ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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浩一郎「いいかい、一度しか言わないからよく聞けよ?」
優希「おぉ。一度しか聞かねぇからよく言えよ?」

京子「なにやってるのよ?」
彰三「どっちの妹が可愛いか論議してるんだって」

明日奈「――――――(曖昧な顔で沈黙している)」




それはありえたかもしれない結末

 ――――どれほど剣を振るってきたのか。

 

 一体の怪物がいた。

 全身を甲冑に身を包み、その者は前へ前へと、一歩一歩確実に歩みを重ねていた。

 兜で頭部を覆い、表情すら見えなくなった者を何故“怪物”と呼称出来るのか。それは簡単なことだった。

 

 

「――――」

 

 

 怪物は“辛うじて”人としての形を保っている。そう、辛うじてだ。

 全身を甲冑に身を包んでいるとはいったものの、その鎧は到るところが破損していた。

 左腕はとうの昔に欠損しており、右腕に至っては本来であれば第一関節としてあたる部分には“黒炎”が関節の代わりとしているのか、上腕と前腕を無理矢理に接着させている。

 恐らく、甲冑の中は“空っぽ”なのだろう。肉体の到るところが抜け落ちて、何とか“黒炎”で補っているような状態。何よりも頼りないものでありながら、その姿は悍ましく何よりも恐ろしい。

 

 進む度に、ナニかが欠けて。

 進む度に、ナニかで埋める。

 結果など見えている。どうあっても怪物は自滅し、息絶えることだろう。

 だがそれでも――――。

 

 

「――――」

 

 

 怪物は歩みを止めなかった。

 世界に存在するための肉体を、内部から崩壊させようとも、満足に石斧剣を握れずに引きずろうとも、両足の感覚がなくなろうとも、戸惑わずに歩みを進めていた。

 関係がないのだ。感覚がなくなろうが、痛覚が身体中を走ろうが、怪物には関係がなかった。まだ進めるのなら、足を動かすという機能が壊れていなければ、怪物は進み続ける。動けるのなら、誰よりも進み、何よりも先へ。

 

 そうやって怪物は進んできた。

 その過程でありとあらゆるモノを手に掛けた。

 この世界に跋扈するモンスター、行く手を遮る各階層のフロアボス、そして――――理解者と名乗る男とその配下達。

 人間性を捨てて、剣を振るい屍の山を積み重ねてきた。前に進むために、手を汚してでも、この身が汚物にまみれようとも、成さねばならない事があった。

 

 だがそれは、何だったか。

 どうして己は、剣を振るわなければならないのだったか――――。

 

 

「――――」

 

 

 そうして怪物は辿り着いた。

 目的地、空を飛ぶ鉄の島の最上部――――未踏の第百層へ怪物は足を踏み入れる。

 どうしてそこが最上部だとわかったのか、簡単な理由だった。上を見ると辛うじて見える、色彩が朧げで既に視力も満足に機能していないものの、微かに見える光。本物の空が、上空に広がっていた。

 

 空は夕闇に染まり、それ以上太陽が沈まることはなく停滞している。地面には舗装された白い石造りの道。その先には小さなアーチ状の石橋が向こう岸にかけられており、その橋の下には弱く水流が流れている。

 そして、石造りの道の両脇には花壇。様々な色合いの花が植えられて、計算し尽くされたような色彩。相反する華やかさと厳格さが、見事に融合されている。

 

 どこかの王宮の庭園を彷彿とさせる見事な花壇。

 しかし関係がないと、怪物は足を踏み出す。一歩踏み出す度に整った石道を砕き、一歩踏み出す度に“黒炎”が撒き散り花々を燃え上がらせる。

 

 天国のような光景から、地獄のような有様へ。

 怪物が進む度に、その光景は塗り替えられていく。

 行為に戸惑いなどない。倫理観も人間性も、怪物には必要がないモノなのだから。

 

 

 

 怪物は前を見据える。

 更に奥に。アーチ状に作られた石橋の先。更に奥へと、見つめる。

 来る者を威圧するかのような紅い建物。いいや、建物というよりもアレは城と分類したほうが正しいのかもしれない。あの城に入ることも難しければ、出ることも容易ではない。そんな印象を叩き込むには、充分過ぎる程の紅い城。

 見事な建築物とも言えるだろう。現実世界においても、彼に映っている景色は存在せず、空想の物語でも見れるかどうか、と言うほど絶佳な景色が広がっていた。

 

 それこそが――――紅玉宮。

 この世界で生きる人間にとって、もう一つの到達地点。

 

 怪物はその前に立つと、感慨もなく引きずっていた石斧剣をその門へ叩きつけた。

 粉々に砕け散る石造りの大扉。差し込む光を背に受けて、怪物は紅玉宮へと足を踏み入れる。

 

 それは存在した。

 怪物が見上げるほどの巨体、女性的と呼べるシルエットであるものの、感情などは全く感じさせない巨人。純白な上半身には紅玉が埋め込まれており、その両手には大剣と大矛が握られている。

 

 

「コイツ fava か」

 

 

 ノイズ混じりの声。

 それは怪物から発せられたものであり、呼応するように巨人――――アン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウスの眼に光が宿った。

 

 これこそ、目の前にいる存在こそ、怪物が倒すべき敵。斬り捨てるべき壁、壊さなければならない障害物。

 ならば斬る、ならば壊す、何もかもを粉砕する。それこそが怪物の目的、思い出すことも出来ない譲れないモノの為に、怪物は最後の力を振り絞り剣を握る。

 

 

「退けよ。テメェ gaxa がいると alpaaj アイツが fajaj 笑えない」

 

 

 全く畏怖しない怪物の発言を、挑発と捉えたのかアン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウスは行動に移していた。

 単純に己の力を誇示するように、片手に持つ大剣を振りかぶり、振り下ろす。それだけで終わる、小生意気な侵入者をそれだけで圧殺出来る。巨人にとって、この戦いはその程度のモノだ。己の住まう居住地に侵入した虫けらを踏み潰すだけの作業。

 戦いと称したが、巨人にとって闘争でもなかった。ただ目障りだから踏み潰す、ただそれだけのモノ。

 

 だが――――。

 

 

「――――――――っ!!!」

 

 

 目の前の怪物は、虫けらではなかった。

 何合か打ち合っても拮抗する膂力を持ち、恐怖心すら存在しないかのように巨人を肉薄していく。

 

 数十合、数百合、数千合。

 正確にどれほど打ち合ったのかわからないものの、巨人は漸く気が付いた。

 

 目の前の手負いの狂人は、本気で自分を殺す気でいるのだと――――。

 

 

「――――ッッ!」

 

 

 何をバカな、と否定するように巨人は雄叫びを上げて大剣を大戟を何度も振り下ろす。

 時に紙一重で防ぎ、時に皮一枚で避けて、時に真正面から打ち合う。それでも怪物は――――臆することなどなかった。

 

 巨人に恐怖などない。

 むしろしぶとい虫けらに嫌気が差し、苛立ちを募らせる。元よりこの戦いは無意味だ。たったの一人で挑み勝利するなど出来る筈がない程の溝と、圧倒的な戦力差が二体の間にはある。まともに戦った所で、巨人には――――アン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウスには勝てない。勝ち目が無いのにどうして抗うのか、巨人には理解も共感もできなかった。

 

 だらこそだろうか。

 早急に決着を付けるために、巨人は行動に移していた。

 

 雄叫びを上げると同時に、身体に埋め込まれていた紅玉が発光し、光が収束し怪物へと殺到した。

 ありとあらゆる方向から、角度から、包囲するするように、収束した力は流星となり襲いかかる。

 爆音、衝撃波は紅玉宮はおろか、アインクラッドそのものを揺るがした。それほどの大きな力を、虫けらと称した怪物に叩き込まれた。

 

 これで終わった、それだけで終わった。

 撒き散らされた戦塵に怪物は背を向ける。生きている筈がない、それだけの力を行使したのだ。これで生きているのなら――――。

 

 

「――――オイ」

 

 

 その者は――――

 

 

「何を gaga 勝鬨を waga 上げて gaga やがる―――!」

 

 

 ―――人間ではない。

 

 アン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウスが振り向いた頃には何もかもが遅かった。

 戦塵から突き破って推進する怪物は、黒炎を撒き散らしながら目の前の敵へと襲いかかった。その際、強固とも言える障壁が存在したのだが紙くずのように容易く突破されて、怪物は巨人の右腕に石斧剣を突き立てた。

 

 そしてノイズ混じりに一言。

 

 

「テメェに deaga 恨みはねぇ――――だから baoua 死ね」

「――――」

 

 

 ゾクリ、と巨人のナニかが寒気を感じ取った。

 このままでは本当に、本当に殺されるという純粋な恐怖が巨人に生まれた。

 そんなことありえない感情だ。ただの一人の人間に、小粒にも満たない小さな存在に、恐怖するなどありえない感情なのだ。

 

 だが感じてしまった。

 更に煽るように、怪物は巨人の片腕をなんと引き千切り、ありえない恐怖を加速させる。

 

 巨人は無我夢中で怪物を振り払う。

 怪物は壁に激突し、態勢を立て直そうとするも、そんな隙など与えなかった。

 ありとあらゆる力、己の用いる全ての暴力を総動員させて、正体不明の怪物を鏖殺する。

 

 残っている手に持つ大矛を乱雑に振るい、再び光を収束させて怪物に砲撃させて、砕かれた瓦礫を使い押しつぶす。

 その際、衝撃が辺りを叩き、紅玉宮は大きく揺れ、支えていた石柱は折られていく。

 

 しかし――――

 

 

「――――ッ……」

 

 

 それでも、それでも――――怪物は倒れなかった。

 面を埋め尽くす光の収束を受けても、その身に大矛が突き刺さろうとも、怪物は倒れなかった。

 倒れることを拒否するように、着実に前へ前へと、欠けた身体を“黒炎”で補いながらも確かな足取りで前へと進み続ける。

 

 ゾッと。

 アン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウスは悍ましいモノを見るように、恐怖に駆られて後ろに身を引く。

 それが怪物と巨人の明暗を分けることになった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 怪物の視界が明滅し始める。

 身体は思いの外軽い。身体の大部分が消し飛んでいるからだ、と怪物はぼんやりと分析していた。幸いといえるのだろうか、痛覚などは既に機能していなかった。

 そのおかげなのだろうか、身体が軽くなった分、歩みが早まり――――。

 

 

「――――」

 

 

 ――――アン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウスを殺すことが出来た。

 横たわる巨人を眼にしても、怪物は感慨もなくただ視線を移していた。達成感も虚無感も、徒労感もない。ただ何の感情もなく、見つめるのみである。

 欠片でもあった感情は、アン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウスを殺すために何もかもを犠牲にされていた――――。

 

 

「  君」

 

 

 ふと、何者かの声が怪物の耳に入った。

 誰かの名前なのだろうが、怪物には全く聞き覚えがないモノだ。それその声は、“聞いたことがない”声である。

 故に怪物は反応しなかった。自分ではないと思ったから、聞き流していた。だが――――。

 

 

「  君」

 

 

 何度かその名前が呼ばれる。

 視線を送ると、何者かがそこに立っていた。ぼんやりと見えるその人物は男なのだろうか。

 ただ見覚えがあった。フード付きの真紅のローブを纏った謎の人物に、怪物は見覚えがあった。

 

 それはいつの記憶だっただろうか。

 見覚えがない広場に集められて、何かを告げられて、そして自分を殺せばこの世界から抜け出せる。そんな事を告げたモノと、それはよく似ていた。

 ならば――――。

 

 

「――――」

 

 

 ――――殺す。

 怪物は一息に詰めると、文字通りその身体に石斧剣を突き立てた。

 躊躇もなければ、戸惑いも一切ない。迷いなく一息に刺突し、絶命させてみせた。

 

 かろうじて見えたローブの男の口元は悲痛に歪んだ形跡はない。

 だが一言だけ告げていた。―――――すまない、と。

 その瞬間――――。

 

 

             ――――ゲームはクリアされました――――

 

 そんなアナウンスが鳴り響いた。

 怪物はそれにさえ反応を示さない。己の獲物であった“石斧剣”にすらも、死闘を繰り広げたアン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウスにも、既に消えたローブの男にさえも意識を向けていなかった。

 

 もう一歩も動けない。

 一心不乱に前に進んでいた両足は何処にも動かなかった。

 既に目的は済ませた、進むべき場所へ到達した。ならばもう、歩みを進めることもない。

 だが思い出せない。譲れないものがあった筈だ、我慢が出来なかったナニかがあった筈だ、なのにどうして、自分は何のために、こんな姿になってでも、どうして自分は――――剣を振るってきたのか。

 

 

「  くんッ!」

 

 

 声が聞こえた。

 それは入り口から、少女の声。ローブの男と同じ名を呼ぶ声が聞こえた。

 ふと、そちらへ視線を向ける。

 

 三人の人影が会った。

 見たことがない一人は黒髪の少年、一人も見たことがない桃色の頭髪の少女、もう一人は――――見たことがある栗色の頭髪の少女。

 

 途端に、ギチギチと音を立てて第一関節の役割を補っていた黒炎が消失し、前腕が地に落ちる。

 それを皮切りに、ツギハギだらけの身体が、だましだましで動かしていた身体が、顕になっていく。兜は砕け散って、怪物の素顔が始めて世界に露出した。

 眼を役割をしていない眼球は濁っている、顔の半分は黒く削られて、辛うじて無事である半分の顔と金色の頭髪で、怪物が誰なのか判別できた。

 

 

「うそ……」

 

 

 ぺたん、と膝から栗色の少女は崩れ落ちた。

 眼を見開き信じられないモノを見るように、口元を震わせて、怪物を見ている。その眼に色濃くあるのは――――絶望。眼からは大粒の涙を流し、うわ言のように「うそ」と繰り返していた。

 

 

「いやよ、いやだよ、どうして くん。わたし、わたし」

「アスナッ……!」

 

 

 桃色の頭髪の少女が、抱きしめるも少女は怪物を真っ直ぐに見つめるしか出来なかった。

 

 

「そんなことをして、こんなことをして、俺達が……、喜ぶとッ……思ったのかよお前! 答えろ、答えろよ  ッ!」

 

 

 黒髪の少年の涙を流していた。

 ただその眼には悲しみだけではない、怒りも覗かせている。怪物の振る舞いが許せないのだろう。

 

 この三人が誰なのか、自分と関わり合いがあるのか、怪物には思い出すことが出来なかった。

 だがどういうわけか、彼女達にはそんな顔で、泣いていてほしくなかった。そんな顔を見るためじゃない、彼女達にはもっと笑っていてほしかった、なのにどうしてこうなってしまったのか。

 自分が剣を握ったのはそんな顔をさせるためじゃないのに、どうして――――。

 

 

 ――あぁ、そうか。

 

 

 そこで、漸く。

 自分の目的を、怪物は思い出す。

 戦ってほしくなかった、無茶をしてほしくなかった、傷ついてほしくなかった。それだけの願いだったのに、何を間違えてしまったのか。

 

 恐らく、最初からなのだろう。

 自分が彼女達が――――名前も思い出せない栗色の頭髪の少女に剣を握ってほしくなかったから、ここまでやって来た。それが間違いだったのだろう。

 話し合うことを拒否し、自分だけが傷つくことを良しとし楽な方へと逃げた、最初から選択肢を誤ってしまった。

 

 その結果がこれだ。

 また彼女を泣かせてしまった。

 

 彼女の身体が光の粒子に包まれる。

 それこそが現実世界へと帰還するための合図。仮想世界から抜け出す為の光である。

 

 

「いやだ……!」

 

 

 彼女は駆け出した。

 帰還することを拒否するように、怪物へと駆け寄る。

 涙を流しながら、震える声で、必死に仮想世界から消えることを抵抗しながら――――。

 

 

「いやだよ、こんなのいや! わたしは――――」

「――――明日奈」

 

 

 ポツリ、と怪物は呟いた。

 良かった、思い出すことが出来た。と怪物はただ安堵した。己の名前は最後まで思い出すことが出来なかったが、彼女の名前だけは思い出すことが出来た。

 

 彼女にはいつも世話になっていた。

 結城明日奈、それが怪物の光の象徴の名前――――。

 

 

「オレの我儘に、またオマエを泣かせた」

「そんなこといいよ、謝らないでよ。いやだよ、一緒に居てよ。これからも……」

「そう、だな」

 

 

 伸ばした手に応じないまま。

 怪物は口元に笑みを浮かべた。これから彼女が罪悪感に負けないように、これらかは笑って生き抜くことを願って怪物は、少年の笑みを浮かべて。

 

 

「悪いな明日奈。泣かすのは――――これで最後だ」

 

 

 彼女が叫ぶ。

 怪物の名を呼んで叫ぶ前に、世界は光に包まれた。

 

 

 

 世界中を震撼させたソードアート・オンラインはこれにて幕を閉じる。

 最終的な死亡者数は514名。その中には創造主たる茅場晶彦の名が連なり、一人の少年の名前も刻まれていた。

 

 前代未聞の犯罪者、茅場晶彦の甥である少年の名は――――茅場優希。

 

 

 




>>怪物
 アインクラッドの恐怖の成れの果て。もし、義妹に出会わなかったら、もしAIが現れなかったら、もし仲間達が追いつけなかったら。ありえた結末の一つ。
 自分の名前も、どうして剣を握っているのかも思い出せない。
 でも頭に過るのは一人の女の姿。何よりも守りたかった者、それは――――。

>>栗色の頭髪の少女
 幼馴染。

>>アン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウス
 本当のソードアート・オンライン第百層のフロアボス。
 劇場版のアイツ。

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