流星のロックマンS 未来からの守護嫁-セイバーブライド - 作:マスターベーコン
第一話 スバルのお嫁さん ◆挿絵あり
スバルは宇宙葬だった、と彼の妻は語った。スバルは志半ばで亡くなったのだ、と嘆くその横顔は、まだ幼く少女のものだった。
寂しさが積もり積もったある日、幼な妻は一大決心をするに至った。
「僕、あの人を……スバルを取り戻すっ!」
勢いよく屋敷を飛び出した未亡人であった。策もなく、当てもなく、着の身着のまま冬の冷たい夜空の下、摩天楼の明かりとは逆の方へ走り出した。星空の方へ、走る。スバルがいそうな気がしたから、それだけの理由で。
その後、彼女の姿を見た者は誰一人としていなかったという。
◆ ◆ ◆
ある日。
桜の花びらでピンク色に染まった通学路にて、スバルは涙をこらえる幼女を発見した。どうしたの? と事情を尋ねれば、その子は目を潤ませたまま、悲しげに空を指差したのだった。
小さな指の先、半透明の黄色い細長い道が浮かんでおり……、そこで猫がにゃあにゃあと不安げに鳴いていた。猫は桜の木を伝って空の道に上ったものの、降りられなくなっていたのである。
にゃにゃあ~んと毛玉のように丸まった猫が鳴き、さらーっと風が吹く。桜吹雪の中、幼女はくすんと涙を落とした。
「お兄ちゃん、ミイちゃんがね、ウェーブロードから降りられなくなっちゃったの……」
「ミイちゃん、それは君のペットかい? ああ、いるねえ。とても可愛い子猫ちゃんだ。ねえロック、これは放っておけないよ」
可愛い幼女の眼差しと、どこかエッチな猫の震え声。義勇にかられたスバルは、制服ズボンのポッケから携帯端末を取り出した。
幼女が猫をペットとして飼っているのと同じように、スバルもまた携帯端末の中にペットを飼っていた。彼らはいわゆる電脳ペットというもので、この世界の人間にとって愉快なパートナーであった。
ただスバルの場合、おおよそペットとは呼べない異形の化け物を飼い慣らしている。携帯端末から、電脳の底から化け物の呻き声が響いた。
『にゃむにゃむごろにゃんにゃん……っと、起きちまったぜスバルさんよう。はあ、お前は今、そこのガキを助けようと俺に声をかけたんだ……。分かるか? お前は俺を便利な召使いか何かだと思っているんだ!』
化け物の大声に、ひゃあっ! と、幼女の声がひっくり返った。彼女はスバルの後ろに隠れて、「お兄ちゃんのペットは気持ち悪いー!」と訴える。
怯える幼女の視線の先には、携帯端末から空中に投影されたモニターが浮かび、獅子や虎すらも霞む化け物が映っていた。そして優れた科学は、化け物の存在をモニターから現実へと押し出すに至る。窓枠がピカリと輝けば、青い体で緑の毛並の化け物が幼女の目の前に飛び出したのだ。
けだものの気配に、まずミイちゃんがビクッと毛を逆立たせ、やがて弱々しく怯えた様子となった……。
幼女の悲鳴にもまた凄みが増し、ぺたりと尻餅をついて号泣する始末。泣きじゃくる幼女の頭に、薄い花びらがよろよろと落ちて、留まった。
「あっ……わあ……! ば、化け物! うう、うえぇん! 気持ち悪~い! 食べられちゃうよう、ミイちゃんが~!」
化け物は表情を呈さず、そっと目を閉じた。
「スバルが俺の睡眠を邪魔するからな。……この泣き声、やってられないぜ」
スバルは幼女の頭をよしよしと撫で、制服のネクタイを整え、ため息混じりに化け物に目をやる。身の丈二メートルは越えようかというそいつを見上げ、
「あのさあ、そんなこと言わずに、ミイちゃんを助けてあげてよ。僕は空を飛べないんだ。でも君は違うだろう?」
化け物は肉食動物のようであり、幽霊のようであり、そのため後ろ足がなく、空中に浮遊していた。
スバルの期待の眼差しに、化け物はずいっと顔を寄せ、はあ~と息を漏らした。大きな手で彼の頭をすっぽり包み、俺は召使いなのかあ? と、ぐーるぐーるかき回す。
「俺はなんでガキに泣かれていると思う? 化け物が人助けなんてするんじゃねーって神様が言ってんじゃないのか」
これは拗ねたのだな、とスバルは察していた。特に反感を示さずに、頭を回されながらで見つめ返す。
「君は見た目が刺激的だから。でも僕は君の中身、そう優しさを知っている。そうだよ、僕の信じる君はここでミイちゃんを助けちゃうんだ!」
スバルは本心を述べて、ニコッと笑顔を浮かべた。すると幼女もひょこりと顔を出して、恐る恐る化け物を見つめた。
涙目の幼女に睨まれて、化け物はポリポリと頬をかく。幼女にそっと近づき、頭に乗った桜の花びらへ、ふう~と息を吹きかけた。そして大きな手で、ごし、ごしと幼女の頭を撫でたのだった。
幼女がくすぐったそうに目をつむると、さわさわと桜の木が風になびいた。
「スバルの笑顔に免じて、ミイちゃんは助けてやる。おうガキ、お前はこのウォーロック様に感謝しないといけないぜ。分かったか?」
「う、う……わ、分かった……」
「ロック、君は最高の友達だと誇りに思う」
よせやい、と鼻をこすったウォーロック。たちまち彼は幽霊のようにふわりと空へ飛びあがって、ミイちゃんを救出した。猫は最初こそ警戒したものの、やがて彼のたくましい腕の中でゴロゴロと甘えた声で鳴き始める。その光景に、幼女はようやく笑顔となった。
幼女に抱きつかれたウォーロックと、それを微笑ましく見つめるスバル。お人よしの彼ららしい光景だった。
ただしこの出来事が原因で、中学の入学式にスバルは遅刻してしまうことに。桜並木の向こうからピンクの風に乗り、予鈴がひっそりと鳴っていた。
◆ ◆ ◆
数時間後。
教室の隅で、スバルは孤独を味わっていた。
ミイちゃんを助けた後、トラブルが続いた。お産の妊婦、ひったくりに遭遇した美女、そしてロードローラーに轢かれそうになった老婆。事件の数々は彼の歩みをことごとく止めたのだった。そのため、教室入りした時にはもうお昼過ぎ。すでに形成され始めたグループの輪に溶け込むこともできず、彼は教室の隅でパンをかじるに甘んじていた。
シュッシュッ、シュシュ。
むにゃむにゃ……。
シュッシュッ、シュシュー。
と、パン片手に携帯端末をいじるスバルは教室内においてあってないようなもの。周囲の和気あいあいといとした耐え難い空気に、彼はトイレへの避難すら考え始めていた。
ウォーロックがやれやれと呆れ顔を浮かべる。
『シュッシュ、シュッシュと、忙しい男だよなあスバルさんよう……』
「中学生になるとだね。デビューに失敗するやつが出てくるんだ。それが僕、星河スバルだから悲しいものだよ」
『ゴン太ともキザマロとも別のクラスになってしまったのは残念だったな』
「彼らはいい友人だった。いなくなって初めて分かるこのありがたさ! さてロック、僕はトイレでご飯を食べようと思うんだけど……」
『リアルウェーブ便所飯か? バカかお前、やめとけ。たとえばお前、極太カレーを食っていたとする。そんなところに流し忘れたお土産を目の当たりにしてみろ。ゾッとするだろう?』
「うおっ、ゾッとした……ならばロック、僕はどうしたらいいのだろう?」
『普通に仲間に入れて~って言えばいいんだ。それにお前、ゴン太やキザマロはいないにしても、委員長やミソラというガールフレンドは同じクラスなわけだろう?』
「ダメ……君は分かっていないねえ。僕たち人間を」
あまりの辛さにスバルは肩を抱いた。寂しげに金髪の色白少女と愛らしい赤髪の女の子へ目をやるも、すぐに恐れ多いと視線を外す。
このクラスにはグループの格があった。ウォーロックの言う、ガールフレンドたちは女子カースト内においてトップの位置に存在していた。
窓際で机を寄せ合ったグループは紛れもない美少女の集まりであり、窓から注ぐ日光だけでは説明できない輝きを辺りに振りまいていた。底辺カーストは視線すら送るのもためらわれ、唯一かかわれるのはイケメンが集まる男子グループのみだった。スバルが彼女らとかかわりあいになることを、この教室の空気は許していなかった。
「ロック、君は知らないんだ。中学生において、男女間の距離感がとてもシビアだということに」
『ほう、語るじゃねえか』
「分かるかい、君? スクールカーストというのは恐ろしい。やっていいことと悪いことがあるんだよ」
『テメエには、たまに驚かされる俺がいる……なあスバル、お前は可哀そうだぜ』
「聞けよ。もしも僕が彼女らの輪に入れてと頼めば、彼女らは喜んで受け入れてくれるだろう。しかしそれは同時に、この場にいる男子との友情を切り捨てるということになる」
『俺はなあスバル、前から思っていたんだけど、考えすぎなんだよ。バカかテメエ』
「だから聞けって。クラスでも美少女とされる彼女らと下手にかかわってみろ! 僕は……恐ろしい目に遭うんだ。きっと……!」
『やれやれだぜ……。まったく付き合ってられん、俺はちょっと散歩に行ってくる。帰ってくるまでの間に友達の一人でも作っておくんだな。中学デビューだったか? せいぜい頑張れよ』
アホ! と一喝したウォーロックが携帯端末の画面をシュッとすると、モニターに切り傷がついてしまった……。
立ち去ろうとする相棒に、迷子の子供みたいな表情をスバルは浮かべた。
「え? あっ、ロック……待ってよ、行かないで……っ! ごめん、今までの言い方は謝る。だから僕を一人にしないで」
寂しい! とスバルは泣きついたけれど、ウォーロックはひゅるるーと教室の外に飛んでいってしまった。すぐに空と春の日差しに溶けて、彼は見えなくなる。
真の孤独となりスバルは、より教室の隅に逃れたものの、間が持たない。小さく背中を丸めて座り込み、石になろうと努めるけれど、無理な話だった。こう、一人の世界になって集中を高めるとだ、床の埃やゴミがやたら目に留まり、惨めな気持ちになる。
と、そろそろ教室から出ていこうとしたところ。
「ほーしーかーわー君っ! ねえねえ、僕と一緒にお昼しない、ねーえー?」
とつぜん声を掛けられて、スバルは恐る恐る顔を上げた。すぐ後ろでカーテンがふわりと揺れたところ、スバルの世界にも開放的な風が吹き込むようだった。
そこには美少女がいた。いや、制服がズボンなので男だろうか。ただ、肌がとても白くて、唇が艶っぽくて……目もパッチリしていて、髪も肩までは伸びていて――
と、スバルは瞬目のうち我を忘れたものの、すぐに眉をひそめた。ゆっくり立ち上がると身を退き、近寄りがたい美少年から距離を置く。これはイケメングループの主要構成員だ! と、草食系の彼は瞬時に理解したのであった。
しかし少年はスバルを逃がすまいと、ズイッと歩み寄った。細くて折れそうな、そして柔らかそうな手を伸ばし、スバルの胸に優しく当てる。くすぐるように小さく円を描き、なで、なで。さらに天使のような頬笑みをたたえた。感激に潤んだ目はきらきらと日光を照り返し、頬だってぽうっと赤くなり……。
これは狂気! と感じ、スバルは一歩後退った。
対して少年はピョンッと跳ねて、スバルの鼻先にちょこんと可愛らしい鼻をつっつけた。その距離はとても近く、吐息は甘い香りを伴って、スバルの唇を湿らせた。愛らしい舌先で、頬のパンくずを舐めとったりもする。
スバルは思わず、ひやぁん、と変な声を出してしまった。
「あひゃんっ。あ、あの……へ、変態ですか?」
「あーん、スバル君のほっぺ、おーいしっ。そして君の鼓動を感じて、頭がポーッとしてるよぅ……」
「まさか僕を狙って? や……やめろ!」
「でも体は正直で、君はドキドキしてる。ああスバル、君の胸の高鳴りを今、僕が独り占めしているよ」
「ち、違う! ……こ、このドキドキは、知らない人と話す時に感じてしまう不快な緊張なんだよ!」
「それは残念。だけどね、こっちは気持ちがいいんだよ。ほら……っ?」
グイッと手を取られ、少年の胸に手を当てさせられたスバル。むっにゅうう、と手に柔らかい物を感じて、ギョッとした。そしてドキドキとした少年の胸の鼓動をしっかりと感じてしまった。
名状しがたい未知の感触に、言葉を失いさらに後退。
異常な気配に、クラス全員がザワザワと見守り始める。男装の彼女は、クラスメイトへ見せつけるかのように身を寄せ、スバルの耳元でささやいた。
「分かるかい? 僕はねえ、女の子だったんだ」
「ひ、ひどいいたずらっ子だよ君は……」
「ああ、スバル君……ねえ、スバルって呼んでもいい?」
「ぐ、ぐいぐい来る……っ。でも、親しくなりたいなら、まずはそっちから名乗れよ! 僕はなあ、母さんにそう教えてもらってんだ」
「あ、そうだね、ごめんね。僕は、狭間(はざま)キララ。よろしくねっ、ぺろっ」
自己紹介と共に耳の穴を舐められる、それはスバルにとって初めての経験だった。母さんにもやられたことないのに! と喪失感に襲われる。
「へ、へ、変態だー……。う、うわああ! わわ、それにどさくさに紛れて――触っている!」
いつの間にか――腕を回されていた! ハッとし、キララと名乗る少女の腕を振り払う。胸にたっぷりとあった柔らかい感触を思い出し、スバルの足はよたよたともつれた。そして彼はクラス中から向けられる奇異や好色の眼差しに耐え切れずに、這い這いの体でその場を後にした。
屋上まで逃げ延びて、肩で息をしながらスバルは打ち震えた。耳にねっちょり付着した唾液が風に触れ、ひんやりとする。知れず、ぶるるっと体が震えた。
「はあ、はあ……お、女の子だった……! はあ、はあ…………女の子なのに、男の子の格好をして……はあ……それがとても可愛くて……柔らかくて……はあ……僕は……はあっ、はあ……っ」
「おーい、どうしたー。変態みたいに、はあはあ言いやがって。俺は友達を作れと言ったはずだぜー?」
ウォーロックが空から飛んできて、怪しげに喘いでいたスバルに対してアホ! と見下ろした。
スバルは手すりまでよろよろと歩み寄り、もたれかかった。そして人差し指を一本立てたところで、その意味を思い改め、立てたのは小指。
「だからさ、作ったんだよ友達。だけどロック、僕はどうやらその子に耳の穴に舌を突っ込まれるほど愛されてるらしいんだ。これってさあ……恋?」
「恋? ワーハッハッ! そうか、青春の一ページが開かれちまったわけだ。……お、さっそくペロペロちゃんがやって来たようだぜ!」
ウォーロックがおらよ、と顎をしゃくった先、ちょうど男装の少女であるキララが屋上に転がり込んだところだった。
可愛らしいお弁当箱を二つ、大事そうに手に持っていて……つまり彼女はスバルの分まで愛の弁当をこしらえていたということ。口元をきゅっと上げて、頬がぷにいと膨らんで、まるで幸せが溜まっているよう。
「あの子、気持ち悪いぞ……っ」
スバルは頭を抱えしゃがみ、死にかけた犬のように身を縮ませた。ぶるぶる、ぶるぶる。
ウォーロックもまた、あんぐりと口を開け、驚きをあらわにした。
「おいおい、よく見りゃ男の格好してるじゃないか。スバル、まさかホモ相手に……恋を!?」
「ち、違うよ。それに話は後! とにかく今は変身して逃げないと!」
「電波変換か? ちっ、仕方ねえ……ホモは俺たちの敵だもんな!」
キララはなおも近寄って来ていた。タイルの上、かつんかつんと足音を立てて。
バタバタと風に煽られた髪の間から覗く瞳、赤いそれはじっとスバルだけを見つめる。まるで獲物を狙うフクロウのように眼光鋭く、または星のようなきらめきを見せていた。それなのにしっとりした唇は、少女のように小さくて可愛らしく、そこから出てくる台詞も甲斐甲斐しくて……。
「スーバルッ。一緒にお弁当を食べようようっ! 僕、作ってきたの! いっぱいさ、頑張ったんだよ……?」
「お、恐ろしい愛の周波数を感じやがる……! スバル、準備しろ」
「う、うん……」
手すりを頼りに立ち上がり、スバルは携帯端末を天高く掲げた。そして光に包まれて変身……完了! 青い人影があらわとなる。
ロックマンと呼ばれるスーパーヒーローに変身したスバルは、ウェーブロードへと脱兎のごとく飛び上がった。
ウェーブロードまで逃げれば、さすがに追ってこないだろう……と、ロックマンは中学校の方へ振り返った。雲の上まで上ったのはやり過ぎか、と自嘲する。
「ふう、とんでもない人に狙われたもんだ」
『貴重な人材だったな。しかしスバルよ。どうしてあんな弾ける変態と知り合いになったんだ?』
「そ、それが分からないんだよ。突然、僕を襲ってきたんだ。……あ、でも、あのお弁当、ちょっと美味しそうだったな……」
『あいつはいい嫁になる。男なのが惜しいくらいだな』
「いや、あの子は男装してる女の子だ。普通にしてたら大した可愛さなのに、残念だよ」
『男装……つまり指向性のある変態ってことか。もしかしてお前、男装の麗人が趣味だって思われてるんじゃないか? ほら、この間だって委員長とミソラに男装してもらってたしな』
「あ、あれはそういう意味じゃなくてだね、ただ純粋にマンネリ化した僕たちの関係に新しき風を――って、それとこれとは話が違うだろう!」
『小学生のスバルは純粋だったのになあ~クックック……。まあいいや、スバルは男装の麗人が趣味っと、メモメモ』
「何をメモしてるのさ?」
『委員長とミソラのペットたちに一部始終を伝言しようと思ってな。ついでに、スバルは変態愛妻弁当に興味ありっと、メモメモ』
「あっ、バカ、余計なことするなよな!」
と、ロックマンが傍らの相棒を小突き、ふんっとそっぽを向いたところ。彼の表情はやがて、背筋から伝わってきた怖気のまま冷えていった。なんと視線の先に、いた!
最初は青空に漂うゴミのようだったが、違う。ウェーブロードの向こうから、人影が滑るように近づいてきていた。
そのスピードは速く、みるみるうちに人影の詳細な姿かたちを呈するに至った。まず髪の毛は紫色に近く、ヘルメットは赤紫色で、バイザーはまた同じ色。左腕にはロックマン同様、ごてごてとした射撃用の兵器が装着されていた。言うなれば、女性ロックマン。
「き、来たっ……!」
『俺も目の前の光景に息を呑んでいるところだぜ』
「まさか変身できるなんて……あの子、何者?」
『俺が知るか! しかしあいつも変身してきたんだから、それなりの出迎え方をしてやらんとなあっ!』
血気盛んな相棒に乗せられ、ロックマンはバスターを構えた。
やがて距離を詰め切られ、目の前で紫色のロックマンが立ち止まる。その顔は忘れもしない、ついさっき見た愛らしいキララのものと一致していた。
左腕はバスターで、右腕にはお弁当が相変わらず大事そうに抱えられていた。彼女は曲線的な腰元から伸びるすらりとした足で、一歩、一歩と、歩み寄ってきた……。
空の道であるウェーブロード、二人の間に邪魔者はいなかった。隔離空間であり、ここで何が起きようとも二人っきりの秘密になる。
ロックマンは息を殺し、彼女の様子をうかがった。こいつは狂気におぼれたキチガイなのか? それともただ不器用な愛情を注ぐ愛すべき友人なのか!? と必死に探る。隣のウォーロックはジャラリ、ジャラリと爪を研いで、彼の思考を邪魔していた。
じりっと詰め寄った彼女は、ピンクで愛らしいお弁当箱を差し出した。
「んもう、逃げないでよね。もしかして僕のこと嫌いだったりする? でもね、僕は君のことが大好きなんだ。胸がキュンってしてる。僕の愛した君と出会えた! ああ、スバルゥ~」
『こいつは重症だな。こういうキチガイは半殺しにして、動けなくなったところを縛り上げるしかない』
「それはさすがに可哀そうだよ……。えーと君、そうキララちゃん。僕は君とお友達になりたいけれど、もしかしたら僕のストーカーな君だ。ロックマンを真似してくるとは熱心すぎるもの」
ペロペロを思い出して、ぶるるっと身震いしたところ、紫色のロックマンが自分の姿を見せ付けるように、くるりと一回転した。ポニーテールのような紫髪が楽しげに揺れる。
少し、いい匂いがしたなあ、とロックマンは鼻先をこすった。ふいに胸の高鳴りを感じているのに気づき、自己嫌悪。
ただ自らを苛めるほどに、女の子ロックマンの笑顔は愛らしく迫る。あげく子猫のミイちゃんのようなエッチさすら孕む、甘えた声でささやくのだった。
「ほら、僕もロックマンなんだ。どう、似合っているでしょう? でもさあ、スバルゥ……ロックマンって、エッチな格好してるよね。ね~え、僕のことどう見えている?」
「エ、エッチな格好……?」
『小学生だから許される格好ってあるだろう。そりゃあ今でこそ肉付きのあるケツがいい塩梅だが、いずれはロックマンスーツから毛が飛び出したりする……』
「毛……!?」
『アシッド・エースは飛び出してたぜ、毛』
「……そういえば……飛び出してた……じゃあ、オックス・ファイアは?」
『負けたな、スバル』
「負けた……じゃ、じゃあ! ハープ・ノートは?」
『そりゃ、おめえ……超えちゃいけねえライン考えろよ。だが、それでもお前の負けだ、スバル!』
「超えちゃいけないけど、でも――負けたっ!」
「やだ、二人とも。エッチ~、いやらし~」
二人のやり取りに、紫色のロックマンは頬を染めて、その場にくてんと座り込んだ。はちきれんばかりの肉感ある太ももの上で、お弁当箱が存在感を示し始める。
女の子座りをした彼女はパカッと弁当箱を開けて、ロックマンの鼻腔をいたずらにくすぐる。野菜が多めの、それはとても彩りが素晴らしい弁当だった。それを見て、ロックマンはゴクリと喉を鳴らし、お腹をさすった。
「このお弁当のクオリティ、そして色彩……」
「スバル、一緒にお弁当を食べよう、ね? 僕たち二人は、この青空の下で結ばれるべきなんだよ」
「ど、どうして、そんな愛情たっぷりのお弁当を僕に? しょ、正直に言うよ、それは新婚の……そう、新妻が作るクオリティなんだ! そしてそのお弁当は母さんの作るものにとてもよく似ている!」
「え? そんなの当然だよ。僕はなぜなら、未来のあなたのお嫁さんなんだから!」
『ブホッ……! こいつ、コーナー一杯に変化球投げてきやがった! しかもキレがいいときてる……!』
「ぐっ……ううっ! きたっ、頭の芯にガツンときてる……っ」
「ふふっ、もう一度言うね。星河スバル! 僕はあなたのお嫁さんなんだ! だから、結婚してもらうよ!」
「ぐ……ぐぐぐっ…………脳にガツンと来る……」
「ほら、恥ずかしがってないでこっちにおいでよ、あ・な・た?」
バチコン! と、女の子ロックマンのウインクに、ロックマンは力なくその場に崩れた。
「つ、辛い……僕は辛い……」
『耐えろスバル』
謎のロックマンの登場、そして愛妻弁当。暴かれる恐ろしい真実。未来からやって来たというスバルの嫁。
ロックマンはどうすることもなくなって、そして紫色のロックマンと仲良くお弁当を食べるに至った。
この丁寧にカットされた卵焼きがおいしくてね、とロックマンは舌鼓を打つのみ。
「あ……、母さんの味っ! こ、これは認めざるえない。くっ、キララちゃんに星河あかね賞をあげないといけないなんて……悔しいっ」
「でしょう? 未来のあかねさんに教えてもらったんだもの!」
『こいつはキチガイだけど、いい嫁になる! おい、最高だなスバル!』
こうしてスバルの中学初日は終わった。