ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
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2023年2月15日 PM21:45
第十八層 主街区『ユーカリ』 宿屋
2月15日、第十八層の主街区『ユーカリ』にて、状況が著しく変化を遂げていた。
アインクラッドナイツがフロアボスに突撃し壊滅状態になりかけたところを、正体不明の『アインクラッドの恐怖』が間に入ることで撤退に成功。そして後にやってきた『はじまりの英雄』とその仲間達により、第十八層は短時間で攻略される。
他のプレイヤー達の羨望は今や『はじまりの英雄』に注がれている。
何故『はじまりの英雄』だけが注目されているのかというと、ただ単純に彼が一番目立っているからだ。
フロアボスを討伐する過程、つまりは『アインクラッドの恐怖』がアインクラッドナイツを守ろうと、他のプレイヤー達は知る由もない。むしろその場に『アインクラッドの恐怖』が居たことすら、他のプレイヤー達は知らない。
モンスターキラーという怪物を討伐し、多くのプレイヤー達の命を救った英雄。それが『はじまりの英雄』に対するプレイヤー達の共通認識となっている。
神話上に出てくる英雄、太古の昔に竜や魔獣に立ち向かった者の英雄譚。まるで物語に出てくる英雄の偉業を現実に出来るプレイヤー。それが『はじまりの英雄』である。
となれば、目立ってしまうのも無理はない。
未曾有のサイバーテロ、HPゲージが亡くなれば死亡を意味するデスゲーム。この絶望的状況において、プレイヤー達は何よりも希望を欲しているのだから。
そして、そんな状況を打破するために、攻略ギルド『アインクラッドナイツ』が結成された。
今現状において、アインクラッド内のギルド数はかなり多いものだ。規模はバラバラで、数人の規模のギルドもあれば、十人程で結成されたギルドも存在する。そんな中、アインクラッドナイツの規模は群を抜いているといえる。
何よりもプレイヤー数が他ギルドと比べくもない。全員が全員、現実世界に帰還することを夢見ており、誰もが必死になって攻略してきた。だと言うのに――――今では見る影もない。
ギルドリーダーであるディアベルは周囲に視線を向けた。残っている人数は――――五名。
全員が全員、項垂れて生気を感じられない。勿論、これで全員だったわけではない。もっと人数がいた、それこそ三十人以上の規模だった。なのに今となっては、五名しか残っていない。
自分の命惜しさに、甘い汁を吸えると思った半端者、フロアボスと初めて対峙して心が折れてしまった。そんな理由で、脱退する者が続出し、奇跡的にゲームオーバーとなったプレイヤーは存在しない。残った五名のプレイヤー、ディアベルを入れて六名がアインクラッドナイツに所属しているプレイヤーとなっている。
もはや壊滅に等しい惨状を見て、立ち尽くしていたディアベルは自分の両手を見る。
どうして、こうなったのかと。暴走する仲間をどうして止めることが出来なかったのか、と彼は自問自答を繰り返す。
この現状を、閉鎖された世界を、茅場晶彦に仕組まれたルールを打破するために、ディアベルは行動していた。
ベータテスターである自分が、示さなければならない。このデスゲームそのものがクリア出来ることを、伝えなければならない。そういった志を胸に、ディアベルは剣を持ち盾を構えて、世界と真剣に向き合っていた。
志が高いモノだ。しかしそれはディアベル個人の志であって、ギルドメンバー全員の総意という訳ではない。ディアベルの不幸は正にそれである。彼と志同じくする者はほとんどいなかった。連中が持ち合わせているのは『自己犠牲の精神』などではなく『置いていかれるのが不安』であることや『楽して名声が欲しい』という半端なモノでしかない。
そしてそう言うモノしか持っていなかった連中は、ディアベルの下から去っていった。真にディアベルと志同じくした者は残った五名、この五名しか本気で攻略しようとしていなかった。
先日、笑いあっていたプレイヤーは姿を消し、ディアベルを慕っていた者もどこかに消えた。
自分に何が足りなかったのか、どうしてこうなってしまったのか、何が悪かったのか、ディアベルは自問自答を繰り返すも、答えは一向に現れなかった。
しかし―――。
「――――失礼」
希望は、現れる。
ディアベルは声のした方向へと顔を上げた。
そこに居たのは男性プレイヤー。ホワイトブロンドの長髪で、赤黒色のローブを装備した男性。武器の類が一切装備されておらず、どこか奇妙とも言える雰囲気をその身に纏っていた。理知的で、神秘的。この世界には存在しない『魔道士』とも言える雰囲気を纏った男は口を開く。
「君が『アインクラッドナイツ』のギルドリーダーのディアベル君かな?」
「あ、なたは……?」
男は臆面もなく、堂々とした口調でディアベルに自身の名を伝えた。
「私はヒースクリフという」
「ヒースクリフさん……俺に何か用ですか?」
ディアベルの周りに、男――――ヒースクリフという名の知り合いは存在しない。
ならば現実世界での知り合いなのかと思いきやそうでもない。記憶違いな訳がない。何よりも、ヒースクリフのような独特の空気を纏った人間と会えば、忘れるわけがない。そう断言できるほど、ヒースクリフは強烈な何かを纏っていた。
そして問題のヒースクリフは、理由だけ簡潔に告げる。
「君をスカウトしに来た」
「スカウト……?」
話が読めない。
ディアベルはヒースクリフの意図を読み取ることが出来ずに、眼を丸くして彼の放った単語を繰り返す。まるでそれは確認作業のようで、意味を確かめるべく繰り返す。しかし、ディアベルには全く意味がわからなかった。
疑問に答える訳でもなく、ヒースクリフは周囲を見渡し、問いを投げる。
「彼らが、君のギルドメンバーかな?」
「そうですが……」
それが何か?
と、疑問を投げる前に、ヒースクリフは項垂れているメンバー達の近くまで足を運ぶと。
「――――諸君」
その声は、耳を通り、直に声の向けた人物の芯に訴える声だった。
現に、項垂れていた五人のメンバー達は一人また一人とヒースクリフの方へと向ける。全員がヒースクリフへと顔を向けるのに、そんなに時間はかからなかった。
「君達は、フロアボスの攻略に失敗した」
事実だけ伝える。
それは如何に彼の胸を抉るようなものか知った上で、ヒースクリフは続ける。
「その結果、『アインクラッドナイツ』は壊滅状態にあり、精も根も尽き果てんばかりであっただろう。昨日まで談笑していた隣人の姿は消え、君達の下から去った」
突きつける現実に、再びプレイヤー達は自分の殻に篭もるべく顔を俯かせようとするも。
「だが――――諸君はここにいる」
ヒースクリフが許しはしなかった。
力強い言葉に、再び僅かながらプレイヤー達は顔を上げる。
「見渡してみたまえ、君達の隣りにいる者を。フロアボスに蹂躙され、心が折れて去る者、自分勝手に消える者が居る中、この場にいる戦友達の顔を――――」
言葉通り、プレイヤー達は見渡す。
それは姿は違えど、眼は暗い物を宿している。鏡のようで、彼らは同じ眼をしており、彼らもそれを認めた。
「君達は絶望を知った、だがそんな有様になろうと、君達が残った理由は何か。君達が今まで突き動かしてきた理由は何か。考えて見るのだ――――」
彼らがこのギルドに所属した理由。
それは何か、彼らは考える。それは――――。
「そう。それは――――攻略だ」
攻略。それこそが、彼らの共通の目的だった。現実世界に帰還を果たす、それこそが彼らの共通の目的。
ふつふつ、と生気が宿っていく。彼らの目的を思い出せたヒースクリフの言葉に、彼らは徐々に顔を上げていく。
「君達を突き動かしてきたモノを忘れるな。君達の原動力となっていたモノを忘れるな――――」
ヒースクリフの言葉が燃料となり、燃え散っていた彼らの心に再び火をつけていく。
一人立ち上がり、一人立ち上がり、また一人立ち上がる。不思議とヒースクリフの言葉は彼ら力を与えていた。カリスマ、と言うのだろうか。ヒースクリフにはそれが備わっており、後ろで聞いていたディアベルもいつの間にか両手の拳を握りしめていた。
「最前線で身を削る戦いをした勇者達よ、私は尊敬する。君達は誰よりもこの世界を真剣に、生きてきた」
ヒースクリフは両手を広げる。
まるで全員を受け入れるように、何もかもを彼という名の器に収めるように。
「この現状を作った者を許すな――――」
言葉は力となり。
「この世界を作った者を許すな――――」
彼らを再び。
「茅場晶彦を絶対に許すな――――」
立ち上がる力を与えた――――。
「勇者達よ、もう一度その手に剣を手に立ち上がって欲しい。『アインクラッドナイツ』は死んだ。だが諸君は生きている。ならばもう一度立ち上がろう、そして再び前に進もう。勇者達よ、君達の力を私に貸して欲しい――――」
彼らの眼には生気が宿っていた。
もはや項垂れていた彼らはどこにもいない。ただあるのは、前線にいたトッププレイヤー集団である『攻略組』としての矜持のみ。
全員が全員、立ち上がりヒースクリフへと視線を向けている。真っ直ぐに、今度こそ折れることのない眼で、ヒースクリフへと向けていた。
それを後ろで見守っていたディアベルは感嘆な思いで。
――凄い……。
――言葉だけで、こんなに……。
自分には出来なかったことを、ヒースクリフという男はあっさりとやってのけてしまった。
絶望の淵にいる人間を拾い上げる。まるで救世主のようで、希望の象徴とも言える偉業を、彼は意図も容易く現実のものにしてしまった。
ディアベル本人も、心で燃える何かを感じる。
熱さが伝染するように、ディアベルもヒースクリフの言葉に立ち直っていた。
そんなディアベルに対して、ヒースクリフは振り向き。
「ディアベル君、私は君をスカウトしに来た、と言ったね?」
「――――はい」
ここでディアベルは、目の前にいる希望が何を言わんとしているのか理解した。
スカウト、つまりそれは引き抜きを意味しているのだと。
そしてヒースクリフもディアベルが理解したのを承知の上で、笑みを浮かべて手を差し伸ばす。
「私のギルドに入り、君の力を貸して欲しい」
「俺が……?」
理解は出来るが、頭が追いつかない。
自身の結成したギルドの舵取りすら満足にできなかった自分に、ヒースクリフの力になれるなんて到底思えなかった。
しかしヒースクリフはディアベルの懸念を否定するように、やんわりと横に振り。
「君の力が必要なのだ。ディアベル君、私に君の力を貸して欲しい。私のギルド『血盟騎士団』の副団長として――――」
「――――」
そこで、ディアベルの方針は決まっていた。
突如現れた謎のプレイヤーに、ディアベルはいつの間にか心酔していたのだ。彼の言葉はディアベルの心に響き渡り、もう一度立つ力を与えてくれた。絶望の淵に立っていた自分を、彼は引き上げてくれた。
ならば、ディアベルの行動は一つしかない。彼の力になる、それだけしかなかった。
「ヒースクリフさん、いいえ――――団長」
それだけ言うと、差し出された手を取る。
どこまでこの人の力になれるかわからない。それでも、手放すことがないように誓いにも似た言葉を告げる。
「俺は貴方の盾となり剣となる。存分に俺を使って下さい」
――準備は整った。
――アインクラッドナイツが壊滅状態にあったのは、嬉しい誤算だった。
――予定よりも早いが、私のギルドを作った。
――それも仕方ないだろう、イレギュラーだらけだったのだから。
――本来、彼が『二刀流』を手にする筈がなかった。
――アレはユウキ君に与えたもの。
――反応速度が誰よりも優れていた彼女に与えた物だった。
――しかし、彼はそれを手繰り寄せた。
――あろうことか、エリュシデータすらその手にしていた。
――面白い、本当に面白い。
――そして、優希君だ。
――単身で、フロアボスを攻略するとは思わなかった。
――私すら考えも及ばない力を用いて。
――理不尽な世界を憎み、自身を怒りで燃やし尽くす。
――自分すら破壊しかねない強い意思の黒い炎。
――優希君とキリト君。
――彼らは面白い、実に面白い。
――彼らならば、私の目的を完遂してくれるだろう。
――彼らならば、私の前に立ちふさがってくれるだろう。
――彼らの強い意志の力。
――机上の空論に過ぎなかった『心意システム』
――『心意』を用いて、彼らは私と対峙することだろう。
――それで私はようやく……。