ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 爽楽さん、ただ幸せな世界を望むさん。
 誤字報告、ありがとうございました!!


第4話 茅場優希は歪である

 

 

 2022年12月29日

 AM10:25 第四層 主街区『ロービア』

 

 

 ――――その街は水路だった。

 

 プレイヤーが歩く道など限られており、ほとんどの移動手段は水路を使用しなければならない。石造りの街並みで、所々に橋が架けれており、アーチ状に作られている。その下をゴンドラが通れるような作りとなっていた。

 キラキラと無数の光りが石造りの建物を照らしており、それは太陽からの反射光であることがわかる。その様子はどこか宝石のようでもある。

 

 水路というのだから、移動手段はゴンドラを使用しなければならない。

 船頭のNPCにコルを支払えば乗せてもらえて、世間話をしながら目的地までプレイヤーを運んでくれる。時には第四層で受注することが出来るクエストのヒントを、時にはオリジナルの詩を口ずさみながらプレイヤーを楽しませていた。

 しかしクエストのヒントと言っても詳しい内容ではない。そういうのは老人、街に詳しい顔役であったり、情報通の子供でなければ詳しいことは教えてくれない。根掘り葉掘り聞こうものなら、上手い具合にはぐらかされてしまうのだ。

 

 

 現実離れした風景であるものの、どこか現実味がある街並み。

 それがプレイヤー達の琴線に触れたのか、第六層まで解放されている中で今一番プレイヤーが多く集まる場所となっていた。

 

 

 そんな場所であるからこそ、商人志望のプレイヤーの大半は第四層の主街区『ロービア』にて商売を行っていた。

 アンドリュー・ギルバート・ミルズ。プレイヤーネーム『エギル』もその中の一人である。自分の店こそまだないものの、迷宮区や他のフィールド、もしくはクエスト報酬で受け取ったアイテムを路上で広げて、他のプレイヤーと売買していた。

 彼の他にも、商売に勤しんでいるプレイヤーもいるが、彼よりも景気が悪そうである。それもその筈、エギルは現実世界でも自分の店である『ダイシーカフェ』という喫茶店を切り盛りしている。言ってしまえば根っからの商売人であり、先見の明もある程度は備わっているのだ。

 

 商売を生業としている者と趣味で商売をしている者。

 どちらが多く売上を伸ばすことが出来るかと言ったら、誰がどう見ても前者だろう。

 

 

 そんな中、商売をしているエギルの前に一人のプレイヤーが現れる。

 頭上のカーソルはグリーン。全身フルプレートに身を包んでいるが、その格好は不格好極まる。兜は羊を思わせる角の生えたモノで、頭部を完全に覆っているので表情など読み取ることが出来ず、その外観は敵を威嚇するような造形となっている。胸甲板や前当ては黒、篭手は紅で、下半身の鎧の部分は蒼。配色も装備の種類もバラバラ、まるでツギハギのような出で立ち。首からは紅い宝石が装備品としてぶら下げていた。

 

 エギルの店の客、という様子でもない。

 どこかその雰囲気は剣呑なものを纏っており、表情は読めないもののエギルを睨みつけているようでもある。

 

 

 エギルは思わず訝しむ――――ということもなく、ただ溜息を吐いて応じた。

 

 

「いらっしゃい」

「………」

 

 

 しかし鎧の男は何も答えない。

 その様子に肩をすくめて、どこか気安い調子でエギルは口を開いた。

 

 

「何か買いに来た――――ってわけでもねぇか。何の用だ、ユーキ? いいや、今は『アインクラッドの恐怖』って言えばいいか?」

「……白々しいマネしてんじゃねぇぞ」

 

 

 アインクラッドの恐怖――――ユーキはどこか不機嫌そうな口調のまま続ける。

 

 

「オレがここに来る意味。オマエなら分かってんじゃねぇのか?」

「まぁな」

 

 

 明らかに怒気を含んだ声。

 対してエギルはあくまで余裕の態度で応じてみせた。

 

 

「それよりも、俺が相手でもその兜は取らないのか?」

「……」

 

 

 ユーキは手慣れた手つきでメインメニュー・ウィンドウを開くと、装備画面タブをタッチして兜の装備を脱いだ。

 

 金髪碧眼、その眼は明らかに不機嫌なものとなっており、エギルが見た数ヶ月前の彼よりも黒い感情が見え隠れしている。

 どこか人として、負の感情と危うい色をその眼に宿しながら、彼は口を開く。

 

 

「オレが頼んだことを、アンタは覚えてるか?」

 

 

 2022年11月27日。

 ユーキが第一層の迷宮区のボスフロアに行く前に、彼が所属していたパーティーと決別した後に、エギルに託したことがある。

 頼む、と。アイツらを頼む。無茶しないように見てやってくれ。と彼はエギルに頼んでいた。それを覚えているか、彼は淡々とした口調でエギルに問いかける。

 

 嘘なんて許さない。

 自身よりも遥かに体格の大きいエギルに、見上げるようにして問いかける。

 

 エギルはその問いに、何でもない口調で答えた。

 

 

「あぁ、覚えている」

「だったら―――!」

 

 

 反射的に、ユーキはエギルの胸ぐらを片手で掴み上げた。

 レベルを上げて、鍛え上げられた彼の筋力であれば、エギルをそのまま持ち上げることも可能であろう。だがどこか我慢するように、片腕を震わせて掴んだままだ。それが最後の理性というかのように、絞り上げるような口調で。

 

 

「何でアイツらが前線に、攻略組なんぞにいやがる!!」

「…………」

「オレはアンタに頼んだろ! アイツらが無茶しねぇように、見てやってくれって頼んだろ!」

 

 

 アイツらとは、ユーキが前に進むために置いていったパーティーの面々。

 それは幼馴染であり、張り合ってた少年であり、いつも装備のメンテナンスで世話を焼いてくれた少女でもあった。

 

 エギルはされるがままで答えない。

 黙って憤り吠えるユーキを見下ろしたまま、冷静で見守っていた。

 

 それが癪に障った。

 ユーキは奥歯を噛み締めて、吠えるように続けた。

 

 

「答えろよ。アンタは一体何をしてやがった!」

「別に。お前の言うとおり、無茶しないように見ていたぞ俺は」

「ンだと……!」

 

 

 どこがだ、攻略組で活動しながらどこが無茶してないだ。とユーキが叫ぶ前にエギルは淡々とした口調で。

 

 

「不満なら、俺の代わりにお前がアイツらの傍に居ればいいだろう」

「何を言ってやがる。それが出来ねぇから、アンタに頼んだんだろうが!」

 

 

 吐き捨てるかのようなユーキの言葉に、エギルはやんわりと首を横に振り。

 

 

「違う、お前は出来ないんじゃない。やろうとしないだけだ」

「あぁ……?」

「誰よりも前線に、誰よりも先に進んで、誰よりも先に敵を倒す。俺から言わせれば、ただカッコつけてるだけに見えるがね」

「つまり、アンタは何が言いてぇんだ?」

「間違っていると言っているが、わからなかったか?」

 

 

 呆れた口調で言うエギルに、ユーキは本気で何を言っているの理解出来なかった。

 

 それが正しい、と。今の最善だと思い、行動してきた。

 敵を誰よりも倒し、誰よりも突破して、誰よりも先に攻略する。それが正しいことである、とユーキは判断し最速で進んできた。

 元より自分は他人を守れるほど強くない。そういうのは強い連中が行うことである。ならば弱い自分はどうすればいいのか、ただ前に進むしか能がない自分はどうすればいいのか。

 答えは単純明快。誰よりも先に進み、敵を斬るしかない。

 

 そうすれば、誰も戦わなくてもいい――――アスナが剣を握らなくてもいい。そう思い、今まで行動してきた。

 だと言うのに、何が間違っているのか。現にフロアボスはユーキが単騎で相手をしているため、ダンジョン攻略で命を落とすプレイヤーはいない。数値的に見れば、救われる命もあるだろう。

 

 だがそれでも、エギルは断言する。

 今の彼の行動は間違っている、と。

 

 

「何が間違ってるってんだ? 誰よりもオレが攻略に向いてる、だからオレが攻略している、それだけだろ? これのどこが間違ってんだ?」

「根本的な問題だ。人は一人で何も出来ない、だから群れて協力し合うんだ」

「オレには必要がねぇ。現に結果も出してる」

 

 

 バッ、と力任せに離すと彼はそのまま続けた。

 

 

「本当にうんざりだ、どいつもこいつも。オマエらには帰りを待っている連中がいるのに、どうして前線に出てきやがる!」

「…………」

「攻略はオレなんぞのような、誰も帰りを待っていない人間がするべきだ。オレのような、生き汚いクソのような人間がやるべきだ」

 

 

 その考えはどこか人柱のようでもあり、全く周りを見えていない言葉でもある。

 

 茅場優希と言う人間は極度に自己評価が低い人間である。

 ソードアート・オンラインはデスゲームとなってしまい、第百層まで攻略しなければプレイヤー達は現実世界に帰還することが叶わない。かといって、その生命は限られており、HPゲージが消滅すればゲームオーバー。仮想世界の死は現実世界の死に繋がる最悪なモノと化してしまっていた。

 HPゲージが命の残数。それが眼に見えているのだから、それは恐怖となりプレイヤーの身体の身動きを制限してしまう。

 

 であるのなら、答えは簡単だった。

 自分のような罪人が、帰還したところで帰りを待っている人間がいない者に攻略をさせるべきだ。とユーキは早い段階で答えを出してしまっていた。

 そう言う意味では、自身は誰よりも攻略に向いているとユーキは結論する。

 

 幼馴染にも、張り合っていた少年にも、世話を焼かせていた少女にも、エギルにも、もちろん――――紫ローブの娘にも、帰りを待っている人間が居る筈だ。だからこそ自分一人で攻略していた。

 何の役にも立たないこの身でも、万を救う筈だった両親の代わりに生き長らえたちっぽけな命でも、いずれ死ななければならない咎を背負っていようとも、数千人の代わりに死に物狂いで攻略し、その果てに死んだとしてもそれは本望である筈だ。

 

 だからこそ、ユーキは言い捨てる。

 自分のようなクソのような人間が、攻略するべきだ。と迷うことなく、真っ直ぐにエギルを見据えて。

 

 

「オレは何も、間違っちゃいない。オレは何ももっていない、だからこそオレが攻略するべきなんだ」

「…………」

 

 

 対してエギルは静かに、何の感情を宿していない伽藍堂の眼で見据えてくるユーキを見守っていた。

 

 なるほど、と。

 ここで彼は『茅場優希の歪み』を目の当たりにする。

 まるでそれが彼の常識であるかのように、優希は周りを何も見ようとはしていなかった。

 進むことを止めて、辺りを見渡してしまえば、進めなくなる。そう言うかのように、彼は頑なに周りを見ようとしなかった。

 

 

 ――何て眼だ。

 ――今のユーキの眼には何も映っていない……。

 ――いいや、映そうともしていない。

 ――コイツ、歪過ぎる……!

 

 

 最初はエギルも、ユーキの元パーティーメンバーに任せようとしてた。だがここまで危うい考えであるのなら力尽くで、彼をここに縛り付けるのも是非もない。

 一瞬だけ彼はそう考えるも、視界の隅に何かが眼に止まった。

 

 それはプレイヤー。紫のローブでフードを目深く被っている。こちらを伺うようにしており、出て行くかどうか迷っている節がある。その視線の先にユーキの姿。どこか心配するような素振りで、紫ローブのプレイヤーはユーキに目を向けていた。

 確認のため、エギルは問いかけた。

 

 

「アレってお前の連れか?」

「あぁ?」

 

 

 ユーキが一瞥すると同時に、その紫のローブのプレイヤーは物陰に隠れてしまった。

 どこか忌々しげに、ユーキが舌打ちをすると、メインメニュー・ウィンドウを開き、装備画面タブを押すと脱いでいたスケープ・ゴートを装備し、また表情が読めなくなる。

 

 

 それが答えだった。紫のローブのプレイヤーはユーキの後を追いかけている。

 

 思わずエギルはそれを見て、溜息を吐く。

 彼の考えは歪で危うい考えである。自分の命なんて何も考えてない者の考えで、それは死ぬまで改めることはないだろう。だがそれはあくまで今のまま行けばの話だ。

 ユーキがどんな主張だろうが、過去に何あって、こんな歪な生き方になってしまおうとも、彼は一人にはなれない。

 

 その後をエギルが、紫のローブのプレイヤーが――――彼の元パーティーメンバーが追いかけてしまう。

 ならば問題はなかった。ここで力尽くに行動せずとも、彼は否が応にも気付くことになる。彼の帰りを待っている人間がいない、何てことはありえないという事実。

 

 これは指摘するのではなく、自分で気付くしかない。

 だからこそ、エギルは敢えて何も言わずに、変わらずに彼の考えを否定する。

 

 

「ユーキ、お前は間違っている」

「……いいや」

 

 

 それだけ言うと、ユーキはエギルに背を向ける。

 これ以上何を言っても無駄だ、と判断したのだろう。端的に、ユーキは事実だけを絞り出すような声で告げる。

 

 

「オレは、何も間違っちゃいない」

「少なくとも俺は――――いいや、アイツらはお前を間違っていると思っている。だからこそ、お前を追いかけるんだ」

「上等だよ」

 

 

 ユーキはいつも通り、これまで通り、前に歩を進める。

 

 

 ――そうだ。

 ――オレは前に進むことしか出来ない。

 ――他人を守れるほど、オレは強くない。

 ――だからオレは、弱い人間は前に進むしかない。

 

 

 他人を守るのは強い人間。

 前に進むのは誰にでも出来る。問題はその後だ。

 前に進んでも折れて挫折してしまい、最終的にまた立ち上がり前に進める人間。それこそが真に強い人間である、とユーキは考えている。

 

 そして皮肉にも、そういった人間を一人彼は知っていた。

 最初見た時は、気に食わなかった。どこか泣き疲れたように、どこか憔悴しきっているかのようで、たまらず彼は声をかけた。それから何度も張り合った。気に入らないからこそ張り合い、共にモンスターキラーに立ち向かった。

 モンスターキラーと対峙した際、その人物は恐怖しまともに動くことが出来なかった。しかしそれを乗り越えて、剣を握り立ち向かい、最終的には打倒してみせた。

 まるでその有り様は英雄、物語に登場するヒーローのようである、とユーキは思い返す。

 

 

 ――アイツはオレとは違う。

 ――アイツは本当に強いヤツだ。

 ――何度打ちのめされても、最後には必ず立ち上がってくる人種だ。

 ――オレとは違う。

 ――オレは一度折れたら、立ち上がれないだろう。

 ――だから折れる前に、前に進むしかない。

 

 

 本当に気に食わなかった。

 自分にはない強さを持っている彼が、自分のような人間が到達することが出来ない強さを持っている彼が、ユーキは気に入らなかった。

 

 

 ――認めてやるよ。

 ――オレは、オマエに、憧れている。

 ――だが関係ねぇ。

 ――オレは誰よりも前に進む。

 ――アスナが剣を握らなくてもいいように、前に進む。

 ――何があっても。

 

 

「オレは、前に進む――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻 第一層 はじまりの街 噴水広場

 

 

 ――――第五層が攻略された。

 

 その知らせが来たのはつい数時間前のこと。

 本来であれば、今日にでも第五層の攻略部隊の顔合わせで、主街区であるカルルインの広場に集まってフロアボスである『フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス』の情報交換、そして迷宮区探索をする予定だった。

 

 だがその予定も第五層が攻略されたことでなくなってしまった。

 今回の攻略組筆頭である『はじまりの英雄』と称される少年プレイヤー――――キリトは噴水の縁に腰掛けて思考に耽っていた。

 

 知り合いの情報屋である『鼠のアルゴ』の話では、第五層をクリアしたのは正体不明のプレイヤー。それも単騎で、夜中に攻略したとのことだ。

 まるでツギハギだらけの装備で、身の丈ほどある石斧剣を担ぐ両手剣使い。巷では『アインクラッドの恐怖』と呼ばれるほどの全身鎧の剣士。

 

 

 ――似ている。

 ――やっぱり、似ている。

 

 

 キリトはどこか、その人物に思い当たる節がある。

 一ヶ月程前、行動を共にしていたプレイヤー。それは自分とよく張り合い勝負していた少年であり――――いの一番に前を歩いていた彼と対等でありたいと思っていた人物。

 一人で各層に到達し、誰よりも先に迷宮区のマッピングを済ませて、孤独にフロアボスに挑む無茶。

 

 

 ――間違いない。

 ――アインクラッドの恐怖はアイツだ。

 ――これもアスナの言った通りだ……。

 

 

 アインクラッドの恐怖の名が広がると同時に、彼女は――――アスナはアインクラッドの恐怖が『彼』であると言い当てていたことをキリトは思い出す。

 だがキリトも、アインクラッドの恐怖が『彼』であると、心の中でそう感じていた。確証などない、だがキリトの第六感が彼であると告げていた。

 

 だからこそ、キリトもアスナもリズベットも追いかけた。

 アインクラッドの恐怖の背を我武者羅に追いかけて、レベルも上げてようやく追いついた思った頃には。

 

 

「また、アイツは先に進んだ……」

 

 

 そう呟くと、キリトは空を見上げる。

 どこまでも、どこまでも蒼い空が広がっていた。心の中でモヤモヤした何かを抱えているキリトとは正反対の澄んだ蒼色。

 

 

「キリト君」

 

 

 キリトに声をかけてくるプレイヤー。それは女性の声色で、何度も聞いた声である。

 キリトは空からそちらに、視線を移して。

 

 

「よう、アスナ」

「いつもいつも、ボーッとしてるのね貴方は」

 

 

 首を横に振りながら、どこか呆れた様子で彼女は――――アスナは声をかけた。

 その雰囲気はどこか凛としており、一ヶ月前と比べても明らかに様子が変わっていた。『彼』の後を追いかけてポヤポヤとしていたものではなく、どこかリーダーシップに満ちており自信が表情となって出ている。

 彼女の知名度はもう『はじまりの英雄』のキリト『アインクラッドナイツ』のディアベルに次ぐ者となっており、付いた異名が『紅閃』。細剣から繰り出される最速の刺突。紅い防具が中心となっているからか、敵に走り寄る様子は正に紅い閃光。故に『紅閃』と、彼女は呼ばれるようになっていた。

 

 アスナもその名に驕っている様子もない。

 ひたすら、目標に近付くために、毎日鍛錬し自己を鍛え抜いていた。

 

 

「それで、アルゴさんから『アインクラッドの恐怖』の情報は来たの?」

「いいや、まだだな。昨日の段階で、尻尾を掴んだってメッセージが来たからもうすぐじゃないか?」

「そう」

 

 

 それだけ言うと、アスナは少しだけ考えて。

 

 

「待っていても仕方ないわ。先に第六層に行って、フィールド探索をしましょう」

「わかった。リズには?」

「もうメッセージを流してる」

 

 

 キリトがわかった、と席を立つと同時に、その人物は現れた。

 その人物を見たのは初めてではない。その身体は鎧に身を包み、頭部は無防備で何も装備されていない。その背には両手剣が装備されている。歳は二十代前半の長髪の男だった。

 

 男は甲高い声で、アスナに声をかける。

 

 

「こ、これはこれはアスナ様! 奇遇ですね!」

「……奇遇って、明らかにわたし達の会話盗み聞きしてませんでしたか?」

「そんなことありません! このクラディール、そのようなことする筈がありません!」

 

 

 男――――クラディールはどこか必死な様子で、アスナの疑いを否定する。

 

 同時にキリトは嘘だな、とクラディールをどこか白い目で見つめた。

 こうしてタイミングよく彼がアスナの前に現れるのは珍しくもない。恐らく彼はずっとアスナのストーカーのような真似事をしているのだろう。それほどまでに彼とアスナ達は良く会う。それこそ偶然と言うのでは片付けられない程だ。

 

 

 アスナは『彼』に追い付くために変わった。

 女性プレイヤーでトップレベルの剣士に成長し、『紅閃』と呼ばれるほどまでに成長した。

 だが同時に、彼女は他のプレイヤーから注目を浴びることになる。ソードアート・オンラインのプレイヤーで女性プレイヤーは珍しい。その中でも、アスナは有名であり、類まれなる美貌の持ち主でもある。

 当然、アスナのファンも現れるのだが、中でもクラディールは別格であった。もはやそのあり方は執着の領域。どこか必死すら感じられて、リズベットが「気持ち悪い」と言っていたのはキリトの記憶に新しい。

 

 

 今回はこの男をどう撒こうかと、キリトが考えていると。

 

 

「と、ところでいつになったら、私をアスナ様達のギルドに『加速世界(アクセル・ワールド)』の一員として、迎えていただけるのでしょうか?」

「だから、わたし達はまだギルドを結成していません!」

 

 

 一体どこから漏れたのか、クラディールがどうしてギルドのことをわかっているのか、何度尋ねても彼は答えない。

 

 

 アスナの言うとおり、彼女達はまだギルドを立ち上げていなかった。

 第一層が攻略されて、第三層のギルド作成クエストを完了すれば、ギルドを作ることが出来る。難易度もさほど難しくないものである筈である。

 だというのに、彼女達は今だにパーティーとしてあるだけで、ギルド『加速世界(アクセル・ワールド)』を立ち上げていなかった。それもこれも『彼』の存在がいないためである。『彼』以外の三人が三人共、『彼』がいないのにギルドを立ち上げる意味がないとの結論に達したためである。

 夕暮れ、はじまりの街の噴水広場。今正にこの場で、悪巧みをするように楽しく考えていた。四人が作ると言い出したのなら、最初の四人で結成したい。それが彼女達の意見なのだ。

 

 

 同時に、キリトにメッセージが届いた。差出人は『鼠のアルゴ』。その内容に思わずキリトは目を見開く。

 

 横ではクラディールとアスナの言い争いが耳に入るが、介入する余裕はキリトにはなかった。

 

 

「一人、抜けたと聞いています。だったらこの私に、クラディールにお任せ下さい! その空いた穴以上にの活躍をしてみせます!」

「勝手なことを言わないで! それにあの人が抜けたわけじゃありません!」

「で、でも姿が見えませんよ? アスナ様を含めて四人で行動してたのに、残りの一人はどこにいかれたのですか?」

「貴方には関係ないでしょう! いい加減に――――」

「ストップ」

 

 

 ここでキリトが二人の間に入り、言い争いの仲裁をする。

 それからすぐに、アルゴから来たメッセージをそのままコピー&ペーストし、アスナへとメッセージを送る。

 

 

「見てみろよ」

「これって……」

 

 

 メインメニュー・ウィンドウを開き、送られてきたメッセージを見ると、アスナは息を呑む。

 目を見開き、凛とした雰囲気から、どこか安心したような。数ヶ月前に見せていた、『彼』の後ろについて回るような雰囲気に少しだけ戻った。

 

 キリトはそれを見て、アルゴから送られてきた自分のメッセージを見ながら。

 

 

「無茶な行動、乱暴な口調、武器の種類――――首からぶら下げてる紅い宝石のペンダント。特徴が一致する」

「うん。無事、だったんだ。良かった、ユーキ君。本当に良かった……!」

 

 

 アスナの眼には涙。

 その表情はどこかホッとしたようで、慈愛に満ち足りた表情をしていた。そして彼女は首からぶら下げていた自分の蒼い宝石の付いたペンダントを握りしめる。

 

 思わず、クラディールはその姿に見惚れていた。

 そこへ。

 

 

「悪いな、クラディールさん」

「……は?」

 

 

 キリトから話しかけられると思っていなかったのか、クラディールは変な声を上げる。

 しかし構うことなく、キリトはそのままピシャリと正面から。

 

 

加速世界(アクセル・ワールド)の席は今のところ四人。これから増えるかもしれないけど、今のところは四人なんだ。そしてそこに、アンタが座る席はない」

「……え?」

「アンタの座る席はアイツの――――ユーキの物だ。悪いけど、諦めてくれ」

 

 

 それだけ言うと、キリトはクラディールに背を向けて、アスナと共にその場を後にする。

 残されたクラディールは眉間に皺を寄せて、ギリギリと奥歯を噛み締めて、憎しみが籠もった声で。

 

 

「ユー……キ……!」

 

 

 

 

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