ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 息詰まったので、山なし谷なしのお話。


 IFストーリー
 
 デスゲームなんてなかった世界。


番外編 晶彦「優希君、ラーメンを食べに行こう」

 

 

 

「は??」

 

 

 それはいきなりだった。

 夜も更けて、時刻は21時になろうとしたところ。

 優希とその義妹である木綿季が住んでいる築何十年というボロアパートのドアを開けて、一人の上下黒ジャージを着た男性がいきなりそんなことを言ってきた。

 

 遂に狂ったか、と優希は彼を呆れた目で見る。

 そして、狂うのも無理はない、という哀れみの目線。常に研究ばかりの男だった。変わり映えのない多忙な日々がこの男を狂わせたのか、と思わず同情をする。

 

 対する男ははて、と首を傾げて無表情に。

 

 

「優希君、ラーメンを食べに行こう」

「聞こえてんだよ」

 

 

 聞こえてないと思ったらしい。

 間髪いれずに、優希は同情した心を燃やし尽くし、事実だけを上下黒ジャージの男――――茅場晶彦に突きつけた。

 

 同情した自分が、哀れんだ自分がアホだった、と後悔するのもつかの間。

 頭を抱える優希に何を思ったのか、晶彦は続けて。

 

 

「優希君、私と」

「ボクとー!」

「「ラーメンを食べに行こう」」

 

 

 いつの間にか現れた木綿季と晶彦が交互に話し始める。

 

 いよいよ、鬱陶しい極致である。

 優希は思わず天を仰ぎ見て。

 

 

「何が何を何で?」

「おや、優希君がバグったようだ。珍しい」

「オマエのせいだよクソ鉄仮面」

 

 

 妙にテンションの高い従兄弟はこの際無視することにする。まずは手に負える方からだと、優希は己の頭の中に優先順位を決めて、ニコニコ笑みを浮かべる義妹に視線を向けて。

 

 

「何でオマエは動じてない訳?」

「だってボク、晶彦さん来るの知ってたし」

「は??」

「私から君へのサプライズさ」

 

 

 ねー? と、顔を見合わせて示し合う二人であるが、片や無表情、片や笑顔と言う辺りなんとチグハグなことか。

 

 思わず頭を再び抱える。

 天然と天然が揃うと、ここまで手が付けられない状況になるのか、と少しばかりの苛立ちを覚える。だからだろうか、ある種の反抗心が優希の中に芽生えた。これ以上、天然達の好きにさせまいといった少しばかりの意地の悪い考え。

 

 

「ねー、行こうよにーちゃん!」

「行かねぇよ、メンドくせぇ」

 

 

 つまるところのストライキ。

 それに本当に面倒臭かった。

 

 木綿季は晶彦から聞いているからか、外出する準備がバッチリのようであるが優希は違う。上はTシャツ、下はスウェットといったように、思いっきりこのあとは寝るだけです、という格好をしている。

 これから着替えるのは面倒であると思っていると、晶彦がどこか誇らしげに胸を張って。

 

 

「安心したまえ」

「あぁ?」

「これから行くのは屋台。どんな格好をしても大丈夫なのだよ」

 

 

 いや、限度があるだろう、とツッコミを入れる前にハッ、と優希は合点がいった。

 

 

「……もしかして、アンタがそんな格好をしてるのって――――」

「ふっ、気付いたか」

 

 

 晶彦は暗に語る――――郷に入りたくば郷に従うものである、と。

 

 なんとういうことだ。

 優希の目の前にいる男は、あろうことか屋台のラーメンに行きたいがために上下黒ジャージを着てきたのだ。様子から見るに、車では着ていない。電車を乗りついで、ワクワクしながら、ここまでやってきたらしい。

 

 

 ――馬鹿なのか?

 ――紙一重っていうが、そういうことなのか?

 

 

 言葉を失っている優希に、クイクイ、と。服の裾をひっぱられる感覚を覚える。視線を向けると、その先にはどこか不安そうな木綿季が見上げていた。

 

 

「にーちゃんは、ボク達とラーメン食べに行きたくないの?」

「―――――――」

 

 

 クリティカル。

 性根が捻じ曲がっている男の心に、悲しげな目線でもって致命傷を与える。

 

 しかしそれでも優希は何とか抵抗しようとしたのか、行きたくないと口にしようとするが、義妹の悲しげな目が許さない。うーんうーん、と唸ること数秒。

 

 

「行く」

 

 

 渋々、と言った調子で。忌々しげに表情を歪めて、これでもかと億劫そうな雰囲気で、口にした。自身の下らないプライドと義妹の心情を天秤にかけて、義妹の方へと傾いた瞬間でもあった。

 木綿季はやったー! と身体いっぱいに喜びを表現をし、晶彦はうんうん、と満足そうに頷いて。

 

 

「与しやすくなったな」

「オマエ、捻じ切るぞ、腕を」

「冗談だよ。そんなことしたら泣くぞ私は。大人気なく。ガン泣きだ」

「うるせぇよ」

 

 

 深く深く、これでもかと深く優希はため息を吐いて、晶彦を見る。

 無表情であるが、どこか嬉しそうな叔父を見て、もはや抵抗するのも馬鹿らしくなったようだ。既に優希の心はさっさと食って、さっさと帰宅することに意識を割いていた。これ以上振り回されてたまるものか、と財布を捜していると。

 

 

「今日は私が奢ろう」

「えーっ、いいの晶彦さん!」

「いいとも。何せ今日は――――」

 

 

 口元に笑みを浮かべて。

 

 

「――――君の誕生日だろ?」

「――――」

 

 

 優希は息を呑む。

 そのために、そのためだけに、彼なりに祝うために来たのか、と。

 

 いつも多忙である叔父は、そのためだけにここまで足を運んでくれたのか、と優希は思い、そして口を開く。

 

 

「いや、違うけど」

「えっ……!?」

 

 

 木綿季は晶彦と義兄の顔を交互に見る。明らかに混乱している彼女を余所に、冷静に思考を巡らせて晶彦は一言。

 

 

「おや?」

「おい待て。おや、じゃねぇ」

「はははっ、すまない。冗談だ」

「冗談のセンスがクソねぇなアンタは。見ろ、うちの妹が混乱してるじゃねぇか」

「えっ、えっ? 冗談なの??」

 

 

 眼を丸くしてしている木綿季に、晶彦が一度頷いて。

 

 

「無論、ジョークだとも」

「無表情でやるから質が悪いんだよなコイツ。オマエも気をつけろ」

「う、うん。慣れるように頑張るよ……」

 

 

 面白さよりも、困惑が勝ったのか、木綿季はどんな反応をしていいか迷っていた。

 そんな常人の思考など考えもしない、天才茅場晶彦は少しだけテンションを上げて。

 

 

「さぁ、行くとしようか二人とも。道中恋バナとかしてしまおうか?」

「誰がオマエなんかに話すかよ」

「いいや、私の恋バナだが。恋人の惚気というのを聞いてほしくてね」

「オマエのかよ。……いや、待てちょっと待て。恋人がいるとか初耳なんだが?」

「初めていったからね。テンションが上がってきたな、明日奈君も呼んじゃうか?」

「わー、それは楽しそうだね! ボク連絡しようか?」

「ンなことしたら京子さんがキレるだろうが」

「無視するがいいさ。アイツの言うことなど」

「アンタら本当に仲悪いな……」

 

 

 そうして三人はラーメンを食べに行くのだった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





>>茅場優希
 天才の叔父に振り回される系男子。
 ダイシーカフェでバイトしているときに、何度か晶彦君と京子さんが鉢合わせになり、チクチクやりあうのやめてほしいと思っている。本編よりも苦労している。

>>茅場晶彦
 天才。
 天才過ぎて素っ頓狂な行動をする。
 実は、本編とあまり変わらない。シリアス成分が抜けるとこんな感じ叔父さん。
 兄と仲が良かった京子さんが嫌い。ブラコン。

>>茅場木綿季
 義妹。
 純粋で割と晶彦の言うことを直ぐに信じるため、冗談と本気の区別がついていない。
 愉快な叔父さんだとは思っている。お兄ちゃんは変なことに影響されないか心配しているのを知らない。


 

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