ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 紅月玖日さん、かたかたなるさん、たこ@セルバリンさん
 誤字報告ありがとうございました!

 Vol2もあと四話(予定)
 よろしくお願いします!


第9話 少年は追い詰められ

 2023年2月15日

 PM14:35 第十八層 迷宮区入り口

 

 

 ――――結論だけ言うのであれば、彼女に勝ち目などなかった。

 

 

 紫ローブを目深く羽織る少女――――ユウキは何とか戦況を維持していた。

 襲いかかる二人のオレンジプレイヤーの短剣とエストックを、紙一重で自身の片手剣で捌く。時に防ぎ、時に受け流し、時に躱して、ユウキはなんとか防いでいた。

 

 黒マスクの短剣使い―――ジョニーは当たらない自身の攻撃に苛立ちを隠しきれず、剣が乱雑になり始める。

 同じくジョニーと同じオレンジプレイヤーである紅眼の男――――ザザも同様に、憤りが攻撃になりどこか荒々しくなる。

 

 それでも、ユウキにはかすりもしなかった。常に『アインクラッドの恐怖』の後ろで、レベル上げをしていた彼女だ。二人とはレベルの差がありすぎるし、何よりもプレイヤースキルでも雲泥の差がある。

 後の先。ジョニーとザザの繰り出す凶刃に直ぐに反応して、防いでしまう。1ドットもHPゲージを削ることを許さない鉄壁の剣。その反応速度は、化物染みている。

 

 他のプレイヤーから飛び抜けているレベル、卓越されたプレイヤースキル、そして天性の反応速度。加えて、ジョニーもザザも冷静ではない精神状態。どう考えても、ユウキに負ける要素はなかった。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 何合目かの剣と剣の衝突。火花が散り、剣戟が鳴り響く。

 それからすぐに、ユウキは後方へと跳び、大きくザザとジョニーから距離を開ける。

 肩で息をしながら、頬からは汗が流れる。だがそれに意識を向けずに、ただひたすらザザとジョニーへと向けられていた。

 

 ユウキに負ける要素などない。

 身体能力、技術、精神で二人を圧倒しているのだ。負ける要素などないだろう。だが同時に、彼女が勝つ要素も皆無だった。

 

 ユウキの命の残量であるHPゲージは削られていない。ならは彼らのHPゲージはどうだろうか?

 

 

「余裕かましやがって……!」

「…………」

 

 

 攻撃が全く当たらず、尽く防ぐユウキに対して、ジョニーはガリッと奥歯を噛みしめる。ザザも一見冷静に見えるが、ユウキに向けられたエストックの剣先が僅かに震えており、怒りに身を震わせていることがわかった。

 

 彼らに外傷はない。むしろユウキよりも疲労が少ないようにも見える。

 そうだ。ザザとジョニーのHPゲージは――――削られていない。

 

 勿論、防ぐので精一杯というわけでもなかった。

 対人に特化しているからと言って、彼らの剣はどこか詰めが甘く、反撃する隙はいくつもあった。それもその筈だ、彼らは安全圏からプレイヤーキルを行う。その作業とも呼べるモノに、極限の命の経験が不足しており、一撃の重みが彼らからは全く感じられない。そこが彼らとユウキとの決定的な差であり、娯楽でプレイヤーキルしているうちは埋めることの出来ない差とも言える。

 

 しかし、それでもユウキに勝ち目などなかった。

 

 

 根本的に心構えが違う。

 彼らはプレイヤーを傷つけることに何の躊躇いもないが、ユウキはそうではない。彼女が相手をしてきたのはエネミーモンスター。倒した所で、何の害はないプログラムに過ぎない。だが彼女が今相手をしているのはプレイヤーであり、HPゲージを削りきってしまえばこの世界から消えて、現実世界での死を意味している。

 娯楽感覚でプレイヤーキルしてきた彼ら、そして命の重みを知るからこそ反撃できないユウキ。両者の埋めることの出来ない倫理観の差異。それが原因となり、ユウキの剣は二人に届くことはなかった。

 

 だからこそ、ユウキに勝ち目がないのだ。

 彼らの剣が当たらないのだから敗北することはない。けれど攻撃をしないのだから勝利することもない。

 

 だがユウキはそれもよかった。

 彼女の目的は勝利ではないのだから。

 

 

 ――ボクがこうしていることで、にーちゃんが危ない目に遭うことはない。

 ――だったら、簡単だよ。

 

 

 口元に笑みを浮かべる。

 簡単な話だ、と自分を鼓舞するように心の中で唱え続けて、剣先をオレンジプレイヤーに向ける。

 

 

 ――何十分も、何時間も、何日でも。

 ――何ヶ月でもいい、この人達を釘付けにする。

 ――そうすれば、にーちゃんを守る事が出来る……!

 

 

 彼女の目的。それは、彼らをここで足止めすることにある。

 彼らとクラディールという男の目的は、アインクラッドの恐怖の排除。つまりユーキのキルをするために、彼らは行動している。

 

 ならば、ユウキが剣を取るには充分。いいや、充分過ぎる。

 今まで、たった一人で無茶ばかりしてきた兄の邪魔などさせる訳にはいかない。こんな連中にの餌食になどさせる訳にはいかない――――。

 

 

「お前、何笑ってんの……?」

 

 

 ユウキの笑みが余裕の表れであると捉えたのか、ジョニーは口元を歪めて悔しそうに言葉を漏らす。

 そんな彼の心情を読み取ったのか、ユウキは笑みを深めて小馬鹿にしたような調子で答える。

 

 

「いやー、大したことないな、って思ってさ」

「なんだと……?」

「だってそうじゃない? 二人がかりで、ボクみたいな子供に敵わないんだよ?」

 

 

 わざとらしく、ユウキはクスクスと笑みを浮かべる。

 ユウキ本人、大根役者であると自覚している。だがそれでも、オレンジ二人を挑発するには充分過ぎた。

 

 ジョニーはあまりの屈辱に肩を震わせて、ザザは苦虫を噛み殺したように口元を歪めて。

 

 

「舐め、やがって……!」

「……だったらもっと必死になってほしいな。そんなんじゃ、一生ボクを倒せないよ?」

 

 

 二人の意識はユウキに向けられた。

 数秒経たずに、もう一度二人は距離を詰めて、ユウキへとその凶刃を振るうことだろう。冷静ではない剣を捌くのは簡単だ、ユウキにとってさして問題ではない。

 だがしかし――――三人目はどうだろうか?

 

 

「あーあー! うるせぇんだよガキが!!」

「――――ぇ……?」

 

 

 衝撃。

 腹部の辺りで、ズドンと衝撃がユウキを貫く。

 視線を落とすと白銀の刃が腹部から生えており、後ろを見れば下卑た笑みを浮かべているクラディールが居た。

 

 ユウキの意識外からの両手剣による刺突。

 刺されたと認識する頃には遅い。HPゲージは半分以上削られて、仰向けに倒れたユウキの頭の上で黄色の光が回転する。そのエフェクトの意味は一時行動不能を知らせる『スタン』を意味していた。

 と言っても、さほど麻痺や盲目といった強力なバッドステータスよりかは恐ろしくなく、効果時間も十秒程度。しかし、対人戦となると話は別だ。

 

 彼女が動けなくなるとわかるや否や、クラディールは得意気にユウキの頭を踏み付け、自分の戦果を勝ち誇るようにして。

 

 

「おいおい、こんな雑魚に何をやってんだぁ? お前らも大したことないな」

「チッ、後ろから刺して、よく言う……」

 

 

 忌々しげに吐き捨てるように言うザザに対して、クラディールは気にする様子はない。

 むしろ堂々と誇示するように口を開いた。

 

 

「事実だろ。お前らが手こずって、俺だけが仕留めた。そんなんでPoHの右腕と左腕なんて出来るのかよ? いっその事、俺に変わった方がいいんじゃねぇか?」

「あー、それは別にいいけどさ」

 

 

 利用されていることにも気付かない道化の発言だ。

 いちいち本気で捉えることもない戯言に、ジョニーは気にすることなく、クラディールの頭上を指差して。

 

 

「それよりもいいの? クラディールさん、オレンジになってるけど……」

 

 

 カーロルの色がグリーンからオレンジへ。

 それは明確な犯罪者の色別。他のプレイヤーへの傷害により、クラディールはオレンジプレイヤーへと堕ちた。

 これではクラディールの計画していた、オレンジ二人に襲われているフリからの、後ろからアインクラッドの恐怖を殺す。という計画は破綻したことになる。だがクラディールに動揺する様子はない。むしろ下卑た笑みを深めて。

 

 

「演技とか面倒くせぇよ。こうしてお前らが相手をして、俺が後ろからアインクラッドの恐怖を刺す。これでいいだろ」

「うわぁー、クラディールさん行き当たりばったりッスねー」

 

 

 小馬鹿にしたように言うジョニーに気付くことなく、クラディールは笑みを深める。

 これからのことを考えているのだろう。アインクラッドの恐怖を殺して、その事実を想い人に突きつけて、悲しみ心の隙間に自分が入り込み、想い人を手に入れる。そんなシチュエーションを妄想し、それが現実のものになると本気で思っているのだろう。

 

 しかしそれが現実になることはないと、ユウキが引き戻す。

 

 

「ハハッ……」

「……なに笑ってる?」

 

 

 足元から聞こえてくる嘲笑とも取れるユウキの笑みに、クラディール不快感を露わに表情を歪めて問いかけた。

 スタン効果はまだ続いている。半分以上HPゲージも削られており、もう一度刺されれば殺されることだろう。それでもユウキは恐怖することなく、笑みを浮かべて。

 

 

「君達は、アインクラッドの恐怖に勝てないよ?」

「……おいおい、随分と強気じゃねぇかよ」

 

 

 クラディールは囁く様に勝ち誇りながら。

 

 

「命乞いしてみろ。死にたくねぇ、って泣き叫んでみろよ」

「……助けて、くれるの?」

「あぁ、助けてやるよ。俺の愛玩動物として、だけどなァ!」

「そっか……」

 

 

 逃げ出そうにも身体は動かない、大声で叫ぼうにも意味がない。このまま黙っていても、殺されるだけだ。

 抵抗をしようにも、身動き一つ取れない。指一本すら動かすことが出来ない状況においても、ユウキは絶望することなく。

 

 

「君達はあの人に、ボクのにーちゃんに絶対に勝てない」

 

 

 命乞いなど、絶対にしない。

 不敵に笑って見せて、最後の抵抗をしてみせた。

 

 

「にーちゃんは、強いんだ! 君みたいな人達が何十人集めても、絶対に敵わない! 上手くいくもんか、絶対ににーちゃんに――――!」

「あー、わかったわかった」

 

 

 クラディール面倒くさそうな調子で、ユウキの言葉を遮る。

 それから彼が言う言葉は実にシンプルなモノだった。

 

 

「――――それじゃ、死ねよ」

 

 

 両手剣を振りかぶる。狙い所はユウキの首の辺り。確実に殺す急所を、クラディールは狙いすましていた。

 

 だがユウキに恐怖はない。

 静かに瞼を閉じて、その最後の瞬間を彼女は受け入れていた。

 

 

 ――これで、終わりかな?

 ――ごめんね、にーちゃん。

 ――君に謝ることなく、ボクは死んじゃう。

 ――パパとママ、それに姉ちゃん。

 ――あと、お義父さんとお義母さん。

 ――怒るだろうなぁ……。

 ――でも。

 

 

「でも最後はしっかり――――にーちゃんって呼びたかったなぁ」

 

 

 

 

 

 斬!という音が残り、遅れて衝撃が辺りに炸裂した。

 それにユウキの肩が震えて、辺りに恐怖がバラまかれる。

 

 その瞬間。

 辺りに斬撃音が確かに鳴り響く。地面にはユウキが倒れ伏し、ザザとジョニーはその様子を眼を丸くして見守っている。そしてクラディールは――――遥か遠く、数十メートルの辺りで倒れていた。その背中には斬られたような、抉られたとも取れるエフェクトが刻まれている。

 

 

「な、え……?」

 

 

 クラディール自身、何が起きたのか理解出来ないようで、彼もまた目を丸くして混乱している。

 少し前まで、自分が勝者であった。生意気なガキを踏み付けて、あとは剣を振り下ろせば殺せる。そんな絶対的な勝者であった筈だ。なのにどうして倒れているのか、あまつさえどうして『スタン』状態になっているのかわからない。

 

 恐る恐る、視線を元のいた場所へと向ける。

 それは―――――居た。

 

 その頭上のカーソルはグリーン。全身フルプレートに身を包んでいるが、その格好は不格好極まる。兜は羊を思わせる角の生えたモノで、頭部を完全に覆っているので表情など読み取ることが出来ず、その外観は敵を威嚇するような造形となっている。胸甲板や前当ては黒、篭手は紅で、下半身の鎧の部分は蒼。配色も装備の種類もバラバラ、まるでツギハギのような出で立ち。首からは紅い宝石が装備品としてぶら下げていた。

 それを見た者は、絶望を、恐怖を、驚愕をそれぞれ抱く。

 

 しかしユウキは。

 

 

「ぁ……ぁ……」

 

 

 希望を抱いた――――。

 眼からは止めどなく涙が溢れる。感情で恐怖を消していたが、その者を見て安心したのか、涙が溢れ出した。

 

 その者、アインクラッドの恐怖と呼ばれる少年――――ユーキは、身の丈ほどある石斧剣を地面に突き刺して、片膝を突いてユウキを壊れ物を扱うように大事に抱きかかえる。

 兜が邪魔をして表情が読み取れないものの、極めて優しい声色で。

 

 

「よく、頑張ったな」

「うん……うん……!」

 

 

 今までかけられたことのない優しい声で、今まで触れられなかった。

 抱きつきたかった。にーちゃん、とユウキも触れたかった。だが『スタン』が許さない。彼女は指一つ動かすことが出来ずに、頷くくらいしか彼女にはさせてくれなかった。

 

 ユーキは彼女を片手で抱き抱えたまま、傍に居る彼女――――ストレアに向かって声をかけた。

 

 

「ストレア」

「はーい」

 

 

 抱き抱えたユウキをストレアに差し出して、意識をオレンジプレイヤーに向け、背中越しにストレアに声をかける。

 

 

「そいつを頼む」

「アナタはどうするの?」

 

 

 対して何気ない調子で、さしたる問題ではないと言わんばかりに地面に突き刺した石斧剣を引き抜いて。

 

 

「――――ゴミ掃除だ。数十秒で終わらせる」

 

 

 オレンジの二人はおろか、倒れているクラディールは身動き一つ取らない。いいや、取ることが出来ないと言った方が正しい。

 アインクラッドの恐怖がそれを許さなかった。動けば斬る、必ず斬る、指一つでも動かせば斬る。そういった絶対の意思が拘束となり、彼らの行動を殺していた。恐怖で、身動き一つ、取れずに居た。

 

 

「無理しないで、早く帰ってきてね?」

「あぁ。わかったから、さっさと行け。オレも余裕がねぇ」

 

 

 返答はない。

 だが気配が遠ざかることを背中から察知すると、ユーキは悠然とした動作で歩き始める。向かう先は倒れているクラディール。

 

 あまりにも隙だらけであり、警戒などしている素振りすらない。

 少しでも懐に入れば勝機がある。何せ少年の獲物は、身の丈ほどある両手剣。アレでは小回りが効かないことだろう。ならばザザやジョニーの装備しているエストックであり、短剣に分がある。

 今、オレンジの二人が駆け出せば、アインクラッドの恐怖の懐に入ることが出来る。それくらい簡単であるといえるほど、今のアインクラッドの恐怖は隙きだらけだった。

 

 しかし、身体が、動かない。

 蛇に睨まれた蛙のように、身動き一つ起こす気が起きなかった。

 

 

「そうだ、そのまま大人しくしてろ」

 

 

 と、視線を向けずに、アインクラッドの恐怖は彼らに声をかける。

 同時に、心臓が鷲掴みにされたような感覚が二人を襲う。直接恐怖をぶつけるような、恐慌状態に陥る。

 二人とも、歯がガチガチ鳴り、冷や汗が頬を伝い、膝がガクガクと震える。こんな状態で向かう何て出来る筈もなく、逃走もままならない。

 

 アインクラッドの恐怖の歩は止まらない。

 近付く度に、スタン状態の解けたクラディールは後退る。尻もちをついて、顔を横に震わせて、命乞いしようと口をパクパク動かすも言葉が出ない。

 

 “余裕がない”とは多勢に無勢であるからではない。

 もっと純粋に、シンプルで、簡単な理由で余裕がなかった。

 それは――――

 

 

「さて――――」

「ヒィ……!」

 

 

 それは――――怒りで理性を保つ余裕が無いということ。

 

 見下されて、無慈悲な蒼い眼光が兜の奥から、クラディールへと向けられる。

 思わずクラディールは情けない声を漏らすものの、ユーキは気にすることなく、メインメニュー・ウィンドウを開きアイテムタブを押して、その中からとあるアイテムを実体化させる。

 それは回復ポーション。それを取り出すと、クラディールに使った。『使う』と言っても、それは雑な使い方。瓶の蓋を開けて、クラディールにぶっかける。それを何度か繰り返して、クラディールのHPゲージが回復しきるのを確認すると。

 

 

 ドスン、と。

 石斧剣をクラディールの右膝辺りを突き刺し斬り落とした。

 

 

「ヒィィィ……! や、やめて――――」

「おい、大人しくしてろ」

 

 

 遮るようにして、今度はもう片方の左膝辺りを突き刺し斬り落として。

 

 

「――――手元が狂って、オマエの手足を綺麗に切り落とせねぇだろうが」

「――――――」

 

 

 もはや言葉は出なかった。

 ガクガクと震えて、恐怖で涙が溢れる。このままでは殺される、とクラディールは思ったのか、辛うじて声を漏らした。

 

 

「た、頼む。い、命だけは助けてくれ……!」

「あぁ、殺さねぇよ。殺しちまったら、テメェのクソのような命すら背負わなきゃならねぇからな」

 

 

 だから、と言葉を区切り、ユーキは無慈悲に見下ろしながら。

 

 

「知っていることを全部話せ。どうしてアイツを狙った?」

「あ、アイツって紫ローブのガキのことか? ひょ、標的はアイツだじゃない。お前だ……」

「……何が狙いだ。オマエとはこれで初対面の筈だが?」

「そ、それは……」

 

 

 言い淀むクラディールに、回復ポーションを再びぶっかけると、今度は右腕を切り落とす。

 

 

「おいおい、残り一本だぞ。さっさと答えろよノロマ」

「あ、アスナ様だ!」

 

 

 そこでピタッと、ユーキが止まる。

 眼に見えていた憤怒が止まり、撒き散らしていた恐怖が霧散する。

 

 しかしそれに気付かずに、クラディールは勝手に喚き散らした。

 

 

「お前がいるからアスナ様が俺に振り向かない! だから殺そうと思った! お前が居るから、俺の居場所がないんだ、だから――――」

 

 

 そこで言葉が途切れる。

 クラディールも気付いた。目の前の恐怖から、敵意がなくなっていたことを、そして剣を下ろしうわ言のように

 

 

「あす、な……?」

 

 

 その言葉は不思議と、胸に残るモノだった。

 何か、忘れてはならない、名前だった筈。なのに思い出せない、それが何者かの名前だったか、ユーキには思い出せなかった。ただ言えることは、それは懐かしく、それは誰よりも何よりも大切な者であるということだけ。

 

 それが誰なのか、『あすな』とは何者なのか。

 それを訪ねようとするも――――。

 

 

「―――――ッ!!」

 

 

 突然の風切り音。

 それは投げナイフであり、真っ直ぐにユーキに向かって推進する。

 しかしユーキは直感でナイフを石斧剣で弾き、飛んできた進行方向へと大きく飛んで距離を開ける。

 

 

「――――ハッハッハッハ!」

 

 

 それは男だった。

 膝上までのポンチョで身を包みフードを目深く被っており、その片手には彼の獲物である中華包丁のような短剣が握られている。

 腹を抱えて、くの字に身体を折り、彼は友愛とも取れる口調でユーキに話しかける。

 

 

「アスナって言っただけで、その反応。そうか、やっぱり貴様か! 嬉しいぜ、『俺の恐怖』!」

「オ、マエ……!」

 

 

 見覚えがあった。第一層の迷宮区で、この男と戦った。

 しかしそれが誰なのか、どうして戦ったのか、ユーキは思い出せない。

 

 だが心が訴える。

 この男を許してはならない、と。消えた憤怒が再び、再燃する。

 この男を許してはならない、そしてその怒りは取り逃がした自分自身へと向ける。

 

 剣を片手で構えて、油断なく黒ポンチョの男へと意識を向ける。

 対して黒ポンチョの男は溜息を吐いて、目に見えて落胆するように肩を落とす。

 

 

「まだ、貴様は俺を見てくれねぇのか……」

「――――――」

「SHOCKだぜ。今回は裏方に徹しようとしていたのに、貴様に会えると思ったらこれか……」

 

 

 何を言っているのかわからない。

 視線も意識も黒ポンチョの男に向けられている。向けていないと言えば怒り、これだけはユーキ本人に向けられていた。

 

 何が言いたい、とユーキが問う前に。

 

 

「PoH! おい、PoH! 助けてくれ!」

「あー……?」

 

 

 必死に自身の名を呼ぶ声に、黒ポンチョの男――――PoHは不機嫌そうに視線を向けた。

 そこにはクラディールがいて、居た事に気付かなかったと言わんばかりにクラディールに近付きながら。

 

 

「おいおい、何てザマだよ兄弟。両足、片手はどこにった?」

「このガキにやられた。助けてくれ、俺を助けてくれよ!」

「あぁ、勿論だぜ兄弟――――」

 

 

 無造作な足取りで近付く。

 ニヤニヤと目深く被ったフードから見える口元が笑みで歪んでいる。それは嗜虐的な笑みで、とても『兄弟』に向けられたモノではない。

 

 

「おい……」

 

 

 ユーキは思わず、誰ともなく声をかける。

 背筋が凍る、嫌な予感がする。クラディールは気付いてないものの、PoHの妙な笑みに最悪な光景を想像する。

 

 待て!とユーキが言う前にPoHはクラディールに膝を折り近付いて一言。

 

 

「――――それじゃ、助けてやるよ」

 

 

 と、言うと同時に、中華包丁のような短剣が煌めき、クラディールの首が斬られた。

 首が跳び、血のような鮮紅色の光点が切断面から無数に撒き散らす。自分が何をされたのかわからない、そんな表情を浮かべてクラディールは言葉を出すことなく、無数の硝子片となりポリゴン群が飛散する。

 

 

「誰と誰の会話を邪魔してやがるんだテメェ。駒は大人しく、俺の『友切包丁(メイト・チョッパー)』の養分になってろよ」

「テメェ、何で……」

「悪りぃな、無駄な時間を割いた。いやぁ、俺も新しい武器手に入れてよ。 友切包丁(メイト・チョッパー)って言うんだが、これがプレイヤーを殺さないと性能が上がらねぇ魔剣なんだわ」

 

 

 まるでその語り口は親友、もしくは恋人に話しかけるような物。数秒前に人を殺したとは思えない。

 

 それが、ユーキの癪に障る。

 有体で言えば不愉快な物であり、嫌悪感が滲み出る。

 ギリッ、と奥歯を噛みしめる。止めることが出来なかった自分へ怒りを更に燃え上がらせて。

 

 

「テメェ、何であの野郎を殺しやがった? 仲間、じゃねぇのか……?」

「おいおい、まさか気に入らないのか?」

 

 

 首を横に振り、呆れたような口調でPoHは続ける。

 

 

「甘いヤツだ。アイツは貴様のツレを殺しかけたろ? 貴様が殺らないから、俺が殺ってやったんだぜ?」

「……どこの誰が、そんなことをテメェに頼んだ?」

「頼んでねぇな。結果的にそうなっちまっただけで、理由としては邪魔だったからだ」

「何だと……?」

 

 

 兜の奥で、ユーキは眉を顰める。

 邪魔だったから、というだけで人の命を奪う眼の前の男に、強い嫌悪感を示す。

 だがPoHはそんなユーキに気付かずに、当たり前のような口調で続けた。

 

 

「俺と貴様の会話を邪魔したから。あとは、まぁ……用済みになったからだな」

「どういう意味だ……?」

「そのまんまの意味だ。『アインクラッドの恐怖』が貴様だと確証がなかった、だから確証を得るためにアイツをけしかけた訳だ」

「…………」

「そうしたら、BINGO! 貴様だった訳だ! ハハッ、良かったぜ! 仕込みが無駄にならずに済んだ!」

「仕込み、だと……?」

 

 

 ユーキの訝しむ声に、PoHは答えない。どこか残念そうな口調で。

 

 

「ここで貴様と殺し合いするのもいいけどよ、当の貴様は俺のことを全く見ようとしてくれない」

 

 

 そこでだ、と言葉を区切り、どこか申し訳さそうな口調で。

 

 

「ここいらで手打ちとしようや。簡単に言えば、俺達を見逃してくれねぇか?」

「何を言ってやがる」

 

 

 轟、と。

 己にむける憤怒をここで開放した。それは意志となり、黒炎となりユーキの身体から噴出するように、この世界に具現する。

 

 ユーキの敵意は衰えない。

 むしろますます鋭く、鋭利なモノに変貌しながら、PoHへと意識を集中させる。

 

 

「テメェは叩き潰す。今日、ここで」

「あー、俺は別にいいけどよ――――」

 

 

 一際口元の笑みを深めて、PoHは仰々しくわざとらしい口調で。

 

 

「――――アインクラッドナイツの連中が死ぬぜ?」

 

 

 聞き覚えがある名であった。

 『アインクラッドナイツ』それは現状存在するギルドの中でも大規模な集団の名である。攻略することを第一としており、何度か迷宮区でも遭遇したことがある。

 交流を深めていないので、詳しいことはユーキも知らない。

 

 だがどうして、そのアインクラッドナイツの名がここで上がるのかわからない。

 どういうことなのか、と尋ねる前にPoHは楽しそうに続ける。

 

 

「そろそろ、だな。もう少しで情報屋からメッセージが届く」

「ンだと……?」

 

 

 PoHの言う通り、メッセージが届いた。

 差出人は『鼠のアルゴ』。意識をPoHに向けたまま、素早い動作でメッセージを開き、その文面を見てユーキは兜の奥で目を見開いた。

 

 そして直ぐに、PoHに向かって敵意と共に問う。

 

 

「テメェ、何をしやがった!!」

「何をしたか、か」

 

 

 別に、と言葉を区切り手を大きく広げて、抱きしめるような仕草で。

 

 

「連中を煽ってやっただけだ」

 

 

 文面は簡単なもの。

 アインクラッドナイツが、ボス部屋を見つけて突貫。壊滅的打撃を受けている。というもの。

 

 第十七層が攻略されてから数時間しか経っていない。

 運良くボス部屋を見つける事が出来ても、レベルも安全圏に到達していない状況で、ボス攻略など通常は行わないだろう。ならば何故、アインクラッドナイツは無謀な攻略に臨んでいるのか。

 その答えはユーキの目の前にあった。

 

 

「アインクラッドナイツは攻略ギルドってヤツだ。連中は攻略することに必死だ。それは自己犠牲の精神ではなく、自分達がトッププレイヤーである自尊心に他ならねぇ」

「……おい」

「だがヤツらのつまらねぇ自尊心を傷つけるヤツがいる。ソイツは誰よりも早く迷宮区を網羅すると、単独でボスを倒す。全く、攻略ギルドにとってこれほど厄介なプレイヤーはいないだろう」

「まさか……」

 

 

 呆然とユーキは呟く。既に剣を下ろし、敵意はPoHに向けられていなかった。

 PoHは一際、笑みを深めて。

 

 

「だから俺がけしかけてやったんだ。このままだと、アインクラッドの恐怖に全て持っていかれて――――お前らは役立たずで終わるぞってな」

「―――」

「こうなっちまったのも、貴様のせいだ。貴様が軽率に、他の連中を考えずに、自分のやりたいようにやった結果だ」

 

 

 言葉で抉り、言葉でむしり取る。

 本物の悪意に満ちた声は、人を惹き付けて、意識の中へと入り込み、心に深く楔を打ち込む。これがPoHという人間の魔性の力。人を惹き付ける扇動術と、巧みに操るカリスマ性。

 

 その言葉は優しく、ユーキの中に入り込んでいった。

 

 

「だが安心しろよ。貴様のせいと言っても、原因は俺にもある。火種が貴様で、爆発させたのは俺。言っちまえば、これは二人の共同作業ってヤツだろ」

「――――――ッ!!」

 

 

 戯言に付き合うつもりはない。

 ユーキはPoHの言葉を返す余裕もなく、迷宮区に駆ける。その姿はどこか必死で、罪を悔いる罪人のようでもある。

 それを静かに見送るとPoHは嬉しそうに。

 

 

「これで連中が全滅してくれれば、その怒りの矛先を俺に向けてくれるかな――――?」

 




 ということで、クラディール氏が退場しました。
 若干、勿体無い感が否めないですが、退場です。
 
 オリ主が原作と違う行動した結果良いこともあるし悪いこともある、これが一番やりたかった展開。
 良いこと、キリトやベータテスターの扱いが改善。
 悪いこと、自分勝手に突き進んだ結果、ギルドが崩壊しそう。
 感想を頂いた際、ユーキ生きている内はいいけど、死んだら初めてのボスが強いボスからとか攻略組ハードじゃね?とい言われて「やべ、先読みされた」と焦ったのは内緒。

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