ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第2話 男は船、女は港

 2024年1月16日 PM14:35

 第十八層 主街区『ユーカリ』

 

 

 攻略組として生き残りたいのなら簡単だ、誰よりもレベルを上げればいい。その為に効率よくモンスターを狩り、なるべく多くの経験値を得て、レベルを上げる。

 その為、攻略組として行動するプレイヤーはソロではなく、ギルドに所属している。情報とは大きな武器だ。一人よりも二人、二人よりも四人、四人よりも八人。それが数十人規模であれば膨大な情報となり、効率のいい経験値の稼ぎ場もわかってくるというもの。

 

 だからこそ、攻略組にとって攻略中の層は最重要となってくる。

 上層になればなるほど、モンスターのレベルは上がる。となれば、手に入るアイテムやクエスト報酬もより良いものになっていくからだ。

 故に、攻略組にとってモンスターの出現場所は競争場所であり、クエストの受注も奪い合いの場所となってくる。

 

 そういった理由で、大抵の攻略組は上層へと拠点を移していく。

 “最強“ギルドである『血盟騎士団』もそうであるし、“最大”ギルドである『聖竜連合』も勿論のこと。『風林火山』や『月夜の黒猫団』少数のギルドも同じである。

 

 

 だがここで特殊な攻略ギルドが一組。

 血盟騎士団と聖竜連合の攻略ギルドと肩を並べる一組のギルド。

 その人数は四人。

 三十人規模の血盟騎士団やそれ以上の規模を有する聖竜連合と同等の戦力が備わっている。

 異質も異質だ。数では大きく差があり、年齢も十代の少年少女しか存在しない。だがそれなのに、血盟騎士団と聖竜連合と肩を並べる異質なギルド。

 

 拠点としている場所も異質。

 攻略組が上層に拠点を作っているのにもかかわらず、彼らの拠点は第十八層の主街区『ユーカリ』。その郊外にある、周りに建造物がないどこにでもある二階建ての木造の家。その敷地内には大きな木が生えており、その木陰で昼寝も出来ることだろう。

 それが彼らのギルドホーム。その外観はあまりにも普通であり、攻略組筆頭がそこを拠点としているのだから異常。

 

 血盟騎士団からも、聖竜連合からも一目置かれる異質なギルド――――『加速世界(アクセル・ワールド)』それこそが彼らのギルドの名前であった。

 

 二階建ての木造建築から少しだけ離れた場所に、石造りの建物が存在した。

 屋根には煙突があり、絶え間なく煙が空へ上がり消え帰っていく。

 中には鉄を熱するための炉があったり、その燃料となる石炭は棚にある。壁には様々な種類のハンマーがあり、試作で作ったであろう剣や防具などが同じく壁に飾られていた。試作と言わずに、店頭で並べても遜色ないレベルであった。

 金床や研磨機などがあることから、この場所が工房だということがわかる。

 

 工房というのだから、その中にいるのは一際大男、もしくはファンタジー世界の住人であるドワーフのよう風貌の男だと想像できるのだが――――。

 

 

「うーん……」

 

 

 頭を悩ませているのは少女であった。

 桃色の頭髪に、純白のパスリーブの上着に、黒色のフレアスカート。胸元に緋色のリボン。その姿はどちらかといえばウェイトレスに近く、工房で作業するには不似合いな格好であった。

 しかしその手にはハンマーが握られており、壁に飾られている剣や防具も彼女が精製したものなのは疑いようがない。となれば、鍛冶師としても一流であることが分かる。

 

 難しい顔をして、彼女はギルド共有のアイテムウィンドウを開いていた。

 ときに頭を抱えて、ときに目頭を抑えて、そして再び頭を抱える。そんなことを繰り返していると――――。

 

 

「ただいまー」

 

 

 木造で作られた扉を開ける一人の少女が笑顔で現れる。

 ただいま、と発言するからには彼女もまたこのギルドのメンバーであることが分かった。

 

 桃色の頭髪の少女の様子がおかしいことに気付いた彼女は眼を丸くして。

 

 

「……どうしたのリズ?」

「どうもこうもないわよ……」

 

 

 桃色の頭髪の少女――――リズベットは真剣な表情で向き合った。

 思わず彼女――――アスナはあまりにも真剣なリズベットを見て身構えてしまう。

 

 リズベットは難しい顔のまま、重い口調で事実を告げた。

 

 

「財政難よ、リーダー」

「え、財政難?」

 

 

 想像していなかった言葉を聞いて一瞬だけ言葉を心のなかで反復させて、アスナは身を乗り出してリズに詰め寄った。

 

 

「え、え、え? ど、どうして? わたし達、無駄な買い物とかしてないわよね?」

「してないわね。その辺りはユーキのヤツがシビアだから、無駄な買い物なんてしたことなかったけど」

 

 まぁ、アイツの場合はシビアというよりも貧乏性って感じだけど。と言葉を区切り大きくため息を吐いて続けた。

 

 

「原因は素材よ」

「え、素材?」

 

 

 アスナは首を傾げる。

 自分も細剣を強化、研磨を頼むことはあれどそこまで頼んだ記憶もない。財政難になるほど圧迫するほどではなかった筈だ。

 となるともう一人。アスナの幼馴染の少年を思い浮かべるがそれもなかった。彼もアスナと同じくらいの頻度で強化を行っている。

 

 となるともう一人。 原因となる人物も見当がついてくるというもの。

 リズが一際ため息を吐いて、その人物なのか答える。

 

 

「素材を湯水の如く使うバカがいるのよ」

「……もしかして」

「そうよ! キリトのバカよ!」

 

 

 うがーっ! と大きな声を上げるリズに、心当たりがあるのか困った表情を浮かべて納得する。

 アスナにも原因がわかった。常日頃のキリトの素行を思い出すも、それはリズベットによって言葉にされる。

 

 

「まったくアイツはポンポン剣を折って帰って来て! 修理するのもタダじゃないのよタダじゃ!」

「キリトくんレベル高いから、ステータスに見合った武器を作るってなったらそれなりの素材数持って行かれちゃうもんねー……」

「そうなのよ……。中では市場でしか出回ってないものもあるしさー。エギルに格安で売ってもらってるけど、高いものは高いのよ……」

 

 

 それは悲痛な声であった。

 まるで貧乏一家の主婦のような悩みがリズベットに襲いかかる。

 

 

「食費、アイテムとかの消耗費、ギルドの上納金。これで家賃とかあったら最悪だったわ……」

「リズってなんか、お母さんみたい……」

「それじゃ、アンタがお父さんだからね」

「え、わたし!?」

「当たり前でしょー、リーダーって大黒柱な感じだもん。……アナタからもあの子達に何とか言ってください」

「きょ、教育はお前に一任した筈だ……!」

「うわっ、絵に描いたようなダメ旦那ね」

 

 

 ひどいっ!というアスナの嘆きを右から左に受け流し、リズベットは持っていたハンマーを置いて気を取り直して呟く。

 

 

「でも冗談じゃなくて、金策考えないとね」

「アイテム売るとかどうかな?」

「そうねー……」

 

 

 リズベットは顎に片手を当てて少しだけ考えて。

 

 

「却下よ却下」

「やっぱり?」

「当たり前でしょー。これから何があるかわからないもの。……これが普通のMMOならその手もあったんだけどね」

「そう、だよね……」

 

 

 リズベットの言うとおり、これが通常のMMORPGなら物資を売って凌ぐ手は使えるだろう。

 しかし彼女達がやっているゲームはゲームであっても遊びではない。HPバーがなくなれば現実では死亡となるデスゲーム。この世界では、明日何が起こるが予想も出来ない。そんな不安定な世界で、物資を売るのは得策とは言えない。

 

 それに、とリズベットは言葉を区切り肩をすくめて。

 

 

「あのバカまた剣を折ってくるでしょ? アイテムってその場しのぎじゃなくて、継続的にお金が入ってこないとまた財政難になるってわけよ」

「確かにそうね」

「まぁ、あたしも、さ。アイツに頼られるのは嫌いじゃないし? むしろ嬉しいというかなんというか……」

 

 

 ボソボソと、次第に小声になっていく。リズベットの頬は少し赤みが帯びており、恥ずかしそうでもある。

 乙女となったリズベットを見てアスナはどこか微笑ましそうに笑みを零す。

 

 その視線に気付いたのか、リズベットは慌てながら辺りを見渡す動作をしながら。

 

 

「そ、そう言えばあのバカはどこに行ったのよ?」

「釣りに出かけたよ。ユーキくんと一緒に」

「釣りぃ?」

 

 

 怪訝そうな顔のまま、リズベットは続けた。

 

 

「人の気も知らないで、いい度胸じゃない……」

「まぁまぁ。ユーキくんの言い出しっぺだったみたいだったし、大目に見てあげようよ」

「え、ユーキの?」

 

 

 今度は目を丸くする。まさかの提案者に、リズベットは素直に驚いていた。

 リズベットが知る彼はそんなことなどしない。ましてや釣りなんて絶対にやらない。それこそがリズベットの中の彼である。

 

 しかしそういえば、と数日前の出来事を思い出しながら。

 

 

「そう言えばアイツ、表の木陰で昼寝したりしてたわね……」

「うん、気持ちよさそうにね」

 

 

 嬉しそうに話すアスナを見ながら、リズベットは意外だった当時の光景を思い出していた。木陰で寝て、そのそばでアスナが本を読んでいた。

 昼寝など彼らしくないが、傍らには愛用している両手剣がある辺り、実に彼らしい。

 この前など、夜に屋根に登ってアスナと一緒になって空をボーッと見上げていた事を思い出す。

 

 丸くなった、余裕が出来てきた。

 どちらとも取れる彼の変化に、リズベットはニヤニヤ悪戯を考えたかのような意地の悪い笑みを浮かべて。

 

 

「へぇ、ちゃんと旦那の手綱握れてるみたいね?」

「え? 旦那? お父さんはわたしでしょ?」

「違うわよばか。さっきの続きじゃなくて、現実の方のよ。アンタの旦那」

「旦那……」

 

 

 首を傾げてアスナは数秒考える。

 それから。

 

 

「――――ッ!?!?」

 

 

 ボンッと音をたてたかのように顔を赤く真っ赤に染めると手をブンブン振り回しながら。

 

 

「ゆ、ユーキくんは別に! まだというか、そう言う関係じゃないし!」

「へぇ、まだ、ねー?」

 

 

 ニヤニヤと笑うリズベットに対して、アスナはあわあわと顔を赤くさせるばかり。

 もはや反撃する余裕はアスナにはない。ずっとリズベットのターンであり、完全に彼女の術中にハマっていた。

 

 

「いいアスナ? 幼馴染ってのはメリットであり、デメリットなのよ?」

「え? ど、どういうことよ?」

「幼馴染って属性は確かに強い。それだけで個性があるし、誰よりも近い異性であるとも言えるわ。でもそこまでなの、それ以上の関係に進むことは案外難しい」

「え、えぇー!? ホント!? リズ、それってホントなの!?」

「ええい、狼狽えるな小娘ー!」

 

 

 ガシッと、リズベットはアスナの両肩を力強く掴む。そのまま真っ直ぐに彼女の眼を見つめると。

 

 

「幼馴染は死亡フラグ、噛ませ犬、踏み台。でもね、この世界には一つの大きなシステムがあるのよ」

「そ、それは……?」

「この世界にはね――――『結婚』ってシステムがあるのよ……」

「――――」

 

 

 アスナは息を呑んだ。

 眼を丸くして、直ぐにその両眼が閉じる。そしてもう一度開いた時には――――。

 

 

「――――詳しく、聞かせてくれないかしら?」

 

 

 攻略組のフロアボス攻略会議並の覇気――――いいや、それ以上の剣気を纏った『紅閃』のアスナという攻略組がそこにいた――――。

 

 

 

 

 

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 2024年1月16日 PM16:35

 第二十二層 大きな湖の畔

 

 

 アインクラッド第二十二層。主街区の名はコラル。主街区と言っても、各層のように栄えている訳ではない。規模としては小さな村と同じ程度。もしかしたら第一層の郊外にある『ホルンカ』と同じ程度であった。

 加えて、周囲には森林。どうやらこの層は、人の手が加えられていないという設定なのかもしれない。人口も少なく、開拓されている様子などがない。更に付け加えるのなら、モンスターなどが一切出現しないことから、攻略組は勿論のこと、中層を拠点としているプレイヤーも寄り付かない。

 その為、人口が極めて少ない層と言えるだろう。

 

 そんなプレイヤーが少ない――――いいや、存在しない層に四人のプレイヤーの影があった。

 四人は肩を並べて、釣り竿を持ち地面に座り込んでいる。金髪の少年、黒髪の少年、バンダナをしている野武士面の男性に色黒の男性といった順番に並んでいた。

 

 

「いやぁ、まさかお前が釣りしたいと言い出すとはなー?」

 

 

 ハッハハハハッ、と居丈高に笑うのは体格の良すぎる男性――――エギルである。

 まったくだと頷く少年――――キリトの横で不貞腐れるような声。どうやらこの少年が釣りをすると最初に言い出したようである。

 

 

「何をしたいかなんて、オレの勝手だろうが……」

 

 

 金髪碧眼の少年――――ユーキは浮き沈みしないウキを真っ直ぐに見ながら続ける。

 

 

「つーかよぉ、そこのヘタレ剣士の他に、ンでアンタらもついてきた訳?」

 

 

 ヘタレ剣士ぃ!?と立ち上がろうとしたキリトをまぁまぁと宥めながらバンダナの野武士面――――クラインはユーキの質問に答えた。

 

 

「オレぁキリトと遊ぼうって思ったからなー」

「遊ぶって……。クライン、お前子供みたいなこと言うなよ……」

「うるせぇよ。大人にはな、偶にハシャギたくなるときがあんの」

 

 

 呆れ気味に言うキリトに対して、口を尖らせて反論するクラインを横目に、今度はエギルが答えた。

 

 

「俺はお前らが釣りをするって言うからだよ。偶にはのんびりするのもいいなぁって思ってな。誰が言ったと思ったら――――」

 

 

 そこまで言うと、エギルは釣り竿のウキからユーキへと視線を移した。

 どこか感慨深そうな口調で続ける。

 

 

「まさかお前発信とはなー……」

「エギルの気持ちもわかるよ。俺も驚いてる」

 

 

 キリトはそう言うと、視線をウキに向けたまま問いを投げた。

 

 

「理由とかあるのか?」

「別に」

 

 

 対するユーキはつまらなそうな口調で答えた。

 

 

「ドリューくんが言ってだろう。偶にはこうして呑気に構えるのも悪くない、そう思っただけだ」

 

 

 キリトとエギルはそんなユーキの言葉を聞いて、思わず空を見上げる。

 それこそ思いっきり、何やら奇天烈な状況になると予感しながら、備えるために空を見上げた。

 

 空は至って快晴。青空で雲ひとつない。

 それでも満足できないのか、エギルは不安そうな声で。

 

 

「おいおい、雪でも振るんじゃねぇか?」

「いやいや、雪ならまだ可愛いもんさ。槍だ。今に見てろ? 槍が振ってくるぞ」

「なんだなんだ、ユーキが釣りするのってそんなに珍しいんか?」

 

 

 まだユーキと会話らしい会話するようになって日が浅いクラインにとって、彼が釣りをしたりのんびり過ごすという行動の意外性があまり感じられなかったらしい。

 

 それはそうだ。こうして息抜きをするのは珍しくない。人間であれば張り詰めた空気をほぐすために、リフレッシュの一つや二つはするだろう。

 しかしそれが普通の人間ならばの話である。

 

 キリトもエギルもその辺りよく分かっていた。

 息抜きをする、といった人間がどれほど普通じゃないのか。今までと比べたらどれだけ異常であるのか。

 

 キリトは声を潜めて、クラインの質問に答えた。

 

 

「珍しいってもんじゃないさ。アイツバーサーカーだよバーサーカー、フロアボス絶対に殺すマンだぞ?」

「え、危ないヤツじゃん」

「そう、危ない奴なんだよ。そんな奴が釣りするっていうんだぞ? ヤバイだろ」

「おい、喧嘩売ってんのかヘタレ剣士。オマエも似たようなもんだろうが」

 

 

 チッ、と小さく舌打ちをすると釣り竿のウキを見守る。浮き沈みはない。プカプカとウキが浮かび、小さな波の音が聞こえるばかりだ。しかし釣れてないのはユーキだけではない。四人が四人とも、ものの見事に浮き沈みがない。

 

 そこで痺れを切らしたのはクラインだった。

 彼は釣り竿から手を話して、大の字に寝転びながら。

 

 

「あー、釣れねぇなぁー。なぁなぁ、本当に魚いるのかよ?」

「居るっぽいぞ。なんでもデカい主が」

「マジかよー」

 

 

 エギルの言葉聞いて、寝たままの状態で湖を見る。

 とても穏やかな水面。とても主なんてモノが存在するとは思えなかった。

 

 もうやる気がまったくないのか、クラインは空を見上げながら不満を漏らす。

 

 

「でもよぉ。オレ達の誰もがヒットしねぇっておかしいだろ。お前ら釣りスキルなんぼ?」

 

 

 えーっと、とキリトは釣り竿を片手に持ち、もう片方の手でメインメニューウィドウを開き、ステータス画面を確認する。

 

 

「俺は600だな。エギルは?」

「俺もそれくらいだ」

 

 

 それだけ言うと、エギルがユーキへと視線を向ける。

 彼だけではない。クラインは寝ながら、キリトは横目で、それぞれユーキの発言を待っていた。

 

 対するユーキはメインメニューウィンドウを開かずに、ウキに目を向けて簡潔に答えた。

 

 

「ゼロ」

「オメェ、本当かよ? ちょっとステータス見せてみ」

 

 

 クラインはノロノロと立ちユーキの方へと近付いて行く。ユーキも無言でメインメニューウィンドウを片手で操作してステータス画面を開いた。

 スキルを見て、クラインは呆れた口調で一言。

 

 

「うわっ、バーサーカーだコイツ」

「どれどれ……うわっ、本当だバーサーカーだ」

 

 

 エギルも見ると同じような反応。

 それから自分のスキルと見比べて続けた。

 

 

「スキルだけ見たら、釣りをしたいなんて言った奴とは思えんな」

「だろー? 戦闘用のスキルしか習得してねぇでやんの」

「うるせぇなぁ、あっち行けよオマエら。魚が逃げんだろうが」

 

 

 クラインとエギルが鬱陶しく感じたのか、ユーキは少しだけ不機嫌そうに呟く。

 しかしそれでも釣れないことに苛立っている様子はない。むしろボーッと糸を眺めている事から、釣ることを目的としていないかのようでもある。

 

 それはユーキだけの話。

 釣ることを目的として来ているクラインにとって、この状況は退屈のようである。

 彼は再び寝転がりながら。

 

 

「釣りとか狩りとか色々と出来るけどよぉ、やっぱり帰りてぇな現実世界に……」

「どうしたんだ、急に」

 

 

 キリトの問に対して、どこか楽天的な調子でクラインは答える。

 

 

「いや、もう第五十層だろ? もう少しでクリアなわけだし、プレイヤー(オレ達)の中に茅場晶彦がいるなんて思えねぇくらい順調じゃん」

 

 

 もう五十層と喜ぶべきか、それともまだ五十層と嘆くべきか。どちらにしても、折り返し地点。

 このまま百層まで進むべきか、それとも茅場晶彦が扮するプレイヤーを捉えるべきか。この辺りがターニングポイントと言えるだろう。

 

 だがクラインにとって重要視するのはそこじゃないようだ。

 彼は朗々とした明るい口調で問う。

 

 

「お前らはよ。現実世界に帰ったら何したい?」

「クライン、それってある種の死亡フラグだぞ?」

「大丈夫だって。フラグってのは建てて折るもんだろ」

「フラグ建てたこともないくせに?」

「うるせぇな。それじゃキリト、まずお前から言え!!」

 

 

 えぇ、俺!?と若干狼狽えると、少しだけ考えてキリトは一人で行動してたときのことを思い出す。

 つまり第一層での自分、この世界に放り投げ出されたばかりの自分――――ユーキとアスナと出会う前の自分。

 

 

「俺は……家族に会いたいな」

「うわっ、普通。キリト、それ普通」

「うるさいなぁ! そういうクラインはどうなんだよ?」

 

 

 恥ずかしかったのか顔を赤くさせてキリトはクラインに問いを投げる。

 対するクラインはよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに立ち上がると胸を張って堂々と言い放った。

 

 

「オレは美味い飯を食う!」

「俺以上に普通じゃん。普通オブ普通」

「オメェの方が普通だよ! 家族だぞ家族! 普通だろ。……ところでよ、お前に姉か妹っている?」

「妹がいるけど?」

「紹介して」

「はっ倒すぞ野武士ヅラ」

 

 

 軽快な応酬に、静観していたエギルはまぁまぁと宥めながら。

 

 

「家族に会いたいも美味い飯を食べるのも立派な理由だと思うがね。俺も嫁さんと娘に会いたいしな」

「エギルって結婚してるんか!?」

「なんだその反応?」

「いや、てっきりアンタもオレと同じモテない色者枠だと思って……」

「ぶん殴るぞ?」

 

 

 意外なものを見たと言わんばかりに驚くクラインに、エギルは青筋を立てる。

 モテない同類と思われたことに不快に思ったのか、はたまた同じ色者枠だと思われたことに腹が立ったのか。

 それはさておき、とエギルはため息を吐いて微動だにしないウキを見つめているユーキへ話を振る。

 

 

「ユーキは何がしたいんだ?」

「……あ?」

 

 

 ユーキは少しだけ考える。

 何分、家族はおらず、待っている人間も現実世界にはいない。そして、今までは今見える道を進むことに精一杯だった。視界の端に映るものはすべて彼方へと追いやり、前だけを見据えて進んできた。

 だからこそ、その先。つまりデスゲームから帰還した後など考えもしたことがなかった。

 それは今も変わらない。前だけを見て、後ろを振り向くことはしない。

 

 現実世界に帰ったら何をする、なんて下らない。と今までの茅場優希であれば、鼻で笑ってこの話題はそれまでであっただろう。

 しかし現在は違う。自分には仲間がいる、自分の為に泣いてくれる奴が居る、自分の為に頑張ると言ってくれた奴が居る、自分の為に――――その身を犠牲にしてくれた奴が居る。

 

 ならばこそ、ここで死ぬわけには行かなかった。

 生きてここを脱出し、現実世界に帰る。そこまでしないと、犠牲になってくれた者に顔向けが出来ない。

 

 

「……そうだな」

 

 

 そう呟くと、しみじみと感慨深げに彼は答える。

 

 

「オムライスが、食いたいな」

「オムライス……?」

 

 

 エギルは何かが引っかかるのを感じた。

 それも一瞬のこと。直ぐにハッと何かを思い出したかのように意地の悪い笑みを浮かべてエギルは問う。

 

 

「それって俺のか?」

「……アンタのじゃねぇよ」

「だよなぁ! なんだお前、素直じゃないやつだなぁ!」

 

 

 居丈高に豪快に笑うエギルを見て、キリトとクラインは首を傾げる。

 無理も無い。エギルが確信を得たのは、デスゲームが始まる前のユーキを知っているからだ。

 

 オムライス。

 自分が営む『ダイシーカフェ』であった小さな問いかけ。

 ユーキは鼻で笑って返したあのやり取り。取り留めのない、普通の日常だった頃の話をエギルは思い出し機嫌が良さそうに言う。

 

 

「美味かったなら美味いって言ってやれ。本人に食べたいって言わないと、伝わらねぇぞ?」

「……あぁ、わかってるよ」

 

 

 わかっている。そんなこと、ユーキにはわかっていた。

 言わないと伝わらないことも、その為に現実世界に帰らなければならないことも、帰るために何をしなければならないことも。ユーキは理解していた。

 

 

 ――帰るためには何をするか

 ――何をしなければならないのか。

 ――ンなもん、簡単な話しだ。

 ――それは、茅場晶彦を斬る。

 ――斬らないと、現実世界に帰れない。

 

 

 自然とギュッと竿を握る手に力が篭められる。

 それが自分に出来るのか。両親が死に、面倒をかけた人間を斬ることが出来るのか。第一層で感じたときのように、怒りのまま彼を斬る事が出来るのか。

 答えは――――でなかった――――。

 

 




>加速世界のギルドホーム
 第十八層の主街区郊外にある。
 下層で、物件が郊外でギルドホームということもあって買い手がなかったところを購入する。
 木造の二階建ての家で、敷地内には大きな木に石造りの工房がある。
 一階はキッチン、リビングルーム、風呂にトイレ。二階は四部屋。地下にはアイテム部屋。一千万コルを払うことによって増築が可能。
 それぞれメンバーにはお気に入りスポットがあり、キリトは木陰で昼寝、リズベットは工房、アスナはリビングで裁縫をしたり、ユーキは屋根に寝転んで空なんか見上げている。

 メンバー全員が十八層には特別な思いがあるのか、満場一致で十八層に拠点を構えることに決定したようだ。
 「オレのマンションよりも豪華で気に入らない」とはユーキの言葉。貧乏なのである。


>剣の腕
 加速世界の剣の腕の順番は
 キリト>アスナ>ユーキ>リズベット
 しかし何でもあり(心意なし)の戦闘の場合はその限りではない。


>役割分担
 指揮担当 アスナ
 作戦担当 キリト
 財務担当 リズベット

 残りのユーキは何をするのかというと戦闘担当。
 一番槍的な勢いで突っ込む。

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