祭りまで残された刻は幾ばくか。皆それぞれが自分のやるべきことに奔走する。雰囲気が熱気を孕み、否が応でも胸を高鳴らせる。それは音楽をかき鳴らすように、早く、時には遅く、私たちの心を乱していく。
そしてそれは私も同じであった。
(あぁぁぁぁぁ、どうしようぅぅ!?)
胸が高鳴っている。祭りとは無関係な方向に。
勢いに気圧されて恋愛の相談役なんて受けてしまったのはいいが、私にとってはそんなもの教えられるような経験はしていないし、そもそも何をすればいいかなんて分かったものじゃない。
ともかく、私なりに調べてみるね。と話を強引に区切り、部屋へと撤退。そして現在無事に頭を抱えている。
困った困ったと頭を抱える私に、ブランシェはあきれ顔を向ける。言葉が話せていたら何をしているんだと言ってくれるかもしれない。あるいは恋愛相談役の相談でも乗ってくれるだろうか。
猫ならぬ犬の手も借りたいような現状。ともかくシャロに第二撃目を貰わらない内に、サササと外に出る。もちろんブランシェも一緒だ。
親父さんに外出することを告げて、あいも変わらずにがやがやとした雑踏に身を躍らせる。とりあえず、向かう先も無いので先程の工房へと出向いてみる。
やってしまった事は仕方ないが、どうにかしないとはいけない。何も出来ませんでしたでは戦場だったら死んでいてもおかしくはない。
そんな考えの下、とんてんかんてん音のする場所へ行こうとする。
大通りにでると何やら見覚えのある貴族が通りかかる。今朝人を怒鳴っていた貴族であった。その貴族はぞろぞろと護衛を連れ、周囲を威嚇するようにあるいは見せびらかすように往来を練り歩く。パレードでもないのに忙しいことだ。
その行列を眺めていると、更に見知った顔が出てきてしまった。ガラの悪そうな護衛の中に頭の悪そうな三人。それはこの村に来て最初に逃亡劇をかました三人だった。そんな頭の悪い人たちとばっちり目が合う。
「「あ」」
嫌な話だが声も重なる。さっと踵を返そうとするも、声が追いかけてきた。
「てめぇ、あの時の!」
「げ、覚えてるよ……面倒だなぁ」
「忘れるわけねぇだろ! お前がしたアレのせいでその夜はうなされたわ!」
「知らないよ。潰れてないだけ良かったじゃない」
そうこうやっていると、往来の視線が集まってくる。大事になってしまいそうだし色々と面倒だ。とっとと逃げたいもののあんまり地形も分からないしという有様。
つかつかと寄って来る髭面に嫌悪感を覚えつつも、待ち構える。
「てめぇよぉ、俺を誰だと思ってるんだ?」
「不審者、浮浪者、口臭い」
「おれは、ここの傭兵団のリーダー候補なんだよ。分かるか?」
「あっそ。すごいですね、つよそうですね」
やたらと唾は飛ばしてくるし、口臭いし、でなんで私に絡んで来るかなぁ……ほらブランシェも唸っちゃってるし。
まわりの人達は、剣呑な空気に反応してか、既に避難して遠目から見てる。
「このままコケにされたわけにはいかないんだよ。わかるよな」
「いや、全然」
コケだろが、コケコッコーだろうが私は構わない。本当に死ぬほどどうでもいい。
そんな露骨な態度を示していたら、禿げかけの頭に青筋が浮かび始める。
「
「いやー、私には要らないし」
そうなのだ、私は
「ほぉ……素手で充分てことかいお嬢ちゃんよぉ」
あ、ぴくぴくし始めた。いやーんこわーいとか言える性格だったら、あそこでの生活も少しは馴染めたのかな。
「いやいや、まさか。そこまで侮ってないよ。玉無しだとは思ってるけど」
さすがに筋肉隆々な肉体を見て見くびる程に私はアホじゃない。脳みそまで筋肉してて毎日楽しそうだなとは思うけど。
「そいつぁ、よかった。心置きなくヤれるってもんだ。どんな目にあっても泣きべそかくんじゃねぇぞ」
「いいから掛かってきなよ、筋肉達磨。脳みそまで筋肉なんだ。そろそろ喋るの疲れたでしょ?」
あー、やだやだ。口汚い言葉はぽろぽろ出る。育ちの違いってやつだね。恋愛話には何にも言えなくてこれなんだから、癖っていうものは抜けないってのを実感できる。
ぷっつんときた筋肉隊長候補(今命名)は、ぶんと剣を振り上げる。切れ味じゃなくて、重さで叩き斬るタイプの長剣。筋肉にはもってこいだと思う。
「死ね」
「おっと」
ひょい、と避ければ、舗装されてない地面に剣がめり込む。ということもなく、小気味いい風切り音が間近を通り過ぎる。見せかけじゃなかったかーとか思ってたら、繰り出される第二撃目。流石に伊達な隊長候補とは名乗ってないみたい。
今度は耳元を掠める。ふわりと、私の髪が持ち上がり元に戻る。その後じんわりと、私の耳から血がにじむ。
「へっ、びびって動けなかったか? まさか二撃が飛んで来るなんて思わなかっただろうよ」
筋肉自慢と、更に見せつけるようにブンブン重たそうなツーハンドソードを振る。
「なんも言わねぇか……まぁ、三度戦場を経験した俺に敵おうなんて百年はや──」
「まぁ、いいんだけどさ」
「あ?」
禿げがぎょろりとこちらを向く。
「向こうのアレ、隊長さん?」
ぴっ、と私が指刺す先には、下品な笑いを受かべこちらを見る貴族と、それと楽しそうに会話する小汚いおっさん。
「あぁ……なるほどな」
私の問いに何か合点がいったように頷く禿。
「隊長たちに助けを求めようって腹積もりか。やめとけやめとけ。あいつら俺より女の扱いひでぇぞ?」
「そりゃあ、そうだろうね。部下がこんな蛮行してるのに止めないで笑ってみてるんだもの」
「はっ、まぁ、飽きても捨てる程度に留めといてやるから安心しな」
「……? なんで勝つ前提なの?」
「──は?」
お禿げが笑い出す。
「おいおいお嬢さん。今のを見てただろう? あんな剣振り回せるのなんて俺くらいのものだ。そんなのに勝てると思ってるのかよ」
「ふーん、じゃあ、
その言葉を皮切りに懐へと飛び込む。私の行動を見て、禿に驚く顔が浮かび、その次に嫌そうな顔が浮かぶ。
「──っち、初心者がよぉ、いっちょ前に吠えんじゃねぇ!!」
重厚な剣が私目掛けて、振り下ろされる。
──その瞬間、私はぽんと地面を蹴る。禿げから見てれば消えた。端から見たら空を飛んだように見えるこの行動。
「あぁぁ!!?」
そう声を上げたのは誰の声か。ギャラリーたちの目もガラっと変わる。
先程見せた鍛錬された動きの繰り返しのはず。しかし、振り下ろされた剣は地面へとめり込んでいる。斜めに地面へと突き刺さる剣。それも、そのはず。
──その上に
オリヴィエは、空気を裂きながら振り下ろされる剣に飛び乗ったのだ。あたかも見切っていたかのように。
オリヴィエは軽業のように地面から剣へと飛び移り、体重をかける。靴に仕込まれた鉄の部分と、剣が交差し音を上げた。それが一瞬の交差の顛末である。
禿が驚きの表情を浮かべ、固まっている。そんな間抜け面にニコッと笑顔を浮かべ、そのまま蹴りをお見舞いして差し上げた。こきんと嫌な音を立てつつ禿が沈む。戦闘終了。私の勝ち。
辺りが一瞬静まり、そして遠巻きの観客達が大歓声を上げる。朝から見世物のようなものが見れたのだ、それはもういい土産話も出来ただろう。
と、思うのも束の間。傭兵さんたちは剣呑な空気を放ち始める。特に見知った顔が反応凄い。
「まぁ、そうだろうと思ってたけどね」
なんて呟きながら、男の持っていたツーハンドソードを持ち上げ、そのままもう一度地面へと叩きつける。まるで園芸だ。
土くれが舞い、注目が逸れる。そんな光景をつくったらとるべき行動は一つ。さっ、とブランシェに目線をくれる。ブランシェも準備万端。さぁ、いくぞ……
「逃げるんだよぉぉぉ!!」
そりゃもう、脱兎の如く。人の波を避けつつ人込みへと一直線。
さすがに人込みに紛れれば奴らも追って来れないでしょ。なんて考えつつもひたすらに逃げる。そして──
「……ここ、どこ?」
また、迷子になっていた。
人込みに隠れる気満々だったのに、いつの間にか裏路地にイン。困った困った、なんて思いつつも、必死に知っている道を探す。……まったく分からない。
ちょっと涙目でブランシェに視線を送る。すると、ブランシェはあきれたように一回吠えて、私の歩いていた方向とは90°程違う道を歩き始めた。……ブランシェいなかったら本当に半べそになるところだった。
さて、歩いて戻って。見覚えがなさそうであった場所。運よくというかなんというか、そこは、昨日に辿り着いた鍛冶屋の前。本日の目的地でもあった。
だとしたらやることは一つだよね。だって、キャロの意中の相手が居るんだもの。
よし、と意を決してドアを叩く。言うべき言葉を探して心を落ち着かせる。……さぁ、言うべき言葉を放つのだ。
「ご、ごめんくださーい。道を教えてくださーい」
低姿勢も低姿勢。ちょっと地面にめり込むくらいの勢いで、とんてんかんてん響く場所を訪問する。
「はいはい、何の様だい? トンカチかい? それとも鎌か?」
出てきたのは、昨日見た好青年。煤で汚れていても目の保養になりそうな顔立ち。さっきの禿とは大違いだ。そんなキャロの王子様に、道に迷ってることを告げる。すると彼は一も二もなく振り向いて大声を上げる。
「親方ぁ!! ちょっと道案内してくる!」
「なんでぇ、嫁さんじゃねぇのかい。行って来い」
「だから、あの子に失礼だろって……おっと、ごめんなお嬢さん。行こうか」
うーん、何から何まで爽やかな青年だなぁ。なんて思いつつも親方とのやり取りを眺める。非常に雰囲気がいいよね。キャロが好きになるのも分かるような気もする。なんて思いつつも、大通りまで案内してもらおうと思ったら青年ことジョセフは渋い顔をする。
「お嬢さん、大通りでひと悶着あったみたいで、傭兵がうろついていて今ちょっと危ないらしいんだ」
騎士さんっぽい格好してるから強いのかもしれないけど。なんてジョセフは言う。
あー、そんな事になってるのかぁ。なんて、思ってしまう。傭兵さんたちしつこいなぁ……
そんな事を考える原因がここにいるとは露にも思わないジョセフは、こう提案してきた。
「もしよかったら泊ってるところまで送るよ」
「え? いいの!?」
大通りからパン屋までの道のりも正直自信なかったので助かる。なんて思いつつも口に出す。それが更なる混乱を招くとは知らずに。
「煙突と小麦が描かれた看板、のパン屋……なんだけど」
言っている途中に違和感が浮かび上がり、相手が何なのかを見る。そして確信に変わる。わたしはとんでもない事をしているのだと。
さっと顔が青くなるのが分かる。後悔は先に立たず。すでに言葉は放たれ、事態は動く。
「……ん? そこって──」
ジョセフは悩み、そして訝し気に問いかけてくる。
「キャロのいるパン屋だよな? なんでそこにお嬢さんが?」
「あ、あはははは。色々とありまして」
慌てて弁解しようにも、もう何も浮かんでこない。ブランシェ助けてーなんて目をやるものの、鍛冶の音がうるさいのか遠く離れているブランシェ。……ちょっと悲しい。
結局、何も浮かんでこなかったので正直に話していく、助け出したこととかを主に。
「なるほど、つまり君はキャロの恩人なのか」
初めは訝しげだったジョセフは事情を聞いて、だんだんと理解してくれる。
「そうと分かれば案内しよう! 任せてくれ」
「あ、はい……お願いします」
何故かやる気満々になってくれたジョセフ君に連れられて、パン屋さんに到着。途中大通りで見られた気もするけど何ともかんとも。
そして、帰っらキャロがいて、帰ったよーなんて告げると、私とジョセフを交互に見て一気に顔が真っ赤になる。そして、小声で私に耳打ち。
「どんな魔法使ったのさ……やっぱりオリヴィエはすごいっ」
「あ、あのそうじゃないんだけど」
「謙遜なんてらしくないよ?」
……言えない。迷いましたから素直に頼りました。だなんて。もうなんかキャロは目がきらっきらである。
こうして、更に勘違いを加速したままに祭りの準備は進んでいく。熱気も巻き上げ、人も街も否応がなしに巻き込んでいく。
巻き込まれていた事を知るのは、もう少しあとのお話。
戦闘力極振りおねーちゃんはかわいい