ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
誤字報告ありあがとうございました!
色々あってほんのちょっぴり自信をなくしていましたが、取り戻して更新することが出来ました。感想は本当に励みになります……。
そしてVol1 12話からの伏線が回収することが出来て、本当に良かった……。
2023年2月15日 PM18:05
第十八層 主街区『ユーカリ』 とある宿屋
日は完全に落ちて、アインクラッドの空で星々が輝き始める
第十八層の迷宮区のボスである『ザ・ダイアータスク』を撃破したアスナ達五人は、そのまま第十九層へ進まずに主街区『ユーカリ』まで戻ってきていた。進むのが怖くなった、という理由ではない。一度休息が必要、と彼女達のリーダーとなっているアスナが判断したからだ。
その判断にユーキは異議を唱える様子はない。むしろそんなもの唱えるほど資格など、自分自身にはないと考えているからこそ、彼は黙って従うことにした。
主街区に到着するや否や、一同は解散することにする。
アスナはどこかに消えて、キリトもフラフラと輪から離れた。エギルは『風林火山』というギルドメンバーと飲む為に、酒場へと向かう。
そしてユーキと言えば――――。
「アンタ、もう少し優しく扱いなさいよね」
「…………」
リズベットに小言を言われていた。
ちなみに、彼女が何に対して「優しく扱え」と言ったのかというと、彼の防具に対してだ。彼自身と同じくらい酷使され、耐久値もギリギリだった防具を見て、思わずリズベットは頭を抱えていたことをユーキは思い出す。
リズベットの小言はまだまだ続く。
ユーキの防具にヤスリをかけてメンテナンスをしながら「大体アンタは無茶ばかりする」など「アスナが心配する」など「キリトがムキになる」と次から次へと出てくる。
それにユーキからの反応はない。布製のズボンを履いて、上も同じ布製の服を着込んでいる。そして、小言をBGMとして耳に入れながら、辺りの様子を見る。
彼らが居るのは『ユーカリ』にある宿屋のロビーである。
第十八層に到達出来たと思ったら、アインクラッドナイツが壊滅的打撃を受け、『はじまりの英雄』や『紅閃』が救出に向かったと思ったら、第十九層へと続く階層が開く。
目まぐるしく変わる情勢に、他のプレイヤーはついて行けずただ、ざわつくことしか出来ない。
そんな中、話の中心人物が宿屋にいる。
プレイヤー達が注目しているのはユーキではない。顔を隠して活動していた彼を、誰も『アインクラッドの恐怖』だとわかるプレイヤーは限られている。となると、プレイヤー達が注目しているのは『はじまりの英雄』と『紅閃』のパーティーメンバーであるリズベットとなる。
彼らは宿屋のロビーの隅にいる。地面に座って作業しているリズベット、それを立ちながら壁にもたれ掛かって見下ろして見守るユーキ。
注目されるには地味過ぎる場所であるにも関わらず、一心に視線を集めていた。
「……随分と人気じゃねぇか」
「バカね、あたしが人気なんじゃなくて、アスナとキリトが人気なの」
ガリガリ、とやすりでユーキの防具のメンテナンスを行いながら答えた。
注目されることになれているようで、その手が休まることも動揺している様子もない。
リズベット本人ではなく、キリトやアスナというプレイヤー越しに、リズベットが見られている。その事実を正確に認識しながら、彼女はふてくされる様子もなく朗々と続けた。
「キリトはともかく、今のアスナは凄いのよ? アンタが別行動を取ってから、剣の腕がヤバイくらい上がったんだから。最近じゃ『紅閃』とか呼ばれてんだから」
「……オマエは、それでいいのかよ?」
ユーキの問いの意味。
言ってしまえば、今のリズベットはキリトとアスナというプレイヤーの付属品のような扱いだった。
それが彼にとって我慢ならない。彼女も、ここまでユーキを追いかけて来た。世話焼きで、姉御肌で、装備を整えてくれている彼女は生命線を握ってくれていると言っても過言ではない。
そんな彼女をどうして誰も見ないのか。どうして誰かのおまけ、といった扱いを受けなければならないのか。
ユーキの心中を複雑に感情が渦巻く。
その感情を隠すように、腕を組んで誤魔化す。だが、リズベットは迷うことなく答えた。作業している手を止めずに、ユーキが何を言わんとしているか理解しているように。
「いいわよ」
「そうか」
「そうよ。それに、アンタ達とこうして行動することを望んだのは、あたしだもの」
初めて彼らと会ったことを、リズベットは思い出す。
しつこく絡んでくる男をキリトから助けてもらい、ユーキとアスナを紹介してもらった。
第一層で、まだ心に余裕がないリズベットに対して、ユーキ達は真逆の存在だった。どこか楽しそうで、デスゲームであっても希望を持ち、どのプレイヤーよりも前を向いて歩いていた。
当時の光景を思い出しながら、リズベットは笑みを浮かべて続ける。
「ここだけの話、あたしはアンタ達が羨ましかった」
「羨ましいだと?」
「えぇ、そうよ。だってアンタ達は楽しそうだったんだもん。この世界ではあっさり人が死ぬ、でもアンタ達は絶望することなく前を向いていた。そして――――本当に楽しそうだった」
アンタは一度も笑わなかったけどね、と茶化すような口調で言うと。
「だから、いいの。あたしがキリト達のおまけでも、あたしは満足してる。こうしてアンタ達の鍛冶師やれて満足してる。ありがとう、あたしをあの時パーティーに入れてくれて」
「……礼を言うのはオレの方だろうが」
苦虫を噛んだような、苦い顔になりながらユーキは言葉を吐き出す。
礼を言うのはユーキの方だった。
勝手に突っ走り、勝手に判断して、勝手に無茶をした。放っておけばいいのにも関わらず、アスナとキリト――――そして、リズベットはこうして後を追いかけてきてくれて、結果的に追いついてしまった。
それがどれほどの意味があるのか、どれだけ救いになったことか。
自分のような終わっている人間が死んだら悲しんでくれる者がいるという事実に、ユーキがどれほど救われたのか。それは本人ではないとわからないだろう。
同時に、迷惑をかけてしまった自分に対して苛立ちを隠せない。
ユーキは奥歯をガリッと噛み締めて、自身に怒りの感情を向けたまま口を開く。
「オレはオマエらに迷惑をかけた」
「……」
「一人で突っ走って、オマエらの話を聴こうともしなかった」
「……そう、ね」
「リズベット、悪――――」
悪かったな、と謝罪する前に、リズベットが言葉を遮った。
「――――別に謝る必要ないわよ」
「あ?」
「だってそうでしょ? アンタが勝手やったように、あたし達も勝手やっただけ。アンタの言い分も聴かないで、あたし達はあたし達のやりたいようにやっただけ。アンタと何が違うよの?」
思わず言葉を失い、眼を丸くしてユーキはリズベットを見下ろす。
対するリズベットはニヤリ、と子供が悪戯をする時のような笑みを浮かべて。
「それに、本当に謝るべき相手はあたしじゃなくて、アスナなんじゃないの~?」
「それはどういう意味だ?」
「わからないならイイわよ。ただ忠告するけど、アスナってモテるのよ? 油断して横から掻っ攫われないようにね?」
リズベットが何を言わんとしているのかイマイチ的を得ない。
不思議そうに首を傾げるユーキに、呆れるように首を横に振ってリズベットが立ち上がる。
「よし、メンテナンス終わり!」
はい、とユーキの装備一式を差し出して、彼はそれを素直に受け取って申し訳なさそうに続けた。
「助かる」
「うーん、調子が出ないわね」
「……何が言いたいんだオマエ?」
「素直なアンタってらしくない。ユーキは少し捻くれてた方が良いわ」
ニッコリ笑いながら勝手な言い分をぶつけてくる眼の前の少女に、ユーキは忌々しげに舌打ちをすると。
「うるせぇヤツだ、言いたい放題好き勝手言いやがって。さっさと寄越せよ」
「うんうん、らしくなってきじゃない」
強引に装備一式を受け取ると、ユーキはリズベットに背を向けて宿屋出口へと向かう。
その背を見送りながら、リズベットは溜息を吐いて。
「面倒くさいわね、男って。どうして仲良く出来ないの?」
「……決まってんだろ、あの野郎が気に食わねぇからだ」
「まぁいいけどね。このまま真っ直ぐ行くの?」
呆れる口調で問いかけるリズベットに、ユーキはいいや、と否定しながら。
「――――先に片付けなきゃならねぇ用がある」
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PM18:30
第十八層 主街区『ユーカリ』 大通り
紫のローブを来た少女――――ユウキというプレイヤーは満足していた。
第十八層の最上階にあるフロアボスへ向かう最中、壊滅状態にあるアインクラッドナイツを発見すると、護衛のために少女とストレア、そして『風林火山』という『はじまりの英雄』の友人が立ち上げたギルドメンバーと共にユーカリまで送り届ける。
それが終わった頃には、もう何もかもが解決していた。
第十九層へ続く道は拓かれ、続々とプレイヤー達は上層へと目指す。
そんな中、ユウキはこの層に留まっていた。もはや第十八層にいるのは、壊滅したアインクラッドナイツの面々、そしてそれを救った『はじまりの英雄』の仲間達やその協力者達、あとは十八層でやり残したクエストを消化するプレイヤー達くらいのものだろう。
ユウキは空を見上げ、こらからどうするか考える。
これ以上、兄の後ろをついて回っても彼の迷惑だろうと、ユウキは考えていた。兄に自分は必要ない、何せ兄にはかつての仲間達が追い付いて、これからは共に行動することだろう。となれば、自分のような人間がその輪に入ることなど出来はしない、とユウキは結論付けてしまっていた。
となれば、兄から離れるしかない、と。
寂しくない、といえば嘘になる。家族となる筈だった兄を守るためにソードアート・オンラインにインして、共に行動することが出来た。
それだけで少女にとって満足だった。
これ以上望むのは、高望みとなるし、何よりも全てを奪った自分自身が許せない。
いつものように目深く被っていない。
ユウキは空を見上げた。兄を守ると言う目的を達成してしまった今、自分はどこに向かえば良いのか悩んでいる所に。
「何してるの?」
薄紫色の髪の毛――――ストレアがユウキの後ろから声をかける。声をかけられたユウキは何も考えずに、自然とストレアの方へと振り向いた。
彼女は防具を外していた。
どこか肌を露出するような、胸を強調した紫色でまとめられた装備ではなく、露出を控えたようなロングスカートを履いて、白色の長袖の布製のシャツを着ている。
武器も装備していない町娘のような格好。だがそれでも、彼女は目立っている。
そんな友人に、ユウキは困ったように笑い。
「いやー、これからどうしようかなーって」
「ユーキと一緒にいないの?」
「……そんなこと、出来ないよ」
不思議そうに首を傾げるストレアの問に、ユウキは居心地悪そうに目を伏せた。
一緒に居たい。
しかし、そんなこと出来るわけがない。元々、そんな資格などない。何もかもを奪ってしまった自分が、彼から家族が一緒にいるという人並みの幸福を自分は奪ってしまった。加害者が、被害者と共に行動できる訳がないし、許される訳がないのだ。
ストレアはユウキの心境など知ってか知らずか、心の壁を壊すような勢いで問う。
「今までずっと一緒だったのに、離れるの?」
「それはにーちゃんが一人だったから……。このまま戦い続ければ、死んじゃうと思ったから……」
不眠不休、食事もまともに摂らなかった兄をユウキは思い出す。
彼はずっと前だけ向いていた。自分の身体が傷つこうが、前だけを向いて進んできた。それが例え獣道だろうが、困難な道程だろうが、その意思は折れることはない。困っているプレイヤーがいれば、粗暴な態度で手を伸ばして、その後を追いかけて倒れた自分を、兄は決して見捨てなかった。
結果的に、自分は兄の足を引っ張っていたかもしれない。自分がいなかったら、もっと早く攻略の道を進んでいたのかもしれない。
それでもユウキは兄を放っておけなかった。迷惑だとしても、このまま進めば死ぬ。そんな死地へ怯みなく進む兄を、彼女は黙って見ていられなかった。
ユウキは何かに耐えるように、ギュッと両手を握る。
そして震える声で続けた。
「でもボクはもう必要ないんだ。もうにーちゃんには、あの人達が――――アスナ達がいるもん」
「アスナは一緒に守ろう、って言ってたよ?」
「勿論、ボクも守るよ? でも傍にいるのはアスナ、ボクは影からにーちゃんを守る」
その選択はかつてのユーキが選んだようでもある。
自分は仲間の輪に入れなくても良い、と自分自身を蔑ろにしているかのような選択。
思わずストレアは溜息を吐いた。
似たような思考、自己犠牲とも取れる行動に呆れるような口調で、肩を大げさに竦めながら。
「兄妹だからって、似すぎてるんじゃないのー?」
「……それは、嬉しい、かな」
兄と似ていると言われて嬉しいのか、ユウキの口元が少しだけ笑みを浮かべる。
対してストレアの口元にはニヤリ、と意地の悪い笑みが貼り付けられていた。顔を伏せているユウキからは見えない、そんな笑みを浮かべてストレアは目の前のユウキではなく、背後に居る人物へと話しかけた。
「だってさ――――お兄ちゃん?」
「えっ?」
ストレアが言うお兄ちゃんとは誰なのか。
ユウキは嫌な予感を感じて、勢い良く顔を上げる。
その予感は的中していた。
金髪碧眼の少年がストレアの背後で、腕を組み目を瞑り事の成り行きを静観していた。少年はユウキがいつも見ていたツギハギだらけの防具ではなく、布製のシャツとズボンでラフな格好。
少年の姿を認めると、思わずユウキは目を丸くする。
身体が震えて、上手く言葉に出来ない。ユウキの頭の中は真っ白と化していた。
「あとはよろしくね、お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんって誰のこと言ってんのオマエ。さっさと消えろ」
「ありゃ、ダメ? じゃあパパってどうかな?」
「消えろ、って言ったのが聞こえなかったのか?」
ストレアの軽口に、無感情に応じる。そしてストレアは少年の要望に応じて、この場から足早に去った。
それだけのやりとりで、少年の心を読み取ることはユウキには出来なかった。
それでも、身体を震わせながらも、ユウキは言葉にする。いいや、言葉にしなければならなかった。
どの辺りで自分を妹だとわかったのか、どうしてここにいるのか、自分のことをどう思っているのか。気になることとは山のようにある。
しかしどれもこれもこの場に相応しくない。
自分の罪を清算出来るとはユウキも思っていなかった。ただ少年に、言わなければならない言葉がある。
「茅場優希さん。ボクは貴方に謝らないといけないことがあるんだ……」
「それは、何だ?」
「それは……っ!」
やはり、少年の感情は読み取ることが出来ない。
腕を組んだまま、目を閉じたまま、言葉には感情を乗せずに、淡々とした調子で清聴している。
決めた筈なのに、言い淀む。
罪が償えると思っていない、許されるとも思っていない、この謝罪は所詮自己満足に過ぎない。それはユウキ本人が一番良く理解している。
だがそれでも――――。
――謝るんだ。
――にーちゃんに何言われても良い。
――謝らなきゃいけないんだ。
――ボクはこの人に、謝らなきゃいけないんだ……っ!
悪いことをしたら、それを謝らなければならない。
いつの間にか身についていた原初の常識通り、ユウキは意を決して少年を見る。腹の奥底に力を入れて――――再度覚悟を決めた上でユウキは口を開いた。
「貴方のお父さんとお母さんが亡くなった原因は、ボクにあります」
「……何を言ってやがる。アレは事故だった、こっちに突っ込んで来たクソが居眠りしたせいで起きた事故だ」
「違う、違うよ! ボクがお義父さんに、にーちゃんがどんな人か知りたいって言ったから、お義父さん達は車に乗ってしまった。ボクが何も言わなければ、お義父さん達が死ぬことはなかった……っ!」
それは懺悔でもあった。
それは自刃でもあった。
自身の罪をぶちまけて、その言葉は自分自身を傷つける。
溢れ出した感情は止まらない。言葉はひとりでに溢れ出し、目元からは大粒の涙が溢れ出す。
泣くことなんて許されない、そう自虐しようにもそれは勝手に溢れ出してしまっていた。
「ボクが、ボクなんかが助からなければこんなことにならなかった! そうすれば貴方は今も、お義父さん達と楽しく暮らしていた! ボクが何もかも奪ったんだ!」
「……そうか」
ポツリ、と呟いて、少年は事実だけを静かに受け止める。
対して、ユウキは震える声で涙を流しながら。
「ごめんなさい、ごめんなさい! ボクが貴方の何もかもを奪った。お義父さんとお義母さんに助けられたのに、あの二人をボクは……っ!」
そして勢い良く頭を下げる。
目をギュッと瞑り、首を切り下ろされる為にその場に居る罪人のように、ユウキは震えながら次の少年の言葉を待つ。
その静寂は数秒か、数十分か。
ユウキにとって永遠とも取れる沈黙。それを破ったのは、やはり少年だった。
「それが、オマエの“謝らなければいけないこと”ってヤツなのか?」
「………………っ!」
返答はない。
しかし伝わったようで、少年はただ静かに「そうか」とだけ応じる。
頭を下げたままでいるユウキからは、少年がどのような表情を浮かべているのかわからない。
ただ言えることは、足音が聞こえるということだけ。静かに、ただ静かに、その歩はユウキへと近付いてくる。
ユウキとしては、少年に殺されても仕方ないと思っていた。
少年の両親を奪い、自分だけ助けられてのうのうと生きている。だからこそ、ユウキは殺されても仕方ないと思った。それだけのことを自分は犯してしまった、ならばそれ相応の罰を与えられるべきであるとユウキは受け入れていた。
そうしていると、歩が止まる。
ユウキの眼の目で、頭を下げているユウキの目の前でそれは止まる。
主街区は圏内、となるとプレイヤーを殺すことも出来ない。圏外まで付いて来い、と言われれば彼女は本気で付いて行くことだろう。
だが彼女を待っていたのは言葉による罵倒でも、自分を殴打する衝撃でも、少年が悲しみに打ち拉がれている訳でもなかった。
ユウキを待っていたのは――――。
「――――ぇ?」
――――温もりだった。
ユウキの下げている頭に、何かが乗っている。
それは優しく扱うように、壊れ物に触るような大事に、ユウキの頭を撫でていた。
恐る恐る顔を上げる。
視界に入ったのは、少年の――――ユーキの優しい表情。
その眼はかつて自分に向けられていた義母のように蒼い瞳で、養父のように粗暴であれど優しい声色で。
「今まで、良く頑張ったな――――?」
「ぁ……ぁ……」
褒められたかったから、今まで頑張ってきたわけではない。
でもその言葉は、ユウキにとって一番言ってほしかった言葉で――――。
「――――さすが、父さんと母さんの娘だ」
「ぁ――――!」
それが、限界だった。
ユウキは無意識に、兄に抱きついてその顔をその胸に埋める。
涙で服が濡れる、そんなに力いっぱい抱きついてしまってはシワになるかもしれない。そこまで考えられるほど、今のユウキに余裕などなかった。
「ごめん、ごめんなさい。にーちゃん、本当にごめんね……!」
「バカ野郎、謝ってんじゃねぇよ。父さんと母さんが死んだのは、オマエのせいじゃねぇよ」
「でも、でもぉ……!」
いやいや、とユウキは顔を横に振る。
その罪悪感は身を削っていくものであることを、少年は誰よりも熟知していた。お前のせいではない、間が悪かっただけだ、と言葉を並べた所で、罪悪感は簡単に拭い去ることが出来るものではない。
だからこそ、兄は妹に送った。
自分自身が許せないというのなら――――。
「オマエが罪に感じてるっていうんなら、オレが許す」
「にーちゃんが、ボクを……?」
縋るように見上げてくる妹を、兄はもう一度頭を撫でながら。
「だからいい加減――――オマエはオマエの為に生きてやれ。それは父さん達も望んでいることだ」
「で、でもそれじゃ……!」
「許してやるって言ってんだ。だがそうだな、オマエがまだ不服っていうなら――――」
頭を撫でていた手で、ユウキの頬を撫でながら。
「――――罰として、オレと家族になれ」
「え……?」
「情けねぇクソ兄貴が出来ることになるが、我慢しろ。それがオマエの罰だ、黙って受け入れろ」
「ボクで、良いの?」
「オマエじゃなきゃダメだ。何せオマエは父さんと母さんの娘で、この世で残ったオレのたった一人の家族なんだからな」
「うん、うん……!」
また涙を流す。
声を詰まらせて泣き、抱きつきながらユウキは必死に言葉を紡いで行く。
「なる、なるぅ……! ボク、にーちゃんの家族になるよぉ……!」
「そうか」
泣きじゃくる妹を抱きとめて、兄はどこかほっとした顔で見守ると、すぐに態度が悪く、粗暴な口調で続けた。
「ったく、ピーピー泣いてんじゃねぇよ」
「だってぇ、だってぇ!」
「オレにキレられた時はへこたれる様子もなかったのに、本当に同一人物かよオマエ?」
「でもアレはボクのことを想って怒ってくれたんでしょ?」
「……誰がそんな戯言ほざきやがった?」
「アスナだよ?」
「アイツ、また勝手なことを……」
毎回毎回、自分を優しい人間だと勝手に翻訳する幼馴染に対して、吐き捨てるように呟いた。とは言っても、今回は間違った翻訳ではないので、ユーキも怒るに怒れない。
そんな彼を見上げながら、ユウキはどこか申し訳なさそうに服の裾をクイクイと引っ張る。そして伺うような口調で。
「ねぇ? ボク、今までのにーちゃんの事聞きたい……」
「今までって言うと、どこまでだ?」
「全部。にーちゃんとお話したいんだ」
ダメ?と首を傾げて、恐る恐るといった様子で問う。
対してユーキはバツの悪そうな顔で答えた。
「今日は都合が悪ぃな。今度、必ず時間を作る」
「何かあるの?」
あぁ、と簡単に答えると。
「――――ケジメをつけに行くだけだ」
それからユーキは妹と別れて、その場所までやって来た。
第十八層『ユーカリ』。それは第一層『はじまりの街』と似たような作りである。教会があり、噴水広場があり、露天エリアがあり、商業エリアがある。ただ違うと言えば、黒鉄宮の有無くらい。
ユーキがやって来た場所とは、『ユーカリ』の中央広場。
その景色もやはり『はじまりの街』によく似ており、その風景は見覚えがあった。
それは茅場晶彦にデスゲームが告げられた広場に、ソードアート・オンラインがゲームであって、遊びではないことを思い知らせれた場所に、良く似ていた。
「―――――――」
今のユーキはラフな私服姿ではない。
リズベットにメンテナンスされたツギハギだらけのフルプレート。頭部を覆う兜『スケープ・ゴート』を被り、その右手にはモンスターキラーからドロップした両手剣、石斧剣が握られている。
この姿で、ユーキは進み続けた。
無謀にも独りで攻略することを選び、身を削りながらここまでやって来た。その代償は、左手の感覚の喪失、左目の視力の紛失である。
もはや戦闘に支障をきたすレベルまで達していた。だがそれでも、彼は泣き言を言わずに、これからも進み続ける。
ましてや。
「――――――」
「――――――」
対峙している男に、弱っている姿など晒すことなど出来るはずもなかった――――。
それは少年。
全身黒ずくめとも呼べる装備。黒いロングコートを羽織り、防具らしい防具は胸当て程度の軽装。黒いレザーパンツに、手には黒のグローブ。
黒よりも黒く、墨よりも黒い。そんな少年が、ユーキの目の前に立っていた。
まるで示し合わせたかのように、まるでユーキがここに来ることがわかっていたかのように、黒ずくめの少年は大して驚かずにユーキの存在を認める。
そして手慣れた手つきで、メインメニュー・ウィンドウを開くと。
「――――――」
ユーキの視界に、半透明のシステムメッセージが出現した。誰からの内容か、などと考えるまでもない。ユーキは考える素振りすら見せず、文面も読まずに『YES』ボタンに触れた。そしてカウントされる60秒。
黒ずくめの少年――――キリトは不敵に笑みを浮かべて背中から片手剣を勢い良く抜き去り。
ツギハギ防具の少年――――ユーキは兜の奥でキリトを睨めつけて、石斧剣を片手で構えた。
もはや、言葉はいらず、御託も不要だった。
キリトはここまでユーキと決着をつけるために追い付いてきて、ユーキも感じ取り応じる、それだけの話だった。
対等に向き合うためにキリトは戦い。
対等に肩を並べるためにユーキは臨む。
両者がこうしてぶつかり合うのは必然であったように、両者がこうして向き合うのは運命だったように。
デスゲームなど“状況”でしかなかった。
ユーキにとって、キリトにとって、このデスゲームは。
全ては今、目の前にいる男と戦うためだけにあったのだと――――。
60秒のカウントダウンがゼロになる。同時に『DUEL』といった文字が二人の間に弾かれた。
言葉もいらなければ、合図もいらない。剣を握り締め、同時に飛び出す。
二人の間は数十メートル。一息に詰めることの出来る距離。
二人が行うのはデュエル。ルールは『初撃決着モード』。
観客は誰もいない、中央広場にいるのは少年二人のみ。
『はじまりの英雄』と称される少年。
『アインクラッドの恐怖』と畏怖される少年。
二人の66戦目の勝負。その火蓋が切って落とされる―――――。
べるせるく・おふらいん
~舞台裏~
ダイアータスク「うぃーす、お疲れー」
コボルドロード「ザ・ダイアータスクさん! お疲れ様っす!」
ダイアータスク「Vol2のラスボスはしんどいわー、キリトさんの相手するとかしんどいわー」
コボルドロード「本当にお疲れ様っす! 自分のときは『妖怪ボス絶対殺すマン』だけだったんで、まだ楽でしたが」
ダイアータスク「そうなのよぉ! こっちはキリトさんだもの、いやーホントしんどかったわー。銀幕デビューしたからなー、しんどいわ―オーディナルスケールー!」
コボルドロード「あ、ダイアーさんオーディナルスケール出ましたもんね」
ダイアータスク「出たわー。シノンちゃん見れたわー可愛かったわー。最近の二次創作もシノンちゃんヒロイン張ってて――――」
コボルドロード「他所の二次の話してはいけない」
ダイアータスク「でも―――」
コボルドロード「炎上する。ダメ絶対、いいね?」
ダイアータスク「アッハイ」
ダイアータスク「まぁでも? Vol2のラスボスとか疲れたわーやばかったわーキリトさん」
グリームアイズ「あ、あのぉ……」
コボルドロード「君はグリームアイズちゃん! 原作でキリアスがデートしているのを見かけたので、声をかけようとしたら悲鳴を上げら逃げられ、舞台裏で落ち込んでいたグリームアイズちゃんじゃないか!」
グリームアイズ「あの、さっきカーディナルさんが言ってたんですけど」
カーディナル『Vol2のラスボスダイアータスクじゃないんだって。マヂウケるー、ヤバくね、ヤバくね? 超ヤバくね? アイツ犬死じゃん、マジ哀れーみたいな?』
グリームアイズ「――――って言ってたんですけど」
ダイアータスク「」
グリームアイズ「あとVol2のラスボスってキリトさんみたいなんですけど……」
ダイアータスク「」