ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第15話 生きる意思

 ――――死んだ人間が、蘇るという現象は本当に起こりえるのだろうか?

 

 そんなもの、考えたところで結論は出ている。否、あり得ない現象である。

 死とは生物である以上、避けて通れないシステム。始まりがあるのなら終りがあるように、それは必ずついて回ってくる。

 

 死とはつまり終わりだ。

 魂、肉体、精神。これらの一つでも欠けてしまえば、生物は死を免れない。

 

 筈だった――――。

 

 

 目深くフードを被った男性は一人、その場に立っていた。

 口元を片手で抑えて、ありえないものを見たかのように息を呑む。

 

 聡明な彼の頭脳はありとあらゆる可能性を定義し、直ぐに消去し、また新しい可能性に手を伸ばしていく。

 目の前で起こったありえない現象。ありえない現実、起こり得ない奇跡をの目の当たりにして、彼は分析していく。

 机上の空論をひたすら考える。科学者である自分の悪い癖だ、と自覚しながら彼は思考を休まずに稼働させる。

 

 そして、ある答えに行き着いた。

 

 頬には冷や汗。

 唇は微かに震えて、その様子からは鳥肌も立っているのかもしれない。

 そう言い切れる程、彼は狼狽していた。

 

 

心意(インカーネイト)システムで“死”という事実を上書きした……?」

 

 

 ポツリと呟いた言葉を首を振って否定する。

 

 システム上はありえてしまうのだろう。

 不可能を可能にする。この世の事象では起こり得ないことを実現させる。

 それこそが彼が提唱した『心意(インカーネイト)システム』であるのだから。

 

 空論を観測するために彼は『ソードアート・オンライン』を、そのためにこの世界を創造した。

 見たかった空論を目の当たりにしたのだ。満足行くはずが、彼の気持ちは晴れない。

 

 

「馬鹿な。私が知っている君ならば、自身の命を手放している筈だ」

 

 

 彼の視線の先にいるのは一人の少年。

 先程まで命のやり取り――――“死闘”を行っていた少年の後ろ姿。一度死んで、文字通り生き返った。

 少年が心意(インカーネイト)システムを使用していたのは明白だ。何せ蘇るという不可能な事実を可能にしてしまったのだから。

 

 心意(インカーネイト)システムが肝になるのはイメージ力。想像の力、心の力に他ならない。

 それはつまり――――少年は絶対に死んではいられない、と抗ったからに他ならない。

 

 それを理解した上で、彼は断ずる。

 ありえないと首を横に振り、その結論を否定する。

 

 

「君は私と同じ筈だ。だからこそ私はこの世界を創造し、私達は――――」

 

 

 それ以上の言葉はでなかった。

 口を固く閉ざし、瞼を落す。何も見ないように、何も感じないように、彼は心を冷静に保つ。

 

 

「君は、君達は本当に面白い存在だよ……」

 

 

 思い出すのは二人の少年。

 一人はいずれは手に入れる筈の『二刀流』スキルを心意(インカーネイト)システムを使い、無理矢理自分の物とする黒い外套の少年。

 もう一人は例の少年、彼の視線の先に居る存在。自分をも燃やす“黒炎”を身に宿し、遂にはその力を“蒼炎”へと昇華させた金髪碧眼の少年。

 

 

「キリト君か君か。“どちら”なのか、それとも“どちらも”なのか本当に楽しみだ――――優希君」

 

 

 彼の呟きに誰も答えない。

 何故、彼が金髪碧眼の少年――――茅場優希の名を知っているのか、それは彼だけが知っていた――――。

 

 

 

 

 

 

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 少年は街にいた。

 空を見上げると雲一つない青空が広がっており、視界には日本特有の街並。いつもどおり、日常通りの景色が眼に映っていた。

 少年は疑問に思うことなく、歩を進める。

 

 夢みたいに白くて暖かい日差しが降り注ぐ。街の道路は蜃気楼にように揺らめいており、しかし熱いというわけでもない。

 むしろ心地よい温度。熱くもなく、温くもなく、気持ちの良い気温であった。

 

 少年は制服を着ていた。

 胸中にあるのは久しぶり、といった感情。これまた妙な感情であるが、とにかく久しぶりに制服の袖を通していた。

 何気なく少年はダイシーカフェに立ち寄った。

 

 こんな天気だ。

 ダイシーカフェは混み合っていた。明かりは窓の日差しのみ、人工的な光など存在しない。

 大半の席は埋まっていた。開いているとしたら、二つのテーブルのみ。

 

 少年が席に座ると同時に、一人の少女も席に座る。

 十代ともとれるし、二十代ともとれる。人工的でありながらとても自然な薄紫色の髪の毛の少女。

 

 少年は気にすることなく同じように、待ち合わせた。

 背中合わせに、暖かの日差しの中二人はその場にいた。

 

 ―――不思議な静けさ。

 よく見たら店員もいなければ、店主もいなかった。

 だが不思議と、少年は疑問に感じなかった。むしろ“こういうものだ”と受け入れている節すらある。

 

 自分が短気の部類であると、少年は自覚している。そんな自分がボーッと待ち人を待っているのも不思議なはなしだ。

 しかし答えは直ぐに見つかった。こんなにも穏やかなのは、背後の少女がいるからだろう。

 

 少年は落ち着いていた。

 彼女と背中合わせでいるのが自然のようで、自分の半身といるような感覚。

 

 長い時間が経って、ふと窓の外を見ると見知った顔がそこにいた。

 栗色の髪の毛の幼馴染が手を振り、その横には両手いっぱいに手を振る義妹の姿。幼馴染の友達である桃色の髪の毛の少女が黒い髪の毛の少年を無理矢理引っ張っている。その二人の後ろに隠れるようにこちらの様子を伺っている幼女の姿。

 その中にダイシーカフェの店主の姿や、メガネをかけた後輩の姿を確認すると、少年は席を立つ。

 

 同時に――――

 

 

「いってらっしゃい――――」

 

 

 背後から声が聞こえて少年は始めて振り返る。

 

 

「――――ユーキ」

 

 

 少年――――ユーキは手を伸ばす。

 握ることは出来ないことはわかっている、手を伸ばしたところ戻ってこないとわかっている。

 それでもユーキは手を伸ばす。無意味であると知りながら、自身を救ってくれた彼女に――――ストレアに手を伸ばす。

 

 ストレアから手が伸びることはない。

 しかし表情は幸せそうで、とても嬉しそうに、ユーキが無事であることを本気で喜んでいるようで――――。

 

 

 

 

 

 

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 2023年7月10日 AM7:45

 第十八層 丘の上

 

 

 

 そして、ユーキは意識を覚醒させた。

 第十八層の主街区『ユーカリ』を一望できる丘。そこに生えている大木にユーキは座り込み背を預けていた。

 

 殺人鬼―――PoHとの決着から二日が経った。

 世界は相も変わらず攻略に躍起になる者、現状維持に務める者、何もかもを諦めた者と様々な人種が存在していた。

 笑う棺桶(ラフィンコフィン)は事実上壊滅した。主犯格のPoHは行方不明。幹部であるジョニー・ブラックや紅眼のザザは第一層の『黒鉄宮』監獄エリアに収容されている。

 

 アインクラッド最大規模のレッドギルド笑う棺桶(ラフィンコフィン)は壊滅した。

 しかし安心は出来ない。オレンジプレイヤーの存在が消えたわけでもなければ、いつ第二の笑う棺桶(ラフィンコフィン)が現れないとも限らないのだ。

 だがそんな事実、ユーキにはどうでもよかった。

 

 

 一人の人間を斬るのに何を犠牲にしたのか。

 その何かは他人から見ればただのAI、人間でもない存在なのかもしれないがユーキにとって大きな存在であり、まぎれもない“人間”であった。

 こうして自分が五体満足にいられるのも彼女のおかげである。左眼の視力は戻っているし、左腕の感覚もある。絶え間ない激痛が走っていた身体は元に戻っている。

 それもこれも、ユーキに自身のリソースを与えたおかげであった。継ぎ接ぎだった身体、空っぽだったアバターは彼女が埋めてくれた。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 その事実がユーキには我慢が出来ない。

 また生き永らえてしまった。誰かを犠牲にして、生き永らえてしまった自分が許せなかった。

 奥歯を噛み締めて、両腕を握り締めて、力無く頭を垂れる。

 

 これで二度目だ。

 一度目は両親、そして二度目はストレア。どうして自分はここにいるのか、どうして自分は――――生き残ってしまったのか。

 

 ふと視界の端にメッセージが届いている通知がある。

 開く気などない。どうせキリトであったり、リズベットであったり、ユウキであったり、エギルであったり――――。

 

 

「――――やっぱり、ここにいた」

 

 

 ――――アスナであったりするのだろう。

 

 ユーキに声をかけたのはアスナであった。最初からユーキがここにいることを知ってたかのように気軽な調子で声をかけた。彼女は覗き込むように、太陽を背に彼を見下ろしている。

 対して彼はそれに応える様子はない。

 

 アスナも分かっていたのか困ったような笑みを零すと、何も言わずにユーキの隣に座り込んだ。

 気温は温かく、日差しが若干厳しいが大木が木陰となっており過ごしやすかった。

 

 数分か、数十分か、長い沈黙が二人を包み込む。

 

 

「……何があったか、聞かねぇのか?」

 

 

 口火を切ったのはユーキだった。

 力無く、どこか虚無感を感じさせる声色に対してアスナはうん、と答える。

 

 

「ユイちゃんに聞いたから」

「そうか……」

 

 

 それからまた沈黙が流れる。

 ポツリポツリ、とユーキは語り始める。

 

 

「オレさ、ユイに謝りに行ったんだ」

「うん」

「責められることも覚悟した、殺されても良いと思った。アイツを殺したのは、オレみたいなものだから」

 

 

 だけど、と言葉を切りギュッと拳を握り、自身への怒りで肩を震わせて。

 

 

「何も、言われなかった。むしろ『私達を人として扱ってくれてありがとうございます』って礼を言われたよ……」

「…………」

「なんだよ、どいつもこいつも……っ! あの人達といい、ストレアといい、何で自分を犠牲にしてオレを助けるんだ!?」

 

 

 それは懺悔であった、後悔であった。

 貯めに貯めてきた感情の波がここにきて強く激しく押し寄せる。

 不甲斐ない自分を呪い、生き永らえた自分を憎悪し、許せないと怨嗟の声を張り上げる。

 

 

「同じだ、同じなんだよ。オレはどうしようもないクソ野郎だ。こうして必ず誰かに迷惑をかける、取り返しのつかないことをしでかす」

「……」

「だったら死んだほうが良いだろう。オレには生きている価値はない。オレは、オレにそんな価値はない、手を差し伸ばされるような人間じゃない。なのに――――!」

「――――ダメだよ」

 

 

 そう断じると、アスナは力強い否定とは裏腹に、優しく何もかもを包み込むようにユーキの握り締めた片手を両手で包み込む。

 

 

「君がそんなことを言っちゃダメだよ」

「だが事実だ。オレにはそんな価値は――――」

「――――事実じゃない!」

 

 

 一際大きな声で否定され、ようやくユーキはアスナの顔を見る。

 彼女は悲しそうに怒りながら、瞼に涙を貯めて続ける。

 

 

「価値があるないとかで君のお父さんもお母さんもストレアも優希くんを助けたんじゃない。好きだから助けたかったし、愛してたから自分を犠牲にして君を助けたの!」

 

 

 涙は流すまい、とグッと堪えるも一滴、二滴と涙がアスナの眼から流れる。

 大粒の涙を流してもアスナは止まらない。嗚咽をもらしながら力強くユーキの言葉を否定する。

 

 

「受けた愛に理由をつけないで。そんな権利、優希君にも誰にもないわ……!」

「明、日奈……」

「価値があるとかないとか、そんな悲しいこと言わないでよ……!」

 

 

 思わずユーキは目を丸くする。

 ここまで強い否定をされたのは初めてだった。この世界に閉じ込められる前、いつも自分の後ろについて来たアスナでは考えられない強い言葉。彼女は強く気高く成長していた。

 

 顔を伏して、それでも両手の力を緩めずにアスナは涙ながら必死に訴える。

 

 

「ぅう……! もういい加減、自分を許してあげてよぉ……! ずっと頑張ってきもん、優希くんが笑わなくなって苦しそうだったの、わたし知ってるもん……!」

「そうだな。オマエはずっと一緒にいてくれたもんな……」

 

 

 握られてない片方の手で、アスナの頭を優しく撫でる。壊れ物を扱うように、優しく優しく彼は撫でる。

 

 今まで罰するように、生きてきた。

 それが自分の贖罪なのだと信じて疑わなかった。何せ生きている価値などなく、むしろ死んだ方が良い人種だと思って生きてきた。

 死ぬことなんて怖くなかった。一度死んだ身だ、いつ死んでも変わらないと思っていた。

 だがそんな自分に泣いてくれる者がいる、命を賭して救ってくれた者がいる。

 そんな価値は自分にはない。その考えを改める気はない。何せ事実なのだから。事実は覆しようがない。こびりついた自己否定はそう簡単に払拭出来るものではない。これからもこびりついたままであろう。

 しかし――――。

 

 

「そう、だよな……」

「優、希くん……?」

 

 

 どこかユーキの気配が変わると、アスナは顔を上げた。

 彼は遠くを見つめていた。目の前の景色ではなく、もっと広く遠いナニかを見つめて、力強く言葉を紡いで行く。

 

 

「許す許せないは別として、オレが自棄になるのはおかしな話だ」

 

 

 その言葉には先程までの強い自己否定はない。

 危うさはの色は薄れ、言葉に強い覚悟を乗せていく。

 

 

「筋が通らねぇ。助けてもらったのに、文句を言うなんざあの人達とストレアに悪い」

「うん、うん……!」

「もうジタバタしねぇよ。覚悟も決めた。オレの死に場所はここじゃねぇ。あの人達やストレアの分までオレ……頑張ってみるよ」

「わ、たしも……!」

「うん?」

「わたしも、優希くんが自分を好きになれるようになるまで、頑張るから! 優希くんが自分を許せるようになるまで頑張るから……!」

「……長い付き合いになりそうだな」

 

 

 苦笑混じりに言うと、ユーキは空を見上げる。

 雲一つない青空が広がっている。まるでその景色は、夢に見た景色のようだ。

 ふと一凪の風が吹いた。頬を撫でるように、優しい風。

 

 

 ――――いってらっしゃい、ユーキ。

 

 

 空耳だろうか。

 ユーキの耳にそんな声が聴こえる。

 

 少年の口元が微かに緩む。

 自己否定が極めて強い彼の人生は苦痛が伴うことだろう。

 犠牲の上で成り立っている自身に自責の念が押し寄せて、罪悪感に押し潰される事もあるだろう。

 

 だがそれでも生きてほしいと願ってくれる人間、自分も頑張ると泣いてくれる人間が居る。

 それだけでユーキは前を向ける、再び前に進める。

 だからこそ彼は口の中で呟いた。

 

 

 ――――あぁ、行ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

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 同時刻

 

 

 黒鉄宮は重たい空気が流れていた。

 何せそのはず。この場所には監獄エリアがあり、蘇生者の間という場所が存在している。

 蘇生者の間には金属製の巨大な碑『生命の碑』があり、そこにログインしている1万のプレイヤーネームが書かれている。プレイヤーが死亡すると名前に横線が引かれ死亡原因が表示される。

 

 その前には呆然と立ち尽くす者、膝を付き悲しみに暮れるもの、知人のプレイヤーネームに横線が刻まれていないことに安堵するものと様々である。

 その為、眼が行くのは知人のプレイヤーネームのみ。知りもしない赤の他人のプレイヤーネームなど気にしない。いいや、気にする余裕がないといった方が正しい。

 

 だからこそ誰も気付かなかった。

 どこか奇妙なプレイヤーネームがある。正しく言えば“あった”。

 それはプレイヤーネームがあるわけでもなければ、プレイヤーネームに横線が刻まれている訳でもない。

 空白。プレイヤーネームが確かにあったのだが、消されたかのように空白になっている。

 

 そのプレイヤーネームは『PoH』。

 この意味を知るプレイヤーはいなかった――――。

 

 




 これにてVol.3は終了となります。
 ようやく人に近づいてきたユーキです。
 周りの助けがあってやっと近づいた程度。彼がまともになるのはまだまだ時間がかかりそうです。
 次のVol.4でアインクラッド編は完結でございます。長かった長かった。長くなったのは私のせいでもありますが、とにかく長かった。

 GGO編をやりたいです。
 シノン可愛いのがいけない。シノン可愛くない?

 というわけで、また怠けないように頑張りますので次もよろしくお願いします!

 PS
 活動報告にてリクエストがありました【FGO風マテリアル ユーキ編】を体裁しましたので、よかったらよろしくお願いします。


 

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