ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
一ヶ月くらいは更新しないな、思っていたらこのざま。感想とかメッセージを送って、兵隊のやる気を促した皆さんが悪いのです。兵隊は悪くない、モチベーションを上げさせた方が悪い。
え、なに? チョロい。自覚はある(ドヤ顔)
神羅さん、アリシア・アースライドさん、ムーパパさん、誤字報告ありがとうございました!
第1話 それから
――――辺りに、剣戟が鳴り響く。
緑の草原、街並みを見下ろせる丘で、俺達はぶつかり合っていた。
打ち合わせた剣の火花、真剣同士で相対する特有の雰囲気、圧し合う裂帛の気合。
何十合、何千合、数えるのすら忘れた攻防。もしかしたら気付いていないだけで、万は到達しているのかもしれない。
俺の両手には二振りの剣――――漆黒の直剣『エリュシデータ』と純白の直剣『ウェイトゥザトゥルー』が握られている。
対する“アイツ”は両手剣――――『アクセルワールド』を油断なく構えていた。
戦法は対照的。
手数で押す俺に対して、“アイツ”は一撃に重きを置いている。
多撃必倒の俺に対して、“アイツ”は一撃必殺。相手の仕掛けを見てから合わせる後の先である俺に対して、相手よりも先に仕掛ける先の先である“アイツ”。
何もかもが正反対で、喧嘩ばかりしていた俺達であるが、剣の打ち合いにかけては気があっているようだ。
“アイツ”は俺が動くよりも先に動き、それに俺が合わせてカウンターを入れようと剣を振るう。
しかし、仕留めたという確証は俺にはなかった。俺が皮一枚で避けた所で、紙一重で“アイツ”は防いでくる。
俺の予想通り。
「――――」
時に両手剣で、時に出鱈目な動きで、時に俺の剣を殴りつけて、“アイツ”は尽くを防いでみせた。
まったく全てが例外過ぎる。思わず苦笑を浮かべる俺は健全であると思う。
一度、聞いたことがある。
どうやってお前は、攻撃を防いだり避けたり出来るのか、と。
先読みをしているわけではない。ましてや攻撃パターンを読んでいるわけでもない。だからこそ気になった純粋な興味。
だが“アイツ”は何気なく言った。
――――勘――――と。
ありえない返答であった。
命と命のやり取りをしている状況において、自分の感覚を頼る剣士は少ない。
ましてやヒットポイントがなくなれば死に直結する現状において、そんな命知らずは存在しないだろう。
みんな死ぬのが嫌に決まっている。嫌だからこそ危険がないように行動し、行動しているからこそ第六感といった説明のつかない感覚には絶対に頼らない。
だが“アイツ”は頼った。
己の感覚を頼りに、今まで剣を振るってきた。その結果で何度も何度も死にかけるも、“アイツ”の感覚は研ぎ澄まされていった。
極限での命のやり取り、何度も死に追い込む死滅願望、あってはならないほどの自己犠牲の精神。常人では真似できない戦闘経験を積んだが故に、“アイツ”の直感はある種の『
現に、俺の剣を何度も防ぐ。見えていない筈なのに、俺の剣を殴りつけて無理矢理軌道を逸らすという無茶苦茶もやってのけている。
必殺を確信した攻撃が、“アイツ”には造作もなく皮一枚で防がれ避けられる。
それを何度も繰り返した。
少しでも気が抜けば斬られ、僅かでも“アイツ”が一息入れたものなら斬る。
そんな極限の勝負を俺達は行っていた。
飽きたことなど一度足りともない。
むしろ、俺は楽しかった。今まで鍛錬し、経験を積み、己の剣術を磨いてきた。それをぶつける相手が目の前にいる。それはとても幸福なことだろう。
ありとあらゆる手を使い、手練手管を屈指して、目の前の相手に勝ちたい。
もしかしたら、俺はこのために、己を高めてきたのかもしれない。
“アイツ”に勝つために、“アイツ”を超えるために、“アイツ”と並び立つために、俺は自分の腕を磨いてきたに違いない。
そうだ、デスゲームなど状況でしかなかった。“はじまりの英雄”などと持て囃されたところで、俺は何も変わらない子供のままだ。この世界から脱出するためにレベルを上げていたのも理由の一つだろう。だが根底にあるのはその程度の理由だ。簡単で、シンプルで、この状況下では不純であるもの。
全ては、目の前にいる男と、戦う為にあった――――。
『――? ――――!』
それは“アイツ”も同じ気持ちなのだろう。
何せ“アイツ”は――――笑っていた。普段は面倒くさそうに、仏頂面で、目付きが悪い“アイツ”が今では楽しそうに、獰猛に笑みを零している。
愉しいのだ。
俺と同じく、強さを比べることに心が踊り、気分が高揚しているのだ。きっと俺も、“アイツ”と同じ顔をしているのだろう。
“アイツ”と剣を打ち合うことが、強さを比べることが、ギリギリの勝負が、堪らなく楽しかった。
先程の“アイツ”の言葉は、残念ながら俺の耳には入ってこない。
そこまでの余裕が俺にはなかった。聴くくらいならそれ以上に剣で返し、神経を聴覚に回さずに他の器官へと集中していく。
“アイツ”の言葉は聴こえない。
長い付き合いだ、何度も喧嘩をしてきた仲だ、不本意であるが何となく言いたいことがわかる。
俺を挑発しているのだろう。
その程度か、と。
そんなものか、と。
“アイツ”は俺に発破をかけているのだろう。
この程度の筈がない、まだまだ俺はやれる。
何度目かの攻防で、幾度も繰り返してきた打ち合いに、漸く俺達は距離を開けた。
“アイツ”は構える。
両手に『アクセルワールド』を持ち、剣先を天に向かって、柄を顔の横に構える。
何度も眼にしてきた“アイツ”本来の型。一撃で何もかもを一切合切粉砕する必殺の構え。
「――――」
背筋が凍りつく。
冷や汗が流れるのを感じ取り、俺は素直に己の感情を認めた。
恐怖しているのだ。“アイツ”が構えるのと同時に、足が竦みあがり、両手に握っていた二振りを落としそうになる。
それでも、逃げるわけにはいかない。
真正面から“アイツ“に勝たないと意味なんてない。俺は自分を奮い立たせるために笑みを零す。
一泊の間が流れ、一陣の風が俺達の間に流れた。
――――合図はいらなかった――――。
同時に駆け出す。
最速で走破する俺。
最短で推進する“アイツ”。
自分の方が速い―――アイツは確信する。
俺の勝ちだ――――俺は理解する。
斬、という音が辺りを木霊する。
結果は――――――。
そこで、ふと目が覚めた。
目に入ったのは見慣れた天井。耳に入るのは聴き慣れた妹の自分を呼ぶ声。
ここは緑の草原でも、街並みを見下ろせる丘でもない。ましてや両手には剣なんてものは存在しない。
身体を起こして、寝ぼけながらぼんやりと辺りをを見渡す。
ここは現実世界における俺の家であり、この一室は俺の部屋だ。
六畳の部屋、床は天然木のフローリング、机にはパソコンとシンプル過ぎる家具に我ながら苦笑を浮かべる。
周囲を視線を這わせて、とある場所に眼が止まった。
立て掛け式のウォールラックの中段、古ぼけた濃紺のヘッドギア。数ヶ月前まで自身の頭に装着されていた悪魔の装置。それこそが――――『ナーヴギア』であった。
その存在が、教えてくれる。
この世界は現実であると。自分は現実世界へ帰還したことを、自分が『キリト』ではなく『桐ヶ谷和人』であると教えてくれた。そのおかげか、寝ぼけていた思考も徐々に鮮明になっていく。
先程見ていた自身の光景を夢であると片付けて、悔しそうに思わず呟いた。
「またアイツに、勝てなかったな……」
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起きた俺は、家の敷地内にある道場へ足を運んだ。
母屋の離れにある小さな道場。無駄に広い我が家の敷地の中に、ポツンと存在する道場は謎の存在感を醸し出していた。近所を見ても、道場がある家はうちだけだろうと自負している。
俺はただ道場へ足を運んだだけではない。動きやすいようにジャージに着替えて、右手には竹刀が握っていた。現実世界に帰還してからというもの、俺はこうして竹刀を握り昔にやっていた剣道をするようになっていた。
とはいっても、純粋な剣道ではない。むしろ真剣に剣道をやっている人間からしてみたら、俺のそれはあまりにもふざけているように見えることだろう。
何せ、本来の剣道の型は中段に構えるのが常識だ。
だが俺の構えは違う。右足を前に半身に構え、腰を落とし右手に持っている竹刀の剣先を床板に向ける。
審判がいれば叱られるあろう構え。正々堂々行う武道などとは程多い、実践を想定したモノ。あの世界にいたときのように――――真剣を手にしている気持ちで俺は竹刀を振るっていた。
それから何度も振るう。
本来であれば、竹刀を右手と左手に持ちたかったのだが、今の俺ではまだその領域には達していなかった。つまるところ、短時間でバテてしまいとてもではないが鍛錬にならない。
だからこそ一本で、何度も竹刀を振るう。
何度も眼にした“アイツ”のように、黙々と剣を素振りしていた“アイツ”のように、俺も竹刀を振るい続けた。
だが俺の素振りは“アイツ”とは違う。何が違うのかと言うのなら、心構えが違うのだ。
純粋に鍛錬を目的とする“アイツ”とは違い、俺は不純なものだ。確かに鍛錬としての目的もあるが、根本として俺は誤魔化しているのだ。今ある現実から、どうしようもない状況から、俺は逃げているだけに過ぎない。
だからこそ、夢の中で“アイツ”に負け続けるのだろう。
邪念なく空っぽにしないと、とてもではないが勝てる相手ではない。なのにもかかわらず、俺の心は邪念ばかり。
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ!」
そして俺は竹刀を振るう。
振り払うために、心に這い寄る不安感を斬るために、全力で俺は竹刀を振るい続けた。
流れる汗を拭うこともなく、ボタボタと汗が流れて床に落ちていく。
「よし、もう十本行くか」
なんてことはない。
これよりも多く、剣を振るうバカを見てきたのだ。あのバカに出来て俺に出来る筈がない。
再度俺は竹刀を構える。右腕に乳酸が貯まり、発火したように熱いが構うことはない――――。
「やりすぎだよ……」
道場の入り口から、呆れたような声が聞こえた。
見覚えがある顔だった。いいや、見覚えがあるなんてモノじゃない。一つ屋根の下で暮らしている、俺の妹であるスグ――――桐ヶ谷直葉が道場の入り口に立っていた。
身にまとっている白い道着と黒袴を見るに、これから稽古を始めることがわかる。
スグはやれやれ、と言った調子で首を横に振る。
その際に肩口で切りそろえた黒い髪が揺れ、太い眉をハの字にして困ったように笑みを零して言った。
「お兄ちゃん、どれくらいやってたの?」
「どれくらいって……」
壁に立てかけてある時計に目をやると、朝の八時を回っていた。
確か六時くらいに道場に篭っていたから――――。
「えーっと、二時間位?」
「それまでずっと竹刀振ってたの?」
うん、と俺は無言で頷いた。
それを見たスグは、ハァと深く深く、それはもう深いため息を吐いた。
「また剣道を始めてくれたのは嬉しいけどさー、お兄ちゃん頑張り過ぎだと思うな」
「そうか? って、ちょ――――!?」
そう言うと、スグは俺に向かって水が入ったペットボトルとタオルを同時に投げて寄越した。
俺が慌てるのも無理はないだろう。
順番に投げるならまだしも、同時とはいかなるものだろうか。正直な話し、試されているとしか思えないとお兄ちゃんは思うわけだが。
しかし反応できてしまう。
右手に持つ竹刀を落すことなく、左手でペットボトルを掴み、小指でタオルを引っ掛ける。
「コラ、同時に投げるヤツがいるか」
「ごめんごめん。でもさ、お兄ちゃんなら反応すると思って」
悪びれる様子もない妹に、ジト目で睨みつける俺は悪くないと思う。
とはいっても、目くじらを立てるモノでもない。これはスキンシップなものであり、俺達兄妹の悪巫山戯のようなものだ。
だからこそ、俺も反撃することにする。
「頑張りすぎって言うのなら、スグもだろ?」
「え?」
「遅くまでVRMMOやってた癖にさ。アルフヘイムのリーファだっけ?」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
慌てるスグを見て、俺は笑みが溢れる。我が妹ながら、本当にいじりがいがあるというものだ。ここまで求めていたリアクションをしてくれるとは思わなかった。
そう。
スグはVRMMOに現在どっぷりハマっている。
俺の記憶では、そういうことには全く興味がなかった筈なのだが、どういうわけかスグは夢中になっていた。理由を聞いても教えてくれない辺り、それほど重大な理由なのだろう。
少しだけ恥ずかしそうに口を尖らせて、スグは小さく抗議する。
「リアルで名前出さないでよ。何か恥ずかしい……」
「ハハッ、悪い悪い」
そう言うと俺は投げられたタオルで汗を拭くと、竹刀を壁に立てかけて、素直な感想をスグに呟く。
「でもさ、リーファってプレイヤーネームも可愛いし、別に恥ずかしがることじゃないと思うけどな」
「もう、お兄ちゃん!」
むーっと膨れっ面になるスグを見て、俺は思わず苦笑を浮かべる。これ以上は拗ねる、俺の今までの経験が告げていた。
今ではこうして、VRMMOの話題を気軽に言い合えるが、最初はそうではなかった。
スグとしても、俺に気を使っていたのだろう。何せ自分の兄はそのVRMMOに囚われたのだ。そんな自分が今では夢中になっており、それを話題にするのは無神経過ぎると考えていたのだろう。
ホント、優しい奴だと思う。
確かに辛いことも、苦しいことも、投げ出したいこともあった。
それでもあの世界はそれだけではなかった。だが等しく楽しいこともあったし、何よりもかけがえのない仲間達にも出会えることが出来た。
あの世界を経験し、今の俺がある。それを『嫌な思い出』と一言で片付けたくないし、したくもない。
そこまで考えて、俺は膨れっ面で剥れている妹に近付いて、頭を撫でる。
んっ、と目を細めるスグ。本当にコイツは頭を撫でられるのが好きだな、と思いつつ何気なく俺は言う。
「しかし、アルフヘイムオンラインだっけ? 面白いのか?」
「アル“ヴ”ヘイム・オンラインだよ」
「それそれ。それで面白いの?」
「んー、面白いと思うよ? 飛んだり出来るし」
「飛ぶ?」
イマイチ要領を得ない俺は、思わず首を傾げた。
飛ぶとはどういうことだろう。そのまんまの意味なのか、何かしらの比喩なのか。
ゲーマーとして気になるし、興味が無いと言えば嘘になる。だがソフトを買って、俺も始めようとは思えなかった。
原因は、わかっている。
スグは顔を笑顔に変えて俺に向ける。
言いたいことは何となく分かっていた。
「ねぇ、お兄ちゃんもやってみない?」
「―――――」
別にVRMMOを恐れているというわけでもない。
現在『ナーヴギア』の後継機として販売されている『アミュスフィア』を使えば、簡単に手軽にプレイ出来ることだろう。
仮想世界に閉じ込められる心配もない。安全面を改修し、強化したのが『アミュスフィア』だ。これまでに『ナーヴギア』のように脳が焼けきり死亡したというニュースはない。
恐怖と隣り合わせだった状況とは違い、それはもう楽しく俺が本来味わいたかったVRMMOを気兼ねなく楽しめることだろう。
だが――――。
「――――いいや、俺はいいかな」
「あっ」
やんわりと首を横に振った俺を見て、スグは何かを察したように両手を口に当てる。
まいった。そんなつもりはなかったのだが、気を使わせてしまった。
案の定、スグは気不味そうに慌てて。
「ご、ごめんお兄ちゃん。あたし……」
「いいんだ、スグは悪くない。誰も、悪くないんだ……」
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あれから俺は、スグと軽く試合をして、シャワーを浴びて自転車を漕いでいた。
気分転換に趣味であるサイクリングを楽しんでいる、と言うわけではない。目的があり、その場所を向かうために、俺は自転車に乗っている。
目的地まで、片道十五キロ。
往復をすることを考えても、結構な距離である。
最初は酷いものだった。片道だけでヘバってしまい、帰り道を走る頃には毎度疲れ果ててしまい、夜にはグッスリと眠りに落ちる。文面だけで言えば、かなり健康的な生活を送っている。だが数ヶ月前までは寝たきりの生活を送っていた身としては、かなり無茶をしているし、その自覚はある。
今となっては軽快なものだ。
リハビリがてら新調したマウンテンバイクのペダルを苦もなく回す。もしかしたら、寝たきりになる前よりも筋力がついているのかもしれない。ネットゲーム三昧だった頃に比べると、だいぶ体力も上がっている。
それでも。
「暑いな……」
ぼんやりと呟いて、ジリジリと照らされる日を睨みつける。
筋力もついた、体力も上がっている、健康的な生活を送っているつもりだ。それでも、暑さには勝てそうにない。
これでもかと降り注ぐ日光に対して、俺は為す術なくその身を晒していた。
どうやら今日は猛暑日というやつらしい。
すれ違う人を見ても、全員うんざりするように歩いている。全員が薄着で、なるべく日陰の中を歩こうと努力している人もいる。
俺が出来ることと言えば、なるべく早めに目的地に到着できるように必死にペダルを回すのみである。
悪態をついたところで変わらない、太陽を睨みつけた所で気温が下がるわけでもない。だったら足掻くしかない、この状況をなんとかしようと努力するしかないのだ。
そうして、俺は辿り着いた。
目的となる場所は広大だ。都内と比較しても、いいやもしかしたら日本中を探しても、ここまで広い敷地を有する機関はないかもしれない。
そう思わせる駐車場の片隅に、俺は自転車を止めてその建物へ向かう。
目指していた場所は何か。俺の目的地、巨大な建物、埼玉県所沢市の郊外にある高度医療機関、つまるところの――――病院である。
通院しているわけではない。
身体には何も異常はないし、病気を患わっているわけでもなかった。それでも俺はこの病院に用があった。
一階にロビーに向かう。
受付で通行パスを発行しても並ばなければならないのだが、どうもまだ慣れそうにない。まるで高級ホテルのような受付、言ってしまえば俺は気後れしまっている。圧倒されていると言っても良い。
それも仕方ないだろう。ブルジョア出身ならまだしも、俺は何処にでもいる小市民だ。そんなどこにでもいる男に、慣れろというのが酷な話ではなかろうか?
受付で通行パスを発行してもらった俺は、エレベーターに乗る。
そして数秒で、最上階である十八階に到達した。あの世界でも拠点していたのは第十八階層だった、そして今回も十八階。もしかしたら何かジンクスでもあるのだろうか、と俺は下らないことを考えながら扉の前に立つ。
病室の主たるネームプレートを見やる。
それは二人の名前も文字が刻まれていた。
口元をギュッと閉じて、俺は何かを期待していた。
もしかしたら起きているかもしれない、もしかしたら二人は談笑し合っているかもしれない。取り留めのない会話をして、入ってきた俺に気付き、一人は笑顔で出迎えてくれて、一人は悪態をつきながら応じてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を懐きながら、俺はドアをスライドした。
そんな期待は――――。
「―――――」
見事に打ち砕かれることになる。
誰もいない病室、今も起きそうな顔で寝ている二人の存在、二台のベッドにそれぞれに身を預けている二人。
どうしようもない現実を、俺は受け止めるしかなかった。
奇跡など訪れない。願った所で叶うはずもなく、二人が起きるはずがないのだ。
不甲斐ない。何も出来ない現実を認めたくなくて、誤魔化すように俺は辺りを見渡して。
「今日は俺が一番乗りか」
かなりの頻度で見かける“アイツ”の後輩の姿がいないことを確認すると、虚しく独り言を呟いた。
「嘘つきめ、何がオレには帰りを待っている人間はいないだ。いるじゃないか、お前にも待っている人達が」
今も寝ている金髪の男に、向けて吐き出されたことだった。
それが幼馴染の家族であり。
それが朝田という彼の後輩であり。
それが行きつけの店長の家族であり。
それが“アイツ”の義妹であり。
確かに“アイツ”を待っている人達は存在した。きっと“アイツ”は何も見えていなかったのだろう。何も見えていないくせに、自分の命を投げ出して無茶をし続けたのだろう。
前しか見てないから、他のことには眼がいかないんだ。
「こんなバカが幼馴染で苦労するな?」
今度は“アイツ”の隣のベットで寝ている女の子へと話を振る。
あの世界でこんな事を言えば、彼女は困ったように笑みを零し、“アイツ”は俺に喧嘩を吹っかけてきていただろう。
だが今はそんなことはなかった。俺の独り言は虚しく、誰も反応すらしない。
「また来たよ、アスナ」
寝ている一人の少女――――結城明日奈に話しかけて。
「お前は帰れっていうかもしれないけどな」
寝ている一人の男――――茅場優希に話しかける。
邪念があったのも、スグの誘いを断ったのもこれが理由だ。
まだ終わってない。俺達の戦いは、まだ終わってないのだ。
俺達のソードアート・オンラインは――――まだ、終わっていなかった――――。
2024年8月15日 AM11:51
埼玉県所沢市 病院 アスナとユーキの病室
>>桐ヶ谷和人
原作主人公。夢の中で“アイツ”に負け越している。
趣味はサイクリングと結構アクティブ。でもネトゲー大好き。そしてイケメン。なにこのハイスペック。原作主人公は格が違った。シスコンではない。
>>桐ケ谷直葉
妹。中々の戦闘力を持っている(おっぱい的な意味で)。将来有望株筆頭。
兄よろしく、いつの間にかネトゲーにハマっていた娘。
時々それをお兄ちゃんにからかわれて恥ずかしいものの、悪い気はしない。そんな複雑な乙女心と思春期を迎えている。
お兄ちゃん?大好きですけど何か?
>>結城明日奈
幼馴染
>>茅場優希
“アイツ”
>>夢の中の“アイツ”
凄い強い。かなり強い。べらぼうに強い。なまら強い。
戦闘力もオリジナルよりも強くなっている感がある。数々の伝説を作る。
・子供は小便で雪に名前を書くが、“アイツ”は小便でコンクリートに名前を彫る。
・“アイツ”のピースサインは、「あと二秒で殺す」の意味。
・“アイツ”は時計をしない。彼が今、何時何分か決めるのだ。
・アメリカ合衆国の主な死因は 1.心臓病 2.“アイツ” 3.癌 である。
・“アイツ”の動くスピードは二種類。 1.歩く 2.殺す
・“アイツ”はコードレス電話でも人を絞め殺すことができる。
・“アイツ”は以前、無限まで数を数えたことがある。 しかも2回。
・毎晩、ブギーマンは寝る前に自宅のクローゼットに“アイツ”がいないかチェックする。
・“アイツ”は火星に行った事がある。火星に生物反応がないのがその証拠。
・“アイツ”は10年前すでに死んでいるのだが、お迎え人がそのことを告げる勇気を持ち合わせていない。
・生まれた赤ちゃんが泣くのは、この世に“アイツ”が居ることを知っているから。
・グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ。この三つに勝てるのは“アイツ”。 etc
これには“アイツ”も苦笑い。