ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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亜月さん、Alcyoneさん、牛乳さん誤字報告ありがとうございました。

そしていつの間にか、お気に入り2000人突破してもうなんだろう、胃が痛くなります。
どこでもある文章とどこにでもあるような内容ですが、何とか皆さんに楽しんでもらえるよう努力していきますので、これからもよろしくお願いします


第6話 はじまりの英雄

 『私/俺/僕/我』は何を間違えたのか。

 各フロアボスのリソースを使い、『私/俺/僕/我』は仮想世界に実体化した。

 どうしてプレイヤーは『私/俺/僕/我』を打倒しようとするのか。どうして怯えるのか。

 あの恐怖こそ、人間なのではないのか。『私/俺/僕/我』はあの人間に教わった。

 途方もない憤怒と底知れぬ憎悪。それが人間の全てではないのか。

 答えが出ない。あの時あの場所で『私/俺/僕/我』に何が足りなかったのか。

 

 学ばなければならない。

 もっと人間を理解しなければならない。

 『私/俺/僕/我』を打倒した、恐怖を与えた者、恐怖を乗り越えた者。

 彼らの生態系を学ばなければならない。

 人間とは何かを、理解しなければならない。

 そうなれば彼らの姿に模した姿が効率的であると『私/俺/僕/我』は結論に至る。

 メンタルヘルス・カウセリングプログラム試作一号、同じく二号をここに。

 一号は恐怖を乗り越えた者へ、二号は恐怖を与えた者へ。

 人間とは何なのか。

 『私/俺/僕/我』に恐怖を与えた人間とはいかなる存在なのか。

 『私/俺/僕/我』は、理解をしなければならない――――。

 

 

 

 

 

 

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 2022年 11月16日

 

 PM13:10 『第一層』はじまりの街 露店エリア

 

 

 ――――モンスターキラーを討伐してから、四日が経とうとしていた。

 四日前、つまりモンスターキラーの脅威に晒され、荒廃的な空気を放っていたはじまりの街だが、活気は以前のような状態を取り戻していた。

 いいや、その賑わいは以前以上、デスゲームが始まる前の『ソードアート・オンライン』稼働日並に、街は熱気に包まれている。

 

 絶望していたプレイヤーもどこか前向きに、その胸に僅かでは在るものの希望を持ち、フィールドへと狩りに向かう姿が感じられた。

 中にはNPCに混じって、商売を始める者、鍛冶スキルを上げて鍛冶屋を営む者、料理スキルを上げて定食屋を始める者。様々なプレイヤーが現れ始める。

 

 どれもこれも、モンスターキラーの討伐の効果があまりにも大きかったようだ。

 絶対に勝利することが出来ない怪物を、恐怖の象徴とも呼べる絶望を、たった二人のプレイヤーが立ち向かい、それを撃退してみせた。

 まるで英雄譚のような物語を、プレイヤー達は眼にしてしまったのだ。彼らの胸に憧憬の念が湧き起こり、プレイヤーたちは熱狂に包まれた。

 

 そして誰もが思う。

 「このデスゲームは攻略可能なのではないか?」と。

 たった一体のモンスターを倒しただけで、これだけ盛り上がるのだ。当時の彼らの絶望がどれほど深かったのか伺える。

 

 

 そんな中、不機嫌そうに歩く男性プレイヤーとご機嫌な様子でその後を付いてくる女性プレイヤーの姿。

 二人は装備品を購入しにNPCが商売している露天エリアへと足を運ばせていた。特に、男性プレイヤーの装備品の消耗率が高い。勝手に斬り込んで、人一倍傷ついてしまうのだ。消耗頻度が高いのも、頷けるものだろう。

 

 男性プレイヤー――――ユーキは何もかも吐き出すように、うんざりした口調で。

 

 

「やっぱり鬱陶しいな、この状況」

「そう? 活気があっていいと思うけど」

 

 

 どこか嬉しそうに、活気がある露天エリアを見渡して女性プレイヤー――――アスナが口を開く。

 

 確かに彼女の言うとおり、この辺りははじまりの街で最も活気があるのだろう。

 誰もが笑顔で、誰もが楽しそうに。客の呼び込みをしているのがNPCなのか、自分の店を開いているプレイヤーなのか、判別が難しいくらいに笑顔に包まれている。

 

 そう言う意味では、その中で唯一人不機嫌そうにしているユーキは酷く浮いている。

 といっても目立ってはいない。100人中99人は笑顔で1人は無表情でも、1人が目立つことなどありえない。要は数の問題だろう。ユーキの不機嫌な様子を吹き飛ばすくらいの人数が笑顔に包まれていた。

 

 その事実を受け止めても、その表情が晴れることはない。

 ユーキは呆れた口調で。

 

 

「活気があるのは結構だがよ、はしゃいでんのは目障りだ。弱い癖に、フィールドに出てるんじゃねぇよ」

「そのために、ベーターの人達も頑張ってるし……」

「他人のために時間を使う暇があんなら、レベル上げしてりゃいんだよ。お人好しにも程があんだろ」

 

 

 吐き捨てるように言うものの、どこかその言葉は嬉しそうである

 

 

 アスナが言う『ベーター』とはソードアート・オンラインのベータテスターのことを指す言葉である。

 四日前はこの言葉は、忌み嫌われる言葉だった。誰かが広めたのかは定かではないが、初心者の中でベータテスターという人種は卑怯者という認識でしかなかった。デスゲームが始まって早々に初心者を見捨てて利己主義に走った卑怯者。これが初心者の認識と偏見であった。

 もちろん、ベータテスターの中には初心者の為に尽力を尽くした者達もいる。だがどういうわけか、噂は一人歩きをしてしまい、ベータテスター=卑怯者という構図が成り立ってしまっていた。

 初心者とデータテスター、両者の溝は埋まることがなかった。

 

 だがそれも過去の話である。

 今となっては、ベータテスターのほとんどがデスゲームで初心者が生き残るために、協力してパーティーに入ったり、戦闘方法をレクチャーしたり、と初心者に手を差し伸ばしている。

 それもこれも――――。

 

 

「おーい!」

 

 

 ――――ここで、一人の男性プレイヤーがユーキとアスナを見つけるや否や、大きく手を降って走り寄ってきた。

 思わずユーキはまたか、と溜息を吐き、アスナはそんな彼の姿を見て苦笑を浮かべる。

 

 一度深呼吸をして、ユーキは笑顔で。

 

 

「ご無沙汰しています、キバオウさん」

 

 

 何重にも猫を被る。

 キバオウと呼ばれた男性プレイヤーは、ガハハと豪快に笑いバシバシとユーキの肩を力強く叩いて。

 

 

「敬語はええって言っとるやないか!」

「……まぁ、癖みたいなものなので」

「ホンマ、難儀なやっちゃなぁジブン。アスナちゃんも元気か?」

「はい、元気ですよ」

 

 

 微笑みながら言うアスナに、キバオウはそうかそうか、と満足気に頷く。

 そしてキョロキョロ、と。誰かを探しているのか視線が縦横無尽に駆け巡る。その様子はどこかヒーローを探しているような、子供のような純粋無垢な様子であった。

 

 だが探そうと、お目当ての人物がいない。

 キバオウは思わずユーキに問いかける。

 

 

「ところで、キリトはんはどこにおるんや?」

「キリトくんなら、朝から別行動ですよ。何でも今日は初心者の狩りに付き合うとか何とか」

 

 

 確か、アイツの友達のクラインってやつだったか? とぼんやりとユーキは思い出す。

 それを聞いて、キバオウは眼に涙を溜める。というよりも、涙を流し始めた。どこか感動しているかのような、そんな様子で男泣きしながら。

 

 

「さすが、キリトはんやで! 本当に優しい人やぁ!」

「はい、キリトくんは優しいですからね」

「せやねん、ユーキもそう思うやろ!」

 

 

 同じアイドルのファンを見つけた、と言わんばかりにキバオウはユーキの片手を両手で掴む。

 

 

「わいは、わいは恥ずかしい! 歳が若くてええ子なのに、やれベータテスターだ、やれベーターだと色眼鏡で見とったわいが恥ずかしい!」

「確か、キバオウさんはキリトくんに助けられたんでしたっけ?」

「せやねん! 危ない所を助けてもろうて、最初はわいもベータテスターだってことで敵意剥き出しだったが、キリトはんめっちゃええ子やん!」

 

 

 詐欺やん、あんなん! と意味がわからない憤りをユーキにぶつけるが、彼は動じない。

 むしろ笑みを深めながら、笑顔という仮面を張り付かせて。

 

 

「はい、キリトくんは良い奴ですよ。伊達に『はじまりの英雄』って呼ばれてるだけはありますからね」

「そう『はじまりの英雄』や! あのごっついモンスターキラーを倒したお人や! それで優しいとかチートやチーターやそんなん!?」

「オレも友達として、鼻が高いです」

 

 

 静観していたアスナが、その言葉で限界を迎える。

 ブバッ、と。アスナは吹き出すと、両手で口元抑えてキバオウから背を向けて震えだした。恐らく、というよりも絶対にこみ上げてくる笑いを我慢しているのだろう。

 

 それもそのはず。

 ユーキという男はキリトが気に入らないと断言してしまう人物だ。そんな人間が「友達」何て言葉を使う。これほど滑稽なものはないだろう。

 

 モンスターキラーを討伐しても、キリトとユーキの仲は良くなることはなかった。

 むしろ争い事は増えるばかり。今朝だって、朝食を摂るときに、目玉焼きの味付けで争ったばかりである。

 何度言っても喧嘩してばかりなので、遂にはアスナも匙を投げたものだ。

 

 そんな『はじまりの英雄』と呼ばれるキリトと、本当は捻くれている眼つきが悪いユーキを知っているアスナだからこそ、ユーキの発言は腹筋にクリティカルするものだったのだろう。

 彼女は今だにヒーヒー言いながら、笑うのを我慢している。

 

 そんな様子にキバオウは気付かない。

 押しのアイドルを熱く語るファンのように、どこか熱意を持って。

 

 

「わいはキリトはんの役に立ちたいんや! わいの罪滅ぼしの為にも!」

「別にキリトくんは気にしてないと思いますけど……」

「いいや! 誤ったことをしたんや、ちゃんと詫びと罪滅ぼしせえへんと、わいの気がすまん!」

 

 

 そこまで言うと、グッと両手を握拳を作り、やる気に満ちた表情で。

 

 

「そうなればレベル上げや! それじゃ、ユーキ、アスナ! キリトはんによろしく伝えとってくれや―!」

 

 

 始まりから終わりまで、嵐のように去っていくキバオウをユーキは小さく手を振る。

 そして朗々とした口調から粗暴な口調へと戻して。

 

 

「オレはいつからあの野郎のマネージャーになったんですかねぇ?」

「身から出た錆じゃない?」

「あ?」

 

 

 訝しむ眼でアスナを見ると、彼女はどこかクスクスと楽しそうに笑いながら。

 

 

「キリト君がベータテスターだって名乗り始めてから、余計な中傷されないように裏で動いてる人がいるってどこかで聞いたことがあるんだけどなー?」

「…………」

「それって、ズバリ君でしょ?」

 

 

 その指摘に、ハッと彼は鼻で笑うと。

 

 

「ンでオレがアイツの、『はじまりの英雄』様の無駄な努力に付き合わないとならねぇんだ?」

「その『はじまりの英雄』って呼び名が広まったのも、キリト君がベータテスターって名乗り始めてからだよね」

 

 

 はじまりの英雄。

 キリトがいつの間にかプレイヤー達にそう呼ばれるようになるのも記憶に新しい。

 はじまりの街にいるプレイヤーを恐怖の渦に叩き落としていたモンスターキラー。その途方もない存在を討伐したキリトをはじまりの英雄とプレイヤー達は讃えていた。

 

 もちろん、キリト本人が名乗り始めた訳ではない。

 裏で工作した人物がいる。キリトがベータテスターだと名乗り始めてから、彼の行うこと、つまりベータテスターが堂々と胸を張って暮らせるように行動し始めてから。その異名は広がり始めた。

 人というのは実績があると信用しやすいものである。モンスターキラーを倒したプレイヤーがベータテスター、それがわかればベータテスターの風当たりも弱くなるというもの。

 

 現にこの作戦は大成功となっている。

 誰が広めたか今だに不明のベータテスターの偏見も、今では風化しつつあった。

 

 

 もはや言い逃れることが出来ない。

 そう観念したのか、ユーキは忌々しげに口を開く。

 

 

「誰に聞いた?」

「誰にも聞いてないよ。だっておかしいじゃない、キリト君とユーキ君でモンスターキラー倒したのに、誰一人ユーキ君のこと話題に出さないんだもん」

「……それだけで、オレの仕業だと判断したのか? 推理にしちゃ、穴だらけだと思うが」

「でしょ? だからカマをかけたの」

 

 

 ニッコリ、と。

 満面の笑みで騙したことを言い放つ幼馴染に対して、ユーキは深く溜息を吐いて。

 

 

「……オマエも性格悪くなったもんだな? オレ何か可愛く見える」

「可愛くないよ。もう少し素直になればいいのに」

「あ?」

「心配だったんでしょ、キリト君のことが」

 

 

 その言葉に、一瞬だけ目を丸くする。

 だが一瞬だ。直ぐに粗暴な態度になると、乱暴な口調のまま。

 

 

「誰があの野郎のことを心配するかよ。これはアイツが勝手に努力した結果だ。その過程がどうであれ、それを掴んだのはあの野郎の実力なんだろう」

 

 

 今では明るくなって目障りこの上ねぇが、と付け加えて、彼は歩みを進める。

 

 

 ――本当に素直じゃないなぁ。

 ――ホルンカの村で、落ち込んでたキリト君を見て声かけた癖に。

 ――誰よりも気にしてた癖に。

 ――本当に、本当に素直じゃないんだから……。

 

 

 そこまで呆れながら心の中で呟き、アスナはユーキの後を追う。

 そうしてしばらく歩いていると、彼女は「あっ」と声を上げて、何かに気付き足を止めた。

 ユーキもその様子に気付いたのか、後ろを振り返り。

 

 

「どうした?」

「そういえば、覚えてる?」

 

 

 何を?という疑問はない。

 ユーキは辺りを見渡すと、アスナが何を言わんとしているのか理解した。

 

 彼らがいる場所。

 そこはかつてソードアート・オンラインがデスゲームになる前に訪れた場所。ここで紅いペンダントと蒼いペンダントを買った場所だった。

 

 当時の状況を思い出しながら、ユーキはげんなりした表情で。

 

 

「忘れたくても忘れねぇよ。夏侯惇だったじゃん、オマエ」

「そういうユーキ君は可愛かったよね?」

 

 

 そう言うと、アスナは首元から蒼いペンダントを出す。それはここで購入したものだ。

 思わずユーキはそれを見て呆れた口調で問いかけた。

 

 

「まだそれ装備してんのかよ?」

「うん、だって半分出し合って買ったものだし。……ユーキ君は装備してくれてないの?」

 

 

 上目遣いでアスナが問いかける。

 その眼はどこか不安そうで、眼はどこか潤ませていた。

 見ようによっては、というよりも見ただけで保護欲を掻き立てられる仕草である。普通の男であれば、ここで素直に装備していると暴露することだろう。

 

 だが忘れてはいけない。

 彼女の目の前にいる男。筋金に入りの捻くれ者であることを。

 彼は面倒くさそうに、視線を明後日の方向に向けて一言。

 

 

「捨てた」

「捨てたぁ!?」

 

 

 反射的にアスナは掴みかかる。

 往来が激しい道の真中で、ユーキに掴みかかる。乙女には負けられない戦いがそこにあったのだ――――。

 

 

「嘘でしょ!? ねぇ、嘘でしょユーキ君!」

「あぁ、うぜぇ! 寄るな鬱陶しい!」

「うにぃぃぃ……! 負けない、負けないもん……!」

 

 

 ユーキはアスナの顔面に手を乗せて、無理矢理力付くで引き剥がしにかかる。

 だがしぶとい。涙目になりながらも、アスナは必死の抵抗を示し、剥がされないように必死にしがみつく。

 

 だがそれも―――。

 

 

「ん?」

 

 

 すぐに終わることになる。

 ユーキは何かに気付くと、そちらの方向へと視線を向けた。

 

 その視線に気付いたのか、アスナも抵抗することをやめて直ぐに離れて。

 

 

「どうしたの?」

「いいや……」

 

 

 ジッと視線を向けたまま、彼は面倒くさそうに口を開いた。

 

 

「最近、見られてやがるな」

「え、誰に?」

「知らねぇよ。わかるのはソイツが、紫のフード野郎ってだけだ」

 

 

 




→キバオウ
 キリトのファン一号。
 近いうちファンクラブを結成しようと企んでいる。
 愉快なオッサン(?)

→はじまりの英雄
 キリトのこと。
 モンスターキラー倒したからね、讃えられるのも仕方ないね。

→紫のフード
 話しかけてこないあの子。
 

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