ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 かたかたなるさん、Fortunaさん、glintさん、誤字報告ありがとうございます!

 というわけで、アインクラッド編の最終章となるVol3でございます。
 FGO風のセリフ、ステータスが見たいという要望が多くて、ちょっとビックリしている今日この頃。皆さんのご希望に添えれるように、作成しておりますので待っていただければ幸いです。

 投稿するのに基本予約投稿なのですが、いつ投稿するとお知らせしたほうがいいのか迷っている今です。
 そうなるとTwitterフル活用なのですが、どうしよう。


Vol.3 蒼炎の殲滅者
第1話 その後のアインクラッドの恐怖


 2023年2月22日 AM9:30

 第十八層 主街区『ユーカリ』 宿屋一室

 

 

 ユーカリのとある宿屋の一室に差し込む強い日差しを顔面に浴びて、ユーキは目を覚ました。

 右手で瞼を擦りながら、彼は気怠げにゆっくりとした動作で上半身を起こす。窓の外を見れば曇り一つのない快晴。蒼い空が空いっぱいに広がっており、太陽光は容赦なく十八層の大地を照らし続ける。

 

 ぼんやりと、慣れたものだ、とユーキは感想をもらした。

 その矛先は自分自身。こうして朝に起きて、太陽が落ちれば主街区に戻ってきて、夜には宿のベッドに身体を預けて床に伏す。

 数日前からは考えられない生活リズムである。今までユーキは身体を休めることなく、それこそ不眠不休で、飲まず食わずで酷使し続けてきた。彼の強烈な意思と、鋼の精神で食欲と睡眠欲をねじ伏せてきた。

 

 しかし、今はどうだろうか。

 真逆とも言える生活を、彼は送っている。

 空腹を感じれば何かを食し、喉が渇けば水分を摂取し、眠くなれば眠る。誤魔化すことなく、人間の営み通りに彼は生活していた。

 これが普通なのだろが、未だにユーキは違和感を感じている。かと言って、無茶をすれば仲間達に怒られる。

 

 もっと具体的に言えば。

 アスナから怒られて、キリトには嫌味を言われて、リズベットに呆れられた、エギルには笑われ、ユウキに泣かれて、ストレアからは実力行使と言わんばかりに身体で纏わりつかれる。

 彼から見たら、それはとても鬱陶しい状況であり、回避したいモノであった。

 

 だからこそ、最初は普通の生活を送っていたのだが。

 

 

 ――我ながら、単純なもんだ

 ――こんな直ぐに順応しちまうとは、思わなかった。

 

 

 ガシガシ、と寝起きの悪いユーキは自分の頭を掻きながら、ふと何かを感じてそちらに眼を向けた。

 それは視線、誰かがジッと自身を見つめてくるのを、ユーキは感じ取る。

 

 そこに居たのは。

 

 

「えへへー」

 

 

 彼の妹である――――ユウキであった。

 彼女は何をするわけでもなく、ニコニコ満面の笑みで満足気に兄を見守っている。

 

 一瞬だけ、ユーキの身体が固まった。

 何をしているのか少しだけ考えて、今日はコイツか、とまるでいつも寝起きを見られているかのような感想を心の中で漏らすと、溜息を吐き呆れた口調で。

 

 

「一応聴くが、オマエ何してる訳?」

「にーちゃんの寝顔見てたんだよ!」

「……少し悪びれよ。つーかよぉ、オレなんぞの寝顔見て何が面白ぇんだ?」

「面白いじゃなくて、嬉しいかな? ボク達が一緒に居た頃、にーちゃんの寝顔なんて見れなかったでしょ? それが見れて、何だか嬉しくって……」

「…………」

 

 

 えへへ、とはにかんだ笑みを零し、照れた笑みを浮かべるユウキに対して、彼は何も言えず沈黙する。

 

 ユウキの言葉通り、彼は今まで寝顔なんて見せることがなかった。

 機会がなかったといった方が正しいのかもしれない。フルプレートのツギハギの鎧、頭部を覆う他人を威圧するかのような兜、そんな装備で今まで彼は行動していた。身体を休める何て真似をする訳がなく、ずっと休まずに活動をしていた。

 

 当時の状況を考えてみれば、こうしてユウキと会話らしい会話をしている状況ですらありえない程だ。

 それがユウキにとって『嬉しい』という感情のスパイスとなっているのか、彼女は笑みを増す一方である。

 

 対して彼は溜息を吐きながら。

 

 

「……どうでもいいが、そのだらしねぇニヤケ面を引っ込めろ。見ていて鬱陶しいことこの上ねぇよ」

 

 

そんな文句を聞いてもユウキは揺るがなかった。

笑みを浮かべたまま、元気よく。

 

「ごめんね、にーちゃん!」

「……オレの言葉、わかってるオマエ?」

「うん、わかってるよ!」

 

 

 ここで言うところの、今のユウキは有頂天の極みと言ってもいい。機嫌が良すぎて、喜怒哀楽で『喜』という感情しか今の彼女の中に存在しないのだろう。

 それだけ彼と家族になれて嬉しいのか、彼と会話らしい会話が出来て嬉しいのか、彼の寝顔が見れて嬉しいのか。

 

 妹の喜色を一身に浴びて、もういい、と簡単に口にするとベッドから起き上がり。

 

 

「他の連中は?」

「えーと、キリトとリズが一緒に素材集めに行って、アスナとストレアがにーちゃんが起きるのを待ってて、エギルは知らないや。今日見てない」

「そうかよ」

 

 

 それだけ言うと、彼はメインメニュー・ウィンドウを開き、装備画面を開く。

 マヌケな寝間着姿から、簡単な私服姿に装備を変えようとしていた所へ。

 

 

「それじゃ早く来てよね、待ってるよ!」

 

 

 それだけ言うと、ユウキは満足気でご機嫌に鼻歌を歌いながらその場から出ていった。

 

 彼はその言葉に答えない。

 ウィンドウを数度タッチして、寝間着から簡単な私服に着替えて、彼女とは対称的な重い足取りで部屋を後にした――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 2023年2月22日 AM10:01

 第十八層 主街区『ユーカリ』 商業エリア

 

 

 ユーキが一人で攻略することを止めて、仲間達の下へ戻ってきてから一週間が経過していた。

 それ以外は元の状況へ元に戻っただけである。キリトと口論をして、アスナが困ったように笑い、リズベットが呆れながら仲裁に入る。変わったと言えば、その中にユウキやストレアが入り、偶にエギルやキリトの友達であるクラインという男性プレイヤーが入るくらい。

 あとはいつも通り。第一層で共に行動していた昔の関係に、彼らは戻っていた。

 

 そんな中、当事者であるユーキの視線は前にいるユウキとストレアに送っている。

 ポーションなどの消耗品の買い出しその為に、彼らは商業エリアへと買い物にやって来ていた。人混みが鬱陶しい、そんなことを言いたげな表情で、言葉は隣を歩いているアスナへと向けて。

 

 

「いい加減、オレに寝起きドッキリかますのやめろ」

「えー、どうして?」

「どうしてもクソもあるか」

 

 

 談笑し合う生き違うプレイヤーにも、露店で客を呼び込むNPCにも負けないくらいの大きな溜息をしながら、ユーキは話を続けた。

 

 

「起きて早々、ンでオマエらの面を拝まねぇとならねぇんだ? そもそも、ローテーション組んで来る意味がわからねぇよ」

 

 

 今日はユウキ、昨日はストレア、一昨日はアスナ。

 こうして三人は順繰り順繰り、順番を変えてユーキを起こしに突撃していた。いいや、“起こす”という表現には少しばかり語弊があった。

 彼女達はユーキを起こす行動は取らないし、声すらかけなかった。どこか見守るかのように、時に笑みを零し、時にジロジロ観察して、時に寝息を視聴するように。彼女達は各々のスタイルで、ユーキの寝顔を観察していた。

 

 今朝のユウキの姿、そして今までのアスナ達の行動を思い出しながら、うんざりした口調で続ける。

 

 

「普通に起こすならいい、考えても見ろ。起きたらオマエらがいる。しかも何をするでもない、オレの顔をただ見てるだけだ。こりゃただのホラーだろ……」

「そうかなー、これが普通だと思うけど」

「普通じゃねぇよ。ちょっと普通の意味を調べてこいよ優等生」

 

 

 呆れた口調で言うユーキに対して、アスナは「ごめんね」とクスクス笑みを零して。

 

 

「でも、アレには監視の意味もあったんだよ?」

「監視、だと?」

 

 

 怪訝そうに問うユーキに、アスナは頷いて。

 

 

「また君が無茶しないかって監視」

「……武器がねぇんだ、無茶しようがねぇだろ」

 

 

 今まで彼が使っていた石斧剣はキリトとの決闘の際に折れてしまっている。残る武器といえば、以前にリズベットに返却していた剣しかない。その強化の為に、キリトやリズベットは素材を集めに勤しみ、エギル達が協力している。これが彼らが十八層に留まっている理由である。

 

 武器がないのだから戦いようがないし、無茶も出来る筈がない。

 そんなユーキの言い分を否定するように、アスナはやんわりと首を横に振ると。

 

 

「それでも君なら戦いそうだもん」

「……オマエの中のオレは、どんなだよ。それじゃバーサーカーじゃねぇか」

「バーサーカーだったでしょ、君は」

 

 

 言い返せなかった。

 確かに、彼は今まで我武者羅に前だけを見いて進んできた。その姿を他人が見れば狂戦士に映り、大いに恐怖を植え付けてきたことだろう。それはユーキも自覚している。それだけ必死だったのだろう、と彼は当時の状況を振り返った。

 

 それを考えれば、なるほど確かに。

 以前の彼ならば、『アインクラッドの恐怖』としての彼ならば剣を失った所で、歩みを止める筈がない。市販に並べられている武器を調達し、強化する時間すら勿体無いと、素材集めもせずに前進していくことだろう。

 だがそれも以前の彼であればの話しだ。

 

 状況は変わった。

 自分だけが進み、ボスを攻略した所で意味がないのだと、ユーキはようやく理解していた。

 一人で進んだ所で、誰かに迷惑をかけてしまう。だが止まるつもりもない、ユーキのあり方は変わらない。自己否定をしながら、自分を犠牲にしてでも、敵を多く斬る。それは何があろうと変わらない。

 ただ彼は止めたのだ。一人で進むことを止めて、足並みをそろえて進むことを彼は選んだ。自分一人でどうにかしようとせずに、全員で力を合わせてこの世界を生き抜くことを選んだ。それだけに過ぎない。

 

 そんなユーキの心境の変化を理解しているアスナだからこそ、当時のユーキがバーサーカーであると冗談半分に指摘することが出来ていた。

 彼女はそのまま、笑みを絶やさずに続ける。

 

 

「キリト君、張り切ってたね。ユーキ君の剣を早く完成させて、決着をつけるんだ、って」

「野郎とは勝負がついた筈なんだがな。何を拘ってるんだか」

「そう言う君も、何だか楽しそうだと思うんだけどなー?」

「楽しい訳あるか。野郎は気に入らねぇし、鬱陶しい事この上ねぇ。だから叩き潰してやりたいだけだ」

「ふーん?」

 

 

 ジト目でどこか見透かすような視線を向けられ、居心地が悪く感じたのかユーキはそっぽを向いてしまう。

 そんな彼に助け舟を出すのが。

 

 

「にーちゃーん!」

 

 

 妹であった。

 彼女はブンブンと勢い良く手を振り、元気よく兄に向けて満面の笑みを送っている。

 

 対してユーキはぎこちない表情を浮かべて、右手を上げて応じるのみ。

 その様子はぶっきら棒きわまりないもので、捉える人間が違えばもしかしたら不快に映るモノかもしれない。しかしユウキは違ったようで、彼女はそんな対応でも満足するかのように笑みが深まるばかり。

 

 そんな一連の兄妹のやり取りを見ていたアスナは不思議そうに問いを投げる。

 

 

「どうしたの?」

「何がだ?」

「何がって……」

 

 

 変な所を指摘しようと探すもそれは“ありすぎた”。

 まず雰囲気もそうだが、ユーキの表情がぎこちない。それは妹に向けられたモノではなく、家族に向けるものではもない。突然街を歩いていたら知り合いに声をかけられたので、どうするか考えて応じた、といったモノに近い反応である。

 

 当の本人であるユウキは気付いてない。それだけ彼女はユーキをにーちゃんと本人に呼べるようになって嬉しいのだろう。気付く余裕がなかった。しかしこれでは気付くのも時間の問題と言える。

 

 いちいち指摘してもキリがない。

 だからアスナは簡潔に感想をもらした。

 

 

「色々と変だよ? ユウキと何かあったの?」

「……何もねぇよ」

 

 

 それだけ言うと、ユーキは少しだけ考えて。

 

 

「……そんなに、わかりやすいか?」

「うん。ユーキ君って、分かりにくいけど分かりやすいもん」

「どっちだよ……」

 

 

 億劫そうに呟くユーキに、アスナは「まぁまぁ」と言葉を濁して。

 

 

「それでどうしたの、相談なら乗るよ? わたし、君のお姉さんだし」

「オマエ、まだその路線で行こうとしてんのか? もう手遅れだって気付かねぇのかよ」

「うるさいなぁ、わたしの方がお姉さん何だもん! もっと頼ってくれてもいいじゃない!」

「ガキの頃から浩一郎兄と一緒にオマエの世話してから、今更感がハンパねぇんだけど?」

 

 

 それだけ言うと、ユーキは溜息を吐きながら幼いころの記憶を思い出す。

 アスナが泣けば携帯していたビスケットを分け与えて、転んで痛い痛いと泣けば慰めていた。アスナの兄である浩一郎はそれを見ていい笑顔でサムズアップばかりしていた、とユーキは思い出しながら。

 

 

「アイツに問題はねぇよ。問題があるのはオレだ」

「どうしたの?」

「まぁ、なんだ……」

 

 

 どこか気まずそうに言い淀む。

 こんなユーキを見るのは初めてかもしれない。何事も物怖じせずに、ズバズバとモノを言うのが彼だ。幼い頃から一緒にいるアスナは珍しい光景を眼にしながら、次のユーキの言葉を待つことにした。

 しかしその内容は、ユーキらしくない言葉であり。

 

 

「――――距離感が、掴めねぇ」

「――――え?」

 

 

 耳を疑う言葉であった。

 アスナの知る茅場優希と言う人間は、人見知りする人間ではない。むしろその真逆、猫被れば社交的な彼に化けれるし、笑顔という仮面を被ることが出来る。他人と話す事に、何の支障もないし、苦痛とも思わない。本性とは裏腹に社交的、必要であれば自分から積極的に他人と関わろうとする。そんなわけで、彼には友達はいないが、知り合いが数え切れないほど存在する。

 誰が言ったか、茅場優希は『コミュニケーションモンスター』である、と。

 

 そんな彼が人との、距離感が掴めない。

 ユーキをよく知るアスナからしてみたら、耳を疑う言葉であり、目を丸くするには充分過ぎるものだった。

 

 だがユーキの言葉を聞けば、その理由も納得がいくモノに変わっていく。

 

 

「いきなり兄貴面するのは、虫が良すぎる気がしねぇか……?」

「あー……」

 

 

 なるほど、とアスナは納得した。

 変な所で真面目な彼らしい、と理解した上でアスナは問いを投げる。

 

 

「ユウキが君の妹だってわかったのは何時ぐらいから?」

「妙だと思ったのは五層の辺りからだが、確信に変わったのは十七層からだ」

 

 

 初めて会ったのは、第二層からだった。

 何を言っても彼の後を追いかけて、その背中を守ってきた紫ローブの少女。その少女が家族だとわかると、いきなり兄として振る舞えるほどユーキは器用ではなかった。

 彼女に対して、どうやって振る舞えば良いのかわからない。兄として、妹になにをしてやればいいのかわからない。何よりも、いきなり兄として馴れ馴れしく接するのが気が引けた。自分のようなクソのような存在が、彼女の兄として振る舞っていいもなのかどうか。彼はずっと悩んでいた。

 

 自己評価が極めて低い彼らしい理由でもある。

 軽く奥歯を噛み締め、思い悩むユーキにアスナは簡単に言葉を送った。

 

 

「――――良いんじゃない?」

「あぁ?」

 

 

 ユーキはアスナの方を見ると、彼女は優しく微笑んでいた。

 彼の悩みをしっかり受け止めた上で、彼女は笑みを浮かべたまま続ける。

 

 

「お兄ちゃんとして、振る舞って良いと思うよ?」

「……ンな訳あるか、オレはアイツに何度もキツイ事を言ってきたんだぞ」

「それは、ユウキを守るためでしょ?」

 

 

 最低限に巻き込まないように、フロアボスの攻略に着いてきて無駄に命を散らさないように、ボスを攻略する際には彼女を遠ざけてきた。

 時には騙し、時には嘘をつき、時にはストレアを使いフロアボスから遠ざけてきた。彼の無茶な行動に追随して、ユウキが倒れた際には主街区まで運んだこともあった。

 

 勿論、それを他人に話したことはない。

 全てはアスナの憶測、しかし事実でもある行動を言い当てて、アスナは続ける。

 

 

「ユウキもわかってるんだと思うよ? だからユーキ君をあんなに慕っているんだと思うし、お兄ちゃんみたいに振る舞ってほしいんだと思うけど」

「それは、妹としての意見か?」

「ううん、女の子としての意見だよ」

「同じようなもんだろ……」

 

 

 それだけ言うと、ユーキは空を見上げた。

 兄として振る舞う。それはどんなことをしてやればいいのか、彼は未だに回答を得ていなかった。しかし回答を得てしまえば、それは決定的なモノへと変わる確信がある。

 決定的なモノ――――それは幸福。

 

 数日前、彼は「ユウキは一人で充分苦しんだ、これ以上一人にさせることは出来ない、家族になろう」と提案し、ユウキはそれを承諾した。

 それまではいい、問題はその後だ。自分のような終わっている人間に、可愛い妹が出来た。それだけで幸せだというのに、こうして妹は自分を兄と慕ってくれている。これ以上の幸福はないだろう。それに――――。

 

 

 ――オレには出来すぎた妹だ。

 ――勿体無い極まる。

 ――本当にこれでいいのか?

 ――オレのようなクソッタレが、人並み以上の幸福を手に入れて良いのか?

 

 

 ギュッと、悔しそうに拳を握りしめる。

 この問答の答えは既に出ている。自分は幸せになるべきではないと、最初から答えが出ている自問自答であった。終わらない問答、答えが出ている問いはそこで終わりを告げた。

 

 そこに不意に――――。

 

 

「にーちゃん……」

 

 

 恐る恐る、と言った口調でユウキが声をかける。

 視線は恥ずかしそうにチラチラ、と彼を見つめて、いつもストレートに物を言ってくるユウキからは考えられない奥床しさがあった。

 

 ユーキは視線を空から妹へと移して、ぶっきら棒に問いを投げる。

 

 

「……どうした?」

「あのね、迷惑じゃなかったら……」

 

 

 おずおず、と手を伸ばして。

 

 

「ボクと、手を繋いでくれないかな……?」

 

 

 長らく、一人で居たことへの反動だろうか、ユウキは家族として、妹として、兄と手をつなぐことを希望していた。

 未だにユーキは兄として、彼女に何をしてやれば良いのか思いつかない。故に、ユーキは呆れた口調で彼女に応じることにした。

 

 

「ガキか、オマエ?」

「ダメ……だよね……」

 

 

 しゅん、と意気消沈するユウキに、キュッと口を引き締める。どこか今にも泣きそうなユウキを見て、そんな顔をさせられないと胸の奥で熱い気持ちが湧き上がるのを感じる。

 どう振る舞ったら良いのか、直ぐにわからなくても良い。だがここだけは。

 

 

「……ほら」

「……え?」

 

 

 この場面だけは、これが正しい行動である筈だ。

 そう言いたげに、ユーキは行動を移す。右手をユウキに差し出して、粗暴な口調で続ける。

 

 

「――――手、繋ぐんだろ?」

「――――うん!」

 

 

 ニッコリと笑みを浮かべて、元気よくユウキは兄の手を握った。

 感触を何度も確かめるように、何度も弱く握り強く握る。それを繰り返していると、今度は兄の方から握り返してくる。それが嬉しいのか、またユウキは笑みを深めていく。

 

 世間一般的に見れば珍しい兄妹の姿に、ストレアはどこか不満そうな口調で。

 

 

「いいなぁ、アタシも抱きつきたいなー」

「す、ストレアはダメよ!」

 

 

 両手を広げて、ストレアの行く手をアスナが遮る。

 勿論、それに対して不満に思わないストレアではない。ブーブーと口を尖らせて、抗議に移った。

 

 

「えー、どうしてー?」

「貴女はその……凄い武器持ってるもの……!」

「何それー?」

「そ、それは……。とにかくダメ! ズルいものそれ!」

 

 

 それを見ていたユーキは面倒くさそうな口調で言葉を吐き出した。

 

 

「下らねぇこと言ってねぇで、さっさと行くぞ」

「待ってよー! アタシもアナタの手握りたい!」

「ウゼェから嫌だ」

「ちょっとくらい良いでしょー!」

 

 

 ストレアが子供のようにワガママを言い始めるが、ユーキはそれを無視するように先に進む。その間、右手はずっとユウキと繋いだままであり、離すことは一度もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日前では見られなかった光景。

 アスナはそれを見て、微笑みを浮かべていた。

 

 

 ――何かいいな、こういうの……。

 ――ユーキ君、楽しそうだもんね……。

 

 

 ユーキが戻ってきて、以前のように行動を共にしていた。

 前のように戻ったという言葉の通り、ユーキは偶に苛立ちを募らせる。それは誰に対する訳でもなく、自分に対してなのだろう。こうして穏やかに過ごす自分が許せなくて、彼は以前のように苛立ちを募らせる。

 

 しかしそれと同時に、笑みを浮かべることも増えていった。

 満面の笑み、とは程遠いそれは、アスナ以外から見たら、まだまだ笑みとは言えない代物。口元が少しだけ緩んでいるだけに過ぎない。

 

 しかし、アスナは理解していた。

 アレがユーキの笑みであると、アスナだけが理解していた。見ることが出来なかったモノ、見たいと願ってきたモノがここに来て漸く眼にすることが出来た。

 それが何よりもアスナにとって嬉しいものであった。

 

 そんなアスナに。

 

 

「何している。置いてくぞ」

 

 

 立ち止まり、振り向いてユーキは待っている。

 進むだけだった彼が、こうして自分を待っている。アスナは満面の笑みを浮かべて、彼に追い付くのであった――――。

 

 




→ユーキ
 通称:アインクラッドの恐怖。
 主人公。最近丸くなり、新しく出来た妹に対して兄としてどうやって振る舞えば良いのか模索中。
 シスコンではない、と言っているがユウキのことを『可愛い妹』や『自分には勿体無い』と思っている時点でもはや手遅れ。
 丸くなったと言っても、キリトには相変わらず塩対応。素直になれないお年頃。
 後々の『シスコンの恐怖』その人である。
 好みのタイプ:メガネをかけた五歳くらい上の寮母系女子
 あと凄いモテない。

→アスナ
 通称:紅閃
 丸くなったユーキをいつもニコニコ、おはようからおやすみまで見つめている幼馴染。
 大好き、と言っているが、意識を失ったユーキには届いてない。最近は結婚システムに興味がある。
 数年後『発砲妻』と呼ばる後輩的なメガネ系女子と修羅場ることになる。


→リズベット
 通称:クリエイター
 ギルド『加速世界』の姉御肌。最近はアスナと恋バナをするのが趣味であり、歳下のユウキにも世話を焼き、ストレアにも懐かれている。
 いつの間にか異名持ちとなっており、戸惑いを隠せない。
 はじまりの英雄と紅閃の装備を作っている鍛冶師ということで、注目を浴びている。広めたのはどう考えても、アイツ。はじまりの英雄を広めたことと言い、暗躍しっ放しである。理由も子供っぽいもので、「リズベットが無名なのはどう考えてもおかしいだろ」という理由。
 ちなみに知名度は はじまりの英雄>>紅閃>>クリエイター>>>>>ユーキ
 誰も彼がアインクラッドの恐怖だとわかっていないので、是非もないのである。


→キリト
 通称:はじまりの英雄
 最近漸く、ユーキと決着が付いた――――訳でもなく、先日の決闘は無効と言い張る。
 言い分も、アインクラッドの恐怖としてのアイツじゃなくて、俺達の仲間であるユーキに勝ちたい。だからあの勝負は無効だ、とのこと。
 本当の理由は、負けるユーキが見たくないという感じのサムシング。
 決闘の最中、エリシュデータという魔剣、二刀流というユニークスキルを手にしたものの、能力に振り回されている感が否めないので、絶賛鍛え直している。最近はエリシュデータを満足に扱うために、筋力値も上げている。その際、ユーキの『貧弱マン』というあだ名をつけられて、言い争いをしたのはいつものことなのでスルー。
 何気に、ユーキの武器強化に一番一生懸命なのが彼である。
 あとすごいモテる。

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