ラフィエルドロップハート   作:黒樹

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No.1 天使と出会った日

 

 

 

人類の存続。

 

 

 

人間は地球という星に繁栄し、過去から現在に至るまで様々な苦難を乗り越えて生きながらえてきた。他人と交わり、子を成し、子を育み、やがて朽ちる。その人間の子はやがて親と同じように誰かと結ばれて子を作る。

人間達はそうやって生きてきた。人類という種を存続させた。食物連鎖の頂点に立つのは自分達だと主張し我が物顔で生き物を管理してきた。

戦争で争い奪うのも、動物達を狩猟し食べるのも過程は違えど在り方は変わらない。命を奪う行為だ。

笑い。怒り。哀しみ。泣いて。楽しいことも辛いことも抱いて歩いていく。そんな何かを重ねて歩いて、人類のためだとか子供達の未来の為になんて――そんな綺麗事を本気で思える人は本当にいるのだろうか。

 

――人類の存続の意味とは?

――人間は何の為に生まれる?

――何の為に人は生き続けるのか?

 

誰も答えを知らない。たとえ、答えはあっても正解はないのだろう。本は教えてくれない。こんな問題を提起しておきながら納得する答えをくれないのだ。生きる意味を見つけられない人には響かない。問題には共感したが答えには共感できない。

 

人は生きながらに誰かを傷つける。

醜い感情を生み出すことと綺麗な感情は対極であってお互いに揃いあってこそ、感情だと言える。幸福の裏に不幸がない人間なんていない。

 

 

 

――そんな倫理と哲学について長々と考察して人の心に語りかけておきながら心を動かしてくれない本を読みながら、目の前へと視線を移した。

 

 

 

駅のプラットフォーム。白線の内側で電車を待つ人達は友達と会話したり、スマホを操作したり、ゲームをしたり、本を読んだりと様々な時間を過ごしていた。

その中でも人目を引いたのが、そこそこ可愛い私服姿の女子四人組。確か同じ高校同学年の仲の良いグループ。わいわいとはしゃぎながら会話を楽しむ姿は教室と変わらず、やはり別世界だった。人が苦手な俺としてはまぁよくもそんなにテンションアゲアゲで笑いあえるな、なんてどうでもいい感想を述べよう。偶然、普段は使いたくない電車に乗ろうと休日に最寄り駅に来たら四人を見つけただけで何の関わりもなく顔見知り程度だ。

 

天真=ガヴリール=ホワイト。

月乃瀬=ヴィネット=エイプリル。

胡桃沢=サタニキア=マクドウェル。

白羽=ラフィエル=エインズワース。

 

そんな四人は学校でもレベルが高く、告白の的にさえされている。この間もラフィエルがイケメン男子に告白されてこっ酷くふったとか。

サッカー部か野球部か水泳部か……。

ちょうど、四人組の後ろにいるパーカーと同じくらいの背丈で、というか同一人物。俺と彼女達を挟んだ真ん中にそいつは立っていた。

 

『準急電車が参ります。白線の内側にお下がりください』

 

聞き慣れた放送をイヤホンの上から耳にした。電車は間もなく駅を通過するとのことで、少し速度は緩められている。通過するために電車は駅へと入ってきた――瞬間、目の端で何かが前へと歩き出した。

男がラフィエルの背後に立つ。電車は間もなく彼女達の前を通過する。その直前、男が敵意と殺意を剥き出しに笑顔を浮かべていた彼女の背中をドンッと押す。

 

「え……?」

 

白線を飛び越えてラフィエルの体は線路の上へと投げ出された。迫る電車。急激な展開に彼女は呆けた声を出すだけ、仲間達は目の前の光景に呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

「……ほら、人はくだらない」

 

読んでいた本を捨てて、空中に投げ出されたラフィエルを助ける為に走り出す。白線を一秒と過ぎない間に踏み越えて同じ空へと跳んだ。

途中、突き飛ばした男を押し退けて、彼女達の横を駆け抜けた俺は思考だけが加速していた。最善策を導き出す。人は極限状態に陥ると時間が遅く感じられるというが本当だった。それも死を目前にして理解させる時間をくれるのだ。走馬燈っていうのも自分が知っている記憶から幾つか見繕って瞬時に脳内を駆け巡るものだったらしい。

 

「……」

 

空中のラフィエルを捕まえると不思議な顔をされた。嫌なら突き飛ばしてくれて構わない。まぁ、突き飛ばしたら彼女は助かって俺は確実に死ぬんだけど。

でも、あの速度なら……車輪にさえ巻き込まれなければ可能性はある。

驚いているラフィエルを左手で抱きしめて、おそらく空中で衝突するだろう電車に身構える。耳元で鳴るような車輪とレールの摩擦音が甲高く響き残り数センチという距離で右手をクッションに、電車の窓を右足で蹴って、

 

「――かはっ!」

 

電車に突き飛ばされながらも、隣のレールの上へとラフィエルを抱えながら背中から落ちた。

突き飛ばされた衝撃で痛みに呻く暇もなかった。耳元の引っ掻くような音も気にならなかった。

 

あぁ、それより無事かな?

体を張った意味はあったかな?

 

痛みが急激に襲ってくる中、もぞもぞと動く腕の中の少女だけが気がかりだった。何処をぶつけたのか口から血は出るし腕はよく見てみれば三節棍というより四節棍。人間の腕ではない形状で折れ曲がり骨が突き出ている。そんな悲劇の惨状でもとくにグロテスクになった腕を見ていると、自分の顔に影がかかり上を向く。

 

「■■■■」

 

なんて言っているのか聞こえないが、俺は安心させるように薄く笑って無事だった少女に頬を緩ませた。

こんな風に誰かを守る為に体を張るのは案外悪くないものだ。

 

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 

見知らぬ場所に立っていた。そう自覚するのはもう何度目だろう。お花畑と川とお花畑。川を挟むようにして広大な大地が広がっている。

 

「椎名、頑張ったね」

 

川の向こうで手を振る両親が優しく笑いかけてくれる。誇り高き息子だと、自慢の息子だと持て囃す。幼い頃に死んだ両親はこっちへとおいでと手招き。

 

さて、どうしようか……。

 

俺には姉がいる。姉のことを残していくのは心残りだが、いつまでも縛っておくことは出来ない。姉が中学生の時に両親が死んで、育ててくれた姉だが……もう俺も姉も楽になってはいいのではないのだろうか。

足は前へと進む。迷うことはない。生きる意味も理由もなければ俺は足手纏い。早々に死んだ方が姉の為なのだと自分勝手ながらに思い、川に踏みいろうとして――

 

「ちょっと何普通に渡ろうしてるんですか!?」

 

いきなり腕を後ろに引かれた。弱い力でも急なことだったから一度はよろめいたものの、なんとか踏ん張ると俺は手を掴んだ人物を知るために――というか声からして知っているような気がしたので振り返ると、そこにはやはり見知れた顔の……。

 

「あぁ、白羽さんこんにちわ。今日は絶好の河渡日和だね」

 

――天使がいた。

白羽=ラフィエル=エインズワース。天使の輪と純白の羽を広げて羽と同じく純白のワンピース姿で必死に俺の腕を掴んでいる彼女は……。

そうか、俺は助けることに失敗したのか。

いや、もしかしたらちょっと好みだという想いから願望によって天使の様相が酷似してしまったのかもしれない。

 

「ここがどこだか知っていますか?」

 

「うん、三途の川って呼ばれるある意味では黄泉への入口とは本では読んだけど……まぁ、ここに来るのも三回目になれば」

 

「まさかの常連客!?」

 

だが、天使に会ったのは初めてだ。

予想以上の出来事に驚愕している天使はこんなケースは初めてらしいので、イレギュラーなのは俺の方なのか。どこかの爺さん婆さんは何度も行ったり来たりしているとは思うが、生き返ったり死んだりしてる武道家ほど常連ではないと言えよう。

 

「――というかそうではなくてですね。黒羽椎名君、あなたが死の淵を彷徨っているのは確かなんですが、まだ生きているんですよ?」

 

「知ってたんだ。俺の名前」

 

意外だった。隣のクラスで接点もないラフィエルが自分の名前を知っている。教室では比較的ぼっちの俺にとっては名前を覚えられることもあるが、悲しいことに友人と言える友人はいない。

基本、群がってくるのは姉目当ての種馬共。女子達も何回か話しかけてきたが自分からは話しかけに行かないので、孤高の狼が教室で孤立したそれだけである。

 

助けた少女が自分の事を知っていた。もう、それだけで心残りはない。あ、一つだけ。

 

「白羽さんは無事だった?」

 

「……はい。軽い検査をしましたが黒羽さんのおかげで少しの打撲で済みましたから。今はあなたが治療を受けている手術室の前で祈りを捧げています」

 

「じゃあ、君は誰なんだ?」

 

彼女はラフィエルであると名乗りながら、現実で生きていると証明はできないものの存在する。

 

「まぁ、いいや、早く天国に連れてってくれ」

 

「嫌です」

 

天使は職務放棄宣言。職務怠慢で訴えたい。

 

「……じゃあ地獄で」

 

悪いことをした覚えはないが。強いて言うなら生きてるのが罪っていうやつなのだろう。元から天国に逝けるなんて思ってもいないが。

ラフィエルは手を離さない。取り繕った微笑みを浮かべてわからない、と聞いてきた。

 

「……なんでそんな死にたがるんですか? 死を選ぶ人も少なくはないですが、あなたは極めて珍しい人です」

 

「自殺志願者とは違うって? そりゃあそうだろうね。俺なんて生まれてこなければ良かったんだから」

 

自殺という道を辿るよりも、何も知らずに生まれず何も持たず最初から無であれば苦しむ必要が無い。もし、自殺志願者が願うのだとしたら、最初からいないこと。或いはその対象に知らしめ戒めるのが目的だろう。

 

「逃げるんですか?」

 

再び、川の向こうへと渡ろうとした俺の背中に問い掛けるラフィエルの声が何を案じてのものなのか。一瞬、戸惑ったものの足は動く。

するりと抜けた手を一度盗み見て、今度は手を握り止められた。柔らかくて温かい女の子の手の感触は、一重に女の子だからだろうか、天使だからだろうか誰かに似ている気がした。

 

「天使の仕事は死人を送ることだろ」

 

「違います。人を幸せに導くことです」

 

教典や神話伝承、或いはそれを元にした小説などにも似たようなことが幾つかあった。少し想像上の天使とは違うが概ね間違っていない。今では目の前にいるのが天使だと普通に信じているし、疑うような疑問はない。

 

「――では、私からも一つだけ」

 

あなたの性格も少しわかった気がしますし。などと、少しだけずっと握っていたいと思えるような手を離されて、

 

「他人を救って死ぬなんて普通気分が悪いですよ。助けられた方は死んだ方の死を背負ってそりゃあもうズルズルと引き摺りますし。あぁ、なんて鬼畜外道でしょう。孅い女の子の人生を戒め縛るなんて。思わず感服してしまいました」

 

人の良心を容赦なく抉ってくる。古傷に辛子と山葵とハバネロを塗り込んでナイフで刺したまま抉られている感覚。

知っていたがこの天使、かなり口が悪い。玩具にされるサタニキアの気持ちが……わからないな。あれ、平然としてるから。

頬に手を当ててほっこりしているラフィエル天使。対して俺は左胸を掴み胸の痛みに膝をつく。

 

「あなたは死なせませんよ。その方がおも――いえ、楽しそうですし」

 

「言ってること変わってないよ」

 

キラキラとしている天使の笑顔に気圧されながら、差し出された手を掴む。未知の存在と触れ合った手にドキドキして世界を見れば――何かが変わったような気がした。

 

 

 

 

 

夜の暗がりと月の光が射し込む病室。見慣れたベッドに純白のシーツ、天井に壁と白で統一された空間はもう見慣れたものだった。

 

「……また、見事に全身傷だらけだな」

 

自分の体を見下ろす。包帯とギプスで固められた腕、胸辺りに巻かれた包帯、足に巻かれた簡素な固定型の包帯など多種多様で、痛々しさはこれまででも一番酷い。

面会時間は既に過ぎているからか姉の姿はないが、取り敢えず電話くらいはしないと、心配しているだろう。ベッドから転がり降りるように足を下ろして常備されているだろう公衆電話目指そうとしたところで、ものの無様にすっ転んでしまった。

 

――ゴンッ!

 

と、頭を打って頭を抱えようとして完全に忘却の彼方へと一瞬にして追いやったもの。

 

――ゴンッ!

 

今度は、ギプスに頭を殴られた。左手だけで頭を抱えて床に転がり回る。痛みに悶絶していると月明かりの影が揺らめき、

 

「〜〜〜ッ!!」

 

「――クスクス♪」

 

何かが笑った。思わず視線を向けると、病室の窓の外に見慣れた姿が浮いていた。頭の上に浮く光輪、純白の羽、純白のワンピースに身を包んだ天使の装い。

あの娘だと、ラフィエルだと気づいて、立ち上がると窓まで足を引きずり鍵を開けた。

 

「本当に天使だったんだ」

 

「普通、ここは驚くとこですよ? まぁ、でも私の目に狂いはなかったです」

 

「それは良かったな」

 

「それでですが、私達お友達になりませんか? 相性はいいと思いますし。黒羽と白羽なんて運命だと思いませんか」

 

何がそれでか不明だが、人間ではないのに人間らしく人外な彼女との会話を楽しんでいる俺としては、関係を持つのは悪くない。

何度目だろう。差し出される綺麗な手に手を重ねてお互いに握り合う。

 

「白羽=ラフィエル=エインズワース。ラフィでいいですよ。私もクロさんと呼びますから」

 

「黒羽椎名だ。よろしく、ラフィエル」

 

午前二時――ぼっち卒業。

拝啓、天国の両親様。天使の友達ができました。

 

 

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