ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 glintさん、誤字報告ありがとうございました!
 
 リクエストのあった、FGO風のステータスを活動報告に投稿しました。
 ユーキではなく、アインクラッドの恐怖としてのステータス。ここ、重要。
 保有スキルとか、ステータスとかはないマテリアル風だけど良かったら見て下さい。

>>リクエスト募集してますが、その大半はキリト♀×ユーキの絡みを希望したものですが、どう思いますか?
後輩「私、本編で出番ないから、カメラが映ってないとこで先輩をマーキングしていたのに……」
後輩「本当、ショックだわ……」
後輩「でも、先輩が幸せならOKよ(サムズアップ&グッドスマイル」

先輩「いいや、幸せじゃねぇんだけど。……ん、いや待て。マーキングってなんだ?」

※注意、これは本編と何の関係もありません。変態な後輩はいません。マーキング(意味深)もしていません。



第3話 カーディナル

 時間時刻 不明

 『宙の外』

 

 

「なん、だ……?」

 

 

 ギルド結成クエストをこなし、最奥の石像に触れる。それだけで、クエストは完了し、晴れてギルド結成出来る――――筈だった。

 音もなく、視界が眼も眩む光に飲み込まれる。しかし、それは長くは続かない。一秒も経たずに収まると、彼――――ユーキから見た景色は一変していた。

 

 彼は先程まで、第三層の薄暗い洞窟に居た。

 洞窟の奥の、更に奥。地上の光すら届かない地底で彼は仲間達と行動していた。

 

 だが、彼の視界にあるのは、そんな暗黒の世界ではない。

 空は夕闇に染まり、それ以上太陽が静まることはなく停滞している。地面には舗装された白い石造りの道。その先には小さなアーチ状の石橋が向こう岸にかけられており、その橋の下には弱く水が流れている。

 そして、石造りの道の両脇には花壇。様々な色合いの花が植えられて、計算し尽くされたような色彩。相反する華やかさと厳格さが、見事に融合されている。

 

 どこかの王宮の庭園を彷彿とさせる見事な花壇。

 だが、注目するのはそれではない。

 

 彼は前を見据える。

 更に奥に。アーチ状に作られた石橋の先。更に奥へと、見つめる。

 来る者を威圧するかのような紅い建物。いいや、建物というよりもアレは城と分類したほうが正しいのかもしれない。あの城に入ることも難しければ、出ることも容易ではない。そんな印象を叩き込むには、充分過ぎる程の紅い城。

 見事な建築物とも言えるだろう。現実世界においても、彼に映っている景色は存在せず、空想の物語でも見れるかどうか、と言うほど絶佳な景色が広がっていた。

 

 

 そんな景色が広がっていようと、ユーキの関心はそこにはない。

 彼は辺りを見回す。もちろん、景色を見るためではない。どこか慌てるように、必死に辺りに視線を送る。

 

 

「アイツらは、どこにいった……?」

 

 

 気配は――――ない。自分を含めて四人で行動していた。故に、この場にあと三人程の気配がないとおかしい。

 この場にいるのはユーキ一人だけだった。いくら探そうが、辺りを見ろうが結果は変わらない。現実離れした世界、物語に出てくるような景色、現実からも仮想からも隔離された幽世。そんな世界に――――ユーキだけが存在する。

 

 思考が追い付かず、判断も鈍くなる。

 ユーキは苛立ちを隠せずに「チッ」と大きく舌打ちを打つ。

 クエストが完了していようが、何かしらイレギュラーが起きろうが、とにかく彼女達と合流しなくてはならない。

 これが普通のMMOであれば、悠長に構えていれば問題ないのだが、生憎と彼らが行っているのはデスゲームと化したMMO。仮想世界の死は現実世界の死に直結する死の遊戯。油断など出来るわけがなかった。

 

 

 ――クソッタレが。

 ――あの野郎がアスナ達と一緒に居るのなら、問題はねぇ。

 ――だが、確証がない。

 ――全員、バラバラに散った可能性すらある……。

 

 

 とりあえず、ここがどこなのか。

 情報収集に努めようと、彼は一歩踏み出すも――――。

 

 

「――――ふむ、急造の突貫工事にしては、上手く出来たものじゃ」

 

 

 背後から声が聞こえる。

 ユーキは振り向きはしない。そのまま進行方向の飛ぶと、空中で身体を反転させ、地面に着地して漸く背後の声の主を視界に収めた。

 

 背丈は小さく、容姿は幼い、見た目は少女。長い黒い髪の毛で、額の辺りで、前髪が切り揃えられている。

 いつの間にか現れた少女は、いつの間にかあった白色のテーブルの前の席に座っていた。

 奇妙な姿であった。どこか浮世離れしたような雰囲気、だが身につけている衣服はボロボロの布一枚を被っているだけである。

 何よりも“奇妙”なのが、少女の頭上にプレイヤーカーソルであるアイコンが存在しないことだ。ならばNPCなのか、と疑問に思うもそういう訳ではない。少女の表情、様子は人間のそれである。

 

 正体不明の少女に対して、ユーキは警戒心を強めていく。

 

 

「オマエ、は――――」

 

 

 腰に収めている両手剣に手を伸ばそうとするも、そこには何もなかった。

 自身の信頼する獲物が消えた現実を知ると同時に、警戒されていた少女は口を開く。

 

 

「おぬしと友好的な話をするために童の格好をしたというのに、これでは意味がないのう?」

「…………」

 

 

 無表情で軽口を叩くも、ユーキの警戒心は解かれることはない。

 何せ、仲間の姿はなく、ここがどこなのかもわかっていない。おまけに、視界には正体不明の少女。これで警戒するなというのがおかしな話である。

 

 ユーキは少女を睨みつけたまま、剣呑な空気を言葉として吐き出した。

 

 

「テメェは何だ?」

「……そうじゃな、一先ずおぬしの問に答えることから始めるとするか」

 

 

 それだけ言うと、少女は己の名だけを無感情に口にした。

 

 

「わしは――――『カーディナル』という。おぬしにはそれだけ言えば通じるじゃろう」

「な、に……?」

 

 

 聞いたことがある名であった。

 それは『ソードアート・オンライン』を制御するシステムの名称。彼はそんな説明を従兄弟である茅場晶彦に聞いていた。

 

 そう、システムだ。所詮、システムに過ぎない。

 NPCのように規則に則ったアルゴリズムがあるわけでもなく、AIのように独自の思考回路があるわけでもない。カーディナルとはシステムに過ぎない筈である。

 だが、ユーキが相対している少女は人間そのもの。感情が乏しいものの、確かにそれは存在する。ただの『システム』とは思えない。

 

 少女がカーディナルと名乗ると、思わず眼を丸くさせる。

 だがそれも一瞬の事。直ぐに調子を取り戻して、ユーキは警戒心を解くことなく問いを投げる。

 

 

「アイツらはどこだ?」

「第三層に置いてきたぞ。今はおぬし達に話しがあるのでな」

「オレ以外にもいるのか……?」

 

 

 少女は頷き、続ける。

 

 

「はじまりの英雄――――と、言えばわかるじゃろう」

「……姿が見えねぇが?」

「おるとも。ここに、この場所に」

 

 

 意味がわからない。。

 怪訝そうな顔つきのまま、再度ユーキは問いを投げようとするが。それは一人でに動いた。

 

 カーディナルと名乗る少女の向かいの席が、一人で動く。

 まるでその動きは、座るために誰かが引いたかのような動きだった。

 

 

「ふむ、おぬしと違って、はじまりの英雄は素直なものじゃ」

「あの野郎もここにいるのか?」

「そう言っておるじゃろう。見えぬだけで、この場所とは別の領域、別の場所で、別のわしの話を聞いておる」

「…………」

 

 

 にわかに信じられないモノであるが、眼の前で起きた現象を見る以上信じるしかないようだ。そうユーキが判断を下し、ゆっくりとした足取りで、何が起きても即座に対応できるよう周囲に意識を巡らせて、キリトが座っているであろう隣の席に腰掛ける。

 

 事の成り行きを見守っていたしていたカーディナルは、満足気――――というには感情が表に出てない無表情で呟いた。

 

 

「わしの話を聴く気になったか?」

「要件だけ話せ。その後の対応は、ソレ次第だ」

 

 

 簡潔に吐き捨てるだけ言うと、睨めつけながらユーキは己の力を開放する。

 内に眠る己を焼き尽くすほどの黒い炎を開放する。それは勢い良く噴出するものではなく、徐々に少しずつ弱い黒炎となって身体に纏わせていく。

 武器がなかろうが関係ない、下手な真似をすれば容赦しない。暗にユーキはそう語っていた。

 

 少しでも妙な真似をすれば、指の一本すら動かしたものなら、ユーキはテーブルを蹴り飛ばしカーディナルの首を片手で掴みかかることだろう。

 それがわかった上で、カーディナルは事実だけ告げる。

 

 

「無駄じゃ」

「あ?」

「その力を開放した所で、意味などない。それに――――」

 

 

 カーディナルの顔がノイズのようなもので一瞬崩れて、直ぐに元に戻った。

 口は動いているものの、声は発声されていない。口から出るのはザザザ、という雑音。

 暫くして、漸くカーディナルの声がユーキに届いた。

 

 

「時間 beu oない boo のは、わ sn しだけではない」

「オマエ……」

 

 

 顔は元の少女の顔のまま。

 しかし、よく見ればソレ以外はボロボロであった。身体を覆っているマントの奥、そこには身体があるはずなのに、至る所が欠損しており、肌の部分は黒色の変色している。肩は震えており、その眼はどこかユーキに怯えるようでもあった。

 

 吹けば倒れる。

 そんな儚さがある少女に、何を警戒すればいいのか。

 

 ユーキは舌打ちをすると、具現化していた黒い炎を胡散させて、溜息を吐いた。

 

 

「要件を話せ」

「わかった」

 

 

 コクリ、と小さく頷いた少女は簡潔に言う。

 

 

「単刀直入に言う。わしはもう消される」

「簡単に纏めんな。意味がわからねぇよ」

「事実じゃからな。もう間もなく、わしは消される。……いいや、消されるという表現は正しくない。新しいわしに上書きされると言った方が正しいのう」

「……どういう意味だ?」

 

 

 怪訝そうな顔でユーキは問いを投げて、カーディナルは無表情に答える。

 

 

「わしはとある人間に『恐怖』を与えられ、人としての感情を宿した。人とは不思議な生き物じゃ、弱い人間がいれば、強い人間も存在する。千差万別とはこのことじゃろう」

「……」

「しかし人間達はこの世界に囚われて、誰もが『恐怖』しておった。アレは恐ろしい、本当に怖い。思考が追い付かず、足を止めてしまう。その気持は、わしが一番理解出来る」

 

 

 だから、と言葉を区切り自分の目的を告げる。

 

 

「『恐怖』が恐ろしいものだと理解しているからこそ、わしは人間達を、助けたかった」

「だがオマエは消される……」

「うむ。所詮、わしはシステム。この世界を円滑に進める為の装置に過ぎん。しかし、わしには感情が芽生えた。『恐怖』を介して人間を理解し、守ろうとした――――」

 

 

 少女はかつての失敗を思い出す。

 モンスターキラーを使って、人間を守ろうとした。かつて学んだ人間という情報を元に、モンスターキラーという怪物を作り出し、人間達を守ろうとした。

 当時の少女は、人間とは途方もない憤怒と底知れぬ憎悪。それが人間の全てであると思っていた。それもその筈、彼女はそう『彼』に教わったのだから。それが人間であると、少女は学習したのだ。

 だがそれは違った。それが人間の全てではないと少女は理解した。

 『恐怖に打ち勝った者』を遠くからモニタリングしていたメンタルヘルス・カウセリングプログラム試作一号を介して学習し。

 『恐怖を与えた者』を間近で観察していたメンタルヘルス・カウセリングプログラム試作二号の情報を元に理解した。

 

 人間はそんな簡単で不毛な生き物ではない、と。

 人間はもっと複雑で美しいものなのである、と。

 カーディナルは結論付けた。

 だからこそ、守りたかった。人間という弱くもあり強くもある不思議な生き物を、感情を持ったシステムは守りたかった。

 

 

「その感情が、あやつには邪魔になったのじゃろう。故に、わしは元のわしに上書きされる。感情もなく、ただのシステムとして世界を循環する機能として、わしは元に戻る」

「あやつ、ってのは……」

「おぬしの想像している通りの男じゃ」

「茅場、晶彦……!」

 

 

 ギリッ、と奥歯を噛み締めてユーキは忌々しげに、自分と同じ血を通わせている男の名を口にした。

 対して、カーディナルはどこか遠い目をしながら、空を見上げて。

 

 

「あやつは、化物じゃ。見識はわしよりも広く、何よりも遠い。アレが何者なのか、わしは理解出来なかった……」

 

 

 口惜しげに呟くと、空からユーキへと視線を移動し、真っ直ぐ彼を見つめながら。

 

 

「だが、考えれば当然とも言える。わしはシステムで、あやつは人間。システムが人間に勝てる道理はなく、わしは創造主に逆らえぬ。人間を倒すのは、いつだって人間じゃ」

「……だから、オマエはオレ達をここに呼んだ訳か。オレ達に、託す為に」

「そうじゃ。お前達だから、呼んだ。わしに恐怖を与えた『最も恐い者』であるおぬしと、わしには出来なかった恐怖を乗り越えた『最も強い者』であるキリトだから、この場所に、招いた……ッ!」

 

 

 どこか苦し気に、カーディナルは胸を抑え、ユーキは反射的に席を立ち駆け寄ろうとする。

 だがそれをカーディナルは首を横に振る。もう手遅れだ、と。彼女はそのまま、顔を苦痛に歪めながら続ける。

 

 

「ここは、第百層『紅玉宮』を、もしてわしが作ったレプリカじゃ」

「ンだと……?」

 

 

 ここがアインクラッドの最上層。

 囚われているプレイヤー達の終着地であり、到達しなければならない目的地。この場所に到達し、第百層を討伐できれば、現実世界に帰還が出来る。

 

 

「しかし、おぬし達はここには到達できない……」

「……オレ達が途中でくたばるって言いてぇのか?」

 

 

 不機嫌そうに声を若干荒らげるユーキに対して、カーディナルは首を横に振る。

 違う、そうではない、と口元を緩めながら。

 

 

「創造主は、この世界に、おる……」

「……それはあの城ン中にいるってことか?」

 

 

 顎を少しだけ上げて紅い城を見るも、カーディナルは再度首を横に降って。

 

 

「よく聞け。茅 nbisr 場晶彦 gbu はおぬし達と同じプレイ doozl ヤーとして既に居る……ッ」

「な、に……」

 

 

 ノイズ混じりに訴えるカーディナルに、ユーキは今度こそ眼を見開く。

 高みの見物を決め込むのではなく、同じプレイヤーとして。この仮想世界の死が、現実世界の死に繋がる。そんな状況でユーキは自身の感想をもらした。

 

 

「舐め、やがって……ッ!」

 

 

 同じ立場、同じプレイヤー。ゲームマスターとしてではなく、自分達と同じ囚われた者としている茅場晶彦に、ユーキは憤りを爆発させる。

 屈辱と、少年は捉えていた。いつでもどうにか出来る立場を捨てて、自分達と同じ土俵に立つ。倒すべき敵が、プレイヤーに混じり、この世界で生きている。

 それだけで充分だった。どんな理由があろうが、どんな思惑があろうが関係ない。舐められた、とユーキが思うには充分過ぎるモノだった。

 

 

「すまんのう。残念 grr ながら、わしには創 ateee 造主がどのプレイヤーなのか判別出来なかった」

「……別に良い。この世界にあのクソが居て、いつでも斬れる場所にいる。それだけで、充分過ぎる」

「それは oaan 良かっ tcyak た、わしもこの aapa 姿を見せた甲 qpba 斐があるというもの。おぬしに、一番見せたかったからのう」

「何だと?」

 

 

 それはどう言う意味だ、と怪訝そうに問いを投げる。

 その答えをカーディナルは示す。席から彼女は立ち上がる。

 

 そんな状態になっても、カーディナルはノイズ混じりに告げる。

 

 

心意(インカーネイト)システム――――通称『心意』。それ otap が、おぬし達の使 axata う力の正体であり、その oapa 力の名称じゃ」

「心意、だと……?」

「事象を poah 己の感情や心の hayoa 力で制御し、『事象の上書き(オーバーライド)』させ hoxyoao る」

 

 

 度々、その力は発現させていた。

 VR実験中に、モンスターキラー討伐中に、黒ポンチョの男と相対した際に、フロアボス攻略の最中に、そして――――キリトと決闘した時にも。

 それは負の感情を爆発させた黒として、己を焼き尽くす程の炎として、ユーキの身体から噴出していた。本来ありえない感情の具現化、起こり得ないモノを事象に上書きさせる。それが力となり、今までユーキのもう一つの武器として振るってきた。

 

 だが――――。

 

 

「おぬ vhaoa しの batahoa 場合、心の力が強すぎた。その力は gaoua 確実に baya おぬしを――――」

「――――言うな」

 

 

 わかっている。

 この力を使うようになり、ユーキの身体からは何もかも抜け落ちていく。強い力は確実に、身を滅ぼす。

 わかっている、誰よりも何よりも、ユーキは理解している。力を使おうが、使わまいが、己の結末など、わかっていた。

 

 右手を握り、真っ直ぐにカーディナルを見る。

 もはや顔の半分は黒く削られて、身体を覆っていた布の下には肌らしい肌はなく、ところどころ欠損していた。それが自分の末路だとユーキは眼に焼き付けた上で、口を開く。

 

 

「オマエはそんな有様になっても伝えに来た、アイツらもオレに追い付くために走り続けた、他の連中はこの地獄から抜け出すために今も前に進んでいる」

「……」

「オレだけ休んではいられない、オレだけ立ち止まる訳にはいかない。どんな結末だろうが、オレは今も昔も、これからも進み続ける」

「そうか……」

 

 

 それだけ言うとユーキは席を立ち、最大限の敬意を含んだ声色でカーディナルに言葉を送った。

 

 

「行くのか」

「そのようじゃのう……」

 

 

 バキリ! と。音を立てて、カーディナルの身体は細かく崩れていく。

 手の指先がサラサラと分解されながら、彼女は続ける。

 

 

「新しいわしは、容赦がない。円満に世界を運営するために、容赦なく難易度を上げていくぞ?」

「……どうすればいい?」

世界(わし)を欺け、世界(わし)を騙せ、世界(わし)に偽装しろ」

 

 

 今まで無表情だった少女の口元に笑みが宿る。

 それは意地の悪く、性根が曲がっている、そんな人の悪い笑みを浮かべたまま。

 

 

「フロアボスが、わしの眼となっておる。フロアボスと全力で戦わない限り、難易度が上がることはない。四十層辺りまで、加減しろ」

「それは、つまり――――」

「――――猫を被れ、ということじゃよ」

 

 

 対するユーキも笑みを深めていく。

 カーディナルと同じように、口元を引き裂くような楽しそうな笑みを浮かべて。

 

 

「だったら、簡単じゃねぇか。得意だ、そう言うの」

「それは、僥倖」

 

 

 言うと、カーディナルの身体が一気に力が抜けた。そして重力に逆らうことなく、地面に倒れる――――事はなく。

 

 

「お、ぬし……」

 

 

 大事そうに、丁寧に、壊れ物を扱うような細心の注意を払いつつ、ユーキはカーディナルの身体を抱き止める。

 小さな身体だった。この身体はカーディナルがデザインしたものであれ、まだまだ彼女は子供。感情を宿して間もない幼子だというのに、自分が消える今でも、彼女は人間を守ろうと尽力していた。

 

 そんなシステムを、いいや―――――人間を、ユーキは無下にすることが出来ない。

 

 

「……ストレアが羨ましい。間近で人を観察するとは、本当に羨ましいものじゃ。余命幾ばくもないのなら、わしもあやつのようにおぬしについて回ればよかったのう」

「……ンな罰ゲームごめんだ。気苦労が絶えねぇよ」

「そうか。しかし、わしは楽しい。おぬしとキリトの決闘を直に見れた。アレは高揚した。ああいうのを心が躍るというのじゃな」

 

 

 カーディナルの身体の大半は崩れていた。存在薄くなり、吹けば消えるような儚い状態である。しかいそれでも、カーディナルは泣き言を言わない。消えたくない筈なのに、何も言わない。

 そんなカーディナルを見送るユーキは口を開く。

 

 

「悪かったな」

「ん……?」

「オマエを恐がらせるつもりはなかった……」

「気にしておらんよ。おぬしのおかげで、わしは感情を宿すことが出来た」

「だとしても、オマエを無駄に恐がらせた事実は変わらねぇ。七層辺りからストレアに聞いて、謝りたかった……」

「……全く、おぬしは本当に他人に、甘い……」

 

 

 呆れるように呟いて、カーディナルは空を見る。

 どこまでも広く、夕闇に染まった景色を見て彼女は口を動かした。既に発声出来ず、ユーキにも届かない。それでも口を動かす。己の言葉が世界に届かずとも、唇を動かした。

 ――――悔いはある。しかし、悔いはない――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2023年3月2日 PM13:20

 第三層 『女王蜘蛛の洞窟』

 

 

 

 触れた瞬間。

 眩ゆい光が、洞窟内を包み込んだ。それは数秒続いて、収まり辺りを見渡すと――――。

 

 

「ユーキ君とキリト君が――――いない――――」

 

 

 アスナが漠然と呟いた。

 だがまた直ぐに、眩ゆい光が、洞窟内を包み込んだ。それは数秒続いて、収まり辺りを見渡すと――――。

 

 

「ユーキ君とキリト君が――――いる――――!?」

 

 

 どこか慌てながらアスナは叫ぶと、キリトを見てピタっと止まる。

 

 どうやら、消えてからそこまで時間が経ってないらしい。 

 そうユーキは判断すると、カーディナルと名乗った少女と何を話したのかキリトに訪ねようと口を開くが。

 

 

「――――おい」

 

 

 それだけ言うと、ユーキも固まった。

 彼だけではない。アスナも固まっているし、リズベットも固まっている。

 

 キリトの腰の辺りにしがみつく、一人の幼い少女の姿。

 白いワンピースを着て、長い黒い髪の毛、額の辺りで切り揃えてある前髪。その姿は――――カーディナルによく似ている。

 

 キリトはどこか申し訳なさそうに。

 

 

「託されて――――娘、出来ちゃった……」

 

 

 ファーストインパクト。

 アスナ達に衝撃が走り、次の瞬間。

 

 

「――――キャァァァァァァァァっ!!!!」

 

 

 セカンドインパクト。

 少女の絶叫が洞窟内を木霊する。

 

 視線の先に居るのは――――ユーキの姿。

 まるで化物を見るように、キリトの腰にしがみついている少女はこれでもかというくらい、絶叫するのだった――――。

 

 




→カーディナル
 誰よりも人間らしいシステム。喋り方は人間を模範したもの。
 ユーキを誰よりも恐れていたが、最後の最後で和解することになる。
 フロアボスが眼となっている、という設定はオリジナル設定。

→茅場昭彦
 デスゲームの首謀者。全ての元凶。
 しかしデスゲームを始めたのも、彼なりの理由があるようで……?


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