ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第11話 笑う棺桶 ~起~

 

 

 数十分前。

 

 

 彼女は月明かりのないフィールドを走っていた。

 息を切らし、頬からは汗が伝う。しかし、それを拭う素振りすら見せない。特別な理由などない。単純な話で、汗を拭っている暇も、息を整えている時間すら惜しいからだ。

 

 視線の先、ただ真っ直ぐ。暗闇とも言える行き先を、彼女は真っ直ぐに見据える。

 

 

 しかし。

 

 

「あっ……!」

 

 

 足をもつれると、土砂、と音を立てて彼女は無様に一点二点地面を転がった。

 それも仕方ないと言えるのかもしれない。何せ彼女は、自分の運動能力の限界以上を引き出して走っていたのだ。その無茶は、必ずどこかで形として現れる。

 

 それが今。

 彼女の足は、プルプル、と震えており走ることも、もしかしたら歩くことすら難しいかもしれない。

 それでも彼女は歯を食いしばり、前だけを見据えて――――走った。

 

 あまりにも必死、あまりにも夢中な様子。

 それもこれも、彼女に送られてきたメッセージが原因と言える。

 

 メッセージを送ってきたのは『鼠のアルゴ』である。

 内容はシンプルなものだった。

 『十八層で笑う棺桶(ラフィンコフィン)が動いている』

 この程度の内容であった。

 

 レッドギルドとして、忌み嫌われている笑う棺桶(ラフィンコフィン)が動いている。

 普通のプレイヤーがそんな情報を見たものなら、普通のプレイヤーならば関わり合いたくないことだろう。相手は平気でプレイヤーを殺す殺人集団。意味もなく人を殺す、最低最悪の連中だ。

 真っ当な生き方をしている人間であれば、見て見ぬふりをすることだろう。

 

 しかし問題はその後の一文。

 『キー坊を襲おうとしている』

 

 

 ――キー坊って、キリトのことだよね。

 ――このメッセージは、あの人にも届いている筈。

 ――あの人は、笑う棺桶(ラフィンコフィン)がいるってだけで動く人。

 ――キリトも関わっているってなったら、絶対に必ず動く……!

 

 

 彼女がいう“あの人”というのは、性格が良い人間とは言い難い少年であった。

 直ぐに強がって、辛くても辛いと告白することはなく、性格も捻くれている。善人を見れば「お人好しが」と意地の悪い笑みを零し、悪人を見れば「クソ野郎」と義憤することだろう。

 恐らく、笑う棺桶(ラフィンコフィン)と戦うのだって「気に食わなかった」からというのだろう、と彼女は分析する。

 

 

 ――アナタの言葉は嘘ばかり。

 ――自分の気持を悟らせないように、周りの人達に嘘を付く。

 ――本当は皆を守りたい、ってだけの理由なのに。

 ――真っ当な理由の癖に……。

 

 

 そんな少年の背中を、彼女はずっと見てきた。

 少年の言葉に真実は少ない。大半が嘘で固まっており、人を突き放すような言い回しをするものだ。その中から、真実だけを見極めるのは難しい作業である。

 だからこそ、彼女は少年の行動を見てきた。多くを語らないのなら、行動を見るしかない。

 

 少年の行動は、言葉とは裏腹なものであった。

 心が折れている人間を見れば手を伸ばし、膝が折れている人間を見れば攻撃的な言葉を投げつけて叱咤する、襲われいてる人間を見れば何も言わずに救う。

 

 お人好し、と嘲笑う少年は、誰よりもお人好しであった。

 そんな少年を見て、彼女は学んだ。人間は愚かだ、しかしその全てではない、と。だからこそ少年のように人間を守り――――人間のように振る舞いたかった。

 そしていつの日か、少年の寄り添えるような存在になり、少年を守れるようになる。そんな願いを、彼女は抱くようになっていた。

 

 

 ――アナタは、アタシが守る。

 ――危ない目に合っても、アタシが必ず守るよ。

 

 

 そして、彼女は再び走り出した。

 彼女の目指す先は、十八層の丘。その場所に件の少年が居て、今も笑う棺桶(ラフィンコフィン)と交戦していることだろう。

 

 再び走り出す。

 守る為に、死なせない為に、彼女は走り出す。

 

 その様子は我武者羅極まりない。とても、格好が良い疾走とは言えないだろう。

 どうして自分はここまで必死になるのか、と少しだけ考えて、その考えを自嘲するように一笑した。

 

 

 ――そんなこと、当たり前だよ。

 ――好きな人が危ない目に合ってるんだもん。

 ――自分の好きな人は、自分で守る。

 ――女の子として、当たり前でしょ!

 

 

 彼女――――ストレアは自分の恋心に決着を付けて再び駆け出した。

 その姿は人間そのもの。自我に目覚めて、一人の少年に恋をしたAIは、ひたすらに丘を目指す――――。

 

 

 

 

 

 

 

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 2023年7月5日 PM21:30

 第十八層 丘の上。

 

 

 アインクラッドの恐怖と言っても、人間は人間だ。

 ソードアート・オンラインに巣食うモンスターでもなければ、理不尽な強さを誇るフロアボスでもない。同じ人間、同じ霊長類であることには変わりない。

 

 どれだけ凄まじい膂力を誇っていようが、恐怖を操り人の心を縛ろうが、桁外れな意志力を見せようと変わらない。

 空気を吸えなければ死ぬし、何も食べなければ死ぬ。何よりも明確な命の残量として表示されている、HPゲージがなくなれば必ず死ぬ。

 ならば殺せる筈。どんな化物だろうが、どれだけ怪物だろうが、同じ人間ならば殺せる。

 

 笑う棺桶(ラフィンコフィン)の全員はそう思っていた。

 否、そう思わなければアインクラッドの恐怖なんていう怪物に立ち向かえなかった。

 対峙したものなら足が震えて、手に持つ武器もブルブル震えて満足に握れない。だからこそ、笑う棺桶(ラフィンコフィン)は本当に信じていた。

 だからこそ。

 

 

「――――――ッ!」

 

 

 そんな僅かな希望。

 淡い期待すら打ち砕かれた彼ら――――絶大な絶望が殺到する。

 

 轟、とアインクラッドの恐怖が剣を振るえば、防御態勢を取っていた二人の笑う棺桶(ラフィンコフィン)が吹き飛ばされる。

 それこそゴミクズのように、紙くずのように、簡単に吹き飛ばされて宙に舞う。人間はそう簡単に空を舞える生き物ではない。そんなものを見たものなら、それは幻想であり、空想の出来事であろう。あまりにも現実離れしている光景。

 

 しかし奇しくも、そんな空想のような現実を目の当たりにして、笑う棺桶(ラフィンコフィン)の全員が漸く現実を理解した。

 同じ人間だと思っていたアインクラッドの恐怖という存在を、殺せると妄想していた存在を、やっと認識することが出来た。

 そして共通の疑問が生まれる。

 

 

 

――――アインクラッドの恐怖は、本当に人間なのか――――?

 

 

 

 戦い方は実にシンプルなものだった。

 斬る、斬る、ひたすら斬る。

 その行為に牽制などという意味はない。片手で振るわれる剣は全て必殺。格闘ゲームで言うところの、ボタン一つで出る技を繰り返す。

 

 正に暴力の権化。

 『鬼』という表現をしようにも既に当て嵌らず、『鬼神』と呼ぼうにもそこまで完成されていない。

 だからこその暴力。単純に、途方もない力で暴れる。その強さだけで、アインクラッドの恐怖は己の存在を世界に知らしめる。

 

 

「た、助け――――」

 

 

 逃げようとする笑う棺桶(ラフィンコフィン)がいれば、両手剣を地面に突き刺して、空いた片手をその首を掴み地面に叩きつける。

 

 隙が生まれた、と判断した笑う棺桶(ラフィンコフィン)の一人が槍を両手に持つと、全身の力を使い腹部目掛けて刺突する。

 倍以上のあるリーチを誇る凶器を向けられたところで、アインクラッドの恐怖は変わらない。虚を付かれた様子もなく、刺突を当たる寸前で避け――――カウンターを入れるように、笑う棺桶(ラフィンコフィン)の顔面へと拳を捩じ込ませていた。

 

 自分が砲弾のような速度で吹き飛ばされたことすら気付かないまま、槍を持った笑う棺桶(ラフィンコフィン)の意識はそこで途切れる。

 

 最早、何をしようとも意味をなさなかった。

 逃げようとする笑う棺桶(ラフィンコフィン)が居た、麻痺毒を塗られた投げナイフを投げる笑う棺桶(ラフィンコフィン)が居た、統制を整えて盾を敷き詰める笑う棺桶(ラフィンコフィン)達が居た。

 そんな些細な努力。生き残るための、涙ぐましい努力をアインクラッドの恐怖は叩き潰す。

 

 逃げようとする笑う棺桶(ラフィンコフィン)を叩き潰す。

 ――――逃走は出来ない。

 投げナイフを投げようとも避けられて、次弾を放つ以上の速度で詰め寄られ斬り捨てられる。

 ――――飛び道具も通じない。

 盾があろうと関係がない。その上から、途方もない膂力で振るわれた両手剣で蹴散らす。

 ――――防ぐくなど論外。

 

 アリと像の戦いとも言える光景。

 だがそれでも、アインクラッドの恐怖は驕らない。

 余計な会話もせずに、ただひたすら作業するように、雑草を毟り取るように、圧倒的な力で処理していく。

 

 既に、勝ち負けの話ではない。

 攻撃が届くか、どうやって怪物から逃げ切るか。戦闘はいつの間にか、そんな内容にシフトしていった。

 

 笑う棺桶の一人が一歩後ずさる。

 このまま、仲間に意識を向いてくれれば逃げ切るのではないか。全力で、後ろを振り迎えるとなく、我武者羅に走れば逃げ切れるのではないか。そんな儚い希望を抱く。

 

 その時だった。

 仲間の一人が斬り飛ばされて、完全にその意識を奪った怪物の首が、グルン、と逃げようとした笑う棺桶(ラフィンコフィン)に向けられる。

 

 

「あ、あ……!」

 

 

 正面から、蒼い瞳と眼が合う。

 レーザーサイトのように、照準を合わされた笑う棺桶(ラフィンコフィン)は。

 

 

「あァァァァァァァァっ!!!」

 

 

 逃げる。しかし無意味だった。

 意識を向けられ眼が合った、そして攻撃が届いた。

 笑う棺桶(ラフィンコフィン)は、こうして事実上壊滅することになる。

 一人の怪物――――アインクラッドの恐怖によってーーー―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 数十分後

 

 

「さて――――」

 

 

 退屈そうにアインクラッドの恐怖――――ユーキは辺りを見渡した。

 地面に転がっているのは、先程まで対峙していた笑う棺桶(ラフィンコフィン)の連中である。その数は三十人。

 その全員が全員、形を保っており、誰一人ゲームオーバーになっている様子はなかった。

 

 その中には、ジョニー・ブラックや紅眼のザザといった名だたるプレイヤーもいるが、ユーキにはどうでも良い事実であった。倒したからと言って誇るモノでもないし、ユーキにっては害虫を駆除したという認識でしかない。

 

 誰一人立ち上がる者もいなければ、意識を保っている者もいない。

 笑う棺桶(ラフィンコフィン)は余すことなく、無様に地面に転がっている。

 

 戦闘は終わった。

 だと言うのに――――。

 

 

「――――――」

 

 

 ユーキは両手剣『アクセル・ワールド』を収める様子はなかった。

 むしろ何かに意識を向けており、いつ奇襲されてもいいように、臨戦態勢を保っている。

 

 そんな所へ。

 

 

「アインクラッドの恐怖――――」

 

 

 パチパチ、と乾いた音が聞こえる。

 手を叩き、賞賛するように、拍手をしながら暗闇から一人の男の声が聴こえた。

 

 

「――――いいや、俺の恐怖!」

 

 

 俺、という部分を強調しながら、軽い足取りで現れた。

 膝上まで包む、艶消しの黒ポンチョを羽織って、目深くフードを被っている男。その姿に、ユーキは見覚えがある。忘れもしない、忘れる訳がない。

 

 これで三度目。

 一度目は一層の迷宮区にて、二度目は十八層にて。そして今、三度男はユーキの前に姿を表した。

 

 

「俺を追ってたんだろ? だからコイツ潰して回ってたんだろ? 笑う棺桶(ラフィンコフィン)の影に俺がいると思って、潰して回ってたんだろぉ!?」

「…………」

 

 

 口元を緩めて、本当に楽しそうに黒ポンチョの男は朗々と口を開く。

 両手を広げて、迎え入れるようにする様子はあまりにも隙だらけであった。しかし隙などない。常に意識はユーキの動向を注意深く観察しており、少しでもユーキが動けば即座に反応してくることだろう。

 

 

「嬉しいってもんじゃねぇ。貴様の意識には常に俺が居て、貴様は俺をずっと追っていた。ハハッ、これだこれだよ! やっと俺を見たな、やっと俺を呼んだな!」

「クソ虫が、ベラベラ喋ってんじゃねぇぞ」

 

 

 対称的に、ユーキは不快感を隠すことなく、チッ、と舌打ちをすると、地面に転がっている笑う棺桶(ラフィンコフィン)の連中を見て。

 

 

「テメェ、ずっと見てたな」

 

 

 助けようとすれば、割って入って連中を助けることも出来た筈だ。と暗に語るユーキを見て、黒ポンチョの男は肩を軽くすくませて答える。

 

 

「こいつらは手駒だ。俺が何故、笑う棺桶(ラフィンコフィン)なんてギルド立ち上げたと思う?」

「クソ虫の考えなんて、オレがわかると思うのかよ?」

「いいや、わかる。俺は貴様で、貴様は俺だからだ」

 

 

 その言葉に、ピクッ、とユーキが若干眉を吊り上げるも、気にすることなく黒ポンチョの男は続けた。

 

 

「貴様も俺も同じだ。理不尽な世界を憎み、度が過ぎた怒りを溜め込んでいやがる」

「…………」

「だが貴様は、その怒りを自分にぶつけて、憎しみを自分に向けていた。意味がわからねぇ、何故それを他人にぶつけない?」

 

 

 黒ポンチョの男が思い出すのは、一層で出会った頃の記憶である。

 どす黒い眼を宿し、何もかもを燃やしかねない黒き炎をその内に宿す。殺し殺され、陽のあたる場所にいなかった彼から見ても、そんな眼を宿した者は見たことがなかった。

 

 そして今も変わらない。

 アインクラッドの恐怖と呼ばれるようになった少年の眼には黒き炎が宿っており、極限にまで熱された怒りを圧縮した心火は常に少年の心に宿っていた。

 

 

「一人でも殺せば、俺と同じ存在になれるだろう。だから俺は貴様が人を殺せる状況を作った。笑う棺桶(ラフィンコフィン)を作り、バカなガキに麻痺毒の作り方も教えてやったし、アインクラッドナイツも拐かしてやった。効率のいいPKの仕方も広めてやったっけな?」

「…………」

「なのに、どうして貴様は殺さない? 思いのまま怒りを開放しろ、憎悪を相手にぶつけろ。俺と同じ存在になれよ、俺の恐怖。貴様の理解者は俺だけだぜ?」

「……………」

「殺さない、むしろ人助け。貴様はそんなモノじゃないだろう。正義の味方になったつもりか?」

「ハッ、イカレてんのかテメェ」

 

 

 今まで静観していたユーキが口を開いた。

 その言葉は、驚くほど冷静なモノ。その口調のまま、事実だけを口にした。

 

 

「オレが正義の味方、なんて聖人に見えんのかよ?」

 

 

 それだけ言うと、ユーキは両手剣の剣先を黒ポンチョの男に向ける。

 それは明確な拒絶であった。理解者など必要がない、ユーキという人間は黒ポンチョの男を容認出来ない、という明確な意思表示。

 

 

「単純な話だ。オレは“正義の味方”じゃなく“テメェの敵”。その程度の話しなんだよ――――」

 

「――――来いよクソ野郎。テメェとの下らねぇ因縁も、今日で終いだ――――」

 

 

 

 

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