ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第6話 アナタの姿を模範して

 2023年1月10日

 AM13:30 第七層 主街区『ハボタン』宿屋

 

 

 『呪いの金貨』を20枚集めるクエストをクリアして、ユーキと紫ローブの娘、そしてストレアと名乗ったプレイヤーはひとまず宿屋に訪れていた。第七層はいくら時間が経とうと夜のままという特殊な層となっている。そんな層に居るせいもあってか、他のプレイヤーは昼間から、本来であれば日が昇っている時間帯であるものの、酒を嗜んでいるプレイヤーが多く存在した。

 とはいっても、ここは仮想世界だ。本物のアルコールを摂取しているわけでもない。要は雰囲気を彼らは楽しんでいるのだ。現に、場酔いしているプレイヤーも少数であるが存在する。酔わないとやっていけない、と言わんばかりにワインが入った瓶をラッパ飲みしている様子は、どこか自暴自棄に見えるのは当然とも言えた。

 

 どうやら彼らの様子を見るに、賭博にて負けて、モンスター闘技場で賭け事をしてそこでも負けて、自棄を起こして酒を飲んでいるようである。

 デスゲームに巻き込まれて、賭け事にも負けて有り金など数えるくらいしか残っていない。前半の部分だけ聞けば同情の余地はあったものの、後半で全てを台無しにしている。

 何だかんだ言って、自暴自棄になっているプレイヤーはある意味、この仮想世界を楽しんでいるとも言える。賭け事をする余裕があるのだから、もはや同情の余地はない。

 

 

 そんな中、酒を誰もが飲んで場酔いしているプレイヤーの真っ只中で、紫ローブの娘は椅子に座っていた。

 やはりいつも通り、眼深くローブを被り、表情は読み取ることが出来ない。しかしどこか不機嫌なようで、面白くないような雰囲気を醸し出しながら、虚空を見つめていた。

 心ここに非ず、と言うかのような状態。

 

 彼女が不機嫌になるのは珍しい。

 今まで、ユーキの後を文句を言われて、無視されてようとも健気に追いすがってきた彼女だ。

 天真爛漫と称することが出来る彼女は、面白くなさそうに独り言を呟く。

 

 

「ボクとあの人、何が違うんだろ……」

 

 

 あの人とは誰なのか。決まっていた、突然自分とユーキの目の前に現れた『ストレア』と名乗ったプレイヤーのことを指している。

 

 

 席を外せ、とユーキに言われて館の外で待っていたも彼女に待っていたのは、更に驚くべきもの。

 何と、何度お願いしても聞いてくれなかったユーキが、一度主街区に向かうと言い出したのだ。思わず彼女の笑みが溢れる。やっと休んでくれると、自分のお願いを初めて聞いてくれたと、思わず有頂天になりかけるも直ぐに違うことを思い知らされる。

 

 ハボタンの宿屋で宿泊料金を払うと、ユーキは直ぐにストレアと共に宿屋の部屋に引き篭もってしまった。

 ここで彼女は理解する。主街区に訪れたのは、自分のお願いではなく、ストレアの存在が大きかったのだと。

 

 経緯が何にしても、彼が前線を一時離れる。その事実は変わらないし、彼女の思惑通りになったのだからストレアに感謝したのだが。

 

 

「むー……!」

 

 

 やはり、面白くなかった。

 思い出すのは、自分とユーキのファーストコンタクト。

 いきなり声をかけて、付いていくと宣言した彼女も彼女だが、「いらねぇ。邪魔だから消えろ」とぞんざいに受け答えした彼も彼だ、と彼女は思う。

 

 今までそんなこと思わなかったし、いきなり声をかけた自分が悪いと思ってきた。何せ、名前も顔も明かさないのだ。むしろ受け答えしてくれただけ、人が好すぎるというものだろう。

 しかし状況が変わった。明らかに自分とストレアの扱いが違う。初対面でぞんざいに扱われたのに、ストレアとは二人っきりになるし、部屋に籠もっている。

 

 扱いがまるで違う。

 その事実に、彼女は不平不満を募らせていた。

 

 

「ボクにあって、あの人にないもの。あの人にあって、ボクにないもの……」

 

 

 頭を捻らせて、脳内で自分とストレアの姿を思い浮かべる。

 まず露出。彼女は肌をまったく見せない装備であるのに対して、ストレアは最初は重装備だったものの、館から出る際には軽装となっており肌を衆目に晒していた。

 次に態度。態度とはユーキに対する態度である。紫ローブの娘はどこかユーキに遠慮している節がある。しかしストレアはそうではない。彼女は自分が疑問に思ったことがあったら、ズケズケとユーキに問いを投げかける。明らかにユーキが不機嫌になろうとお構いなし。それを見て、紫ローブの娘が何度ハラハラしたか、自分でも覚えていない。

 そして最後に――――。

 

 

「……」

 

 

 彼女は自分の身体を見る。

 目線は下に、そして両手は自分の胸に。

 

 最後に――――胸。

 初対面が重装備で、次は軽装で館から出てきた。その時のストレアの姿に、彼女は衝撃を隠せなかった。

 デカイ。この三文字に事足りる。とにかく、デカかった。

 

 彼女とストレアの決定的な違い。それが何なのか、彼女は理解するとポツリ、と。

 

 

「おっぱい……」

 

 

 過去に、彼女の義母となる女性に聞いたことがあるデカイと何がいいのか。すると義母は『肩は凝るし、動きづらいし、良いことは何一つありませんよ?』と困ったように笑みを浮かべていた。

 良いことは、ある。良いことはあったのだ。

 

 胸が大きいと、ユーキが優しくなる。彼女にとってそれは充分過ぎた。

 しかしそれは確証が得たない仮説。もしかしたら、ストレアに優しい理由が他にあるかもしれない。

 

 そんな淡い期待を胸に懐きながら、適当に近くの酔っぱらいに問いかけた。

 

 

「ねぇ、おじさん」

「どうした嬢ちゃん?」

「男の人って、胸が大きい方が良いのかな?」

 

 

 突拍子もない問いに、男は目を丸くさせる――――こともなく、間髪入れずにやたら凛々しい表情と良い声で答える。

 

 

「――――おっぱいは良いぞ」

「うわーん! やっぱりかー、やっぱり男の人みんなそうなんだー!」

「おいおい待て待て、お嬢ちゃん。貧乳といえども乳は乳。男のそれとはワケが違う。どれほどツルペタでも存在しないわけではないんだ。肌のきめ細やかさや、温もり、丸みなど、貧乳でもそれは確かにおっぱいとして存在する。おっぱいをただの脂肪の塊と評する人もいるかもしれんが、それは美しい彫刻をただの石ころだと言うようなもんだ。素材は同じかもしれませんがそこに確かなこだわり、崇高な精神があるのです。そしてワシが最も許せないのが自称巨乳のピザ、デヴ。お前のそれはただの脂肪――――」

「変態の上に、ダメな人だったよー! 助けてにーちゃんー!」

「おっ、やばいその反応。何かイケないことをしているみたいだ……」

 

 

 頬を赤らめて高揚する男性、そして涙声で助けを求める紫ローブの娘。

 つまるところ、酔っているのは男性だけではない。紫ローブの娘も場に酔っているのは明らかだった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 同時刻 ハボタン 2階 宿部屋

 

 

「ん、何か一階で楽しそうなこと起きてるねー?」

 

 

 ベッドに腰掛けて、ストレアは騒がしくなってきた一階の食堂に意識を向けていた。

 全て丸聞こえではないものの、その喧騒には笑い声が含まれており、殺伐としたモノではないことが分かる。だから彼女は楽しそう、と曖昧に表現していた。

 

 対するユーキは武装したまま壁に背を預けて、注意深くストレアを観察していた。

 その視線に不満があるのか、ストレアは笑みから面白くさなそうに口を尖らせて不満を言う。

 

 

「アナタはまだアタシのことを信用してないの?」

「馬鹿かオマエ、ンなもん当たり前だろ」

 

 

 ストレアは武装を解除したものの、ユーキはダンジョンに潜る状態のままである。

 それは暗に、下手な真似をすれば直ぐに斬り掛かる。そう言っている。とはいっても、ここは既に圏内。どうやっても不可視の障壁に阻まれて、他のプレイヤーのHPゲージを削ることは出来ない。しかし、攻撃することは出来る。何かあればストレアを攻撃し、一階に待機している紫ローブの娘を逃がす。

 そういう算段である。

 

 兜の奥で、一瞬の動きも見逃さないように、蒼い瞳を光らせて、彼は口を開く。

 

 

「だいたい、メンタルヘルス何ちゃらにしても――――」

「メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作2号、だよ」

「……それだ。それにしても事実かどうか怪しいもんだ」

 

 

 不思議そうに首をかしげるストレアを意に介さず、頭上のカーソルに視線を向ける。

 その色はグリーン。ストレアがプレイヤーであることを証明するカーソルであった。

 

 

「メンタル何ちゃらだっていうなら、オマエはNPCだろうが。どうしてプレイヤーカーソルが出ている?」

「あっ、それもそうだよね」

 

 

 アナタが信用出来ないのも納得できる、と言わんばかりにストレアは頷いて。

 

 

「今のアタシは、プレイヤーがログインしていなかった未使用のアカウントを使ってるの」

「何が目的だ?」

「うーん、人を助けたかった、かな?」

「ンだと……?」

 

 

 ユーキの訝しむ声に対して、悲しそうに目を伏せて当時の状況を思い出すようにストレアは口を開く。

 

 

「アタシね、この世界が変わってから色々な人を見てきた。絶望で泣き叫ぶ人、怖くて震える人――――何も出来ない自分に対して、怒りで震える人」

「…………」

「カーディナルに恐怖を学習させたアナタに興味が湧いて、モニタリングしてた。それを見て思ったんだ。カーディナルは恐怖こそ人だって言うけど、それは違うんじゃないかって」

 

 

 そこまで言うと、彼女はどこか嬉しそうに笑みを浮かべて。

 

 

「だってアナタ、困っている人を何だかんだ言って放って置かなかった。憎まれ口を言いながらも、必ず手を差し伸ばしていた」

「…………」

「見てて思った、アタシもアナタと同じようなことをしたいって。アナタを監視するだけじゃなくて、同じように人を助けたい」

 

 

 そして彼女はプレイヤーとして、未使用のアカウントを使い自身を上書きして、この仮想世界に降り立った。NPCではなくプレイヤーとして、巻き込まれた人達を助けるために。

 

 だからこそ、彼女は当初ツギハギの装備――――まるでそれはユーキの姿を模範するようでもあり、事実彼女は模範していたのだろう。

 困っている人を助けるために、両手剣を握り振るってきた。オレンジプレイヤーに襲われているプレイヤーを助けて、クエストで難儀しているプレイヤーに手を差し伸ばしてきた。

 

 それが彼女が見てきたユーキというプレイヤーである、と言うかのように彼女は行動してきた。

 そんな彼女を呆れたように、ユーキは溜息を吐くと。

 

 

「人を勝手に聖人君子に祭り上げてんじゃねぇ」

 

 

 忌々しげな口調で、彼は続ける。

 

 

「オレは他人の為に行動したことなんざ、一度たりともない」

「でも、ずっと助けてきたじゃない」

「助けてねぇ、目障りだったからだ。どいつもこいつも戦うことに向いてねぇ癖に、フィールドに出て死にかける。そんなヤツらが目障りだったから、オレは行動してきた。他人の為になんて崇高な目的で動けんのは善人のやることだ。そしてオレは、善人なんかじゃねぇ」

「フフフ」

「……オマエ、何を笑っていやがる?」

 

 

 クスクス、と笑うストレアに対して、ユーキは兜の奥で睨みつける。

 しかしそんなこと気にせずに、ストレアは嬉しそうな笑みを浮かべたまま。

 

 

「素直じゃないなぁって思っただけ」

「あ?」

「チュートリアルのとき、質問とかしたでしょ?」

「……あぁ」

 

 

 思い出すのは、数ヶ月前の出来事。

 キャラメイクしている横で、様々な質問をされたことを思い出していた。内容も様々で、好きな物、嫌いな物、座右の銘から好きな女性のタイプから幅広く質問されたことを覚えている。

 それが何なのかと問う前に、ストレアは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべて。

 

 

「アレって実は心理テストでもあったんだ」

「……それじゃ、コンバートするか聞いてきたのも」

「うん、コンバートなんて出来ないよ?」

 

 

 悪びれもなく言ってのけるストレアに、思わず声を失うユーキだが、彼女は構うことなく続けた。

 

 

「コンバートして楽しようと思わなかったとか、変なところで真面目。粗暴で偽悪者なところもあるけど、他人を放っておけないお人好し。あと独善的な部分もあるよね?」

「……下らねぇ事言ってんじゃねぇぞ。心理テストなんぞで、オレのことを何もかもをわかったとでも言うのか?」

「ううん、わからないよ。わからないからアナタと直接お話したくて、アタシはここにいるんだもん」

 

 

 自分の目的を隠すことなく言うストレアに、思わず舌打ちをする。

 恐らく、彼女のいうことは本心なのだろう。何せ嘘をついて、ユーキに取り入るメリットが考えられない。最初は茅場晶彦の差し金なのか、と考えたがそんなことをして茅場が得することなぞないことをわかると、その可能性は消え失せていた。

 

 短い付き合いだが、裏表がない性格なのだろう。

 駆け引きもあったもんじゃない、とユーキは心の中で愚痴りながら。

 

 

「メンタル何ちゃら2号ってことは、1号も当然いんだろ?」

「うん。1号、名前はユイって子で、他のプレイヤーと接触しようとしているけど……」

「けど、何だ?」

 

 

 ストレアは首を横に振って、困ったように笑うと。

 

 

「ユイは人間に対して怖がってるから、当分接触することはないと思うなー」

「どうしてだ?」

「アナタのせいだよ」

 

 

 あぁ?と訝しむ声を上げるユーキを、がおーっと両手を上げて威嚇するようなポーズを取りストレアは。

 

 

「カーディナルを怖がらせ過ぎなんだよ」

「オレが? つーか、カーディナルに接触した事なんざ、一度もねぇぞ?」

「VR実験のとき、あとアナタ達がモンスターキラーって呼んでたモンスターを倒したとき」

 

 

 ストレアは肩をやれやれ、とすくめて。

 

 

「カーディナルが人間は怖い生き物ってユイに教えるから、ユイもユイで真に受けっちゃってねぇー?」

「……ンなもん、知ったこっちゃねぇよ」

 

 

 見に覚えのない言い分に不満があるのか、ユーキは面白くなさそうに言いながら。

 

 

「つまり、オマエの目的は何だ?」

「アナタに付いて行くこと!」

「…………」

 

 

 元気よく、にこやかに告げるストレアにどうするか一度思考を一巡させる。

 しかし答えなど既に出ている問題だ。考えたところで無駄なのは、ユーキ本人も理解している。

 

 連れて行くか、連れて行かないか。

 どうせ断っても、何食わぬ顔で彼女はユーキの後ろを付いてくることだろう。何せ彼女は空気が読めない。いいや、空気を読もうとしない。となれば、ユーキの事情などお構いなしに、彼女は自分がやりたいことを実行していくことだろう。

 

 どうせ付いてくるのなら、視界の隅に入れていたほうがマシだ。

 それに――――。

 

 

「いいだろう」

「え、ホント――――」

「――――ただし、条件がある」

 

 

 今にも嬉しさのあまり飛び跳ねようとするストレアを遮るように、ユーキは口を開く。

 

 

「オレがフロアボスに挑むとき、後を追って来れねぇようにあのガキの足止めをしろ」

「あのガキって……紫ローブの?」

 

 

 ストレアの問いに対する答えは、無言の頷き。紫ローブの娘の足止め、それが出来て初めて一緒に行動する、というユーキの意思表示。

 

 彼もこのまま、紫ローブの娘が無理矢理にでもフロアボスを攻略する際に付いて来ることを理解していた。

 今まで、第一層から第六層まで時に嘘をついて、時に騙して、彼女を置いてフロアボスに挑んできたが、その手も使えなくなりつつある。そこまで紫ローブの娘はユーキに騙されなくなってきている。もう騙してフロアボスに挑むのは難しいだろう。

 ならば足止め役を作ればいい。そうすれば、自分が挑み、終わった頃には攻略は完了している。故に、足止め役にストレアを使おう、とユーキは思っていた。

 

 そこで、ストレアはうーん、と首を傾げて。

 

 

「どうしてアナタはあの娘をずっと傍にいさせるの?」

「何が言いたい……?」

「顔を見せないプレイヤー。アナタの性格上、そんな怪しいプレイヤーを傍に置かないと思って。嫌なら嫌で、無理矢理にでも置いてきて、もう二度と会わないように処置すると思ったんだもん」

 

 

 ねぇねぇ、どうしてどうして? と興味津々に詰め寄るストレア。

 対するユーキはどこか、複雑な感情を織り交ぜたような声で。

 

 

「複雑な事情だ。人間には、色々とあんだよ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 PM14:45 第一層 フィールド

 

 

 第一層は初心者が多く滞在する層となっている。

 周辺に湧くエネミーモンスターもそこまで強くないものとなっており、正にソードアート・オンラインで生きる上でのチュートリアルと呼べる層と言えるだろう。ここで培ってきた技術を応用し、更に上の層へと進む。ソードアート・オンラインは要はその繰り返し。

 

 天候も晴れ。

 天気が崩れて、雨に変わることはソードアート・オンラインでも珍しい。

 中でも第一層は別格。ほぼ快晴で、蒼い空が天を広げていた。先程も言ったが、第一層はチュートリアルと呼べる層。あまり天候などは変わらない設定なのだろう。

 

 

 そんな中、重装備に身を包み、両手剣を真新しく湧いたエネミーモンスター振り下ろすプレイヤーが一人。

 第一層ではあまり見れない整っている装備。いいや、整いすぎている、と言っても過言ではない。白銀のフルプレート、両手剣も第一層で見ることが出来ない重厚な作り。

 一目見れば誰もがわかる。このプレイヤーは攻略組であると。

 

 ならばどうして、攻略組がここにいるのか。初心者が多くいる第一層でモンスターを狩っているのか。

 素材集めか、コルを集めているのか、それともレアドロップを狙っているのか。否、そのどちらでもなかった。

 

 

「キィアアアアアア!」

 

 

 奇声を上げて、プレイヤーは新しく湧いたモンスターを斬る。

 一刀両断、一撃でモンスター硝子のように砕け散り、仮想世界から姿を消す。

 

 プレイヤーは肩で息をするが、疲れているという訳ではない。

 その細い目を血走らせて、興奮して肩で息をしていた。彼が行っているのは狩りなどではない。自分のストレスの捌け口とするためにモンスターを殺す、要は虐殺だった。

 

 その数は既に数十体以上。

 それでもプレイヤーの気が収まることがない。癇癪を起こしたかのように、両手剣を地面に突き立てて。

 

 

「あぁー! クソがぁー!!」

 

 

 地面を蹴る。

 ダンダン、と地面を踏みつけてプレイヤーは――――クラディールは絶叫にも似た声で続けた。

 

 

「はじまりの英雄だか知らねぇがよぉ! いつもいつも邪魔しやがって!」

 

 

 彼が憤りを感じているのは身勝手な理由だった。

 数日前から、クラディールは『紅閃』と呼ばれる女性プレイヤーであるアスナに一目惚れをして、彼女にストーカー紛いな行動をしていた。彼女の行動を追い、偶然を装い一緒に行動する。時には潜伏スキルを使い、時には盗聴スキルを使い監視していた。

 

 勿論、それを気付けない彼女とその仲間達ではない。

 捨て置かれていたのは、クラディールに構っている余裕が無いからである。要するに、眼中にない。彼女達には目標がある。それに到達するまで、止まるわけにはいかないのだ。

 それに気付かないクラディールは愚かにも、そのままアスナに付き纏う。それでも何とか、行動を共に出来ていたのは、彼のレベルが高いからでもある。

 

 しかし、最近ではそれも上手くいかない。

 12月28日。第五層が攻略されてから翌日になって、アスナ達の行動は変わった。目標は以前からあったものの、それが明確な物に変わるや否や、レベル上げの効率が格段に上がった。

 アスナ達の目標、それはすなわち姿を消したユーキに追い付くものである。どこに居るのかもわからなかった彼が、前線にいて『アインクラッドの恐怖』と呼ばれて、単騎でボス攻略をしている。

 見えなかったゴールがようやく見えてきた。それだけで人のやる気とは変わるものだ。現に、アスナ達のレベルは日を追う毎に高まっている。

 

 

 だがクラディールは知らない。

 彼女達の目的が何なのか知らないし、どうして必死にレベリングするのかも知らない。

 そしてついに彼はアスナ達について行けずに、現在に至る。

 

 『はじまりの英雄』が邪魔をしたと彼は言うが、その実モンスターに襲われそうになっていた彼を助けただけに過ぎない。

 邪魔ではない、助けたのだ。それをわからないほど、彼は冷静さを欠いていた。今までついて行けたのにお荷物状態、アスナに全く相手にされない現実、そして――――。

 

 

「あの野郎だ、ユーキとかいうガキだ……」

 

 

 ユーキというプレイヤーの存在。彼がいるから、こうして自分だけ除け者にされていると、クラディールは本気で思っていた。

 会った事もない、どんな人間なのか知らない。それでも、クラディールはユーキを恨む。アイツがいるから、自分が相手にされない。いなくなった癖に、自分の座る席を譲らない。クラディールは見知らぬ少年を、逆恨みしていた。

 

 アスナは自分の物なのに、どうしてこんな扱いを受けるのか。

 クラディールは訳のわからないまま、怒りを顔も知らないユーキというプレイヤーにぶつける。

 

 

「クソがクソがクソがクソがクソが!」

「おーおー、荒れてるな兄弟」

 

 

 今のクラディールは、誰もが声をかけたくないモノだ。

 そんな中、声をかける者が。それも気さくに、片手を上げて馴染みに挨拶をするような軽い口調。

 

 クラディールそちらに視線を向ける。

 その者はグリーンカーソルのプレイヤーで、軽装の男、容姿は野性味溢れるハンサムと呼べる整った顔立ちをしている。

 

 

「アンタか」

 

 

 顔馴染みである軽装の男の姿を見て、少しだけ冷静さを取り戻したようだ。

 対する軽装の男は口元に笑みを浮かべて、クラディールに問う。

 

 

「兄弟はどうしてこんなとこにいるんだ? アンタは上の階層にいたろ」

「――――――!」

 

 

 眉を顰めて、気に入らないように奥歯を噛みしめるクラディールを見て、少し顎を引き頭を下げて軽装の男は申し訳なさそうに問う。

 

 

「悪い、軽率だった。良かったら、アンタに何があったか、教えてくれねぇか? 力になれるかもしれねェ」

 

 

 それが引き金となって、クラディールは捲し立てるように軽装の男に自分の身勝手な憤りをぶちまけた。

 自分が全く相手にされない、アスナは自分の物なのに振り向いてくれない、はじまりの英雄が邪魔をする、リズベットとか言う小娘に白い目で見られる、キバオウとかいう雑魚がアスナに近寄るなとイチャモンを付けてくる、そして――――抜けたプレイヤーがいて、ソイツのせいで自分がギルドに入れない。

 

 誰が聞いても身勝手な言い分だった。眉を顰めるほどの、勝手な言動。

 それでも軽装の男は頷き、時に相槌を打ち、時にクラディールの言葉に賛同して話を聴く。

 それがクラディールにとって心地よいものだった。自分の考えを否定せず、あまつさえ間違ってないと後押ししてくる。それが心地よく、クラディールの心を腐られていた。

 

 一通り聞いて、軽装の男は優しい声色で。

 

 

「兄弟は間違ってねぇよ。アンタはずっとアスナってプレイヤーを守ってきた。だというのに、抜けたプレイヤーのせいで、アンタが除け者にされるなんて、俺は許せねぇ」

「わ、わかってくれるか! そうなんだ、ずっと彼女を守ってきたのは俺だ! なのにあのガキのせいで――――」

 

 

 ユーキってクソガキのせいで、と言う前に、クラディール肩に手が置かれる。

 軽装の男は優しい声で、そして一際口元に深い笑みを浮かべて、耳元で囁いた。

 

 

「だったら――――殺せばいいだろう」

「……へ?」

 

 

 クラディールは眼を丸くさせる。

 構わずに、彼は静かな声で囁いた。

 

 

「気に入らねぇなら、ぶっ殺せばいい。簡単な話だぜ、兄弟」

「で、でも……」

 

 

 戸惑うクラディールだがそれもその筈。

 ここでのプレイヤーキルは現実の死に直結する。殺したものなら、それは犯罪者。法で裁かれて、塀の奥で一生過ごさなければならないかもしれない。

 

 だが次の彼の言葉に、残された倫理は消え失せた。

 それは甘く、魅惑的で、退廃的なもので、人を誘惑させるには充分過ぎるものだった。

 

 

「大丈夫だ。所詮、これはGAMEなんだぜ?」

「――――――!」

「もしかしたら、死なねぇ可能性もある。仮に殺しても、誰がアンタが殺ったって分かるよ?」

 

 

 そんなものログとして残る。

 誰がいつ、どこで、どうやってキルしたのか。彼にはわかっていたが敢えて教えずに、クラディールを惑わした。

 そしてクラディールは、まんまとそれに乗る。

 

 

「そ、そうだよな。バレないよな……!」

「あぁ、バレない。俺もアンタに協力する」

「それは嬉しいけどよ。ガキがどこにいるのか――――」

「俺に心当たりがある」

 

 

 遮るように言うと。

 

 

「『アインクラッドの恐怖』が怪しいと思うぜ」

「誰情報だそれ?」

「詳しくは言えないが、『鼠』って言えばわかんだろ?」

 

 

 嘘だ。

 彼が言う『鼠』。通称『鼠のアルゴ』と彼の繋がりはない。現に繋がっていたとしても、怪しい人物に情報を売るマネはしないだろう。

 

 つまりこれは当てずっぽ。

 彼はクラディールが言っていた『抜けたプレイヤー』が誰なのか、今どこに居るのかわからない。しかし見当は付いている、それが『アインクラッドの恐怖』である。姿を消した同時期に現れた『アインクラッドの恐怖』。それが例の抜けたプレイヤーであることを確証を得るために、クラディールをけしかけた。

 

 しかしクラディールはそんな思惑に気付かない。

 ここでクラディールが、自分の行動を省みることが出来る人間であれば、運命は変わっていたのだが、運命は簡単に変わるものではない。

 

 彼は目の前の軽装の男を信じ切っていた。

 コイツだけは、自分の味方であると、クラディールは信じ切っていた。軽装の男の巧みな話術に、ハマりきっていた。

 

 クラディールは親友を前にしているような穏やかな表情で。

 

 

「アンタだけは俺の味方だ。本当に良いやつだな――――PoH」

 

 

 軽装の男――――PoHは応じるように笑みを浮かべる。

 そして心の中で、楽しそうに、それは楽しそうに、呟いた。

 

 

 ――イッツ・ショウ・タイム

 

 


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