ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 ユーキって『IMAGINARY LIKE THE JUSTICE』って曲が合いそう、と言われて聴いてみた。
 ……うん、この曲カッコよすぎません?オリ主間違ってない?大丈夫?というのが素直な感想。

 始まりました、最終攻略。アインクラッド編完結までもう少しですが、最後までお付き合いしていただければ幸いです。

 ムーパパさん、誤字報告ありがとうございました!


第17話 最強と最大の矜持

 

 ソードアート・オンライン。

 それは世界初のVRMMORPG、通称『SAO』の正式の名称である。

 天才、茅場晶彦が生み出した仮想世界はまたたく間に世界を熱狂の渦に巻き込み、誰もがその世界に夢中になっていた。正式サービスが始まるまでの期間は想像と妄想の連続だっただろう。どのような世界なのか、RPGだというのに魔法の類がないとはゲームとして成り立つのか、どれほど精巧な作りなのか。

 憶測が憶測を生み、希望と不安が複雑に入り混じっていく。

 

 そうしてβテストを開けて、ソードアート・オンラインの正式サービスが始まった。

 約一万人という膨大な数のプレイヤーがログインを始め、特に問題はなく幸先の良いスタートを切ることになる。

 ある者はサービス開始と同時に、ある者は会社帰りに、ある者は有給を取って、多種多様な期待を胸に仮想世界へと降り立っていった。誰もが仮想世界に希望を見出し、夢を抱いていた。

 

 だが現実は違った。

 世界初のVRMMORPGは突如として、HPバーがなくなったプレイヤーは現実世界でも死亡する、史上最悪のデスゲームと変貌を遂げる。

 それからのアインクラッドの空気と雰囲気は全くの別物と化していた。現実世界に最も近い仮想世界は、仮想世界のような現実世界に。希望から絶望に、夢から現実へ。それぞれのプレイヤーはそれぞの形で、現状を受け止めるしかなかった。嘆いても始まらず、悲観したところで好転しない。各々が考えて行動しないと生き残ることが出来ない、過酷な世界へと変貌を遂げていた。

 

 現実世界へ帰還するには、アインクラッド第百層のフロアボスを倒すしかない。

 途方もなく、目眩を覚えるほどの条件だった。何せ問題のフロアボスの脅威が尋常ではない。フロアボスは複数で挑むことが出来る。その数は四十八人と決まっているものの、数を揃えたから攻略できるというわけでもなかった。

 優れた連携、鍛え抜かれた練度、事前の知識、そして何よりも物怖じしない度胸。それらが揃って初めて撃破出来る強敵。それがアインクラッドの各層で巣食っているフロアボスである。

 

 先の見えないゴール、終わりがわからない道を、アインクラッドに囚われた者達は進んできた。

 ある者はあと五十層と希望を見出し、ある者はこの世界の住人になるかもしれないと恐怖に震え、ある者は今を生きることに精一杯だった。

 

 そして、今。

 なんの気まぐれか、全ての元凶である茅場晶彦が正体を晒し、自分を倒せば現実世界の帰還を約束する。

 

 茅場晶彦に囚われた数千人の虜囚が前を向き、剣を取り決着を迎えようとしていた。

 競い合っていたギルドは手を組み、腕に覚えがある者達は『魔王』茅場晶彦の根城となっている第一層の迷宮区最上階へと目指す。

 全てのはじまりを告げた第一層で、最後の攻略が今、はじまる――――。

 

 

 

 

 

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 2024年1月31日 PM18:05

 第一層迷宮区 一階

 

 

 不気味な静寂が、攻略組を包み込んでいた。

 ガチャガチャと金属特有の音だけが、辺りに木霊する。誰一人口を開く者はいなく、全員が全員周囲を警戒しながら歩を進めていた。

 

 攻略に集まったプレイヤーの数は100名に近かった。

 最強のギルド『血盟騎士団』、そして最大のギルド『聖竜連合』を筆頭に、『風林火山』『月夜の黒猫団』と続く。ソロで活動している数名のプレイヤーも攻略に加わり、かつてない規模のプレイヤーが攻略に臨んでいた。その中にはもちろん、『加速世界(アクセルワールド)』の姿もあった。

 

 多勢過ぎるほど多勢。

 だが彼らには満身や油断といった楽観的感情は存在しなかった。

 見慣れた第一層迷宮区、今では相手にもならないレベルの低いモンスターの姿は見られない。数時間前にこの場所に情報を集めに赴いていた情報屋集団の言うとおり、モンスターが湧く気配は見られない。

 情報通りといえば情報通り。このまま素通りで、最上階まで到達出来るのではないか、といった考えはない。

 

 彼らは第五十層まで攻略してきた先鋭達だ。

 強敵との戦闘経験は豊富であり、突然のアクシデントにも対応出来る実力もある。

 だからだろうか。それほどまでの経験を積むと、迷宮区の難易度が肌で感じ取ることが出来るプレイヤーも現れてくる。

 

 彼らが黙っているということは、つまりはそう言うことだった。

 このダンジョンは一筋縄ではいかない。防具が擦れ合う足音だけが聴こえ、不気味なまでに静寂に包まれた戦場。何よりも無視できない死の気配が、彼らの表情を硬くしていく。

 

 

「変、だね……」

 

 

 その中で、コソコソと小声でアスナが呟いた。耳元で極めて小さい声だったのか、目立つものではなかった。

 あぁ、と声を向けられた少年――――ユーキは小さく頷いて小さい声で応じる。

 

 

「静かすぎんな……」

「……どのタイミングだと思う?」

 

 

 アスナの言葉の意味、それは奇襲である。

 このまま静寂が約束されることはなく、何かしらの変化がある筈。それがアスナの見解であった。初回で何もないのなら、次には必ず脅威が迫りくるものだ。

 

 ユーキは少しだけ考えて。

 

 

「二階に上がる階段辺りになにかあるな」

「……根拠は?」

「勘だよ。根拠なんざないに決まってんだろ」

 

 

 

 

 

 そうして広場に出た。

 見慣れた景色、見慣れた石造りで出来たドーム状の広場。視線の先には、二階に上がる階段がある。

 不気味なほど何も問題なく、不思議なほど脅威となる存在には出会さなかった。それを見た瞬間、ホッと胸を撫で下ろしたプレイヤーも存在していた。緊張の糸が途切れたのだろうか、硬かった表情も柔らかいモノに変わっていった。

 

 それは伝染していく。

 一人、また一人と警戒を解いて行ってしまう。

 ある者は一息をついて、ある者は装備を確認するためにメニューウィンドウを開く。

 仕方ないのかもしれない。人間だって感情がある。ずっと緊張しているわけもなく、集中出来るわけでもない。順応できるプレイヤーは、この極限の緊張感に早々に慣れてしまう者もいる。

 

 だが茅場晶彦は、そんな人間の欠陥を巧みに突いてくる――――。

 

 

「――――え?」

 

 

 間の抜けた声。それは誰の声だったのか、判別する時間すらない。

 地を揺るがす衝撃が合った。上から下へと、何かが着地する轟音と衝撃だった。何かが地を蹴り、そして重力に逆らうことなく降り、砕かれた石造りの床は重量に逆らえずに砕かれる。

 

 攻略組の眼の前に振ってきたモノ。

 全長二メートルほどある体格に、肌は赤色で、筋骨隆々とした姿で、地に足をつけている。片手に持っているのは、岩で出来た大雑把過ぎる両手剣。顔面はどこか人間のようであるが、生気がまったく感じられない。

 見覚えがある、見覚えがある。この化物を、彼らは知っていた。

 

 だだそこにいるだけで『恐怖』し身動きが取れなくなり、『恐怖』が圧縮され人の形となったような暴威を、彼らはよく知っている。

 その怪物の名は――――。

 

 

「も、モンスターキラーだぁぁぁ!!」

 

 

 何者かの絶叫が響き渡り、漸く彼らは事態を認識した。だが誰一人、身動きとれなかった。

 絶叫は連鎖し、恐怖は彼らの身体を縛っていく。我に返ったところで、行動に移せない。

 

 アレはそういった化物だ。

 『恐怖』を人間に叩き込み、萎縮させる途方もない怪物。第一層で猛威を振るった怪物が蘇る。今生きるプレイヤー達にとって、モンスターキラーの姿はトラウマといっても過言ではない。

 カタカタと身体を震わせ、武器を満足に構えることも出来ない。思考も纏まらずに、ただモンスターキラーを見ることしか出来ない。

 

 モンスターキラーは意に返さずに、岩で創り上げられた両手剣――――石斧剣を振り上げる。

 

 

「ぁ―――――」

 

 

 目に見える暴力の気配に、何も出来ない。悲鳴すら上がることはなく、ただ呆然と迫りくる獲物を見つめていた。

 死刑台にて死を待つ囚人のようでもある。このまま振り下ろされれば、攻略組は大打撃を与えられることだろう。何も出来ないまま蹂躙され、何もなせないまま果ててしまうことだろう。

 だがそれも、何も出来ないままであればの話だ。

 

 

「――――チッ!」

 

 

 何者かの舌打ちが聞こえる。同時に躍り出たのは――――黒色の影と、金色の影。

 振り下ろされた石斧剣を金色の影は両手剣で受け止めて、そのまま力だけで石斧剣を弾き返す。

 モンスターキラーの巨体が大きくズレた。その隙を黒色の影が見逃すこともなく、背中に背負う漆黒と白銀の二刀でモンスターキラーを連続で斬りつけていく。

 連続の16連撃。ソードスキル――――『スターバースト・ストリーム』が容赦なくモンスターキラーを薄切りしていく。怒涛の剣技が中断されることはない。モンスターキラーも傷に構うことなく反撃しようとするも、その都度で金色の影が黒色の影の邪魔をさせないように割って入ってしまう。

 もちろん、両者に掛け声や合図といったモノは一切存在しない。二人が二人とも、お互いに好き勝手行動しているにも関わらず、その結果で類を見ない連携となっていった。

 

 ソードスキルが終る。それは、モンスターキラーの命も終ることを意味していた。

 豪腕を切り落とし、膝から崩れ落ちる巨体、無数の結晶となり絶命したのを確認すると、退屈そうな口調で金色の影――――ユーキが口を開いた。

 

 

「今回は震えなかったみたいだな、ビビリ君?」

「お前こそ、腕を斬り落とされなかったみたいでよかったじゃないか」

 

 

 軽い口調で黒色の影――――キリトが応じる。

 売り言葉に買い言葉。震えて動けなかったプレイヤー達を他所に、『はじまりの英雄』と『アインクラッドの恐怖』は些細な口喧嘩を始めていた。

だがその口調とは裏腹に、彼らの表情は硬かった。その手に持つ獲物が鞘に収まることなく抜いたままであり、油断なく警戒心を張り巡らせる。

 

 チッ、とユーキは再び舌打ちをするとめんどくさそうに言う。

 

 

「来るぞ」

「わかってる」

 

 

 短いやり取りだった。極めて短く、無駄のない会話。

 

 その時だった。

 先程のように、地を揺るがす轟音が鳴り響く。石造りの地面を粉々に砕きながら、“それ”は上から下へと降り立つ。

 その音は一つだけではない。二度、三度、と連続して轟音と衝撃が攻略組の身体と耳に襲いかかっていく。

 

 

「あ、あ、ぁ……!」

 

 

 ブルブルと身体を震わせながら、一人の攻略組が数ある一体を指差した。

 その指の先、その視線の先には、わかりやすいほどの“絶望”が超然と君臨していた。

 それは――――。

 

 

「も、モンスターキラー……」

 

 

 驚愕と絶望が入り混じった表情で、今にも泣きそうな小さい声で呟いていた。

 ありえない、と。まるで信じられない者を見るかのような眼、死者にでも会ったかのように頭の中で否定しながら一歩後ずさる。

 

 事実ありえなかった。

 モンスターキラーは第一層で『はじまりの英雄』に討伐され、つい先程だって斬られた筈だ。無数の結晶になり、空中分解したのだって見届けた

 だというのに。

 

 

「な、なんでこんなにいるんだよっ!?」

 

 

 二体三体どころではなかった。もはや数えることすら馬鹿らしくなるほどの数。恐らくその数は百をとうの昔に超えているだろう。

 そして一斉に、モンスターキラーは叫んだ。

 

 

「――――――――!!!!」

 

 

 耳を塞ぎたくなるような爆音、目を閉じたくなるような現実。

 威嚇するように、これから蹂躙を始める合図のように、モンスターキラーは各々好き勝手行動し始める。

 それは獣だ。統率が取られていない、己の暴力を十全に振るうだけの理性のない獣のような動きだ。モンスターキラーには感情などない。同情することなく、不憫に感じることもなく、温情をかけることもなく、プレイヤー達を処理していくことだろう。

 この場所にプレイヤーが存在するから狩る、そんな簡単なアルゴリズムで組まれているのだから。

 

 攻略組の全員が声を失う。

 その中には歴戦のプレイヤーの姿もあった。最強のギルド『血盟騎士団』も、最大のギルド『聖竜連合』も例外ではない。

 ディアベルは表情を強張り冷や汗を流す。『聖竜連合』遊撃部隊リーダーであるコーバッツと言えば。

 

 

 ――なんだこれは……。

 

 

 一歩二歩、後ずさる。

 目の前の地獄のような光景を否定しようにも、モンスターキラーの叫びで否が応でも見せつけさせられる。これが現実であると、これが現状であると思い知らされてしまう。

 誰かに頼ろうと周囲に目を向けたところで、自分と同じような状態だった。目を見開いている者も居れば、膝から崩れ落ちている者もいる。共通しているといえば、誰もが武器を構えていないことだろう。

 

 全員が全員。

 最大のトラウマを目の前に、どうすることも出来ない。

 

 

 ――どうすれば、よいのだ……。

 ――こんなの、理不尽すぎるだろ……。

 ――こんなの……!

 

 

 あと数十秒もしないうちに、モンスターキラーに蹂躙されることだろう。

 もう既にコーバッツも、ディアベルも、攻略組にも抵抗の意志はない。死を拒否しながらも、今の状況を諦めている。

 

 誰も打破出来る人間はいない。

 当たり前だろう。諦めている人間に何が出来るというのか、投げ出している人間に何を掴めるというのか。

 何かを成すことが出来る者は何時だって――――。

 

 

「――――固まって!」

 

 

 ――――諦めない人間なのだから。

 

 その声は凛として、この地獄に透き通るものだった。暗雲に射し込む光のように、諦めていた心が照らされていく。

 縋る想いで、コーバッツはその声の主の方へと見る。

 

 それは少女。

 栗色の、紅色を強調とした軽装の細剣使い――――『紅閃』のアスナだった。

 彼女は再び、毅然とした態度と声で指示を飛ばす。

 

 

「近場の人達と固まって! 単独で行動しないで下さい!」

 

 

 その指示に従い、アスナの近くにユウキ、リズベット、ユイが集まる。

 遅れて飛び出していたユーキとキリトが合流するのを確認すると、アスナは再び口を開いた。

 

 

「みんな、諦めるのは早いわ! 剣を取って、前を向いて!」

 

 

 その声には力があった、熱が合った。

 力は屈していた膝を立たせ背を押し、熱は徐々に心が灯り始め伝播していく。

 

 

「わたし達の死に場所はここじゃない、そうでしょう!?」

 

 

 一人、また一人。

 剣を取り、槍を構え、それぞれの獲物を握り締めていく。

 恐怖に負けている人間は、もういなかった。誰もが前を向き、モンスターキラーと真正面から対峙する。

 

 

「こんな場所じゃ死ねない。生きて必ず――――現実世界に帰りましょう!」

「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

 

 呼応するように攻略組から、声が上がっていく。

 高揚しているとも取れるし、恐怖心に負けない為の誤魔化しとも取れるものだ。だがその声量、熱意はモンスターキラーなどに負けてはない。アスナの言葉が燃料となり、火が灯ったプレイヤー達を熱く燃え上がらせていく。

 

 

「――――それで、何か策でもあるのかよ?」

 

 

 口元を緩めながら、意地の悪い声でユーキが問いかける。

 アスナはキッパリとした口調で答えた。

 

 

「そんなものは、これから考えます!」

「……立派になったんだか、抜けたままなのか。まぁ、その前のめり姿勢は嫌いじゃねぇが」

 

 

 そう言うと、ユーキは一歩前に出ると両手剣を右手に持つ。

 まさか、と口元を引く付かせて念の為、リズベットは問いを投げる。

 

 

「……あんた、何をしようとしてんのよ?」

「決まってんだろ、突っ込んで気をそらして来るんだよ。そうすりゃ攻略組の連中もなんぼか楽になんだろ」

「お前、また勝手に……!」

 

 

 ユーキが行くのなら、自分も行く。とキリトも一歩踏み出そうとするもユウキに片手で制される。

 ニッコリと満面の笑みで、ユウキは口を開いた。

 

 

「大丈夫だよ、今度は僕がにーちゃんのフォローする。キリトは作戦を考えて」

 

 

 ね、いいでしょにーちゃん?とユウキの問いに、少年は少しだけ考えて。

 

 

「……勝手にしろ。足手まといになったら、叩き潰すぞ」

「任せてよねっ!」

 

 

 同時に、兄妹は駆け出した。

 目標はモンスターキラーの群衆。自分達の何倍もある体躯にこれから突っ込むというのに、二人からは緊張感はない。

 むしろ普段通りに、ユーキは面倒くさそうな口調で言った。

 

 

「おい」

「なに、にーちゃん?」

「風穴を開ける。オマエはそのまま突っ込め」

 

 

 どうやって、とユウキが問いかける前に、少年は行動に移していた。

 

 身体に“蒼炎”を纏い、左目を碧眼から紅色に変色させる。そこまでならば、いつもどおり。絶対的な意思の顕現、心意を使用しているただの『蒼炎』のユーキとして姿だろう。

 しかしここで纏っている“蒼炎”を、身体から両手剣へ。莫大で膨大で、途方もない炎熱が一本の剣へと収束されていく。

 

 その熱を右手で感じ取りながら、苦痛に表情を変えることなくユーキは順手から逆手に両手剣を構え直して――――。

 

 

「っ――――!」

 

 

 一気に駆け出した。

 向かう先はモンスラーキラーの群れ。

 その行為は無謀極まるものだ。一人で、百を超える大群を相手にできるわけがない。

 

 モンスターキラーが叫ぶ。

 嘲笑うように、貶すように、點すように、ユーキの無謀とも呼べる行動に嘲るように。

 

 だが。

 

 

「バカはテメェらだ」

 

 

 モンスターキラーとの距離はおおよそ50メートル程。とても剣の間合いとは呼べないところで、ユーキは行動を変えた。

 疾駆していた足を大きく地面を蹴り、あろうことかそのまま大きく真上へ跳躍した。

 

 

「――――!」

 

 

 モンスターキラーの群れが一斉にユーキを見るが、何もかもが遅かった。

 弾丸は既に装填されている。あとは引き金を引くのみ。

 

 宙に舞う身体。

 順手に持つ両手剣。“蒼炎”が収束されている剣先はモンスターキラーの先頭集団。

 『アインクラッドの恐怖』は弓を引き絞るように上体を反らし、嗜虐的な笑みを口元に浮かべて。

 

 

「消し飛べ――――!」

 

 

 ――――炎剣投擲。

 “蒼炎”を纏っった両手剣が、モンスターキラーの軍勢に投擲される――――。

 

 

 

 

 

 

「アイツ、いつの間にあんな技を……」

 

 

 まるでミサイルだな、とキリトはぼんやりと呟く。

 しかしそれは言葉通りだった。ユーキの放った剣が着弾するや否や、爆炎となって絨毯爆撃のようにモンスターキラーを複数巻き込んでいく。

 

 宣言通り、隙間もなかった群衆に風穴が空き、ユウキは畳み掛けるように突撃し、遅れて突き刺されていた両手剣を引き抜きユーキも駆ける。

 そこから始まるのは兄妹の独壇場だった。兄が攻撃を弾き体制を崩す、そして妹が舞うように剣を振るいトドメを刺していく。

 抜群の連携。元より、二人はアスナ達と合流するまで共に行動していたのだから、当然といえば当然なのかもしれない。

 

 加速世界(アクセルワールド)の面々も特に心配している様子もない。

 それも確かな信頼と信用があって、初めてなせるモノなのだろう。

 

 とは言っても、危険なことはしてほしくないようで。

 アスナはどこか切羽詰まった口調で、キリトに意見を求めた。

 

 

「キリトくん、何か策はある?」

「そうだな……っとその前に、迷宮区の分析は終わったかユイ?」

「はい、終わってますよパパ!」

 

 

 リズベットに守られていたユイが、元気よく答えて簡潔に答えた。

 

 

「十九階――――いいえ、十八階まで設定がイジられていました。二階から十八階までは、四十九層までのフロアボスがポップするようになっているみたいです」

「ってことは、フロアボスが通常モンスターとしているってこと!?」

 

 

 リズベットの問いに、ユイが沈んだ表情で申し訳なさそうに頷いた。

 これまで苦労して倒してきたフロアボスが通常モンスターとして存在していると言う事実。耳を疑いたくなる言葉に、リズベットは呆然とする。

 

 しかしキリトは違うようだ。

 ある程度その可能性を懸念していたようで、特に驚く様子もなく言う。

 

 

「ってことは、際限なくポップするって考えたほうがいいな」

「根拠は?」

 

 

 アスナの問いに、キリトは視線をモンスターキラーの群衆へと目を向けた。

 そこでは丁度、ユウキがユーキの肩を足場に駆け上がりモンスターキラーの首を斬り落としていた。無数の結晶になり散る怪物に目を向けず、新しい怪物が宙を舞っているユウキを叩き落とさんと石斧剣を振り被る。当然、そんな真似ユーキが許すわけがなかった。少年は愛剣を両手に持ち直すと振りかぶっていた怪物めがけて力一杯剣を振り下ろし、文字通り斬り飛ばしていた。

 モンスターキラーは他の群れを巻き込みながら薙ぎ倒され、無数の結晶となり消える。鮮やかなモノだ、この短時間で二体は屠っている。

 

 その事実を踏まえて、キリトは結論だけ言う。

 

 

「今の二体、最初のユーキの爆撃。これらで結構数を減らしたと筈だけど、まったく減っていない。一階でこんな有様なんだ、他の階層だって似たようなものだろ」

「そんなのアリなの……?」

「茅場はこの世界の創造主、いわゆるゲームマスターってやつだ。この程度の設定をいじるのなんて、造作も無いんだろ」

 

 

 嘆くリズベットに結論だけ言うと、キリトはある疑問が浮かんだ。

 

 そう、なんでもありだ。

 ゲームマスターと言えば何でもありの存在。この世界を法則すら作り変えることが出来る存在。神とも呼ばれる存在だろう。

 だと言うのに――――。

 

 

 ――どうして茅場はこんな設定にしたんだ?

 ――アイツなら、何でも出来る。

 ――モンスターキラーを不死にしてしまえば、それで俺達は詰んでいた。

 ――なのにどうして、ギリギリで攻略できる難易度に落としているんだ……?

 

 

 考えてみれば、広場での茅場の行動もおかしかった。

 あの場所で、プレイヤーを皆殺しに出来た筈だ。なのに彼はそれをせずに、あろうことか自らの絶対悪として、倒さねばならない敵として宣言し、第一層の迷宮区最上階で君臨している。

 茅場はあの場で「自分の正体に気付いた者が現れた。だから正体を明かした」と言っていた。

 

 

 ――それは多分、俺達のことなんだろう。

 ――それでもだ。

 ――正体がバレたくないのなら、俺達を消せば良いだけの話しだ。

 ――何でだ、どうして茅場はこんな行動に出た。

 ――これじゃまるで……。

 

 

 そこまで考えて、キリトは首を横に振る。

 今考えることはそんなことではない、と。このどうしようもない状況を打破するために、先天的に持つ洞察力を遺憾なく発揮していく。

 

 

「解決にはならないけど、打開する方法は二つだ」

 

 

 一つ目、と右手の人差し指を伸ばしてキリトは続ける。

 

 

「全員でモンスターキラーを無視して、二階へ続く階段を駆け上がる。倒してもキリがないからな」

 

 

 だけど、と言葉を区切りキリトは言う。

 

 

「問題が一つ、アイツらも俺達を追いかけてくるだろう。そうなると、二階のフロアボスとアイツら挟み撃ちにされる」

「キリトくん、それだと」

「あぁ、正直しんどい。かと言って相手にもしてられない。0時までに茅場を倒さないと、俺達は残りの五十層を攻略しなければならない」

 

 

 アスナの言葉にキリトは同意しながら言う。

 そこで、と右手の中指を伸ばし二つ目の提案を言う。

 

 

「二つ目の方法だ。ここで二手に別れる。先に進むメンバーと――――」

「――――残って殿役、だよね」

 

 

 重苦しいアスナの言葉に、キリトは無言で頷いた。

 それもこの階だけではない。ユイが分析した結果で言えば、二階から十八階までフロアボスが通常モンスターとして設定されている。となると最低でも十八回の殿役が必要となってくる。

 一階だけで無限に湧き続ける化物を相手にしなければならず、二階から十八回は複数のフロアボスと相対しなければならない。それも茅場をどうにかするまでの間という絶望的状況だ。確かに倒すよりも、防御に徹していたほうが安全だ。それでも危険が付きまとう。そんな死ぬほうが確率が高い役目など誰がするだろうか。

 

 完全に手詰まり。

 ギュッと、アスナは悔しそうに両手を握りしめる。これでは茅場に到達すら出来そうにない。となると幼馴染のささやかな願いも叶えることも出来ない。

 そこへ――――。

 

 

「――――その役目、我々が引き受けよう」

 

 

 その口調は横柄なものだった。

 アスナは声の主へと身体を向ける。

 かなりの長身で筋肉質。見た目は三十代前半くらいで、ごく短い髪に角ばった顔立ち。太い眉の下の眼は少女を見下すような眼で睨みつけている。

 男性――――コーバッツは人を不快にさせる口調のまま続ける。

 

 

「貴様達は先へ進み、茅場を倒せ」

「貴様達、って……」

「決まっている――――加速世界(アクセルワールド)だ」

 

 

 アスナの問いに、コーバッツは簡潔に言う。

 それから淡白な口調で、視線をモンスターキラーの群れに向けたまま続ける。

 

 

「貴様もそれでいいな、血盟騎士団副団長ディアベル」

「あぁ。オレもそう考えていたけど、まさか君の口から聞くとは思わなかったな」

「うるさい。さっさと部下たちに指示を出せ」

 

 

 自分からの提案であるが表情は不服のまま、その言葉も不承といった調子でコーバッツは行動に移す。だというのに、自ら捨て石になると提案する矛盾。

 思わずアスナは問いを投げた。理解が出来ないのだ。彼女が知るコーバッツという人間はもっと自分勝手な人間の筈だ。初対面のときから、横暴なまでに聖竜連合の参加に入れと言われてから、その印象は変わらない。

 

 

「どうして、ですか?」

「何がだ」

「どうして貴方が、囮役なんて……」

「決まっている。この場において、貴様達が一番強いからだ」

 

 

 簡単に、振り返らないまま、コーバッツは続けた。

 

 

「私は貴様達が気に入らない。誰一人思い通りにならない貴様達、加速世界(アクセルワールド)が気に入らない」

 

 

 だが、と言葉を区切り憮然とした態度で言う。

 

 

「この場で、貴様達は誰よりも強い。『アインクラッドの恐怖』と『はじまりの英雄』は我々を救い、貴様に至っては臆することなく絶望していた我々に指示を出していた」

 

 

 それだけ言うと、コーバッツはようやくアスナへ身体を振り向かせた。

 見下ろしたまま、敵愾心をその瞳に宿しながら重々しく口を開く。

 

 

「我々は一度心が折れていた。聖竜連合も血盟騎士団も全員だ。なのに貴様達は、加速世界(アクセルワールド)は希望を捨てなかった。これを強いと称さずして何という?」

「コーバッツさん……」

 

 

 フン、と面白くなさそうに鼻を鳴らすとコーバッツは大声で聖竜連合に指示を飛ばした。

 その声はアスナとは違い、凛とした言葉ではない。もっと荒々しく、力強い身体の芯に訴える言葉であった。

 

 

「聞け、聖竜連合よ! これより我々は、一時的に加速世界(アクセルワールド)の傘下に加わり、彼らの援護を行う! 加速世界(アクセルワールド)の血となり肉となれ! 彼らを必ず五体満足で、茅場のもとにたどり着かせることを考えよ!」

「聞いたな、血盟騎士団! オレ達もこれよりは、加速世界(アクセルワールド)の幕下に加わる! これから先は、オレ達が彼らの剣となろう! 彼らの敵を切り裂き、道を作れ! 彼らこそ、オレ達の。アインクラッドにいる全プレイヤーの希望だ!」

 

 

 コーバッツとディアベルの二人が拳を振り上げる。

 続くは攻略組による鬨。士気を高めるように、力一杯発生される声は迷宮区一階を揺らし、空気を灼熱の熱気に変えて、大地を揺らしていく。

 モンスターキラーの威嚇の比ではない。それ以上の声が、感情が、何よりも絶対的な意思が宿っていた。

 

 

「――――おい、どうなっている?」

 

 

 ザザザザ、と音を立てて砂塵を巻き起こしながら跳躍し着地しながら事情を知らないユーキは問いを投げた。

 右手には愛剣、左手にはユウキを抱えている。どうやら突然の鬨の声にモンスターキラーが怯み、その隙をついて後退してきたようだ。

 

 

「説明は途中でするよ。今はとにかく二階へ!」

「あ? それはどう言う――――」

「『アインクラッドの恐怖』!」

 

 

 切羽詰まった調子で言うアスナに、怪訝そうな顔でユーキは妹を下ろしながら問いを投げる。

 そこへコーバッツが遮るように割って入った。

 

 そのままコーバッツは視線をモンスターキラーの群れに向けたまま。

 

 

「我々、攻略組はアインクラッドに生き残っている全プレイヤーの希望だ。我々に戦えない者達は望みを託し、現実世界に帰還できる日を待ち望んでいる」

「……あぁ。だがそれは間違えじゃねぇだろ。戦えないのなら仕方ない、人には向き不向きがあるんだからな」

「無論だ、間違えではない。だからこそ、忘れるな。我々は戦えない者達にとっての希望であるのだ」

 

 

 それは暗に語っていた。

 貴様がケジメをつけろ、と。フロアボスを単騎で打倒することが出来る、出来てしまうということを事実を成し遂げてしまった貴様がケジメをつけろと。中途半端に希望を抱かせたのだから、貴様が後始末しろ。と、コーバッツは暗に語る。

 

 異論はない。

 自分勝手に突っ走った結果、戦えないプレイヤー達は希望を持ってしまった。『アインクラッドの恐怖』という正体不明の怪物に、フロアボスを単独で撃破出来てしまう化物に幻想を抱いてしまっていた。そのケジメは取らなければならない。

 幻想は現実に変えなければならない。何よりも茅場晶彦の身内として、この仮想世界から全員を現実世界に帰さなければない。身内の後始末は身内でつけるのが道理である。

 異論など、なかった。

 

 これから血盟騎士団と聖竜連合が何をするのか、説明はない。

 だが何となく、ユーキは理解するとぶっきらぼうに一言。

 

 

「――――必ず生き残れ。テメェに借りを作ったまま返せないのは癪だ」

「当然だ。私もこのような場所死ぬつもりはない」

 

 

 お互いに相手を気遣うモノではない。

 だがそれでいい。二人にとってそれで充分だった。馴れ合うつもりもない、仲を深めるつもりもない。自分に今できる最善のことを、やるだけだ。

 

 ユーキとコーバッツ。二人は駆け出す。

 お互い、振り返らないまま――――。

 

 

 




→炎剣投擲
 蒼炎を両手剣に纏わせて投擲するシンプルイズベスト。それなんてブラフマーストラ・クンダーラ?
 ちなみに黒炎時代にも使用していが、自壊しながら使いまくっていたので威力としては黒炎時代の方が数段上。この男、本当に自分嫌いである。
 

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