ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
次でVol.1最後です
2022年 11月27日
PM20:10 『第一層』トールバーナ 宿屋
黒ポンチョの男が襲撃してきて、アスナを取り戻した。
そしてキリトにアスナを預けて、ユーキは前に進み、キリトはその後を追う。
二人に会話はない。
ユーキが何を思っているのかキリトはわからないまま、彼らは歩みを進めた。そしてリズベットと合流し、現在に至る。
「…………」
部屋にあるのは二人の人影。
アスナがベットに横になり、ユーキが椅子に深く腰掛けて力なく項垂れる。
彼女の寝息だけが、部屋に響く。
――甘く、見ていた。
ユーキは力強く、拳を握りしめる。
こうなることは、考えれば予想出来た。プレイヤーがプレイヤーに危害を与えるクソのような状況が、いずれ発生する。そんな状況も考慮していた。
――だが結果はこれだ。
――オレは一体、何をしていた。
思い出すのはここまで過ごしてきた日々。
茅場晶彦を斬ると決めて、幼馴染が辛そうなので共に行動し、戦えなくなったプレイヤーが目障りだからはじまりの街に捨ててきた。見てて目障りなほど落ち込んでいたプレイヤーがいたからパーティーを組むように誘い、モンスターキラーが調子に乗ってそうなので討伐し、『はじまりの英雄』の異名を広めて、その異名に肖ろうとしていたろくでもない連中を叩きのめして、『はじまりの英雄』が拾ってきた女プレイヤーをパーティーに入れることを承諾し、ギルドを創ろうとしている。
そして黒ポンチョの男――――。
――悪くねぇと思った。
――こんな状況に置かれて、アスナが笑って。
――悪くねぇと思ってた……。
ギュッ、と。
ユーキは力強く握りこぶしを作る。
――だが、何だ。
――どうしてコイツが傷ついている。
――どうして、こうなった……?
自問自答したところで、答えは出なかった。
だが理由はわかっていた。アスナがこうして倒れている理由はわかっていた。
――オレが、弱いからだ。
思い出すのは、黒ポンチョの男の姿。
嘲笑う忌々しい男を想像して、ユーキは奥歯を噛み締めて。
――これからも、あの蛆虫のような三流が出て来る。
――いちいち叩き潰したところで、湧いて出てきやがる。
――それこそ虫のようにだ。
だったらどうすればいいか。
答えは簡単なものだった。
――何よりも早く、攻略しちまえばいい。
――そしてこんな世界から抜け出しちまえばいい。
それがユーキの出した結論だった。
いちいち駆除した所で湧いて出てくるのなら元から断てばいいだけのこと。元とはつまりソードアート・オンライン。こんな世界があるから、アスナが傷つくのなら、それを突破してやればいい。
――他の連中と足並みを揃えてちゃ遅すぎる。
――独りでも前に、誰よりも前に進む。
――最短距離で、進む。
それだけ胸に刻み、メインメニュー・ウィンドウを開き、メッセージ作成画面を開く。受信者は『キリト』。内容は『話がある、フィールドに来い』と端的なもの。
送信すると、ユーキは立ち上がり、アスナの寝ている方へと視線を向ける。
「悪りぃな、オレはいなくなる。でも大丈夫だろ」
極めて穏やかな口調で、ユーキは語りかけた。まるで幼子に言い聞かせるように、優しい眼でアスナを見守る。
ポケットから何かを取り出して、眠っているアスナの手をギュッと握り、何かをその手に収める。
それは迷宮区で拾った蒼い宝石の付いたペンダント。デスゲームが始まる前に二人で買ったモノだ。
「オマエにはオレがいなくても大丈夫だ。誰よりも強いキリトがいる、リズベットはオマエの支えになってくれんだろ。何かあればドリューくんを頼ればいい」
だから、と言うとユーキは手を離す。
「もう、オレがいなくても大丈夫だ」
静かに、出口のドアノブに手をかけて。
「オマエはもう剣を握らなくていい。――――後はオレが何とかしてやる」
そうして、ユーキは出ていった。
後ろを振り向かずに、ただ前だけを見据えて――――。
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PM20:20 『第一層』トールバーナ周辺のフィールド
「よう」
ユーキが現れたのを確認すると、どこか疲れた様子でキリトが力なく片手を上げた。
黒ポンチョの男に襲われて直ぐのことだ。まだ疲労も回復していないのだろう。
しかしそれでもユーキの言うとおりここに現れたのは、彼の人の良さの表れと言えるのかもしれない。
「どうしたんだ?」
一向に応答がない。
キリトはどこか心配そうにユーキを見つめる。
その姿を滑稽と嘲るように、ユーキは口元を歪める。
自分に出来るのか、今まで居心地が良かった場所を捨てる事が出来るのか。彼は自問自答を繰り返しながら。
「オレ、オマエらのパーティー抜けるわ」
案外、その言葉はすんなりと出てきた。
元より、ここに来る前から猫被る演技もしていた。この程度の演技など簡単なものだった。
急な話で、キリトは思わず眼を丸くさせる。
何を言っているのか本気でわからない、そんな顔をしている彼に対して、ユーキの口は滑らかに言葉を紡いでいく。
「元々、嫌だったしな。雑魚に足並みを揃えて行動するなんて、意味がわからねぇ」
「お前、何を……」
「嫌気が差したって言ったつもりだったが聞こえなかったか? オレの行動をいちいち前向きに捉えやがって、ウゼェんだよオマエら」
嫌そうに、首を横に振りながら。
「特にアスナだ。アイツ、事ある毎にオレについて来やがって。本当に鬱陶しいことこの上ねぇ」
「それ、本気で言っているのか……?」
「――――あぁ、気持ち悪りぃよ、アイツ」
ソレを聞いたキリトは反射的に、ユーキの胸ぐらを掴む。
眉間に皺を寄せて、彼は本当に怒っていた。
「言って良い冗談と悪い冗談があるぞ!」
「冗談じゃねぇよ、事実だからな」
「お前――――!」
「――――それよりも、キリト」
冷たい目で、キリトを見つめて一言。
「――――誰に気安く触ってんの、オマエ?」
「な――――」
脇腹に違和感を感じた。
キリトは視線を下へ向けると、ナイフが刺さっていた。しかしプレイヤーが武器として扱う短剣ではない。それは投擲用の――――黒ポンチョの男が使用していたモノ。
自身のHPゲージが削られて、点滅していることから麻痺状態になっていることを察して。
「お前、何を……」
「……離せよ。オマエみたいな雑魚に構ってる暇はねぇんだ」
足蹴にして、キリトを引き離す。
そのカーソルは――――オレンジ。犯罪者の色に染まったカーソルになったまま、ユーキは続ける。
「オマエは残った連中と仲良しごっこでもしていればいい。オレは進む、最短距離で攻略してやる。オマエらと足並み揃えて行動なんざ面倒くせぇ」
「待てよ、ユーキ! どうしてこんなことをする! 意味が、わからない……!」
「……わからなくてもいい、オマエはそのまま這いつくばってろ」
背後から怒声が聞こえる。
ユーキはそのまま振り返らずに、前へと歩みを進める。
向かう先は迷宮区――――。
――蛆虫はオレにまた会おう、って言って来やがった。
――だったら、標的はオレだけに絞られる。
――キリトが狙われる心配はもうねぇ筈だ。
しばらく進んで。
「派手に喧嘩したな?」
「…………」
ユーキを待っていたようにエギルがそこに立っていた。
エギルは苦笑いを浮かべて、そのまま続ける。
「お前からメッセージを貰った時は意味がわからなかったが、そういうことか」
エギルの口振りから察するに、ユーキはエギルにもメッセージを送りつけていたようだ。
内容は簡単なもの『オレとキリトが言い争いを始める。アンタはそのまま見ていろ』というもの。
「キリトを頼む」
「構わんが、お前はどうするんだ?」
エギルの眼はユーキの頭上のカーソル。
それはオレンジに染まり、ユーキが何かしらの犯罪を犯したことを語っていた。
それでもユーキは揺らぐことはない。
そのまま迷宮区のある方向へ見据えて。
「オレは進む」
「……帰らないのか?」
「帰る必要がねぇ」
それだけ言うと、ユーキは腰に装備していた両手剣を取り。
「これを、アイツらに返してくれ」
「……何があったんだ?」
「何もねぇよ。少しでも軽くしねぇと、前に進めねぇ」
――――それがあると、悪くない日々を思い出して決意が鈍る。
暗にそう語るとエギルに手渡して。
「ドリューくん、アイツらを頼む。エギルじゃねぇ、オレの知っているドリューくんに頼んでるんだ」
「……お前が守ればいいだろう」
「オレには無理だ。向いてねぇんだよそういうの」
自嘲気味に口元を歪めて、ユーキは続ける。
思い出すのは悪くなかった日々。アスナが笑い、キリトと喧嘩して、リズベットが呆れる。そんなありふれた日々。
「オレは、あの輪に入れなくても良い。アイツらが無事なら、それでいい」
そこまで言うと、と言葉を区切り続ける。
「アイツらが剣を取らなくてもいいように、オレは最短で攻略する。――――だからアイツらを頼む。無茶しないように見てやってくれ」
「…………」
てこでも動かない様子に、エギルは溜息をつく。
ここまで頑固なやつは見たことがない、そう言わんばかりの口調で。
「わかった。お前を殴って目を覚ましてやりたいが、無駄だろうしな」
「…………」
「生きろよ、ユーキ。お前の目を覚まさせてやるのは俺じゃない、若い奴らの仕事だ。だからそれまで生きろ」
「……………」
ユーキは答えない。
彼は振り返らず前だけを見て進み続ける。