ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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よもぎもちさん、亜月さん
誤字報告ありがとうございます。

何か、ちょっと詰め込み過ぎた感がありますが、楽しんでいただければ幸いです。


第4話 モンスターキラー

 2022年11月12日

 

 PM17:30 『第一層』はじまりの街 広場

 

 

 キリトとアスナ、そしてユーキの三人ははじまりの街に到着していた。

 10日の夕方の段階で街に到着し、11日に別行動を取り情報を集めて、そして12日現在でも行動しているわけなのだが。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 ユーキとキリトは肩を並べて、はじまりの街を歩いていた。

 嫌悪―――とまではいかないものの、どこか不機嫌そうな雰囲気をキリトとユーキは纏っていた。

 お互いが気に入らない、と宣言した者同士、どこかギスギスした空気になるのも無理はない。普通ならばここでアスナが仲裁に入るのだが、生憎彼女はこの場にはいない。いない理由が――――。

 

 

「今回の勝負で並んだな」

「20戦10勝10敗だろ? いちいち細かい野郎だ、確認しなくても分かってんだよ」

 

 

 得意気にキリトがいい、それに吐き捨てるようにユーキが応じた。

 

 こうして、二人が肩を並んでいる理由は簡単である。二人は朝早くから絶賛言い争いになり、その決着をつけるために『勝負』をしていた。勝負内容は恒例となりつつある、どちらが多くモンスターを倒したか。

 言い争いの火種となった理由としては、ステータスを振るときに、筋力と敏捷のどちらを重視しているかという些細な内容。言い争いになったのだから、二人は真逆の答えを出した。ユーキが筋力で、キリトが敏捷という具合である。

 普通ならばそこで二人ともムキになるほど、沸点が低い訳ではない。キリトが敏捷を重視していると言った瞬間ユーキは「だから貧弱なんだよ、このハエ野郎」と小馬鹿にした態度を取り、キリトもキリトで売り言葉に買い言葉と言うかのように「すぐ切り込む脳筋野郎には言われたくないな」と挑発を仕返す。そうして両者はヒートアップして、勝負という結果に至った。

 そうした理由なので、アスナはこの場にはいない。決着を着けることに夢中になりすぎて、どうやら置いてきてしまったようである。

 

 

 こういった小競り合いが頻繁に起きていた。

 パーティーを組んで三日しか経ってないものの、彼らの中ではポジションが出来上がりつつある。

 キリトとユーキがいがみ合い、アスナが仲裁に入る。そんな奇妙な関係を築きつつあった。

 

 そういうわけで、二人を一緒にするとすぐに喧嘩をする。

 アスナもその辺り熟知しているからか、別行動を取る際に「二人とも、喧嘩しちゃダメよ」的なことを言っているものの、もはや一触即発。アスナの言葉は意味のないものとなりかけていた。

 

 そんな空気の中、不機嫌そうにユーキは問いかけた。

 

 

「オイ」

「……なんだよ?」

「オマエ、妙なモンスターについて、どう考えている?」

 

 

 あまりにも漠然とした質問に、キリトは文句を言わずに真剣に己の考えを答えた。

 

 

「そうだな……。イベントボスとかそういう類じゃない、と思う……」

「根拠は何だ?」

「この世界は仮にもゲームだ。こんな序盤の街で、イベントボスがPOPするのはゲームバランスおかしいだろ」

 

 

 言われてみれば確かに、とユーキが頷くのを見て、キリトはそのまま続けた。

 

 

「それにモンスターがモンスターを襲うっていうのも腑に落ちない。こんなこと聞いたことも見たこともない」

 

 

 今まで培ってきたベータテストの経験と、当時の情報、そして今の現状を分析してキリトは結論付けた。

 むしろ嘘なのではないか、とさえ思っている。モンスターがモンスターを襲うなんて、MMORPGでも聞いたことが無い。ましてやソードアート・オンラインを作った茅場晶彦がそんなプログラムを組むとキリトには思えなかった。

 

 仮想世界だというのに、まるで現実世界に起きている行為。

 弱者を虐げて、強者が生命体の頂点に君臨する。これはまるで――――。

 

 

「縄張り争い、ってヤツか」

「あぁ」

 

 

 同じ結論に至ったのか、ユーキの言葉にキリトは同意した。

 でもそうなるとやはり疑問が生まれる。そんなモンスターの存在を茅場晶彦がプログラムしたのか。まさか茅場はプレイヤー達にクリアさせないつもりではないのか。だからこんなモンスターを製品版になって作り出したのではないのか。

 

 様々な疑問がキリトの頭をよぎり、そのまま口にしてしまう。

 

 

「茅場は……デスゲームをクリアさせるつもりがあるのか……? こんなモンスターを作った理由がわからない」

「……ンなもん、あのクソッタレにしかわからねぇよ。それに――――」

 

 

 グッと拳を握り、忌々しげにユーキは吐き捨てるように。

 

 

「大層な理由はいらねぇだろ。邪魔すんなら叩き潰す、それだけだ」

「……聞いていいか?」

「あ?」

「どうしてお前は、モンスターを討伐しようと思ったんだ?」

 

 

 その問いに、ハッと鼻で笑い小馬鹿にする調子でユーキは答えた。

 

 

「調子に乗ってそうで目障り、だから叩き潰す。動機なんざ、これだけで充分過ぎる」

「お前、危ないやつだな……」

 

 

 ケケケ、と悪魔のように口元を歪めるユーキに対して、キリトはどこか引きながら感想をもらした。

 その反応が気に入らなかったのか、今度は訝しむ表情でユーキが問いかけた。

 

 

「そういうオマエはどうなんだ? ちょっと気になることがあるって言ってたよな?」

「それは……」

 

 

 表情が沈み、キリトは言葉に詰まる。

 彼がここに来て、モンスターを討伐しようとしていたのは、罪悪感に駆られての行為だった。

 

 デスゲームが始まって、直ぐに別れた仮想世界で出来た初めての友達のためである。

 名前は――――クライン。悪趣味な紅いバンダナをして、無精髭を生やした男。キリトとだいぶ歳が離れているものの、顔はどこか愛嬌があり親しみやすい雰囲気を纏った男。

 

 

 ――俺はアイツを、クラインを見捨てた。

 ――自分が生き残るために、ここに置いてきてしまった。

 

 

 当初は、はじまりの街周辺に湧くモンスターを狩っていけば生き残れるだろう、とキリトは考えていた。置いてきた自分は最低最悪な利己主義な人種だが、クラインははじまりの街にいれば、生き残ってくれる、そう考えていた。

 だが――――。

 

 

 ――でも、状況が変わった。

 ――はじまりの街も安全じゃない。

 ――モンスターがモンスターを狩る。

 ――それはプレイヤーが狩るモンスターも狩られてしまうということ。

 ――そうなると、クラインも安全じゃなくなる。

 

 

 幸いにも、クラインと別れる前にフレンドリストに登録しており、彼が今どこにいるのかマップで確認済みだ。

 クラインがいるのは、はじまりの街。つまり彼はまだ死亡していないことになる。

 

 

 ――だったら倒さなきゃ。

 ――アイツは俺を許してくれないかもしれない。

 ――だとしても、二回も見捨てるなんてゴメンだ……!

 

 

 グッ、と。

 硬い握り拳を作る。決意が固まるのと同時に、一つの疑問が生まれる。

 はたして、これを隣で歩くユーキに伝えていいのだろうか、と。

 

 この男はどう言う反応をするのだろうか。

 見捨てたキリトへの失望だろうか、それとも愛想を尽かすだろうか。どう言う反応をするのか、全くわからない。だがこれだけは言えた。

 

 

 ――失望されたくない。

 ――何でかわからないけど、コイツにだけは失望されたくない。

 

 

 こんな感情は初めてだった。

 見た目はキリトと同年代だろう。人付き合いがあまり得意ではない、と自覚しているキリトにとってユーキの存在は初めてだった。

 情けない所を見せたくない、気に入らない、何よりも――――コイツにだけは負けたくないという感情。当たり障りなく、誰とも争わないで過ごしてきたが、どうしてここまで感情的になるのか、キリト自身説明が出来なかった。

 

 だからこそ、言葉に詰まった。

 そんなキリトをいつの間にか、退屈そうに見ていたユーキは何かを察して。

 

 

「どうせつまらねぇ理由なんだろう」

「……え?」

 

 

 眼を丸くさせるキリトに、ユーキはどこか小馬鹿にした口調で続けた。

 

 

「ンな情けねぇ面してんじゃねぇよ。どんな理由かは知んねぇが――――」

「…………」

「――――どんなもんであれ、それが下らないものであれ、戦う理由になんだろ。オマエはその下らないものに、必死こいてしがみついて戦っていればいい。それで充分だ」

「……あぁ、そうだな」

 

 

 気を使ったのか、ユーキは踏み込んだ内容を聞いてこなかった。

 だがそれがキリトにとって救いにもなる。彼の激励にも似た言葉に、今一度決意を固くする。

 

 

「さて、となると情報を集めねぇと話になんねぇな」

 

 

 そういうと、ユーキは辺りを見渡して、適当に声をかけた。

 勿論、粗暴な口調はなりを潜めて。笑顔で、満面の笑みで、人当たりの良い声で、彼は努めて明るい口調で。

 

 

「すみませーん、ちょっといいですかー?」

 

 

 それを直視してしまったキリトは思わず「誰!?」とツッコミを入れるが、ユーキは反応を示さない。

 彼の得意技である『猫被り』。それは威力が絶大で、誰も彼もがキリトのような反応をしてしまう――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 情報は特に、得られなかった。

 かなり強力なモンスターが現れて、他のモンスターを狩り始めた。この辺りでは『モンスターキラー』と呼ばれているらしい。

 モンスターキラーの数は一体。プレイヤーも果敢に挑むも、全く刃がたたず返り討ち。幸い死亡する前に離脱しているので、奇跡的に死亡者は存在していない。

 

 しかし、はじまりの街のプレイヤー達の心は荒んでいた。

 モンスターキラーがこの周辺から立ち去る気配がない。となると、はじまりの街にいるプレイヤー達は経験値を稼ぐことも出来ない。かといってモンスターキラーを倒すことも出来ない。

 

 その荒廃的な状況になりつつある最中、はじまりの街にいるプレイヤーの矛先はモンスターキラーにではなく、自分たちを置いていったベータテストプレイヤー、つまりはベータテスターに向けられていた。

 勿論、ベータテスターは彼らを見捨てたなんて考えてもいない。仮にそうだとしても、全てのベータテスターがそういうわけではない。中にはモンスターキラーに挑み、命からがら逃げてきた者も居たはずである。だがどういうわけか、初心者プレイヤーの矛先は、ベータテスターに向けられている。

 

 数人に聞いても、ほとんどがそんな状態。はじまりの街の民意となっている。

 不可解な状況に、ユーキは吐き捨てるように感想をもらした。

 

 

「妙な話だ」

「……何がだ?」

 

 

 ベータテスターへの中傷が多いことに気分が沈んでいるキリトを無視して、ユーキは不機嫌そうな口調で答える。

 

 

「考えても見ろよ。何でどいつもこいつも、モンスターキラーとかいう三流に意識を向けねぇんだ」

「それは……事実だからじゃないのか? ベータテスターが初心者を見捨てた。それがここにいる全員の意見なんだろ?」

「バカかオマエ? 人の意見ってヤツが、こんな簡単に纏まるわけねぇだろ。モンスターキラーが出てから数日しか経ってねぇんだぞ?」

 

 

 どこの誰を睨みつける訳でもなく、ユーキは虚空を鋭い目で睨みつけながら。

 

 

「――――誰かが情報を操作してやがる。どんな意図があれ、目障りこの上ねぇ」

「……なぁ?」

 

 

 とここで、意を決するかのような口調で、キリトが口を開いた。

 

 

「ユーキは、ベータテスターのことをどう思う?」

 

 

 彼は何という反応をしてくるだろうか。

 汚いだろうか、卑怯だろうか、それとも臆病者だろうか。キリトは様々な罵倒を考えるも、想像していたものとは全く違った反応をユーキはしてみせる。

 

 

「別に」

「……え?」

 

 

 面を食らったような顔で、ユーキを見る。

 本当に彼は興味がない様子で、その通りに続けた。

 

 

「興味ねぇよ」

「な、何でだ? ベータテスターはこの世界のことを事前に知ってた。だったら――――」

「――――初心者を救えたんじゃないか、って言いてぇのか?」

 

 

 鋭い目がキリトを射抜く。

 そのままユーキは呆れた口調で続けた。

 

 

「ンなもん、無理に決まってんだろ。ベータテスターは万能じゃねぇんだ。HPゲージが尽きれば死ぬ、オレ達と何も変わらねぇ。自分の身を守るのが精一杯、それは間違っちゃいねぇよ」

 

 

 だがな、と言葉を区切り。

 

 

「初心者の言い分も考えようによっては的を射てやがる」

「え?」

「ヤツらの言い分は情けねぇもんだ。自分たちはデスゲームに巻き込まれた、だから経験者は自分たちを助けるべき。ンなふざけたことを、声高々にほざきやがる」

 

 

 チッ、と舌打ちを一つすると、忌々しげにユーキは続けた。

 

 

「だがそれも仕方ねぇだろ。そう言うヤツらは弱い訳じゃねぇ、戦うことに向いてるか向いてないかってだけの話だ」

「…………」

「だがどういうわけか、それがどいつもこいつもわかってねぇ。戦えるヤツ、強いヤツだけが崇められて、戦えないヤツ、弱いヤツが世界から淘汰される」

 

 

 本当に、世界は不平等過ぎて、虫酸が走る、と心の中で言い捨てて、ユーキは続けた。

 

 

「ベータテスターも初心者も被害者だ。真に憎むべきはこの世界を作ったクソッタレじゃねぇのか。――――というのが、オレの意見なんだが、どうだった? ベータテスターのキリトくん?」

「……知ってたのか」

「オマエは戦い方が上手かったからな。とてもじゃねぇが、初心者には見えねぇよ」

 

 

 吐き捨てるように答えて、ユーキはそのまま口を開く。

 

 

「オマエがベータテスターであることを後ろめたく思ってようが構わねぇ、オレの知ったこっちゃねぇからな。だが少しでも、今の状況をどうにかしたいっていうのなら、少しは胸を張って名乗れるよう努力してみろ」

「努力、か……」

 

 

 具体的な方法は言われない。

 というよりも、キリトにはそれを尋ねる気がなかった。これは自分がどうにかしなければならない問題であると、彼は重々承知している。

 

 それよりもキリトの意識は、ユーキの価値観に向けられていた。

 まるで不平等を嫌うような、あまりにも漠然として、抽象的なものに彼が憤りを感じてる節が、言葉の端々に見て取れる。人間個人ではなくもっと大きな、例えば――――

 

 と、そこまで考えていると――――。

 

 

「た、大変だぁ!」

 

 

 広場に悲鳴に近い声が木霊する。

 それは男の声。彼は息を切らして、肩で息をするように。

 

 

「も、モンスターキラーが出たぞッ! フィールドには絶対に――――」

 

 

 出るな。

 という声が聞こえる前に、ユーキとキリトは駆け出していた。

 向かう先ははじまりの街周辺のフィールド。つまりはモンスターキラーの元へと――――。

 

 

 

 

 

 

 

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 PM18:00 はじまりの街 周辺フィールド

 

 

 ――――それは、あってはらない異形だった。

 

 月明かりが、フィールドを照らし出し、灰黒く青ざめた野原。そこに、居てはならないモノが存在する。

 運が悪く、遭遇したのは六人の人影。どれもこれも、初期装備で身を固めて、とてもではないが異形と相対するには相応しくない格好であった。

 

 追求するまでもない。

 その異型こそ、この辺りで問題とされている『モンスターキラー』に他ならない。

 

 

 全長二メートルほどある体格に、肌は赤色で、筋骨隆々とした姿で、地に足をつけている。片手に持っているのは、岩で出来た大雑把過ぎる両手剣。顔面はどこか人間のようであるが、生気がまったく感じられない。

 何よりも注目するのはモンスターキラーが纏っている気配である。

 

 

「ぁ……あ……」

 

 

 誰一人、身動きが取れなかった。

 六人が六人とも、仮想世界に作られた身体が、つまりは脳が理解してしまった。

 アレは、化物だ、と。彼らは視線も合ってないのに、だだそこにいるだけで『恐怖』し身動きが取れなくなっている。少しでも動けばその瞬間に死ぬ。そんな希望がない事実を、彼らは突きつけられていた。

 

 

 ――う、動けねぇ……!

 

 

 指さえ動かない。

 圧倒的恐怖で動けない中、無精髭を生やした赤バンダナのプレイヤー――――クラインはどうにかして現状を打破しようとするも。

 

 

 ――考えが纏まんねぇ……!

 

 

 モンスターキラーが放つ圧倒的な恐怖に、クラインも含めた他の五人が絶望する。

 歯がガチガチ鳴り、膝がガクガクと震える。こんな状態で逃走なんて出来る筈がない。

 

 そんなプレイヤーたちを威嚇するように――――

 

 

「―――――――!!!!」

 

 

 威嚇するように、モンスターキラーが吠えた。

 まさにそれは地獄から這い出てきたような叫び声。心を鷲掴みにするような咆哮であった。

 

 だがそれと同時に、二人の影が駆けつける――――。

 

 

「く、クライン……!」

「お前ぇ、キリトか!?」

 

 

 クラインからしてみたら有りえない人物の登場で、キリトからしてみたらここにいてはならない人物の存在に、それぞれ驚きの声を上げる。

 そしてキリトはそのまま、モンスターキラーに目を向けると。

 

 

 ――ッ!?

 

 

 ピタッと、足を止めてしまった。

 眼を丸くさせて、足が震えながら。

 

 

 ――な、何だあれ……!

 ――足が思ったように動かない。

 ――手が、震える……!?

 

 

 圧倒的な死の気配。

 それは脳に直接叩きつけるように、キリトの仮想世界での身体を蝕んでいく。

 その一瞬の隙が仇となった――――。

 

 

「――――――――!!!!」

 

 

 空気が震える咆哮。

 紅い肌の巨人は、一息に距離を詰めて、クラインの仲間である一人に斬りかかる――――!

 

 三つの声があった。

 待て、というクラインの悲痛な叫び。

 やめろ、というキリトの絶望にも似た声。

 そして、クラインの仲間の叫び声。

 

 だがどれも間に合わない。

 恐怖に駆られて動けない者では、これは間に合わない。ただ間に合うとしたら――――。

 

 

「チッ」

 

 

 ――――恐怖を感じない、命知らずな馬鹿野郎だけだろう。

 

 舌打ちがあった、それと同時にモンスターキラーとクラインの仲間の間に馬鹿野郎――――ユーキが割って入る。

 岩塊そのものと言えるモンスターキラーの大剣を、ユーキのアニールブレードで受け止めていた。

 

 

「グッ……!」

 

 

 瞬間、地面が陥没し、口元を苦しげに歪める。HPゲージがそれだけで半分削られて、一気にイエローゾーンにまで到達してしまった。一発でもまともに喰らえば即死。

 そこへ間髪入れずに、旋風じみた一閃が、ユーキに襲いかかる。

 

 

「クソッ……!」

 

 

 受け止めきれない、と判断したのか。

 クラインの仲間の襟首を片手で持つと、ユーキは強引に転がって避ける。地面を転がるクラインの仲間にユーキは眼もくれずに直ぐに態勢を立て直して、真正面からモンスターキラーを見据えて叫ぶ。

 

 

「テメェらはさっさと散れ! 戦いの邪魔だ!」

 

 

 自分よりも幼い子どもを置いて行くのが、本能的に拒否したのだろう。

 クラインは抗議の声を上げるも。

 

 

「け、けど――――」

「邪魔だっていうのが聞こえねぇのか! テメェらがいると、勝てるもんも勝てなくなる!!」

 

 

 それでもクラインは尻込みするも、彼の方をポンッとキリトが叩いて。

 

 

「クライン、行ってくれ」

「キリト! だ、だけどよぉ……!」

「頼む、行ってくれ。ここは俺達が何とかするから」

「―――――!!」

 

 

 キリトの言葉にようやく決心したのかクラインは何かいいたげな顔のまま「待ってろ、直ぐに助けを呼んでくる!」と大きな声を上げて仲間たちと共にその場から離脱した。

 

 恐怖はあった。まだ足も震えている。手も上手く剣を握れない。

 それでもキリトは真正面から、モンスターキラーを見据えて、背中からアニールブレードを抜いてユーキと肩を並べて、モンスターキラーを見据える。

 逃げるわけにはいかなかった。クラインを助けるためにも、そして何より――――。

 

 

「五分くらいなら時間を稼いでやる。オマエもさっさと逃げろ」

「逃げるわけ無いだろう」

 

 

 ――――ユーキには負けられない。

 先程ユーキの言ったようにこれは下らない理由なのだろう。だがそれでも彼は言った「戦う理由には充分だ」と。ならばこそ、キリトが戦う理由には充分過ぎる――――。

 

 その決意が表情に出ていたのか、決して折れることがない気配を感じ取ったのか。

 ユーキはどこかリラックスした様子で、小馬鹿にする態度で。

 

 

「逃げてもいいんだぜ? 足震えてたろ、ビビリくん?」

「直ぐに無茶をやるカッコつけマンには言われたくないな」

 

 

 抜かせよ、とユーキが言い捨てるのを聞いて、キリトがいつもの調子で口を開く。

 

 

「勝負しようぜ、ユーキ」

「あ?」

「どっちが目の前の獲物を狩るかって勝負だ」

「ハッ……」

 

 

 鼻で笑うと、ユーキはアニールブレードを上段に構える。

 それと同時に、不敵に口元を歪めて一言。

 

 

「上等だよ――――!」

 

 

 もはや言葉はいらなかった。

 ベータテスターと命知らずは地面を蹴る。

 縄張り争いの生存競争の火蓋が切って落とされた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻

 

 

 その様子を見ていたフードの男は分析する。

 

 

 ――あのモンスターは私のデザインしたものではない。

 ――となると、誰の仕業か。

 ――考えるまでもない、カーディナルの仕業だろう。

 ――恐らく、実験の影響で優希君から受けた『恐怖』を学習し、その姿を模した姿があの巨人。

 ――その恐怖は脳に直接働きかけてくる。

 ――故に、仮想世界にいる全員が全員、あの姿を見たら恐慌状態になってしまう、と。

 

 

 今だに自分の手が震えることを認識しつつ、彼は続けた。

 

 

 ――モンスターを狩るのも、プレイヤー達がモンスターによるゲームオーバーを防ぐためなのだろう。

 ――だがそこがAIの悲しい思考回路か。

 ――カーディナルはまだ人間を理解していない。

 ――通貨を稼がないと物を食べることが出来ない。

 ――通貨がないと寝泊まりする場所も確保できない。

 ――だからプレイヤー達はモンスターを狩ろうとするのだ。

 ――その辺り、まだまだ学習不足ということか。

 

 

 そこまで分析すると、フードの男はメインメニュー・ウィンドウを開き、ゲームマスタータブを開く。

 本来であれば、プレイヤーは開けないメニューを開くと、アイコンの上にプレイヤー名が表示された。彼が注目するのは『Yu-ki』ではない。

 

 

 ――彼のプレイヤー名は……キリト君か。

 ――彼は、何者だ?

 ――最初は恐怖で動けなかったのに、今では克服して、彼の隣に立っている。

 ――脳に直接働きかけられた恐怖は簡単に払拭できるものではない。

 

 

 そこでようやく、フードの男はキリトからユーキへと興味を向ける。

 

 

 ――彼はその辺り、壊れている。

 ――そういう風に作り変えられた人物だ。

 ――『恐怖』を直接叩き込まれても、直ぐに動けるのも頷ける。

 ――だがそれも諸刃の剣となりえる。

 ――アレでは、死ぬときはあっさり死ぬ。

 ――そんな危うさを持っている

 

 

 だが、と言葉を区切り再びキリトへと興味を向けた。

 

 

 ――だがキリト君は普通の少年だ。

 ――普通の少年が、恐怖に打ち勝ち、立ち向かえるのか?

 ――そんな意思の力を、システムすら凌駕する意志の力を備わっていると?

 

 

 そこまで考えて、彼はフードを取る。

 二十代半ばの、長身で痩せ型。秀でた額の上に鉄灰色の前髪が流れ入る男性。

 

 

 ――キリト君が先天的な意志の強さなら、ユーキ君は後天的な強靭な精神力。

 ――ユーキ君は前を最短距離で進む者なら、キリト君は例え遠回りでも力強く前へと進むもの。

 ――合わせ鏡のようだ。

 ――似た者同士といえるだろう。

 ――何にせよ。

 

 

「楽しみだよ」

 

 

 と、彼はメインメニュー・ウィンドウを閉じる。

 その瞬間彼のプレイヤー名が見えた。名前は『Heathcliff』の文字。ヒースクリフと読むのだろう――――。

 

 




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