ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 最終話です。最後までよろしくおねがいします。
 
 アリシア・アースライドさん、スッズムシーさん、誤字報告ありがとうございました!


最終話 ソードアート・オンライン

 

 

 2024年2月1日 時刻未明

 第一層迷宮区 一階

 

 

                ――――ゲームはクリアされました――――

 

 

 無機質で無感情な機械的アナウンスが迷宮区に流れていた。いいや、それは第一層の迷宮区だけではない。その無機質な声は、アインクラッドの各階層に響き渡っていた。

 その声はシステム特有の事務的なモノだ。だがそれでも、その声を聞いて、様々なプレイヤーが反応を示していた。

 

 両手を上げて悦びを表現している者、祈るように手を組んで両膝を付き涙する者、近場のプレイヤーと肩を組んで悦びを分かち合う者、感極まって声を上げて泣く者。

 中には異性同士でキスする者まで存在する。反応は様々だ。数多のプレイヤーが存在するのだから、その反応は千差万別で違う。

 

 しかし根底にあるのは――――歓喜である。

 誰もが悦びに心を高揚とさせていた。ようやく地獄のような日々が終る、理不尽に巻き込まれたデスゲームの終焉。いつ現実世界に帰還出来るのか見当もついていなかった現実が、やっと覆される。

 いつまで続くかわからないデスゲーム、クリアすることによって仮想世界からログアウト出来る。そう言う意味では途方もなかった。フロアボスは階層に上がるに連れて強化されていき、あと何ヶ月、何年、何十年とクリアするまで時が経つのか。もしかしたらクリア出来ずに、現実世界の肉体が死を迎えることになるかもしれない。

 アインクラッドに囚われていた虜囚達は、常に死と戦っていた。歯を食いしばり、恐怖と向き合い、増える手で剣を取る。そうして彼らはこれまで生きてきた。

 

 そして今、その健気とも言える努力が報われる時が来た。

 感動、歓喜、開放、これらは格別と言えるだろう。

 

 

 彼もその中の一人。

 深く息を吸い込み、深く吐き出して、ガクッと両膝の力が抜けて座り込んでしまった。

 緊張の糸が途切れたのか、彫りの深かった険しい表情も幾分か穏やかなモノに変わり呟く。

 

 

加速世界(アクセルワールド)め、手間取りすぎだ……」

「そう言うなよ」

 

 

 言葉とは裏腹に穏やかに呟く言葉に、反応するものが一人。

 赤と白の甲冑に身を包み、挑戦的な笑みを浮かべる青髪の青年――――ディアベルは手を伸ばす。

 

 フン、と鼻を鳴らし彼――――コーバッツは応じるようにその手を掴み立ち上がると、辺りを見渡した。

 途切れることなく無機質な声が辺りに響き渡り、悦びに打ちひしがれるプレイヤー達。もはや聖竜連合だろうが、血盟騎士団だろうが関係がなかった。垣根なく、共に悦びを分かち合っている姿を見て、自然とコーバッツの口元が緩んでいった。

 

 いつからだろうか――――攻略という共通の目的があったのに。

 いつからだろうか――――いがみ合い、嫉妬し、虚栄心に駆られるようになり。

 いつからだろうか――――協力と言う名の競争を強いてきたのは。

 血盟騎士団に負けたくなかった、加速世界(アクセルワールド)を見返したかった、アインクラッドの恐怖に――――。

 いつの日か、コーバッツの心を渦巻いていたのは負の感情。最初は些細な棘だった。それが次第に深く深く抉り、大きく大きくなっていった。

 

 見たかったのはこんな光景だったのに、全員が力を合わせて巨悪に立ち向かう、勧善懲悪だったのに、どこで踏み間違えたというのか――――。

 

 

「終わりよければすべてよし、ってやつさ」

 

 

 朗々とした口調で、コーバッツの思考をディアベルが割り込んだ。

 そのままの口ぶりでディアベルは続ける。

 

 

「オレ達も君達も、確かにいがみ合っていた。でもあの場面では、この時だけはお互いの背中を守ってきただろ? それで充分さ」

「……貴様、まさか私を励ましているつもりなのか?」

「そのつもりだったけど? 何か落ち込んでいるみたいだったし」

「何をバカな。私は変わらん、いつもどおりだ」

 

 

 口をへの字に曲げて腕を組んで面白くないと言わんばかりのコーバッツに、ディアベルは思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

「はいはい、そう言うことにしておくよ」

「……私は貴様のそう言うところが気に入らない」

「奇遇だな。オレも君のそう言うところが大嫌いだよ」

 

 

 売り言葉に買い言葉。

 だと言うのに、二人の間には剣呑な雰囲気はない。

 むしろ軽快に悪態をつけるような悪友特有の空気、戦友とも呼べる独特な雰囲気が流れていた。

 

 すると、一人また一人と足元が白く光り輝き包まれ消えていく。

 ディアベルから見たそれは懐かしい光景。βテスト時に何度も見たプレイヤーがログアウトするエフェクトである。

 

 βテストの際に見たログアウトするプレイヤーは、それは名残惜しそうにしたものだ。現実世界と変わらないVR世界に、純粋に楽しんでいた証拠とも言える。

 だが今は違う。全員が笑顔でその光を受け入れている。ディアベルも含めて、命なんて重く考えていなかった。だが今となってはこんなのに重く、かけがえの無いモノであると漸く理解していた。

 

 どこか寂しくも、切ない妙な感覚。

 不謹慎であるが、それは祭りの後によく似ていた。騒がしくも、非現実的であった光景が終わる、煢然たる感覚。

 

 

「あー、もう終わるのかー」

「何だ、別に貴様は留まってもいいんだぞ?」

 

 

 思わず呟いてしまった言葉を、コーバッツは耳聡く拾う。その表情は意地の悪い笑みそのものであった。

 冗談と、ディアベルは肩を竦めて言葉を返す。

 

 

現実世界(あっち)で溜まっている事があるからね、主に仕事とか」

「私も父上と母上に何て言おうか……」

 

 

 どこか表情を暗く呟くコーバッツに違和感を覚える。

 普通であれば、仕事などを優先に考えるはずだ。なのにどう言うわけか、コーバッツは両親を優先に考えている。

 

 だがディアベルは深く追求しなかった。

 そう言う考えもあるだろうと、自身を納得させて問いを投げる。

 

 

「そうだ、今度オフ会でもしないか? 良いバーを知ってるんだ」

「遠慮する」

 

 

 どうしてだ、と疑問をぶつける前にコーバッツは口を開いた。

 その言葉は先程の疑念を解消させるにこれでもかという回答。それと同時に、かつてない衝撃がディアベルを襲う。どれほどのものかと言うと、団長が茅場晶彦とであったというくらい、いいやそれ以上の衝撃的な発言。

 

 

「私は未成年だ。“十代の学生”がバーなど行けるわけがないだろう」

 

               ――え、マジで?――

 

 

 

 

 

 

 

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 2024年2月1日 時刻未明

 第一層迷宮区 十八階

 

 

 

                ――――ゲームはクリアされました――――

 

 

「うぉぉぉぉぉ! さすがキリトだぜ! アイツがやってくれたに違いねぇ!!」

 

 

 そう言って雄叫びを天高く吠えているのはクラインだ。

 片手にカタナを持ち、戦国武将らしい甲冑に身を包んだ彼は、誇らしく声を上げる。

 

 彼だけではない。

 クラインが率いる『風林火山』の面々は同調するように、クラインに負けじと好きに叫ぶ。

 キリトを称える者、キリトに感謝する者、キリトに愛の言葉を吐く者、と様々な風林火山のメンバーがそこにあった。

 そんな中――――。

 

 

「ちょっと待ったー!」

 

 

 意を唱える者達が現れる。

 その者達の名は、テツオ、ササマル、ダッカーである。月夜の黒猫団のアインクラッドの恐怖派でもある三人は「それは違う」と言わんばかりにクラインの言葉を否定し始めた。

 テツオが率先して発言している辺り、三人のリーダー格的な立ち位置なのだろう。

 

 

「キリトじゃなくて、きっとアインクラッドの恐怖だ。彼が茅場を倒してくれたに違いないっ!」

「なぁにぃ?」

 

 

 聞き捨てならない、と言わんばかりにクラインはテツオ達に詰め寄り最もな疑問を投げる。

 

 

「証拠でもあんのかよ、証拠でもよぉ?」

「ないけどきっとそうだよ!」

「ぐぬぬ、なんて感情論……!」

「そういうクラインさんも、キリトがやってくれたって証拠がないじゃないか!」

「クッ、やるじゃねぇかよ黒猫達。反論の余地もないぜっ」

 

 

 グラリとクラインは悔しそうに身体を揺らして、直ぐに立ち上がり居丈高に告げる。

 

 

「でもキリトはやれば出来る子だからなっ! アイツに違いないぜっ!」

「強固な信頼感関係を感じる……。いいなぁ、俺達なんてアインクラッドの恐怖と会話らしい会話したことないし。緊張して」

「はっはっはっ! オレとキリトはなぁ、大親友の間柄なんだぜ? 積み重ねてきたモノが違うのさっ!」

 

 

 

「いや、何の勝負してんだアイツら……」

 

 

 それまで静観してきたエギルは呆れるような口調で呟き、月夜の黒猫団のギルドマスターであるケイタは「ははは……」と乾いた笑みを浮かべていた。

 いつの間にか始まった競い合いはいつの間にかコール合戦に変わり、アインクラッドの恐怖と叫ぶ月夜の黒猫団の三人と、はじまりの英雄と声を上げる風林火山の声が木霊していた。

 加えて無機質な『ゲームはクリアされました』というアナウンス。ここだけ見れば、カオス極まりない光景がそこに広がっていた。

 

 実のところ、エギルには止める気などない。

 こんなバカな光景もこれで最後だと思うと、どうにも止める気にはなれなかった。それに彼らも同じ気持ちなのだろう、悔いがないように最後のバカ騒ぎを興じしている。

 それを止められるほど、エギルも野暮な性格ではなかった。

 

 最後であるのなら、最後らしい騒ぎ方というものがあるのだから。

 

 

「凄いなぁ」

「……ん?」

 

 

 ポツリ、と天を見上げて呟くケイタに、エギルは反応した。

 まさか聞かれていたと思わなかったのか、ケイタはどこか少しだけ慌てながら続けた。

 

 

「本当に、本当に茅場晶彦を倒したんですよね、彼らは……」

「このアナウンスが流れてるってことは、そうなんだろうな。まさかお前さんはアイツらが倒せると思ってなかったのか?」

 

 

 我ながら意地の悪い問いだとエギルは思う。

 向けられた問いに対してエギルの予想通り、ケイタはブンブンと勢いよく首と手を横に振って否定するように口を開く。

 

 

「いえいえっ! そんなこと思ってませんよ! ただ最悪な事を考えてしまって……」

「まぁ普通はそうだろうな」

 

 

 そう。

 普通はケイタのように最悪な結末を想定するものだ。

 この場での最悪な結末こそが、“加速世界(アクセルワールド)の完全敗北”である。攻略組は彼らを上階へと優先に向かわせた。それはつまり、攻略組にとって彼らは希望と呼べるものだ。

 それが簡単に、手間取らずに砕かれたとなると精神的ダメージは相当なものだろう。

 

 ケイタだけではない。

 恐らく大半のプレイヤーが、いいやエギルを除くプレイヤー達はそんな最悪な結末を想定していたのかもしれない。

 だがどう言うわけか――――。

 

 

「エギルさんは……」

「ん、何だ?」

「エギルさんは、考えたりしたんですか?」

 

 

 少しだけ考える。だがそれは本当に一瞬だけであった。

 直ぐにエギルは「いいや」と首を横に振って否定する。

 

 

「考えなかったな」

「それはどうして……?」

「俺もアイツらと随分な付き合いになるからな。根拠なく連中なら何とかしてくれんだろ、って思っただけさ」

 

 

 ポカンと口を開くケイタに、気持ちの良い笑みでエギルは返す。

 そして両手を上げて背筋を伸ばした。肩の荷が降りたと言うかのように、晴れ晴れとした声で言う。

 

 

「――――さて、これから忙しくなるな」

「これからですか?」

「応とも。俺達はデスゲームをクリアしたんだ。ってことは、オフ会をしなくちゃならないだろ?」

        「あっ、ちなみに俺さ御徒町でダイシーカフェって喫茶店やってんだ。オフ会のときは誘うからヨロシクな」

 

 

 

 

 

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 2024年2月1日 時刻未明

 第一層迷宮区 十九階

 

                ――――ゲームはクリアされました――――

 

 十九階には数人の人影があった。

 五十人規模を誇っていた最悪の殺人集団――――笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の姿は既になかった。全員が全員ともログアウトされて退去している。赤眼のプレイヤーが「このままで終ると思うな」と吐き捨てていたが、そんな戯言彼らの耳には入っていなかった。

 

 この十九階だけ、異様な光景であった。

 他の階層は歓喜に包まれて、嬉し泣きまでしている中、この階層だけは静寂を保っていた。

 

 彼らは嬉しくないのか。

 否、彼らとてこの地獄を抜け出せたのだから、その心境は喜々としたモノも存在する。

 だがそれ以上に、デスゲームから抜け出して現実世界に帰還が出来る以上に、身を引き裂くような避けては通れない別離があった。

 

 彼ら――――加速世界(アクセルワールド)の彼らは生身の存在だ。

 身体は仮想世界で作られた仮初めのモノ。斬られば違和感を覚えて、血液が流れることもない。何せ彼らの本体は現実世界にある。今もナーヴギアを装着しながら寝ているか、もしくは病院のベッドの上だ。

 

 だが少女は、この仮想世界で出会った少女はどうなのだろうか――――?

 

 

「……ユイ」

 

 

 静かに、怯えさせないように静かに、キリトはこの世界で出会ったAI――――ユイに話しかけた。

 背を向けていた少女はビクッと一度だけ大きく肩を震わせる。小さな肩は――――震えていた。

 

 当たり前だ。

 彼女はソードアート・オンラインの中で存在が許されるAIである。

 クリアされたのならば、アインクラッドと共に消滅するのが道理と言える。少女が怖れるのも無理はないだろう。

 しかし何処か様子がおかしい。

 

 別離に耐えられず泣いているのか――――違う。

 己が消えることに怯えているのか――――違う。

 少女は――――。

 

 

「――――パパっ!」

 

 

 ――――笑っていた。

 振り向いた少女は満面の笑みで、キリトに向ける。恐怖を押し殺し、溢れる涙を我慢して、健気に最後は笑みで終わらせようとしていた。

 

 アスナに、リズベットに、ユウキに、そして見上げてこの場にいない“もう一人”に笑顔を向けて、キリトに笑みを零しながら続けた。

 

 

「ゲームクリア、おめでとうございますっ! 最後までカッコよかったですよ」

「……あぁ、ありがとうなユイ」

 

 

 ハイッ、と元気よく応じるとキリトから今度はアスナに向けてユイは言う。

 

 

「アスナさん、美味しいお料理いつもありがとうございました」

「こちらこそだよ、ユイちゃん。いつも手伝ってくれて、ありがとう、ね……っ!」

 

「リズお姉さん、いつもわたしと遊んでくれてありがとうございました。凄く凄く、楽しかったですっ!」

「ば、バカねぇ。そんなこと改めて言うんじゃ、ないわよ……!」

 

「ユウキ、わたしと友達になってくれて、ストレアと友達になってくれてありがとう」

「ユイぃ、ユイぃ……! どうにかならないの? ボク嫌だよぉ……!」

 

 

 泣きながら笑みを返すアスナがいた。

 我慢するも堪えきれずに涙を流すリズベットがいた。

 どうしようもないとわかっていながらも、素直に別れを拒絶するユウキがいた。

 それだけで、満足だった。自分は人間ではないことをユイは一番良く理解している。だというのに、彼らは自分を人間のように接してくれて、AIというモノである筈なのに一人の人間として接してくれた。

 

 最初はカーディナルに命じられて、彼らに付いただけだった。

 確かに『はじまりの英雄』という個人に興味を示していたものの、それだけであった。

 だがいつの間にか、加速世界(アクセルワールド)の存在がユイにとっての居場所となっていた。

 

 実の娘のように扱ってくれるキリトの存在が心地よかった。

 面倒を見てくれるリズベットと一緒にいることが楽しかった。

 アスナには“彼”のことで何度も相談に乗ってもらったりしていた。

 人間ではない自分を“友達”だ言ってくれたユウキには感謝してもしきれない。

 そしてもう一人――――。

 

 

「――――」

 

 

 この場にいない人物。

 怖くて、恐ろしくて、恐怖を抱いていた。

 一人で何もかもを抱え込み、他人を傷つけることが何よりも嫌っている癖に、自分を傷つくことを是としている心優しい“彼”。

 後悔があるとすれば“彼”だ。もう少し勇気を出していれば、“彼”と話しが出来たであろうとユイは思う。心残りがあるとすれば、その一点だけである。もう少しだけ、“彼”とお話がしたかったと思いながら。

 

 

「――――わたしを、わたし達を、一人の人間として接してくれてありがとうございます」

 

 

 それが誰に向けられた言葉なのか、問うまでもなかった。

 まるでその言葉は最後であるかのように、もう会えない存在に向けられた言葉のようでもあった。

 

 静かに近付くと、キリトは穏やかな笑みを浮かべて両膝をついて。

 

 

「――――ユイ」

 

 

 優しく抱きしめた。

 少女の存在を確かめるように、この場に存在することを認めるように、優しく抱擁しながらキリトは続ける。

 

 

「これで最後じゃないさ」

「え?」

 

 

 その言葉の意図を掴めないまま聞き返す。

 そしてキリトは力強い言葉で応じた。

 

 

「俺達は生きてる。生きてるんだから、ユイとだってまた会えるさ」

「でもわたしは……」

「忘れたのか? 俺は“アイツ”と一緒で出鱈目な奴なんだぞ。ユイとだって再会してみせる」

 

 

 根拠などない。

 いくらキリトが“彼”と同じ心意の片鱗を扱えるからといって、消去されつつあるAIを復元できる理由にはならないだろう。

 だがどう言うわけか、キリトの言葉には信頼に値する力が存在していた。力強い根拠のない意思を言葉に込めて、キリトは続ける。

 

 

「ユイが会いに来てくれたように、今度は俺が会いに行くよ。必ず会いに行くよ。だからこれが最後だと思わないでくれ。また話しをしよう、また冒険をしよう、今度は“アイツ”とも一杯――――」

「――――はい」

 

 

 ユイは目を瞑る。

 自身の身体が光消えかけているのを感じ取っていた。

 だが恐れはない。キリトが、ユイが信じたヒーローがまた会いに来てくれると言ったのだ。ならば自分はその言葉を信じるだけだ。

 そうなると別れ方はなど決まっている。泣くのではない、怖れるのでもない。ユイは満面の笑みを零しながら朗々とした口調で。

 

 

「待っていますね、パパ――――」

 

 

 そうして今度こそ、ユイは消える。

 これが最後ではない。少しばかりの小休止、ならば恐怖などなく、再会することを夢見る――――。

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫、キリト?」

 

 

 おずおず、と心配するリズベットにキリトは立ち上がって応じた。

 あぁ、と返しながら握りこぶしを作る。自身を奮い立たせるように、どんな状況でも諦めなかった“彼”のように己を鼓舞しながら前を向く。

 

 

「大丈夫だ。心配かけて悪かったなリズ」

「うん……」

 

 

 それでもまだリズベットは心配であるのか、伺うようにキリトを観察していた。

 対してキリトは苦笑を浮かべながら。

 

 

「絶対に探し出してみせるさ。俺は生きてるんだ、必ず再会してみせる」

「ボク達もね!」

 

 

 元気よく発言したのはユウキであった。

 先程まで泣いていたせいもあってか、両眼を少しばかり充血させている。ユイが笑っていたのだから、悲しんでいるのはユイに失礼であると判断したのだろう、ユウキは元気よく続けた。

 

 

「ねぇねぇ、現実でも会おうよ」

「それいい考えだよユウキ」

 

 

 ユウキの提案に、アスナは同意する。

 そして二人は仲良くイエーイと両手を合わせていた。

 仲の良い姉妹のようであると思いながら、キリトは意地の悪い笑みを浮かべて応じた。

 

 

「それは難しいんじゃないか?

「えー、何でさ!」

「問題は、お前の兄貴だよ」

「え、にーちゃん?」

 

 

 どうして、と首を傾げるユウキに対して、キリトはこれでもかと目つきを悪くさせて億劫そうな口調に変えて。

 

 

「『メンドクセぇからやだ』いいそうじゃないか」

「何よそれ、アイツのマネ? 結構似てるじゃない」

 

 

 感心するようにものまねの完成度をリズベットは褒めると、ユウキは居丈高に胸を張り自信満々に力強い言葉を述べる。

 

 

「大丈夫だよ。ボクとアスナが何とかするからさっ! ね、アスナ?」

「うん。わたし達に任せて」

「まぁ、あんた達に任せておけば大丈夫でしょ。アイツ二人には甘いから」

 

 

 ふんすふんす、と拳を握りやる気に溢れるアスナとユウキに後のことを任せて、リズベットはキリトに話を振る。

 

 

「というわけで、あんたの本名教えなさいよ」

「な、何でだよ!?」

「当たり前でしょー。もしかしてリアルでもキリトって名前なの?」

 

 

 本名がわからないと会いようがない、と暗にリズベットは語っていた。

 それは最もな意見であった。だがやはり、MMOをプレイしていたキリトとしては本名を口にするのは抵抗があった。

 デスゲームに巻き込まれて長らく口にしていなかった本名を口にするのは、どこか抵抗がある。遠い世界のようで、とても身近にあった世界での名前。それをキリトは戸惑いながらも口にした。

 

 

「和人。……桐ケ谷、和人。歳は多分15歳。今年16歳になる……」

「えっ、なにあんた歳下だったの!?」

 

 

 眼を丸くして言うリズベットの他に、アスナも同じような反応を見せる。

 そのことからどうやら二人共キリト――――和人よりも歳上ということがわかる。

 

 

「それにしても、きりがやかずと。だからキリトってわけね。安直というか何というか」

「うるさいなぁ。それじゃリズの本名は何なんだよ。教えてくれよ、“リズベット”さん?」

 

 

 名前を強調して呼ばれて、リズベットは言葉に詰まる

 どうするか少しだけ考えて、観念したように深呼吸をして意を決して小さく呟いた。

 

 

「篠崎、里香……」

「うわっ、バリバリ日本じゃん」

「そうよ、バカにしてごめんなさいねっ! 歳は16、今年で17! はこれでいい!?」

 

 

 顔を羞恥で紅く染めているリズベット――――里香をまぁまぁと諭しながら、アスナは言う。

 

 

「わたしは明日奈、結城明日奈。歳はリズと同じく16歳で、今年17歳です。それで――――」

「ボクは紺野木綿季だよっ! 歳は13歳、ヨロシクね!」

 

 

 はいはい、と片手を上げて朗々とした口調で言うユウキ――――木綿季に和人と里香は口を開けていた。

 いいや視線を向けていたのは木綿季にだけではない、明日奈にも向けられている。

 

 信じられないというように口元を引きつらせて、二人に問いを投げる。

 

 

「まさか、本名だったの……」

「うん」

「ちなみにだけど、ユーキくんもそうだよ」

 

 

 MMOは初心者であったことはわかっていた。

 加えて、明日奈と“彼”に至っては専門用語である『スイッチ』すら知らなかった。だとしても、ここまでとは思っていなかった、というのが和人の素直な感想である。

 MMOを行うにあたって、本名をプレイヤーネームにするのはある種のタブーと言えるだろう。リアルがバレる可能性すらある。だからこそ、和人はキリトであったし、里香はリズベットであったのだ。

 

 これは講義しなければならない、と和人も里香も使命感に駆られていると。

 

 

「あっ……」

 

 

 明日奈が声を上げる。

 その視線の先は、和人の足元。彼もそちらに視線を落すと、足元が白く光り輝いていた。

 何度も見たことがあり、テスト時に何度も体験した光――――ログアウトの際に生じるエフェクトである。

 

 

「俺からか……」

 

 

 どこか名残惜しそうに呟くと。

 

 

「それじゃみんな、先に行ってるから」

「軽いわねぇあんた……」

 

 

 しょうがないだろ、と言う前に和人の身体が光りに包まれて飲み込まれていく。

 視界が光の粒子となり、意識が遠くへと引っ張られていく。もはや視界に何も映っていなかった。意識のみが存在し、和人は無空の彼方へとはじき出されたような感覚に陥る。

 

 そんな中、思い出しように、存在が消えた口元を動かした。

 思い出すことはいくらでもあった。なのにそれだけが、鮮明に色褪せなく強烈に意識させる。

 

 何度も競い合い、何度も争い、何度も剣を交えた存在。

 親友とも違う、悪友とも違う。宿敵でもなければ、ライバルなんて一口では言い表せない存在。

 最後まで決して折れることがなかった、“彼“は思いのままその道を歩き、遂には踏破してみせた。目指すべく背中、自分にはなかった強さをもった存在に、和人は思いを馳せて。

 

 

 ――――そういえば、“アイツ”と、決着つけられなかったな――――。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 一体どれほどの時間が流れたのだろう。

 そんな疑問をもたないまま、ぼんやりと瞼を開けた。

 光が眩しく、視界が定まらない。長い長い、夢を見ていたかのようで。遠い遠い、世界で生きていたかのようでもある。

 

 そんな謎の感覚を持ったまま、少年は覚醒した。

 ゆっくり、と首を動かした所で、一人の少女が驚いている声が少年の耳に入った。

 

 

「お兄、ちゃん……?」

 

 

 聞きたかった声、会いたかった顔。

 少女は覗き込むように、心配するように、瞼に涙を溜めて、静かに歓喜していた。

 その場にいるのは少女だけではない。優しそうな女性がいて、厳格そうな顔つきの男性もいる。

 性別も顔も、思想に至るまで別々といえるだろう。だが共通しているとすれば、少年が覚醒するにあたって、三人が三人共、喜びに満ちあふれていた。

 

 女性は泣いて、男性は少年の頬を撫でる。少年を兄と呼んだ少女は両手で口元を隠して涙していた。

 

 そこで漸く、少年は理解する。

 頭に装着されたナーヴギアの存在、病院特有の匂い、そして腕に刺された管を通して流れる点滴。

 ここはアインクラッドではなく――――病院なのであると。

 ここは仮想世界ではなく―――――現実世界なのであると。

 

 今となっては懐かしい、両親と妹の存在。

 壁を感じていたにもかかわらず、三人は自分の為に泣いてくれている。自分の無事に喜んでくれている。

 

 

 ――何が、壁だ。

 ――壁なんて、なかったじゃないか……。

 

 

 そう。

 一方的に壁を作って、殻に閉じこもっていたのは自分であった。

 

 

「ぐっ、うぅ……」

 

 

 何とか立ち上がろうと少年は身体を起こす。

 だが言うことを聞かなかった。ずっと寝たきりだったせいもあってか、髪の毛は伸び放題で、腕も病的なまでに細く貧弱である。先程まで両手に剣を握っていたとは思えない。

 

 手伝おうと慌てる両親を片手で制す。

 今だけは、この場面だけは、自分の力で起きなければならなかった。それがケジメであるというかのように、少年はゆっくりと身体を起こして、三人の顔を見る。

 

 会いたかった。

 デスゲームに巻き込まれてから、ずっと会いたかった。

 心が折れそうになった第一層からあったのは三人の顔だ。母親と父親と妹の顔。もう一度会いたいと思っていた。

 

 

「……た……ぁ……」

 

 

 声を出そうとするも、上手く舌が動かない。

 長く、更に長く、時間をかけてようやくその声を、その言葉を言うことが出来た。

 

 

「ただ、いま……」

 

 

 殆どうめき声にしか聞こえない言葉。

 それでも何度も何度も、少年は紡ぐ。

 

 

「ただいま、ただいま……ただいま……!」

 

 

 それでも三人は答えてくれた。

 たった四人しかいない家族。父は少年の背中を擦り、母は少年の頬を撫でる。

 そして妹は両手で少年のか細い手を取る。手を強く握り、ハッキリと泣きながら嬉しそうに告げた。

 

 

「おかえり、お兄ちゃん……」

 

 

 その一言が引き金となった。

 少年の両眼からはボロボロと涙が流れる。第一層で心が折れかけても、モンスターキラーと対峙して心が恐怖に負けそうになりながらも、仲間に追いつくために死に物狂いで努力を重ねようとも、殺人集団に囲まれようとも、最後においても泣かなかった少年の目から大粒の涙が溢れた。

 

 はじまりの英雄、二刀流、大層なモノではなくキリトは――――桐ヶ谷和人は本当の意味で、現実世界に帰還を果たす――――。

 

 

 

 





 というわけで、アインクラッド編最終回です。
 え、ユーキはどこいった?出番などなかった。やっぱりというべきか、原作主人公の動かしやすさったらないです。
 長かった長かったアインクラッド編。皆さんどうだったでしょうか、楽しんでくれたのなら幸いでございます。
 もう少し、ユイちゃんとストレアを絡めた話を書きたかった。その辺りカットしてしまったのが悔やまれます。これでも想定していた話数よりも削って削ったので。本来であればもっと長かった。

 最終回記念のアイディアを活動報告に書き込み、メッセージを送って頂いてありがとうございました。圧倒的に多かったシノンの熱いリクエスト。大人気ですねシノンは本当に。自分も何とか期待に添えたいと思っていますので、少ししたらシノンとの話しも投稿したい。リクエストしてもらえるのはありがたことです。
 
 最後ということもありますので、少しだけ補足をば。


>>心意は誰が使えるのか。
 ユーキ、キリト、PoH、そして茅場ですね。
 キリトはまだ使いこなせてなくて、ユーキはある程度。
 PoHは完璧に使いこなしています。元々相性が良かったという設定。ユーキと出会ったことにより、覚醒してしまい原作よりも数段強くなってます。ぶっちゃけ、今の時点で最強レベル。
 茅場のどの辺りで心意を使ったのかというと、最後の方です。ユーキを庇ったあたりですね。
 んー、あの辺りは茅場家の血を感じてくれれば。火事場のクソ力。


>>茅場優希と茅場晶彦の関係。
 簡単に行ってしまえば理解者。一番の理解者はラスボスだったというありきたりな展開。
 偶然が重なって今の優希がいるけど、もし仮に一人で突っ走った時にユウキがいなかったら、ストレアと出会っていなかったら、キリト達が追いついてこなかったら、間違いなく優希死亡エンド。サイバーゴースト的なサムシングになって、ラスボス絶対殺すマンの誕生。これは間違いなくグッドエンド。


>>茅場優希のモデル
 ガッツ×クレイトスさん÷2したら出来上がり。
 うん、これは絶対にゾンビになるわ。諦めなんてしないわ。そんな彼が心が欠けたのがVol.4であり、どうにかなってしまうかもしれないのがVol.5なのです。


 こんなところでしょうか。
 まだ何か気になるところがありましたら、答えていこうと思っています。
 
 これまで何度も言ってきましたが、ここまで来れたのも読者さんの存在のおかげです。評価、感想がモチベーションに繋がり何度も何度も助かりました。本当にありがとうございます。
 この辺りで一端ですが小休止となりますが、凍結はしません。
 またモチベーションが上がり次第、再開しますのでそのときはよろしくおねがいします。
 


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