ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
――――別に、二人は憎しみを抱いている訳ではない――――。
――――むしろ逆。どこか尊重し合い、認め合っている節がある――――。
――――ならばどうして、争うのか――――。
――――ならばどうして、戦うのか――――。
――――非効率であり、非科学的である――――。
――――何故、手を取り合わない――――。
――――もう一方は前に進み、もう一方は追い付いた――――。
――――理解不能だ。人間とは、どうして効率の良い選択が出来ないのか――――。
――――見るに耐えぬ。争うなど、愚の骨頂にも程がある――――。
――――人間の悪性情報に等しいものだ――――。
――――だが何故だ、何故だというのだ――――。
――――『私/俺/僕/我』は、二人の決闘に目が離せないでいる――――。
――――理解出来ない、道理が合わない、回答が見つからない――――
――――『私/俺/僕/我』は何故――――。
――――『私/俺/僕/我』は何故、こんなにも高揚しているのか――――。
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2023年2月15日 PM20:45
第十八層 主街区『ユーカリ』 中央広場
――――呼吸が荒く、剣を持つ手は震えて、両足に力を籠める――――。
キリトの身体の状態はそんなところだった。肩で息をし、何とか呼吸を整える。それでも、胸の動悸が収まることはない。緊張している――――訳でもなかった。キリトの脳内は普段と変わらない思考速度、むしろ普段よりも鮮明なクリアなモノ。そこに一切の淀みなど存在しなかった。
ならばどうして、自分は胸の高鳴りを抑えることが出来ないのか。その答えは、考えれば見えてくるモノであった。
緊張ではなく、興奮しているのだ。
無理もない。今までキリトは、ユーキに追い付くために鍛錬を続けていた。前に進む背中を、邁進し続ける決して折れることのない男を、彼はずっと追いかけてきた。
そして今。追い付くことが出来て、こうして対峙するに至る。更に言えば、全力でユーキは力を自分に振るっている。それが何よりも、キリトにとって嬉しかった。
負けたくない男が居た。
追いつきたい男が居た。
競い合いたい男が居た。
その男はこうして逃げることなく真正面から、あらゆる優先順位を放り捨てて自分の目の前にいる。一番戦いたかった男が目の前にいる。
――この状況で、興奮しないのはおかしいだろ。
――それに、どうしてかな。
――アイツとの決闘は楽しかった。
何百と剣を合わせてきた。
彼らはお世辞でも器用と呼べる人種ではない。片や人付き合いが得意な者ではなく、片や性格が捻くれている。そんな二人が、上手く言葉に出来る訳がなかった。だからこそ、二人が違う手段で語り合う。
いがみ合い、罵り合い、そしてこうして剣を交わい語ってきた。それは傍から見たら、コミュニケーションと呼べる代物ではない。むしろ仲が悪いとも取れるし、現に二人は二人とも、お互いが仲の良い友達と思っていない。
だが、これでよかった。
今更改める気などなく、仲良しこよしを気取るつもりもない。
これで良い。傍から見たらいがみ合う自分達だが、これで良い。これこそが、自分達のあり方である、とキリトは答えを見つけた。
楽しくもあった決闘。
だがずっと続ける訳にもいかない。始まりがあるのだから、終わりは必ずあるのだ。
――――もはや言葉はいらなかった――――。
「――――――ッ!」
先に動いたのは、やはりユーキである。
彼は地面を思いっきり蹴る。だが同時に、まるでジェット噴射のような勢いで、背中に接続されていた黒い炎が一気に噴出する。
それが爆発的な推進力となり、キリトに向かって真っ直ぐ矢のように飛んでいく。
だがそれでも、キリトに焦りはない。
先程の攻防で、ユーキのアバターから噴出される黒い炎を応用して行使してくることは、予想が出来ていたことだった。
何よりも問題なのは、ユーキの操る黒い炎ではない。
――アイツの剣を避ける。
――ギリギリで避けないと、直ぐに態勢を立て直して反撃してくる。
だからこそ、振るわれた剣の初速を見て避けるしかない。
しかしそれは、自殺行為に等しい攻略法でもある。何せ、ユーキの剣の振る速度は、恐ろしく速い。それこそ見てから避けるのでは遅すぎる。
それでも、やるしかない。危険な賭けだが、それぐらいやらなければ、ユーキを倒すことは出来ない。
耐久値が限界に近い自分の片手剣を握りしめる。
鍔迫り合いなど出来ない、ユーキの剣を受けることも不可能。ならば、剣が折れる前に、倒せばいいだけのことである。
集中力を高める。
ありとあらゆるモノに反応できるように、神経を研ぎ澄ませる。
そんなキリトの目に、奇妙な光景が映り込んだ。
――なん、だ……?
まだお互い、剣が当たる間合いではない。
振るったとしても、僅かに当たらず空を切る。そんな間合いである。
だと言うのに、ユーキの石斧剣の剣先が、僅かにブレる。それは振るう前兆、凄まじい速度の一刀が振り下ろされる前触れでもあった。
だが振るった所で、その剣は当たらない。
制空権にも入っていないのに、僅かに外れている射程外から、一発だけの銃弾を撃ち込もうとしている。
キリトの予想通り、ユーキは石斧剣を振り下ろした。
間合いを間違えたとは、考えにくい。どんな意図があって、ユーキはそんなミスを犯したのか。それは直ぐに回答を出るものだった。
「な――に――?」
ユーキは何と、振り下ろした剣を途中で無理矢理“停止”させて、再び背中に接続されていた黒い炎が噴出する。
そして剣を突き出したままの状態で、キリトへと真っ直ぐに推進する。
最初からユーキも目的は斬ることではない。最短距離で、全速力で、キリトに刺突する。
それは出来すぎた奇襲。ユーキの意図を把握した所で、行動するには遅すぎた。
殺人的な加速となり、ユーキの剣を避けるのは不可能。
ならば弾いて防ぐしかないが。
――無理だ。
――防いだ所で、俺の剣は砕かれる。
――となると、俺に勝つ手段はない……。
ドクン、という大きな音を立てて、心臓が一つ高鳴る。
それがスイッチとなるように、周りがスローモーションのように見えてくる。しかしキリトが何よりも注目するのは、自身に迫るユーキの必殺の刺突。
その剣は的確に、キリトの胴体へと真っ直ぐ狙ってきていた。防ぐことは出来る、しかし問題はその後だ。剣を失った剣士に待っているのは、敗北という苦い結果のみ。勝者がユーキで、敗者がキリトという事実しか残らない。奮戦した、もう少しで勝てた、そんなものは関係ない。過程がどうであれ、結果が敗北というのなら、そんなもの意味などないのだから。
――負けない。
――俺は、負ける訳には、いかない……。
ならばどうすればいいのか。
右手に持つ武器だけでは話にならない。避けることは出来ない、防がないと――――負ける。
――武器だ。
――この剣だけじゃ、俺は勝てない。
――せめて、もう一本。
――左手に、もう一本……!
負けるわけにはいかない、ここで負ける訳にはいかない。
ようやく、追い付いたのだ。また離される訳にはいかない。
石斧剣に負けない武器。簡単に砕かれない武器、左手にあるという強い願い。
――このままじゃ、勝てない。
――でも諦める訳にはいかない。
――アイツは絶対に諦めない。
――勝てないのなら、考えろ。
――勝機がないのなら、作れ。
――可能性を全て、手繰り寄せろ。
――そうでもしないと、アイツには追いつけない……!
決して諦めない心、不屈の精神とも呼べるそれは、強い意志となり、自分自身を上書きしていく。
それは奇しくも――――。
――ユーキと同じことをしないと、追いつけない……!
彼と、似て非なる力を、発現させた。
キリトの左手が、光る。
その光は眩い白いモノで、ユーキの黒い炎とは対極なもの。
ユーキの黒炎が恐怖を掻き立てるモノであるのに対して、キリトの白い奔流は人を包み込むような暖かな光。
左手で何かを握る感触がある。
「ぅ、ォおおおおおおおッ!」
「っ!?」
それを迷うことなく振るい、ユーキの必殺の刺突を弾く。
「な、んだ……!?」
兜の奥でギリッと歯を食いしばりながら、忌々しげにキリトを代弁するようにユーキが問う。
キリトの左手には新しい剣が握られていた。
それは黒い片手剣。両刃で装飾など一切ない、どこか実直とも取れる剣を、キリトは左手に収めていた。
――左手が、焼けるようだ……!
――それにこの剣、重すぎる……!
思わず手が緩み、黒い剣を離しそうになる。
だが再び、キリトは両手に持っている剣を強く握りしめる。
ユーキの動きが止まる。
ありえない事象、キリトが新しい剣を手に入れたと思いきや、その剣で必殺を確信した一撃は弾かれた。
予想外の出来事に、処理が追い付いていない。
ここだ、ここなのだ。勝機はここしかない、とキリトは感じとるや否や、両手にある二本の剣が同時に光る。
ソードスキル。この世界でプレイヤーが使用できる、剣技を発動させようとしていた。それも――――二本で。
「ソード、スキル……!?」
ユーキの声が今度こそ、驚愕に染まる。
本来、ソードアート・オンラインの世界でソードスキルを使用できるのは一本の剣でのみ。
それは片手剣でも、細剣でも、斧でも、カタナでも例外はない。だが現実、キリトはどういう理屈か、二本でソードスキルを使おうとしている。
となればこれは何かしらのスキルに他ならない。二本の剣を使い初めて使用できるソードスキル、つまりそれは――――二刀流。
「オマエ、いつの間に……!」
キリトは答えない。
いいや、耳に入れる余裕が無いのだ。
今は無我夢中でソードスキルを使う。そうでなければ、ユーキを倒すことなど出来はしない。
何が起こるのか、どんなソードスキルなのか。不思議とキリトは何が起きるのか理解していた。
「ユーキィィ!」
キリトの意志に反映するように、二本の剣が一際輝き呼応する。
スターバースト・ストリーム。
二刀流の上位剣技。十六回連続で斬る攻撃に特化したソードスキル。
それが躊躇いなく、ユーキに一撃が迫る。
対して――――。
「ハッ――――」
面白い、と。
そう言うかのように、ユーキは声を漏らして。
「吠えてんじゃねぇぞ――――キリトォォォ!」
直ぐに右手で石斧剣を持ち直し、態勢と立て直し迎撃する。
一撃目。
お互いの剣、黒い剣と石斧剣がかち合い火花が散らした。
二撃目。
キリトの片手剣が右脇腹を迫るのに対して、ユーキは難なく石斧剣で受け止める。
三撃目。
右手と左手の剣でユーキに斬り掛かるも、片手で思いっきり石斧剣を合わせた瞬間、衝撃波が巻き起こった。
攻めなければ倒される。そんな直感が、ユーキに警報を鳴らしていた。
石斧剣は、はじまりの英雄を襲い、少年は二刀を振るう。拮抗する両者の剣技と凶刃。空間は火花に満ち、立ち入るモノは瞬時に撫で斬りにされるだろう。
しかしそれも長くは続かない。
はじまりの英雄は一撃放つ度に息があがり、前のめりに倒れそうになりながら踏みとどまり、次の一撃を振るう。
それを見て、ユーキは確信する。
対峙している者に、余力など残っていない。一押すれば倒れる体力しか残っていない、と。
現に、新しく装備した黒い剣に振り回されている。それだけ黒い剣が重く、上手く使いこなしていないのだろう。
――押せば倒れる。
――なのに、何だ?
――コイツの剣が、やけに“重い”……ッ!
誰がどう見ても、自身の振るう石斧剣の方が重い筈だ。
身の丈ほどある、岩で出来た大雑把過ぎる剣。それが、ユーキの扱う石斧剣である。現に、先程までユーキに力負けしていた。なのに今では―――。
「ハァァァッ!」
「グッ、このっ……!」
八撃目
拮抗―――いいや、ユーキが押されている。
ありえない、今まで力勝負で圧倒していたのに、どうして今になって押され始めているのか。
左目は焼けるように、左手の感覚は既にない。メキメキと頭の中で、壊れるような嫌な音が耳に入る。
それでも迎撃する、反撃する、攻撃する。
引けば倒れる。
対峙する者はそんな状態だ。一歩後ろに下がるだけで終わる。だと言うのに、ユーキはそれを実行に移さない。
否、行動に移すことなど出来はしない。確かに、それが出来ればユーキの勝利だろう。だが勝つだけの結果に、ユーキは興味がなく、何よりも自分だけ引くなどプライドが許さない。
もはや駆け引きなどない。
幼稚でただぶつかり合うだけの激突。それを既に、十三度繰り返す。
「いい加減に――――!」
石斧剣を振り上げる。
一度目のように、黒炎を開放しながら、片手で情け容赦なく振り下ろす。
ソードスキルを弾き返して、確実に胴体を叩き伏せようと、ユーキは振り下ろす。
しかし、それは叶わない。
ガギィン!という強音。
必殺だった筈のそれは、容易く弾き返された。
今まで一度も、受けることが出来ず、弾くだけで精一杯だった筈の一撃を、ユーキの渾身の一撃を当然のように、弾き返す。
「――――――――」
何かを呟いているも、ユーキの耳には届かない。
剣戟となり、火花が散り、衝撃が辺りを叩く。しかし眼は真っ直ぐにユーキへと向けられる。
諦めることなく、真っ直ぐに。
十五撃目で、何を言わんとしているか理解できた。
「――――ここで、勝つんだ! お前に、絶対に!!」
ユーキの耳には未だに、何を言っているのか届かない。
だが叩き込む剣戟は言葉となり、ユーキに伝わってきた。
絶対に負けない、負けられないという強い意志。不屈とも呼べるそれが、真っ直ぐユーキに叩き込まれている。
――あぁ、本当に。
――本当に、オマエは大した野郎だ。
そして、十六撃目。
最後に、ユーキの石斧剣とキリトの黒い剣が叩き込まれて、何かが砕ける音が聞こえた。
「――――――――」
それは、石斧剣が真っ二つに砕ける音であった。
今まで酷使してきた代償がここで精算される。ピシピシ、と音を立てて石斧剣が砕けていく。自身の唯一の武器としていた、ユーキの意思が具現したような武骨な剣が砕ける。
その事実に驚きはしない。むしろ、ここまで読み通りと言わんばかりに、砕けていく折れた石斧剣を振りかぶる。
「キリトォォォォ!」
「ユーキ――――!」
対してキリトも決して諦めないユーキの行動を予想していたかのように、黒い剣を横薙ぎに振るう。
オレの方が速い―――アインクラッドの恐怖が確信する。
俺の勝ちだ――――はじまりの英雄が理解する。
斬、という音が辺りを木霊する。
結果は――――――。
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二人の少年の決闘はこうして、終わりを迎えた。
辺りに響き渡っていた剣戟はもう聞こえずに、辺りを照らしていた火花が散ることもない。
そして静寂が、決闘場となっていた中央広場を支配する。
しかし一つだけ違うモノがあった。
それは決闘を始めた開始位置に。
勝者の名を告げる紫色の文字列がフラッシュしていた。ギャラリーなどいなく、歓声が響き渡る訳でもない。
だから、勝者は静かに、勝鬨を上げた。
「お前の負けだ、ユーキ」
勝者――――キリトが事実だけ口にする。
敗者――――ユーキは静かに眼を閉じて、結果だけを呟いた。
「――――あぁ。オマエの勝ちだ、キリト」
兜から覗く眼はどこか遠い。
言い聞かせるように、結果だけを噛み締めて、言い聞かせるように呟く。
「66戦32勝33敗1引き分け、か……」
「違う」
「あ?」
フルフル、と首を横に振るキリトを訝しむ。
キリトが何を否定したかったのか。その回答は直ぐに、キリトの口から紡がれる。
「俺が今倒したのは、一人で攻略している『アインクラッドの恐怖』だ。俺が倒したのかったのは、俺達『
「つまり、オマエが言いたいのは――――」
「――――今の勝負は無効だよ。俺はユーキに勝ちたいんだ」
そう言うと、キリトは手を差し出してきた。
そのまま不敵な笑みを浮かべて、あの時のように。自分が初めて言葉を向けられた、あの時のようにキリトも言葉を借りた。
「お前、俺達と組め――――」
「――――――――――――」
兜の奥で、目を見開いた。
それから直ぐに調子を取り戻し、忌々しげに差し出された手を。
「面倒くさい野郎だ」
「あぁ、互いにな?」
パチン、と弾く。
握手などしない。そんなもの、二人には必要ないし、先程剣で嫌というほど語り合ったばかりだ。
交わす言葉もなく、今まで通りの口調と態度で二人はそれぞれ応じる。
「もう一度組むのは良い。負け犬のオレに拒否権なんぞ有りはしねぇ。問題は――――」
「そうだな。ギルドリーダーに聞かないと、な……」
そこまで言うと、キリトは道を譲った。
それから簡単に。
「行けよ、ユーキ。アスナが待ってる」
最近、妙にモチベーションを下げていた私です。
そんなときこそ、過去の感想を見たり、評価一言を見たりして、モチベーションを回復させてきました。
本当に、感想はありがたいなぁ、と思った今日この頃。
次でVol2最終話ということで、チラシの裏に書いていた裏設定を。
死にかけている主人公でしたが。本来であれば第十七層で死んでいるシナリオでした。
アスナ達を残して死んでいられるかと死に切ることも出来ず、主人子はサイバーゴースト化して、一人で攻略します。結果、単身一人でボスを倒して、黒幕も倒して、プレイヤー達は解放される。そして主人公死亡というグッドエンドでした。本人が死ねて満足、目的果たして満足しているから、グッドエンドです。グッドです
でも未だに生きているのはユウキのおかげみたいな?
彼女いなかったら死んでました。
ユウキの存在 → 現在
ユウキの不在 → グッドエンド
みたいな感じです。
近いうち、グッドエンド√も投稿したい(愉悦)