ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第20話 茅場の望み

 

 ――――人とは、好奇心の塊である。

 

 どの分野においても、好奇心は共通していた。

 例えばスポーツ。この技を身に着けたらどんな事が出来るだろうか。

 例えば戦争。この武器を手に入れればどんな戦略が取れるだろうか。

 例えばゲーム。このアイテムを使えばどんな光景がみれるだろうか。

 何かが出来るのであれば、それを試さずにはいれらない。それが良いことだろうが、悪しきことだろうが変わらない。人は試さずにはいられない生き物だ。

 

 故に、好奇心とは時に恐ろしい怪物になる。

 好奇心とはありとあらゆる分野において共通した感情であり、どんな悪魔にもなれる怪物といえるだろう。

 

 それは人の歴史が語っている。

 原始では石や岩で創造した斧、槍で主に狩りを行っていた。

 それがどうだ。もっとより良い生活を求めて“火”を使い始め、いつしか人は精錬を覚え始める。

 それから石ではなく鉄へ。石で造るのではなく、鉄で武器を作り始める。いつしか獣から人間へと向ける相手を変化していった。

 

 武器も変化する。

 剣から間合いが広い槍へ。槍から簡単に殺せる銃へ。その銃すらも現代では改良され続けている。

 それもこれも、人の好奇心によるものだろう。

 

 今よりもより良いモノを作り、どれだけ便利になったのか試さずにはいられない。

 そうやって人間は今日まで発展し続けていた。古代では魔法と呼ばれていた超常現象も、今となっては立派な科学となってしまっている現代を顧みても、人間の好奇心には目を見張るモノがある。

 目の前の課題を達成して、次の課題を見つける。そして新しい課題を達成し、また新しい課題を見つける。その連続の繰り返しだ。そう言う意味では、人間とは際限がない生き物といえる。

 何かを求めているものの、決して埋まることのない好奇心の塊にして、致命的な欠陥を抱えている生体。それが、人間だ。

 

 

 そう言う意味では、私は人間らしいと言えるだろう。

 誰よりも愚かで、誰よりも愚者であると、私は自覚していた。それは子供の頃から変わらなかった。

 

 物心がつく頃から夢想していた光景を実現するために、私は一人行動に移していた。ここではないどこかへ、空に浮かぶ鉄の城を行くためにどうすればいいのか。その考えだけに取り憑かれていた。

 もちろん、現実でそんな城などないことなど理解している。ないのであれば、創るしかないだろう。偽物ではない、まるで本物のような世界を創り、私自身が夢見た世界を創造するしかない。

 普通に考えれば、そんなこと出来る筈がない。常人であれば諦め、また違う目的を見つけるのだろう。しかし私は、愚かという点においても常人の遥か上を行っていた。

 

 諦めず、唯一の欲求を満たそうと私は努力を続けた。VRを思いついのたのはこの頃だ。

 仮想を現実にするために、私の探求は続く。より良いリアルの感触を求め、ときに大怪我をして痛覚とはどんなものか確かめることもあった。

 

 周囲はもちろん心配する。

 だがそれも、私自身の為ではない。私の才能を心配してのものだ。

 周囲よりも賢すぎた私はいつしか天才と呼ばれるようになり、私の周りには取り巻きが出来ていた。

 私自身を慕うのではなく、私に恩を売り将来見返りを要求するための物乞いに等しい好意。それは子供から大人まで、実の肉親すら変わらない。父親と母親も蝶よ花よと私を育て、将来の為に私に恩を売りつける。

 

 だが、“彼”だけは違った。

 一番最初に、私が大怪我したとき、“彼”だけの反応は違ったものだった。

 周囲は右往左往と慌てる中、“彼”だけは私を叱りつけていた。その時だけではない。私が何か人として間違ったことをしたものなら、“彼”だけは私を殴りつける。周囲は仕方ないで済ます状況でも、“彼”だけは決してそれだけでは済まさない。

 

 “彼”は落ちこぼれだった。

 出来損ないの“彼“と、優秀な私。肉親からは不名誉な扱いを受けていた。肉親は私と“彼”を遠ざけて、交流の薄い関係にする。恐らく私が“彼”の影響を受けないようにするための策なのだろう。故に、私達の関係は浅く、“彼“は私を恨んでいると思っていた。

 

 一度だけ問うた事がある。

 ――――何故、貴方はそこまで一生懸命に私を叱るのか、と。

 

 彼は言った。

 軽く私の頭を小突き、呆れた口調で。

 

 

「馬鹿かオマエ、一生懸命になるのは当たり前だろ。弟が間違った方向に進んでんなら、それをぶん殴ってでも止める。それが兄貴ってやつだろォが――――」

 

 

 

 

 

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 2024年1月31日 PM21:55

 第一層迷宮区 最上階

 

 

 巨大な石造りの大扉をこじ開けて、ユーキは足を踏み出していた。

 すでに大広間に設置されている松明に火が灯っており、最奥の玉座まで見渡すことが出来ていた。

 

 もう一度ここに来るとは、ユーキ自身も想像していなかった。

 あの時のように独りで、あの時のようにこの扉を開けることになろうとは、誰が想像できるだろうか。

 

 

「――――」

 

 

 眼に見える景色は、何一つ変わらなかった。

 大きく抉られた斬り傷、何本もある石柱も砕けている。かつて『イルファング・ザ・コボルドロード』と殺し合った光景と、何一つ変わらないモノだった。

 

 

「遅かったな、優希君」

 

 

 何一つ変わらない光景、何一つ変わらない戦場跡地。だがここに一つ、変化するモノが存在する。

 

 声は玉座から。

 空虚であり、威圧するかのような声は、玉座から聴こえてきた。

 かつて『イルファング・ザ・コボルドロード』が君臨していた玉座には、新しい主が腰を下ろしている。

 

 フード付きの真紅のローブを纏った人物。

 それこそが全ての元凶、茅場晶彦に他ならない。

 ユーキから見た茅場の表情は読み取れない。何せフードを目深く被っており、口元しかユーキからは確認が取れなかった。

 

 対してユーキの感情に変化はない。

 静かに茅場を見つめて、不気味なほど静寂を保ちながら少年は口を開く。

 

 

「……ここまで来る間に、引っかかっていたことがある」

「何かな?」

「広場で言っていた、アンタの言葉だ」

 

 

 一方的に自身の正体を明かした数時間前の話。生き残っているプレイヤー全員を衝撃の渦に叩き起こした宣言。

 あの場で茅場はユーキに言った。――――キミは知っていた筈だ。キミだけは、分かっていた筈だ――――と。それがどう言う意味なのか、本人達にしかわからない。

 

 

「アレは、“そういう”意味か?」

「あぁ。もちろんだ、“アレ”が私の全てだよ」

 

 

 事実だけ述べる茅場に、ただユーキは静かに「そうか」と呟いて腰に収めていた鞘から両手剣を引き抜いた。

 その視線は真っ直ぐに、まるで一本の剣のように真っ直ぐに、そして鋭く茅場を射抜いていた。

 

 

「オレもアンタも、同じモノを見てきた。そうだな?」

「そうだ。君も私も、同じモノに対して絶望していた。だからこそ、不可解だ」

 

 

 玉座から立ち上がると、ユーキに歩み寄りながら茅場は平坦な口調で続ける。

 

 

「私達は同じ結末を望んでいた筈だ。だが今は違う、今の君は私とは違うモノを、そんなものよりも先を見据えている。参考までに聞かせてくれないか、何が君を変えたのか」

 

 

 対するユーキも茅場と同じように歩み寄る。

 威圧することなく、平然とした調子で、コンビニに出かけるように軽い足取りで歩み、自嘲するように口元を歪めて言う。

 

 

「オレは今まで、見ないようにしていた。“それ”が見えちまうと、前に進めなくなると思ったから。物事には始まりがあるように、終わりは必ず起きるもんだろ? だったら最初から、抱え込まないほうが良い。オレは本気でそう思っていた」

 

 

 だがそれは違う、と。

 ユーキはやんわりと横に首を振り続ける。

 

 

「“それ”はな、オレの気持ちなんぞお構いなしだ。オレが止まれって言ってんのに止まらない、オレが拒否しても平気で人の心にズカズカと踏み込んでくる。本当にはた迷惑な連中だよ」

 

 

 そこまで言うと、両者の足が止まった。

 その距離は五十メートルほど。一呼吸置き駆ければ互いの間合いに入る、そんな距離だ。

 

 

「オレは独りじゃなかった。周囲に反吐が出るお人好し共に囲まれて、そんな状況を受け入れていた。連中に囲まれていつの間にか、オレは自分の最後すら選ぶことが出来なくなっていた」

「それは何故だ?」

「アイツらはオレが傷つくと、自分が傷を負ったわけでもないのに泣きやがるし、本気でキレる。泣かれるのはゴメンだ、見てると“ここ”が痛む」

 

 

 ユーキは己の胸部を指差し。

 “ここ”とはつまり心。ありとあらゆる痛みなら耐えうる少年でも、それだけは耐えられない。何せ対抗手段がない。痛みなど歯を食いしばり、我慢すれば収まることをユーキは学んでいる。

 しかし心に対する痛みだけは、対抗が出来ない

 

 

「オレが変わったのだとしたら、余計なしがらみさ。アンタが抱えることがなかった余計なモノ。オレはその為に、初めて他人の為に戦う。オレはもう二度と無くさない、しがみついてでも守り抜く」

「……なるほど。絆、か。確かに私が手にすることがなかったモノだ」

 

 

 そこまで言うと、茅場は手慣れた手付きでそして手慣れた手つきで、メインメニュー・ウィンドウを開き、更にとある画面を開きその手に自身の武器を取り出していた。

 純白の巨大な十字盾、その裏側には直剣が装備されている。茅場は左手に盾、右手に直剣を握り締める。

 

 話しは終わりである、と暗に彼は語る。

 あとは剣を交えるのみ。己の目的のため、望む結末を得るために、彼は甥と戦うことを選んだ。

 

 ユーキも応じる。

 その両手に愛剣握りしめて。

 

 

「アンタの願いもわかっている、アンタが望んでいることも理解している。何せ、それはオレも望んでいたモンだ。だけどよぉ、ンなもん知ったことじゃない。オレはアンタを――――止める」

「――――――――」

 

 

 その意味がなんなのか理解し、茅場はフードの奥で眼を丸くする。

 そして直ぐに調子を取り戻し、口元を否定の意味を込めた笑みで歪めて一言。

 

 

「やってみたまえ――――」

 

 

 

 

 





 あと数話でアインクラッド編も終わりです。
 その数話が長い。モチベーション次第なので。
 モチベーション、上がれぇ~。

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