ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
茅場晶彦が去って、数時間が経つ。
一方的な証明、一方的な宣言を残し、残った爪痕は深かった。
裏切られたと憤る者、最強の剣士の正体にただ立ち尽くす者、今だに事態を掴めない者。
様々な者が、千差万別の反応を示す。
その中で、少年は希有な存在といえるだろう。ただ静かに、あるがまま受け止めて残れされた言葉を心の中で反復する。
――――キミは知っていた筈だ。キミだけは、分かっていた筈だ――――。
何度も何度も、少年は頭の中で、その言葉だけを繰り返していた。
「そう、だな……」
己の手をじっと見つめる。
アレから数時間が経つ。もう身体の痺れもなく、今ならば十全の力を発揮できるだろう。
試しに、何度か手を握り、手を開く。自分の調子を確かめるように、身体の一部が故障していないか動作を確認する。
問題はなかった。
このまま一人で、殴り込みをかける事も出来る。
たった一人で最終決戦へ。無謀とも呼べる行動、勇敢とは呼べない愚策、正気を疑う狂気。そんな常識外れな行動力こそ少年の強みでもあり、弱みでもあった。自分が傷つこうが気にせずに、目的地へ邁進し続ける。それこそ最短距離で、少年は走り続ける。迷いはない、それこそ自分が成すべきことであると信じて疑わなかった。
その証拠が『アインクラッドの恐怖』である。
たった一人でフロアボスを捻じ伏せて、最短時間で上の階層のフロアボスを叩き潰す。そんな無茶を十七度繰り返して来た。
かつて出来たのだ。もう一度行えない道理などない。
たった一人だ。たった一人を止めることが出来れば、この囚われた世界から解放することが出来る。
「アンタなら、そうする。そうだ、オレだけはわかっていた……」
だが今ではなかった。
それよりも先に、少年にはやるべきことがある。
「――――行くか、ケジメを付けに。この辺りが、潮時ってヤツだ……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2024年1月31日 PM13:15
第一層 『はじまりの街』
いつものアインクラッド。
青い空が上空に広がり、雲一つない快晴な空が広がっていた。しかし何もかもがいつも通りという訳にはいかない。
辺りは混沌と化していた。
暴動は幸いなことに起きていないものの、小競り合いが連続で起きていた。
無理もないだろう。
攻略組とは、ソードアート・オンラインに閉じ込められた全プレイヤーから見ても精神的支柱だった。
中層以下のプレイヤーは、上の階層が開放されたとなると希望が生まれていたし、攻略組もそんな希望の眼差しを浴びて精神を高揚させてきた。だがその中で、攻略組の中でも最強と呼ばれるギルドの中にすべての元凶である茅場晶彦が存在していた。しかも『アインクラッドの最強の剣士』ヒースクリフとして、今まで攻略組を牽引して来た。
その事実は、攻略組のみならず、中層以下のプレイヤー達への精神的ダメージとなっていた。
例えるのなら、ソードアート・オンラインは暗闇だ。
暗闇の中に放り出された数千名の者達。自分たちは何をすれば良いのか、どうしたら良いのかわからないで右往左往している。
その中に現れた強烈な光がヒースクリフである。ヒースクリフという存在に、人々は己の道筋を見出し何とか足を進めてきたのだ。だがそれが急に消えてしまう。プレイヤー達が再び混乱するのも、そう時間はかからなかった。
そんなはじまりの街の中にある宿屋。
どうやら宿屋の中に酒場があり、そこにはプレイヤー達が点々と席に着席しており、NPCである店員は忙しなく動き注文を取っていた。
活気などまるでない。生気すら微かなもので、NPCなのかプレイヤーなのか見分けがつかない。幸いなことに、プレイヤーの上に光るアイコンで何とか判別できるような状態だった。
悄然とした宿屋、機能していない酒場の中で、エギルは席に座っていた。
どっしりと腕を組み、眼を瞑り考え込んでいる。
「うぃーす……」
話しかけるのは男性。
赤色のバンダナ、戦国武将のような鎧を身に纏っている男性――――クラインが片手を上げて気安く話しかけた。
表情はどこか疲れてそれで、ドカッと音を立ててエギルの対面に着席した。
よう、と応じる。
エギルは目を開けて、重苦しい口調で問いを投げた。
「外はどんな様子だ?」
「どうもこうもねぇよ、あっちでこっちで小さな喧嘩。止める身にもなれってんだ」
ぶつくさ文句を言いながら続ける。
「20分後に広場に集合だっけか?」
「あぁ。今後の対策の会議だ」
「大丈夫かねぇ、こんな調子で。まったく纏まりないぜ?」
直に見てきたクラインだからこそ、今後の対策など話し合えない、と彼は早い段階で結論付けた。
最大のギルドである『聖竜連合』は己の矜持を守る為に必死になのか、一方的に『血盟騎士団』に責任をなすりつける。もちろん『血盟騎士団』も黙ってはいなかった。なんせ彼らも被害者なのだ、彼らにも彼らの言い分があるのだ。
そうして火種は大きくなり、あちらこちらで小規模な爆発を繰り返す。
様子を見るついでに、下らない喧嘩をクラインは数十回仲裁してきた。その言い分も身勝手なものであり、誰一人協力しようという意思はない。
このまま続けば、この世界に未来はない。
クラインは暗にそう語り、エギルも否定はしなかった。彼も同じ意見であるのだから。
そう言えば、とクラインは声を上げてエギルに問いを投げる。
「この会議の発案者って誰だっけ?」
「ディアベルだ。血盟騎士団の副団長の」
「あぁ、アイツか……」
両手を頭の後ろに組み天井を見上げてクラインは続けた。
「アイツも大丈夫かねぇ? だいぶまいってたろ……」
「まぁな。何せ自分んとこのギルドで、しかもトップが茅場晶彦だったんだ。動揺しないやつは人間じゃねぇよ」
数時間前の光景をエギルは思い出す。
一方的に宣告され、地に転がる自分達。誰も抗うことなく、不自然な体勢で倒れていた。
抗う人間はいないと思ったそのとき、二人の少年が手に剣を取り創造主に抗っていた。一人は『はじまりの英雄』――――キリト。
もう一人は――――。
「そう言えば……」
そこでふ、と。エギルは思い出したように口を開く。
「アイツの様子、おかしかったな……」
「アイツって?」
「ユーキだよ」
どこか切羽詰ったような、焦っているかのような。普段のユーキからは想像が出来ないよう様子。
エギルはその様子を、曖昧な表現として口にする。
「なんか、年相応というか……」
「気のせいじゃねぇの?」
そう言うと、クラインは窓の外を見た。
人通りが多くなっていく。どうやら全員、広場に集合するようだ。
「そろそろ行こうぜ」
「そう、だな……」
そうして、エギルとクラインは噴水広場に足を運んでいた。
統制など取れていない、周囲はザワザワと好き勝手に口を開き、小さな口論を始める。
エギルは視界の端で、そのやり取りを見て呆れながらため息を吐いた。予想していなかったことでもない、全ては想定していた光景。
何も言わずにクラインを見ると、彼もエギルと同じだったのか一度頷いた。そして取り敢えず、二人は仲裁に入ろうとするも、エギルは妙なモノが眼に映った。
――おいおい……。
――何してんだ、アイツは……?
彼が知る“少年”は、そのような性格ではない。人々の前に立ち、引っ張って行くようなリーダーシップは持ち合わせていない筈だ。
やるのなら裏方。人々の賞賛など一切興味がなく、ひたすら目立たないように“少年”は行動してきた。それが証拠の『はじまりの英雄』だ。共に戦った筈なのに“少年”だけが讃えられずに、『はじまりの英雄』だけが一目置かれるようになっていた。
エギルの中の“少年”はそういった人間だった。
だがそれとは裏腹に、“少年”は前に。
この会議の発案者であるディアベルと肩を並んで、前に立っていった。
どういうことだ、と考える前にエギルは一つの集団を見つけた。
その集団の名は、『
“少年”が所属するギルドである。彼らならば知っているのではないか、とエギルの希望とは裏腹に彼らも同じような反応だった。
リズベットとユウキは眼を丸くして前方にいる“少年”を見つめており、ユイは“少年”の姿を確認するほど余裕が無いのか不安そうに辺りをキョロキョロと警戒心を露わにしている。
ただ、反応が違う者が二名。
キリトは腕を組み静かに事の成り行きを見守り、アスナは祈るように両手を握り締めてギュッと両眼を瞑っている。
――アイツらも知らないのか……?
そうすると“少年”は全プレイヤーが集まったことを確認すると、ディアベルに一声をかけて壇上に上がった。
壇上と言っても簡易的なモノだ。木箱が下に二段、上に一段重なって出来た簡単な作りにすぎない。その上に“少年”は立つと、恐ろしく静かな声で発する。
「――――まず、アンタ達に謝らなければならないことがある」
ザワ付いていた周囲がピタリと止み、“少年”の声に耳を傾けた。
しかし直ぐに、“少年”の姿を確認すると「アインクラッドの恐怖だ……」「本物だ……」「実在、したのか……」といった声が小さくポツリポツリと上がり始める。恐らく、先刻の茅場晶彦と“少年”やり取りを聞いていた者がいて、その者が広めたのだろう。
“少年”こそが、『蒼炎』と称されていた“少年”こそが、『アインクラッドの恐怖』であったのだと。
半ば、『アインクラッドの恐怖』は都市伝説と化していた。
単騎でフロアボスを殲滅していた怪物、そんな規格外が存在するとは思えない。普通の思考回路ならば、そう考えることだろう。
だが事実、『アインクラッドの恐怖』は実在する。
それこそが“少年”である。
しかし当の本人は気にすることなく続ける。
「アンタ達をここに閉じ込めた茅場晶彦は人間だ。血が通った人間だ。となるともちろん、家族が存在する」
そこで“少年”が何をいいたいのか、エギルは何となく理解した。
眼を見開き、唇が震える。まさか、と。ドクンと心臓が一度大きく高鳴った。
どうやら予想が出来たのはエギルだけではなかったようだ。
ゴクリ、と唾を飲み込む者。口元を両手で隠し動揺する者、様々な反応を見せる中、少年は――――ユーキは意を決して言葉を紡いでいく。
「それがオレだ、オレの名前は茅場優希。アイツの、茅場晶彦の――――家族だ――――」