ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
キリト――――本名、桐ヶ谷和人という少年は、特殊な少年であった。
歳の割には機械の知識や技術に優れて、六歳の頃ではジャンクパーツから自作のパソコンを自作するほどである。
その家族構成も特殊。これまで、和人を育てた両親は本当の親ではない。本当の両親は少年が生まれて間もなく、事故に遭い亡くなっている。
この真実、本来であれば和人が知ることもなかった。
だが和人は彼や周囲が思うほど特殊であり――――優秀過ぎる少年だった。
和人は偶然にも、その真実に辿り着いてしまう。親が本当の両親でないことを、妹だと思っていた存在は自分の妹ではなく、自分は――――桐ヶ谷和人という人間はどこにも存在しないということに。
それからというもの、少年から映る世界は色褪せていった。
壁を作り、自分の本心を隠し、他者との距離感が掴めない。何もかも、自身を取り巻く環境が、偽物のように感じるようになる。
自身が両親の本当の子供ではない。十歳の和人にとって、その真実は何よりも深く抉るものだったのだろう。
それを受け止めれるほど、当時の和人は精神的に脆弱であり、脆い心であった。
偽物の家族、偽物の繋がり、偽物の名前。
偽物だらけの現実で、和人がオンラインゲームにハマるのは必然だったのかもしれない。
現実から逃げるように、少年はオンラインゲームという自分を偽りながら、日々を過ごしていく。
そして、少年は出会う。出会ってしまった。
『ソードアート・オンライン』というゲームに、和人は心惹かれていた。
まるで現実のようで、本物であるような仮想世界を、桐ヶ谷和人は『キリト』として仮想世界を駆けてきた。
そして少年はデスゲームに巻き込まれてしまう。思い出すのは製作者――――茅場晶彦の言葉だ。これはゲームであって、遊びではない、という言葉の意味を、和人はデスゲームに囚われて漸く理解する。
それは必然であるように、その出会いも必然であったのかもしれない。
その出会いは第一層の『ホルンカ』という小さな村の宿屋。
それは和人と同い年くらいの少年。金髪碧眼で綺麗な蒼い眼。しかし口調は粗暴で、態度も最悪。おまけに目つきも悪い少年は和人に乱暴に話しかける。
『オマエ、オレ達と組め――――』。
出会いは――――最悪の一言に尽きる。
そうして、二人の少年は、行動を共にしていった。
確かに、二人の最初にあった胸中はモノは違った。
お互い、二人はいがみ合っていた。自分が傷ついても構わない、だけど周りの被害は最小限。もっと自分を甘やかしてもいいのに、自分に厳しい。そんな彼らを彼らは嫌っていた。それは同族嫌悪にも似た感情だった。
しかし今は違う。気に入らない、という感情はあれど彼らはそれぞれ、異なった理由で対峙していた。
和人は折れることのない金髪碧眼の少年の強靭な意志に、一方で少年は打ちのめされても必ず立ち上がる和人の不屈の精神に。二人は尊敬し、憧憬し、憧れていた。自分も彼と肩を並べたい、自分も同じ景色を見てみたい。そんな気持ちに、いつしか変化していった。
そして今。
和人は一人で進んでいた、金髪碧眼の少年に追い付く。
対峙するのは憎んでいるからではない、嫌っているわけでもない。
ただ、対等の存在となりたいから。
金髪碧眼の少年――――ユーキに自分という存在を認めてほしいから、和人は剣を握りユーキと対峙する。
何もかも偽物である身だが、ユーキにだけは認めて欲しい、と和人は願う。
しかし、和人は知らない。
ユーキも同じ願いを抱いていることを。
和人の不屈の精神を尊敬し、強いと認め、自分も対等な存在になりたい。そんな願いをユーキも抱いていることを、和人は知りもしなかった――――。
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2023年2月15日 PM20:10
第十八層 主街区『ユーカリ』 中央広場
――――剣戟が響き渡り、日が落ちた広場で、火花が生じる――――。
響き渡る剣戟は一つ。しかし、振るわれる剣は二本。
異なる剣術、異なる太刀筋、異なる呼吸。
二人の剣士――――キリトとユーキは中央広場で、剣を交わっていた。
「ォおおおおおおッ!!」
「――――――――!!」
キリトが吠えて、ユーキが歯を食いしばる。
それは何合目であろうか、何十合目であろうか、何百合目であろうか。二人はどれだけ剣を交わったかど記録していない。否、そんな余分なものを記録する余力など、二人にはなかった。
誰よりも早く、何よりも疾く、更に速く。今は俄然に対峙する相手を斬ることに、全神経を注ぐ。
もはやキリトはユーキの剣を受ける真似はしなかった。
防ぐのではなく、受け流す。受け止めるのではなく、躱す。真正面からやり合いながらも、柳のように躱す。そうすることで、辛うじてキリトはユーキの剣を防いでいた。
キリトは、ユーキの凶刃を皮一枚で躱し。
ユーキは、キリトの剣筋を紙一重で防ぐ。
見ようによっては、二人の実力は拮抗しているともとれる。だが事実はそうではなかった。
押されているのは――――。
「ぐ――――っ――――!」
キリトであった。
自分の頭目掛けて振り下ろされた剣を、すんでのところで身を躱す。それは次の行動を計算した動きではなく、必死に今に迫る刃を何とかしようと藻掻くモノ。
ゴロゴロと地面に転がり、自身の姿などお構いなしである。
転がりならも直ぐに態勢を立て直して、キリトはユーキを油断なく睨めつける。
二人の距離は数十メートル。一息で詰めることの出来る距離を、今は辛うじて守っていた。
異なる剣術、異なる戦法、異なる身体能力。
全くキリトとユーキの戦い方は違うものだ。速度で翻弄するキリトに対して、腕力で敵対するものをねじ伏せるユーキ。それが、両者の埋まらない溝となっていた。
先程の一合で、ユーキと力比べするのは愚策だとキリトは判断すると、戦法を変える。
そこまではいい、問題はその後にある。これではユーキは十全に自分のやりやすい戦い方でキリトを攻めて、逆にキリトは防ぐことしか出来ない。
――どうする。
――このままじゃ……!
一手一足を見逃さないように神経を張り詰め、ユーキを観察している。
だがそれすら許しはしないように、ユーキは自身の『力』を暴発させるように、勢い良くキリトに向かって推進する。
「休憩も、なしか……!」
自分で言って、それは虫が良すぎる話しだ、とキリトは心の中で自嘲した。
ここしかない。ユーキが攻めるのはここでしかない、この場面こそキリトを仕留める事が出来る絶好のシチュエーション。
何せキリトは肩で息をしており、最初から余裕もなければ、余力もない。防ぐばかりで、先程も必死にユーキの剣から逃げたばかりだ。
流れは完璧にユーキが掴んでいる。
そんな絶好の場面を見逃すほど、キリトの知るユーキというプレイヤーは甘い性格ではない――――。
だからこそ――――。
「そう来ることは、」
自身に振り下ろされる石斧剣を前にして。
「わかっていた――――!」
キリトは不敵に笑みを浮かべた。
振り下ろされる石斧剣。片手で振るわれたにしては、それはあまりにも強力過ぎるそれを、キリトは後方へと弱く飛んで躱す。
それだけではない。そのまま地面に着地するや否や、再び地を蹴り飛ぶ。その着地点は――――ユーキの石斧剣。
「――――――ッ」
兜の奥で、小さい舌打ちを聞こえた。
キリトから見たらユーキの表情は読み取れないものの、それは忌々しいようにも聞こえる。
ユーキの膂力は並外れている。他のプレイヤーと比べても、類を見ないモノであろう。
だがそれでも、キリト一人の体重を片手で支えることは出来ないようで、石斧剣はそのままキリトに踏み付けられたまま、地面にめり込んでしまった。
流れを、強引に手繰り寄せた。
キリトは剣を水平に構えて、流れる動作で片手剣を突き出す。
狙うのはユーキの胸部。一撃を当てれば勝利である『初撃決着モード』において、威力など関係がなかった。今は何よりも最速の刺突を、ユーキに突き立てるのみ。
ユーキは獲物を構えることが出来ない、物理的にキリトが封じているのだ。そうなってしまえば、あとは待つばかり。普通であれば、キリトの一撃をただ待つしか、ユーキには出来ないだろう。
だが生憎、ユーキも“普通”とは程遠い人種である――――。
何と彼は武器を手放し――――キリトの剣を殴りつけた。
「なっ……!?」
キリトが驚くのも無理はない。
必殺を確信した一撃を、ユーキは防いでいた。
殴る、と言っても普通に殴った訳でもない。
迫る剣の刃ではない部分、つまり剣背と呼ばれる部分を殴り、強引に軌道を変える。
――見えていた、訳じゃない。
――コイツ、直感だけで軌道を読んだのか……!
表情が苦悶に顰めた。
その一撃は刀身に伝わり、キリトの手に伝わり、最後にはキリトの身体へと伝わった。あまりの衝撃に、キリトの身体の軸がブレる。
マズイ、とキリトが態勢を立て直そうとするが、それでは遅すぎた。
他のプレイヤーでは類を見ない膂力を持つアインクラッドの恐怖は、殴りつけた右手でキリトの首筋を掴み上げて、そのまま地面に強引に叩きつけた。
「がっ―――――――ッ!?」
天地がひっくり返るように、キリトの視点が忙しなく動き回り、最後には地面に叩きつけられて漸く落ち着いた。
「クソッ……!」
吐き出すようにキリトは言うと、必死に転がるようにその場から離脱する。
そして、再び、両者の距離が空いた。
――本当に出鱈目にも程がある。
――でも、これだ。
――これが、ユーキの戦い方だ……。
セオリーを無視するかのような、出鱈目な動き。
剣士というよりも、その戦い方は戦士のそれに誓い。型にはまらないラフスタイルな剣術。直ぐに敵に斬り込むような獰猛さの一方で、直感力に長けている。今のように素手になったところで、関係がない。剣がないのなら拳で、拳が効かないのなら足で。必ず敵を仕留めていく。
ユーキにとって剣とは、つまるところの手段でしかない。
剣が効かないのならば、別の方法で敵を倒すだけである。ソードアート・オンラインという世界では、剣が全てと言ってもいいくらい重きを置いている。その世界において、ユーキのような戦い方をするプレイヤーは特殊なものだ。
動きを分析するのは難しく、ましてや次の行動を読み取るなど至難の技だろう。
加えて――――。
――アイツ、戦い慣れている。
――『PVP』に慣れすぎている。
今まで、キリトはただユーキに追い付くために経験値を稼ぎ、己を鍛えて、剣術を磨き、レベルを上げて自己を高めてきた。
それはユーキも同じ筈である。単騎でボスに挑み、それを撃破するに至るほどの実力なのだ。それまで何があったのか、どんなことを経験してきたの、キリトには想像を絶する。
キリトが知らぬ所で、ユーキは修羅場を潜ってきのだろう。
誰も想像しない死と隣り合わせの戦場を経験し、身を削りながら彼は進んできた。その過程で、他のプレイヤー達と戦うハメになったことだってあるのかもしれない。
だが、それでも。
――諦めはしない。
――俺は絶対に、アイツと並ぶ。
――並ばなきゃ、ダメなんだ……!
心は折れず、瞳は俄然に立つアインクラッドの恐怖へ。
だがまだ足りない。キリトが彼を打倒するには、まだ“ナニか”が足りない。
――何が足りない。
――もっとだ、もっと。
――もっと、探し出せ、搾り出せ。
――そうでもしないと、アイツを倒すことなんて出来はしない……!
アインクラッドの恐怖が何もかもを差し出してこの場にいるように、キリトも自身の用いる何もかもを差し出さない限り、打倒することなど出来はしない。
ならば何を差し出せばいいのか。キリトは全力で、この決闘に臨んでいる。自身振るえる最高の剣を振るい、思考も止めることなく巡らせ、一手一足見逃さず観察する。今まで鍛え抜いてきた剣技、勝負の駆け引き、知識を余すことなく用いてきた。
それでもまだ足りない。掛け金はすでにない、故にこれ以上レイズすることも出来ない。かと言って、この勝負から下りる訳にもいかない。ならばどうすれば、どうすれば目の前にいる怪物――――『アインクラッドの恐怖』を超えることが出来るのか。
しかしここで、この場面で。
「―――――」
「え―――?」
ユーキの身体がグラリ、と。
中心を通る軸がブレたように、身体をぐらつかせた。
石斧剣を支えにして、何とか立っているような危うい状態で、ユーキは立っている。
――どうしたんだ……。
――誘っているのか?
――でも、様子が……。
今思えば、彼の戦い方はどこか変だった。
両手剣の武器カテゴリーの獲物を装備しているにも関わらず、今までずっと片手で剣を振るっていた。
慢心、というわけでもない。ユーキの性格上、この場面において手を抜くなんて真似をするわけがない。それは今までぶつかってきたキリトが一番良く知っている。ならば、これはどういう訳か――――。
「お前、もしかして――――」
片手が使えないのか、と口にする前に。
「――――おい」
ユーキが遮るように、口を開いた。
つまらない質問をするな、と言わんばかりにユーキは石斧剣を今度こそ、その石斧剣を両手で持ち構える。
その構えを見て、キリトは表情が強張り、背筋を凍りつかせた。
まるで昇り龍のように、天高く剣を構える異様な構え。左足を前に出し、剣を持つ右手は右耳辺りまで上げ、左手を軽く添えるように、ユーキは構えていた。
初撃に何もかもを掛ける。一撃目で何もかも、一切合切の決着をつける『先手必勝』の構え。
キリトはそれを見たことがある。
数は二度。一度目はモンスターキラーに対して、そして二度目は黒ポンチョの男に対して。ユーキが剣を振るう姿を、キリトは眼にしている。
この構えの意味を、キリトは理解している。
それはつまり――――。
「――――これで終いだ」
静かに、冷淡に、感情を削ぎ落とすような声が、キリトの耳に入る。
それはつまり――――決闘の終わりを意味している。
必ず仕留める。その意思が行動に移り、その結果がユーキの異様な構えとして表れる。
それはどういう現象か。
今までユーキのアバターから噴出していた黒い炎が、石斧剣へと集まっていく。ソードスキルが発動した際に生じる、光のエフェクトというわけでもない。闇よりも黒く、墨よりも黒い淀んだ光を集めて、ユーキは続けた。
兜の奥で蒼い双眸を光らせて、キリトへと照準を合わせながら。
「オレこの一撃で終いにする。ぶっちゃけ、余裕がねぇからな」
「……それは奇遇だな。俺もそろそろ、決めようと思ってた」
「気に入らねぇが――――」
「あぁ。話しが合うな、俺達――――」
キリトは口元に笑みを浮かべる。
彼から見たユーキはどんな表情を浮かべているのかわからない。しかし兜の奥では、恐らく自分と似た表情を浮かべているだろうと予想しながら。
「―――行くぞ、ユーキ」
「―――行くぜ、キリト」
二人の最後の激突が始まった――――。