ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 ベルセルク・オンラインを投稿を初めて一年が経過しました。途中更新を停止してしまい、実質7ヶ月と少しですが再び更新することができたのは、お気に入り登録してくれたり評価をしてくれた皆さんのおかげであると思います。
 本当にありがとうございました。これからもベルセルク・オンラインをよろしくお願いします!

 glintさん、誤字報告ありがとうございました!


第10話 鐘の音

 2024年1月31日 AM9:55

 第十八層 主街区『ユーカリ』 ギルドホーム

 

 

 ユーキは苛立ちを募らせていた。誰がどう見ても、ユーキは機嫌が悪かった。

 眉間にしわを寄せて、これでもかというくらい不機嫌なオーラを出している。この状態で表通りを歩いたものなら、誰もが道を開ける。そこまでいい切れるくらい今のユーキは機嫌が悪かった。

 

 ユーキは捻くれているし性根もねじ曲がっているとは言え、気まぐれで機嫌が変わるほど気難しい性格ではない。

 少年が不機嫌になっている理由。それは――――。

 

 

 ――あの野郎、どうして姿を見せねぇ……。

 ――逃げてる……ってわけじゃねぇな。

 ――あの野郎の性格上ンな選択肢はない。

 ――何を考えてんだ……。

 

 

 歓迎会が始まる前に、キリトはユーキに言った。ヒースクリフは茅場晶彦である可能性があると。

 だからこそ確かめに、血盟騎士団のギルドホームへと足を運んでいた。結論から言ってしまえば、ユーキはヒースクリフ本人に会えずにいた。

 足を運んでも丁度タイミング悪く外出しており、日にちを改めても同じ状況。ならば時間帯を変えればどうかと試しても結果は変わらない。それが数日間続き、ユーキのストレスは加速していく。加えて、何度も何度もヒースクリフに会おうとするものだから、血盟騎士団からは不審がられて難癖つけられる始末。

 

 そうして、フラストレーションが溜まりに溜まっていた。

 どこにぶつけていいか、というよりもぶつける先が雲隠れしている状況なので、満足に発散させることが出来ない。

 

 めんどくさいから、一日中張り付いてやろうか。などとイライラしながら考え、身支度を整えて自分の部屋から出て一階に降りる。

 だがここで、新たな疑問が一つ生まれた。

 

 

 ――……おかしい。

 ――妙に静かだ。

 ――いつもはこれでもかってくらい、やかましいのに……。

 

 

 どういうわけか、少しだけ考えて一階に降りることにした。

 考えた所で答えなど出てこない。どのみち、自分の目で確かめたほうが早いと思ったのだろう。

 

 そうして一階に降りると。

 

 

「あ……?」

 

 

 思わず声が出た。

 一階の居間、つまりはリビングルームには一人の少女がいた。

 少女の名前はユイ。白いワンピースを着て、どこかソワソワした様子でソファーに腰掛けている。

 

 ユーキの見て取れる程の苛立ちが消える。頭をポリポリと掻いて、どうするか考えた。

 正直なところ、ユーキはユイを苦手としていた。別にユイが腹黒いからとか、性格が悪いからといった理由ではない。むしろ優しいし少女であるし、加速世界(アクセル・ワールド)のマスコットともなっている。

 だが初対面が初対面だ、ユーキが苦手意識を持つのも無理はない。ユーキを見るや否や、悲鳴を上げながらガン泣き。今では何とか会話が出来るものの、どこかユーキの顔を伺うように、ビクビクしながら辛うじて受け答えが出来るまでには改善されていた。

 

 だからこそ、ユーキはなるべくユイに話しかけないで過ごしていた。

 また泣かれたらどうしたらわからないし、どう接していいかもわからない。それに――――ストレアの件もある。

 

 

 ――どうするか……。

 ――連中がどこにいったのかは、メッセージを飛ばせば問題ない。

 ――ただ、話しかけねぇってのはどうなんだ?

 ――感じ悪すぎだろ。

 ――また泣かれるかもしれねぇ……。

 

 

 とりあえず、声をかけることにした。

 ユーキは、あー、っと気怠げに呟いて。

 

 

「……おはよう」

「お、おはよう、ございます……」

 

 

 声をかけられたユイはビクッと一際肩を大きく震わせて、恐る恐ると言った調子で返す。

 

 いつもならここで、二人のやり取りは終了する。

 とても会話とは呼べないやり取り。朝の挨拶を済ませて終了する、淡白な関係がユーキとユイの今の関係であった。

 

 必要最低限のやり取りで、なるべく傷つけないように接する。ユーキからはこれ以上深追いするつもりもなかった。

 これから身支度を整えて、いつもどおり血盟騎士団のギルドホームへと向かう。そうして少年の一日が始まる―――。

 

 

「あ、あの!」

 

 

 ――――かと、思われた。

 意を決するような声、それは誰からなのか。考えるまでもない。ユーキではないのなら、それはユイのモノとなる。

 

 意外そうなモノをみたような眼で、ユーキは声の主を見る。

 眼を丸くして普段からは想像もつかない珍しい表情になっているユーキに対して、ユイはギュッと両手を握り続けて。

 

 

「お話、しませんか――――!?」

 

 

 

 

 

 

 

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 AM10:05

 第五十層 主街区『アルゲート』

 

 

 現在、開放されてる階層にて最上部に位置するのが、この第五十層である。

 とてもではないが、お世辞にも綺麗な街並みとは言えない。路面は舗装されておらず、街並みも塗装が剥がれており錆びついている。路地裏を入れば、もう二度と表通りには戻ってこれないと思えるくらい重層な作りとなっている。

 まるで中国の下町のような風景。気が小さい人間から見たら、訪れることすら躊躇してしまうようなアウトローな威圧感を放っていた。

 

 兎にも角にも、良い印象を与えない主街区であるものの、それとは真逆に人通りの数は多かった。

 その理由としては、まだ攻略されてない階層であることが考えられる。迷宮区に足を運んでは、マッピングを進めてどんなダンジョンの作りなのか、そしてどのようなモンスターが存在するのか。そういった攻略の為の情報を集めて、高く売って儲ける。そんな理由で、レベルの高いプレイヤーは第五十層に集まっていた。

 

 人通りが多いということもあってか、大通りの脇道には無数の小さな店が点在していた。

 それこそ隙間がないぐらいみっちりと、ひしめき合っているくらいガッチリと。それも無理もないだろう。第五十層には今や多くの腕に覚えのあるプレイヤーが訪れている。商人として生活しているプレイヤーからしてみたら、これほど美味しい階層はないだろう。

 ある者は朝から呼び込みを行っていたり、ある者は道端に刀剣や鎧を並べて露店を始めている者もいる。他にも酒場などがあるが、時間が時間なのか人っ気はなかったが、夜の『アルゲート』は朝とは違う雰囲気になることが予想出来た。

 

 攻略に勤しむプレイヤーとしても、商人として生計を立てるプレイヤーとしても、今の『アルゲート』は住みやすい環境であった。

 それは彼も例外ではない。

 

 

「フッ、フッ……!」

 

 

 ガチャガチャ、と金属同士が合わさったような音。

 黒い肌からは、滝のように流れる汗。カウンター席の内側に座っているのだから、彼がこの店の店主ということがわかる。

 店の名前は『ダイシーショップ』。買い取りはもちろんだが、店内にはモンスターの素材や、回復薬の各種。武器や防具と節操がなく売られていた。

 

 

「フ……っ! ッツァ……!」

 

 

 だがどういうわけか、店主は苦悶に顔を歪めている。とてもではないが、商人という顔ではない。商人というよりも戦士、前線で活躍する兵士の訓練風景を見ているようだった。

 現に、彼は右手にダンベルを持ち、一定のリズムで肘を支点に上げ下げを繰り返している。簡単に言えば、筋トレである。長時間やっていることは、その汗の量でわかる。言うなれば滝、汗が休むことなく流れている。彼が忘れていた青春を味わっている最中である。

 

 とそこに。

 

 

「エギル、何してんの……?」

 

 

 若干引き気味に、声をかける女性プレイヤーが一人。

 彼――――エギルは「おぉ」と応じると筋トレをやめて、タオルで顔を拭きながらニカッと人の良い笑みを浮かべて。

 

 

「リズか。珍しいな、お前がここに来るなんて」

「うん。……いやいや、それよりも何してたのよ?」

「見てわかるだろ、筋トレだ」

 

 

 そう言って立ち上がると、エギルはポージングを取り始める。

 片方の手首をつかみ、上から力を加え前腕、上腕、三角筋、大胸筋に力を込め、サイドチェストというポージングを取った後に。

 

 

「筋トレはいいぞ」

 

 

 流れるように後ろを向くと、両腕を上げて身体を反らし上腕二頭筋、前腕、大腿四頭筋、腹筋、広背筋に力を込める。これが俗にいうバック・ダブル・バイセップスである。

 

 男子ならばそこで興奮するだろう。興奮するだけの見事な筋肉を、エギルは有している。

 だが悲しいかな、それを見せているリズベットは女性。そういうフェチであれば生唾モノであるが、特にそういった性癖はないリズベットからしてみたらただドン引きするばかり。

 筋肉とはときに凶器となり得てしまうのだ。

 

 

「あたしはどうして筋トレしてるのか聞いてるんだけど……」

「男の子にはな、負けられない戦いがあるのさ」

「詳しく」

「ユーキに腕相撲負けそうになったのがめちゃくちゃ悔しい」

「なるほどねぇ」

 

 

 エギルが言っている腕相撲というのは、歓迎会での事を言っているのだろう。

 途中からの記憶がないものの、大いに盛り上がったことをリズベットはアスナから聞いている。だからだろうか、過程を見ていないリズベットは結論から言った。

 

 

「でも勝ったんだからいいでしょ?」

「勝ったさ。でもアレは、アスナが俺を応援してユーキに隙ができたからだ。とてもじゃないが、実力で勝ったとは思えない……」

「え、そんなに強いのアイツ?」

 

 

 中肉中背のユーキでは太刀打ちできないほどの筋肉(ぶき)をエギルは有していた。

 エギルがショットガンに例えるなら、ユーキは竹槍。殺傷能力もリーチもまったく違う。争えばまったく話しにならずに、勝敗が決する。傍から見たらそこまでの戦力差が二人の間にはあった。

 

 そこまで考えて、リズベットはハッと思いたる。

 その戦力差は現実世界での物差しである。この世界は仮想世界。鍛錬すればするほど、経験値として還元されて強くなっていくシステムだ。

 そう考えれば考えるほど、先程のエギルの鍛錬も頷ける。地道に鍛え、己を強くしているのだろう。

 

 理にかなっているといえば、理にかなっている。

 だがそれでもリズベットはどこか申し訳無さそうな顔で、とても言いづらそうに現実を突きつけた。

 

 

「多分だけど、地道にやってるようじゃアイツには追いつけないと思うわよ?」

「何でだ?」

「アイツの鍛錬方法なんだけどね、もうギャグの領域なのよ」

「……参考までに聞かせてくれ」

 

 えーっと、と思い出すようにリズベットは言う。

 

 

「アスナとユウキを背に乗せて腕立て。両腕を広げてその上に岩を乗っけて座禅。200キロ以上ある大剣を片手で素振り。あとは――――」

「もういい、わかった」

 

 

 一つ一つ数えるように言うリズベットに、頭を押さえてエギルは制止させた。

 それから直ぐにニッコリと満面の笑みで、思考を放棄するように晴れ晴れとした笑顔で言った。

 

 

「さてはアイツ、凄まじいバカだな?」

「あら、知らなかったの? 果てしないバカよ?」

「いやでも実際どうなんだ? 鍛錬と言うか、拷問だろ。本当にそんなことやってるのか?」

「やってるわよ。キリトも張り合ったけど、ものの五分でギブアップよ」

 

 

 リズベットはケラケラと楽しそうに笑みを零す。対してエギルと言えば当然だと納得するように頷いて。

 

 

「キリトでも無理だったか」

「まぁ、あたしから言わせてみればキリトも化物よ。何もやってるわけでもないのに、ユーキと互角にやり合ってるし……」

「化物は化物でも、ベクトルの違う化物ってことだろ、あの二人は」

 

 

 普段はいがみ合っているくせに、こと戦闘となると抜群コンビネーションを発揮する奇妙な二人。

 十代ならではの若さだな、とエギルは一人納得すると何かに気付きリズベットに質問をぶつけた。

 

 

「そういえば、その二人はどうしたんだ?」

「キリトなら外にいるわよ?」

「ん? なんで入ってこないんだ?」

「……まぁ、見ればわかるわよ」

 

 

 肩をすくめて呆れたような口調で言うリズベットに、エギルは不思議そうに首をかしげた。

 リズベットの態度と言えば、口にするのもバカバカしいというかのようでもある。呆れて物が言えないとは、今の彼女の事を言うのだろう。

 

 何があったのか数通りの予想を立てて、エギルはカウンターの内側から外側へと出て店の前へと足を進める。

 そしてギョッと固まり、眼を丸くして。

 

 

「……どうしたんだ、キリト?」

 

 

 数通りの考えなど、吹っ飛んでいた。自分の想像力の貧困具合をまざまざと見せつけられ、エギルは問いを投げる。

 

 『はじまりの英雄』と呼ばれていた姿とは思えない。

 情けなく、小さく、綺麗に纏まっていた。どんよりと影を背負い、この世のすべての悲しみを受け止めるかのように悲観な態度。

 明日世界が終わります、と告げられた人間はこんな状態になってしまうのか。そう思わせるくらいの絶望を、キリトは背負っていた。

 

 つまるところ、体育座りである。

 それはもう綺麗なもの。体育座り選手権などが開催されたものなら、ぶっちぎりで優勝できるくらいの綺麗な体育座りを見せつける。

 見せつけたまま、キリトはボソボソと語り始めた。

 

 

「ユイが、反抗期なんだ……」

「反抗期だぁ?」

 

 

 怪訝そうな声を出して、エギルはユイという少女を思い浮かべる。

 

 自身の娘――――レベッカと同じくらい、いいやレベッカの方が良い子だ。そこだけは親としては譲れないらしい。レベッカより劣るものの、ユイも良い子であるとエギルは勝手に納得する。

 キリトをパパ、と呼び慕うAI。ピーマンが嫌いで、キリトと同じく辛い物が好みという幼い身としては変わった少女。アスナもリズベットも可愛がり、ユウキとも友達となっていた。ただユーキとはすこぶる相性が悪い。

 自身の娘よりも劣るものの、可憐と呼ぶに相応しい。それがエギルから見たユイという少女であった。

 

 それを踏まえて、エギルは再び問いを投げる。

 

 

「ユイがどうしたんだよ?」

「ユイがさ、ユーキと話しをしたいっていうんだ。それなら俺も一緒にいようって言ったら、言ったら……!」

「言ったら?」

「パパはいいですっていうんだよ! なんだ、パパはいいDEATHって! 死ねってことか!?」

「いいや、その『です』は『DEATH』ってことじゃないと思うぞ」

「そうだろうか、いいやそうじゃない! 娘ってのは、父親が臭くなったら殺したくなるって前にクラインから聞いたんだ! 俺ってそんなに臭いかな!? 加齢臭ってるかな俺!?」

 

 

 普段の冷静な態度はどこへやら。いつもは冷静沈着、作戦の発案を率先して行っていたキリトからは考えられない取り乱しようだ。

 ユイのやつ、もしかしてユーキのことが好きなのかなぁ!? と項垂れる始末である。

 

 頭を抱えて蹲るキリトを見て、エギルも少しだけ考える。とても他人事には思えないのだ。よくよく考えてみれば、レベッカもユーキに懐いている。口は悪くぶっきらぼうであるものの、面倒見が良いのか直ぐに仲良くなっていた。

 デスゲームが始まる前には、レベッカの我儘をユーキは文句を言いながら叶えていたことを思い出す。

 

 そう他人事ではない。

 今のキリトの有様を、エギルは我が事のように見つめて固く誓った。

 ――――身体はよく洗おう――――と。

 

 

「おーい、そこのまるでダメな男達。そもそもな話し、ユイは反抗期ではないし、論点がズレてるの気付いてる?」

 

 

 

 

 

 

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 AM11:56

 第十八層 主街区『ユーカリ』 ギルドホーム

 

 

 ――――さて、どうしたものか。

 

 ユーキはぼんやりと、天を仰ぎ見て考えていた。考えているのは今の現状。

 チラッ、と横目で隣に座っている幼女(ユイ)を見て、再び天井へと視線を向ける。染みなどなく、木造建築特有の木の繋ぎ目が広がっていた。

 

 話をしたい言われ、同じソファーに座ったは良いものの、有に二時間弱経過していた。

 その間二人は無言。ユイは焦りながら言葉を選んでいる様子であるし、ユーキはボーッと天井を見上げる状況。

 時折ユウキのおやつ用に確保していたお菓子を「ビスケット、食う?」と言う言葉と共に、ユイに渡していたが三十分前にすべて渡してしまっていた。いよいよ渡すものがなくなってしまい、ユーキは途方に暮れ現在に至る。

 

 

 ――そもそも、ンでコイツはオレなんかと話しがしたいんだ?

 ――嫌われてなかったっけオレ……。

 

 

 そもそも、ユイはユーキを恐れていた筈だ。

 先代カーディナルからユイはストレアとは違い『ユーキというプレイヤーは恐ろしい人間だ』と教え込まれてきた。本気の悲鳴を上げられたのも今では昔の話だ。

 それからというもの、ユーキも特にユイと距離を詰める努力をするとなどなかった。だからユイから見たユーキという人間は第一印象のまま。怖い人止まりである筈なのだ。

 

 だがどういうわけか、ユイの方から距離を詰めて来ている。

 この世で一番怖い生物であるユーキに向かって、お話しようと歩み寄って来ていた。

 それを無下にすることはユーキには出来ない。それに――――ストレアの件もある。自分を救ってくれた彼女の姉とも呼べるユイに、少なからず負い目をユーキは感じていた。

 だからこうして拒否をすることもなく、いつもの口の悪さもなりを潜めユイの希望を叶えているわけであるが。

 

 

「…………」

「……………」

 

 

 会話がない。

 どうしてオレと話しがしたいんだ? と疑問をぶつけてもいい。だがどうにもユーキはその方法は気が引けた。焦らせているようで、今も必死に言葉を選んでいるユイに申し訳なく感じるのだ。

 かと言って、このまま時間だけが過ぎるのも退屈である。

 

 さて、どうしたものか。

 と、思考を一巡させて三度天を仰ぎ見ていると。

 

 

「あの……」

 

 

 申し訳なさそうに、ユイが口を開いた。

 少女はそのままギュッと両手を握り締め、振り絞るように続ける。

 

 

「時間をとらせてしまってごめんなさい、今日は貴方に聞きたいことがあって……」

「構わねぇよ。なんだ、聞きたいことって?」

 

 

 努めて優しい声を出す。

 普段からは考えられないほどのユーキの優しい声色に、ユイはホッと胸をなでおろすと幾分か緊張が解けたのか声が若干朗々としたものに変える。

 

 

「どうして貴方は、現実世界に戻りたいんですか?」

「随分と急だな」

 

 

 ユーキの言い分ももっともだ、と。

 ユイは納得し、ポツリポツリとゆっくりと口を開く。

 

 

「カーディナルからパパに預けられてから、わたし色々な人間を見てきました。悲しければ泣き、楽しければ笑い、怒れば感情を荒立てる。それが人間なんだと学びました」

 

 

 そう言うと、ユイはユーキを見上げる。

 怯えながらも観察するように、恐れながらも好奇的な眼でユーキという深淵を覗き込んだ。

 

 

「みんなここから抜け出して、現実世界に帰ることを望んでいます。現実世界にはモンスターもいないし、PKされる心配もない。安全な暮らしが保証されているから」

 

 

 でも、と言葉を区切り続けて言う。

 

 

「貴方は違う。ここから出た所で、貴方には平穏が訪れない。何故なら貴方は、茅場優希さんは茅場晶彦の親族だから……」

 

 

 量子物理学者、天才的ゲームデザイナー。

 地球の科学という分野を何世代も先に進めた男。それが茅場晶彦という人物であった。人は彼を『天才』持て囃していたが、今となっては忌名と化している。

 ソードアート・オンラインの正式サービス開始と同時にクリアしなければログアウト不可能・ゲーム中の死が現実での死に直結するというデスゲームを開始させた張本人。未曾有のサイバーテロを引き起こした元凶。

 それが世間から見た茅場晶彦であった。

 

 既にマスコミは彼の血縁を調べ尽くしているだろう。

 その中にはもちろん、茅場優希の名もある筈であるし、少年がソードアート・オンラインに囚われていることも知られている筈だ。

 

 もしかしたら同情されるかもしれない。

 しかし人間の考えは千差万別。全ての人間が同情するとは限らない、中にはソードアート・オンラインの中で犠牲になった親族、もしくは関係者が茅場晶彦の血縁であるユーキに恨みを持つことだってあるだろう。

 そうなってしまえば、ユーキの現状は変わらない。現実世界でも平穏はやってこない。

 だが。

 

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 

 悲観することなく、ただ当然として受け入れる。

 楽観的に考えている様子もない。ただただ事実として、受け止めるユーキをユイは理解が出来なかった。この反応は、ユイが思い描く人間の定義から大いに外れるモノであるから。

 

 

「どうして貴方は、そんな平然としているんですか……?」

「だって、それは当然のことだろ?」

「当然、って……」

 

 

 眼を丸くし信じられないモノを見るような眼でユーキを見る。

 対する少年の様子は変わらない。平然とした調子で続ける。

 

 

「ここから抜け出したらアイツは捕まる。そうなれば、手頃の位置にいる人間を攻撃するのは当然だろ」

「貴方は、理不尽って、思わないの……?」

「思うさ。どうしてアイツがこんなバカな真似したかは知らねぇが、オレだって被害者だ。オレにはオレの言い分がある」

 

 

 そこまで言うと、ユーキは真っ直ぐとユイを見つめた。

 その瞳の奥には怒り、憎しみ、そして微かに悲しみが見え隠れしている。

 

 

「アイツがやらかした罪は消えることはない。誰もが忘れねぇ、一生背負わなければならないもんだ。そこまでのことを、やらかしたからな」

「…………」

 

 

 ユイにはその言葉の意味がわかっていた。

 デスゲームと化した世界で、プレイヤーを襲った絶望は痛いほど理解していた。誰もが絶望し、誰もが悲観し、誰もが憎悪する。現実世界でも同じであり、対象も同じく茅場晶彦だ。

 それこそが彼が背負うべき業というものなのだろう。

 

 そして、その対象の中に加わることを良しとする少年は続ける。

 

 

「身内がやらかしました、オレは関係がありません。ってのは、どうも違う気がする。アイツには味方がいねぇ、オレも許しているわけじゃない。それでも一緒に罪を背負ってやるのが、家族ってもんじゃないのかって思うわけよ」

「貴方も被害者なのに、ですか?」

「……人間ってのはな、目に見えない癖に絆とか信じちまうもんなんだよ。認めたくねぇが、オレとアイツは家族だからな。それに世話になった恩もある。一緒になってアイツに石を投げることが楽な生き方なのかもしれないが、どうにもオレには出来そうにない」

 

 

 忌々しげに言うユーキ対して、ユイはようやく理解することが出来た。

 

 どうして自分が、少年に恐怖を抱いていたのか。

 単純な話し、茅場優希を理解できなかったからこそ、ユイは恐怖していたのだ。

 何せ、思考回路が合理的ではない。理屈に合わずに、その行動に道理もない。正に『非合理の怪物』と言える。ただ自分を殺し、苦難な方へと進んで行く少年がユイには理解出来なかった。だからこそ恐怖していた。

 

 お人好し、なんて言葉では済ませてはいけない何かを、茅場優希は孕んでいる。

 キリトやアスナ達のように人が好いというわけではなく、自分という存在を勘定に入れていない極めて歪んだ存在。眼を離したら死んでいるような、危なっかしい人間。それが茅場優希なのだ、とユイはようやく理解することが出来た。

 

 

 ――わかった気がします。

 ――どうしてパパやリズお姉さん達がこの人を放っておかないのか。

 ――危ういんだ。

 ――眼を離したら死んじゃう。

 ――そんな危うさを持っているから、みんなこの人を放っておけないんだ……。

 ――それに誰もが知っている。

 ――この人が、優しいってことが。

 ――誰もが願っている。

 ――この人が本当の意味で、自分の為に笑ってほしいって。

 

 

「もっと、自分を大事にしてください」

「……それはどう言う意味だ?」

「そのままの意味です。貴方はもっと幸せになって、もっと自分を大事にしていい筈なんです! 罪を背負うなんてカッコつけないでください! じゃないと――――ストレアが悲しみます!」

「……オマエ」

 

 

 思わず、呆気にとられた。

 自分を恐れていたユイが、ここまで声を荒げるとは思っていなかったのだ。

 

 言葉を失うと言っても良い。

 必死に悲しそうに、涙を両眼に溜めながら訴えるユイを見てユーキは口を開く。しかしそこから言葉が続けられることはなかった。

 

 ――――突如鐘の音が響き渡った――――。

 リンゴーン、リンゴーンという音が第十八層に響き渡った。

 

 

「変、ですね。この階層には鐘なんてない筈なのに……」

 

 

 ユイは不安そうに、ソファーから立ち上がり疑問を口にした。

 しかしユーキは座ったまま、静かに鐘の音に耳を傾けていた。聞き覚えがあった、騒々しい鐘の音。まるで終わりを告げるような音色に、ユーキは聞き覚えがあった。

 それが何なのか考えて。

 

 

「――――!?」

 

 

 ユーキは急に立ち上がり、左手でユイを抱き寄せる。

 突然のことだったので、ユイは小さく「キャッ」と悲鳴を上げるもユーキは構っている余裕などなかった。

 

 

「悪いが、我慢しろ。絶対にオレから離れんじゃねぇぞ!」

「えっ、は、はい!」

 

 

 尋常じゃない有無を言わせないユーキの様子に、ユイは言われた通りギュッとユーキの左手を握りしめる。

 メインメニュー・ウィンドウを素早く開き、装備画面から両手剣を取り出して、右手に愛剣『アクセルワールド』を持ち構えた。

 忘れるわけがない、忘れるはずがない。この鐘の音は――――。

 

 

 ――これは、あの時の鐘の音。

 ――デスゲームが始まったときの鐘の音だ……!

 

 

 ユーキとユイの身体を鮮やかな青色の光の柱が包み込んでいく。

 『転移(テレポート)』である。それも強制に、デスゲームが始まる前のように意思とは関係なく。

 

 

 かつて、デスゲームを告げた鐘の音は鳴り響く。

 平穏を終わらせ、地獄を作り上げた晩鐘は変わることはなく、例外はない。

 

 この鐘の音が地獄を作るというのなら――――再び地獄を、創り上げることだろう。

 

 

 




 添い寝回思いの外、好評だったみたいでよかった……!
 そしてこの超展開である。クライマックスまで数話といったところです

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