ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
このままモチベーションが保てばいいなって思ってみたり。
2023年1月10日
AM12:25 第七層 主街区『ハボタン』
ソードアート・オンラインがデスゲームと化したまま、新年を迎え無情にも過ぎていった。
今、生き残っているプレイヤーの全員でないにしても、大半は胸に抱いていた幻想がある。
それは、このまま時が経てば、外部からの接触があるのではないか。という何の根拠もない希望だ。だがそれは直ぐにでも幻想であることを思い知らされて、プレイヤー達は現実となった仮想世界に引き戻されることになる。
単刀直入に言ってしまえば、外部からの接触は今だにない状況。
新年が過ぎたら、もしかしたら何かが起こるかもしれない。そんな淡い期待すら、この世界では許されないようだ。
本来であれば、MMORPGにおいて、新年はイベントが何かしら起きるものだろう。
しかしソードアート・オンラインにはそれがない。何もないからこそのリアリティである、と言わんばかりに何もなかった。
そして現実に引き戻されたプレイヤー達は、辛い現実へ身を投じる事になる。
そんなプレイヤー達にとって、第七層は魅惑がありすぎる層とも呼べる。第七層のデザインテーマは『富』と表現した方が正しいのかもしれない。
この層では何と、昼でも夜であり、時間が経とうと日が昇ることもない。だがそれが、投機的な雰囲気を演出させていた。
デザインテーマである『富』と名の通り、ここの主街区『ハボタン』には他の層の主街区になかった施設が存在する。
それが賭博場のような場所、つまりは賭け事が出来る施設である。それが数件存在し、手軽に賭博が出来るようになっていた。勿論、それは24時間毎日行える。宿屋も似たようなもので、時間によって閉店することがない。ほとんどの宿屋には賭博場が併設されている。
ほとんどの各層の宿屋は宿泊料金が低く設定されていたが、この層は高く宿泊料金が設定されていた。その背景にはやはり賭け事が絡んでおり、泊まるには高い料金を払わないとならない。モンスターからドロップしたコルだけでは足りない状況もある。そしてそこで、大半のプレイヤー達は稼ぐためにもっとモンスターを狩るのではなく、賭博してコルを稼ごうとする。
ここで攻略に折れたプレイヤー達は、ここで生活をすることになる。賭博に嵌り、目先の幸福に溺れて、退廃的に過ごすことになる。
まるでギャンブル中毒者のようである。といっても、それも仕方ないのかもしれない。
いきなりデスゲームに巻き込まれ、HPゲージを削られればゲームオーバーなのだ。命をかけてフィールドに出て生活費を稼ぐよりも、こうしてギャンブルに溺れて現実逃避をした方が楽だろう。
折れてしまったプレイヤーは立ち直ることは出来ない。人間はそんなに――――強くデザインされていないのだから。
そんな中、眠らない街『ハボタン』になど眼もくれないプレイヤーが一人。
外面華やかな第七層とは真逆の、どこか無骨な雰囲気を身に纏っている。全身鎧姿で、その片手には両手剣である石斧剣が握られている。
彼がいるのは主街区から少し離れた『呪いの館』と呼ばれる洋館だ。
ハボタンで受けたクエストで、この洋館で現れるエネミーモンスター『アプスターゴブリン』からドロップされる、『呪いの金貨』を20枚集めてくればクエストクリアとなり、報酬として大量のコルか経験値を選べるようになっている。
クエストを受注するにはNPCに話かけないとならない。無論、NPCも無感情ではなく、まるで感情があるかのように身振り手振りを混じえて、自分がどれほど困っているのか説明しながら、彼に話しかけていた。
だが悲しいかな、彼は全くNPCの話を聞いていなかった。彼が知り得ているのはクエストの報酬とクエストの内容だけである。NPCと言葉を交わしたのだって「わかった」という受諾フレーズのみである。
もはや会話、と呼べるべきモノではない。
感情豊かに話すNPC、その話を聞いておらず事務的なやりとりしかしない彼。どちらがNPCなのかわからない。
そんな中、『呪いの館』の一階エントランスホールにて、数十体目のアプスターゴブリンを斬り捨てて、鎧の彼――――ユーキは深く息を吐いた。
――ようやく、金貨19枚目かよ……。
どこかうんざりしたように首を横に振ると、地面に石斧剣を突き立てる。
アプスターゴブリン。
その外見は落ちぶれた商人の姿のようなゴブリン。衣服はボロボロで穴だらけ、肥満体型で両手には巨大な木製の棍棒が握られている。どこかマヌケな姿であるが、強いモンスターであった。
肥満体型で巨大な棍棒が握られているのだから、筋力特化型モンスターなのかと思いきや、その実敏捷特化型のモンスターである。初見では苦戦を強いられる―――と、思いきやユーキは難なく斬り捨てていた。
様子を見る、何て彼には存在しない。
敵が動くよりも速く斬りかかる、そうすれば騙されることもないし、ユーキはアプスターゴブリンを一撃で斬り捨てるだけの筋力が既に備わっていた。
もはや見敵必殺。
敵を見れば有無を言わさずに斬り掛かる。
故に、苦戦はなく、もはや作業と化していた。倒すことに苦戦することはない。ならば、ドロップ品はどうだろうか?
結論から言えば、彼は大いに苦戦していた。クリアするには『呪いの金貨』をドロップしなければらないのだが、何十体倒しても、『呪いの金貨』がドロップされることはない。数時間屋敷の中を彷徨い、アプスターゴブリンを斬り、ようやく19枚。
――正直、うんざりだ。
――『鼠』の情報では、このクエストが効率良く経験値を稼げる筈だ。
――なのに何だ、これは?
――斬っても斬っても、ドロップしやがらねぇ……。
兜の奥で、ギリッと奥歯を噛みしめる。
こんなところでモタついている場合ではない、と言うかのように彼は拳を握りしめる。
――足を止めている場合じゃねぇ。
――こうしている間にも、アイツらはオレを追ってきやがる。
――なら、もっと前へ。
――アイツらが追いつけないほど、ずっと先へ。
――オレの背が触れられないほど、遥か遠くへ。
一度目を瞑る。
瞼の裏にあるのはかつての光景。目の前にはいつも言い争っていた少年プレイヤー。視界の端には、困ったように笑う幼馴染と、呆れた様子で仲裁に入る少女プレイヤー。
充分だ。
それだけで、充分だった。前に進むには、それだけで充分すぎた。
ユーキは再び、剣を握り締め、勢い良く引き抜く。
身の丈ほどもある石斧剣を肩で担ぎ直し、新しく湧いたアプスターゴブリン目掛けて距離を詰める。それは完璧な奇襲だった。アプスターゴブリンが反応した頃にはもう遅い。防ぐ暇も与えず、ユーキはそのまま剣を思いっきり振り下ろす。
アプスターゴブリンが左肩から斜めに斬られて、悲鳴を上げる暇なく吹き飛ばされて、壁に激突したところで粉々に砕け散った。
ドロップするのは経験値とコル、そして『呪いの金貨』。
「これで、20枚目……」
彼がポツリ、と静かに呟くと同時に。
「こんなところにいた―っ!」
エントランスホールから響き渡る声。
それは少女特有の声であり、ユーキはそちらに視線を向けずに反応した。その口調は辟易するような、声の主が誰なのかわかった上で彼はそういった反応をしてみせる。
「……何の用だ?」
「何の用じゃないよ! またボクを置いてボスと戦ったでしょ!」
ユーキに詰め寄り、身体いっぱい不満を表している紫ローブの少女。
いつも通り、目深くフードを被っているので表情は読めないものの、その口調はやはり不満。そして若干の怒りが見え隠れしていた。
対してユーキは何をする訳もなく、無感情に口を開く。
「オマエに許可でもいんのかよ?」
「許可とかじゃなくて、危ないでしょ!」
「……」
「君に何かあればボクは――――」
どこか心配するような声色。
それがどこか癪に障った。こんなクソのような自分にいちいち構ってくる紫ローブの娘が、ユーキの癇に障った。
構うな、と。
心配されるほど、完成された人間ではない。と言うかのように、彼女の言葉を冷たい声色で遮る
「――――五月蝿いよ、オマエ」
「――――――ッ!?」
紫ローブの娘の肩が大きく揺れる。
敵意を向けられることに慣れてないのか、それとも敵意を向けてきたユーキに何か思うところがあるのか。彼女は大きく肩を揺らした。
だが彼はそれをわかっていながら、兜との奥の蒼い瞳が紫ローブの娘へと射抜く。
睨めつけるように、彼は冷たい声のまま。
「ウゼェし、目障りなんだよオマエ」
「で、でも……」
「赤の他人の為に、自分の命かけてんじゃねぇ。本当にオマエのような善人はうんざりしてんだ」
「赤の他人じゃないもん……」
装備している紫のローブを握りしめて、少女は消え入る声で。
「ボクは君の――――!」
そこから続くことはなかった。
違和感があった。直ぐに――――。
「――――ッッ!!?」
――――異変が起きた。
ビキリ、と。何かがユーキの内部で軋みを上げる。そしてこめかみの辺りで、血管らしきものが不自然に脈動する。この仮想世界に置いて、血液は流れていない。それでも、何かが。ユーキの身体の内部で何かが不自然に脈動する。
続けて間髪入れずに、不自然な汗が流れる。
まるでそれはサウナに入るような、いいやそれ以上の勢いで汗が流れ始めた。
視界が揺れ始めて、今度こそユーキは片膝を折り地面についてしまった。
意識の外では、紫ローブの娘が慌てて声をかけてくるが、それに反応している余裕もない。
この現象に襲われるのは初めてではない。
自分の身体すら削るほどの強い怒り、世界を塗り替えるほどの強い意志。第一層で彼が行使していた『力』、これは彼の手に余る物だった。
過ぎたる力は身を滅ぼす。その名の通り、無理矢理行使し、待っているのは甚大な内部破壊であった。
第一層から第六層まで。
単騎で攻略できたツケがこれである。内部から崩れ落ちるような感覚、全身を蜘蛛の巣のように張り巡り、軋みを上げていく。
彼の意思が、自分すら騙し壊しかねないほどの意思が彼を壊しかけていた。
――チッ、五月蝿いヤツだ。
――隣でギャーギャー喚くんじゃねぇよ。
――ンなもん直ぐに……。
直ぐに収まる。
隣で慌てる紫ローブの娘にうるさい、と声をかけようとするも。
彼の中で――――何かが欠けた――――。
――待て。
――何で、ここで、戦ってたんだ……。
絶対に前に進む、そう誓っていた狂人的な意思を宿した蒼い眼が、ここに来て揺れ始める。
――戦わないとならないと思った。
――理由があった筈だ。
――オレは何としても、戦わなければならないと思った、筈だ……。
――何だこれは……?
脳裏に蘇るのはとある光景。
見知らぬ少年プレイヤーと言い争いをしている。視界の端には、困ったように笑うこれまた見知らぬ女性と、呆れた様子で仲裁に入るやはり見知らぬ少女プレイヤー。
すっぽり記憶から抜け落ちたように。
――誰だ、オマエら。
その光景は尊いものだった。
恐らく、地獄に堕ちようと絶対に忘れないであろう光景だった。
それでも、思い出せない。言い争っている少年も、呆れている少女も――――困ったように笑っている彼女も、誰なのか思い出せない。
「返事、返事をしてよぉ……!」
「……あ?」
ここで初めて、ユーキは自分の肩が揺らされていることに気付いた。
意識を内側から、外側へ。自信から紫ローブの娘へと意識を向ける。
ユーキの尋常じゃない様子が衝撃的だったのか、彼女は涙声で冷静さを欠きながら。
「大丈夫なの!? いきなり様子がおかしくなってボク、ボク……!」
「あ、あぁ」
一瞬、抜け落ちたような感覚。
彼は頭を横に振る。内部から生じていた軋みは止み、意識を覚醒させる。
――何だ、これは……。
――何でオレは、アイツらを忘れていた……?
――キリト、リズベット、アスナ。
――忘れてない、忘れない筈なのに……。
チッ、と舌打ちをすると直ぐに立ち上がり、彼は一言。
「問題ねぇ」
「そんな訳ないよ! お願いだから、主街区に行って休もうよ……」
「問題ねぇって言った」
彼は頑なに、明らかな不調を、精神力でねじ伏せる。
何を言っても聞かないユーキに、紫ローブの娘は実力行使を発動させようとしていた。つまりは腰のあたりを思いっきり抱きついて、行動させないようにする。
紫ローブの娘から見て、今の彼は明らかに異常である。
いつもいつも無茶をしているが、これはいつもとは違う。このまま動かせば、壊れてしまう。そんな危うい雰囲気を彼は纏っていた。
だからこそ、彼女はこれ以上ユーキを無理させる訳にはいかなかった。
嫌われるのは元より覚悟の上、何をされても構わない。でも、それでも、彼をこのまま壊す訳にはいかなかった。
彼女の身を低くする。
だがその前に――――。
「止めといた方がいいよー」
エントランスホールに、新たな声が響き渡った。
緊迫した状況にはそぐわない呑気な声。女性特有の高い声。
二人の視線がそちらに集中する。
全身フルプレートに身を包んでおり、その格好は不格好極まりない。兜は銀色で、胸甲板や前当ては黒、篭手は紅で、下半身の鎧の部分は蒼。配色も装備の種類もバラバラ、まるでツギハギのような出で立ち。
その背には両手剣を背負っていた。
その姿に紫ローブの娘は既視感を覚える。
似ているのだ、そのプレイヤーの装備とユーキの装備が。
ツギハギだらけで、格好なんて二の次というかのような装備。
対してユーキが抱く感情はもっと不可解なもの。
彼が注目するのは――――その声にあった。
プレイヤーは再度、呑気に声をかける。
「アナタ調子悪そうだし、街で休んだ方がいいと思うけどなー」
「……オイ」
その声を無視するように、ユーキは紫ローブの娘に話しかける。
「席を外せ」
「……え?」
「さっさとしろ。館の外で待ってろ」
「う、うん……」
有無を言わさない様子に、紫ローブの娘が思わず頷いてしまい館の外へと足早に出ていく。
それを黙って見送っていたプレイヤーは面白くない声を上げて、やはり呑気な口調で抗議の声を上げた。
「無視ー? 無視はどうかと――――」
「――――単刀直入に言う」
遮るように言うと一歩一歩、プレイヤーに近付いて。
「オマエ、何だ?」
片手で持っていた石斧剣。その剣先を、プレイヤーの顔面に突きつける。
剣先とプレイヤーの距離、ほぼ数センチ。すこし押し出しただけで、剣がプレイヤーの顔面に突き刺さる距離。
それでも、プレイヤーの調子が崩されることはない。
むしろ自分は刺されない、という絶対的な確信を持つように、プレイヤーは口を開く。
「何だ、っていきなり失礼 アタシ達初対面じゃない」
「いいや、違う。オマエの声聞き覚えがある」
石斧剣を握りしめる手が強まる。
兜から覗く蒼い双眸はプレイヤーを注意深く観察し。
「ソードアート・オンラインが始まる前のチュートリアルだ。キャラメイク作成時、他の連中はテキストでの進行だって言うのに、オレだけ音声だった」
「…………」
「今のオレは余裕じゃない、下手なことを言うと何をしでかすかわからねぇ。つい誤って、オマエの顔面に剣を突き立てちまうかもしんねぇ。それでも敢えて、もう一度オマエに聞いてやる」
暗に、二度目はない。
そういうニュアンスを含めた冷たい声で、ユーキはプレイヤーに問いかけた。
「――――あの時のチュートリアルの声の主が、オレに何の用だ?」
「……バレちゃった?」
どこか悪戯に失敗したような、悪びれもない声でプレイヤーは答えた。
その様子を見て、思わずユーキは奥歯を噛み締めて、苛立ちを隠さずに返す。
「テメェ、状況が理解出来てねぇのか? オレがその気になればテメェなんぞ――――」
「――――アナタには出来ないよ?」
ユーキの言葉を遮るように、プレイヤーはどこか楽しそうに。
「カーディナルに言われてアナタを観察してたけど、アナタにはアタシを斬れない」
「……ンだと?」
「オレンジプレイヤーって犯罪者の人何でしょ? その人達の命も奪わないんだもん。だったらアタシを斬れる訳がないよー」
「…………」
今だに剣を突きつけられても、プレイヤーは構わず笑いながら。
「カーディナルに言われたって言っても、アナタに興味があって無理して接触した。それがチュートリアルのとき」
あの後、カーディナルに怒られたんだけどね。と茶化しながら言うと、プレイヤーはメインメニュー・ウィンドウを開き、装備画面をタッチする。
それから彼女の装備が変わった。重装備から軽装備へ。どこか肌を露出するような、胸を強調した紫色でまとめられた装備に変わる。薄紫色の髪の毛に赤い瞳、豊満な胸には特徴となる2つのホクロがある。
プレイヤーは女性。
ニッコリと笑いながら彼女は口を開く。
「初めましてだね、アナタ。アタシはストレア。メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作2号のストレアだよ」
→ストレア
ナイスバディ。ワガママボディにして、ダイナマイトボディ。
どうして重装備だったのか、他の謎は次回にて。
→第七層
半分オリジナル、半分原作。
賭け事や、モンスター闘技場がある。
主街区はハボタン。通称眠らない街。