立ちを覚えたのか、ユーキ君は「あぁ!?」と高校生くらいの男性プレイヤーに凄む。

 そのまま強い口調で続けた。

 

 

「言っとくが朝までは待たねぇぞ。こっちとら予定があんだ」

「ち、違う! どうして、俺を助けてくれるんだ?」

「だから言ってんだろ」

 

 

 不機嫌そうに、ユーキ君は最高に捻くれた言葉を言う。

 

 

「――――目障りだから、捨てに行くだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとはアンタの自由だ。死ぬなり生きるなり好きにしろよ」

 

 

 深夜、はじまりの街についてユーキ君は吐き捨てるように言った。

 ユーキ君は座り込む高校生くらいの男性プレイヤーを見下ろしたまま続ける。

 

 

「だが安易に死ぬのはオススメしねぇぞ。アンタにも待ってる家族がいるんなら、無様に生きてみせろよ」

 

 

 それだけ言うと、ユーキ君は踵を返して歩いてきた方向へと進む。

 決して後ろを振り返らず進む彼に、座り込んでいた高校生くらいの男性プレイヤーが声をかけた。

 

 

「なぁ! と、友達は、俺のことを恨んでると思うかな……?」

「ンなもん、知ったことかよ」

 

 

 ただ、と言葉を区切り前を向いたまま、ユーキ君は続けた。

 

 

「もしオレがアンタの友達だったら、何が何でも生きてほしいと思うけどな」

 

 

 それだけ言うと、ユーキ君はそのまま歩いて行く。

 わたしもその後に続こうと歩を進めようとするも。

 

 

「待ってくれ」

 

 

 呼び止められたので、わたしは止まり振り返る。

 メインメニュー・ウィンドウを開いて、装備画面を開き、あるものを実物化して高校生くらいの男性プレイヤーはわたしにそれを差し出していた。

 

 それは片手剣。刀身が黒く、初期装備のスモールソードよりも強靭な印象を与える片手剣が握られていた。

 

 

「アニールブレード。初期段階で手に入る片手剣でも強力な部類の武器だ」

「………‥」

「彼に渡してくれないか? 俺にはもう必要が無いものだ。良かったら使って欲しい」

「……はい」

 

 

 高校生くらいの男性プレイヤーは心が折れていた。

 わたしがわかるくらい、彼はこれでもかっていうくらい心がへし折られている。

 

 無理もない。

 友達を巻き込んでしまい、そして自分は生き長らえてしまったという事実を受け止めることが出来るほど、人間は強くない。もちろんわたしにもそれは言えることだった。

 

 

「あと伝言を頼めるかな? 助けてくれてありがとう、と。もうちょっと考えてみるよって伝えて欲しい」

「わかりました……」

 

 

 わたしの言葉に満足したのか、男性プレイヤーははじまりの街へと消えていく。

 

 その姿はとても他人事のように見えなかった。

 わたしも、ユーキ君を失えば彼のようになってしまうのか、と。彼の後ろ姿を目に焼き付ける。

 

 

「行ったのか」

「うん」

 

 

 前へ歩いてた筈のユーキ君が立っていた。

 腕を組み、眼を細めて、男性プレイヤーの後ろ姿を見る。

 

 

「あの人からの伝言」

「あ?」

「助けてくれてありがとう、もう少し考えてみるって」

「だから、別に助けてねぇよ」

 

 

 いつまでも捻くれている彼に、わたしは先程渡された片手剣を差し出して。

 

 

「これ、使ってほしいって」

「……」

 

 

 ユーキ君は受け取ると、一度思いっきり振って、二度目で突き穿つ。

 それで満足したのか、一度頷いて。

 

 

「良い剣じゃん」

「…………」

 

 

 満足気に言うと、今度はわたしに視線を向ける。

 その眼は朝見た夢とは違い、優しい蒼色の眼だった。

 

 

「オマエもオレに言いたいことがあんだろ?」

「――――」

 

 

 心臓が高鳴る。

 口が動く、言っていいのか、言わないほうがいいのか、わたしは決めかねて。

 

 

「どうして、あの人に、あんなこと言ったの?」

 

 

 あまりにも抽象的で、あまりにも主語がかけていると思った。

 でもユーキ君はわたしの気持ちを汲み取ってくれたのか、真剣な表情で答えてくれる。

 

 

「何が何でも生きて欲しい、ってヤツか」

「うん……」

「その前にオマエ、オレをデスゲームに巻き込んじまって申し訳ねぇって思ってんだろ?」

 

 

 一際、心臓が脈を強く打った。

 唇が震える、どうしてわかったの、と叫びたい衝動にかられる。

 

 思わず後ずさった。

 それは恐怖で、これからぶつけられる言葉に心の準備が出来ないというかのように。罵声を浴びせられるのかもしれない、恨み言を言われるのかもしれない。

 でもそんな事とは裏腹に、ユーキ君の表情は。

 

 

「やっぱりな。ったくよぉ、ンな下らねぇこと考えてんじゃねぇよ」

 

 

 穏やかなな物だった。

 その状態のまま、ユーキ君は続ける。

 

 

「つまらねぇこと考えてる暇があんなら――――」

「つまらなくないし、下らなくない!!」

 

 

 思わず叫んでしまった。

 でももう止まらない。わたしの意識の罪は言葉となって濁流のように吐き出されていく。

 

 

「何で何も言わないの!? 君を巻き込んだのはわたしなのに! どうして何も言ってくれないのよ!」

「…………」

「わたしが、わたしが! ユーキ君を誘わなければこんなことに巻き込まれたなかったのに……辛いはずなのに……!」

「辛くなんかねぇよ」

 

 

 嘘、とわたしが言葉にする前に、彼は真剣な表情で。

 

 

「オレよりも――――オマエの方が辛いだろ」

「え――――?」

 

 

 不意に、ポロッと涙が流れた。

 おかしい。何で泣いてるんだろわたしは。

 

 

「こんなクソゲーに巻き込まれて、ここで死ねば現実でも死ぬって言われて、辛くねぇ筈がねぇだろ」

「で、でもそれはユーキ君も……」

「別にオレは辛くねぇよ。それよりも皆同じだって言って、我慢してるオマエがバカだって言ってんだ」

 

 

 ぽん、と頭を撫でられる。

 優しく、とても優しい手つき。壊れ物を触るように丁寧に。

 

 

「辛かったら弱音吐いて良いんだ。苦しかったら泣いて良いんだ。我慢する必要なんざどこにもねぇんだよ」

 

 

 それが限界だった。

 

 

「ぁ……あ……!」

 

 

 決壊するように、わたしの眼からは涙が溢れる。

 このデスゲームが始まって、初めて感情を爆発させた。

 

 

「ごめんね、ごめんね……! 巻き込んじゃって、ごめんなさい……!」

「オマエは悪くねぇよ」

「でもわたしが、誘ったから……!」

「わかったよ。許す、許すから。次の朝には今までのオマエでいろ。そっちの方がオレも調子が出る」

「うん、うん……!」

 

 

 わたしはそうして泣き続けた。

 我慢することなく、わたしはユーキ君の泣いていい、という言葉に甘えて泣き続けた――――。

 

 

 

 

 

 

 


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