ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 Fortunaさん、もっちもっち〜さん、lastbrutalさん
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第13話 笑う棺桶 ~転~

 

 2023年7月5日 PM22:20

 第十八層 主街区『ユーカリ』 中央広場

 

 

「ねぇねぇ、アスナ! 明日って空いてる?」

 

 

 夕食を食べて、酒場で情報を集め、一緒に居たエギルさんと別れた帰り道。

 わたしと一緒に帰路についていた少女――――ユウキが笑いながらそんなことを聞いてきた。

 

 彼女の笑みは本当に人を元気にさせるモノだ。

 同性のわたしから見ても、ユウキの笑顔は可愛い。人を明るくさせるような、暖かい太陽のような微笑み。

 

 

「何かあるの?」

「その、にーちゃんと一緒に買い物行きたいから一緒に付いてきてもらおうと思って……」

 

 

 わたしが知るユウキという少女は、人見知りをしない女の子。むしろ、人懐っこいと言ってもいい。

 人との距離を詰めるのが上手い。そう言う意味では、ユウキと“にーちゃんと呼ばれた彼――――ユーキは良く似ていると言えるだろう。違いと言えば、笑顔という仮面を被っているか、被っていないかだけの違い。

 

 だから、わたしは妙だと感じた。だって、理由がユウキらしくない。

 

 

「ユーキくんと何かあったの?」

「何もないよ。何もないから、気まずいと言うか……」

 

 

 これまた、ユウキらしくない言い分だと思った。

 何があったのかわからない。どこかに落ちつた所で座りながら事情を聞きたかった。

 けど生憎、今は周りを見渡しても何もなかった。

 

 なので、どこか開いてる宿屋に入って話を聞く、と提案するよりも早く、ユウキは、ポツポツ、と静かに言葉を紡いでいた。

 

 

「多分、ボクってにーちゃんに嫌われてるんだ……」

「え――――っ?」

 

 

 その言葉は、耳を疑うには充分過ぎるモノだった。

 あのユーキくんが彼女を嫌うわけがない。むしろ、距離感が掴めないと悩んでいたくらいだ。

 何かの冗談じゃないか、とユウキの顔を見ても、どこか悲しそうで今にも泣きそうであることから、冗談ではないということが分かる。

 

 ありえない。

 ユーキくんがユウキを嫌うということがあり得ない。

 数ヶ月前まで、妹との距離感が掴めない、と真剣に悩んでいた。それなのに、嫌うなんてありえない。

 

 思わずわたしは、ユウキの言葉を否定するように首を横に振ってしまう。

 

 

「いやいやいや、ありえないよ」

「だって、にーちゃんってボクと喋っても笑わないし、途中で会話止まっちゃうんだよ? 絶対に嫌われてるよ……」

「あー、そういう……」

 

 

 つまるところ、彼はまだ妹との距離を詰められないでいるようだ。

 

 恐らく、彼は今だに悩んでいるのだろう。自分何かに可愛い妹が出来て、なおかつ世話なんて焼いていいのだろうか? なんて思っていることだろう。

 いつもは即時即決する癖に、こう言う所は人に気を使い過ぎるというか。不器用で変な所で真面目な彼らしい悩みでもあるし、何よりもそう言うところが少しだけ“可愛い”と思ってしまうわたしは重症のようだ。

 

 自然と笑みを零してしまうわたしとは裏腹に、ユウキは頬を膨らませている。

 

 

「もー! アスナ、ちゃんと聞いてるのー?」

「ごめんなさい。聞いてる、聞いてるよ。大丈夫よ、ユーキくんはユウキのことを嫌っているわけじゃないから」

「そう、かな……?」

 

 

 家族になったとは言え、彼女はユーキくんと知り合って日が浅い。

 ユーキくんの言葉は、他人を突き放す言葉であるし、乱暴な言い回しを多く使っている。でも、その中には気を使っている感情もあることがわかる。

 

 かと言って、付き合って日が浅いユウキがそれを汲み取るのは難しい。

 だからこそ、ユウキが不安に思うのはわかる。

 

 不安そうにするユウキの両手を、わたしはなるべく優しく握りしめる。

 ギュ、っと両手で包み込み、安心させるように。

 

 わたしにはそれしか出来ない。

 ここでユウキに真実を話すのは簡単だ。でもそれは、その場しのぎの解決法。

 肝心のユーキくんがユウキとの距離感を把握出来ない、という問題が解決したことにならない。

 

 

「大丈夫、大丈夫だから安心して? ユウキが嫌われる理由なんてないでしょ?」

「……にーちゃんがこの世界から抜け出したいってこと知ってる。でもボクは――――」

「――――悪くない、って思ってる?」

「……うん」

 

 

 わたしの視線から逃れるように、眼を付してどこか気まずそうな表情でユウキは続けた。

 

 

「アスナ、ボクね? この世界が悪くない。ううん、好きになりつつあるんだ……」

「そうなの?」

「うん。確かにこの世界は恐いよ? HPゲージがなくなれば、現実世界のボクは死んじゃうし、プレイヤーも良い人ばかりじゃない。嘘ついたり、騙してくれる人もいる。恐いこともあったし、悲しいこともあった」

 

 

 ……どこか思い詰めたように、ユウキは語る。

 そして、真っ直ぐな眼でわたしを見つめて、強い意志と共に言葉にした。

 

 

「でもさ、それだけじゃないと思うんだ。ボクが今感じている風も、匂いも、街並みも偽物かもしれない。だけどボクはにーちゃんに出会えたし―――――アスナ達とも知り合うことが出来た。辛いことや嫌になることだけじゃない、楽しいこと嬉しいことも、確かにここにあったんだ」

「……だからユウキは、この世界が好きなのね?」

 

 

 ユウキは一度頷いて。

 

 

「でもにーちゃんは違うみたいなんだ。この世界から一刻も早く抜け出したい、そう思っている。だからボクを嫌ってるんじゃ――――」

「――――そんなことないよ」

 

 

 思わず遮るように、反射的に口を出してしまった。

 でも仕方ないと思う。だって、ユウキの言い分は違うんだから。

 

 ユウキはこの世界が好きだと思っているから、ユーキくんに嫌われた、と言った。

 そんなことあるはずがない。その程度で、ユーキくんが人を嫌う筈がない。……わたしの幼馴染は、いいや、わたしが好きになった人は、そんな小さい人ではない。

 

 

「ユーキくんはそれくらいじゃ、人を嫌いにならないわ。むしろ『生意気なヤツ。ンな下らねぇ気を使ってんじゃねぇよ』って怒ると思うの」

「……上手いね。にーちゃんのモノマネ」

「当たり前よ。ずっと見てきたんだから」

 

 

 似ている、と言われたのが嬉しかったらしい。

 ……自分でも、にやけていることが分かる。

 

 

「ユウキはユウキのまま振る舞えばいいのよ。ユーキくんに合わせても意味ないし、余計にユーキくんを怒らせるだけよ?」

「……凄いね、アスナは」

「え、どうして?」

「にーちゃんのこと、何でもわかってるみたいだもん。……ボクも、そうなりたいなぁ」

「簡単よ」

 

        「ユーキくんは、分かりにくいけど分かりやすいから」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2023年7月5日 PM22:25

 第十八層 丘の上

 

 

 ――――茅場優希は生命活動を停止していた――――。

 

 

 それは比喩などではなく、事実である。

 少年はストレアを、殺人鬼からの凶刃から守った。そしてその際、左の肩口大きく斬り抉られて、倒れ伏している。

 

 元々、いつ壊れてもおかしくなかった。

 この仮想世界であるはずのない『痛覚』があり、身を壊す程の心意を酷使し彼の身体は間違いなく壊れる予定であった。

 何もかも溢れ落として、身体の中は足りないものばかり。ツギハギだらけの伽藍堂とも言えるその有様は、いつ崩れ消えてもおかしくなかった。

 

 ただ、予定よりも早まっただけ。

 優希が停止したのは、その程度に過ぎない。

 

 故に、今うつ伏せで倒れている優希の身体は、抜け殻のようなものだ。魂の入っていない、ただの人形に過ぎない。

 

 

「なんで……?」

 

 

 呆然と膝を付き、ストレアは消えていく優希の身体を見下ろしていた。

 その紅い双眸からは、とめどなく涙が溢れ、両手は力無く垂れる。

 

 雨が振る。

 先程の豪雨とは違う。ポツポツと力無く、取るに足らないモノであったが、ストレアにとってそれは何よりも冷たかった――――。

 

 

「なんで……?」

 

 

 優希の左腕が少しずつ、砂のような粒子と共に少しずつ消えて行く。

 

 ストレアにとって、どうして彼が倒れて、消えるのかわからなかった。

 守ると決めた、死なせないと決めた、助けると決めた。なのにどうして優希が倒れて、自分がこうして生きているのか理解出来ない。

 

 HPゲージも残っている、彼の身体も残っている。しかし、彼の身体が耐え切れない。幾度の無茶がここで限界を迎えた。

 皮肉な話である。意思は折れていなかった、まだ戦うために一歩踏み出そうともしていた。しかし身体がついて来ない。

 

 

「おいおいおい、冗談じゃねぇぞ……」

 

 

 数メートル先で殺人鬼――――PoHが呆然と呟くがストレアは反応しなかった。

 

 彼女は優希の右手を両手で握りしめる。

 かけがえなのない宝物のように、大切に、大切に、握りしめる。

 

 彼の温もりが消えていく。

 自分の体温や、触れ合った時の暖かさが消えていく。

 

 ストレアは彼と触れ合うことが嬉しかった。

 自分はAIで人間ではないけれど、彼に触れた瞬間に何とも言えない暖かさを胸に感じていた。その度に、自分にも“心”という不確かなものが確かにある、と教えてくれていた。

 

 でも今では――――それを感じない。

 

 

 ――あぁ、そうだ。

 ――アタシは、AIだった……。

 ――心なんてない、人間ではないモノ。

 ――でも、何でだろう。

 ――何でアタシは、こんなに苦しく。

 ――死にたくなって――――眼から涙を流しているのだろう。

 

 

 最早、立つことも出来なかった。

 ストレアは立とうとしても、グラリ、と身体を揺らして地面に再度膝を着いた。

 立っていることすら苦しい、力が抜けるように、何もかもに絶望し無気力になるように、ストレアは力無く頭を垂れる。

 

 身体の芯が次第に凍っていく感覚があった。

 雨のせいではない。心が凍り、感情が凍り、何もかもが色褪せていく。

 ガラクタのように、ストレアは自分自身で、身体が動かなくなることを自覚していく。

 

 だと言うのに、彼女は抵抗をしなかった。

 流れに身を任せて、全てを絶望に染めて、事の次第を成り行きに任せようとしている。

 

 

 ――アナタがいるだけで、幸せだった。

   彼は嫌そうだったけど――――

 

 ――アナタが笑っていて、嬉しかった。

   笑みとはとても言えなくても――――。

 

 ――アナタと共に歩けて、楽しかった。

   ずっと前を歩いてくれていた――――。

 

 ――アナタとずっと一緒に、居たかった。

   一人の生命として扱い、真正面から向き合ってくれた―――。

 

 

 ストレアから見た彼は、誰よりも輝いていて、奇跡みたいに綺麗な存在だった。

 だがそれを――――。

 

 

「――――それで、貴様はなんだ?」

 

 

 ――――目の前に立っている男が、何もかもを奪った――――。

 その事実を静かに受け止めて、ストレアは静かに問いを投げる。

 

 

「……どうして、この人を、狙っていたの?」

「……ンなもん、簡単だ。コイツが俺だからだ」

 

 

 殺人鬼は頭から被っていた黒ポンチョのフードを取り、素顔を曝け出して己の本心を暴露していく。

 

 

「俺は誰にも愛されずこの世に生まれた。いいや、愛されただろうさ。でもそれは“道具”としてだ。誰もこの“俺という存在”を見ようとしなかった。父親も、母親もな」

 

 

 だったら、と言葉を区切り、心意によって赤黒く変色した魔剣の剣先を倒れている優希に向けて続ける。

 

 

「俺を愛せるのは俺だけだろう。だから俺はコイツを狙った。俺だけを見てもらおうと、俺だけ欲してもらう為に、俺だけを愛せるように!」

 

 

 勝手な言い分であった。

 自分しか見ていない、優希の事など考えてない。極めて自分勝手で、自己愛性に満ちた理由。

 

 

「ふざけないで……」

 

 

 ここでストレアの身体に熱が――――。

 

 

「ふざけないで!」

 

 

 ―――熱が、蘇った――――。

 この世界に、彼がいないのなら生きていても仕方がない。

 だからこそ、彼女は何もかもを諦観し、考えることすら放棄し、己も死ぬことを観念していた。

 

 だがこれはどうだ?

 目の前の男は、彼を殺した殺人鬼は何を言った?

 殺人鬼は彼と同じ存在だと言った。それは酷い侮辱であった。彼に恋をしたストレアにとって、それだけは見過ごせない言葉を吐かれたのだ。ここで立ち上がらずに、いつ立ち上がるというのか。

 

 

「アナタが――――オマエが、この人と一緒の筈であるものか!」

「あ?」

 

 

 ストレアは立ち上がり、背に背負っていた両手剣を抜き放った。

 心は折れたまま、心は冷え切ったまま、されど感情は爆発させて、殺人鬼を力いっぱい否定してみせる。

 

 

「この人はオマエとは違う。この人は他人を優先に動く人だ、自分第一で全てを犠牲にするオマエと一緒にするな!」

 

 

 そうだ。

 目の前の殺人鬼――――いいや、男は何もかも自分優先に動いていた。

 自分だけが楽になるために、何もかもを犠牲にして、自分だけが気持ちよくなるために動いていた獣に過ぎない。

 

 自分を誰も愛してくれない、だから自分自身だけを愛する。という理論武装した男は、同じ世界に憎しみを抱いていた茅場優希を求めた。

 一人だけでは嫌だから。偽物だらけの世界で自分一人だけでは我慢できないから安心するために。

 

 

「オマエは殺人鬼なんかじゃない。自分が犯した罪を向き合わない、ただの外道だ!」

「うるせぇよ……」

「この人は違う。何をやったのかわからないけど、この人は自分の罪と向き合って、毎日苦しんでいた。ちゃんと自分の罪と向き合って、苦しんで悲しんで自分に怒っていた!」

 

 

 黒ポンチョの男は歯を食いしばり、魔剣を握りしめる。その様子はまるで、感情を我慢するかのようでもある。

 

 彼の中では今まで楽しく、“彼”と斬り合っていたのだ。それなのに、目の前にいる女が現れて何もかもを台無しにした。

 更に、自分と“彼”は同じじゃないと訴えてくる。最早、黒ポンチョの男は平静でいられなかった。邪魔者を一刻も殺してやりたい、そんな感情が黒ポンチョの男の胸中を渦巻いている。

 

 しかしそれを言うなら、ストレアも同じである。

 目の前の外道がいなければ、“彼”が倒れていることもなかったのだから。

 

 

「だから、オマエはこの人と同じじゃない。正反対の人間だ。この人は罪を受け止めて、オマエは受け止めない。この人は苦しんで、オマエは笑っていた。オマエは――――自分の罪から逃げていただけだ!」

「うるせぇって言ってんのが聞こえねぇのか、クソアマぁ!」

 

 

 怒声が飛ぶと同時に、黒ポンチョの男から衝撃が空気を叩いた。

 赤黒く変色していた魔剣――――友切包丁(メイト・チョッパー)は更に色濃く染まり、今では黒く変色している。

 

 苛立ちを抑えきれず、感情を爆発させたままPoHは魔剣の剣先をストレアに向ける。

 

 

「もういい――――貴様は死ね」

「うるさいよ。オマエはアタシが斬る。今、ここで――――!」

「その言い回しも癪に障る。俺の恐怖のようなことを言いやがって、貴様も俺が殺していった糞袋共のように養分になりやがれ――――!」

 

 

 そうして二人は激突――――。

 

 

 

 

 

 

 ――――しなかった。

 

 

 二人は、ビタッ、と身体を停止する。

 それこそ、一時停止ボタンを押したように、二人は示し合わせたかのように、急に動きを止めた。

 

 音が、音が聞こえた。

 音はPoHの前方から、そしてストレアの後方から。

 その音はまるで、地面を削るような、その下にある世界そのものを削るような――――指が地面を削っていく音であった。

 

 右手の五指に、確かな力が篭っている。

 身体の崩壊はいつの間にか消えており、伽藍堂と化していた身体には魂だけが芽生えていた。

 

 身体に芯が通っていないような、存在が不確かな状態のまま、“彼”は蜃気楼のように、ユラリ、と立ち上がる。

 “彼”は確かに死んでいた。生命活動を停止して、このまま消えるだけの存在であった。

 

 だがそんな理を破壊し、運命すら捻じ伏せて、“彼”は世界に存在を知らしめる。

 

 ストレアは後ろを振り返る。

 もう向き合える事が出来ない存在であった。だがこうしてそれは確かに存在する。

 凍てついていた心が熱を取り戻して、感情が歓喜に湧き上がり、体温が熱を上げる。

 

 “彼”の名は、再起動した彼の名を――――。

 

 

「――――ユーキ……!」

 

 

 涙を零しながら、発した言葉には狂おしいほどの愛情が篭っている。

 “彼”――――ユーキは再び、この世界に帰還をはたす――――!

 

 

 


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