ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
よろしくです。
赤原矢一さん、誤字報告ありがとうございました!
第1話 鎧の少年、紫ローブの少女
2022年12月26日
PM22:40 第五層 枯木の森
――――ソードアート・オンラインの世界で雨が降るのは珍しい。
仮想世界と言えど、アインクラッドでは雨が降る。
その触感もリアルなもので、雨に濡れれば衣服が濡れて、容赦なく体温を奪っていく。アバターの皮膚に水滴が落ちれば、それは重力に従って下方へと垂れていく。まるでそれは本物の雨、仮想世界にいながら現実世界の雨に打たれているかのような感覚。
しかしリアルに近すぎるというのも考えものだ。
ベータテスト時はかなりの頻度で雨が降っていたアインクラッドでは、今では珍しいものとなっている。理由は至って簡単で単純なもの。プレイヤー達の苦情により、雨が降ることは減少していった。
そうしてアインクラッドでは珍しい雨が、本日降り始める。
近場を狩りしているプレイヤーも悪条件に、近場の主街区である『カルルイン』へと避難し始めていた。少しのミスが命取りになるデスゲームにおいて、その判断は正しいとも言える。
故に、フィールドにいるプレイヤーは皆無となり、誰一人狩りを行っているプレイヤーは存在しない――――。
「…………」
否、プレイヤーは、存在した。
その数は6人。1人は中年くらいの男性で地面に仰向けで倒れ伏しており、5人が倒れているプレイヤーを囲うように見下ろしていた。
仲間ではない。何せ倒れている中年男性プレイヤーは怯えながら見上げており、残りの5人はどいつもこいつもニヤニヤと笑みを浮かべて見下している。
通常では考えれない光景。
草木も生えない荒れ果てた大地、木は生えているも全てが枯れている。その木の枝にカラスが止まっていた。ロケーションも相まって、とても不気味な雰囲気を醸し出している。
「いやぁ、上手く行ったな」
「ホントよ。麻痺強くね? ヤバくね?」
「人間相手だったら最強だろこれ……!」
「やべぇじゃん、興奮してきた! 次、次俺だけにやらせろよ!」
「待てよ。その前にこのオッサン殺さないとダメじゃん?」
不穏で不気味な言葉だけが、中年男性プレイヤーの耳に入ってきた。
闇討ち紛いのことをされて倒れている自分、そして明確な殺すという言葉。無事に解放される状況ではなかった。顔も見ている、麻痺と言うプレイヤーをどうにでも出来る手段を用いて来た。
良い方向に転がっても、悪い方向に転がっても、いずれにしろ自分は殺される。そういった確証を中年男性プレイヤーは持っていた。
どうしてこうなったのか――――。
中年男性プレイヤーの脳裏によぎるのはそんな思いだけだ。
ベータテストを経て、ソードアート・オンラインが発売されて、デスゲームに巻き込まれて。どうしてこうなったのか、の連続だった。デスゲームの宣言から数日後、ようやく現実を見ることが出来てフィールドに足を運んだら、モンスターキラーと言う怪物の出現。ベータテスターというだけで白い眼で見られる日々。
だがそれも終わりを告げる。『はじまりの英雄』と呼ばれる少年プレイヤーの出現により、モンスターキラーは討伐されて、ベータテスターへの扱いは日に日に改善されていった。
民草は英雄の姿に憧憬の火を灯す者。幸運なことに、『はじまりの英雄』はベータテスターであり、更に幸運なことに自らをベータテスターと名乗り初心者の救済に奔走した。それから初心者はベータテスターに尊敬の眼差しを向けることになっていた。
それに対して、一部のベータテスターは手の平を返してきた初心者に快くないプレイヤーも確かに存在していた。
しかし中年男性プレイヤーはそうは思わなかった。こんな世界だ、こんな時だからこそ、プレイヤー全員が一丸になって生き残らなければらない。少なくとも彼はそう考えていた。
そして今。
第五層の遺跡にて遺物を拾っていた――――通称『遺物拾い』を行っていた集団を見つけたので声をかけた。
中年男性プレイヤーは遺物拾いの効率が良いやり方をベータテスト時に知っていたのだ。街に行けばバフ付きの限定メニューを食した方が効率が良い。そのことを教えた瞬間、後ろから五度の衝撃。
攻撃された、と気がついた頃には遅い。HPゲージは点滅し麻痺を知らせて、5人の頭上のカーソルはオレンジに染まっていた。
このデスゲームにおいて最大の禁忌であるプレイヤーキルを実行しようとしているのは明らかだろう。
それも仕方なくではない。面白半分で、手に入れた武器がどれほどの威力なのか試したい、といった軽い調子で行おうとされている。
「つーかよ、何で全員で攻撃してんだよ。俺ら全員オレンジじゃねぇか」
「あ、ヤベ。ホントじゃん」
「バカだろお前!」
「お前もバカなんだよ!」
「……まぁ、別に良いだろ。あの人に教えてもらおうぜ」
言葉に重みが全くない。
人を傷つけたことに、何の後ろめたい気持ちもないような口調で5人が5人とも愉しげに会話していた。
中年男性プレイヤーの半分も生きていない男達が、自分勝手に愉しげに話し合っている。
それが許せなかったのか、中年男性プレイヤーは怯えながらも、声を震わせて荒らげる口調で。
「ど、どうして君達はこんなことをするんだ!?」
5人が顔を合わせる。
それからすぐに、リーダー格の男性プレイヤーが何でもない口調で。
「理由は……特にないッスよ?」
「は――――?」
ゾクリ、と。
中年男性プレイヤーの背筋が凍りつく。
「プレイヤーを殺すのが面白そうだったし、麻痺のやり方とかも教えてもらったから実践しているだけッスよ?」
なぁ?とリーダー格の男が他の4人に同意を求めると、悪びれもなく4人が4人とも同意を示す。
理解出来なかった。理由がないとはどういうことだ、と大声で叫びたかった。だが心が、脳が理解してしまう。こいつらに何を言っても無駄であることを、理解してしまった。
「麻痺の凄さって俺らわかったし、オッサンには悪いけどここでゲームオーバーってことで」
「……何を……」
「んー、ここで殺すってこと。どうせこれってゲームだし、大丈夫っしょ。まぁ死んでも俺らがやったって、バレないし」
逃げ出したかった。大声で叫び、なんとかしたかった。
だがそれは出来ない。麻痺によって身動き一つ取ることが出来ない。動かなければ殺されると理解しても、指一つ動かなかった。
だが口は動く。
中年男性プレイヤーは震える声で。
「や、やめてくれ……」
「……ん?」
「私には娘がいるんだ……。家内も帰りを待っている筈だ。ここで私が死んだら……誰が……二人を……」
命乞いをするしかない。
無様でも生きなければならない。現実世界で待っている人が中年男性プレイヤーにはいるのだ。ならば生きなければならない、生き残らなければならない。
だがそんな願いも虚しく――――。
「俺達には関係ないしなー。オッサンには悪いけどここで――――」
――――その後で続く言葉はなかった。
突如、轟!という突風が吹いたと思いきや、2人が数メートル薙ぎ飛ばされていた。
中年男性プレイヤーも残りの3人のプレイヤーも一斉に顔と意識をそちらに向けた。
それは、いた。
第三者の姿がそこにあった。
頭上のカーソルはグリーン。全身フルプレートに身を包み、表情が読めない。しかしその格好は不格好極まる。頭部は銀色、胸甲板や前当ては黒、篭手は紅で、下半身の鎧の部分は蒼。配色も装備の種類もバラバラ、まるでツギハギのような出で立ち。
獲物は岩で出来た大雑把過ぎる両手剣を片手で持っている。
何よりも背丈は青年ではなく少年そのもの。華奢な姿に大層な両手剣と不格好な鎧姿はとても異彩極まるものだった。
「おま……え……」
リーダー格の男が言葉を何とか振り絞る。
様々な疑問が頭をよぎる。お前は誰なのか、どうしてここにいるのか、中年男性プレイヤーの知り合いなのか。
だが鎧の少年は答えない。
自分が薙ぎ飛ばしたプレイヤーキラーのHPゲージが残量を確認すると。
「――――――」
「――――え?」
1人。
瞬時に近付いて、リーダー格の仲間だった1人のプレイヤーを斬り飛ばす。
もはや語る言葉ない、と言わんばかりに鎧の少年は斬り捨てていく。そこでようやくリーダー格の男と残りの男性プレイヤーは意識を覚醒した。
このままでは斬られる。
そう判断するや否や、彼らは瞬時に構えた。
この鎧の少年が何者だろうが、同じプレイヤーなのだ。
麻痺させてしまえば、簡単なもの。動けなくなった所を、攻撃して殺してしまえばいい。リーダー格の男はそう思っていた。
だが――――。
「―――――――」
――――眼の前にいる鎧の少年は同じプレイヤーなのか、と。
何よりも動きに迷いがない。
それこそ機械のように、最短距離でリーダー格の男に近付いて、両手で石斧剣を振り下ろす。
かち合うだけでも異常。凄まじく重い剣戟に膝を折り地面に片膝をついてしまう。鋼製の剣が火花を上げて、悲鳴を上げる。
「た、助けろぉ!!」
「お、おう!」
絶叫にも似た懇願。
その声に反応したプレイヤーキラーが後ろから斬るために剣を振りかぶる。
一撃だ。一撃だけでいい。それだけで、全て終わる。
だがその願いも虚しく。
「――――」
「――おわっ!?」
まるで麻痺を知っているかのように、斬られる前に鎧の少年は後ろにプレイヤーキラーを蹴って怯ませた。
そして直ぐにプレイヤーキラーの頭を鷲掴みに持ち。
「――――」
「なっ……!!」
リーダー格の男に、力任せに投げ飛ばす。
それはまるで砲弾のように、真っ直ぐな弾道を描きリーダー格の男まとめてふっ飛ばされていた。そして地面に五回転ほど転がって体制を立て直そうと、投げられたプレイヤーキラーをどかそうとするも。
「おい、どけよお前! すぐに――――」
アイツが来る。
そう言う前に、それは目の前にいた。
石斧剣を振り上げている。
鎧の男は驕らなかった。圧倒的な力を誇示するわけでも、ありとあらゆる手段を用いて痛めつけることもない。ただ必要最小限に、その場の状況を最適に動いている。
頭部の鎧の間から蒼い眼光が見える。
それはまるで、照準補正用のレーザーサイトのようで、容赦なくリーダー格の男に標準を合わせる。そうして――――振り下ろされる。
こうしてプレイヤーキラーは壊滅した。
その間、たったの一分も満たない。
辺りには静寂と雨音しかない。
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数十分後
「よーう、お疲レー」
「…………」
どこか気安く鎧の少年に話しかけてくるのは、小柄な女性プレイヤーだ。
金褐色の頭髪に、両頬に髭のような三本のペイントのような線が特徴的。
彼女のプレイヤーネームはアルゴ。通称『鼠のアルゴ』と呼ばれているプレイヤーである。
装備を見るからに、彼女は最前線で戦うプレイヤーではない。
全身布革で、左腰には小型のクローと、右腰には投げ針。だが彼女を注目するべき点は装備ではなかった。
「オマエの情報通り、本当にここにあんのか?」
「あるとモ。信じろよ、オネーサンは確かな情報しか売らないゼ?」
うんざりとした口調で問いかける鎧の少年に、アルゴはにんまりと笑みを浮かべて返した。
彼女の武器とは、特出されたプレイヤースキルでも、高いレベルでも、鍛え抜かれた筋力でも、何者でも追いつけない程の敏捷ではない。彼女の武器は他の追随を許さない情報にある。
ベータテスト時に培ってきたソードアート・オンラインのノウハウ、そして各層に何があるのか、はたまたプレイヤーの情報までアルゴは有している。
「ところデ――――」
アルゴは下に視線を向ける。
そこには――――
「――――ソイツらは何ダ? 一人は麻痺してるっぽいシ」
先程のプレイヤーキラー5人と中年男性プレイヤー1人の姿。
プレイヤーキラーはロープで簀巻にされており、身動きが取れないようである。モゾモゾと歯を食いしばりながら動こうと藻掻くも、それはすべて徒労に終わっていた。
特別語るまでもない。と言わんばかりに、つまらなそうな口調で鎧の少年が答える。
「……別に、目障りな石ころが転がってたから叩き潰しただけだ」
「目障り……あぁ、なるほどナ」
プレイヤーキラー5人の頭上のカーソルの色を見て、アルゴはすぐに理解した。
麻痺している中年男性プレイヤー、簀巻にされている5人のプレイヤー、そして鎧の少年の姿。それらを分析し、一体何があったのか理解すると、どこか同情したような眼で中年男性プレイヤーを見る。
「アンタも災難だったナ……」
「――――お前!!」
そこで、遮るような大きな声を上げる。
その発信源は鎧の少年の足元。プレイヤーキラーのリーダ格の男性が、藻掻きながらも大きな声を上げていた。
「いきなり現れて好き勝手しやがって! 何だよお前!」
「…………」
怒気を向けられているのは鎧の少年。
しかし彼は応じない。むしろ無視するように、アルゴに話を進める。
「オマエ、こいつをカルルインまで行って捨ててこい」
「コイツって、麻痺してるこの人?」
「そうだ」
「オイラはお前のパシリじゃなイ。初めて会ったときもいきなり「この装備を『はじまりの英雄』に渡してこい」って言ってくるシ!」
「不満だってのか?」
「別にいいけど……お前はどうするんだヨ? オイラをパシリに使って、自分だけ楽しようとしてないカ?」
「オレは――――」
無視されている事実に、リーダー格の男の怒りが益々燃え上がる。
彼はそのまま一際大声で、叫ぶように。
「お前無視してんじゃねぇ! 俺に手ェ出せばどうなるか――――」
「オイ――――」
と、一言。
同時にリーダー格の視界が、灰色の物に変わる。それは鎧の少年の石斧剣。
目の前の地面に石斧剣が突き刺さり、あと数センチずれればリーダー格の頭に突き刺さっていた。そんな距離で石斧剣が突き刺さっていた。
背筋が凍ると同時に、リーダー格の男は鎧の少年へとゆっくり視線を向ける。
頭部の鎧の合間から見える蒼い眼光。それが容赦なく、一片の慈悲もなく、リーダー格の男を射抜き。
「――――オレは何時まで、テメェの下らねぇ戯言に時間を割いてやりゃいいんだ?」
蛇に睨まれた蛙のように、リーダー格の男は身動き一つ取らない。
背筋が凍り、冷や汗が滝のように流れ始める。恐怖で、身体を震わせる。
その姿を見てアルゴは感心するように。
「お見事」
「フン」
退屈そうに応じると、鎧の少年は続けた。
「オレはこいつらをはじまりの街の監獄エリアに捨ててくる」
「NPCはどうするんダ?」
「バレねぇようにやる」
「慣れたもんダ」
交渉成立、と言わんばかりに二人は各々行動に移る。
だがすぐに、アルゴは動きを止めて。
「そういえば、あの子はどうしタ?」
「アイツは――――」
置いてきた。と、言う前に声が聞こえた。
それは遠く。しかし直ぐに近付いてくる。やがてハッキリと聞こえてくるくらいの近さまでやって来ていた。
「おーい!」
「…………」
うんざりとした動作で、鎧の少年は振り返る。
そこにいたのは片手を上げて走ってくる紫のローブの少女プレイヤー。すっぽりと目深くローブを羽織っていることから、表情は全く読み取ることが出来ない。しかし声色から判断すると、お気に召していない様子だ。
そしてそのまま、鎧の少年の目の前に立つと、やはり不満そうな口調で。
「どうしてボクを置いていったのさ!」
「邪魔だからだ」
「邪魔ってなにさ!?」
ムカーッと身体いっぱい使って自分の憤りを表現するも、直ぐに止まって鎧の少年の足元へと視線を向けた。
「この人達どうしたの?」
「別にどうもこうもねぇ。オレはこれからはじまりの街に行く。オマエは――――」
「ボクも行くよ!」
「…………」
どこか口元に笑みを浮かべて言う紫ローブの少女に、鎧の少年はチッと小さく舌打ちをすると。
「勝手にしろ。足引っ張りやがったら、叩き潰すからな」
「はーい」
粗暴な口調であるが、慣れているのか紫ローブの少女から非難の声は上がらない。
それを黙って見ていた中年男性プレイヤーは慌てて声をかけた。
「あ、あの!」
「―――――」
「た、助けてくれてありがとう! 君がいなければ、私は殺されていた」
まだプレイヤーキル達から与えられた恐怖が残っているのか、中年男性プレイヤーの声は震えていた。
鎧の少年はその声を背で受け止めて、振り返らずに。
「……アンタの帰りを待ってるヤツらがいんだろ。だったら無茶すんな、黙って街に引き籠もってろよ」
それだけ言うと、鎧の少年はプレイヤーキラー達を引き摺りながら、はじまりの街へと足を進める。
その後を慌てて紫ローブ少女が追いかける。だが少女は振り返り、アルゴと中年男性プレイヤーに手を振りながら。
「バイバイ、アルゴさん! おじさんも無理はしちゃダメだよ」
「おーウ。さっさと追いかけないと、また置いてかれるゾー」
「わかってるー!」
足早に後を追う紫ローブの少女に、アルゴも手を振りながら見送った。
いつ見ても賑やかな奴だ、とぼんやりと思っていると。
「あの、鎧の子は誰なんだ? ベータテスターなのか?」
「ん、いいや違うナ。アイツは初心者だヨ」
そこまで言うと、アルゴはニヤリと笑みを浮かべて。
「最近では『アインクラッドの恐怖』とか言わてるかナ――――?」
→鎧の少年
別名『アインクラッドの恐怖』
誰もプレイヤーネームを知らない。妖怪経験値よこせ。オレンジ見敵必殺マン(ときと場合による)
何かにつけ『はじまりの英雄』に装備品をわたしてくるようにアルゴをパシらせる。
→紫ローブの少女
言うまでもなくあの子。
とある理由で、素顔を鎧の少年に見せていない。
→アルゴ
通称『鼠のアルゴ』
いいようにパシリに使われている感があるものの、『はじまりの英雄』に会う機会が増えるのでギブアンドテイク。
→プレイヤーキラー5人
麻痺を教えたのはあの男。
→「オマエの情報通り、本当にここにあんのか?」
何かを探している模様。