ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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決戦シリーズ(?)もこれで最後です
アリシア・アースライドさん、誤字報告ありがとうございました!


第23話 決戦 ~急~

 

 ――――“彼”を私が見たのは、兄さん達の墓前のときだったか。

 

 “彼”の周囲には、幾人もの人の輪が出来上がっていた。誰もが悲しそうに、死者に追悼しているように見える。だがそれは大きな間違いだった。最初は確かに兄さんたちの死に嘆いている様に見えて、二言目には残された遺産の話しへとすり替わっていた。

 馬鹿な連中だ。この場だけでも行儀良く出来ないものなのだろうか。だが不思議と、私はその光景に憤りを感じていなかった。むしろ、当たり前だと安心している節すらある。

 

 これが人間なのだ、この程度の存在が人間なのだ。

 所詮、自分達のことしか考えていない。不完全であるが故、強欲に何もかもを求める。それこそが、人間という存在なのだから。

 その点だけで言えば、兄さん達は人間らしくなかった。自分よりも他人を優先に、自分達など二の次で世話を焼く。私が今まで見てきた人間を超越したお人好し。この世には悪人と善人と別けられている。その中でも彼らこそが本当の善人と呼べる存在なのだろう。

 

 類は友を呼ぶ、とことわざが存在するが全く見当違いも甚だしい。思いの外、当て嵌らないものだ。

 本当の意味でそのことわざが正しいのなら、私の目の前で繰り広げられているやり取りは何だというのか。どの連中も兄さん達の遺産が目当てのハイエナしか存在しない。善人の周りには善人が集まるのが正しい光景なのではないか?

 何よりも、そのハイエナの中に実の両親までいるとなると、人間とは間違った存在なのだと痛感させられる。

 

 呆れはするが、失望もしていなければ絶望もしていなかった。

 私は兄さんと違い、人として致命的な欠陥があるようだ。幼い頃から、私は人間を諦めている。自分達の将来の為に、実の息子に期待を寄せる両親。自分達の都合のために私を利用しようとする周囲の人間。

 その中でも兄さんだけだろう。私という個人を認め、本気で叱り、ときに本気で褒めてくれていた物好きな人間は。

 

 もうこの世界には未練などなかった。

 あとはどのようにして死のうか、私はそれだけを考えていた。

 幼い頃に夢想していた、今もなおこの世のどこかにあると信じて疑わないあの島を。空に浮かぶ鉄の城を創造し、その世界で朽ちるというのも悪くないかもしれない。

 空を見上げた所で、そんな島など存在しない。あるとすれば、憎たらしいほど蒼く、雲などない晴天の青空であった。

 

 そこでふと、視線を“彼”へと戻す。

 今もなお、人間らしい人間達は“彼”を中心に輪を形成し、何とか抱き込めないか無駄に知恵を絞っている最中だった。

 “彼”は幼い。少しでも甘い言葉があるのなら、それに食いつくだろうと私は予想していた。何せ“彼”は子供なのだ。言葉の裏まで読むなどといった思考など出来ていないだろう。ただ純粋に、自分から見えている景色は美しいものであると信じて疑っていない筈だ。醜悪な人間など、この世に存在しない。生きとし生ける者は全て、善人であると思っているに違いない。

 

 しかし予想に反して、“彼”はどの言葉にも食いついていなかった。

 確かに周囲の言葉に応じてはいる。だが誰にもなつかずに、誰とも視線を合わせようともしない。

 “彼”の視線の先にあるのは、兄さん達の墓石。ただ真っ直ぐに、余分なモノなど眼中に入れずに、真っ直ぐに見つめていた。

 

 純粋な興味だった。

 彼はどんな眼をして兄さん達を見ているのか。興味本位で、その瞳を遠くから私は観察した。

 瞬間――――背筋が凍りつく。

 

 背筋が凍りつき、鳥肌が立った。

 彼は何も、見てなかった。

 瞳には確かに兄さん達の墓が映っている。義姉さん譲りの金髪で碧眼の彼の眼には、しっかりと兄さん達の墓石が映っていた。

 だというのに、その眼には何も“映っていなかった”のだ。

 

 自身の内面を観察するように、その視線は自分に向けられている。

 周囲でもなければ、自身の両親でもない。ただひたすらに、憎悪を、憤怒を、絶望を、失望を、呪詛を、己に向けていた。その眼には闇が、明らかに不穏な色が宿っていた。

 何も出来なかった自分への、理不尽で不平等な世界への純粋な『怒り』。それこそが今の“彼”を形成しており、今直ぐにでも己を焼き殺さんと憎しみの炎が彼の内に灯っていた。

 

 私は、面白いと思った。

 “彼”も同じであると確信した。どうやって朽ちるか、どうやって死ぬか、どうやって自分を殺すか、それだけしか考えていない。

 “彼”ならば私を殺してくれるだろうという確信がある。その怒りの炎を容赦なく私に向けてくれるだろう、と。

 

 最初に私が声を“彼“に声をかけたのはその程度の理由だった。

 その理由はあまりにも自分のことしか考えていない。あまりにも――――人間らしい理由だった――――。

 

 

 

 

 

 

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 2024年1月31日 PM23:25

 第一層迷宮区 最上階

 

 

 ――――何もかもが終焉を迎えた。

 

 茅場は呆然と、空を仰ぎ見る。

 その胸には謎の消失感があった。胸にポッカリと空いたようで、どこか焦燥感に駆られている自分の存在を観測する。

 

 

 ――考えてみたら、これが初めてだったか。

 ――人間を、刺したのは……。

 

 

 ぼんやりと、その程度の認識だった。

 些細なことだ、と茅場は割り切ろうとするが、明らかに彼は動揺していた。

 それが何故なのか、彼自身にも説明がつかない。いくら俯瞰的視点で観察しようとも、今までの経験に基づき分析しようとも、答えなど出てこなかった。

 彼自身気付いていないのだ。自身に身内などいないと本気で言葉にした後悔、そして唯一の家族であった“少年”を刺してしまった悔恨。その感情が波となり、茅場の心を確実に呑み込んでいる状態に、彼は本気で気付いていなかった。

 それだけ、“少年”は茅場にとって大きな存在であり、かけがえのない存在だったのだろう。そうでもなければ、茅場が動揺するなどありえないのだ。

 

 しかし皮肉なことに、茅場本人が気付いていない。

 気付くことが出来ていれば、茅場晶彦という人間が自分をもう少し顧みる存在であれば、このようなデスゲームなど起こしていなかっただろう。

 今までも、そしてこれからも。茅場は気付くことはない。神をも超越しうる頭脳を持った彼は、人して大事な何かが欠落していた。

 

 

「……」

 

 

 足元には、倒れている甥の姿があった。HPバーも減少し、赤色に染まっていた。

 その胸には深々と、茅場が投擲したであろう直剣が突き刺さっている。無残な姿を見る度に、茅場には説明が付けられない感情が襲いかかる。外傷がないというのに胸が痛む。何も身体に異常がないというのに内側にナニカが突き刺さる感覚に襲われる。

 

 

「…………」

 

 

 膝を折り、“少年”の頭に手を伸ばしかけるも、寸前の所で手を止めた。

 今更何をしようとしていたのか、自分のことながら虫唾が走るものだった。既に甥に触れる価値など、自分にはなかった。既にこの身は汚れきっている。関係のない人間を巻き込んだ汚物、それこそが今の自分の姿であると茅場は自覚していた。

 そんな人間が、今更“少年”に触れようと考えるだけでも万死に値する。

 

 茅場は手を伸ばす。

 行先は“少年”の頭部ではなく、胸に突き刺さっていた直剣。それを掴むと引き抜き、茅場は立ち上がった。

 

 既に勝敗は決していた。

 見下ろしている茅場、地に倒れていている“少年”。誰がどう見ても、覆らない決定的な光景。

 勝者は茅場で、敗者は“少年”である。

 

 

「……………」

 

 

 これ以上語ることはない。

 そう言わんばかりに、茅場は“少年”から背を向けた。自身の罪から逃げるように、自分の行動の結果から眼を背けるように、茅場は足を進める。

 これで終わりだ、何もかもが終わった。茅場を人間として留めていたモノが、壊れていく。何もなければこのまま、茅場は人間ではなくなっていくことだろう。血も涙も感情もない、自身の目的を優先に動く機械と化すことだろう。

 そう。このまま何もなければの話しだ――――。

 

 

「――――な、に?」

 

 

 気配がした。

 何者かが立ち上がるような、漠然とした気配を茅場は感じた。

 

 

「どう、して……?」

 

 

 呆然と呟く茅場は、ゆらりと立ち上がる存在を認めた。

 まるで蜃気楼のように、身体の芯を失ったように少年は――――茅場優希は立ち上がった。

 身体中の到るところに深々と傷口となって抉られている。勝ち目など万に一つもない、ありとあらゆる手を封殺したにもかかわらず、茅場優希は立ち上がって来た。

 

 だがそれも辛うじてである。

 両手に持つ剣は震えており、両足も立つことがやっとなのか全く力が入っていない。

 そんな身体で、一体何が出来るというのか。茅場が問いを投げる前に、優希が口を開いていた。

 

 

「わけがわからない、って面ァしてやがるな?」

 

 

 声も震えていた。

 意識を保つのもやっとと言ったところだろう。それでも優希は立ち塞がっていた。これ以上茅場が落ちるのを止めるように、これ以上先に行かせないように、優希は彼の前で立ち塞がっていた。

 

 

「決まってんだろ――――アンタを、止めるためだ――――!」

 

 

 

 

 ――――それは、ありえない一撃だった。

 

「なっ……!?」

 

 

 斬りかかってきた身体は満身創痍。

 手足は裂かれ、急所にも致命傷を負い、呼吸も酷く荒いものだ。踏み込む速度も疾いとは言えずに、一撃も鍛錬に鍛錬を重ねていた先程の一撃とは違い、力任せに振るわれる我武者羅な一撃だ。

 だというのに、盾の上から打ち込まれた一撃に、茅場の身体がズレる。

 

 一撃でよろめくなど、いつぶりだろうか?いいや、もしかしたらこれが初めてなのかもしれない。

 態勢を立て直そうと前方を見ると、既に優希は間合いを詰めてもう一撃を打ち込もうと、自身の両手剣を振り上げていた。

 

 

「ぐっ……っ!」

 

 

 何と凡庸な一撃だろうか。

 才能がない故に、少年は鍛え上げていた。自分は多くの技を使いこなせるほど器用ではない。理解しているからこそ、少年は一つの技を極め、鍛錬と修練を重ねて絶対破壊の一撃必殺にまで昇華させた。

 だと言うのに、今の少年はそんなモノなど関係なく、出鱈目に振るわれる。

 

 一撃、二撃、三撃。

 力任せに茅場の大盾の上に、一撃一撃が重ねられていく。

 自ら今まで積み重ねてきた努力を壊し、振るわれていく剣は無様にも程がある。だが茅場にとって何よりもその剣は―――――重たかった。

 

 チッ、と一つ舌打ちをして茅場は受け止める。

 そして優希の顔を見て、茅場は困惑から驚愕へと変わった。

 

 優希の左目。

 碧眼から赤眼へ。それは優希の心意を使う際の前兆である。だと言うのに、優希から“蒼炎”が噴出される兆しはない。それもその筈だ。優希の心意は負の感情を糧とするもの。

 己の怒りを燃料に、自身すら焼き尽くす間違った力。それは強力であるものの、心の均衡が崩れれば使うことが出来ない諸刃の剣だ。今となっては怒り以外の感情も内包する優希に使いこなせる道理などない。

 

 茅場が注目するのはそんなことではなかった。

 もっと深く、優希の内面に、茅場は注目していた。

 優希の瞳には茅場の姿が捉えている。真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、茅場だけをその瞳に捉えていた。

 

 以前は怒りしか存在しなかった瞳に――――もっと別の何かが存在する。

 茅場を見ているその瞳は――――彼の兄を彷彿とさせるモノだった。

 

 

「……つっ!」

 

 

 連続で振るわれる一撃は常識を外れていた。

 茅場の予想を遥かに超える速度で振るわれ、茅場の想像を超越する一撃で振るわれ、大盾を軋ませた。

 

 ――――何処にこれだけの力があるのか――――。

 目の前で対峙する少年は既に死に体。打ち込む一撃は茅場ではなく、自分に返ってくる。現に打ち込む度に、傷に響くのか少年は苦悶の声を小さく上げる。一撃を放つ度に息が上がり、倒れかけながら、踏みとどまり次の一撃を打ち込む。

 よく見いれば、左腕すでに千切れかけている。地獄の苦しみの筈だ。風前の灯、数合打ち込めば少年は自滅する。ならば防御に徹していればいい、茅場は大盾を構えるも。

 

 

「――――――っ!」

 

 

 その自滅は一体いつになるのか。

 速度、威力、回数が増える度に増していく。

 その度に、茅場の身体の軸はぶれ、大盾は頼りなく軋みを上げていく。

 既に、剣士として優希は茅場を凌駕していた。まともに斬り合えば、茅場は負ける。そこまでに優希は剣士として、完成されていく。

 茅場はもう受けになど、回れる立場ではなくなっていた。

 

 

「だが、それは、ありえない……っ!」

 

 

 ありえない、ありえないのだ。

 死にかけて強くなるなどありえない。理屈に合わない、いくら心意といってもそこまで万能ではない。

 

 ゾーンという状態が存在する。

 それは極限の集中状態。自分以外の体感速度が遅かったり、視覚聴覚が非常に鋭くなる状態。

 本来であれば、何も訓練されていない人間が入れない領域。それを優希は死にかけることによって無理矢理モノにしてみせた。火事場の馬鹿力、死にかけている癖に強くなるなど、冗談にも程がある。

 

 現実は小説よりも奇なり。

 ありえないことが、目の前で起こっている。茅場は認識し受け入れ、軽んじられる状況ではないと判断し、守ることを止めて己が剣を走らせた。

 

 あまりにも鋭い四連撃。

 上下左右。剣が煌き、優希へと斬り込んでいく。為す術などなかった、以前であれば切り込まれた四度の連撃を――――。

 

 

「――――」

 

 

 尽くを防ぐ。

 あまつさえ防いだ上で、優希の剣は容易く反撃をしてくる。

 

 

「くっ――――!」

 

 

 茅場は咄嗟に直剣で防ぎ、一息に後退する。

 だが優希は逃しはしない。直ぐに距離を詰めて、一撃を大盾の上へと打ち込んだ。

 何度も何度も何度も何度も何度も、停止することなく打ち込んでいった。

 

 

 何度、この一撃で終わりだと確信しただろうか。

 その度に、茅場優希は予想に反して、新しい一撃を打ち込んでいく。

 

 終わりだと確信した、これ以上立ち上がることなどありえない。

 だと言うのに少年は立ち上がってくる。諦めることなく、屈することなく、前だけをただひたすらに睨みつけて、少年は必ず立ち上がってくる。心が折れているわけではないから戦える、まだ手足が動くのだから立ち上がれる。

 茅場優希は実直なまでに、諦めを踏破し尽くす。

 故に、ついた異名が――――アインクラッドの恐怖。死ぬはずの致命傷を受けても立ち上がってくるその様子に誰もが恐怖し――――畏怖する。

 

 

 防いでも少年は止まらない。ならば引けばいい。

 自滅するまで逃げの一手を打てばいいだけのことだ。しかしどう言うわけか、茅場にはそれが出来なかった。

 

 

「オレが――――める――――!」

 

 

 声が聞こえた。

 剣戟の音で、鉄と鉄がかち合う音にすら負ける程度の声。

 だがそれでも、その声は確実に、茅場の心が揺さぶられるモノだった。

 

 聞いてはならない。聞いたが最後、今まで積み重ねてきた自分が崩れることになる。

 茅場は確信し、直剣を振り上げる。反応が出来なかった剣、防がれてこなかった一刀を優希に見舞う。

 

 斬、という音ではない。

 釿、という音が木霊した。

 必殺の筈の茅場の剣は、容易く弾かれていた。

 今までただの一度も防いでこれなかった筈の少年は、当然のように弾き返した。

 今度こそ、その声は聴こえた――――。

 

 

「オレが、アンタを、止める――――! 今日、ここで――――!」

 

 

 どうしてか、などと問うまでもないだろう。

 家族だから、身内だから、その程度の理由で優希は命を賭けている。死ぬほどの苦痛に耐えて、無様な姿を晒そうとも、優希は剣を握り締めて茅場に立ち塞がる。

 その姿はまるで遠い日の――――兄のようで。

 

 

「ぅっ、うぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 振り払うように茅場は叫ぶ。

 感情のまま、否定するように、拒否するように、無我夢中で直剣を刺突する。本来であればその一撃は弾かれたことだろう。

 だが優希はその一撃を、千切れかけた腕で受け止める。

 

 直ぐに苦悶の声が上がるも、口元に笑みを浮かべて。

 

 

「やっと、捕まえたっ……」

 

 

 剣を引き抜こうとするも遅かった。

 

 轟、と優希と茅場を囲むように巨大な蒼色の炎柱が取り囲む。逃げ場などない。

 

 

「この炎が、最後だ……」

 

 

 グッ、と茅場のローブに右手で掴みかかる。

 万力のように力を緩めずに、振りほどけない力のまま優希は口元に笑みを浮かべて。

 

 

「アンタの主張なんざどうでもいい。オレはアンタを止める。殴ってでも、蹴ってでも、その手足をへし折ってでも、必ず止める――――」

「――――」

「――――吹き飛べ!」

 

 

 茅場が口を開きかける。

 だがその刹那、蒼い炎の柱は爆発した。

 

 蒼炎発破。

 途方もない熱を伴った大爆発。煙から二人の人影が吹き飛んでいった。

 一つは壁に叩きつけられ、もう一つは玉座を粉砕してようやく停止する。立ち上がるのは――――。

 

 

 

 

 




 あと3話くらいです。
 速く修羅場りたいんじゃ^~

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