ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
2022年 11月27日
PM23:10 『第一層』トールバーナ 噴水広場
第一層でどの場所よりも発展した街――――トールバーナ。
谷あいの街の割に、トールバーナはどの街よりも設備が整っていた。装備品はもちろん、消費アイテムも序盤である第一層である割には、整いすぎているくらいである。酒場やクエストを受注出来るNPCが多いのも特筆すべき点だろう。
現実的に考えて、トールバーナは発展し得ない街だ。
まず谷あいの街ということもあり交通の利便性が頗る悪い。こんなところに街があったものなら、間違いなく廃れるか良くて現状維持が関の山だ。
だがそれでも発展を遂げているのは、近辺に迷宮区があることが原因だろう。第一層を攻略するためのダンジョンがあるのだから、アイテムも第一層で揃えれる最上級のものを、近隣の街に用意したというだけに過ぎない。
一番難しいダンジョンの近くの街に豊富なアイテムが揃っている。それがどれだけ小さかろうが変わらない。RPGならではの矛盾とも言える。
そんなトールバーナは、昼間とは違う顔を見せていた。
充実した防具を身に着けて闊歩しているプレイヤー、それを遠巻きに見て羨ましそうに隠れ見ているプレイヤー、様々なタイプの人種集っていた噴水広場には人影はない。時間が時間なだけに、街を歩いているプレイヤーも少なかった。宿屋で休んでいるか、酒場で騒いでいるか。どちらかに限定されるのだろう。
だからこそ、こうして噴水広場に集まる四人のプレイヤー。
それも四人中三人が年端もいかない幼い容姿をしており、余計彼らは浮いて見えた。
その年端もいかないプレイヤーは男女。
黒を強調した軽装のキリト、同じく軽装でる紅色のフード付きケープを羽織ったアスナ、そして桃色の服装に身を包んでいるリズベット。
となると、残りのプレイヤーはこれまで共にし、ギルドを結成することを約束していたユーキと予想されるのだが――――違った。
「…………」
残りのプレイヤーは男性。
屈強な体躯で、肌が黒い男性――――エギルだった。
彼は黙ってそのたくましい腕を組み、ことの成り行きを見守っている。
ことの成り行きとは、今まで何があったか。
キリトがユーキに呼び出されて、闇討ち紛いに刺されて麻痺状態にさせて、パーティーを抜けた。
そして藻掻いているキリトをエギルが救い街に戻り、現在に至るこの状況。
キリトは包み隠さずに全員に話した。
もはやこれは個人で受け止める案件ではないと判断したのだろう。パーティーを抜ける、しかもいきなりな上に、嫌気が差したという身勝手な理由。
ユーキという男は確かに口が悪い。態度も悪ければ、眼つきも悪い。彼の人となりを知らなければ、第一印象は最悪な部類であるとキリトも理解している。
だがそれでも、ユーキの言葉が本心だとは思えなかった。自分達を言うのはともかく――――彼がアスナを悪く言う訳がない。今までの行動から分析して、キリトは結論付ける。
だからこそ、わからない。
ユーキが何を思って、パーティーを抜けると宣言したのかわからない。だからこそ、キリトは全員に相談すべく打ち明けていた。
キリトはチラッ、とアスナを見る。
いきなりパーティーを抜けて、パーティー全員と行動を共にするのが嫌になった。そう言われて、彼女が何を思うか心配になったのだろう。
だが彼女は静かに。
「そう……」
事実を受け止めていた。
極めて冷静。自分が寝ている間に、そんな大事になっていたと思っていなかった。そう言った反応ではない。
むしろ、来てしまった、と。どこか予感していたかのように、アスナは噴水広場のベンチに腰掛けて、事実だけを受け止めていた。
アスナはギュッ、と。
自分の両手を握りしめて、ポツリと語り始める。
「実は、こうなると思ってた」
「そう、なのか……?」
キリトの問いに、アスナは一度頷いて。
「いつも、悔しそうにしてたもの。それに怒ってた」
アスナが思い出すのは今までのユーキの様子。
四人で街を歩いているときも、どこか上の空で、狩りをしているときも苛立っていた。
「わたし達が傷つくのが嫌で、被害を最小限にするために自分が突っ込む。でもそこまでしても無傷に出来ない自分が悔しくて、それでも四人でいることを悪くないって思っている彼がいて、自分自身に怒ってた」
ユーキ君、我慢できない子だから。と、困ったように力なく笑い。
「だから今回がきっかけで離れたんだと思う。中途半端に抜けるって言ったら、絶対にわたし達がついて来るって知っていた。だから突き放す言い方をして、ユーキ君は離れていったんだと思うの」
「……それじゃ、アイツが離れていったのは」
リズベットの問いに、アスナがうん、と頷いて。
「キリト君に言った最短で攻略する、っていうのは本心。わたし達が戦わなくて済むように、一人でボス攻略とかする気なんだと思う」
「何だよそれ……」
呆然とキリトが呟いた。
それからすぐに、両手の拳を握りしめて、悔しそうに言葉を振り絞る。
「何だよ、それは! 誰もそんなことを頼んでない、誰もそんなこと認めてない!」
「……キリト」
どこか悲しそうな眼でキリトに視線を向けるリズベット。
それを受けて、キリトは自分の感情を爆発させた。
「アイツは本当に勝手だ。直ぐ突っ込んで、人一倍削って、また勝手に突っ走る! 何度言っても直らないし、話も聞かない。毎回毎回、フォローする身にもなれよ!」
ここでキリトはユーキの言っていた常々言っていたことを思い出す。
「死んだら死んだで、その時はその時だ。死ぬ直前でどうするか考える」と彼は何度か口にしていた。
ふざけている、とキリトは思う。自分の命すら勘定にいれない人間が、他人が傷つくのが我慢出来ないなんて、自分勝手にも程がある。
――考えてみたら、最初から勝手な奴だ。
――俺に声をかけて、気に入らないっていきなり言われて、張り合って。
――そして勝手にいなくなる。
その有り様は、どこか剣の様で。
捻くれている癖に、泣き言を言わずに、一度も弱音を吐かずに、ただ真っ直ぐに進み続ける。キリトから見たユーキはそんな男だった。
折れることなく振る舞うその有り様は、自分に持っていない『強さ』を持っていると、いつしか彼は認めるようになった。
――俺は折れる。
――色々と道草を食って、遠回りすると思う。
――でもアイツは違う。
――ユーキは、折れない。
――ただ真っ直ぐに、進む筈だ。
そんなユーキに、いつしかキリトは肩を並ばせたいと思っていた。
いつもいつも、前進する男と対等な目線でいたいと。一緒の景色を見てみたい、といつしか思うようになっていた。
だからこそ、キリトは争っていた。コイツにだけは負けたくないと常日頃から思うようになっていた。
ならば――――。
「65戦32勝32敗1引き分け……」
キリトはポツリと呟き、アスナを真剣な眼で見る。
その眼は決意に満ちており、どんなことが起きても絶対に折れない。そんな意志を感じる。
「俺達は決着も付いてない、このまま有耶無耶にされてたまるか。アイツが勝手に前に進むのなら、俺は必ず追い付く。意地でも振り向かせてやる」
―――ならば、追い付くまでのこと。
簡単な話だ、とキリトは口元を不敵に歪ませる。
「アイツの思惑なんて知ったことじゃない。勝手するなら、俺も勝手に行動してやる」
「待ちなさいよ。ムカついてるのは、アンタだけじゃないのよ?」
声をかけたのはリズベットだ。
彼女もどこか憤りを感じるかのような表情を浮かべている。その両手に持っているのは、ユーキの両手剣。ユーキからエギルへ返してくれと頼まれたモノだった。
「何が『ユーキの剣』よ。勝手にダサい名前付けて、いらなくなったら返品します? 舐めてんじゃないの、アイツ?」
彼は誰よりも装備を消耗させて、彼の装備は誰よりも多くメンテナンスしてきた。
リズベットがどれだけ注意しようと、自分と装備品を大事にしようとしない。まるで人の話を聴かない、生意気な男。それがリズベットから見たユーキという人間だ。
アイツは人の話を聴かない。
ならばこちらもアイツの話を聴く必要はない。そう言うかのように、リズベットは口元を邪悪に笑みを張り付かせて。
「クーリングオフは受け付けないわ。どうしても返すっていうのなら、利子つけてコルで返してもらわなきゃね」
「……ちなみに、いくら請求する気だ?」
キリトがどこか顔を引きつらせて問いかける。
彼もどれだけの金額が飛んで来るのか予想していた。それはもう莫大な金額、ユーキが一生使っても払えない負債を背負わせる気だろう、と予想できる。それくらいリズベットは邪悪な笑みを浮かべていた。
その予想通り、リズベットは臆面もなく金額を提示してきた。
「1不可思議コル」
「いや、もうそれ返せる返せないの負債じゃないぞ」
「当たり前でしょ! ユーキは一生あたし達の使いっ走りよ。それだけ勝手なことをしてんのよ」
「確かに」
リズベットの正論を、キリトが力強く頷いて見せる。
もはや彼らの中では、どうあってもユーキに負債を背負わせるというで決着したようである。
そこで二人はアスナに向き直る。
今まで静観していたアスナに、リズベットは事実だけを口にした。
「ということで、あたし達は勝手したバカを追いかけるけど、アンタはどうするの?」
「わたしは……」
ギュッと自分の手を握りしめる。
何て、何て小さな手だろう。これが守られてきた人間の手であることを再確認して、アスナは静かに語り始める。
「わたし、今ままでユーキ君に甘えてた。先を歩くユーキ君の背中に隠れて、その背中を見て安心してた」
でも、と言葉を区切り、顔を上げる。
守られてきて、のうのうと過ごしてきた自分が情けなく感じたのか。アスナの眼に涙が溜まっている。少しでも衝撃があれば、それは決壊して涙となり流れることだろう。
だがそれは流れることはない。そんな眼をしても、今この場にいる誰よりも強く、誰よりも凛然した眼差しで。
「――――それじゃダメなの。甘えてるだけじゃダメ、安心してるだけじゃダメ。もっと先に、それこそ彼を引っ張るくらい強くならないと、わたしはユーキ君の側にいることが出来ない」
そう言うと、彼女は立ち上がる。
背筋を伸ばして、堂々と胸を張り、誰よりも高く天を見ながら。
「だから、わたしは強くなる。今よりももっと、彼を守れるくらい強く、彼よりも先へ進めるように早く、わたしは強くなってみせる――――」
「……それじゃあ」
キリトはアスナを見て、直ぐに視線をリズベットに移す。
二人の少女が力強く頷くのを確認すると、キリトはエギルの方を見て。
「ユーキは、迷宮区に行ったんだよな?」
「あぁ。それは間違いない」
今まで静観していたエギルが口を開く。
その声は今まで聞いてきたエギルの声よりも重く、そして力強いもの。彼はそのまま続けた。
「言っておくが、ユーキが俺に何を託したか言うつもりはないぞ。アイツにもアイツの主張がある。どっちかに肩入れするつもりは俺にはない」
それはどっちも正論だから、とエギルは理解していた。
自分以外が傷つくことが我慢できない、だから自分独りになろうと戦い続ける、と前進したユーキ。
そんなもの勝手だ、独りで勝手に進んで傷つくなんて許さない、と追いつこうとするキリト達。
どちらも他人を想っての言動であり、行動なのだから。故に、どちらが間違っているとか、どちらが正しいかなんて誰にも判断出来ない。
だがそれでも、エギルは断ずる。
「俺にはアイツの目を覚まさせてやることが出来ない。ああいう眼の奴は意地でも己の意思を曲げねぇ、多分死ぬ直前になろうと曲げることはないだろう」
それでも――――ユーキの決断は間違っている。
独りで何もかもを解決しようとするのは間違っている、とエギルは堂々と言える。
それも当然のことだ。人間は、一人では何も出来ない。だから他人を頼って、頼られて生きているのだから。
「俺にはそれがわかる。大人ってのは不便でな、今まで生きてきた経験で何でも判断しちまうもんだ」
そこまで言うと、エギルはキリトに近付いて、拳をキリトの胸に軽く当てる。
だがそれでも、キリトは重く感じた。ドンッ、とまるでエギルの積み重ねが詰まったような、軽い動作ながら重い衝撃。
「アイツに今必要なのは、俺のような大人からの説教じゃねぇ。――――お前達のような我武者羅な若い力だ。我武者羅で、経験も何もない、根拠もない青臭い力が、アイツの心を溶かすのに一番必要なんだ」
「あぁ……!」
力強く頷くキリトを見て、エギルは口元を緩ませる。
そして直ぐにアスナとリズベットに視線を向けて。
「アイツを、頼む。口は悪いが、悪い奴じゃないんだ」
「知ってます」
クスクス、とアスナは笑う。
エギルの言った口の悪いが悪い奴じゃないと言う言葉が的を得すぎており、面白いというかのように彼女は笑う。
――凄いね。
――君のために、怒ってくれたり託してくれたりする人がいる。
――多分、これを話してもお人よし共が、何て事を言うんでしょうね。
――あぁ、本当に。
そこまで心の中で呟くと、アスナは前を見る。
彼のように、いつも前しか見ていなかったユーキのように、力強く一歩を踏みしめる。
「それじゃ行こうみんな。わたし達のパーティーメンバーに追い付くために、一人斬り込んだ彼にいつも通り追い付くために――――!」
――本当に。
――わたしの幼馴染は捻くれ者。
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2022年 11月28日
PM00:15 『第一層』トールバーナ 迷宮区最上階
本来、迷宮区は20階層で構成されている。
1階から19階までは通常のダンジョン。エネミーモンスターがひしめき合い、宝箱も用意されている。本来のMMORPGと言えるダンジョンの作りとなっていた。
主なエネミーモンスターはルインコボルド・トルーパー。レベルは6の亜人モンスターである。慣れてしまえば脅威とはなりえないモンスターである。だがそのモンスターは前菜に過ぎない。
メインであり、第一層の最大の障害はボスエネミー。ボスを倒さなければ、上の第二層には昇れない。その事実がルインコボルド・トルーパーの存在を霞ませていた。
そんな第一層の迷宮区。最上階である20階のボスエネミーがいるであろう大広間に続く石造りの大扉。
深夜、誰もが寝静まったであろう時間で、ゆっくりとこじ開けられた。
こじ開けたのは一人のプレイヤー。背丈から言ってまだ幼さが残る。とても成人男性のものではない。
大扉が開かれる。それが引き金となったのか、大広間の壁に設置された松明に炎が灯り、光が大広間を照らし始める。入り口から奥へと、順番に松明に炎が灯り始める。
大広間の奥には玉座が設置されており、その玉座に座するは第一層迷宮区の主にして、コボルドの王――――『イルファング・ザ・コボルドロード』の姿。身の丈二メートルほどのコボルドの王は、ただ静かに自身に逆らう叛逆者へと視線を向けていた。
叛逆者は怯むことなく、独りでゆっくりと、力強く歩を進める。
手には何も持っていない。徒手空拳であり、武器らしきものを何も持っていなかった。
一歩一歩、着実に歩を進める叛逆者。
その道を阻むのは王の近衛兵――――『ルインコボルド・センチネル』の三体。全身鎧で武装し、獲物であるハルバードを叛逆者に向ける。
素手で、相手はハルバードを装備している。武器がある上にリーチも違いすぎる。それでも叛逆者の態度が揺らぐことはない。
「あー……」
叛逆者は右腕を軽く回すと、近くにいたルインコボルド・センチネルに向かって。
「オマエ、いい位置に頭あるな?」
そう下らなそうに言うや否や、無造作に金属製のヘルムに片手で手を伸ばし、強引に掴み上げると――――。
「――――オラァ!!」
――――強引にコボルドの王に投げつけた。
まるでその速度は砲弾のようで、投擲スキルなんて技術などではなく、筋力に物を言わせる力技。
しかしそのような奇襲でも王の様子に変わりはない。玉座に座したまま、右手に持った骨を削って作られたような斧を無造作に横に薙いでルインコボルド・センチネル切り捨てる。
まるで暴君。
自分の部下を紙くずのように処理する。
青灰色の毛皮を纏い、二メートル超ほどある体躯、血に飢えたような赤金色の隻眼。右手には骨を削って作られたような斧、左手には皮を貼り合わせた雑な作りのバックラー。そしてHPゲージは破格の四段仕様。
誰がどう見ても、一人で挑む敵ではない。
そんな怪物を前にしても、叛逆者の様子は変わらない。
「いつまでそこで見下してやがる」
メインメニュー・ウィンドウを開き、装備画面をタップして、とある武器を実体化させる。
「テメェはただの石ころだ。オレの進む道にある、ありふれた石ころに過ぎねぇ」
石で作られた大雑把すぎる石斧剣。
斬る、というよりも叩き潰すといった表現の方が正しい。それは件のモンスターキラーが装備していたモノ。その大雑把すぎる両手剣を握りしめる。
そして同時に、呆気にとられているルインコボルド・センチネルを横薙ぎに同時二体を斬り伏せて。
「障害物にもならねェ石ころなら――――蹴り飛ばさねぇとな?」
それを挑発と捉えたのか、コボルドの王は飛ぶ。
そして目の前に着地するや否や。
「―――――――――!!!!」
咆哮。
まるで威嚇するような、一人で挑む叛逆者を嘲笑うような。
大広間が振動で揺れる。ビリビリと石造りの壁が共鳴し、叛逆者の肌が震えた。
それでも叛逆者――――ユーキは身の丈ほどある石斧剣を肩で担ぎ。
「さっさと終わらせてやる。テメェなんぞに構っている時間はねぇんだ」
「――――――――」
二つの影が交差する。
本来一人では挑まない無謀。
だがユーキは独りで刃を王に向けた。オマエなんぞ独りで充分だ、そう言うかのように彼は石斧剣を力任せに振るう。
「――――――!!」
「――――――グッ……!」
斧と石斧剣がかち合う。
サイズは圧倒的にコボルドの王が有利である。体格が二メートル超ほどあり、その両腕は逞しいもの。とてもではないが、ただのプレイヤーが力で押し勝てる道理などない。
だがしかし、力負けしたのは――――。
「――――――!?!?」
コボルドの王であった。
一歩二歩、よろめきながら後方へと押し戻される。
「悪りぃな」
その戦果に満足せずに、むしろ当たり前のように見ていたユーキが吐き捨てるように。
「こっちはドーピングしてんだ。正々堂々斬り合うつもりはねぇぞ」
憤怒に染まった蒼い瞳がコボルドの王を射抜く。
そのまま眼を閉じて、一呼吸間を置く。
一度深く息を吸い込んで、深き息を吐く。
そしてイメージするのは、自身の内面。
――――イメージするのは剣を持っている自分自身――――。
――――怒りのまま振りかぶり、目の前にいる影を切り捨てる――――――。
――――斬る度に、返り血を浴びる――――。
――――それだけで、力が湧いてくる――――。
この世界は奇妙だった。
ここに来るまでの間、エネミーモンスターに試していたことがある。それは怒りの開放。黒ポンチョの男に放った一撃のように、自身が怒れば怒るほど力が湧いてくる。負の感情を爆発させる度に、解放されていく。意志の力がアバターの身体を凌駕するように、驚異的な力となる。
だが身に余る力は代償があるようだ。
――力を使う度に、身が削られていく。
――文字通り、身体が欠けていく。
削られる音が聞こえたと思いきや、次に聞こえてくるのは連続して何かが割れる音。アバターの身体が欠ける音だった。
彼の怒りがこの身に耐えられない、そう言うかのように着実にゆっくりと削り取っていく。
だがそれでも―――。
――構わねぇ。
――これからどうなろうが知った事か。
――今は目の前の敵を叩き潰すことに全神経を注げばいい。
眼を開く。憤怒の色を濃くしながら、ユーキは石斧剣を振りかぶり。
「オラァ!」
「――――――!!??」
コボルドの王がバックラーを構えるも、それは紙も同然であった。
その上から力任せに斬りつけて、バックラーを破壊しながらも叩き切る。たまらずコボルドの王は怯むも、すかさずに距離を詰めて思いっきり斬り上げて、コボルドの王の身体が浮いた。
もはや技と呼べる代物ではない。技巧とは己の弱点を補う技術に過ぎない。その観点で言えば、今のユーキに弱点はなかった。己への憤怒という絶対的な意思でブーストされた身体能力。そこから繰り出される暴風と呼べるほどの破壊力、獣染みた速度。
並大抵の相手ではないと太刀打ち出来ない。
それが力任せで、駄剣と呼ばれる程の雑な剣でも、充分にコボルドの王の脅威になり得ていた。
既にコボルドの王の膂力では、拮抗することも出来ない。
何度か斧と石斧剣が火花を散らし、その度にコボルドの王の体幹がずれる。
コボルドの王のHPゲージが二段目に差し掛かるや否や。
「―――――――!!!!」
その叫びはどこか悲痛なもの。
自身が死にたくないので、救援を必死に求む。そんな悲しいまでな自分勝手な叫び声。
そして現れるのはコボルドの王の近衛兵であるルインコボルド・センチネル。HPゲージが四段目を削り新しく三体、そして今三段目を削りきったので新たに三体目が現れる。計六体のルインコボルド・センチネルがユーキのアバター目掛けてハルバードを振るう。
対してユーキは迎撃する素振りすら見せない。
その眼には依然、コボルドの王だけを捉えていた。自身の身体が傷つこうが、着実にHPゲージが削られていようが気にも留めない。構うことなく、コボルドの王へと刃を振るう。
たまらず、一歩。また一歩。
コボルドの王は逃げるように後退していく。
だが目の前の叛逆者はそれを許しはしない。一歩後退するなら、それよりも早く距離を詰めて剣を叩き下ろす。逃げるのなら、それよりも疾く前に詰める。
その間に、ルインコボルド・センチネルがHPゲージを削ってくるが、気にも留めない。
その愚かな有り様。
命すら投げ捨てて向かってくる様子に――――。
「―――――!!!」
――――コボルドの王はひたすらに恐れた。
その姿に威厳も何もない。
ただ生物のように、生への渇望がコボルドの王を後押しするかのように、後方へと思いっきり飛ぶ。
そして先程のユーキの行動を模範するように、右手に持っていた斧を力任せに投げつける。
「――――クソが……っ!」
ユーキはそれだけ言うと、石斧剣を地面に突き立てて、剣の影に隠れることで防ぐ。
直ぐに引き抜いて、コボルドの王へと意識を向けると。
――あ?
――アイツ、何を持っていやがる……?
先程の斧とは違う作りの武器。
剃った刀身に、研ぎられた鋼鉄の色合い。先程の使用していた武器とは天と地ほどの差があるくらいの武器が握られていた。
力で叩き伏せるのではなく、速さで斬り伏せるような――――野太刀がその手に握られていた。
――関係ねぇ。
――やることは変わらねぇ。
――このまま一気に……。
そこから続かなかった。
ガクッ、と足を踏み出そうとするも、踏ん張りが効かずに倒れそうになる。
「あ……?」
身に余る力は身を滅ぼすものでしかない。
ユーキの自分を焼くほどの憤怒は、着実に身体を壊していた。
右足の膝のあたりが、赤黒く削られていた――――。
アバターの崩壊。それが力の代償。
一瞬、動きが止まる。
それをコボルドの王は見逃さない。
「――――――――!!!」
コボルド王の身が沈むと、巨体が一直線にユーキに向かって推進を始める。
咄嗟に、ユーキは後方へと片足で飛ぶも、それで回避が出来るはずがなかった。
一気に射程圏内に入るや否や、コボルドの王の野太刀が水平に360度竜巻のように振るわれる。
刀身には赤色のライトエフェクトが迸り、カタナ専用ソードスキル『旋車』が炸裂した。
「ガ――――ッ!?」
轟!という轟音と共に、繰り出された暴力。
何とか後方へ飛び勢いを殺し、石斧剣でガードするも勢いは殺すことが出来なかった。
砲弾のように飛んで、地面を転がるもそのまま停止することなく、石造りの壁へとユーキは叩きつけられる。
「ク、ソッ……」
うつ伏せで倒れる。
そして殺到するのは、手柄を欲するルインコボルド・センチネル。
彼ら6体全員、ユーキの息の根を止めようとハルバードを構えながら殺到した。
それをユーキはうつ伏せで倒れたままぼんやりと眺めて、HPゲージへと目を向ける。
――赤いな。
――腕もちぎれかけてやがる。
――また死にかけてるのか。
――まぁ、これが潮時ってやつか?
その眼には先程の燃えるような憤怒の感情はない。
澄み渡るほど蒼く、どこか静かな面持ちだった。
――オレは二人を見殺しにした。
――その咎は受けないとならねぇ。
――自分だけのうのうと生きているのは、道理に合わねぇ。
だが、と言葉を区切る。
ルインコボルド・センチネルのハルバードが振り下ろされると同時に――――。
「確かに、オレは死なないとならない。報いは受けなければならねぇ」
両手剣である石斧剣を片腕で持つと、歯を食いしばり立ち上がる。
横に力任せに薙いでルインコボルド・センチネルをまとめて斬り伏せた。
「――――だが、今じゃない」
「―――――――――!!??!」
ここでコボルド王は咆哮を上げる。一際大きく、困惑の色を篭めてコボルドの王は吠えた。
どうして目の前の敵が立ち上がるのか。決着が付いた筈である、と。片腕もちぎれかけているし、満足に立つことも出来ない。HPゲージだってもうないに等しい。だというのに、どうして諦めないのか。全く理解出来ない、道理に合わない、思考がまともじゃない。
コボルドの王はそう語るように吠える。
それに答えることもなく、淡々とした口調で、肩で息をしながらユーキは続ける。
「今、死ぬわけにはいかない。ここでオレが死ねば、アイツらが――――アスナが戦う。それはダメだ」
石斧剣を地面に突き立てて、体重を預ける。
そうしてようやく立っている状態。それでも、そんな無様を晒しても、倒れることを拒否していた。
「アイツだけは傍にいてくれた。根性が曲がって、腐ったオレなんぞの近くに、アイツは傍にいてくれた。父さんと母さんが死んで連中が離れても、アイツだけは傍にいてくれた」
それでも眼はコボルドの王を睨みつける。
眼を離さないように、己の敵を見失わないように。
「アイツを守れなくてもいい、アイツの傍にいれなくてもいい。守るのはキリトみたいな強いヤツの領分だ、オレはアイツが戦わなくてもいいように、誰よりも前に進んで敵を叩き潰す」
だから、と言葉を区切り、剣を引き抜いて前に進む。
それがどれほど無様でも、足を引きずって痛々しいものだったとしても、着実に前に進む。
「――――オマエは邪魔だ。オマエらがいる限り、この世界がある限り、アイツはまた剣を握る。握らなくてもいいものを握って、また戦う羽目になる。こんな世界がある限り変わらないというのなら、叩き壊す。最短で突破して、こんな世界叩き潰してやる」
「――――――ッ!!」
コボルドの王の咆哮に、うるさい、と一蹴しユーキは吐き捨てた。
「石ころ、そこをどけ。――――オレが進む道だ」
それが引き金となった。
コボルドの王は全力で、ユーキの元へと推進する。
満身創痍にも程がある状態。こんな状態で斬り合える訳がない。
今のユーキには何かもが足りない。
レベルが足りない。
戦力が足りない。
時間が足りない。
速度が足りない。
何もかもが足りない。
ならばどこで補えばいいのか。何もかもが足りないのであれば、何で埋めればいいのか。
――足りねぇのは、怒りだ。
――もっとだ、もっと。
――人間のままでは勝てねぇ!
眼を閉じる。
片腕が使えない――――怒りのまま振りかぶり、目の前にいる影を切り捨てる――――――必要ない片腕で充分だ。
片足が動かない――――斬る度に、返り血を浴びる――――無理矢理動かせばいい。
怒りが足りない――――それだけで、力が湧いてくる――――不甲斐ない自分を思い出せ。
眼を開ける。
――――瞬間、轟!!という爆音と衝撃と共に、ユーキのアバターから噴出する。
それは墨よりも黒く、闇よりも黒く。炎のように己すら燃やし尽くす絶対なる憤怒。
その瞳には再び、憤怒の黒い感情。
動かなかった片足に力を込めて。
「ガァああああああァ!」
――――コボルドの王へと推進する。
無謀な玉砕特攻。
それが、コボルドの王の意表を突くことになった。
今まで死に体だった筈なのに、どうしてそんな速度を出せるのか、とコボルドの王の動きが一瞬鈍る。
だが一瞬、されど一瞬だ。
ユーキはその一瞬だけで充分すぎる――――。
「オラァ!」
「――――――――!?」
片手で、身の丈ほどのある石斧剣を力任せに振るう。その速度は両手で持っていたとき以上。
たまらず、コボルドの王は野太刀で防ごうとするも。
「――――!?」
間に合わない。
防ぐ前に斬られて、後退する前に斬られる。
正に先の先、電光石火の勢いで疾風迅雷の如くコボルドの王を肉薄にする。
ならば、と。
コボルドの王は防ぐことを諦めて、攻撃に転じる。
野太刀と石斧剣がかち合い火花が散る。それだけで衝撃となり、石造りの壁が不安定に揺れ、壁に立てかけていた松明が揺れる。
しかし二度目はない。
一度の鍔迫り合いで、コボルドの王の野太刀は粉砕されて。
「―――――――!!!」
悲鳴を上げたまま、斬ッ!っと。
NPCの左肩口から斜めに振り下ろし、上半身を斜め一直線に貫き、NPCはそのまま地面に叩きつけられて後方へ二転三転転がりながら吹っ飛んでいった。
石造りの壁に叩きつけられた直後、第一層迷宮区のボスエネミー『イルファング・ザ・コボルドロード』はその身体を幾千幾万の硝子片へと四散させた。
「――――――――」
それを見送ったユーキの目の前には『You got the Last Attck』というシステムメッセージ現れる。
しかしそれには眼もくれず、ユーキは肩で息をして、地面に突き刺した石斧剣に体重を預ける。
正にギリギリの状態、だがそこに背後から――――。
『また無茶をして!』
窘める声が聞こえて。
『だから直ぐに斬り込むなって言っただろ!』
自身に敵意を向けてくる声が耳に入り。
『ホント、アンタはどうしようもないわね?』
呆れる言葉があった。
「ハッ」
彼は振り返り――――。
「勝ったんだから別に――――」
――――誰もいなかった。
大広間へと続く扉は開かれたまま、そこには誰もいなかった。
いつも傍にいた幼馴染も、自分と張り合っていた少年も、装備を消耗したらメンテナンスを呆れながらしてくれる少女もいない。
いる筈がなかった。
少年は進むために、前に進むために、何もかもを捨ててここにいるのだから。
「―――――あぁ」
吐息のように、言葉が出た。
どういった感情を乗せて口にしたのか、それは本人にしかわからないだろう。
前しか見ていなかった少年は初めて振り返り、直ぐに前方へと見据える。
ただひたすらに前へ、仲間たちが追いつけないほど前方へ、誰よりも最前線へ、少年は赴く。
背後にいた紫色のローブを羽織った女性プレイヤーに気付かないまま――――。
そうして一人のプレイヤーが誕生する。
素顔は不明。全身フルプレートの鎧を着ており、効率を重視にした色合いや種類のバラバラなツギハギの装備。
何よりも異様なのはその戦い方。ただひたすら敵を斬ることを考えて、HPゲージが削れようが衰える様子はない。
その有り様は『ベルセルク』のようで、エネミーモンスターすら恐怖する様子から、そのプレイヤーはこう呼ばれた。
――――アインクラッドの恐怖――――と。
みなさん、初めましての人は初めまして。知っている人は、いつもお世話になっております。
兵隊です。
これでVol.1はこれで完結です。皆さん、いかがだったでしょうか?
最後の4話でユーキの悪い部分がこれでもか、ってくらい出せたのではないかと思います。
何でもかんでも一人でやろうとする。どうせ死んでも構わない命、とだいぶ自己評価が甘くこんな行動に走ったみたいな感じです。
SAOのプーさんから狙われるは、独りで突っ走るは、と何かもう大変なことになってます。まぁこれからどうなるか、主人公は成長するのかどうか、とかは先の展開次第ということでよろしくお願いします。
メッセージでも何度か質問して下さっておりますが、オーディナルスケールどうするの?という質問ですが、どうしましょうか、というのが今答えれる精一杯。
悩む悩む。
最後の紫のローブの子が本格的に参戦するのかどうかは、Vol.2で期待ということで一つよろしくお願いします。
今回はここで、筆を置かせていただこうと思います。
最後にここまで拙作な文に付き合って頂き、本当にありがとうございました。