ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 ムーパパさん、ルシオンさん、おうどんたべたいさん、誤字報告ありがとうございます!

 決戦前シリーズ(?)は次で終了です。
 よろしくおねがいします。


第15話 決戦前~自覚した恋~

 

 

 2024年1月31日 PM16:00

 『第一層』迷宮区

 

 

 

「やけに静かだな……」

 

 

 迷宮区に辿り着き、ある程度歩いたところで誰かに向けた言葉でもない調子で小太りのプレイヤーが呟いた。

 本来であれば、エネミーモンスターである『ルインコボルド・トルーパー』が現れる筈なのに、今だにその気配はない。それどころか静か過ぎるくらいである。

 

 ゴクリ、と唾を呑む音が聴こえたがそれは誰から発せられた音だったか。先程呟いた小太りの男からか、それともその他数人のプレイヤーからか。

 誰かもわからないまま、プレイヤー達は進んでいく。

 

 バラバラにならずに、固まって。

 足早にならずに、慎重になって。

 周囲を探索しながら、神経を過敏にし、数人のプレイヤー達は行動を始めた。

 

 彼らが行っているのは、マッピングである。

 ダンジョン内を散策し、その中に一体何があるのかマップに記すといった単純作業。とは言っても、その作業は攻略するにしても重要といえるだろう。

 どこに、どのようなモンスターが現れるのか。そしてそのモンスターの弱点はどこにあるのか、攻撃方法は如何な手段を用いるのか。ダンジョン内にはどのような罠が存在するのか。それらをハッキリしない限り、攻略など出来るはずもない。

 

 情報とは武器だ。剣や斧といったモノと何一つ変わらない。

 ただそれが目に見えるものか、そうじゃないかの差でしかない。

 

 

 彼ら数人のプレイヤーは情報屋であった。

 高い『隠蔽』スキル、そして『感知』スキルを屈指しダンジョン内の情報をかき集めていくスペシャリストであった。

 だがその集団は奇妙な顔ぶれだ。

 

 情報とは武器であると同時に、鮮度も重要となってくる。

 鮮度を高める第一条件としては、誰も知らないという前提が大事なのだ。こうして他の情報屋と一緒に行動するのは非効率的であり、道理に合わないと言える。

 何よりも彼らが行動している場所だ。第一層の迷宮区など、もはや誰も見向きもしないダンジョンだろう。新調した武器の試し斬りに赴くくらいの利用価値でしかない。

 

 だというのに、怯えるようにして足を進めていく。

 奇妙であり、不思議な光景と言えるだろう。

 

 

 生きた心地がしなかった。

 いつ現れるかわからないモンスターや罠に怯えながら、彼らは進んでいく。

 純粋な恐怖。平気なプレイヤーはおらず、それは彼女――――アルゴも例外ではない。

 

 

「それにしても……」

 

 

 口髭を蓄えた男性プレイヤーが口を開く。

 紛らわせる為か、その声色は震えており、その調子のまま彼は続ける。

 

 

「どうして茅場晶彦はこんな場所を選んだんだろうな……」

 

 

 こんな場所、つまりは第一層の迷宮区に他ならない。

 

 ヒースクリフの正体が茅場晶彦だったという真実、そして茅場晶彦を倒せば現実世界へ帰還できるという事実を突きつけられ、はや数時間が経過していた。

 はじまりの街やトールバーナでは、数多くのプレイヤー達が準備に追われていることだろう。攻略組だけではない、その中には中層プレイヤーも存在しており、攻略を放棄したプレイヤーすら力になろうと行動している。

 正に、アインクラッド内に存在するプレイヤー達は団結していた。全ての元凶を倒しこの世界から抜け出すために、各々が出来る最大限も努力を行使している。

 

 それは情報屋として生きてきた彼らも例外ではない。

 有志を集めて、決戦となる第一層の迷宮区を探索する。マッピングが完了しているとはいえ、相手はゲームマスターである茅場晶彦だ。何か仕掛けでもあるかもしれないし、その仕掛けはもしかしたら攻略組が全滅してしまうほどの代物かもしれない。

 故に、彼らは何が起きるかわからない現状に怯えていた。何も起こらないからこそ、最悪の光景を想像してしまう。

 

 

「『鼠』はどう思う?」

 

 

 誰からも応答がなかったからか、比較的平常心を保っているように見えたアルゴに口髭のプレイヤーは話しかけてきた。

 どう思うもないだろう、とアルゴは肩を竦めて事実だけを口髭のプレイヤーに告げる。

 

 

「わからないサ。オイラは茅場晶彦じゃないんダ」

「それもそうだが……」

 

 

 身も蓋もない言葉に、スゴスゴと口髭のプレイヤーは引き下がった。

 

 そうして会話もないまま、彼女らは二階へと続く階段へ到達してしまった。文字通り何も起こらずに、特別なアクシデントも起こらずに。

 モンスターすら湧かない異常事態。罠があることもなく、順調過ぎるほど順調に。

 

 思わずに、小太りの男性が周囲に眼を配り。

 

 

「……どうする?」

「戻ろウ」

 

 

 間髪入れずに答えるのはアルゴだった。

 小太りの男性の眼がアルゴに向く。彼だけではない。数名の情報屋が一斉に、アルゴへと意識を集中されていた。

 

 

「それはどうしてだ、『鼠』」

「決まってるだロ。これ以上先へ進んでも無駄だからサ」

 

 

 ため息を吐き、つまらなそうな口調でアルゴは続ける。

 

 

「モンスターが湧かないのは、茅場がこの辺りの設定をイジったからだろうナ」

「湧かないなら先に進んでも問題はないだろう?」

「だから無駄なんだっテ。茅場はオイラ達を殺そうと思えば殺せタ。でもそれをしなかったのは、茅場にとってオイラ達は敵じゃないからダ。アンタも蟻とか見ても積極的に潰そうと思わないだロ?」

 

 

 それと同じだよ、と肩を竦めて言うアルゴに口髭のプレイヤーは苛立ちを隠せない状態で口を開く。

 だがそれよりも早く、アルゴが遮った。これ以上この場にいても時間の無駄であるのなら、もっと他にやることがあるだろうと言わんばかりに。

 

 

「これも立派な情報ダ、アイツらに伝えようゼ」

「あとは任せろって、ユーキも言ってたしナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2024年1月31日 PM16:11

 第十八層 主街区『ユーカリ』 ギルドホーム

 

 

 二階建ての木造建築――――加速世界(アクセル・ワールド)のギルドホームから少しだけ離れた場所に、石造りの建物が存在した。

 屋根には煙突があり、絶え間なく煙が空へ上がり消え帰っていく。

 中には鉄を熱するための炉があったり、その燃料となる石炭は棚にある。壁には様々な種類のハンマーがあり、試作で作ったであろう剣や防具などが同じく壁に飾られていた。試作と言わずに、店頭で並べても遜色ないレベルであった。

 金床や研磨機などがあることから、この場所が工房だということがわかる。

 

 そんな工房にて、カン、カン、カン、と一定のリズムで金属音が辺りに鳴り響いていた。

 赤く光るインゴットを火ばさみで掴み、もう片方の手にハンマーを持ち一定のリズムで叩いていく。ある程度叩いたら、インゴットを水に浸す。同時に水が沸騰していく。

 そして再び火ばさみで掴んでいたインゴットを金床の上に持っていくと、再度ハンマーで叩いていく。それを何度も繰り返したところで。

 

 

「――――それで、キリトくんはどうして剥れてるわけ?」

 

 

 溢れる汗を拭うこともなく、ハンマーを振い落しながらリズベットは壁際に座っている少年に問いを投げた。

 少年――――キリトはムスッと顔を変えながら一言だけ応じる。

 

 

「別に……」

「ふーん、別に、ねぇ……?」

「……なんだよ?」

 

 

 拗ねた調子で言うキリトに、ニヤニヤと悪戯を成功した子供のような笑みでリズベットが言った。

 

 

「当ててあげよっか?」

「……当てなくていいよ」

 

 

 カーン、と一際大きな音を立てて、リズベットはハンマーを振り下ろしながら構うことなく口を開く。

 

 

「ユーキがあたし達じゃなくて、プレイヤー全員を頼ったのが気に入らないんでしょ?」

 

 

 一瞬だけ、キリトは動きを止めて明後日の方向へ視線を泳がせて、拗ねた表情に戻り一言。

 

 

「別に……」

「誤魔化すの下手かあんた」

 

 

 間髪入れずに、リズベットのツッコミが入った。

 それから呆れた調子でため息を吐き、首を横に振りながらリズベットは言う。

 

 

「長い付き合いになるけど、あんた達って仲が良いのか悪いのかわからなくなるときあるわ……」

「悪いぞ! 凄く悪い! 良いわけないだろ!?」

「はいはい、そうですねー」

 

 

 ガタッ、と立ち上がりながら必死に否定するキリトを横目に、軽口を叩きつつハンマーを振り下ろしていく。

 金属と金属が衝突する際に発生する高い音、そして生じる火花。それらを生み出している 鍛冶職人(リズベット)は一息ついてキリトの憤りを肯定した。

 

 

「まぁ、あんたの気持ちもわかるけどね。水臭いっていうか、そういう感じでしょ?」

「そう、そうなんだよ! 別に頭下げなくても俺達なら協力したし、俺達の為に頭を下げる必要もなかったろ!? なのにアイツはまた勝手に考えて、俺達に相談もなしに! 茅場の家族だからって俺達の態度が変わると思ってたのかアイツは―――――あっ」

「はい、ご馳走さまでした」

 

 

 ニッコリ満面の笑みのリズベットを見て、初めてキリトは気付いた。

 ――――自分はハメられたのだと――――。

 

 

「……汚いぞ、リズ」

「ごめんごめん。でも素直じゃないあんたが悪いのよ?」

 

 

 口を尖らせて文句を言うキリトが可愛かったのか、リズベットはクスクスと笑みを零す。

 その笑みは先程浮かべていた悪戯を成功した子供のような笑みではない。どこか慈愛に満ちた、聖母のような笑みだった。

 

 

 ――普段は冷静というか、大人びた態度のくせに。

 ――ユーキが絡むと子供みたいになるんだから……。

 

 

 初対面のときからそうだった。

 しつこい男からリズベットを颯爽と守り、すぐに仲間の少年と子供のような喧嘩を始める。そんな二人を微笑ましそうに少女が見守っていた。その光景は何物よりも温かく、リズベットからは輝いて見えた。

 デスゲームが始まって数日。人の暖かさというものに飢えていなかったかといえば嘘になる。大人びているといっても、リズベットも十代の少女だ。途方もない状況に放り出されれば、他人に飢えてしまうのも無理はない。

 

 だが誰でも良かったというわけでもなかった。

 三人の輪に入ることが出来ればどれだけ嬉しいか、どれだけ救われるか。

 リズベットにとって、三人こそ希望の象徴と言える存在であった。分け隔てない優しさを持つアスナ、ぶっきらぼうな温かさを見せるユーキ、そして――――。

 

 

 ――うん、白状しよう。

 ――あたしは、キリトが好きだ。

 

 

 寂しかった、他人の温もりが欲しかった、誰かに必要とされたかった。

 そんな感情が、恋心になっているのではないか、とリズベットは常々疑っていた。何者でもなく、自分の感情をこれまで疑ってきた。

 この世界は仮想世界。ここにいる自分達の身体は本物ではない。であるのなら、この感情も偽物なのではないかと。キリトへ向かっている好意は果たして本物なのかと、寂しさを紛らわせる偽物の感情ではないかと全てを疑ってきた。

 

 だが彼女の恋は偽物ではない。

 キリトのことを考えただけで動機が激しくなる、キリトのことを考えただけで頬が紅潮する、キリトの考えただけで冷静ではいられない自分がいる。

 その感情を“恋”と言わずに何というのか。

 

 

 ――キリトが好き。

 ――子供みたいなキリトが好き。

 ――大人ぶっているキリトが好き。

 ――はしゃいでいるキリトが好き。

 ――強がっているキリトが好き。

 ――あたしは、キリトが、大好き……!

 

 

 自分の想いを込めてハンマーを打ち込んでいく。一つ一つ丁寧に、一つ一つ確実に、自分の気持と向き合っていく。

 

 何度打ち込んだか数えていない。

 恐らく数百は超えており、数千といった膨大な数に届いているのかもしれない。

 槌音が響いた直後に、一際眩い白光を放った――――。

 

 

「……」

 

 

 真剣な表情で視線を動かすことなく、キリトその光を見守る。

 紅く熱されていたインゴットは徐々に変化を遂げ、輝きながら姿を変えていく。刃ができ、柄ができ、そうして数十秒かけて剣として形をなしていった。

 そうして遂に――――。

 

 

「出来た……」

 

 

 ――――剣となる。

 リズベットは一息ついて、その剣をギュッと握りしめる。そのまま片手で持とうとするも。

 

 

「わっわわ……!」

「おっと」

 

 

 リズベットの筋力値では持つことが出来ないのか、そのままフラつくも直ぐにキリトが支える。

 手と手を振れている。少し背伸びすれば、キスが出来るような距離。鼓動が早まっていくのを、リズベット自身理解している。このまま本当にキリトの唇を奪ってしまうのも可能だろう。

 しかし――――。

 

 

「ありがとう」

 

 

 と、リズベットは口元をキュッと締めて、精製された片手剣をキリトに預けて問いかけた。

 

 

「どんな感じよ?」

「うん、重くて。綺麗な剣だ……」

 

 

 その剣は白銀であった。

 刃にあたる部分は眩い白銀、柄の辺りも白銀で、何もかもが白く光り輝いている。ただ柄頭の部分が金色の宝石がはめ込まれており、シンプルな造形となっている。

 漆黒の『エリシュデータ』と遂になる片手剣の名前は――――。

 

 

「名前は……『ウェイトゥザトゥルー』? 意味は『真実の道』って、かなりカッコつけてるわねぇ」

「そうか? 俺はいいと思うけど」

 

 

 それだけ言うと、キリトはリズベットから数歩離れて、左手に『ウェイトゥザトゥルー』持ち数度振った。

 リズベットでも持てなかった白銀の剣を難なく片手で振って、満足したのか口元に笑みを浮かべてキリトは言った。

 

 

「いいな、最高だよ。この剣」

「……ねぇ、キリト」

 

 

 この場で自身の気持ちを爆発させれば楽なのかもしれない、途方もない好意をキリトにぶつければリズベットは満足するだろう。

 自身がどんな想いでその剣を創り上げたか、どのような感情をキリトにもっているのか、リズベットは伝えたかった。

 しかし――――。

 

 

「ううん、なんでもないわ」

 

 

 ――――この場においては、その感情に蓋をした。

 何せ今のキリトは前を見据えている。前とはつまり、これからのこと。仮想世界ではない現実世界への明日を見据えていた。

 

 だからこそ、リズベットも彼の想いを汲んで自身が精製しうる最高の剣を創り出した。

 これ以上、キリトの邪魔は出来ないし、したくない。何よりも――――。

 

 

「さぁ、行きますか! さっさと現実世界に帰るわよ――――!」

 

 

 ――――勝負を仕掛けるときは、ここではないのだから――――。

 

 

 


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