ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
2023年2月15日
PM16:05 第十八層 迷宮区最上階
打撃音が響き渡り、剣戟が響き渡り、獣の悲鳴が耳に入る。
衝撃波が空を叩き、怪物が砕いたであろう石造りの床。
視界にはいっぱいの戦塵が広がっており、一般人からは一体何が起きているのか理解出来ていない。
そんな戦場を、フロアボスのいる部屋の隅でツギハギだらけの鎧を装備している少年――――ユーキは視界に映していた。
眼を離さないように、自分がやらかした現状を目に焼き付けて、二度と忘れないように。少年はまっすぐと見つめて、静かに受け止める。
黒髪の少年――――キリトが斬り込み。
桃色の髪の少女――――リズベットがボスの攻撃を受け止めて。
栗色の髪の少女――――アスナが連続で突撃をする。
機械のように正確で、作業をするように彼女達は手慣れていた。その一連の動きは淀みなく、スムーズ過ぎるくらいの連携の練度を見せつけている。
恐らく、彼女達はああやって狩りを続けてきたのだろう。幾百、幾千、幾万とモンスターを相手にしてきたのだろう。その姿は全員で進むようにも映り、それはかつてユーキが選択した独りであろうが進み続けるものとは真逆のモノだった。
全員で歩幅を合わせて、彼女達は追いかけてきた。
独りで進み続ける仲間の背中だけを見て、彼女達はここまで追いついた。
それは誰のためなのか。他の誰でもない、このまま進み続けたら死ぬかもしれない、そんなことわかっていながらも独りで進み続ける捻くれ者の為――――ユーキの為である。
その事実を、ユーキは受け止める。
蒼い双眸は真っ直ぐに、仲間達の勇姿を写し込んでいる。
頭部を覆う兜『スケープ・ゴート』越しに、眼を離すことなく真っ直ぐに捉えていた。
そんなユーキの頭上から声が聞こえた。
友人に話かけるような気軽さで、彼の声がユーキの耳に入る。
「よう」
その人物にも大きな借りがある。現実世界でも知り合いで、何度もアスナと世話になったダイシーカフェの店主。
彼はいついかなるときも、優しく見守る眼でアスナとユーキを見守ってきた。そのスタンスはデスゲームとなった仮想世界でも変わらない。大きな体躯、丸太のような二の腕、その背には大きな斧を背負っている。
それが誰か、聞き間違う訳がない。
目の前で戦っている三人、そして自身の妹とストレア、その五名と同じくらい迷惑をかけたとユーキも理解しているつもりだ。
ユーキは彼の名を呼ぶ。
親しみを一心に込めて、彼の名を呼ぶ。
「ドリューくん……」
「バカ野郎、何度も言ってるだろ」
ドリューくんと呼ばれた男性はニカっと気持ちの良い笑みを浮かべる。
それから思いっきり、兜の上から気安い調子で、ユーキの頭を小突きながら。
「俺は『エギル』。もう一人の自分、素敵な自分、俺は斧使いのエギル」
「アンタは、いつも通りだな……」
兜の奥で、皮肉気に口元を歪ませる。
対して、エギルは肩をすくめてシニカルに笑みを浮かべて。
「まぁ今の俺は、頼れるエギルさんじゃない。お前らの知るアンドリューさんだ」
「どっちなんだよ……」
「気安く話せってことだよ」
それだけ言うと、エギルはユーキの隣で腰を下ろす。
二人の目線は同じ。互角以上に戦う三人の戦う様子を捉える。
「強くなったろ?」
「あぁ……」
エギルの問いに、ユーキは迷うことなく頷いた。
それから少年にとしては珍しい口調で。
「馬鹿なヤツらだ」
「ん?」
言葉とは裏腹に、敬意を表すような口調で、大切な物を壊さないように優しく扱うような調子で。
「勝手に突っ走ったオレなんぞの後を追いかけて、時間を浪費しやがって……」
「それだけ、お前が放っておけなかったんだよアイツらは」
事実だけ伝えると、エギルの大きな手が兜越しに、ユーキの頭の上に置いて。
「それがわからないお前じゃないだろ?」
「……わかってるよ。もう、わかってる」
ここまで、彼女達がどれだけ困難な道を歩んできたか、ユーキには想像が出来ない。
先に進む自分に追い付くためだけに、彼女達はここまでやってきた。事実、彼女達はユーキに追いついた。
どうして彼女達はここまでやってきたのか。
考えるまでもない、問うまでもない。独りで進み続け、死んでしまうかもしれないユーキを放っておけないからという簡単な理由だった。
難しくもない、簡単なこと。誰よりも先に攻略して、皆を開放するという自己犠牲の精神でもなければ、他のプレイヤーから賞賛を浴びたいという名誉欲でもない。極単純でシンプルな理由、彼女達はたった一人の為にここまでやってきた。
わかっている。
わかっていても、ユーキは言葉にせずにはいられなかった。
「お人好しな連中だ。どいつもこいつも、オレみたいなクソは放っておけばよかったのに、こうして追いついてきやがった。こんなにクソなのに、人として終わってるってのに……」
「……どうして、自分に対して卑下にするんだ?」
「決まってんだろ」
それだけ言うと、少年は震える声で続けた。
「アイツらが傷つくのが我慢出来なくて、アスナが剣を握るのが許せなくて戦ってきた。なのにオレは、アイツらがここまで来て、来てくれて――――何よりも嬉しがってやがる」
心の底で、彼は満ち足りたモノを感じていた。
しかし同時に、そんな自分に嫌気がさしてくる。自分のような価値がない人間が、そんなことを思っていい訳がないと、ユーキは自分自身を真正面から否定する。
対して、エギルは「バカ野郎」と軽い口調で言うと、気軽な口調でユーキの想いを肯定した。
「それが普通なんだよ。アイツらだけじゃない、俺もお前を兄ちゃんって慕う娘も、その友達も、お前を想って行動してる。それを嬉しいって思うのは、普通のことなんだよ」
「普通、か」
それだけ言うと、ユーキは満ち足りた表情を兜の奥で浮かべて。
あらゆる感情を言葉に乗せながら続けた。
「知らなかったよ。オレのことを想ってくれるヤツら、こんなにいるなんてな……」
「お前は本当に自己評価が低いやつだ。アスナもそうだし、お前を兄ちゃんって慕う娘もいたのに。あの娘は誰だ?」
「アイツは、オレの妹だ」
それだけ言うと、ユーキは今までの兄と慕う少女のことを思い出し振り返る。
第二層からついてきて、何度言っても後を追うことをやめなかった。どれだけ怒鳴ろうが、騙そうが、嘘を吐こうが彼女はへこたれることなく付いて来た。
ストレアにフロアボスまで付いてこないように足止めを指示した所で、それは無駄であった。彼女は諦めることなく、ストレアと共にフロアボス討伐するまでに至る。その際に、ユーキに言葉を残し、生きるとは何か思い直させる。
「アイツはどこにいる?」
「あの娘なら、アインクラッドナイツの撤退に協力してるぜ。ストレアって奴も一緒で、キリトの友達がリーダーやってる『風林火山』ってギルドも手伝ってる」
「……そうか」
無事ならそれでいい、と安心するように息を吐きながら。
「アイツにも迷惑をかけたが、アンタにも迷惑をかけた」
「……」
「アンタには勝手なことを押し付けてばかりだった、これまで――――」
悪かった、とユーキが謝罪しようと続けようとするが。
「待て」
「……なんだ?」
「別に謝られることなんてされてねぇさ。お前はお前の譲れないモノがあって今まで行動していた、それだけで充分じゃないか?」
そこまで言うと、彼は「それに」と言葉を区切る。
それから直ぐに、意地の悪い笑みを浮かべて続けた。
「――――子供は、大人に迷惑をかけてナンボだろ?」
「ハッ、そうかよ」
それだけ言うと、ユーキは再び立ち上がる。
一歩進んだ所で、エギルに振り返らずに。
「それじゃ、迷惑ついでに一つ頼み事をしようか」
「キリト君、新しいモンスターが湧いてきた!」
叫ぶように、アスナが剣を構えながら口を開いた。
四本ほどあったザ・ダイアータスクのHPゲージも、あと一本となった今。
最後のあがきのように、怪物は吠えると大部屋のいたるところからエネミーモンスターが湧き始める。
エネミーモンスターは各々武器を手に、主を攻撃していた愚かな三人のプレイヤーを包囲し始める。その円は徐々に狭まっており、誰一人逃さまいと注意深く観察するように意識を三人へと向けていた。
対するキリト、リズベット、アスナはそれぞれの背中を合わせて応じた。
それぞれの背中を、それぞれが守るように敵だけを見つめながらキリトはポツリと一言。
「これは、ちょっとやばいな……」
「ちょ、ちょっと! もう少しガッツを見せなさいよね!」
その言葉に反応して、リズベットが大きな声でツッコミを入れる。
それに対してアスナは頬を伝う汗を拭いながら。
「キリト君、挫けそうな発言は禁止」
「でも、見てみろよアスナ」
右手に直剣を握りしめ、顎をクイッと上げて周囲を見渡すことを促す。
包囲が狭まる。
それと同時に、エネミーモンスターが湧き始める。
その数は留まることを知らない。数体、数十体と明らかに湧く速度は早まっていく。彼女達では相手にならないエネミーモンスターだとしても、その数は脅威なものと化していた。
その事実に、キリトはうんざりするような口調で。
「三人でこの数、そしてボスがまだ生きてる。これは“三人”だったら厳しいんじゃないか?」
言葉の割に、キリトの調子はまだ余裕があるそれだ。
それに『三人』の部分を敢えて強調するような口振りに、彼が何を言わんとしているのかリズベットは首を横に振って呆れながらも納得し、アスナはクスクスと楽しそうに笑みを浮かべて。
「そうだね――――」
強気な口調でアスナは続ける。
「――――わたし達が、“三人”だったらね」
瞬間。
突風が舞い、衝撃が走り、エネミーモンスターは吹き飛ばされる――――。
一振り、たった一振りだった。
それは堂々と自身が崩した包囲網の外から足を進める。
それはツギハギだらけのフルプレートの装備。右手には身の丈ほどある石斧剣を握られ肩で担いでおり、左手にはエギルから譲ってもらった回復ポーションを手に取る。それを一気に口に飲み込み、乱暴に地面に放り投げた。
歩くような速さで、しかし強く歩みを進める。
それを見てアスナは泣きそうになりながら笑みを浮かべて、リズベットは安心するように息を吐き、キリトは呆れながらヤレヤレと首を横に振ってエネミーモンスターからフロアボスへと身体を向けて。
「遅かったな――――」
そしてそのキリトの肩と――――。
「――――ユーキ」
ユーキは肩を並べた――――。
ユーキの頭部はむき出しとなっており、先程まで装備していた『スケープ・ゴート』は外されていた。
今の彼は、独りで攻略することに躍起になっていた『アインクラッドの恐怖』というプレイヤーとしてではなく、彼女達の仲間である『ユーキ』という人間として、この場にいることを選んでいた
いつも言い争っていた仲間、そしてかつてモンスターキラーと対峙した相棒に、キリトは挑戦的な口調で問う。
「どうした、道でも混んでいたのか?」
「いいや、オレが勝手に遠回りしていただけだ」
キリトとユーキが再び肩を並べる。
今まで見たかった光景、夢にまで見た光景にアスナは眼に涙を溜める。だがここで泣くわけにはいかない、泣くのは全てを救ってからだと自身を奮い立たせて。
「キリト君、何か策はある?」
「策というか、シンプルに行こう。俺とユーキでボスを倒す、アスナとリズは周りの雑魚を――――」
「俺も仲間に入れてくれないか?」
言ってくるのはエギルだった。
彼は楽しそうに笑いながら、背中に装備していた戦斧を抜き放ちながら問う。
それにキリトは一度頷いて。
「勿論だ。アスナとリズ、それからエギルは雑魚を頼む」
「わかったわ!」
「任せなさい!」
「了解!」
三人がそれぞれ、好きに応じるとエネミーモンスターへと駆ける。
それを背後で感じ取っていたキリトはどこか呑気な口調でユーキに問いた。
「俺とお前だけでボスを倒すことになるけど、何か問題はあるか?」
「ねぇよ」
ユーキは肩に担いでいた石斧剣を、両手で構える。
左手の感覚はない、左目の視力もとうの昔に紛失している。それでも彼の心中に敗北の可能性はない、むしろ彼は勝利しか確信していなかった。
一人でも負ける気はしないのに、今は隣に自身よりも強い男がいる。
倒れても最後は立ち上がり諦めない強い男が、自分にはない強さをもっている男が――――ユーキが憧れていたキリトが居るのだから。
故に――――。
「オレとオマエだ。何の問題がある?」
「あぁ、そうだな」
対するキリトも同じような想いだった。
負ける気がしない、勝利しか約束されていない。何故なら、隣には自分が真似出来ない強さをもっている男がいる。
決して折れることなく真っ直ぐに進む男が、独りになろうが決して諦めず進み続ける剣のような男が――――キリトが尊敬するユーキが居るのだから。
だからこそ―――。
「久々のコンビプレイだ、行くぞユーキ!」
「足引っ張るなよ、キリト!」
二人は一斉に駆け出した。もはや合図はいらない、アイコンタクトも必要ない。まるでお互いが何をするべきか、熟知しているように二人の剣士はフロアボスへと殺到する。
『はじまりの英雄』と称されるキリト。
『アインクラッドの恐怖』と畏怖されるユーキ。
二人が取った行動は単純なモノ。――――真正面から、突撃する。
面を食らったのはザ・ダイアータスクの方である。
策を弄するかと思いきや、何も打算もなく二人の剣士は正面から推進する。
「――――――!」
それから遅れて、ドンッッ!という爆音が、大部屋から鳴り響く。その音の正体はザ・ダイアータスクの戦斧が振り下ろされて、地面に着弾した音。
それから大強音となり、衝撃波に変わり辺りを叩く。
ボスの暴威。
プレイヤーの膂力を遥かに超えた暴力を振るわれようとも、二人の剣士は止まらない。
当たることもなく、二人は振り下ろされた戦斧を躱して、ザ・ダイアータスクの隙を突く。
「――――――!?」
二人の剣士の剣が、ザ・ダイアータスクの腹部を斬りつて、怪物は悲鳴を上げた。
それも一瞬。
すぐに彼らは一振り、二振りとザ・ダイアータスクを斬る。
それはまるで雑草を刈り取るように、何度も何度も己の剣を振るう。手数ではキリト、威力ではユーキ。それぞれ自分の得意な剣術で、ザ・ダイアータスクを刈り取っていく。
ザ・ダイアータスクも悲鳴にも似た咆哮を上げて、自身に張り付く敵を戦斧で薙ごうとする。
だがそんな単調な攻撃が通じる相手ではなかった。
転がり、防ぎ、躱し、距離を開けて、二人は位置を入れ替えて。ザ・ダイアータスクを翻弄していく。
刈り取り、斬り、削ぐ。確実に二人の剣は、ザ・ダイアータスクを追い詰めていく。絶命に至らしめる攻撃に、ザ・ダイアータスクは今度こそ悲鳴を上げて。
「――――――――!」
後方へと大きく飛んで逃れた。
口惜しそうな反応があり、忌々しげにそれを見送る舌打ちがあった。
それからザ・ダイアータスクの構えが変わる。
自慢の武器を捨てて、身を低くし、地面と水平にするような姿勢を保っている。クラウチングスタート、よりも低い姿勢。怪物は、あのまま突進するようである。
「露骨な野郎だ」
退屈そうな感想を呟くユーキに対して、キリトはいいや、と否定しながら。
「でも、今アイツに突撃されたらヤバイ。俺達に防ぐ術はないんだからな」
「さて、どうだかな」
言うだけ言うと、ユーキは一歩進んでキリトに告げる。
「アイツの動きはオレが止める」
それはかつて、モンスターキラーと対峙した同じように、同じ口調で彼は。
「――――オマエが倒せ」
「――――――」
抗議の声は上がらない。
キリトは素直にユーキの言葉に従った。彼が止めるというのだからそれは絶対であり、必ず彼はやり遂げる。故にキリトは方法も手段も問わない、彼の邪魔をしないように自分の仕事に集中する。
ユーキは眼を閉じる。
思い出すのは『怒り』の感情。世界を理不尽の呪い、世界に無慈悲な憎悪を向ける。
これは儀式。怒りを力に変える儀式。
思い出すのは、今までの人生。両親を理不尽に奪った世界、茅場晶彦の顔、そして無様に生き残ってしまった何より許せない自分自身。
蒼い瞳に、暗い感情が宿る。それは怒りであり、憎悪であり、憤怒である。絶対的な殺意、確固たる殺気。
漆黒の意思を眼に宿し、ユーキは告げる。
モンスターキラーがプレイヤーに向けたように、感情のままユーキは対峙する怪物に向かって――――。
「――――恐怖を教えてやる」
「―――――――――――!」
ザ・ダイアータスクが固まった――――。
眼に見えていた殺意は消え失せて、怯える表情でユーキを見つめたまま固まった。
同時に、ユーキの膝が折れる。
ビキリ、と。何かがユーキの内部で軋みを上げる。自分の身体すら削るほどの強い怒り、世界を塗り替えるほどの強い意志。その代償を受けたまま、彼はキリトに向かって。
「行け、『スイッチ』だ」
「――――うォおおおおおオオォォォォォ!!!」
キリトは駆ける。
キリトは雄叫びを上げてザ・ダイアータスクへと斬りかかる。
そうして剣が光る。繰り出すソードスキルは『バーチカル・スクエア』片手剣のソードスキルの一つ。4連撃垂直に斬り込む連続技だ。
――行け、斬れ、倒せ。
――今のオマエは誰よりも。
ユーキは膝をつき、痛みに耐えながら。
「――――強い!」
「喰らえェェェェ!!!」
キリトの咆哮は答えるように、彼が持つ直剣が一際、不自然なほど白く輝き始める。
そして彼は胸元に、剣を斬りつける。その数は四、それを『ほぼ同時』に怪物に叩き込む――――。
瞬間。
「――――――――!?!?」
絶叫にも似た劈く悲鳴が、大部屋に響き渡った。
同時に、ビシッと音を上げて怪物の身体がヒビ割れ始め、無数ガラス片となり、四散し仮想世界から姿を消した――――。
Vol2はまだ少し続くんじゃよ