ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
2022年 11月21日
PM11:10 『第一層』はじまりの街 商業地区
――――どうしてこうなったのだろう
女性プレイヤー――――リズベットは自問自答を繰り返す。
彼女は、はじまりの英雄と呼ばれるプレイヤー――――キリトと知り合うことになり、彼のパーティーメンバーとなることになった。
それは昨日の話。自分と同じ同性ということでアスナという女性プレイヤーは歓迎して、目付きの悪い男性プレイヤーのユーキは「好きにすりゃいいだろ」と特に気にしてないし、興味がない様子。つまりリズベットがパーティーメンバーになることを不滿に思うメンバーはいない。正に満場一致で何も抵抗なく輪に加わることが出来た。
それから始まる、簡易的な歓迎会。
キリトの友達であるクラインとその仲間たち、アスナとユーキの現実世界でも知り合いであるエギル、そしてキリトのファンであるキバオウとその他も加わり、いつの間にか大所帯で酒場でどんちゃん騒ぎとなってしまった。
その光景を思い出す度に、リズベットは自分の心が暖かくなることを感じる。仮想世界で一人だと思っていたのに、一日でたくさんのプレイヤーと愉楽を共有することが出来た。
昨日の宴、決して忘れることがないだろう、と。
デスゲームが始まって15日あまり。あんなに笑ったのは久しぶりだし、この世界で笑うなんて思っても見なかった。と同時にリズベットは満たされていた。
そして今日。
満たされていたリズベットを待っていたのは――――。
「ねぇねぇ、リズ! これなんてどうかな? 可愛いと思わない?」
――――着せ替え人形となる運命だった。
彼女たちがいるのは衣類店。
リズベットの眼の前で楽しそうにしているのは、ロングスカートを履いて白色のセーターを着ているアスナ。
彼女は両手で赤色のフレアスカートを持っていた。
彼女達がいるのは、はじまりの街にある商業地区。
そこは露天エリアとは違い、自身に身につけるアクセサリーや街中で着る私服などが売られている。どうやら、複合商業施設で、ライブハウスを中心としたカルチャー的な要素から、酒場、レストラン施設などが集まっている。
攻略とは無縁の場所だからか、ソードアート・オンラインで狩りを行うための武器を携帯しているプレイヤーはいない。
みんなどこかリラックスしており、鎧なども外して私服姿で各々好きに楽しんでいた。
そんな周囲を気にしているように、リズベットは恥ずかしそうに両手をモジモジさせて。
「そ、それはあたしには、ちょっと派手な気が……」
「えー、そうかなー? 似合うと思うけどなぁ、リズって童顔だし」
「余計なお世話よ」
アスナの物言いに恥ずかしさなど消し飛んだのか、リズベットはいつもの調子に戻ると困ったように笑みを浮かべて。
「というか、あたしとしては髪の色変えただけで充分冒険したと思うんだけど……」
自分の髪をクルクルと人差し指でいじりながら言う。
彼女の髪の色は茶色から、桃色に変わっていた。髪型も若干パーマを当てたような、フワフワとしたショートヘアーなものに。
どうやら理髪店で髪型をカスタマイズしたようである。ちなみにNPCが経営している店であり、店主はオネエ言葉を話すれっきとした男性である。
女の子たるもの、もっとお洒落すべき。
そう言うかのように、アスナはどこか不満そうな口調で。
「まだダメよー。もっとフリフリのエプロンとか着せたいし」
「……それ、アンタが見たいだけよね?」
「うん……」
どこかはにかみながら言うアスナに、思わずリズベットは頭を抱える。
そして心の中でもう一度呟いた。
――――どうしてこうなった、と。
キリトとユーキはこの場にはいない。
二人とも、ユーキの折れた剣の素材を集めるために、近場のフィールドで狩りを行っていた。
もちろん、肩を並ばせて狩りに行く、何て光景を見ることが出来ない。狩り勝負という名目で、二人はフィールドに趣き、睨み合いながらリズベット達が泊まっていた宿屋から出ていったのは記憶に新しい。
となると、アスナとリズベットは今日一日どうするか。
そうリズベットが考えていると、アスナが満面の笑みで「お買い物しましょう」と。ご機嫌に提案してきて、現在に至るというわけである。
そうして、リズベットは着せ替え人形と化していた。
彼女の姿はどこにでもいる冒険者の姿ではない。桃色のパフスリーブの上着に、桃色のフレアスカート。そしてその胸元には赤いリボン。
マジメな女子中学生、と自分を自称していたリズベットにとって、今の格好は充分過ぎるくらい冒険した姿であるようで、店内に設置してあるスタンドミラーから見た自分を見て、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
真正面から直視したら恥ずかしくて死ぬ、そう言うくらい顔が真っ赤に染まっていた。
その様子がアスナの良くない部分、つまり琴線に触れたのか、彼女はフルフル震えてだらしない笑みを浮かべる。
そのまま飛びつくように、リズベットに抱きつきながら。
「もう、リズ可愛い!」
「ちょ、ちょっと! やめてよいきなり……!」
「だって可愛いんだもん! ねぇねぇ、抱きついてもいいわよね?」
「抱きついた後に言わないでよ! ホント、待って……んっ……!」
あれから数十分後。
リズベットが解放されたのは、正午を回ってからである。それまでリズベットはアスナの着せ替え人形としての任務を全うしていた。
だからだろうか。
アスナはニコニコと満足気に笑みを浮かべている。どこか肌がツヤツヤと潤って見えるのは気のせいではない筈。
対するリズベットは疲れ切ったように影を背負う表情を浮かべている。どこかやつれて見えるのは気のせいではない筈。
正に対象的な二人。
一人は元気であり、一人は活力がない状態。
そのままアスナは満足気に口を開く。
「また行こうね」
「そうね。今度はアンタを着せ替え人形にしてあげるわ……」
やられたらやり返す、しかも倍返し。
そう言うかのようにリズベットは返すと、その言葉にアスナはどこか嬉しそうに。
「うん、楽しみにしてる」
「……というか、何でアンタがそんなに楽しそうにしているかわからないわ。あたしなんかの服をコーディネートして面白かったの?」
「もちろん。リズ可愛いし」
それに、と言葉を区切る。
アスナは本当に楽しそうに満面の笑みで続けた。
「こうやって、女の子同士でショッピングなんてこの世界で出来ると思ってもみなかったから」
「――――――――」
気持ちはリズベットも痛いほど理解出来た。
突如デスゲームが始まって、右も左も分からない状態で、いつ死ぬとも限らないこの残酷な世界で、同性で買い物なんてリズベットは夢にも思って見なかった。
だが状況が変わった。キリトに助けられて、彼のパーティーメンバーに出会い、その輪に加わり、こうして同性と楽しく買い物を出来ている。
もしかしたら、自分は幸運なのではないか、と改めてリズベットは再認識する。
この世界で、仲間に恵まれたのは一番の幸運であると。
この事実を噛み締めながら、リズベットも嬉しそうに笑いながら。
「こうなったら意地でも、アスナを着せ替え人形にしなくちゃね」
「お手柔らかに、ね……?」
「なに言ってるのよ? あたしにしたこと、もう忘れたの?」
ヒヒヒ、と邪悪に笑みを浮かべるリズベットを見て、アスナは小さく「ヒィ!?」と悲鳴を上げた。
だが同時に疑問に思う。
自分がこうして輪に入ることが出来たのはキリトが助けてくれたのがきっかけである。となれば、これまで三人は、どのような経緯で一緒にいるのか。
その疑問は自然に口から言葉として問を投げていた。
「そう言えば、アンタ達が一緒にいるきっかけって何なの?」
「んー、キリト君はユーキ君が声をかけたから、かな?」
「え、それホント?」
それはにわかに信じ難いモノだった。
常日頃いがみ合っている片方から、声をかけたという真実。てっきりアスナから声をかけたものだと思っていたリズベットにとって、その真実は衝撃に値する。
目を丸くするリズベットに対して、アスナはどこか困ったように笑いながら。
「びっくりするよね?」
「勿論よ! ユーキから声かけるってマジ? どんな状況でそうなるのよ?」
「ユーキ君に聞いても答えてくれないからわたしの予想なんだけど、落ち込んでいるキリト君を見ていられなかったから、かな?」
「なにそのツンデレ」
「ツンデレって?」
「アスナってそっち方面の知識疎いのね。……ううん、気にしないで。こっちの話だから」
気にするな、と言わるもののアスナは何のことなのか、と首を傾げる。
目つきが悪い、態度も悪い、口も悪い。悪いの三拍子が揃った男がそんなことを考えて声をかけるとは、リズベットは思ってもみなかった。てっきり道を歩いていたら、肩と肩がぶつかり喧嘩になりアスナが仲裁して現在に至る、そんなことだろうと考えていた。
だが蓋を開けてみれば違い、どこかお人好しとも取れる理由。
嘘か本当か疑わしい。
そう言いたげにリズベットは首をひねりながら考えていると、アスナはその疑惑も尤もだと言うように困ったような笑みを浮かべて。
「ユーキ君、猫被ってないと第一印象最悪だから……」
「もしアンタの言っている理由で声かけて、キリトに対してあの反応だって言うならどんだけ捻くれてるの、って話なんだけど?」
「わたしは何となくだけど、ユーキ君が何を思ってるのかわかるんだけどね?」
ユーキ君、案外わかりやすいから。と、言葉を区切るアスナに対して、リズベットに新たな疑問が浮かんでくる。
彼女の言葉はあまりにも、ユーキという人間を理解しすぎている節がある。となると、このデスゲームが始まって知り合った仲ではない筈だ。
「もしかして、アスナとユーキってリアルで知り合いなの?」
「幼馴染かな? 小さい時から知ってるの」
「あー、どうりで距離感が近いわけねー?」
リズベットが思い出すのは、昨日の彼女たちの立ち位置である。
男女という割に距離が近すぎる。どこか気心が知れた仲というか、そんな立ち位置だった。
ぼんやりと、リズベットが思い出しているとアスナはどこか恥ずかしそうに。
「え、近かったかな?」
しかしその顔は嬉しそうである。
顔を若干赤く染めて、昨日の自分とユーキの立ち位置を思い出しているようである。
――おや?
――これは、もしかして……?
リズベットが一つの仮説を打ち立てて、ニヤリ、と。
意地の悪い笑みを浮かべて、その仮説を実証するために、とある質問をする。
「うーん、近かったわねー? 何か恋人みたいだったわよ?」
我ながら大根役者だ、とリズベットは評価するも、どうやら彼女には絶大な効果だったようだ。
アスナはボッ!と爆発するかのように顔を真っ赤に染めて、隠すように両手で顔を覆う。
「こ、恋人って……!」
「あら、違うの?」
「そ、そんなんじゃないわよ! そもそも好きじゃないし! ユーキ君とはまだそういう関係じゃないし!」
「ほうほーう、『まだ』なのねぇ?」
「――――――ッッ!?」
一転攻勢。
先程まで着せ替え人形となっていたリズベットはこれでもかというくらい攻める攻める。それは猛攻であり、絶え間ない攻めだった。
そうしてアスナは打ち倒される。
彼女はその場で膝を抱えて、顔を真っ赤にして恨めしい眼でリズベットを涙目で上目遣いで睨みつけて。
「意地悪……」
「ごめんごめん。さっきの仕返しよ」
「リズは意地悪だ……」
思わず抱きしめたい衝動に駆られるも、リズベットは何とか持ちこたえる。
ここにはたくさんのプレイヤーがいる。さすがに見世物になるつもりもない。なので宿屋についたらギュッと抱きしめよう。そう決意してリズベットは問いかけた。
「どんなところがいいなぁ、って思ったのよ?」
「優しい所、かな……?」
アスナは静かに言うと、立ち上がる。
ポツリポツリ、と当時の状況を思い出しながら。
「わたしが家族と上手く行ってないときとか、わたしが言うことを否定しないで聞いてくれたり、自分が辛いのにも関わらず、わたしに優しくしてくれたり……」
「ふーん、良い奴なのね?」
アスナの言葉は嘘ではないようだ。
そう判断すると、リズベットはまた意地の悪い笑みを張り付かせて。
「そんなに優しいやつなら、実はモテるんじゃないの?」
「大丈夫。ユーキ君まったくモテないから」
笑顔で、その辺りは問題ない、と言うかのように安心する口振りで話すアスナに、リズベットの笑みが消えることない。
そのまま彼女は意地の悪い笑みを浮かべて。
「そうかしらねー? 実はアンタの知らないところで、フラグ建ててるかもよー?」
「ユーキ君、友達あんまりいないし。頻繁に連絡とり合ってるの朝田君って男の子しかいないもの」
ところでフラグってなに?と言う言葉を無視して、リズベットは考える。
何やら『朝田』という人物が怪しい、と彼女の乙女回路が訴えてくるのだ。それを言おうとするものの、アスナの言葉でそれは消えることになる。
「それを言うなら、リズだって」
「え?」
「キリト君、絶対にモテるよ?」
「ど、どうしてそこでキリトが出てくるのよぉ!?」
一転攻勢。
先程までいじられていたアスナが今度は攻めてに回る。ニヤつきながら彼女はそのまま。
「え、違うのぉー?」
「違……わない、けど……。最初は想像してたはじまりの英雄とは違ってがっかりしたけど、でも良い奴だし、悪いヤツじゃないけど……」
そこまで聞いて、アスナはポン、と。リズベットの両肩を両手で軽く叩いて一言。
やたら決意を持って一言だけ。
「頑張ろう」
「うん」
会って数日しか経ってないものの、彼女達の結束は固まっていく。
そして同時に思った。
この人とは親友になれそう、と――――。
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2022年 11月21日
PM17:40 『第一層』はじまりの街 噴水広場
アレからアスナとリズベットは、狩りに出かけていたキリトとユーキと合流して、噴水広場に集まっていた。
どうやら素材が集まり、ついでに勝負をしていたようである。結果は43戦21勝21敗1引き分け。今回はユーキの勝利で戦績はドロー。まだ決着はついていないようだ。
そうして彼らは各々、リラックスした状態で噴水の縁に腰掛けていた。
ただ一人、リズベットだけハンマーを持って、ユーキの折れた剣をインゴットに変えて、それ目掛けて振り下ろしている。カンカン、と金属同士がぶつかるような音がリズミカルに響き渡っていた。
その様子をキリトが感心するように見て、その視線にどこか緊張した様子のリズベット。
その二人を見て、ユーキは一言。
「どういう状況だ?」
リズベットの様子がおかしいことには気付いていた。
様子がおかしくなったのは、キリトがリズベットの服装を見てからだ。どこか見惚れるような眼でリズベットを見て、どこか優しく微笑みながら「似合ってるな、リズ」と言うや否や、リズベットの様子がおかしくなった。
あうっ、と言葉に詰まると恥ずかしそうに顔を伏し、無言で作業し始める。
その光景を見ていた事情を知らないユーキにとっては、奇妙な光景でしかない。
何だ、腹でも痛いのか?と的外れなことを考えていると。
「違うよ」
「あぁ?」
ユーキの思考を読んでいたかのように、隣に座っているアスナが否定する。
頭ごなしに否定されたのが面白くなかったのか、ユーキは僅かに眉を潜めて。
「まだ何も言ってねぇんだけど?」
「お腹痛いんじゃないか、って思ってたでしょ?」
「…………」
図星をつかれて、思わず黙る。
それから直ぐにフン、と鼻を鳴らし明後日の方向を見て。
「アイツと行動してたのか?」
「そうだよ。ダメだった?」
「構わねぇよ。好きにしろ」
それだけ言うと、ユーキはリズベットへと視線を向ける。
そばで見学しているキリトが「鍛冶スキル面白いなぁ」とマイペースに感想を漏らしているのを聞くと。
「昨日よりかは、緊張も解れてやがるな」
「へぇ、よく見ているんだ。リズのことを」
「何が言いてぇんだ?」
リズベットからアスナへ。視線を移して睨みつける。
だが彼女は狼狽えることなく、どこか満足気に笑みを浮かべると。
「別に? 気にしてくれてたんだなぁ、って」
「……こっちの顔色を伺って行動されるのがウゼェだけだ。それ以上の理由はねぇよ」
「そういうことにしておこうかな?」
クスクスと声を聞いて、ユーキは空を見上げる。
空は赤色。日も落ちて、これから夜の時間になろうとしている。
その空は奇しくも、デスゲームの開始を宣言された空と似ていた。
――アレから結構経ったが。
――随分と、のんびりしてやがるな。
――周りと足並みを揃えて、何をやってんだかオレは……。
それだけ考えると、ユーキは視線をアスナに戻す。
彼女は嬉しそうに、本当に嬉しそうにキリトとリズベットを見守っている。
――コイツも最初の頃とはだいぶ違う。
――まぁ、何だ。
――コイツが楽しそうにしてんなら、別にこれも悪くねぇか。
ぼんやりと、アスナの横顔を眺めていると、その視線に気付いたのかアスナはユーキの方へ視線を戻して首を傾げる。
「どうしたの?」
「オイ、間抜け顔。口からヨダレ出てんぞ」
「えぇ、嘘!?」
「あぁ、嘘だ」
「……ユーキ君?」
ニッコリ、と。満面の笑みで詰め寄るが、ユーキはどこに吹く風である。
気にしてないようにソッポを向いて、アスナの笑顔を受け流していると。
「お前ら、いつも賑やかだな」
いつの間にか、二人の隣に立っている男性プレイヤー。肌が黒いアフリカ系アメリカ人、身体も筋骨隆々。背には大きな斧を背負っている男性プレイヤーがそこに立っていた。
「こんにちは、エギルさん!」
「ドリューくんじゃん」
「おう、元気そうだなアスナ。それからユーキ、今の俺はドリューくんじゃない。俺は『エギル』だ。もう一人の自分、素敵な自分、俺は斧使いのエギル」
二人の声を聞いて、応じる男性プレイヤー――――エギルが笑いながら。
「賑やかになっているな?」
「あぁ、迷惑だよ」
ユーキの言葉にエギルは苦笑いで応じる。
それから辺りを見渡して、エギルは続けた。
「しかし鍛冶職か。色々なパーティーを見てきたが、ここまで形になってるパーティーはいないな」
「そうなんですか?」
意外そうに言うアスナにエギルが頷いて。
「あぁ。お前らのパーティーはちょっとしたギルドみたいなもんだ」
MMOをプレイしない二人にとって、ギルドと言う単語は聞き慣れないものなのか、ユーキとアスナは同時に首を傾げる。
それを見ていたエギルは簡単にギルドとは何か簡単に説明した。
「ギルドっていうのは、MMORPGでプレイヤー同士のグループを指す言葉だ」
「ソードアート・オンラインでもあるんですか?」
「勿論だ、この世界はMMORPGだからな。当然、ギルドシステムは存在する」
その言葉を聞いて、アスナはどこか感心するように頷いて、ユーキは「ふーん」と空を見上げていた。どうやら興味が無いようである。
「お、エギル」
オッス、とキリトは片手を上げて、リズベットはその後ろを追従する。
どうやら作業は終わったようである。
アスナはリズベットの作業が終わったと判断するや否や、二人に提案する。
「リズ、キリト君。わたし達もギルド作ろっか」
「ギルドって、あのギルド?」
「そうそう」
「いいわねぇ、あたしは賛成」
リズベットは満面の笑みで承諾すると、キリトも少しだけ考えて。
「俺もいいぞ。でも――――」
そこで言葉を区切ると、ユーキの方へと視線を向ける。
そして挑戦的な声で。
「アイツはどうかな?」
「…………」
ユーキはどこか面白くなさそうな表情でキリトの視線を受け止める。
隣はどこか不安そうで、縋るような眼で見つめてくるアスナ。
それを受け止めて、彼は溜息を深く吐くと。
「わかった、好きにしろよ」
「ユーキ君……!」
「――――ただし」
アスナの言葉を遮り、忌々しげにユーキは続ける。
「はしゃいでギルドってのを作るのも結構だがよ、それは第一層を攻略してからにしろ」
「それには俺も賛成だ。俺達はまだ、第一層も攻略してない。何をするにしても、まずはこれを突破してからにしよう」
ユーキの意見を、キリトが同意した。
こうやって二人の意見が合うのは珍し――――くもなかった。
どこか思考回路が似ている部分があるのか、こうした攻略方針で二人がぶつかることは少ない。だがそれで仲が良くなるのかは別問題である。
二人は睨み合いながら。
「やっぱり話が合うな、俺達」
「あぁ、不本意極まりねぇがな」
メンチを切り合っている二人を止める人間はいない。
慣れとは恐ろしいもの。こんな短期間で慣れてしまった自分の適応力に驚きながら、リズベットは提案する。
「とりあえず今は、ギルドマスターとギルド名決めちゃいましょう」
「そのギルドマスター? は誰やる?」
まさか自分がギルドマスターををやるとは思っていないのか、アスナは脳天気にニコニコと笑いながら問いかける。
「アスナがやればいいと思う」
「そうだな。アスナ、オマエがやれ」
そこでまさかのチームワークを発揮する。
睨み合いながらも、ユーキとキリトは示し合わせたように息の合った提案を始めた。
「え、わたし!?」
「言い出しっぺの法則って奴だよ」
「オマエ、仕切るの向いてるしな」
「ちょ、ちょっと! どうしてそこで、息が合うのよ!?」
狼狽え始めるアスナを見て、リズベットは追い打ちを掛ける。
彼女は何度か頷くと、満足げに笑みを浮かべて。
「それじゃ、アスナに決まりね」
「ちょっと待ってよ! え、エギルさん! そう、エギルさんがやりません?」
「ん? あぁ、俺はお前らのギルドに入るつもりはないぞ。良い年したオッサンが、若い連中の中にいるってのはちょっと、な……?」
今まで、四人の行動を見守っていたエギルの言葉に、思わずアスナの肩が落ちる。
だがそれから直ぐに、どこか不安そうな口調で、頼りない声で。
「わかりました……。何をやるのかわからないけど、頑張ります……」
「ギルドマスターは決まりとして、あとはギルド名ね」
どんな名前にしようか、とリズベットは考え始めるも。
「それはオマエが決めろよ、キリトくん」
「何で俺だよ」
ユーキの提案に、どこか面白くさなそうな表情でキリトは受け止める。
「オマエ、得意そうじゃんこういうの」
「別に得意ってわけじゃ……」
キリトの弱気な発言を聞いて、ユーキはどこか意地悪く口元を歪める。
その表情はどこか見下したような、小馬鹿にしたようなものだった。
「なに、出来ないの? ギルド名の一つや二つ、思いつかねぇのか?」
「……そうは言ってない」
「いやいや、オレが悪かったな。そうだよな、出来ねぇもんを押し付けるのはよくねぇよなぁ?」
「出来るさ! ちょっと待ってろ!」
キリトは少しだけ考える。
だが彼は気付いていない。満足そうに口元を歪めるユーキの視線に気付いていない。その顔はどこか「計画通り」と言いたげなもの。それに気付いてれば、キリトも何かしら反論出来るのだが、間が悪いことに彼は全く気付いていなかった。
それから徐にキリトは口を開く
「――――『
「『
リズベットの問に、キリトは小さく頷いて。
「俺達は茅場のデスゲームに巻き込まれてここにいる。仮想世界で、囚われてる」
キリトは拳を握りしめて続けた。
「俺達はずっとこの世界にいるわけにはいかない。攻略して、現実世界に帰る。この世界ではなく、もっと先へ――――『加速』するんだ」
「良いんじゃねぇの?」
噴水広場に腰掛けていたユーキは不敵に口元を歪めて。
「前に進むってのは言うまでもなく賛成だ。オマエにしては良いセンスじゃん」
それだけ言うと、ユーキはリズベットに近付く。
対するリズベットもどこか素直ではないユーキに溜息を吐きながら、持っていた剣を手渡した。
ユーキの折れた剣をインゴットに変えて打ち直した剣。
刀身は蒼く、刃の部分だけ銀色。刃渡りも片手剣と言う割に、刃の部分が広い。どちらかと言うと両手剣の部類だろう。
剣を持つ柄にはナックルガードが施されており、両手を守ってくれる作りとなっている。
それを持ち、ユーキは一度二度思いっきり振り、感触を確かめて口を開く。
「加速する為にも――――前に進むとしようぜ」
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同時刻 はじまりの街 路地裏
そこは光などない世界だった――――。
街も街灯もなく、室内から漏れる明かりもない。
その場所は建物と建物に挟まれて出来ており、どちらも人がいる気配はなかった。
空から照らされる月明かりだけが明かりとなっているが、これだけでこの場所を照らすに不十分。
人を不安にさせるような場所。
そんな思いをさせるのは、何もその場所が暗いからという理由だけではない。
「あともう少しだったんだがなぁ……?」
人影は三人。性別は男。
一人は紅眼で紅髪の髑髏を模したマスクを着けている。
一人はナイフを弄びながら頭陀袋を思わせる黒いマスクで顔を覆い。
もう一人が先程発言した男性。膝上までのポンチョで身を包みフードを目深にかぶっており、表情が読み取ることが出来ない。だが口元はどこか愉しげに歪めていた。
「どうするのさ、ヘッド! ベータテスターを追い込んで、プレイヤー達を殺し合わせるんじゃないの!?」
ナイフを弄んでいた男が癇癪を起こしたように騒ぎ始めるも、ヘッドと呼ばれているポンチョ服の男は気にすることなく。
「予定変更だ。連中を絶望に叩き落としてやる」
「どうやってさ?」
その問いに、ポンチョ服の男の笑みがますます深まる。
どこか歪に、見る者を不快にさせる笑みを貼り付けて。
「――――『はじまりの英雄』をKILLすんだよ」
ナイフを弄んでいた男からは「おぉ!」と歓喜するような声が、我関せずを貫いていた紅眼の男はピクっと反応する。
二人の反応を見て、満足したのか何度か頷いてポンチョ服の男は続ける。
「中途半端に活気付いちまった連中の希望をKILLされたら、連中はどうなるかね?」
「なにそれ楽しそう!」
「どっち、でもいい。『はじまりの英雄』は、心底、気に入らない。オレが、必ず、殺す」
ナイフを弄んでいた男、紅眼の男。二人の言葉を聞いて、ますます口元を歪める。
ベータテスターの謂れのない中傷を広めていたのは、このポンチョ服の男に他ならない。
協力者を見つけて、あることないこと広めさせて、ベータテスター達を追い込む。その結果、ベータテスターと初心者の埋まることのない溝を作り、プレイヤー達に不信感を与える。そうして待っているのは、プレイヤー同士の殺し合い。そこまでのビジョンがポンチョ服の男には浮かんでいた。
しかし、想定外のことが起きた。
モンスターキラーの出現と、それを討伐した『はじまりの英雄』の存在。そして始まるベータテスター達による助け合い。
どこの誰かは知らないが、自分の計画をめちゃくちゃにして、ベータテスターと初心者の溝を埋めてしまった。その代償は『はじまりの英雄』の命を持って、償わせる。
火種はいくらでもある。
ポンチョ服の男は暗にそう語り、楽しそうに一言。
「――――イッツ・ショウ・タイム」
→加速世界
ギルド名。
アクセル・ワールドと読む。
団員:アスナ、キリト、リズベット、ユーキの四人
第一層が攻略したら、正式に作る予定。
ナウでヤングな名前だけど、もしユーキに振られてたら『ゴリラギャング団』名前を提案されていた。
もちろん、全員「ショウジキナイワー」の一言で採用されることはなかった。