ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
2022年 11月27日
PM15:25 『第一層』トールバーナ 噴水広場
あれから、ギルド『
理由も単純なもの。そろそろ攻略に重点を置くためである。
到着した初日に、彼女達は迷宮区に足を運ぶ。
最初は初めてのエネミーモンスターも多いからか、若干苦戦したものだが一度二度相手をすると慣れたものであった。
最初にエネミーモンスターを見つけたら、我先にユーキが切り込み。
次にその命知らずに文句を言いながら、キリトがフォローに回り。
最後は二人の言い争いを仲裁しながら、アスナがトドメを刺す。
街には装備品のメンテナンス及びアイテム管理をするためにリズベットがやりくりをする。
そうして、彼女達は安全にレベル上げに迷宮区に潜り込んでいた。
安全とは言っても、若干一名ほどどんな状況下でも斬り込み、毎回毎回瀕死に近い状況になっている命知らずがいるのも事実である。
そんな命知らず――――ユーキはトールバーナの噴水広場にあるベンチ近くで佇んでいた。
そして両手にはリズベットが鍛え上げた両手剣が握られている。それを彼は無表情で眺めている。しかし、どこか満足そうであるのは、気のせいではない。
「…………」
ときに両手で持ち、ときに片手で持ち、ときに天に掲げあげて。
それを何度か繰り返して、ようやく満足したのか腰に下げている鞘に収めて、近場のベンチに腰掛ける。
そしてそのまま空を見上げなら。
――何をしてんだオレは。
――この世界に来てから、調子が崩されっ放しだ。
彼が思い出すのは、今までの行動。
茅場晶彦を斬ると決めて、幼馴染が辛そうなので共に行動し、戦えなくなったプレイヤーが目障りだからはじまりの街に捨ててきた。見てて目障りなほど落ち込んでいたプレイヤーがいたからパーティーを組むように誘い、モンスターキラーが調子に乗ってそうなので討伐し、『はじまりの英雄』の異名を広めて、その異名に肖ろうとしていたろくでもない連中を叩きのめして、『はじまりの英雄』が拾ってきた女プレイヤーをパーティーに入れることを承諾し、ギルドを創ろうとしている。
本来の彼ではありえないほど、スローペースでここまでやって来た。
ユーキ――――茅場優希と言う男は前に進むと決めたら、どんなことをしても進む男である。それこそ最短距離で、足並みを揃えるなんて真似はしない。
だがここに来て、彼のペースは乱れに乱れていた。
――もし、オレが一人だったのなら、突っ走ってたろうな。
――そして多分、簡単にゲームオーバーになっていた筈だ。
だがどういうわけか、彼は生きている。
HPゲージが削られてレッドゾーンに突入することはかなりの頻度であるものの、彼は今だに生き残っていた。
何が原因か?
いうまでもなく、それはアスナの存在が大きいだろう、とユーキは分析する。
――アスナのせいだな。
――アイツのせいで、オレは今だに死に損なっている。
――オレのことをあーだこーだ言うが、アイツも他人のことが言えねぇ。
――アイツも一人になると、何をやらかすかわからねぇ。
――だから一緒にいたわけだが。
ここで、ふと疑問が浮かんだ。
一人になるとアスナは何をするかわからない。もしかしたら、一人で攻略するのに躍起になっていたかもしれない。
だが、それも一人の話である。
――今ではオレじゃなくても、アイツらがいる。
――忌々しいがオレよりも強いキリトがいる。
――親友のリズベットが心の支えになんだろ。
――何かあったらドリューくんに頼ればいい。
そこまで考えて、空を見上げていた視線を、下に向ける。
その視線の先には両手。変哲もない、何も特別ではない自分の両手を見つめる。
――アイツには現実世界で待っている家族がいんだ。
――だったらアイツは何もしなくてもいい。
――剣を置いて、この世界で平穏に過ごせばいい。
――他の連中も同じだ、待っている家族がいるだろ。
――攻略は何もない……オレみたいなヤツがやるべきじゃねぇのか?
それがユーキの結論だった。
どのみち、ここで自分が死んでも待っている家族も、怒ってくれている恋人も、泣いてくれる友人もいない。
だがアスナ達は違う。彼女達には友人もいれば、家族もいる。であるのなら、自分が命をかけて攻略したほうがいいのではないか。とユーキは結論付けた。
所詮、適材適所。
こういう無茶するのは向いている。だから自分がやる。その程度の考えしかなかった。
そうしていると――――。
「よう」
ユーキに声をかけてくる少年の声。
彼は声のした正面へと、視線を向ける。その表情は鬱陶しいモノを見るそれである。ユーキは声の主が誰なのかわかっている、だからその表情なのだろう。
声の主のユーキの表情と似たようなもの。
声の主――――キリトはつまらなそうな表情を浮かべて。
「なにしてるんだ?」
「見てわからねぇのか」
「暇なんだな」
「そう言うオマエはどうなんだ?」
「見てわかるだろ」
「暇なんじゃねぇか」
売り言葉に買い言葉。二人ともどこか喧嘩腰な口振りのまま受け答えを始める。
それから両者睨み合い、キリトはベンチにドカッと勢い良く腰掛けた。無論、ユーキの隣ではない。ユーキの座っているベンチの裏側にもう一台背中合わせのような形でベンチが設置してあり、キリトが座ったのは裏側のベンチである。
一向に仲が良くなる兆しが見えない。
ユーキに背中を向けたまま、キリトは面白くなさそうな口調で口を開く。
「今日は迷宮区に潜らないのか?」
「ギルドマスター様が絶対に潜るなって言いやがるからな」
迷宮区とは簡単に言ってしまえばダンジョンである。
マップ表示されるのは自分が進んだエリアのみで、表示されない場所は未踏破エリアと呼ばれる。その未踏破エリアをなくすために進める、つまりはマッピング作業をしなければならない。
しかしそれも危険が付き纏う。何せ未踏破エリアはマップに表示されない上に、エネミーモンスターも湧いて出てくる。何があるかわからない。
であるのならば、先程の適材適所と言う言葉通り、未踏破エリアを埋めるのは自分が向いている。とユーキは感じるのだが。
彼は溜息を深く吐いて。
「しかも今はアイツがリズベットと一緒に迷宮区に行っている。言いつけ守らず鉢合わせしたら、それこそ面倒くせぇことになる」
「だから夜に行こうとしている訳か?」
「…………」
背中越しから聞こえてくるキリトの声に、思わず動きを止める。
だがそれも一瞬。直ぐに調子を取り戻し、いつもの不機嫌そうな声で。
「何のことだ?」
「とぼけるなよ。トールバーナに来てから、夜に迷宮区に潜ってるだろ?」
「オマエも似たようなことしてんじゃねぇか」
「お前がそれ以上無茶しないか見張ってるんだよ」
「そりゃ大変だな。苦労をかけるな、キリトくんよぉ?」
皮肉を篭められた声を聞いてキリトは溜息を吐く。
どうやら改める気はないようだ。それだけわかると。
「リズに言ったら、剣を取り上げるとか言ってたぞ」
「……ってことは、今日の内にギルドマスター様からピーピー言われるわけだな。リズベットがチクるから」
その光景を想像したのか、ユーキは面倒くさそうに吐き捨てるように感想を漏らす。
対してキリトは真剣な声で。
「どうしてお前はそんな無茶ばかりするんだ?」
「別に無茶苦茶してねぇだろ」
「いいや、してる。お前が未踏破エリアをマッピングしてくれているから、俺達の探索も楽になってる」
「ハッ、良いことじゃねぇか」
鼻で笑うユーキに対して、キリトは思わず立ち上がる。
そして身体をユーキの方へと向けて、怒気を含んだ声で。
「良いわけあるか! 下手したら死ぬかも知れないんだぞ!」
「……何度も言ってんだろ。死んだら死んだで、その時はその時だ。死ぬ直前でどうするか考える」
「お前……!」
こう言うところだ。
気に入らない理由はまだあるものの、自分の命を顧みないユーキのこう言う部分をキリトは気に入らなかった。
誰よりも前線に出て、敵を見るや否や斬り込み、ギリギリまで自分を追い込んで、キリトがフォローを入れてようやく下がる。その様子は、パーティーメンバーがなるべく楽が出来るように、身を削っているような印象すら与える。
デスゲームを誰よりも理解しているのに、誰よりもデスゲームらしくない行動を取る。それがユーキというプレイヤー。
そんな命知らずは、キリトの怒気などお構いなしに、茶化した様子で。
「随分と熱血くんになったじゃねぇか、キリトくんよぉ?」
「茶化すなよ。俺は真剣に――――」
「――――オマエ、現実世界に家族いんのか?」
キリトの声を遮るように、静かにユーキは問いかける。
いつもと様子が違う。苛立ちを含んだ声ではなく、どこか静かに問いかける声に、思わずキリトは言葉に詰まり。
「……母さんとオヤジ。あと妹が一人いる」
「……そうか」
そうか、の三文字。
これだけで様々な感情が入り混じった事を、キリトは気付いているだろうか。
悲しさ、羨ましさ、寂しさ。
様々な感情が入り混じり合わさったような声色になると、直ぐにいつもの調子の粗暴な口調に切り替わると。
「オレが斬り込むのは、その役目はオレが向いているからだ。仮にオレがいなかったら、オマエがそう言う無茶苦茶してたろ」
「……そんなこと」
わからない、と。
キリトが言う前に、ユーキは結果だけを話した。
「だから、オレが斬り込んでる。向いてるからやってる、それだけだ。オレはオマエらとは違う。帰りを待っているヤツも、誰もいねぇんだからな」
「それはどういう――――」
尋ねる前に、キリトとユーキは周囲が慌ただしくなっていることに気が付いた。
噴水近くに、人の輪が出来上がっており、プレイヤー達はザワつき始めている。
それを見て、キリトは嫌な予感がした。直ぐにその輪の中に入り、その中心に何があるのか確かめるために進んで行く。
その予感は、確信に変わった――――。
「リ」
それが何なのか、誰なのかキリトは知っていた。
それは女性プレイヤーだった。
桃色の髪の毛で、桃色のパフスリーブの上着に、桃色のフレアスカート。そしてその胸元には赤いリボン。
彼女は力なく倒れている。肩で息をしながら、力なく倒れていた。
彼女を見つけると、キリトは直ぐに反射的に駆け寄って抱き起こす。
「リズ――――!!」
「キ、リト……」
キリトの姿を見て安心したのか、リズベットは眼から止めどなく涙が溢れ始める。
肩も震えて、ただ事ではない。と、キリトは予感しながら。
「何があった?」
「あたしは紫のローブの子が助けてくれたから何とかなったけど、アスナが――――!」
「――――アイツが、どうした?」
いつの間にか、見下ろしていたユーキが尋ねた。
その表情から、彼が抱いている感情がどのようなものなのか読み取れない。どこか伽藍堂のようで、感情を殺すように、何かを内側に押しとどめてるかのような。
リズベットは震えた声のまま、
「アスナが攫われたの……!」
「どこでだ?」
「迷宮区……」
それだけで充分だった。
彼はそれだけ聞くと、人垣の輪を強引にこじ開けて、走り始める。目的地は言うまでもなく、第一層の迷宮区に他ならない。
リズベットを抱きかかえたまま、キリトは背後から停止の声をかけるものの。
「ユーキ、ちょっと待て!」
彼は止まらない。
後ろを振り返る機能を失った機械のように、ユーキは愚かにも前だけ見て走り続ける。
それを見送りながら、キリトは忌々しげに。
「クソッ、またアイツ……!」
「あたしは大丈夫だから、行ってあげてキリト」
「リズ……」
視線をユーキの背中から、リズベットへと移す。
彼女はまだ肩を震わせている。それだけ怖かったのだろう。それだけの体験をしたのだから、一人では居たくない筈。だというのに、彼女は気丈に振る舞いながらキリトに訴える。
ぎこちない笑みを浮かべて。
「大丈夫だから。アスナとユーキを助けに行ってあげて」
「……わかった」
リズベットを離して、キリトは立ち上がる。
背中越しにいるリズベットに力強く声をかけた。
「――――行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい――――」
聞くや否や、キリトも走り始めた。
彼が向かうのは迷宮区。もちろん、ユーキと同じ目的地である――――。
→ユーキの剣
両手剣。
オレの剣なんだから、ユーキの剣でいいだろうということで、命名。やはりセンス無し。
刀身には青い二本のライン。刃は銀色。柄にはナックルガード。
武器物語もウェポンストーリーもない。帝国のダニめ、死ぬがいいとかも言わない。
→リズを助けた紫のローブの子
言うまでもなく彼女。