ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 アリシア・アースライドさん、AREICIAさん、ムーパパさん、誤字報告ありがとうございました!


第24話 茅場優希と茅場晶彦

 

 2024年1月31日 PM23:40

 第一層迷宮区 最上階

 

 辺りはしん、と静まり返っていた。

 先程聞こえていた、剣戟の音も、火花が散る輝きも、裂帛の気合いも何もない。

 まるで最初から誰も居なかったように、誰も存在しなかったように、この場に何もなかったような静寂。とてもではないが、先程まで壮絶な殺し合いをしていたとは思えない。

 

 いいや、今となっては先の闘争だって殺し合いと言えるもなのかどうかも怪しいものだ。

 片や殺されるために君臨し、片や彼の者の蛮行を止めるために叛逆した。両者の温度差、思考の差異は相当なものだっただろう。

 

 だが先の一戦だけは、そんな下らない理由は頭の中にはなかった。

 打ち合わせた剣の火花、押し合う裂帛の気合、己の内に秘めた叫び。

 数十合にも渡る攻防に、もはや駆け引きなど存在しなく、とても剣舞や剣術と言った呼べるものではない。不器用で、無作法で、何よりも我武者羅。引けば勝てた状況だった、冷静に考え選択を誤らなければこんな結末にはならなかった。

 

 それが出来なかったのは、単純な話。

 

 

 ――引けないと思った。

 ――彼からは逃げてはならないと思った。

 ――あぁ、本当に……。

 

 

 私らしくもない、と彼は――――茅場晶彦は天を仰いだ。粉々に破壊された玉座の残骸に、彼は背中を預けていた。不思議と立つ気力が湧かなかったのは、自分の心が折れているからだろうとぼんやりと理解した。

 目的があった、望んだ結末があった。だというのにも関わらず、身体が動かない。心の内側から、全く力が湧いてこなかった。

 

 裏表もない剣で、本音を曝け出した一撃。

 そのせいなのだろうか。少年の“熱”が茅場の凍てついた心を溶かしていた。

 何もかもを諦めたのに、何もかもを手放したのに、何もかもを犠牲にしたのに、あってはならない感情が芽生える。かつて存在したモノ、兄に叱られる度に抱いていたモノ、それこそが――――後悔だった。

 どこで踏み間違えたのだろう、どこで選択を誤ったのだろう、そんな自分勝手な疑問が頭をよぎる。

 

 それはあってはならないモノだ。

 他人を巻き込んだ最低な人種が抱いてはならない感情である。それは茅場晶彦本人もわかっていた。

 人間らしい感情は捨ててきたつもりだった。感傷に浸る資格などないことはわかっている。だが蘇ってしまった、少年の一撃で、茅場の人としての感情が蘇ってしまったのだ。

 

 

「よぅ」

 

 

 いつの間にか、自分に一撃を入れた張本人が茅場の目の前に立っていた。

 痛々しい、なんてものじゃない。左腕は千切れており、身体の半分以上は炭と化している。無事な箇所など存在しない。火傷は酷く、身体は激しく損傷している。

 だと言うのに、少年は立っていた。愛剣『アクセル・ワールド』を右手に持ち杖代わりにして、辛うじて立っていた。少しでもバランスを崩せば倒れてしまう、そう断言できるほど少年は危うい状態だった。仮に倒れてしまっても、また必ず立ち上がってくる。

 そんな弱々しい姿のくせに、どこか逞しさすら感じられる状態で、少年は――――茅場優希は続けた。

 

 

「やっと会えたな、血盟騎士団団長『神聖剣』ヒースクリフ」

「そう言う君はアインクラッドの恐怖か」

 

 

 そう言えばこの顔で彼に合うのは初めてだったか、と茅場は笑みを零した。

 

 粉々になった玉座に背を預けながら、何とか立とうとするもやはり力が入らなかった。

 自分よりもズタボロになっている甥が立っているというのに、満足に立つことも出来ない。情けなくて、自嘲するように笑みを零して簡潔に茅場は言った。

 

 

「さぁ、私を殺してくれ」

「……それがアンタの本当の望みなのか?」

「そうだとも。私はこの為に、ありとあらゆる人間を犠牲にしてきた」

 

 

 死にたくないと嘆く男が居た、助けてくれと懇願する女が居た、巻き込まれただけの子供も、現実世界に帰りを待つ親もこの眼にしてきた。

 その尽くを、余すことなく、茅場晶彦は犠牲にしてきた。己の欲望のために、何もかもを犠牲にし、屍を積み重ね、その頂に君臨した。討滅される魔王となるために、憎悪を向けられるための存在となるために生きてきた。

 

 それは何の為に?この時の為に。全ては死ぬ為に。

 

 

「私は死ぬべき人間だ。死んで哀しむ人間など居てはならない、むしろ死した後でも民衆に晒されなければならない人間だ」

 

 

 それだけのことをしてきた、と茅場は眼で語り一拍置いて続けた。

 

 

「もう、殺してくれ。私はありとあらゆる人間の願いを踏み躙ってきた。ならば殺されなければならない、討たれなければならない。これが好き勝手してきた、人間の末路。責任を果たすということはこういうことだ」

「……そうか」

 

 

 優希は忌々しげに、吐き捨てるように、苛立ちを隠さずに、一言だけ言った。

 

 

「わかった」

 

 

 その一言を聞いて、茅場は眼を閉じる。

 これで終われるのだと表情は静かなものだった。だが、それなのに、どう言うわけか。

 その胸には――――未だに後悔の念が晴れることはなかった。薄暗く、闇色で、光明など差し込まないような心持ちだった。待ち望んだ結末の筈なのに、生まれてくる筈の達成感が湧いてこない。

 

 しかしそれももう終わる。理由など考える間もなく、茅場の意識は暗黒に染まることだろう。

 だと言うのに――――来るであろう刃の感触が来なかった。

 

 思わず茅場は眼を開ける。

 そこに居たのは、優希の姿。本来であれば剣を振りかぶり満身の力を込めて振り下ろされる筈だ。罪悪感が生まれないように、ここまで振る舞ってきたつもりだ。容赦がなければウソである。

 だが茅場の目に映る優希は振りかぶった姿ではない。剣を杖代わりにふらつきながら立ち、足を上げていた。

 

 疑問を口にする前に、優希は行動に移していた。

 剣での斬撃ではない。何と少年は――――茅場の顔面を踏みつけていた。

 

 

「なっ!? え……?」

 

 

 茅場は状況を飲み込めずに、彼らしくもない情けない声を上げていた。

 無理もないだろう。こんなことをされるとは思わなかった。想定していた行動は二択。この身が斬られるか、もしくは説得されるかの二択だと思っていたのだ。

 現実は違う。そんなモノ、オレには関係がないと言わんばかりに、優希は“空気を読まず”に何度も何度も茅場の顔面を踏みつけた。

 

 

「ちょ、ちょっと。待ちなさい……っ!」

 

 

 踏まれながらも、少しだけ慌てながら静止の声を上げるも優希は聞く耳を持たない。

 何度も何度も何度も、空気を読まずに踏み続けた。

 

 何度踏んだか優希本人にもわからないだろう。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 終わった頃には、優希の深い溜息が聞こえた。

 傷口に響いたのか、その吐息は深いモノ。呆れているのではなく、痛みを我慢するような呼吸だった。

 対して茅場に苦痛はなかった。それもその筈、本来であればペインアブソーバが働きありとあらゆる苦痛は、違和感として処理されるのだから。

 

 思わず茅場は問う。

 呆然と眼を丸くして、自分には理解できなかったから問いを投げると言った軽い気持ちで訪ねた。

 

 

「君は、一体何を……?」

「あぁ? 何をって、オレとの喧嘩に負けたくせにグダグダ言うから黙らせたんだけど?」

「喧嘩……だと……?」

 

 

 先の殺し合いを、少年は喧嘩と軽く処理していた。

 アレほどの苦痛を伴った斬り合いを、どうして喧嘩と称することが出来るのか茅場には理解が出来なかった。現に優希の左腕は千切れており、全身は火傷と炭と化している。剣を杖代わりにしなければ立つこともままならないというのに。

 

 呆然とする茅場に、優希は忌々しげに舌打ちをすると事実だけ述べた。

 

 

「喧嘩だろあんなモン。だってアンタはオレを殺そうとしてこなかったしな」

「そんなことは君の勘違いだ。私は君を家族ではないと拒絶し、君の身体を剣で間違いなく貫いた。それでも君は殺意がなかったと言うのか?」

「……頭いいくせに、馬鹿だなアンタ」

 

 

 呆れる口調でため息を吐くと、今度は優希が問いを投げた。

 

 

「逆に聞くがよ? ンで殺意があるくせに、気絶してる時にトドメを刺さなかったんだ?」

「それは――――」

 

 

 言葉が、出なかった。

 考えてみれば、どうして自分があの場面で、彼に剣を突き立てなかったのだろうか。身内ではないと拒否しておきながら、どうして赤の他人である筈の少年の息の根を止めなかったのか。

 簡単な筈だった。デスゲームが始まって犠牲になった人間の数は千を超えている。それだけの屍の山を積み重ねてきたのだから、今更他人に気遣うなんて道理に合わないだろう。

 

 だというのに、どうして。

 

 

「……やっぱり、馬鹿野郎だよアンタは」

「なに?」

 

 

 物思いに耽る茅場を見兼ねて、少年は苛立ちを隠せずに口を開いた。

 

 

「答えは簡単なんだよ。アンタはオレをまだ家族だと思っていたし、何よりも望んでいた結末は死だけじゃなかったんだ」

「私の願いが、死だけじゃないと……?」

 

 

 そんな筈ない、と茅場は弱々しく首を横に振る。

 死だけではないというのなら、他の願いもある筈だ。だがそれは茅場の行動を覆すモノのようで、無意識に聴くことを拒否している。

 それでも優希は突きつけた。これが他人を顧みなかったアンタの罰だと言うように、容赦なくその言葉は刃となり茅場に突き立てた。

 

 

「簡単な話しだ――――」

「待て、」

「アンタは――――」

「待ってくれ、優希君……!」

「――――誰かに自分の行動を、否定されたかったんだろ」

 

 

 それこそが茅場晶彦のもう一つの願い。死を望むと同時に、茅場の結論の否定であった。

 誰よりも人間は汚い生き物で、誰よりも欲深く、誰よりも自分勝手な生き物であるという、茅場の回答の否定だった。

 

 

「アンタはオレを殺さなかった。死にたいのなら、気絶してた段階でオレを殺せばよかったんだ。オレが殺せば、下にいる連中は間違いなくアンタを恨み憎み、大きな力を生むだろうさ。怒り憎しみ恨みってのは、ある種の増強剤だ。誰でも手軽に強くなれるからな」

 

 

 だというのに、茅場はその選択をしなかった。

 冷静に考えれば、打算的に考えて選択肢に入れていたのかもしれない。だがあの場面で、あの状況下で、茅場晶彦という人間は間違いなく冷静ではなかった。

 

 

「オレも、アンタと同じ望みだと思っていた。だけどアンタとオレは、何かが違った。オレと同じように、ただ死ぬことを考えていたわけじゃない。だから違和感に気付いた」

 

 

 結局の所、茅場晶彦は人間に絶望すると同時に、人間に希望を見出していた。

 自分のような人間を否定する存在が現れることを、彼は待ち望んでいたのだ。人間は確かに自分のことしか考えていないかもしれない。だがそれでも、助け合い、共に育み、絆を育てる事が出来るのだと、彼は証明したかったのだろう。

 だからこそのデスゲーム。身勝手な人間らしい自分を否定するための舞台を、茅場は創造した。システムを、真理すら超越する存在が現れることを、彼は望んでいた。

 

 茅場は口元に薄い笑みを浮かべる。

 微笑むモノではなく、自嘲するように笑みを浮かべて。

 

 

「……それで見事に否定した君は、私を殺さないというのか?」

「あぁ。元々オレはアンタを殺すつもりなんざねぇよ」

「それは何のためだ? 家族だからとでもいうのか?」

「それもある。アンタからは恩もある義理もあるからな。でもまぁ、それだけじゃねぇよ」

「それでは、何のために私を許した?」

 

 

 その言葉を聞いて、優希の顔が不快に感じるモノに変わった。

 蒼い双眸には、若干の怒りを混じらせながら口を開く。

 

 

「許すわけねぇだろ。アンタはそれだけのことをしでかしたんだ。許されることなんて、ありえねぇだろ」

「だとしたら、何のために私を生かす?」

「アンタに、ケジメを付けさせる為だ」

 

 

 未だに優希の言葉の意図を読みかねている茅場に対して、少年は杖代わりにしている剣をカチンと打ち鳴らして続けた。

 

 

「責任を果たすから死ぬ、ってアンタは言った。だがンなもん、オレからしてみたら逃げにしか見えねぇ。自分のやらかした現実から目を背けて楽になりたがっているとしか思えねぇよ」

「ならば、どうすればいいと君は思うんだ?」

「決まってんだろ」

 

 

 それだけ言うと、優希は真っ直ぐに茅場を見る。

 その瞳には憎悪も、憤怒も、呪詛も、恩讐もない。真っ直ぐに茅場晶彦という人間を一心に見つめていた。

 

 

「生き続けろ。そして自分がしでかした現実に目を閉じるな。現状に目を背けず、罵倒する声に耳を傾けて、どうすればいいのか思考し続けて、誰よりも前に一歩でも多く進め。それは辛いことだ、わかってる。それでもアンタは生き続けなければならない。それが責任を負うってことなんだとオレは思うぜ」

「死ぬことも許されない、ということか……」

 

 

 再び天を仰ぎ見て、優希へと視線を戻す。

 言葉とは裏腹に、茅場優希という少年は見捨ててはいなかった。

 

 何度も傷つけてきた。

 何度も甥を危険な目に晒して。

 何度もその身を削ってきた。

 先の戦闘もそうだ。茅場は優希を圧倒し続けてきた。己の欲望を叶えるためだけに、行動してきた。

 だというのにも関わらず、茅場優希は手を差し伸ばし、これからの道を茅場晶彦に示す。

 

 いつだって少年はそうだった。

 困っている人間が居れば悪態をつきながら問いを投げ、泣いている人間がいればぶっきらぼうに共に寄り添う。黙っている自分が我慢ができないから、その程度の理由に過ぎない。一見自分本位のような行動原理だとしても、その内には他人を思いやる心があった。兄のように、そして少年のような精神性。それこそが茅場にとって何よりも得難いものであり、何よりも汚し難いモノであった。

 過去に兄に殴られ、現在に少年に諭され、茅場は二度も救われていた。

 

 言うまでもなく、これから先の茅場は苦難の連続だろう。

 何せそれだけのことをしたのだ。世界を混乱に陥れ、直接的ではないにしろ、間接的に百人以上の人間を殺めた大罪人だ。現実世界に帰還したプレイヤー達は英雄として崇められて、茅場は全ての元凶として扱われる。

 

 だとしても、苦難があろうと、安易な道でないにしても、茅場晶彦は進まなければならない。

 何故ならその道は、自分を救ってくれた甥が示した道、命をかけて伝えてくれた少年の言葉であるのだから。

 進まなくてはらない。一歩でも多く、少しでも先へ進む。それこそが責任のとり方なのだから。

 

 折れていた心が再燃し、歩くための力が茅場に宿る。

 よろめきながら立ち上がろうと、両の足に力を入れようとするも。その時だった―――。

 

 

「な――――?」

 

 

 それは誰の声だっただろうか。

 確認する間もなく、茅場の肩口が斬、という音を立てて切断される。

 見事な切り口。気配もなく、予兆もなく、それは確かに背後から茅場に斬りつけた。容赦なく斬りつけた存在の声が、茅場の背後から聞こえてきた。

 

 それは楽しそうに、愉快に、愉悦に染まっている声だった。

 低い声で、その男は高揚とし、謳いながら、その男は確かにその場に居た。居てはらない男、あってはならない存在、黒ポンチョの殺人鬼、その男の名は――――。

 

 

「――――勝手に vhaoa 終るなよ。これからだろ、面白く gaoua なるのはよォ?」

 

 

 ――――笑う棺桶(ラフィン・コフィン)PoH。

 

 

 

 




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