ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 lastbrutalさん、もっちもっち〜さん誤字報告ありがとうございました!

 あと数話で、Vol.3は終りとなります


 ~べるせるく・おふらいん~

後輩「ねぇ、先輩。少し聞きたいのだけど
先輩「くわしく」
後輩「私の出番っていつかしら?」
先輩「くやしく」
後輩「ぐぬぬ! 私の出番っていつ!? ぷんすか!」
先輩「やらしく」
後輩「ん、わたしの、で、ばん、んふぅ、んんっ……っ! いつ……あぁっ……!」
先輩「暫くねぇよ」
後輩「え?」
先輩「ないです」
後輩「」




第10話 英雄は棺桶に収まらない

 2023年7月5日 PM21:15

 第十八層 主街区『ユーカリ』 とある宿屋

 

 

「まったく、うちの男どもときたら……!」

 

 

 腕を組み、青筋を立てながら、桃色の髪の少女――――リズベットは言い捨てるように、右手に持っていたハンマーを振るった。

 その着弾点は充分に焼かれたインゴット。カン、カン、カン、と心地よい音を立てて、なおかつ勢い良くリズベットは鍛冶師として命に値するハンマーを振るい続ける。

 まるでその様子は、自身のやり場のない憤りをぶつけるかのよう。

 

 武器防具を作る際は、無の境地で叩き続けるべし。

 ソレこそが彼女の信条である筈であるが、どうやら今回は勝手が違うようである。

 

 

「キリトは連絡つかないし、ユーキはいきなり飛び出すし!」

 

 

 彼女の本職は鍛冶師である。確かにフィールドに趣き素材を集めたり、攻略するために前線に赴くこともあるが、彼女の戦場はフィールドにはない。

 鍛冶師としてハンマーを振るい、ギルド『加速世界(アクセル・ワールド)』の戦力を整えたり、他のプレイヤーに自身が作成した武器防具を売り金銭面で大きく貢献する。

 これこそが彼女の役割。『はじまりの英雄』や『紅閃』のように派手さはなく、『加速世界(アクセル・ワールド)のやべーヤツ』のような異質な存在でもない。縁の下の力持ち、それが今のリズベットを表現する言葉であった。

 

 もちろん、彼女のそのポジションに満足しているし、日々精進することに怠らない。

 現在、行っている行為がソレである。こうして武器防具を精製し、鍛冶スキルを上げる。

 

 とは言っても、今の彼女にとってそれは建前なのかもしれない。

 自分の憤りをぶつける矛先がないのなら、インゴットにぶつけてついでに武器防具を精製する。そう言った目的があるのかもしれない。

 現に――――。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 何度かインゴットを打ち付けて、額から流れる汗を左腕で拭う。

 そして、一度吸って、思いっきり吐いて。

 

 

「スッキリした」

 

 

 グッドスマイル――――そんな笑みを彼女は浮かべていた。

 正に満面の笑み。渾身の武器を精製し、良い仕事をした。満足気に彼女は笑みを浮かべる。

 

 勝手気ままに無茶をする男連中に、かなり鬱憤が溜まっていたようである。

 しかも本人達は無自覚。それだけでも質が悪いというのに、加えてリズベットとアスナが注意しようと聞こうともしない。

 

 浅い仲であれば、愛想を尽かして放っておいたのかもしれない。だがそれは、関係が浅かったらの話である。

 リズベットは無茶ばかりする野郎二人を放っておく気もないし、むしろ無茶をしてこその二人であると受け入れている節すらある。

 

 

「そうよね、やっぱりそうよねぇ……」

 

 

 受け入れている理由は何となく、というよりもリズベットも理解している。

 野郎二人、というよりかはその中の一人。いつの間にか眼で追うようになってたのは何時からだろうか。

 

 自覚はしていた。

 しかしいざ意識するとなると話しは別だ。

 リズベットは急にどこか落ち着きが無いように、眼を泳がせて動作もどこか挙動不審。

 誰がどう見ても、今のリズベットは平静ではない。しかしそれは、長く続かなかった。何度か深呼吸を繰り返して、漸く収まろうとした時――――。

 

 

「リズお姉さん」

「うん?」

 

 

 突如背後から自分の愛称を呼ばれて、リズベットは肩口からその人物へと視線を向ける。

 自分の事を“お姉さん”と呼ぶのは一人しかない。リズベットは声をかけてきた少女の名を口にした。

 

 

「どうしたの、ユイちゃん?」

 

 

 白いワンピースに、黒い長い髪の毛。

 背丈は幼い少女そのもので、見た目は八歳から九歳ほど。

 名を呼ばれた少女――――ユイはおずおずとリズベットの顔色を伺うような口調で。

 

 

「あの、恐い人はどこかに行きました?」

 

 

 前言撤回。

 ユイが顔色を伺っていたのは、リズベットではないようである。

 

 キョロキョロと、ユイはどこか警戒するように辺りを注意深く観察する。

 そんな少女を見て、リズベットは苦笑を浮かべながら答えた。

 

 

「ユーキなら、たった今飛び出して行ったわよ」

 

 

 ユイは思わず、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 ユイは無茶をする野郎連中の片割れ――――ユーキが苦手であるとリズベットは知っていた。顔を合わせれば涙目になり、禄に会話が出来ないくらいにまで怯える。

 だからこそ疑問に思う。どうしてそこまで、ユーキに苦手意識を持っているのか。

 

 リズベットは身体をユイの方へ向けるように座り直して、不思議そうに首を傾げながら問いを投げる。

 

 

「そういえば、どうしてユイちゃんはユーキを怖がっているの?」

 

 

 考えれ見れば妙なモノであった。

 リズベットから見たユイは、どちらかというと初対面の相手には人見知りするタイプである。しかし、ある程度会話すれば、人懐っこい一面を見せてくれる。

 現に、キリトの友人出る野武士面の男性――――クラインにも初対面には近寄らなかったユイであるが、今となっては自分からクラインに話しかける程度には落ち着いている。

 

 キリトには“パパ”。

 アスナには“団長さん”。

 ユーキの妹であるユウキには“ユウキちゃん”

 ストレアは呼び捨て。

 そしてリズベットには“リズお姉さん”と、愛称でユイは呼んでいる。

 

 そんなユイが、ユーキに対して何時までたっても“恐い人”という呼び方をするのは、どうにも腑に落ちない。

 

 そこまで考えて、リズベットはある結論に達した。

 もしかしたら、ユーキがユイに何かしたのではないのだろうか、と――――。

 

 

「ユイちゃん」

「え……?」

 

 

 リズベットは立ち上がると、ユイの華奢な両肩にポンと両手を置く。

 優しく、どこか頼り甲斐のある声とともに、リズベットはユイに視線を合わせて続けた。

 

 

「アイツに何かされたなら、ちゃんと言いなさいよ」

「え、え……?」

 

 

 イマイチ状況を把握できていないユイを敢えて置いていく形で、リズベットはにっこり笑みを浮かべて。

 

 

「あたしが、きっちりアイツをぶん殴ってあげるから」

「あ、あのっ! わたし、あの人に何かされた訳じゃないので! わたしが怖がってるだけなので! 喧嘩は、その、ダメですっ!」

「ふふふっ、ごめんごめん。冗談よ冗談」

「ふえっ?」

 

 

 ポカン、と口を開くユイに向かって、べッと小さく舌を出して意地の悪い笑みを浮かべる。

 そんな彼女を見て、漸く自分がからかわれた事に気付いたユイは頬を膨らませて。

 

 

「リズお姉さんは、意地悪です……」

「ごめんね。ユイちゃんが可愛いから、つい……」

「嫌ですー! わたし、傷つきましたー!」

 

 

 ツーン、と唇を尖らせて明後日の方へと顔を向ける。幼い姿も相まって、講義する姿がどこか微笑ましい。

 リズベットも口元に笑みを浮かべそうになるのを我慢して、ユイに両手を合わせて深々と頭を下げる。

 

 

「ユイちゃーん、機嫌直してー? ね、この通り!」

「……わかりました。でも明日遊んで下さいね?」

「任せなさい! 嫌ってほど遊んで上げるわよー!」

 

 

 そう言うと、リズベットはユイの頭を撫でる。ユイもそれを甘んじて受けるように眼を細くし、どこか気持ちよさげにされるがままとなっていた。

 

 

 ここで言うが、ユイはリズベットに懐いている。

 それも、保護者に近い立場にいるキリトが狩りに出かけている間に、リズベットが面倒を見ているからに他ならない。

 それも仕方ないことだ。戦う術を持たないユイを、モンスターがひしめくフィールドに連れて行けるわけがない。アスナもフィールドに出てレベル上げしなければならないし、ユーキはユイにこれでもかというくらい怯えられているため論外。

 となれば、比較的フィールドに出ないリズベットがユイの面倒を見るのは必然と言えるだろう。加えて、リズベットは面倒見の良い性格である。歳下であるユイとも相性が良いこともあり、懐かれるのは必然と言える。

 

 とは言っても、ずっとリズベットが面倒を見ていたわけではない。

 キリトもユイと遊んでやることがあれば、アスナも加わるときもある。ユウキだって遊んで上げているし、ストレアも様子を見に来るときもある。

 

 

「パパはどこに行きました?」

「そのうち帰って来るわよ」

 

 

 オーバー気味に肩をすくめて、リズベットは続けて。

 

 

「まったく、本当にうちの男連中と来たら。気が付けばいなくなるんだから。特にキリトね。あっち行けば人助け、こっち行けば人助け。何なのかしらね、アレ。ちゃんと地に足をつけなさ行って――――」

 

 

 ここまで言うと、リズベットの言葉は止まってしまった。いいや、続けることが出来なくなったと言った方が正しいのかもしれない。

 下から見上げるような視線。それが誰なのかなど、問うまでもない。

 

 その視線の元はユイであり、少女は不思議そうに首を傾げながらリズベットを見上げる。

 

 その様子は奇妙なものだった。

 キリトのあり方を愚痴られて気分を害した訳でもなければ、リズベットを宥める様子もない。ただ不思議そうにリズベットを見上げながら、彼女を注意深く観察していた。

 

 しかし、いくら観察しても答えは見つからない。

 故に、ユイは疑問を口にして、自身が疑問に思っている答えを導こうとする。

 

 

「リズお姉さん、パパのことをどう思ってますか?」

「……え?」

 

 

 心臓が一度大きく高鳴るのをリズベットは感じる。

 それはどう言う意味なのか問う前に、ユイは恐ろしく無邪気に疑問を口にした。

 

 

「パパのことを言うリズお姉さんの顔がとても幸せそうだったので。恐い人のことを言う団長さんやユウキちゃんみたいな顔してましたよ?」

 

 

 それは紛れもない事実であった。

 ユーキが無茶をすることは許容出来ないが、キリトが無茶をすることに関しては最終的に許してしまう。

 キリトに対して贔屓目になってしまう。それこそ、惚れた弱みということなのだろう。

 

 ユイの疑問はピースとなり、ピースは絵となり次々と嵌っていく。

 そうして完成される絵は、彼女の心であった。

 

 いつからだろうか、リズベットという少女が、キリトという少年を眼で追うようになったのは。

 いつからだろうか、リズベットという少女が、キリトという少年を意識し始めたのは。

 

 

 ――そうよ。

 ――あたしは、アイツが好きなんだ。

 ――助けられた、あの時から。

 

 

 第一層のはじまりの街で、キリトに出会った。バカみたいな男にしつこく絡まれているところに、キリトは颯爽と現れた。

 その光景、その感情は今だにリズベットの心に刻まれている。

 

 

 ――あの時からだ。

 ――あたしは、あの時から、アイツのことが好きなんだ……。

 

 

 好意を自覚し、受け入れたリズベットは笑みを浮かべた。

 同時にユイの問いに対する答えを、リズベットは口にした。

 

 

「それはね、あたしがアイツのことを好きだからよ」

「好きって、好意ってことですか?」

「そうよ」

 

 

 頷くと、再びユイに視線を合わせる。

 その表情は優しく、その口調は慈愛に満ち、その態度は何もかもを包み込むような愛情に満ちていた。

 

 

「キリトのことが好き。お人好しな所が好き、無茶をするから放っておけない、キリトが苦しんでいるのなら、助けてあげたい」

 

          「キリトは今も、多分だけど誰かを助けてる。それがキリトだし、そんなアイツだからこそあたしは好きになったのよ」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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 PM21:45 

 第十八層 丘の上

 

 

 ――――迫り来る凶器を、黒い直剣が弾く――――。

 

 終りが見えない、途方とも言える作業を何度繰り返したことだろうか。

 少年は息を切らして、頬を伝う汗を拭う。

 左手には守るべき者の手を強く握り締めて、右手には最も信頼する獲物である黒い直剣『エリュシデータ』を握る。

 

 眼を瞑り、眼を開く。

 その先にあるのが、いつもの宿屋の天井であり、この光景が夢の世界の出来事であればどれだけ楽だろう。

 そんなありえない救いを求めながら少年――――キリトは現実を受け止めるしかなかった。

 

 眼を閉じ、開いた所で現実の光景は変わらない。

 キリトと彼が守る少女は集団に囲まれて、絶体絶命の危機に直面していた。

 

 プレイヤーはソードアート・オンラインの世界に閉じ込められ、デスゲームと化したこの状況において、殺人とは最大の禁忌と言える。

 何せ、このゲームでゲームオーバーとなれば、現実での死を意味している。それはもう殺人と変わらない。今も現実世界で頭部に装着しているナーヴギアが原因であるとしても、間接的に殺害していることに変わりないのだ。

 しかし、彼らは己の欲望のままに、他人の命を奪い犯していく。

 

 それこそがキリト達を囲っている集団である。

 快楽殺人集団。レッドギルド――――笑う棺桶(ラフィンコフィン)。それが彼らが所属しているギルドの名前であった。

 

 『血盟騎士団』が“最強”のギルド、『聖竜連合』が“最大”のギルドであるのなら、『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』とは“最悪”のギルド。

 自身の快楽を優先し、他人を陥れる最低最悪のプレイヤー達が集う魔窟。ゲームの攻略など、彼らの頭の中に存在せず、現実世界への帰還すら視野に入れていない。ただただ、自己の欲望に忠実な獣に過ぎない。

 

 

「キリト……」

 

 

 背後から、振るえる声で。

 必死に恐怖を押さえ込むように、少女――――サチがキリトの名を呼ぶ。

 

 キリトの左手に収まっているサチの小さな手が震えていた。

 ブルブル、と頼りなく今にも消えてしまいそうなサチの手をギュッとキリトは握り続ける。

 安心させるように、サチ一人だけではないことを教えるように、キリトは力強くどこか優しさを含んだ声で。

 

 

「大丈夫」

 

 

 言葉に出しても、状況は最悪であった。

 

 キリトとサチを囲んでいるのは、三十人ほどの狂人達。もちろん、その手には各々使い込まれた獲物を手にし、刃の矛先はキリト達に向けられていた。

 下手な行動をすれば、その獲物は直ぐにキリト達に殺到することだろう。

 

 何度か攻撃されて、その度にキリトはエリュシデータを巧みに振るい、迎撃してきた。

 しかしそれも、長く続けることが出来ない。ならば迎撃ではなく、出撃するしかない。受けて守るのではなく、こちらから出て攻めるしかない。

 

 仮にここで、キリトの奥の手である心意によって発現したユニークスキル『二刀流』を用いてしまえば、笑う棺桶(ラフィンコフィン)を殲滅することは可能であろう。

 一人で戦い、一人で力を振るってしまえば、そこれそ簡単な話である。

 

 だがそれも単独での話だ。

 キリトの背後にはサチの存在があり、彼女を置いて戦う訳にはいかなかった。キリトに敵わないとなれば、最悪サチだけを狙う事だってある。

 故に、キリトは防戦に徹するしかなかった。しかしそれでは勝てない。今の現状五分と五分の戦力だとしても、五分での決着など、ありえないのだから――――。

 

 

 ――クソッ……!

 ――そんなこと、わかってる……!

 ――コイツらが油断している間に、終わらせない、と……?

 

 

 ここで、キリトの思考にノイズが走った。

 どうしようもない違和感。自分の発現に、どこか誤りがあるのを、彼は敏感に感じ取る。

 どこに、何を、どうして、違和感があるのかキリトは分析しようとするも――――。

 

 

「――――キリトッ!」

「――――!」

 

 

 サチの叫びに、キリトは顔を上げる。

 その視界に飛び込んだのは――――投げナイフ。

 恐らく麻痺毒を付与されているものであることを、キリトは瞬時に見極めるとエリュシデータを横に振りナイフを弾いた。

 

 完璧な奇襲であった。

 だというのに、並外れた反射神経で防がれてしまった。

 

 そんな現実に、投げナイフの投擲主であった――――紅眼のザザは舌打ちをしながら、苛立ちを隠そうともしない様子で。

 

 

「本当に、ムカつく、野郎だ……」

「しっかり狙えよなー」

 

 

 ケラケラと笑いながら、ザザの隣りにいる彼――――ジョニー・ブラックが笑みを零した。

 その対象となったザザは、再度チッと大きな舌打ちをしながら。

 

 

「うるさい」

「いやいや、本当に早く終わらせろよ。俺もこんなところで暇してる場合じゃないの。わかる? わかるよな? お前に付き合ってるけどさ、俺だって忙しいんだよ」

「随分と、口数が、多い。聞くが、忙しいって、何をやるんだ?」

 

 

 紅い眼がギロリとジョニーを睨みつける。

 その瞳を向けられた本人であるジョニーは、ふむ、と思案した。

 忙しい、と言ったものの、明確な目的がなかった。ジョニーの心境にあるのは、ザザの余興を早急に終わらせることのみ。それを素直に口にすることは出来ない。忙しいと言ってしまったのだから、何か理由を考えなければならないのだが、それは直ぐにジョニーの優先事項となった。

 

 ジョニーはその人物の姿を思うかべて、生理的に受け付けないような野卑染みた笑みを浮かべて。

 

 

「何度も邪魔してきた、あの紫ローブの女を殺すってのはどうだ?」

「お前、あんな奴が、好みなのか? 趣味が、悪い」

「うるさいなー。殺したプレイヤーのエストックを集めてるお前に言われてくねぇよ」

 

 

 そこまで言うと、ジョニーは恋人を追い求めるように片手を空に伸ばして、ギュッ、と握り締めながら続ける。

 

 

「アイツは俺が殺す。泣いて縋ってきて、命乞いをした時に、何もかもを奪って殺してやるんだ」

「無理だな」

「あ?」

 

 

 ジョニーは恍惚とした表情から、訝しむような表情に変えて声の主であるキリトを睨みつける。

 少しでも妙なことを言えば殺す。そんな眼で見られても尚、キリトの態度は変わらない。人を喰うような笑みを浮かべて、極めて軽い口調で続けた。

 

 

「紫のローブってユウキのことだろ? 変な奴に絡まれたって言ってたし、外見の特徴もお前達に一致する」

「無理ってのはどう言う意味だよテメェ……」

「そのまんまだよ、お前じゃユウキを殺せない。手加減されてたの、お前知らないのか?」

 

 

 その言葉が、引き金となった。

 ジョニーは視線で殺すほどの勢いで、キリトを睨みつける。紫のローブの少女に手加減されたよりも、相手にされてないことを第三者に指摘されたのが気に入らないのか、自分勝手な言い分でキリトに憤りをぶつける。

 今にも飛び出しそうな表情、声、態度でキリトに向かって怒鳴りつけるように、叫んだ。

 

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞ、はじまりの英雄! 殺すぞ!」

 

 

 闇を劈く怒声。

 キリトの背後に居たサチは一際肩を大きく震わせる。その様子は見てないものの、キリトの左手にはそれが痛いほど伝わってきた。

 

 対してキリトは、静観するようにジョニーを観察していた。

 

 

 ――そうか。

 ――俺が感じていた違和感って、これだったんだ……。

 

 

 そして、確信する。

 自分が何に対して違和感を感じて、道理に合わないと思っていた正体に、キリトは漸くたどり着いた。

 

 何てことはなかった。

 難しく考えすぎて、直ぐに理解出来なかった。

 大勢で押し寄せてきたのも、人殺しを愉しむ狂人のふりをしているのも、自身に向けられた殺意も全ては。

 

 

「――――やれよ」

「あ?」

 

 

 そう、全ては――――。

 

 

「ハッタリなんだろ?」

 

 

 ――――ブラフに過ぎないのだから――――。

 

 ポカン、と友人が行ったサプライズを目の当たりにしたように、一瞬ジョニーとザザ、そして笑う棺桶(ラフィンコフィン)の面々は声を失う。

 その中で誰よりも意識を回復したザザは、問いというよりも確認するような声色で。

 

 

「遂に、頭がおかしく、なったのか?」

「俺は正気だよ。確かに、お前は本当に俺を殺したいんだと思う。でもさ――――」

 

 

 キリトの黒い直剣の剣先がザザの隣にいるジョニーに向け、彼は事実だけを口にした。

 

 

「――――それは、お前だけなんじゃないのか?」

「なん、だと……?」

 

 

 ザザは、チラッ、と意識をキリトに向けたまま隣りにいるジョニーへと視線だけを向ける。

 彼は口を開けたまま固まっていた。口を開ける姿は、どこかそれ以上踏み込ませない否定があるが、うまく言葉が纏まらずに発声することが出来ない。周囲の笑う棺桶(ラフィンコフィン)のメンバーも同じだった。誰も彼も否定しようとするものの、言葉に出来ていなかった。

 

 図星を突かれた。

 キリトは、ニヤリ、と笑みを零して剣先をジョニーに向けたまま続ける。

 

 

「おかしいと思ったんだ。人数もお前達の方が多い、この人数で一気に来られたら、多分俺は死んでた。でもそれをしなかっただろ?」

「それは、テメェを痛めつけるために――――」

 

 

 ジョニーのひねり出した声に、キリトは首を横に振る。

 それは明確な否定。それは違う、とキリトは否定しながら続ける。

 

 

「それに、殺す殺すって言っておきながら何もしない。全員が全員、俺に集中していないんだ。どいつもこいつも、俺じゃないナニかに意識を向けていて、気が気じゃない。そうだろ?」

 

 

 視線をジョニーから、自分を囲っている笑う棺桶(ラフィンコフィン)のメンバーにぐるりと向けるも、誰も彼も否定の声は上がらなかった。

 

 

「人ってのは、自分が理解できないモノを怖がる。自分の中にある常識を逸脱したヤツに、恐れるんだよ」

 

 

 だから、と言葉を区切りキリトは口を開く。

 

 

「お前達はアイツが――――『アインクラッドの恐怖』を恐れている。お前達は自分達の為に戦うけど、アイツは見ず知らずの他人の為に戦う。だからアイツが恐いんだ。身を削って、どこからともなく現れるアイツにお前達は怯えている」

 

 

 それだけ言うと、キリトは右手に持っていたエリュシデータを背に収める。

 まるで戦いは終わった、と言うかのような姿に、笑う棺桶(ラフィンコフィン)の面々はもちろん、ザザもジョニーも、背後に居たサチでさえ呆気にとられてしまった。

 

 

「舐め、やがって……!」

 

 最早相手にならない、お前達に俺は殺せない。

 暗にそう語るかのようなキリトに、ザザは今度こそ殺そうと、片手に持っていたエストックを握りしめる。

 

 口を開く暇すら与えない。

 ザザは両足に力を込めて、重心を低く構えて、直ぐにキリトとの距離を詰めようとするも――――。

 

 

「お前達は一つ、大きな間違いを犯した――――」

 

 

 何かをキリトが言っているのが、ザザの耳には入ってこなかった。

 戯言に付き合うつもりもない。直ぐに距離を詰めて、必殺の刺突ではじまりの英雄を仕留める。それだけしか、彼の頭にはない。

 

 

「見たところ、これが今の笑う棺桶(ラフィンコフィン)の全員なんだろ? アイツに潰されてるらしいしな――――」

 

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべるキリトに、ザザはどうしようもない悪寒が背筋を走る。

 理由もなく、信憑性もなく生じたソレを気のせいだと割り切るには、それは明確すぎたのだ。

 

 思わずエストックを握りしめる。

 正体不明の怪物を倒す為に、自身の獲物を握り鼓舞するように、ザザは謎の悪寒に耐えようとする。しかし悪寒は収まることなく、むしろ強まっていった。

 

 対するキリトは、そのままどこか愉しむような口調で、事実だけを突きつける。

 

 

「――――これだけの人数を動員して、アイツが黙っていると思っていたのか?」

 

 

 瞬間――――突風が舞い、衝撃が走り、狂人のふりをしていた弱者が宙に飛ぶ――――。

 

 

「お前達の“恐怖”が、やって来たぞ?」

 

 

 ザザの悪寒の正体が、そこに居た。

 はじまりの英雄を囲っていた絶対に破られない包囲網は、たった一振りで瓦解何もかもを引き千切ってしまった。

 薙ぎ倒されたのは六名。どいつもこいつも、気絶するだけに留められており誰一人ゲームオーバになった様子はない。だがそれだけで、残りの十人程の笑う棺桶(ラフィンコフィン)のメンバーは一歩また一歩後退っていく。いつの間にか、狩る側が、狩られる側へとなる。

 

 恐怖とは心を捉えて、身体を鎖のように縛り付けるモノだ。

 現に、笑う棺桶(ラフィンコフィン)のメンバーはもちろん、ザザもジョニーも肉体に異変が起きていた。

 虚勢だったとは言え、充実した快楽であった。あの『はじまりの英雄』を一方的に痛めつけて、愉悦に浸っていた高揚とした気分が、今はない。

 

 泥濘に嵌ったように、身体は思うように動けずに、指先はしんと冷え切っていた。

 

 

 そして、その正体は、自身の破った包囲網から歩みをすすめる。

 軽い、乾いた音が辺りに響いている。その音は、砂利、と地面を歩くモノだった。

 この上ない恐怖と、とてつもない悪寒を引く連れて、アインクラッドの恐怖――――ユーキは歩みを進めてキリトと真正面から対峙する。

 

 長年連れ添った友人に浮かべるような笑みで、キリトは軽い口調で言う。

 

 

「遅かったな」

「散歩してたら、偶々ここに来ただけだ」

 

 

 それだけ言うと、ユーキは周囲を一瞥して告げた。

 

 

「どう言う状況だ、何て野暮ってぇ事を聞くつもりはねぇ。――――行け」

「助かる」

 

 

 簡単なやり取り。

 しかし、二人にとってはそれだけで充分だった。

 キリトはサチの手を引き、その場を離脱する為に走る。

 

 

「――――守るって決めたなら、最後まで守れ。目の前で誰かが死ぬってのは、結構堪えるもんだ」

「――――――――」

 

 

 その言葉に反応できるほど、キリトに余裕はなかった。

 どうしてそんなことをユーキが言ったのか尋ねる前に、今はサチの安全を優先することが先である。

 

 黒影が遠くなり、点となっていくのを見守ると。

 

 

「さて――――」

 

 

 ユーキは何気ない口調で告げる。

 しかしそれは――――。

 

 

「――――ゴミ掃除だ。手間は取らせねぇ、直ぐに終わらせてやる」

 

 

 笑う棺桶(ラフィンコフィン)とっての、死刑宣告でもあった――――。

 

 

 

 




 皆さんに謝らないとならないことが……。
 Vol.3で終わると言っていたアインクラッド編ですが、Vol.4で今度こそ終わります。

 このままだと、Vol.3だけが話数重なって多くなってしまう未来が見えたので……。
 許してください何でもしますから(懇願)


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