ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 これにて決戦前シリーズ(?)は終わります。
 あと数話でアインクラッド編は完結しますが、恐らく更新速度は格段に落ちると思います。理由はあとがきにて!

 スッズムシーさん、誤字報告ありがとうございました!


第16話 決戦前~幼馴染~

 

 

 2024年1月31日 PM17:00

 第十八層 丘の上

 

 

 空が紅く染まり、太陽が沈み始める。

 まるでその空は血の色のような悍ましくも、不思議と人を惹き付ける色彩を放っていた。その空を、鳥が気持ちよく飛んでいる。地上では何が起きているかも知りもしないことであるし、彼らの知ったことでもないだろう。

 

 第十八層の主街区『ユーカリ』の街明かりが灯り始めていた。

 だがどうも活気がない。無理もないだろう、何せプレイヤーの数は片手で数える程度しかユーカリに存在していない。ほとんどのプレイヤーは第一層のはじまりの街、もしくはトールバーナで来るべき決戦に向けて準備を進めている。

 

 そう言う意味では、少年は浮いていた。

 準備するわけもなく、ぼんやりと丘から見えるユーカリを眺めている。

 だが隙はない。黒い長袖のインナーの上から胸部を覆う白色の鎧。手首には手甲が装備されており、堅実さよりも身軽さを追求したようでもある。黒色のズボン、その腰からは濃い蒼色の布が垂れている。そして、そのベルトには例の紅色の宝石の付いたペンダントがぶら下がっていた。

 腰には鍛え抜かれた両手剣『アクセル・ワールド』が装備されている。

 

 奇襲をかけられても、万全の動きが出来ることだろう。

 身体の軸もぶれずに、体幹も乱れることなく、少年はその場に立っていた。

 その蒼い双眸から見えた景色とはいかなるものなのか。少年は時折、感慨深そうに眼下に広がる景色を眺めて、懐かしむような名残惜しむような複雑な眼で見つめていた。

 

 

 ――最終攻略まで一時間か……。

 ――ここまで、色んなことがあったな……。

 

 

 デスゲームに巻き込まれ、色々な連中に出会ったことを少年は思い出す。

 いけ好かなくも尊敬できる男とモンスターキラーを討伐した。いつも面倒を見てくれている鍛冶職の少女が仲間になり、第一層で殺人鬼とつまらない因縁が始まった。『アインクラッドの恐怖』として一人でフロアボスを倒すことにした。その後を健気に自分の後を追って来てくれる妹、命の恩人であるAIの三人で行動するようになった。この第十八層で憧れと決闘し、敗北することになった。カーディナルと初めて会話したし、余命が幾許もないことも分かっていた。殺人ギルド『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』を潰して、殺人鬼との因縁を清算した。その代償は大きく、自分を好きだ言ってくれたAIに命を救ってもらいこうして少年は立っている。『聖竜連合』の無謀な攻略に、尻拭いをすることもあった。男四人でのんびりと釣りをすることもあった。血盟騎士団副団長と決闘したり、妹と本当の意味で家族になれた。歓迎会で我ながらはしゃいだことは記憶に新しい。罰ゲームで添い寝をしたが、もう二度としないと固く誓った。

 

 そして今。

 短いようで、長いような。濃密な一年と少しだったと思う。

 ここまで到達した出来事は、決して楽しいことばかりではなかった。何度も剣を振るい、何度も殴り、何度も蹴り飛ばす。その都度、痛みとなって返ってくる。そんな繰り返しだった。

 辛く、悲しく、苦痛なこともたくさんあった。だがそれだけではなかった。

 

 自分一人では、耐えれなかったと思う。

 その前に自分は壊れてしまい、何者かもわからずに攻略していた。

 過程はどうあれ、結果だけ言えば自分という人間は間違いなく破綻していた断言出来る。

 

 それもこれも。

 

 

「やっぱり、ここにいたんだね……」

 

 ――――オマエがずっと、オレの隣に居てくれてから、だな……。

 

 

 少年は振り返らない。

 背後には間違いなく少女が居て、その言葉は自分に向けられた言葉であると分かっているものの、少年は振り返らずに意地の悪い言葉で応じた。

 

 

「もういいのかよ、泣き虫」

「えっ、見てたの!?」

「一人だけビービー泣いてんだ。嫌でも目立つだろ」

 

 

 少女――――アスナは羞恥心で顔を真っ赤に染めながら慌てて取り繕った。

 

 

「ち、違うもん! アレは泣いてたと言うか、ホッとしたと言うか……! もう、全部ユーキくんのせいだよ!」

「……待て待て、どういう理屈だそりゃ?」

「君が泣いたりしないから、わたしが代わりに泣いてるんだよっ!」

 

 

 意味がわからん、と少年――――ユーキは首を横に振って、意地の悪いものではなく神妙そうな声色で、申し訳ない口調で言う。

 

 

「……悪かったな、黙ってて」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 

 ユーキが何に対して悪いと思っているのか、アスナは熟知していた。それは茅場晶彦と少年の関係性についてだろう。

 しかしアスナは別に気する様子もない。茅場晶彦と繋がりがあろうが、ユーキはユーキだ。その程度で自身の信頼が揺らぐ訳もない。何よりも――――。

 

 

「わたしよりも――――君の方が辛いでしょ……?」

「――――――――」

 

 

 言葉を失った。

 辛くなかっと言えば嘘になる。茅場はユーキという身内がログインしていたのは彼も知っていた筈だ。なのにこうしてデスゲームを開始し、関係のない者達と一緒にユーキを巻き込んだ。これを裏切りと言わずして、なんと言うだろうか。

 

 

「君の気持ちに気付かないで、わたしはずっと守られてきた」

 

 

 ほんの僅かに、アスナは黙った。

 これ以上、少年に甘えてばかりはいられない。自分の気持ちを偽って、無理矢理進み続けてきた少年を、これ以上騙し続ける訳にはいかなかった。

 ユーキに頼られるように、ユーキに守られ続けているのではなく今度は自分がユーキを守りたい。その一心で、アスナはここまでやって来た。アスナが守りたいと思っているのはユーキの身体、そして強すぎる心もである。

 

 故に、アスナは言う。

 これ以上、ユーキが自分自身を偽らないように、純粋な心をこれ以上傷つけさせないように。

 

 

「教えて。ユーキくんは茅場さんをどうしたいの?」

「……ンなもん、決まってんだろ」

 

 

 ギュッと拳を握り、強い口調でユーキは告げた。

 

 

「――――アイツを斬る。そしてオマエらを現実世界に帰す。オレの目的なんざそんなもんだ。全員の前で言った筈だろ」

「違うよ」

 

 

 ユーキの服の袖を、ギュッと握りしめる。

 これ以上、見ていられなかった。このまま自分を偽り続ける少年を見ていられなかった。強い口調とは裏腹に、その言葉の裏にある悲痛な決意をアスナは敏感に察知していた。

 彼女が守るのは心。このままユーキは偽り続けるだろう。本当にやりたいことを我慢して、その結果待っているのは後悔でしかない。

 

 

「君が本当にやりたいことを教えて? 大丈夫、ここにはわたししかいないから」

 

 

 だから、言葉にさせる。

 明確に、己の本当にやりたいことを、アスナは口にさせようとしていた。言葉とは道標だ。何をやりたいのか、本心を曝け出せる唯一の手段。

 

 

「オレ、は……」

 

 

 ここで初めて、ユーキはアスナの方へ視線を向けた。

 ほんの僅かに躊躇い、顔を俯かせる。それから直ぐに、少年は自分の意思で顔を上げた。

 

 

「アスナ、オレは……」

「うん」

「オレは、アイツを。茅場晶彦を、止めたいと思ってる……」

 

 

 斬るのではなく止める。

 その意味をアスナがわからない筈がなかった。殺すのではなく生かす。止めるとはそういった意味だ。

 

 この状況で、その願望がどれほど難しく、どれほど困難なのか。そんなものユーキが一番理解している。

 それでも叶うことなら、ユーキはそんな夢物語を紡いでいった。

 

 

「オレとアイツは似た者同士なんだと思う。同じ視点で世界を見ていた。オレ達の大事な人達を奪っていった世界ってやつが、憎くて堪らなかった。滅んじまえばいいって考えていた時期もある」

 

 

 でも、と言葉を区切りアスナを真っ直ぐに見つめて。

 

 

「オレとアイツは違った。アイツは暴走して、オレは踏みとどまった。それもこれも、オレの側にはオマエみたいなヤツが居て、キリト達のようなお人好し共がいてくれたからだ」

 

 

 もし一人だったなら、もし自分の周りに茅場だけであったなら、自分と茅場は共犯者になっていただろう。

 それほどまでに、自分と茅場は同じ見解を示していた。だからだろうか。茅場の言葉が酷く納得できた。オマエならそうするだろう、と静かに受け止めることが出来てしまっていた。

 

 

「アイツはオレも、オマエも、ユウキすら巻き込んだ。もうアイツは敵でしかない。なのにオレは、アイツを助けたいと思ってる……!」

 

 

 ギリッ、と奥歯を噛み締めて。

 ギュッ、と拳を赤くなるまで握りしめる。

 そのまま忌々しげに、吐き捨てるように続けた。

 

 

「本当に自分の甘さに反吐が出る……! アイツは殺されても仕方ねぇ筈なのに、オレにはそれが出来そうにない。腰抜けにも程がある……!」

「でも、それがユーキくんでしょ?」

 

 

 遮るようにアスナの声が聞こえた。

 ユーキの視線の先にいる彼女は――――微笑んでいた。

 

 

「誰にでも手を差し伸ばす。君の甘さ、優しさが――――」

 

 

 ――――愛おしく思う。

 そんな言葉を吐き出すのをギュッと我慢して、アスナは諭すように続けた。

 

 

 

「君はわたしの知る優希くんだよ。優しくて困っている人を放っておけない。わたしの捻くれた幼馴染。それが優希くんだもん」

「……違う。優しくなんかねぇよ、オレは――――」

「ううん、優しいよ」

 

 

 キッパリと否定して、極めて優しい口調でアスナは続けて言う。

 

 

「君が茅場さんを助ける、って言って願うなら、わたしも、わたし達も一緒にやるよ。もう君を一人では行かせない」

「わたし達……?」

「そう、わたし達」

 

 

 アスナは言うと後ろを振り向いた。ユーキもその視線の先を追う。

 そこには「にーちゃーん!」と元気よく手を振るユウキと、黒い直剣と新調した白い直剣を背負ったキリト、その後ろをリズベットとユイが歩いてくるのを見た。

 斬っても斬れない絆がそこにはあった。誰にも負けない、どの集団にも負けない。見えない何かで繋がった仲間達の存在。ユーキが茅場と血縁者であろうと構わない。むしろ関係がないと言わんばかり。

 

 思わずユーキは呆れた口調で呟いてしまった。

 

 

「お人好しな連中だ……」

「君もその中に入ってるんだけど?」

「頭が痛くなるなそりゃ」

 

 

 拒否をしなかったということは、つまりはそういうことだろう。

 あの輪にいることをユーキは受け入れていた。素直ではないのが少年らしい、とアスナは微笑ましく見て。

 

 

「ねぇ、ユーキくん」

「あ?」

「月が、綺麗だね」

「月?」

 

 

 空を見上げて、直ぐにアスナへと視線を戻し怪訝そうな口調で言う。

 

 

「月なんて出てねぇぞ?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 

 通じないのなら、それはそれでいいから。と言うとアスナは明るい口調で。

 

 

「帰ったらさ、星を見に行こうよ!」

「星?」

「うん。星だけじゃない、遊びにも行こうよ! きっと、違う景色が見えると思うよ」

「そうだな……」

 

 

 デスゲームに巻き込まれる前の自分と、今の自分。

 価値観などまるで違う。世界に憎悪を向けて、怒りを自分自身に向けていた頃とはまた違う景色が見えることだろう。

 

 

「それも、悪くないかもな……」

「うん!」

 

 

 行こう、とアスナが駆け出して、ユーキは「あぁ」と応じると振り向いた。

 その視線の先にはユーカリの街並み。郊外には加速世界(アクセルワールド)のギルドホーム。果てには迷宮区の存在を確認する。

 

 もうこの景色は見ることはないだろう、とユーキは眼を瞑り目に焼き付ける。

 二度と忘れないように、この光景を胸に焼き付けて。眼を開けて口を開く。

 

 

「行ってくる。また必ず会おう――――ストレア」

 

 

 ――――うん、行こうよアナタ!――――

 そんな声が聴こえたような気がしたが、空耳だろうと判断するとユーキはアスナの後を追いかける。

 

 

 

 

 そうして、アインクラッド最後の攻略が始まった――――。

 

 

 





 あと数話だというのに、モチベーションが上がらない。どうしたものか、どうしたものか。
 これはアレだ。オリ主が酷い目にあってないからだ。ボコボコにされてた時はフィーバー状態でしたもの。
 愉悦したい、愉悦したい……。

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