ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
2024年1月24日 AM10:35
第四十七層 ダンジョン『思い出の丘』
――――辺りは一面花の畑だった。
主街区『フローリアン』を見た瞬間、思わず「わぁ……!」という声を上げたのは記憶に新しい。何せ“少女”にとって数分前の出来事だ。それは鮮明に覚えていた。
四十七層に転移して“少女”の眼に映ったのは無数の花畑である。四十七層のゲート広場はレンガで囲まれた花壇となっており、“少女”も知らない花が咲き誇っていた。
しかも無駄に咲き誇っていた訳ではない。
緻密に計算された、どこにどの花を置けば映えるか、この花はどの花と一緒にあればより美しく見えるか、計算に計算された配置で、見る者を魅了する作りとなっていた。
“少女”もその一人である。辺りに目を奪われて、精密に作られた花を愛で、この上層までやって来ていた。
しかしそれも、最初の話し。
これは簡単かもー、なんて思っていた彼女の心境は一辺することになる。
目的地のダンジョン『思い出の丘』に到着するや否や、“少女”の心境は見事に180度反転していた。
見える景色は変わらない。
『フローリアン』で見たように、一面は花畑。デスゲームと化した世界とは思えない穏やかな景色が広がっている。だが、ダンジョン内のモンスターは違う。
頭に花が咲き誇っている、まるで花に寄生されているような焦点が合ってない狼。
口元に血がついていて、大きな口のような器官が特徴的な食人植物。
ヌルヌルでテカテカした触手が頭から何本も生えている大型モンスター。
他にも見た目がグロテスクなモンスターが『思い出の丘』に蔓延っていた。
しかも追い打ちをかけるように、上層ということもあってかレベルも高い。“少女”はもともと中層を拠点としているプレイヤーである。上層、しかも四十七層を探索できるほどレベルもなければ、プレイヤースキルも高くない。
もはや自分の身を守るのに精一杯。だというのに、もう既に“少女”は『思い出の丘』の中枢まで進んでいた。
本来であればありえない。
自分の身を守るだけで精一杯のプレイヤーが、上層のダンジョン内を中枢まで進めることなんてありえないのだ。
ならばどうしてか。それは簡単な話しだった。
少女はパーティーを組んでおり、そのパーティーが四十七層など簡単に踏破出来てしまうほどのプレイヤーであったからに過ぎない。
「――――なるほど。それでアイツはいないのか」
黒髪の少年がモンスターの攻撃を弾いて、「スイッチ」と言う掛け声で後ろに下がる。
それに続いて頭髪が栗色の少女の細剣のソードスキル『リニアー』がモンスターの頭部を突き刺し、消滅したのを確認して会話を続けた。
「うん。確かめに行くみたい」
「確かめに行くって何を?」
「うーん、自分の気持ち……かな?」
黒髪の少年はその言葉を聞いて、いまいち要領を得なかったのか首を傾げる。
二人が何を話していたのか、“少女”には幸いなことに聞こえていなかった。聞く余裕が無いと言った方が正しいのかもしれない。
なにせこの層は“少女”にとって未知の領域。装備を一新されて、中層を拠点としているプレイヤーにしてはありえないほど高性能で固められている。それでも緊張はするし、自分の身を守るのに精一杯だった。
そんな人間が、他人の会話に聞き耳を立てれるわけがない。
だからこそ“少女”は質問をした。
自分の装備を一式作ってくれて、そして自分を守護してくれている桃色の髪の毛の彼女に、質問をした。
「リズさん、あの二人は何を言ってたんでしょうか?」
「えっ!? あー、大丈夫よ。シリカが気にすることじゃないから」
答えになってない返答聞くと“少女”――――シリカは「んー?」と首を傾げる。真上には大量のクエスチョンマークが飛び交っていることだろう。それぐらい前を歩く二人の少年少女の会話が気になっていた。
それを「ははは……」と乾いた笑いを浮かべて誤魔化す桃色の頭髪の少女――――リズベットは気が気でなかった。
何せ二人が話していたのは、この世界をデスゲームに変貌させた全ての元凶である茅場晶彦が攻略ギルドたる『血盟騎士団』にいる可能性がある、という会話であった。
ほとんどが誰も知らない真実。更に言えばシリカは中層プレイヤーということもあり、攻略組を雲の上のような存在の人達と捉えていた。そんな人間が二人の会話を聞いた日には卒倒することだろう。
リズベットの心境など知らずに、前衛を担当している二人は呑気に会話しながら高レベルモンスターを倒していく。
気楽な調子であるが、慢心もなければ油断もない。単純に余裕であるのだろう。
それがなおのこと質が悪い、とリズベットは溜息を吐くと。
「あの、ごめんなさい……」
シリカは眼を伏せて、申し訳なさそうに呟いた。迷惑をかけていると感じていたたまれない気持ちの現れか、ギュッと服の裾を握っている。
どうやら今の自分の溜息で勘違いさせた、と理解するとリズベットは慌てて否定する。
「べ、別に今の溜息はアンタに向けたわけじゃないわよ」
「でも、あたしがヘマしちゃったから皆さんに手伝わせちゃって……」
シリカは『ビーストテイマー』であった。
ビーストテイマーといっても、ソードアート・オンラインにクラス名にもスキル名にも、そんな
エンカウントしたモンスターと戦闘せず、なおかつ友好的な興味をプレイヤーに示し、餌など与えてテイム出来て始めて使い魔としてモンスターと共に戦うことが出来る。故にプレイヤー達は、モンスターを使い魔と使役出来るプレイヤーを『ビーストーテイマー』と呼んでいた。
しかしこのビーストーテイマーだが、なる条件が難しいものであった。
ソードアート・オンラインのモンスターは、プレイヤーとエンカウントしたら襲ってくる仕様である。襲ってくるのだからプレイヤーも攻撃したり、逃げることだろう。デスゲームとなったこの世界において、モンスターは飼いならす存在でないし、ましてや直ぐに襲ってくるのだからテイムするという選択肢はない。
更に言えば、ビーストテイマーになる条件も、今のところ判明できていない。テイムしたいモンスターとエンカウントして、イベントが起きなければ使い魔として使役することは出来ない。イベントが起きないのだから、逃げてまたイベントが起きるまでそのモンスターとエンカウントし続けなければならないのだ。仮にイベントが起きたとしても、必ず使い魔に出来る確証もないのだ。
そんな労力、途方もない労働をするくらいなら、自己を鍛えてレベルを上げたほうが効率的だろう。
モンスターを戦わせることが出来るという羨望、死ぬ確率が低いという妬み。嫉妬やっかみとなり、いつしかモンスターを使役できるプレイヤーは『ビーストテイマー』と呼ばれるようになっていた。
そして幸運にもビーストテイマーとなったシリカは良くも悪くも目立っていた。
珍しいビーストテイマーということも然ることながら、そもそもが絶対的に少ない女性プレイヤー。つけ加えるのなら、シリカという少女は可愛いと称される女性である。
いつしか注目され、人気も出て、ファンを持つようにもなる。シリカが『竜使いのシリカ』と呼ばれるようになるまでそう時間はかからなかった。
シリカの人気は凄まじく、中層プレイヤーにとってのアイドルとも言えるくらい有名となっていた。その人気といえば数ヶ月前までは『ウタちゃん』と呼ばれる歌エンチャンターと同じくらいのもの。
年端もない。ましてや十数歳の幼いシリカにとってアイドルのような扱いを受けるのは初めてである。彼女が舞い上がるのは仕方ないとも言えるだろう。
それが彼女の不幸といえる。
舞い上がっているシリカを誰も注意するプレイヤーは存在せず、むしろ良く思われたいが為に男性プレイヤーはシリカを守ろうとする。それこそがシリカにとっての不幸であった。
思い上がりは人を不幸にするように、シリカもその流れに逆らうことはできなかった。
彼女は事故により、最愛の使い魔『ピナ』を殺してしまったのだ。
事故と言っても、避けられたモノであった。彼女の不注意によって、モンスターから奇襲を受けてしまい、主人を身を挺してモンスターの攻撃から守り、ピナは消滅してしまった。
もっと自分が注意深くしていれば、身の程を弁えていれば、ピナは死なずに済んだのではないか?
命からがら、『ピナの心』というアイテムを回収して、途方に暮れていると「どうしたの?」と黒髪の少年に声をかけられて、現在に至るということだ。
今は使い魔を復活させることができる、『思い出の丘』へ向かい進んでいるのだが。
「本当にごめんなさい。あたしのせいで、皆さんには無駄な時間を……」
自分のせいでピナが死んで、今も自分のせいで関係のない人達が迷惑をしている。
その揺るぎない事実が、シリカにとって情けないものであり、自分自身に怒りすら覚える。
しかしリズベットはシリカの頭を優しく撫でて笑みを零す。
そんなことはない、とシリカの負の感情を拭い去るかのように。
「アイツにとって人助けってのは、趣味みたいなものよ。だからアンタが気負う必要はないの」
「そう、なんですか……?」
恐る恐る尋ねるシリカに、リズベットは力強く頷くと。
「アイツ、というかアイツら? うちの男連中はお人好しばかりなのよー」
もう一人の方は絶対に認めないけどね、と困ったように笑みを零す。だがその笑みはどこか誇らしげでもある。
視線を黒髪の少年に移す。
全プレイヤーを絶望の淵に叩き落としたモンスターキラーを討伐した英雄。
ベータテスターの風当りに立ち向かい、見事改善させることが出来た少年。
この世界で二人目のユニークスキル持ちの二刀流使い。
『はじまりの英雄』『二刀流』と呼ばれるプレイヤー――――キリトの姿がそこにあった。
巧みに片手剣を使いこなし、モンスターを斬るキリトに鼓動が早くなり、頬もどこか紅潮していくのを自覚する。
シリカからしてみたら、攻略組を担うキリトはヒーローのような存在である。気取らずに、鼻にもかけずに、困った人を無償で助ける気高い精神性。それは正に英雄と言えるモノであった。
「はじまりの英雄さん、カッコイイですね……」
自然と出た言葉に、耳聡くリズベットは反応した。
ニヤニヤと笑みを零し、意地の悪い笑みを浮かべる。
「なになに~? アンタ、キリトに惚れたの?」
「べ、別に違いますよ! ただなんというかその、攻略組で『はじまりの英雄』って呼ばれてて、カッコイイなぁって……!」
そこまで言うと、ここにいるメンツが凄まじいことにシリカは改めて気付いた。
攻略組でも五本の指に入るほどの実力者である『はじまりの英雄』。それを従えているギルド『
そして隣には彼らを支えている『クリエイター』。もう一人である『魔獣』と呼ばれるプレイヤーの姿はいないが、攻略ギルド三強の一角を担う『
今まで普通に会話していたのに、いきなり変貌を遂げているシリカにリズベットは怪訝そうな顔で口を開いた。
「アンタ、どうしたの?」
「な、なんでもないですっ!」
何でもない訳がなかった。
肩に力が入っているのはもちろんだが、表情は強張っており、眼が泳ぎ、極めつけは右足と右足が同時に出かねない。
誰がどう見ても緊張していることがわかる。
一体どうしたのか話しを聞こうとするが、前に視線を向けるとキリトが手を降ってシリカの名を呼んでいた。どうやら目的地に到着したようだ。
それにシリカは気付いていない。緊張しすぎて、周りが見えていないようだ。
リズベットは苦笑いを浮かべて、シリカの背を後押しするように背中を叩きながら。
「ほら行った行った! アンタのヒーローが呼んでるわよ」
「え、あたしをですか??」
ほら、とリズベットはキリトの方へと指差して視線を促した。
自分の名が呼ばれていることを気付いたシリカは、花が咲いたように笑みを浮かべてキリトの方へと足早に駆け寄っていく。
だが直ぐにリズベットの方へと振り返って。
「あの、リズさん」
「ん?」
「ありがとうございます。おかげで元気が出ました!」
「別にいいわよー。あと忠告だけど、『はじまりの英雄』って呼ばれるのアイツ苦手だから気をつけなさい」
「はい! ……え、でもと言うことは名前呼び? きゃー、どうしよう……!」
と、小声で両手を両頬に添えて足早にキリトの方へと向かう。
それと入れ替わるようにアスナがリズベットの方へ歩いて来るとニッコリ笑みを浮かべて口を開いた。
「お疲れ様リズ。ごめんね、シリカちゃんの護衛頼んじゃって」
「なんもいいのよ。アンタ達がモンスター倒してくれたから、こんな短時間でここまでこれたんだし、あたしにはこれしか出来ないから」
片手を振って気持ちの良い笑みを浮かべてリズベットは言う。自虐とも言える内容であるが、彼女の表情からはそんな気配は伺えないし、彼女もそんなつもりで言ったわけではないのだろう。
アスナも理解しているのか、笑みを浮かべてやんわりと首を横に振る。
「そんなことないわよ。リズが後ろについてくれてるから、わたしもキリトくんも安心して前衛に専念が出来たわけだし」
そう言うやいなや、アスナもリズベットと肩を並べて同じ方向へと顔を向ける。
その先にはキリトとシリカの姿があった。
キリトとシリカはくぼんだ岩の真ん中に視線を向けて、固唾に見守っていた。それから直ぐに白い花が咲くと、恐る恐るシリカが手に取る。
直ぐにキリトを見上げると、キリトは優しく微笑み、シリカは嬉しそうに頬を赤く染めて笑みを返していた。どうやら成功したようである。これでシリカの使い魔も蘇生させる事が出来る。
見守っていたアスナは安心したのかホッと胸を撫で下ろすと、意地の悪い笑みを浮かべて。
「ライバル登場って感じ?」
「うるさい」
アスナが何を言わんとしているのかわかると、リズベットは間髪入れずにピシャリと返す。
その反応が楽しかったのか、クスクス笑みを零しながらアスナは続ける。
「リズ、アルゴさん、サチさんにシリカちゃん。モテモテだねキリトくん」
「そういうアンタはどうなのよ?」
「大丈夫大丈夫。まったくモテないから」
アスナは油断しきっていた。
確かにアスナの想い人は粗暴で、口調も乱暴、眼つきも悪ければ、性格も捻くれている。
キリトと比べてモテる要素など一欠片もないのも事実であるが、何が起こるかわからない。それが人生というものだ。
いつしかアスナも焦るときが来るかもしれない、そんな未来を想像して思わずリズベットは溜息を吐く。
それから呆れた口調で問う。
「……それで? ユーキのヤツはどこで何やってるのよ?」
「あれ、言ってなかったけ? ユーキくんはね――――」
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2024年1月24日 AM11:10
第三十九層 主街区『ノルフレト』
主街区と言っても、特に特徴がある街並みではなかった。
典型的なファンタジー世界の田舎町と言った佇まい。木々や水辺が多く、素朴な木の家、大きな風車、そして牧場と素朴な街。それが第三十九層の主街区『ノルフレト』である。
とてもではないが、最強の攻略ギルド『血盟騎士団』が本拠地として構えているとは思えない。
だが現に、ここが血盟騎士団の本拠地である。
それを証拠に、無所属のプレイヤーの他にも、血盟騎士団に所属している紅い甲冑に身を包んだプレイヤーと数度すれ違っている。
すれ違った血盟騎士団のみんながみんな、振り返って怪訝そうな表情を浮かべている。無理も無い、そこまでに“彼”は良い意味でも悪い意味でも有名人であるのだから。
彼はそんな視線すら気にせずに、ぶっきらぼうな口調で質問を投げる。
「オマエはなんでそんなに嬉しそうにしている訳?」
質問というからには一人では成立しない。
一人であればそれは独り言で終わるが、生憎“彼”は今一人ではなかった。
“彼”の隣で歩く少女――――ユウキは「ん?」と小さく可愛らしく首を傾げて。
「嬉しそうかな?」
「自分がニヤけてんの気付かねぇのかよオマエ」
呆れた口調で言う“彼”とは対称的に、それはもう嬉しそうに満面の笑みを浮かべてユウキは答えた。
「だって久しぶりなんだもん、にーちゃんとこうしてどっか行くの! だからボク、凄い嬉しいんだ!」
純粋な好意。
裏などない純度100%の気持ちをぶつけられて、“彼”はどう返していいかわからず取り敢えず四文字で返した。
「そうかい」
「うん、そうだよ!」
「……緊張感が足りてねぇな。オレ達が今から何しに行くかわかってんのか?」
「晶彦さんが血盟騎士団にいるかもしれないでしょわかってるよ」
それだけ言うと、ユウキはどこか不安そうな声色で。
「……ボクはにーちゃんといれて凄く嬉しいけど、にーちゃんはボクといれて嬉しくないの?」
打って変わって、ユウキは表情を曇らせる。どこか“彼”の機嫌を伺うようで、怒らせまいとしている様子であった。
見る人間からしてみたら、それは健気に映ることだろう。しかし“彼”はそんなユウキが気に入らなかった。
だがそれはユウキが気を使っているからであり、それが気に入らないと指摘して良いものかどうか。それが原因でユウキを傷つけてしまうのではないか。この世で残ったたった一人の義妹を泣かせてしまうかもしれない。そんなことが許されるだろうか。兄としてどう言えば正解なのか。
“彼”は不器用に、自問自答を何度も器用に繰り返す。それから絞り出した答えが、これまた不器用極まりないものであった。
「嬉しくないわけじゃねぇよ」
「そっか。それじゃ、嬉しいんだね!」
「あ?」
どう言う理屈でそうなったのか疑問を持ち、“彼”はユウキに視線を向ける。
ユウキはこれまた、先程の曇らせていた表情とは180度反転して、嬉しそうに笑みを零しながら。
「嬉しくないわけじゃないって言うことは、にーちゃんにとって嬉しいことだ、ってアスナが言ってたもん」
「……アイツ、また変なことを吹き込みやがって」
チッ、と小さく舌打ちをする。これが的外れであるのなら鼻で笑うのだが、正解であるのだから“彼”は何も言えなかった。だからこその舌打ち。何も言えないのだから、どこかに小さな八つ当たりをするしかなかった。
だがここで新たな疑問が生まれる。
自分と一緒に行動するのが嬉しいと彼女は言った。ならば何故、ユウキは寝泊まりをギルドホームで行わないのか。
これを問いて良いのか、彼女が困らないか。また新しい自問自答をしながら、“彼”は意を決して問う。
「どうしてギルドホームに来ねぇんだ?」
「それはね――――にーちゃん達の邪魔したくないからだよ?」
それはどう言う意味なのか。
“彼”が問う前に、ユウキは元気よくある場所を指差す。
そこにあるのは田舎屋敷のような木造の建築物。
これまた最強のギルドが拠点としている建物とは思えないのだが、大きな門の中の敷地内にある正面扉の上にかけられているギルドフラッグが証拠となっていた。
血盟騎士団。ギルドの英語名『Knights of the Blood』の略称である『KoB』の三文字と十字剣の紋章が染め抜かれた真紅のギルドフラッグ。それは間違いなく血盟騎士団のものである。
門の前には番兵らしき団員がいた。
いかにもな門番。体躯が非常に優れており身長は2メートルはある。両手斧を片手に持ち、微動だにしない。
ユウキは少しだけ、困った笑みを浮かべて尋ねる。
「どうしよう、にーちゃん?」
「プランBだな」
「プランBの作戦って?」
「あ? ねぇよンなもん。正面突破だ」
それだけ言うと、“彼”は堂々とした歩調で歩き始める。言うとおり、隠れる気など一切ない調子に、慌ててユウキも追いすがる。ユウキの表情に不安といった感情はない。むしろ楽しそうに笑みを浮かべて、とてもリラックスした調子である。“彼”と一緒に居るから大丈夫、とでも言うかのような雰囲気だった。
そして堂々と調子を崩さずに、兄妹は口を開く。
「ご苦労」
「ごくろー」
「あ、お疲れ様です」
“彼”は片手を上げて、ユウキは笑顔で彼に真似をするように。あまりにも堂々としており、一瞬だけ通しかけるも門番は「あれ?」と頭を捻り直ぐに二人の後を追いかけて前に立つ。
「ま、待て待て! なんだ貴様ら!」
「ご苦労」
「ごくろー」
「待て、待て待て! それはもう通じんぞ。……ちょっと、片手を上げて行こうとするな!」
避けて通ろうとする兄妹に、また前に立って道を塞いだ。
行けると思ったのに、と言いたげな不満そうな声で“彼”は文句の声を上げる。
「うるせぇなぁ、見学だよ見学。そこをどけよ門番A」
「なんという横暴な言い方だ。ダメだ、帰れ!」
わかったわかった、と言うとチラリと“彼”はユウキの方へと視線を向ける。ユウキも「任せてにーちゃん」と視線で答えると自信満々に頷いた。
それから二人は門番に向き直って。
「オレ達」
「ボク達は」
「「血盟騎士団の職場見学しに来ました」」
「違う違う! 言い方が悪いのではない。見学がダメだと言っている! 部外者は帰れ!」
「オレ達」
「ボク達は」
「繰り返してもダメなものはダメだ!」
ゼーゼー、と息を荒げる門番は“彼”を指差して大きな声で荒らげる。
「第一、貴様『魔獣』だな! 貴様は
「もうスパイでもなんでもいいからよぉ、中に入れろよ」
「スパイはダメだ!」
「んじゃ、スパイじゃねぇよ」
「スパイじゃなくてもダメだ!」
と、門番は断ずると今度は“彼”から隣りにいるユウキへと意識を向けた。
「む、貴様は『絶剣』だな。ソロで行動している貴様が何の用だ? 『魔獣』と共にいるということは、貴様も
「違うよ、ボクは――――」
どこか寂しそうにな声色で、どこか悲しげな表情で、ユウキは口を開く。
しかしその先が続くことはない。“彼”がユウキの前に立つと、遮るようにしてキッパリと言う。
「そうだよ、コイツも
その思いもよらなかった言葉に「え?」とポカンとした表情になるユウキと、やっぱりそうか!と更に声を荒げる門番。
ますます膠着状態は続いた。入れろという“彼”に対して、ダメだと頑なに拒む門番。どちらも引かない押し問答に。
「これは、どう言う状況だ?」
“彼”達の後ろから声が聞こえた。
青い頭髪に、紅い甲冑。大きな盾をその背に背負い、腰には片手剣が鞘に収まっている。如何にも
門番は騎士を見た瞬間、慌てて頭を下げて。
「副団長!」
騎士――――副団長と呼ばれたプレイヤーは片手で応じる。
誰だ?と“彼”は怪訝そうな顔で振り返ると、副団長は“彼”の顔を見て眼を見開き驚いた表情に変えると。
「……この人は俺の客人だ。君は下がってくれ」
「え、いやしかし……」
門番は“彼”と副団長を交互に見て、なおも何か言いたげに視線を泳がせる。不審者を追い返すべきか、それとも副団長の指示通りに動くべきか。
選択は早かった。どうやら門番は不審者に対する疑問視よりも、副団長への忠誠心が勝ったようだ。門番は副団長に頭を下げると、元にいた門の前に戻っていった。
それを確認して、副団長は一息つくと。
「団員が失礼したね」
「いいや、それよりも……」
“彼”は怪訝そうな顔で副団長を見る。
警戒心を露わにするのも無理はない。何せ“彼”からしてみたら、面識がない人間が手を貸してきたのだ。ましてやここは茅場晶彦が紛れているギルドの本拠地。怪しむなというのが無理な話であるし、もしかしたらこの男が茅場晶彦の可能性すらある。
ユウキの前に、“彼”は庇うように立つと。
「アンタ、誰だ?」
「……フロアボスの攻略の際、何度か顔を合わせたことがあるんだけどな」
苦笑いを浮かべて、直ぐに人の良さそうな笑みに変わると。
「改めて、初めまして。『魔獣』それとも『蒼炎のユーキ』もしくは『アインクラッドの恐怖』と言った方がいいかな?」
『アインクラッドの恐怖』呼ばれなくなって久しい名であり、自分がそうであると知る人間も少なく、既に風化しつつある異名。
なんだコイツは、と“彼”――――ユーキはますます警戒心を強める一方。副団長は親愛を篭めて己の名を告げた。
「俺の名前はディアベル。元アインクラッドナイツのリーダーであり、今は血盟騎士団の副団長をやらせてもらっている。君に命を救われた男だ」
リズ「幼馴染は負けフラグだって言ってるでしょ? アンタ、のんきに構えているとハンパないライバル現れるかもしれないわよ?」
アスナ「大丈夫だってー。ユーキくんの友達は朝田くんって後輩しかいないから」
リズ「朝田くん、ねー……」