ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
2023年2月15日
PM12:10 第十七層 迷宮区
――――それは流れ星のようであった。
一人の影が、迷宮区を疾走する。
何よりも疾く、誰よりも早く、その影は迷宮区を駆ける。勿論、迷宮区は圏外だ。このソードアート・オンラインにおいて、圏内はモンスターも湧かない安全地帯であるが、圏外はその限りではない。影が走る、その気配を敏感に感じ取りモンスターが湧き始める。
しかし、影はそれに構うことなく走り続ける。
脇に湧いたモンスターに眼もくれず、時に進行方向で湧いたものなら飛び越えて、転がりながらも目的地へと止まらずに駆ける。
その速度は異常だった。恐らく、影から見た景色は矢の如く過ぎ去って行っているのであろう。全力疾走、且つ一心不乱。影は迅速かつ最短を目指して駆け走る。
影は少女であった。紫ローブを着た少女。
息を切らし、汗が頬を伝い、それでも休むことなく走る。
少女が目指す場所。それは第十七層の迷宮区の最上階、つまりはボスのいるフロアである。
そこには少女の大事な――――この世で残されたたった一人の義兄が、今も戦っている。たった一人で、折れることなく、諦めずに戦っている。
その有り様は、自分の命を差し出している罪人のようでもある。
罪人が咎を受けるために、難題をこなしている。そういった危うさすら感じられる。
それが少女は許せなかった。許せないのは義兄ではない、真に許せないのは少女自身。
その罰は自分が負うものだ、と。君に降りかかる罪過ではない、と少女は心の中で叫ぶ。
このまま無理すれば家族が死ぬ。今まで、少女が後を追ってこないように、義兄は時に騙して、時に嘘をついて、単身ボス攻略に挑んでいた。
少女には兄がどうしてそんな行動を取るのか、未だに理解できない。だがそれはどこか、兄に守られているような、危ないことさせないように守っているかのような、そんな印象すら与えられた。
しかし少女はそれは違うと断じる。
義兄の家族を奪ったのは紛れもなく自分なのだ、そんな人間を守る筈がない。少なくともそれが少女の答えだった。
ならば、義兄が無理する理由はない。
彼の家族を奪ったのが自分であれば、義兄が無茶する必要はない。
それにその事実を、まだ義兄に打ち明けてもいない、謝ってもいない。
――それは、ダメだよ。
――にーちゃんが死ぬのはダメだよ。
――まだボクは、何も償っていない……!
故に、少女は走る。
許されなくても良い、責められるのなんて当たり前だ。それでも、例え許されなくても、もう二度と家族を失いたくない。だからこそ少女は走る。
だが――――。
「――――ハイ、ごめんねー」
「……ッ!?」
鬼気迫る少女とは対象的に、どこか呑気な声で少女の行く手を遮る人影。
どこか肌を露出するような、胸を強調した紫色でまとめられた装備。その背には両手剣があり、薄紫色の髪の毛に赤い瞳、豊満な胸には特徴となる2つのホクロがある。
彼女が誰なのか、なんて問うまでもない。
少女は眼深く頭に被っていた紫ローブを取り、その彼女の名を呼ぶ。
「ストレア……」
「やっほー、ユウキ。そんな急いでどこに行くの?」
片手を振るストレアに、少女――――ユウキの叫びにも似た訴えが辺りを木霊する。
「お願い、そこをどいて!」
「んー、って言うと目的地はフロアボスかな? ごめんね、あの人に近付かせないように言われているから……」
ストレアが言うあの人、つまりはユウキの義兄のことを言っているのだろうと安易に想像が出来た。
しかしユウキに驚く様子はない。むしろ納得するかのように、落ち着いた調子で口を開いた。
「やっぱり、そうなんだ……」
ユウキは視線を地面に向け、顔を下に向けた。
ストレアが加わってから、妙なタイミングでユウキの義兄は単独行動するようになった。
そして帰ってくる頃には、フロアボスは撃破されて、上へと続く層が開通されていた。そして義兄が単独になり、必ずストレアはユウキと行動するようになる。違和感があり、疑問があり、そして確信へと至った。義兄はストレアに頼み、自分を彼の後を追えないようにしていたのだと。
どうしてそんなことを、ストレアに頼んでいたのか。
それはユウキにはわからない。恐らく、義兄も何か考えての行動なのだろう。しかしどんな考えがあっても、ユウキがそれに従う道理はない。義兄に無理をさせない為に、ユウキはこうして後を追おうとしているのだが。
ユウキは顔を上げた。
その眼に映るのはストレア。彼女の口元には笑みがあるものの、その眼はどこか悲しそうなモノを宿している。
「ストレア」
「ん?」
「どうして、悲しそうにしているの?」
「…………」
ストレアは答えない。その口元にはもはや笑みはない。ただただ悲痛に、今にも泣きそうな表情でユウキを見つめていた。
対するユウキは、首を横に振り。
「ううん、やっぱり答えなくても良いよ。ストレアは知ってるんでしょ? このまま、あの人が――――にーちゃんが無茶し続ければ、死んじゃうってことが」
「……うん」
力なくストレアは頷く。
最近の彼はどこかおかしいものだった。
突然膝をつくこともあれば、ぼんやりとすることが増えた。その様子は数分前の事でさえ、遠い夢の話のようであるというかのようであった。
不眠不休。何も口にせずに、休むこともせず、彼はずっとクエストやダンジョンに潜りレベル上げを行っている。
何度言っても改善されることはない。無理矢理、主街区に連れて行っても、夜中には抜け出して、また己を酷使し始める。
このままでは身体を壊す。確かにこの仮想世界の身体は仮初めのもの。何かを食べる必要もなければ、睡眠を貪る必要もないのかもしれない。だがそれでも、休息は必要だ。そうでなければ、人は壊れてしまう。人はそこまで強く作られていないのだから。
だが彼は頑なに休息を取ることをしない。
だったらせめて、こうしてフロアボスに挑むときくらいは楽にしてやりたい。ユウキはそう思っていた。
ユウキはそんな自身の心情を、ポツリポツリと語り始める。
「あの人は、実はボクのにーちゃんなんだ……」
「……そうなの?」
「うん。でも本人には言ってないから知らない、と思う……」
それだけ言うと、ユウキは小さな手をギュッと握りしめて。
「にーちゃんに無理してほしくない。だってこの世に残された、ボクの家族だから……」
「…………」
「でも、にーちゃんは止まらない。止まってくれない。ボクの声なんて、届かない……」
必死に説得した。あらゆる手段を用いて、彼に休んで欲しいと説得した。しかし彼の足は止まらない。前だけを見て、脇目も振らず邁進し続ける。
痛々しくもある姿に、ユウキはただ悲しかった。
自分にもっと力があれば、彼の隣で歩ける強さがあれば、もっと彼を楽に出来たかもしれない。だが悔しいことに、自分にはそこまでの力も強さもない。だがそれでも、彼よりも弱い自分でも、彼の背中を守れるくらいは出来る筈だ、とユウキは考える。
ならば追いつかなければならない。
彼の背中を守るために、彼に追いつかなければならない。
ユウキの眼に迷いはない。
真剣な表情で、ストレアを見つめて。
「でも届かなくても良いんだ。にーちゃんがボクを何と思っていようが、ボクを許さなくても良い。あの人の何もかもを奪ったボクだけど、そんなボクでもあの人の背中を守れるくらいには役に立てる筈だから」
「…………」
「ストレアの気持ちもわかるよ。にーちゃんの役に立ちたかったんでしょ? だから自分の気持ちを無視してでも、ストレアも一緒に戦いたかったけど、にーちゃんの言うことを守ってきた。そうでしょ?」
「うん……」
ストレアの気持ちもわかる。
彼女の気持ちを汲んだ上で、ユウキは首を横にやんわりと振る。明確に否定をしながら。
「でもそれは違うよ、間違ってる。このままだと、にーちゃんが死んじゃう。無茶して、絶対に死んじゃう。そしてボク達は必ず後悔することになる」
「死ぬ……」
「そう。死んじゃったら、何も出来ない。笑い合うことも、怒られることも、触れることも出来ない。それじゃ遅いんだ」
だから、と言葉を区切り、ユウキは誰よりも強い視線で訴える。
「――――そこを、どいて。お願いだから、ボクのたった一人の家族を守らせてほしいんだ」
「……家族……」
家族という単語を初めて覚えた子供のように呟いて、ストレアはどこか悲しそうに微笑みを浮かべる。
「アタシには、ユウキの言う家族って何なのかわからないよ」
「…………」
「でもね、アタシもあの人には死んでほしくないし、無理してほしくないと思う」
それだけ言うと、ユウキの行く道を立ちふさがっていたストレアが背を向ける。
その視線の先には上へと続く道が、つまりはフロアボスへの道が続いていた。
「あーあ、言い付け破ったから、怒られるよね……」
「大丈夫だよ」
叱られることを想像したのか、ストレアは少し涙声になりながら言う。
対してユウキは対象的に元気に声をかけて、ストレアと肩を並べて。
「――――一緒に、怒られよう!」
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PM12:35 第十七層 迷宮区最上階
石造りの壁が削れて、壁を支える柱が頼りなく揺れる――――。
第十七層の迷宮区最上階。ボスが居るフロアの作りは、第一層のものと同じような作りだった。
壁には明かりを照らす松明があり、フロアの広さも100メートル程ある。まるっきり作りが同じ。違う点と言えば、ボスエネミーが違うことくらいだろう。
それは巨大な大蛇だった。
一つの胴体に7つの首。硬い赤色の皮膚に、口からは炎、氷、雷を吐き出して暴れ回る。周囲に湧いたモンスターなど気に求めずに、暴れまわる様子はさながら暴君といっても過言ではない。
見上げるほど巨大な体躯。とても一人で挑む規模ではないフロアボスに。
「―――――ッ!!」
「――――――!」
斬撃があり、絶叫が後に響き渡った。
それは正しく、壮絶と呼ぶに相応しい死闘。
数十人で挑む規模の大蛇に、たった一人で全身を鎧で武装したプレイヤー――――ユーキが挑んでいた。
人間と7つの首を持つ化物。
誰がどう見ても、一人と一体の身体能力に圧倒的な差がある。だと言うのに、彼はたった一人で挑んでいた。その行為はあまりにも盲目、勇敢ではなく無謀に尽きる。
何せ彼が相対するのは、通常の刃なら通らない皮膚を持っており、その首からは様々な攻撃方法がある怪物だ。
普通のプレイヤーなら一人で対峙したら諦める。いいや、一人で対峙することさえ選択肢にいれないだろう。
だが元より、ユーキはとうの昔に、真っ当な攻略方法など、捨てていた――――。
身の丈ほどある岩で出来た石斧剣一本で、真正面から神話に出てくるような化物と戦うことを選んでいた。
己を噛み付こうとする口を大きく開ける大蛇に、合わせるようにその口目掛けてユーキは剣を思いっきり薙ぐ。
それで1つの首は怯むが、2つ目3つ目の首が襲いかかるも、彼は何とか直感だけを頼りに、地面に転がり難を逃れる。
そして直ぐに態勢を立て直すと、近場の首目掛けて、石斧剣を思いっきり振り下ろした。
本来、数センチと通さない鱗。
普通ならば、剣は弾かれて、HPゲージすら削れずに、攻撃したプレイヤーを絶望の淵に叩き落とすことだろう。
しかし生憎、化物を単騎で相手にしている彼は――――普通ではなかった。
彼に身に余る強い怒りを込められた一撃は容赦なく、大蛇の首を跳ね飛ばす。
「――――――――ッッッ!!!????」
瞬間、絶叫が世界を揺らす。
空間が揺れる、石造りの壁が揺れる、柱が頼りなく揺れる。
ボンッ! と、大蛇の首が地面に落ちたのを確認し、ユーキは一度距離を後方へ大きく取ると一呼吸置いた。
「うるせぇな……」
肩で息をしながら、石斧剣を地面に突き立てて、改めて怪物の行動を分析し始めた。
――首を飛ばそうが、また生えてくるんだろ。
――現に、今の入れて八度飛ばした。
――だが怯む様子はない。
――となると、野郎の弱点は首じゃねぇ。
――首が密集する辺り、胴体が怪しいか?
チッ、と面倒くさそうに意識を自身の内側から、眼の前の大蛇へと向けた。
既に大蛇は斬られた首を再生し、また新しい首が胴体から生えていた。その数8本。
思わずユーキはうんざりするような口調で。
「しつこい野郎だ。何度も何度も鬱陶しい事この上――――」
そこまで言うと、彼は言葉を止めた。
視線を八俣の大蛇から、切り落とした首へ。その首は――――まだ残っていた。
――待て。
――ンでアレが残ってる?
――まだ消えない、ってことは……。
まだ生きている。
そう結論付けると同時に、切り落とした大蛇の口が空いて、ユーキ目掛けて雷が走る。
バリバリバリ! と、まるで雷が落ちたような轟音が鳴り響くが。
「クソッ……!」
咄嗟の判断で、ユーキは避けるのではなく、突き立てていた石斧剣の影に隠れて、雷を防ぐ。
忘れていた訳ではない。
彼の敵は落とした首だけではない。もっと巨大な怪物も、彼の敵であることを彼は忘れたわけではない。
しかし意識を怪物に戻した頃には、もう遅かった。
神経を全て、相対する怪物に集中し直した時間は、一秒にも満たない。だがそれでも、遅すぎる。
紙一重で防ぎ、皮一枚で躱せた筈の大蛇の尾の一撃が、ユーキの腹部へと叩き込まれる。それは異常な衝撃となり、凄まじい力の流れがユーキの身体へと殺到する。
「ガッ―――――!?」
それはまるでダンプカーが衝突してきたかのよう。
交通事故にでも遭ったように数十メートル跳ね飛ばされて、石造りの壁に激突してようやく止まる。
HPゲージが削られて、レッドゾーンになるのを視界の端に収める。
握っていた石斧剣を杖代わりにするように、立ち上がりながら。
――まだ、生きているのか……。
獲物を嬲るように、ゆっくりとした動作で、大蛇が近付いてくる。
正に絶体絶命。フロアと迷宮区を隔てる扉は開けられている。もしかしたら、全力疾走をすれば逃げ切るかもしれない。それでも――――。
「――――――」
彼は背を向けなかった。
石斧剣を両手で握りしめて、己の最も信頼する武器を構える。
――バカなヤツだ。
――ここで逃げることも出来ただろうに。
どうしてこんなになってまで戦い続けるのか、彼には――――思い出せなかった。
力を使い、今までは時が経てば思い出すことも出来た。だがそれも第十層を攻略してから、思い出すことも出来なくなっていた。
脳裏に蘇るのはとある光景。
見知らぬ少年プレイヤーと言い争いをしている。視界の端には、困ったように笑うこれまた見知らぬ女性と、呆れた様子で仲裁に入るやはり見知らぬ少女プレイヤー。
何よりも尊いものだった筈の光景であり――――何よりも忘れてはならないモノだった筈。だが、今となっては誰なのか思い出すことが出来ない。今もなお、この光景に出てくる登場人物達は、自分を追い掛けているのだろう。
何かを欠けて、何かを失ってしまった。
だがそれでも。
――立ち止まることは、出来ない。
――走り続けなければならない。
それはユーキの心が訴えていた。
ここで立ち止まることは許さない、と。
そんなこと許されるはずがない、と。
――オレは何かが欠けたんだろう。
――別に後悔はねぇ。
――オレが選んだオレの道だ。
――オレはそれを最速で走っているだけに過ぎない。
立ち止まるわけにはいかない。
彼は目の前で対峙する明確な死を前にして、諦めることなく忌々しげに口を開く。
「そこをどけよ――――オレの道だ」
「―――――――ッ!!」
舐められた、と言うかのように大蛇の8つの首が一斉に咆哮を上げる。
そして先程と同じように、尾による一薙が炸裂するも。
「ストレア!」
「任せて!」
2つの影が、ユーキと大蛇の間に躍り出た。
それからすぐに、刃がぶつかりあったような音が鳴り響く。
それはユーキの石斧剣と大蛇の尾がかち合った音ではない。彼ではなく彼女達、眼深くフードを被った紫ローブの娘の剣とストレアの剣が大蛇の尾にかち合った音だった。
「オマエら……」
思わず、ユーキは兜の奥で眼を丸くさせる。
しかしすぐに、大きく口を開けると怒声を木霊させた。
「何してやがる! さっさと逃げろ!!」
「逃げないよ!」
紫ローブの娘が振り向かずに拒否すると、ユーキは細い肩を握り無理矢理振り向かせる。
「逃げろって言ってんだ!」
「逃げないって言ってるでしょ!」
「この――――」
「――――逃げないもん!」
一際強い声に、僅かにユーキが気圧される。
紫ローブの娘は眼深くローブを纏っており、表情は読み取ることが出来ない。それでも、眼は真っ直ぐにユーキを見つめて。
「ボクも君も、死んじゃダメだよ。だって、ボク達があの二人の、生きた証何だから……」
「オマエ、まさか……」
ユーキの言葉がどこか、確信へと変わる。
確証はないものから、確信するものへと、変わり始めた。
そんなユーキの感情の機微に気付かないまま、紫ローブの娘はユーキを真っ直ぐに見つめて。
「もうボクは嫌なんだ。ボクのせいで、ボクの知らないところで、家族が死んでいるなんてもう嫌だ!」
「…………」
「だから、君の背中はボクが守るよ。何言われても、嫌われても、ボクは君に付いて行く。ボクは――――君に生きていてもらいたいから」
結局のところ、茅場優希は独りになることが出来なかった。
誰よりも先に進んだところで、彼女のように誰かが彼の後を追ってくる。彼は独りにはなれない。向いていないのだ。それほどまでに、彼は他人に甘く、自分に厳しすぎた――――。
――本当にイラつく。
――殺してやりたいぐらいだ。
苛立ちを覚えるのは自分自身に対して。
独りで走ろうが、こうして誰かを巻き込んでいる。誰にも迷惑をかけない筈だったのに、結局誰かに迷惑がかかっている。
それに気付かずに走り続けた愚かな自分に苛立ちを覚える。
己に価値はない。
常日頃、自己に評価を下していた。
だがここに来て、生きていて欲しいと。自分より小さい少女は、自分よりも強い人間となり、そう願っていた。
――違和感があった。
――妙だと思った。
――こいつは、オレの……。
ここで問うつもりはない。
今は、目の前の八俣の大蛇をどうにかするのが最優先である。
ストレアが口を開く。
視線を大蛇に、意識を二人の会話に集中させていたようである。
「話は終わった?」
「終わってねぇ。後でオマエ、しばくからな」
「えー、どうして!?」
不満そうに声を上げるストレアを無視して、ユーキは二人の前に立つ。
それから二人に背を向けたまま、彼は極めて小さい声で口を開いた。
「――――家族を二度も見殺しにするのは、もうごめんだ」
「え……?」
何を言ったのか聞き取れなかった。
紫のローブの娘が何を言ったのか問いかける前に、ユーキは口を開く。
「行くぞ。今だけ、オレの背中はオマエらに預ける」
だから、と言葉を区切ると駆け出す。
同時に―――。
「――――死ぬな」
「任せてー!」
対してストレアが笑顔で応じる。
「わかったよ!」
にーちゃん、と心の中で呟く。
そうして、三人は、大蛇に刃を向ける――――。
ようやく、ユーキのメンタルに異変が。
戦う理由も忘れて、大切な人間すら誰なのか思い出せずに、ようやく違和感を覚えるとかどういうことになっているのか?
そして紫ローブの娘に何か気付いた様子。
ユーキが紫ローブの娘を付いて回ることを許しても、フロアボスにまで付いてくるのを許さなかったのはつまりそういうことです。
間違いねぇ。コイツ、シスコンになる(確信)