ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 モンハンが 楽しすぎて もうヤバイ (字余り)


第8話 そうして少年は幸福を受け入れる

 2024年1月24日 PM13:30

 第三十九層 主街区『ノルフレト』 血盟騎士団本部

 

 

 人垣は円形となり、その中央には二人の剣士の姿があった。

 一人は全身フルプレートの紅色の鎧を着込んでいる。片手には大きな盾に、もう片方には片手剣を装備していた。大層な鎧に、上半身程の大きさの盾。本来であれば動けないほどの重量の筈であるが、それを感じさせないほど軽快な動き。剣を振るっても体の軸がブレることもなく、鎧のせいで動きづらいという様子もない。まるで羽毛で出来ているかのように、盾を自在に使いこなす。

 それだけで彼が実力者であることがわかる。

 

 もう一方の彼もまたラフな普段着ではなく、同じく武装している。

 その手には、彼の――――ユーキの愛剣でもある両手剣が握られていた。黒い長袖のインナーの上から胸部を覆う白色の鎧。手首には手甲が装備されており、堅実さよりも身軽さを追求したようでもある。黒色のズボン、その腰からは濃い蒼色の布が垂れている。そして、そのベルトには例の紅色の宝石の付いたペンダントがぶら下がっていた。

 

 数十度の剣戟、数十度の火花。そして、その倍の歓声が二人を包み込む。

 

 

「ディアベル様! そんなガキに負けないでー!」

 

 

 全身鎧の彼――――ディアベルが剣を振るう度に歓声が湧き、斬撃を盾で防いでも歓声が湧き上がる。

 無理もない。この場所は血盟騎士団のギルドホームであり、ディアベルは副団長と言う立場だ。アウェー中のアウェー。敵地ど真ん中であるのだから、ディアベルに歓声が集中するのも無理はない。無理はないのだが――――。

 

 

「にーちゃんなら余裕だよ! 行け行けー!」

 

 

 そんな当たり前の現実が、彼女には気に入らなかったようだ。

 血盟騎士団のメンバーと共に二人の剣戟を見守っていた彼女――――ユウキが声を張り上げてディアベルではなもう一方を応援する。

 

 その声は良くも悪くも、一番目立っていた。

 何せ周りは副団長であるディアベルへの歓声一色なのだ。その中に違う声があるのであれば、目立ってしまうのも仕方ないことだろう。

 

 そしてその声に反応する団員が一人。

 それは先程ディアベルを応援していた女性であった。赤い髪に気の強そうな眼で「あぁん?」とユウキを睨みつけると。

 

 

「ディアベル様が『魔獣』なんかに負けるわけないじゃない」

 

 

 その声はわざとらしいモノだった。

 やれやれ、と肩をすくめて両手を軽く上げてジェスチャーまでしている。まるでユウキに聞こえるように、見せつけるように。

 

 見せつける態度、見え見えな挑発。それはユウキも分かっていた。彼女は自分を怒らせるためにわざとやっているのだと。

 理解した上で、ユウキは乗ることにした。挑発だとわかっているのだが、彼女の態度が気に入らなかったのだ。慕う兄が馬鹿にされた上に、“なんか”と表現された事がムカついた。

 

 だからこそユウキはムッとした表情で、不快感を露わにして、睨めつけて応じることにした。

 

 

「君、失礼だと思うな。にーちゃんのこと全然知らない癖に」

「君ですって? アンタ、口の利き方には気をつけなさい。アタシの方が年上なのよ?」

「だったら、もう少し大人の振る舞いってヤツをしてほしいんだけどなぁ、オバサン」

「よっぽど泣かされたいみたいねぇ、ガキンチョ?」

「やってみてよ。悪いけど、ボクだって結構強いよ?」

 

 

 バチバチ、と。赤い髪の女性とユウキの視線の間で火花を散らしていた。

 このまま何もなければ、二人で決闘するような殺伐とした空気を漂わせる。だがそんなことは起こらなかった。

 

 ワァッ、と周囲が再度沸いた。どうやら、ユーキとディアベルの戦況が変わったようだ。

 そこで二人が我に返る。こんなヤツを相手にしている場合ではない、敬愛する人の応援をしなければならない。と二人の優先順位は直ぐに切り替わった。

 

 

「にーちゃーん! 頑張れー!」

「ディアベル様、けちょんけちょんにしてくださいそんな奴!」

 

 

 ワーワーギャーギャー、と二人は再度声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 地面に両手剣を突き刺して、ユーキは息を整えた。

 義妹の声援に答える為ではない。元より、そんな余裕など少年にはなかった。

 

 小休止。

 何度も剣を交えて疲れたので、一呼吸置いているに過ぎない。

 

 

 ――結構やるなコイツ。

 ――片手剣のときのヘタレ剣士くらいか?

 ――伊達に血盟騎士団の副団長やってねぇな……。

 

 

 侮っていた訳ではない。

 しかし、ディアベルの強さはユーキの想定以上のモノだった。

 身体に染み付いた体術、練度の高いソードスキル、勝負強さ。彼の強さは、ソードアート・オンラインに囚われているプレイヤーのトップクラスと言える。少なくとも十指には確実に入る程の腕前だ。

 だがそれよりも、ユーキはディアベルのある一点に注目していた。洞察力でもなければ、身体能力の高さでもない。最も注目すべき点といえば――――。

 

 

「……やっぱり強いな」

 

 

 そこで数十メートル程離れているディアベルがユーキへ声をかける。

 その声に余裕などなく、彼の頬からは汗が一滴伝っていた。どうやら余裕が無いのはディアベルも同じようである。肩で息をし、だがしかし大盾と片手剣は手放していない。いつでもユーキの奇襲に対応できるように、彼は警戒していた。

 

 強い、と称されたからにはそれは賞賛なのだろう。現にディアベルは嫌味もなく、純粋にユーキの強さを讃えているつもりだった。

 だがユーキはチッ、と舌打ちをして応じてみせる。

 

 

「アンタの守りを崩せなかった野郎に向けられる言葉じゃねぇよなそれ。嫌味か?」

「まさか。君の剣にオレはまったく反撃が出来なかった。ボコボコにされてたのはオレの方だと思うけどな」

 

 

 自嘲するようにディアベルは肩をすくめる。

 

 彼の言うとおり守る側と攻める側、両者の立場は綺麗に別れていた。

 片や手堅く相手の攻めを耐え抜き、隙を逃がさず攻めに転ずる重装のディアベル。片やそもそも相手の出方を見る必要はないと言わんばかりに、直感と自身の膂力のみを信頼するユーキの荒々しい剣術。

 攻めるユーキ、守るディアベル。ユーキが最強の矛であるのに対して、ディアベルは最硬の盾。矛盾の再来と言っても過言ではない。

 

 彼らが行っている決闘(デュエル)のルールは“初撃決着モード”。一撃でも当たれば勝敗を決するシンプルなルールだ。一番簡単であるが、剣が当たらなければ決着などありえない。

 だからこそ、ユーキは攻撃の手を緩めなかった。ディアベルの大盾の上から力いっぱい振り下ろし、時には切り上げて、時には水平に叩きつける。その際、ディアベルの身体が宙を浮きふっ飛ばされようとも知ったことではなかった。

 

 “ある理由”の為に、ディアベルには負ける訳にはいかなかった。

 本当に負けず嫌いにも程がある、とユーキは半ば自分に呆れるもふと新たな疑問が生まれた。

 

 

「一つ、質問いいか?」

「どうした?」

 

 

 いいや、とユーキは少しだけ面倒くさそうに問いを投げた。

 

 

「アンタから決闘(デュエル)の誘いがあって、オレが乗った。そこまではいい。だが理由がわからねぇ。アンタはどうしてオレと決闘(デュエル)したかったんだ?」

 

 

 ディアベルという男と剣を交えてわかったことがユーキにはあった。

 それは彼は真っ直ぐだということだ。正統派な剣術、片手には大盾、もう片方には直剣。お手本のような剣術だった。辛抱強く相手の攻撃に耐えて、隙があらば攻撃を弾き返し攻めに転ずる。

 とてもではないが、自分のような捻くれた戦い方ではない。剣で斬ると見せかけて殴りつけたり、蹴っ飛ばしたりなど絡めてなど使わない。いつだってディアベルは堂々と真正面から受け止めていた。

 

 加えて、ディアベルは好戦的な性格ではなく、ユーキのように気に入らないモノに牙を向けるような人間でもない。

 品行方正、正に騎士の鏡とも呼べる人間であった。そんな人間から決闘(デュエル)の誘いがあるとは思わないだろう。

 

 対するディアベルは少しだけ照れたように言い辛いのか、淀みながらユーキの問いに答えていく。

 

 

「君はオレの憧れでもあり――――目標でもあるんだ」

「目標、だと?」

 

 

 怪訝そうな顔つきのユーキに、彼はしっかりと頷く。

 

 

「アインクラッドの恐怖である君に救われてから、君の背中を追って来た。団長に誘われてやって来れたのも、君という目標があったからだ。オレがここまで辿り着けたのも、君のおかげだ」

「それは違うだろ。ンなもん、アンタの努力の結果だ。オレなんぞの背中を負わずとも、アンタならその強さを手に出来ていた」

「それこそ違う。君がいなければ、オレは十八層の時点でゲームオーバーになっていたし、オレが『騎士長(ナイトリーダー)』と呼ばれるようになったのも君が居てこそだよ」

 

 

 その結果が今の自分であると、ディアベルは断言する。

 片手に持っている大盾を構えて、グッと強く直剣を握り締めて彼は続けた。

 

 

「だけど目標だからこそ、オレは君を超えたかった……!」

 

 

 そう言うと、ディアベルの言葉が強くなっていく。その言葉には意思が乗り、絶対に負けられないという強い思いが篭められていった。

 

 

「君が救ってくれたオレはここまで来たと、君を倒すくらい強くなることが出来たと、アインクラッドの恐怖である君に、証明したい!」

 

 

 それが自分がユーキに決闘(デュエル)を挑んだ理由である、と暗に語る。

 対象が歳下なのに憧れる、自分の方が歳上なのに目標にする。聞けば妙な話しである、とディアベル本人ですら分かっていた。しかしそれでも、彼は『アインクラッドの恐怖』であるユーキという少年に羨望の感情を向ける。

 自分にはない強さを持っている少年に、己のことなど二の次で相手に手を差し伸ばす少年に、ディアベルは憧れた。彼から見たユーキは物語のヒーローとも呼べる存在であり、自身の目標と定めていた。

 

 故に、ディアベルは挑んだ。

 自分がどれほど理想に近づくことが出来たか確かめるために、彼は勝負を挑んだのだ。

 

 

「いざ挑んでみたらコレだ、やっぱり君は強かった。このまま続けたら、間違いなくオレは負けるだろう」

「……その割に、まったく悔しがってないみたいだが?」

「あぁ。楽しいからね」

「楽しいだと?」

 

 

 楽しむなどと、ユーキの人間性から程遠い感情であった。この決闘(デュエル)が何を持ってディアベルの娯楽となっているのか理解できない。

 しかし次のディアベルの言葉に、ユーキは納得することになる。

 

 

「目標が高ければ高いほど、超え甲斐がある。本気になれた悦びで、全身が振るえる。男の子ってのは、そういうもんだろう?」

「――――――」

 

 

 ユーキはその言葉を聞いて、眼を丸くさせた。

 楽しむなんて、自分には程遠い感情であると思っていた。何せそんな人並みの幸せを感じるなど、勿体無いし、そんな資格などないと少年は本気で思っていた。

 

 だがユーキは無意識に、己が気付かない所で、楽しんでいた。ディアベル言葉の内容に、ユーキは身に覚えがあった。

 それは記憶に新しい――――第十八層でのキリトとの決闘の最中の話。アインクラッドの恐怖としての仮面を被っていたときの話しだ。お互い死力を尽くした攻防、キリトは二刀流に覚醒し、ユーキは使用していた石斧剣を砕かれた。

 

 

 ――あぁ、そうだな。

 ――あのときは、本当に、楽しかった。

 

 

 振り返ると、楽しかったのはその時だけではない。

 アスナと何気ない会話していたときも楽しかったし、リズベットに小言を言われているときも悪くはなかった。キリトと喧嘩をしているときも何だかんだで楽しかった。放っておけないユウキの世話を焼くのも楽しかった。エギルに面倒を見られるのも嬉しかった。クラインの馬鹿話に付き合うのも吝かではなかった。アルゴとの腹の探り合いは疲れるがアレもいい思い出だ。ユイに叫ばれなくなったのも嬉しかった。それに――――ストレアと会話するのも楽しかった。

 現実世界も振り返れば捨てたものではない。レベッカとのお茶会だって少しは楽しみであったし、朝田との連絡の取り合いも心が安らぐモノであった。

 

 振り返れば、様々な愉楽が、何気ない日常で幸福が満ちていた。

 最初はそんなものはなかった。あるのは何も出来なかった自分への、理不尽で不平等な世界への純粋な『怒り』。墨よりも黒く、闇よりも黒い拭いきれない憎悪があった。だからこそ、ユーキは今まで自分の身体を酷使してきた。より厳しい方向へ、より辛い状況へ自分を追い込んできた。

 だがそれは許さないという者がいた、そんなものは辛いだけだと諌める者がいた、自分を許してあげて欲しいと嘆く者がいた、そして――――自分を犠牲に助けてくれた者がいた。

 

 

 ――本当に、お人好しな連中共だ。

 ――オレのようなクソ野郎なんて、放っておけばいいのによ……。

 

 

 そうして少年は変わった。少年が言うお人好し共のおかげで、心境が変化して今まで見えていた景色が一変する。

 認めるしかない現実に、ユーキは天を仰ぎ見た。幸せなんて手にする資格などない、と黒い声が聴こえる一方。あなたはもう自分を許しても良い、という聴き慣れた女の声――――己を犠牲にして救ってくれた彼女の声が聴こえる。

 どちらも正しく、どちらも間違っているのだろう。何が正しいのかは、ユーキにすらわからない。

 

 

 ――皮肉なもんだ。

 ――偽物の世界で、本物(アイツら)に出会えた……。

 ――この世界に囚われてから、オレの常識ってやつは崩れっぱなしだ。

 ――認めるしかねぇな……。

 

 

 怒りで誤魔化してきた、憎悪で目を覆ってきた。

 だが認めるしかない。アスナの言うとおり、わからないのではなく見えてないだけだったようだ。

 何故なら、ユーキが言うアイツらの中にはクソッタレと称してきた茅場晶彦の姿もあった。彼をどうしたいのかわからないのではなく、見ようとしていなかっただけだった。

 

 

 ――簡単なことだった。

 ――オレはアイツを、茅場晶彦を。

 ――……止めたかったんだ。

 

 

 もちろん、彼の凶行は許される筈がない。

 この中でゲームオーバーになったプレイヤーは現実世界で死ぬ運命にある。直接的に手を下していないにしろ、この状況を作ったのは彼だ。ならば間接的に彼に責任があるといえる。

 

 その現実は変わらない。

 ユーキも許すつもりもなかった。仮に許されてしまえば、この世界で死んでしまった者の憤りはどうなる。後悔は、憎悪は、憤怒はどうなってしまうというのか。忘れてはならない、犠牲になった者達を忘れてはならない。決して、許されてはならない。

 仮に、世界が仮に彼を許したとしても、自分だけは許してはならない。それがユーキの結論だった。

 だがそれでも。

 

 

 ――アイツは、オレの身内だ。

 ――償わせなきゃならねぇ……。

 ――ただ斬ればいいって訳じゃない。

 ――オマエは悪いことをしました、だから殺しますなんて筋が通らねぇにも程がある。

 ――わかってる。

 ――あの野郎の罪は償いきれるもんじゃねぇ。

 ――それでも、それでもだ。

 ――それを一緒に背負ってやる。

 ――今まで世話になったんだ、無視することなんて出来ない。

 ――何よりもそれが、家族ってもんじゃねぇのか?

 

 

 グッと拳を握り締める。

 どうして拳を握ったのか、ユーキにもわからなかった。決意を新たに力が篭っているのか、憎悪の発露によって握り締めているのか。恐らく、どちらも当てはまるのだろう。

 だがどちらにしても、ユーキの方針が定まった。

 

 

「ありがとう、アンタのおかげでようやく見えた」

 

 

 目の前に対峙している騎士に、ユーキは礼の言葉を送った。

 こうして彼と決闘していなければ、彼の言葉がなければ自分が何をしたいのかわからなかった。それに、大事なことを気付かせてくれた。茅場優希は思いのほかこの世界に愛着があり、今まで出会ってきた者達を大事にしているということを、彼は気付かせてくれた。

 目の前にいる人物はどうしても自分と戦いたいということは、先刻に重々承知している。故に――――。

 

 ――――轟、と。

 ユーキの周囲に衝撃が走り、空間が揺れる。そして少年の身体から、蒼い炎が勢いよく噴出していく。

 右眼は蒼色、左眼を紅色に染め、『蒼炎のユーキ』は文字通り超然とその場に君臨した。

 

 

「――――出し惜しみはなしだ。オレの全力で、アンタを叩き潰す……!」

「――――――!」

 

 

 それは宣言であった。

 蒼色紅色に染まった眼は、照準のように真っ直ぐと油断なくディアベルへと注がれている。

 ただ視線を向ける。たったそれだけで、ディアベルの肌が粟立った。これがユーキの全力であるのだと、彼は改めて再認識した。

 

 手加減されていたとは思えない。

 先程までの攻防だって、恐らくユーキは本気だったのだろう。それを証拠に、数十合と打ち合ってユーキに余裕などなかった。

 簡単な話しだ。本気だったユーキが、全力を出しただけに過ぎなかった。

 

 絶望はない。

 ディアベルの口元には笑みが浮かんでいる。

 楽観的に考えていたわけではない。軽く見積もっても、ユーキに勝てる確率はかなり低い。それはディアベル本人がよく理解していた。潜ってきた修羅場の数が違う、筋力の差は大きく、実戦での経験も段違いだ。

 何よりも、フロアボスを十八層まで単騎で攻略していた規格外だ。目の前で対峙している少年が化物であることは、ディアベルが一番理解している。

 

 だがそれでも――――。

 

 

「嬉しいよ、ユーキ君。君はオレを、障害として認めてくれたんだな」

 

 

 片手に持つ盾を持ち直し、もう片方に持つ片手剣を握り締める。

 同時に、その身体に熱が帯び始めた。それはジリジリと、焦がすように圧く暑く更に熱い。いいや、熱すぎるといっても過言ではなくなってきた。

 

 

「これ、は……!?」

 

 

 ここでディアベルが違和感の正体に気付いた。

 この“熱さ”は自分の気分が高揚して熱くなっている精神的なものではない。もっと物理的に、原始的な破壊の意味を持つ熱さ。

 鉄で出来た盾が熱がこもり始めて火傷、とまでは行かないもののかなりの熱量が篭っていた。

 

 普段であれば、疑問に思わなかった。

 例えばロールプレイングゲームがあるとする。炎の魔法を使用する際に、キャラによって発火場所は異なる。ときには手の平から、口の中から、全身が発火するケースがある。それを見て、あのキャラは炎を纏っているが火傷しないのだろうかなどと考える人間は極少数だろう。

 何故ならそれは、あくまでゲームの世界だからだ。原理などわかるわけがない。現実世界(こちら)))とは違い、ゲーム世界(あちら)とは物理法則も異なり魔法だってあるとんでも世界だ。現実の常識で考えたらキリがない。

 

 しかし、ここでは違う。

 仮想世界ではるものの、現実世界と非常に似ている。

 疲れもするし、汗もでる。睡眠は必要だし、食事だってしなければならない。

 

 ならばこの熱気は。この熱量はどこから突然来たのか。

 言うまでもない、それは『蒼炎のユーキ』が蒼炎を纏ってからに他ならない。であるのならば――――。

 

 

「その炎を纏って、君は――――」

 

 

 ――――熱くないのか。

 そう簡単な疑問を口にする前に、ユーキによって遮られた。

 

 つまらないことを聞くな、それがどうした、と言わんばかりに地面に突き刺していた両手剣を思いっきり片手で引き抜くと、剣先をディアベルに向けて。

 

 

「アンタのその眼、“アイツ”によく似ている。諦めを知らねぇ、強い野郎が持つ眼だ」

 

 

 だからこそ、アンタを強者だと認めている。と、ユーキは暗にそう語りながら続ける。

 

 

「そう言う目をした野郎は手強い。そんなヤツにどうやって勝つか、ンなもん決まってる。こっちも身を削るしかねぇのさ。アンタのような野郎にリスク無しで勝とうなんざ、甘いにも程があんだろ」

 

 

 それが答えだった。

 ユーキが身に纏う蒼炎は爆発的に攻撃力が上昇する。その反面、その熱は自分に返ってくる。言わば諸刃の剣と言えるだろう。ハイリスク・ハイリターンとも呼べるものだ。

 だからこその切り札。だからこその奥の手。おいそれと手札からは切ることの出来ない戦闘の鬼札(ジョーカー)。正に身を焦がす程の炎を、彼は今現在纏っている。

 

 故に、全力。

 目標としている人物にここまで評価してくれたのが嬉しいのか、ディアベルは頬を緩ませながら呆れた口調で問う。

 

 

「もしここで、オレが君の自滅を誘うために逃げに徹していたらどうしてたんだい?」

「あ? それはそれで、アリに決まってんじゃん」

 

 

 炎を纏っているとは思えない、平然な顔のままユーキは不思議そうに首を傾げる。

 

 

「逃げられるにしろ、仕留めきれなかったオレに落ち度があるだろ。勝ちてぇのなら、努力するべきだし実行するべきだ。要は喧嘩と同じでよ、最後に勝ちゃいいのさ」

「――――――――」

 

 

 今度こそ、ディアベルは言葉を失った。

 正々堂々とは程遠い戦法をとられたところで、それはそれでアリであると言える精神性。不敵に笑みを浮かべるユーキ、それを目の当たりにしたディアベルは口元に浮かべた笑みをますます深めていく。

 

 

「君を目標にして、本当に良かったよ」

 

 

 それだけ言うと、ディアベルは剣を捨てた。

 

 

「なんの――――」

 

 

 つもりだ、と尋ねる前にユーキはディアベルが何をしたいのか理解した。

 

 重心を低くして盾を構える。

 手に持つ、というよりも衝撃に備えるといった方が正しい。腰を低く構えて、左足を引き前方から来る衝撃に耐えるだけを想定した構え。次の攻撃など考えていない、必ず守る為の構えだ。

 逃げも隠れもしない。ユーキの攻めを真正面から受け止める構え。

 

 馬鹿なやつ、と笑みを浮かべて。

 お互い様さ、と応じる。

 

 

「手強い眼だよ、本当に――――!」

 

 

 嬉しそうに言うと、ユーキは駆けた。

 ディアベルの本当の強さはその心であると再認識する。

 一度折れて立ち上がってきた強い者の眼、自分がよく知る一番強い男の眼――――キリトが宿している強い眼。

 

 

「あぁ、そんな眼で見られたらよぉ――――何が何でも、勝ちたくなるだろうが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 第十八層 主街区『ユーカリ』 PM15:45 

 

 

「――――疲れた」

 

 

 アレからディアベルとの決闘を勝利したユーキは、帰路についく――――というわけにはいかなかった。

 ディアベルと言う男は副団長という立場であり、人望も高かったようである。その仇を討たんと、ギルドホームに残っていた血盟騎士団が次から次へとユーキに決闘を申し込んできた。

 ここで逃げるという選択肢がアレばよかったのだが、生憎ユーキという男にそんなものはなかった。そもそも逃げるという考えがあるのなら、ここまでユーキは生き辛くしていないことだろう。

 売られた喧嘩は買うし、火の粉は払う。右の頬を殴られたのなら左の頬を差し出すような聖人君子ではないことは、本人が一番自覚している。

 

 

「かかってこい、って煽ったのが不味かったか……?」

「あはは、でもにーちゃん楽しそうだったよ?」

 

 

 疲労困憊と言わんばかりに、ユーキはげんなりとした調子で肩を落とす姿を見て、ユウキがニコニコと満面の笑みで言う。

 悪びれもなく事実を口にする妹を見ながら、兄は軽くその頭を小突いて。

 

 

「楽しそうなのはオマエだろ。途中からアイツらの相手をしてたのオマエじゃん」

「うん、そうだよ? だって、にーちゃんの敵はボクの敵だからね!」

 

 

 ムフーっと得意げに慎ましい胸を張る。

 ユーキは呆れたように溜息を吐いて。

 

 

「そう言えば、オマエあの赤毛の女を楽しそうにボコボコにしてたよな?」

「あぁ、ロザリアのこと? あの人失礼なんだ。にーちゃんを悪く言うしさ!」

 

 

 口を尖らせてプンスカ怒るユウキに、面倒くさそうな口調で言う。

 

 

「いちいち気にしてんじゃねぇよ。オレなんぞの為に怒るエネルギー有り余ってるなら、違うことに発散させろ」

「ヤダ! ボクだって怒るときは怒るんだよ?」

「へぇ、オマエでも怒るのか。例えば?」

「にーちゃんがバカにされたとき!」

「……それはさっき聞いた。その他には?」

「以上!」

「…………」

 

 

 花が咲いたような朗々とした笑みを向けられて、ユーキは片手で目頭を押さえた。感動して目頭が熱くなったわけではない、呆れて頭が痛いという意味だ。

 どう言えばわかるのか、どう言えば理解するのか言葉を選んで伝えようとする前にユウキが嬉しそうに口を開いた。

 

 

「あの人達との決闘(デュエル)、楽しかったなぁ!」

「へぇ、ボコボコにするのがそんなに楽しかったのかヨ?」

 

 

 違うよ、と慌てて首を横に振って否定する。

 

 

「ボクさ、強さ比べするの好きだからね。にーちゃんは嫌い?」

「いいや、嫌いじゃねぇよ」

「それじゃ、好きってことだね!」

「…………」

 

 

 あのポンコツも余計なことを教えてくれたもんだ、とユーキはここにはいない幼馴染へ悪態を付いた。

 嬉しいわけじゃないとか、嫌いじゃないとハッキリしないように返すときは、ユーキは嬉しいと思っているし、好きだと思っていることだ。と幼馴染はユウキに教え込んでいた。

 

 本当に良い迷惑だ、と思っているものの本気で怒れない辺り、自分はアスナに甘いのかもしれないと自覚しているのか曖昧な事を考えながらユーキは面白くなさそうに忠告する。

 

 

「良い機会だ、オマエに言っておくことがある」

「なになに?」

「オレ達のギルドに入るわけだが、絶対に今後アスナの言うことを信用するな。絶対だぞ?」

「うん……」

 

 

 ユウキがそう返すと立ち止まる。

 自分の服の裾を掴み、顔を伏せてその場に立ち止まってしまった。

 

 ユーキも思わず立ち止まり問いを投げた。

 

 

「どうした?」

「あのね、にーちゃん」

 

 

 言う言うまいかユウキは迷い、一拍置いて意を決して口を開いた。

 

 

「ボクがにーちゃん達の仲間に入っていいのかな?」

「あ?」

 

 

 ユーキの顔が訝しげに歪む。彼女が何を言わんとしようとしているのか、本気でわからなかった。仲間に入るのに、そこまで戸惑う理由がわからない。かと言って、入りたくないとしている様子もない。

 むしろ、悪いと感じていると言った方が正しい。

 

 

「ボクみたいな部外者が、四人の仲間に入っていいのかな、って……」

「何がいいたいんだオマエ?」

「だって、にーちゃんはあの三人の為に、三人はにーちゃんの為に進んできたんでしょ? ボクみたいな途中参加が仲間に入っちゃいけない気がして……にーちゃんが、迷惑に思うと思って……」

「だから、邪魔したくないって言ってたのか?」

 

 

 うん、とユウキは力無く頷いた。

 遠慮してないように見えて、彼女はまだユーキに遠慮していたようだ。距離感を掴めていなかった、と言っても過言ではない。

 

 正にユーキと同じだ。

 少年もまた義妹との距離感を掴めていなかった。だからこそ、どうすればいいのかわからなかったし、どう接してやればいいのかわからなかった。

 今でも、現在進行形でどう接すればいいのか見えない。考えても考えても、それは見えそうにない。だから――――。

 

 

「やめだ」

「え?」

「やめだやめだ、もうメンドクセェ!」

「え、え、え?」

「何がメンドクセェって? もう既に面倒くせぇよ。面倒くせぇよ、本当に面倒くせぇよ……!」

「え、に、にーちゃん!?」

 

 

 頭をガシガシと乱暴に掻く。余計なことを頭の外に追いやるように、余計な思考を消しゴムで消すように。

 それから大股で義妹に近付いてく。

 

 思わず半歩下がり、ユウキは両眼をギュッと閉じた。殴られる――――と思った訳ではない。無意識に両眼を瞑ってしまったのだ。

 だからこそ、咄嗟に反応が出来なかった。

 

 

「え……?」

 

 

 頭に温もりを感じた。

 ユウキは両眼を恐る恐る開けると、自身の頭にユーキの片手が乗っている。その手はまるで壊れ物を扱うように、繊細に撫でていく。

 ポカポカと胸の奥で暖かいものが広がると同時に、頬が少しだけ赤く染まるのをユウキ自身感じとる。

 

 

「もうやめだ。オレもオマエに気ぃ使ってたけどよ、ガラじゃねぇわ。いいかよく聞けよ」

「う、うん」

「これからオマエには兄貴として接していく。急に兄貴面したら、オマエも迷惑するだろとか考えてたがやめだやめ。ウゼェってくらい兄貴面してくから覚悟しろよ」

 

 

 ポカン、と口を開くユウキを無視して、兄の主張は続く。

 

 

「ボクが仲間に入っていいだぁ? 入っていいに決まってんだろ、ンなもん。なに(オマエ)(オレ)に気を使ってんだ? 叩き潰すぞバーカ!」

「え? え?」

「ガキがソロで行動してやがって! 変態野郎に襲われたらどうすんだオマエ! オマエは可愛いんだから自覚しろよアホ!」

 

 

 撫でるのをやめたユーキは、ビシビシ、とユウキの額に人差し指を突き刺していく。

 あうあう、と可愛らしい悲鳴が上がるが知ったことではないと言わんばかりに追撃してく。

 

 

「そもそも、オレらは仲良しって訳でもねぇよ」

「でも、チームワーク凄いよ……?」

「ンなもんねぇよ。アイツらもオレも、全然他人の話しを聞こうともしねぇ。現にオレはアイツらの言い分なんて無視して攻略してたし、アイツらもオレの意見なんて無視して付いて来た馬鹿野郎共だぞ?」

「そ、それは説得力あるね……」

「だろ? だから今更、オマエ一人が入った所で問題はねぇよ。一人一人が自分にできることを死ぬ気でやる、本当のチームワークってのはそうして生まれるもんだろ。助け合って庇い合って、仲が良いから出来るもんじゃねぇ」

「それじゃ、ボクも入っていいの?」

「二度も言わせんじゃねぇよ。これ以上、心配させんな」

 

 

 ぶっきらぼうにそう言うと、ユーキは前を向いて歩き始める。

 

 何てことはなかった。

 今まで自制してきた。本当は兄の傍にもっと居たかったし、もっと構ってほしかった。出来ることなら、彼と同じギルドに入りたかった。だがそれはダメだ、と自制してきた。迷惑になるから、嫌われたくないから、ユウキは遠慮してきた。

 だがそれを見事に、眼の前にいる兄は破壊してみせた。知ったことではない、と言わんばかりにユウキの自制の檻を粉々に破壊して、彼女の手を引いてみせた。

 

 恐る恐る、確かめるようにユウキは自分の頭に手を置いた。

 温もりは、まだ確かにあった。彼の言動もそうだが、仕草もそうだった。壊れ物を扱うように繊細に、頭を撫でてくれた。それはつまり、ユウキを大事にしていたという証拠でもある。

 

 

「……!」

 

 

 思わず、ユウキは堪えるように口元をキュッと閉じた。

 泣きそうなるのを必死に堪える。悲しいのではない、嬉しいからこそ涙が溢れそうになった。

 

 

「なにしてんだ、置いていくぞ――――ユウキ」

「ぁ……!」

 

 

 初めて名前を呼んでもらえた。

 だがギュッと堪える。泣いてしまっては、また彼が心配する。ならば彼女は泣いている場合ではない。最も彼に向けなければならないモノは――――。

 

 

「待ってよ、にーちゃん!」

 

 

 笑顔なのだろう――――。

 こうして二人は本当の意味で、兄妹となったのだった――――

 

 

 




妹「にーちゃん、でもボクの部屋ないよ?」
兄「オレの部屋使え」
妹「にーちゃんはどうするの?」
兄「オレは居間のソファーで寝る」
妹「あのね、にーちゃんがいやじゃなかったらボクと一緒に寝てほしいんだ」
兄「あ?」
妹「……だめ?」
兄「わかったよ。ただし今日だけだ、次はないからな」
妹「うん! ありがとう、にーちゃん!」

幼馴染「――――ズルい!」
リズ「え、な、なに?」
幼馴染「何か今ね、ユーキくんと添い寝出来るイベントが起きた気がしたの!」
リズ「……いよいよアンタの第六感もバケモノ染みてきたわね」



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