「いらっしゃいませ〜」
入口を通ると女性店員の元気な声が出迎えた。その声に慣れないものを覚えながら、やや抵抗のある表情で少女達についていく椎名は思った。
――地獄だな。
本来、女性専門の洋服屋というものは男性とは縁無き未開の地である。もし男がひとりで入ろうものならば即刻お縄につく。もしくは近隣どころかネット上晒されて社会的に死ぬ。
そしてそれが、顔を覚えられたら最後、自分が女性だったのではないかと思いたくなるほど死にたくなってくる。ある一例を除く。
「あっ、いらっしゃい椎名君」
――そして、これが現実である。
椎名の姿を認めた1人の店員が駆け寄ってきた。
ラフィエル、ヴィーネ、ガヴリール、サターニャが首を傾げる中、その店員はドーンと椎名に飛びつく。慣れたような椎名は優しく抱き留めつつ、背中に何故か冷たい視線を感じた。
「はいはい、一応、客なんだからもう少し丁寧に扱って欲しいな。……ごめんね皆、これでも一応店員の天音春香さん。今後使う場合は、顔さえ覚えられたらちょくちょくちょっかいかけてくるから気をつけてね」
「ひどーい! っていうかあたし店長なんだけど!?」
椎名の冗談はさておき。一応、店長としては仕事をこなさなければならない。顧客ゲットの為にも、仕事モード兼じゃれモードに移行して春香はムニっと胸を押し付けながらからかう。
「そ・れ・で……この娘っ子達は椎名君の彼女かな?」
「だと思うなら、離れて欲しいんですけど」
「嫌だよー。こーんなお肌つやつやのぷるぷるで綺麗な椎名君から栄養を摂取しないとやる気でない」
「ラフィエルやヴィーネのような可愛くて綺麗な女の子の方がいいと思いますよ。俺は男ですし、いつ狼になってもおかしくないですから」
駄々っ子店員・天音春香。今年で二十二歳となる。
一応、舞天の地で成功を収めた素質ある人間である。
「天音春香、二十歳。会員番号一番。趣味は椎名君の洋服製作。よろしくね」
――二十二歳である。
「か、かわっ……あ、こちらこそよろしくお願いします。ラフィエルと申します。ところで、クロさんの洋服製作とは?」
「私が取り扱うのは女性用の服なんだけど、特例として椎名君の服は特別に作ってるの。完全オーダーメイドでさらにね、凄いのは、なんと椎名君が自分でデザインしちゃうところなの!」
「……デザイン?」
しちゃうのか。欲しいな。
と、一瞬思ってラフィエルは思考を現実に戻す。
しかし、留まるところはないのか、春香のトークは激しさを増していく。
「世界でたった一つの品物! 二人の共同作業! 私もね椎名君の為に、いや為だけにデザインした服が着てもらえると思うと凄く嬉しくて頑張っちゃうんだけど、それがお世辞なしに受け入れられるともう嬉しくて嬉しくて、もう光栄というか死んでもいいというかこれは神聖なことなんだよっ!!」
「はぁ……?」
さすがのラフィエルもドン引きだ。
しかし、ちょっと面白いな。退屈しないと思うのも事実、彼女は春香に感じるものがあったらしい。
自分と近い何か、それが何かわからないが。
つまりこういうことだと解釈する。
椎名の服をデザインするのは彼だけではなく、彼女も提案して商品にしているのだ。本来なら、しないはずの完全オーダーメイドは珍しいことであり、相当な額がかさむ。それを彼女は自ら進んでやっている、神聖な行為だと自信満々に胸を張る。
それが、どこか羨ましかった。
「まぁ、つまりそういうこと。私は椎名君専属の服屋でもあるんだよ。私達、椎名君のファンにとっては光栄で崇高なことであり、私にとっても意義あるし有意義だしばっち来いって感じで、ね」
「ごめんなさい。話が掴めません」
「そうだね……。まず、椎名君のファンクラブについて話そうか」
「ファンクラブ?」
サターニャが驚愕と動揺。
「私に足りなかったのはこれだわ!」と意気込む中、話を聞かない春香は新しい宗教勧誘に専念する。
「椎名君の家庭事情は知ってるかな?」
こくりと頷く代表のラフィエルの顔と、声に出して「ええまぁ」と肯定したヴィーネを確認してから、若干真剣な仕事モードの顔になる春香。
「椎名君の家庭事情は本当に特殊でね。アイドルの姉を持つ椎名君の大変さはよく知ってるよね。それを踏まえた上で話をすると、私達ファンクラブは椎名君を守る為に存在するの」
「守る為に……」
「そう。既に知っているように椎名君の存在は心良く思われていないの。そう思っているのが世の中の“機械仕掛けの神”のファンでも基本は男性達。そして、そこから派生した私達女性は“機械仕掛けの神”のファンでありながら、椎名君個人のファンであるの」
なんか、壮大なスケールの戦争を思い起こさせる対立する形を説明された。以前、赤坂刑事に話された内容と酷似している。
椎名にとっても初耳だが、そこは持ち前のスルースキルを発揮して聞き流す。
「そして、そこから色々な派閥に分かれるんだけどまぁそこは置いておくとして、つまるところ椎名君のファンクラブであるんだよ」
話も一段落付き、なんとなしに何が光栄なのかわかった気がしたラフィエル。
「なるほど、つまり大悪魔な目上の者に献上品を捧げるというわけね」
「大悪魔が何かは知らないけどそんな感じだよ。私達にとっては光栄なことなの。ステージ衣装も私と椎名君で作ってるし」
ベクトルが違うがサターニャでも理解したようだ。
チンプンカンプンなガヴリールとヴィーネにとっては珍しい体制で、思わず頭に?を浮かべてしまうものの、サターニャのたとえに納得した。
……黒羽椎名の凄さについてはまったくわからないが、そういうものなのだろうと強引に納得して、取り敢えず愛されているのだと解釈した。
「それで、椎名君のファンクラブに入る? 入らない? 友達である君達ならそんな必要も無いと思うけど、今なら会員になると椎名君のデザインした服が買え――」
「なりますっ!!」
春香の言葉被せ気味に、ラフィエルが差し出された手を握り返し、ここに新たな関係が成り立つのだった。
尚、椎名はこの契約に興味はないらしく徹底的に目を逸らして傍観を決め込んでいた。
□■□
年会費・登録費無料の«黒羽椎名ファンクラブ»の会員登録は簡単な心理テストに始まり、滞りなく終了した。
問題は店長自らが出題し、答えを聞き、判断するというカウンセリング形式。
無事、危険思考はないと判断されたラフィエルは自分の身柄の情報と引換に『会員番号P104』を手に入れたわけだが、代償はものすごく大きかった。
名前の登録はもちろん、住所、年齢、性別、経歴、スリーサイズから身長、体重、足のサイズ、太もものサイズ、趣味特技に至るまでの個人情報が搾り取られた。そして其の運用理由は――会員の鉄則7カ条に関係する。
⒈黒羽椎名のプライベートを邪魔しない。街中で見掛けても厳則、話しかける事を禁止とする。
⒉黒羽椎名の連絡先の入手は原則禁止とする。
⒊黒羽椎名の知人あるいは友人に危害を加える行為が発覚した場合、即刻会員除名とする。
⒋黒羽椎名の写真、映像は共有することとする。
⒌黒羽椎名に危険が迫っていた場合、避難所として自分の住居を提案する行為は緊急措置として適応される。
⒍黒羽椎名をストーカー及び隠し撮りをしない。異性的アピールも含む。
⒎これらが厳守できなかった場合、登録時全ての情報が黒羽椎名本人に流出することとなる。
どこからどう見てもラフィエルには不利な条件だ。
正確には、恋をしてはいけないという風にも捉えられ、今からアピールしよう人間が入るべきものでは無い。
「会則すごいな!?」
「見方を変えると恋をするなって言ってるようにも聞こえなくはないんだが、どうなんだこれ?」
ガヴリールの面倒くさそうな指摘にラフィエルの頭のてっぺんが揺れ動く。
「私もそこで迷っちゃったんですがどこにも禁止とは書かれていないんですよね」
「暗黙の了解ってやつかもな」
それを言われると痛い。
椎名にこの会話を聞かれる方が痛いが、当の本人は春香に唆されて何処かに行ったから、今はいなかった。
「実をいうと、椎名君に恋をする子多いから適当に制限するくらいじゃないと犯罪に走る子でちゃうんだよね」
「ひゃぁっ!?」
いつの間にか会話に入ってきたファンクラブ会長天音春香に驚くラフィエル。すぐさま椎名が周りにいないか確認して、
「あっ、大丈夫だよ。椎名君には私が作った椎名君に着て欲しい服を吟味してもらってるから。それよりこれ本当かな?」
ひらひらと振られる会員登録書に目を通した。
嘘偽りなく書いたはず……。と、自信はあるがそう聞かれれば見直してしまう。
そして、ついに……春香の言わんとしていることが理解出来てしまった。
「そ、それは……」
「椎名君の住所とラフィエルちゃんの住所、一致しちゃうんだよね〜。基本的にアイドルの住所とかって公開されないけど、私は椎名君の家に行ったことあるし年賀状だって出してるしね」
「……すみません。嘘書きました」
「嘘に嘘を塗り固めるのはいけないな〜。実はもう椎名君に確認取っちゃってるから」
意地の悪い会長だった。
ぐっ、と呻いてラフィエルはくずおれる。
そこに追い討ちをかけるように追撃が襲う。
「あと、ラフィエルちゃん椎名君のこと好きだよね」
「えっと……ですね……」
「あっ、隠さなくていいよ。そういう子何人も見てるしわかるから」
逃げ場のない尋問についにラフィエルは折れた。
ゆっくりと頷けば、あとは開き直るだけだ。
「私ってそんなわかりやすいですか……?」
そのわかりやすさで椎名に自分の気持ちがバレていたらどうしようと思う。実際には何も出来ない。臆病な自分がいて怖い。知りたくない。けれど、もし知っていて無視されているんだとしたら悲しいと思う。
いや、おそらく知られているんだとしたら――先輩天使と同じ立場なのかもと、思って。喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙な表情しかできなかった。
「じゃなきゃ、男の人の家に飛び込むなんて普通無理だよ」
返ってきたのは正論だった。
私がわかりやすい訳では無いと一瞬安堵したのも束の間、それは安堵していいのかわからなくなる。
曖昧な表情のラフィエルに春香は視線と腰を合わせて、
「ひとつ注告。椎名君は自分に向けられた好意に気づいても何もしないよ」
アドバイスをした。
これは椎名がラフィエルの気持ちに気づいていても、どうもしないのと同義で、知らんふりをしているのと同じ意味だ。
だから、正直言ってラフィエルがそんなことに悩んでも仕方のないことだった。
「興味が無いって意味でもありますよね」
「どうかな〜? 少なくともラフィエルちゃんは同じ家に住めるほど気に入られてるってことだよ。椎名君って実は昔は女の子と同じ空間にいるだけで緊張しちゃうような子だったから」
「そうなんですか?」
「うん。私なんて最初、避けられまくってたから」
段々と気分が良くなってくる。ネガティブな想いがどこか前向きになる。他人の不幸を笑う訳では無いのだが、やはりそう聞くと嬉しかった。
「脈ありだと思うよ。少なくともラフィエルちゃんは特別な場所にいる。だから、頑張れ。椎名君だって彼女を作りたくないわけじゃないと思うから」
自分が特別だと思われていることが、こんなにも嬉しいなんてラフィエルにとっては新しい経験だ。
「これなんてどうですか?」
気分が昂ったラフィエルは戻ってきた椎名を誘って水着を選ぶ。実際に気になったものを試着して、椎名の反応を窺う。色んなタイプの水着を試してみたが一向に表情が変わらない椎名。だいぶ女性慣れしているのか露出にすら適当な対応だ。
なんか、悔しい。
ラフィエルは「まぁまぁかな」と椎名の感想を聞いて落ち込む。今度は何を着ようかと悩む。
「これなんてどうですか?」
「マイクロビキニはやめようか。後悔するのはラフィエルだよ」
また、しかも決死の覚悟で披露したのに冷た過ぎる反応に私って好かれてないんじゃないかと思う。
胸元がスースーして、足回りも殆ど見えていて、ギリギリを攻めてみればこれだ。布面積は小さいのに体中が熱くてしょうがない。
「これ!」
「また奇抜なのを選んだな」
貝殻なんて誰が買うのか知りたい。
さすがの椎名の姉ですら取らなかった一品だ。
ヴィーネのツッコミがない今、ラフィエルの羞恥心はどんどん上昇していく。
椎名の反応を確認すると、試着室に引っ込む。
あんなに動揺しないなんて……。ラフィエルにとっては死活問題だ。何より乙女の心が傷つく。なら、いっそのこと盛大に驚かしてやろう。
そんな意地を込めて、次の衣装に着替えた。
「これなんてどうですか!」
カーテンを開いていざ椎名の視線を浴びる。
思った通り、ラフィエルの全容を見た椎名は手に持っていた本を取り落とす。
椎名の視線の先には――下着姿のラフィエルがいたのだから。
「……えっと、それ下着……ですよね?」
「そこは激しく突っ込んで下さいよ。なんかそんな反応されると恥ずかしいじゃないですか」
「無茶言うな!」
顔を赤らめて必死に胸元や下半身を隠すラフィエルに椎名も吊られて赤くなる。
「いつまで見てるんですか!」
「わ、ごめんっ」
謝るや否や、カーテンを引いて試着室へと消えて行くラフィエルの背中を見送り、落とした本を回収することで気を紛らわせる。
そのカーテン向こう。ラフィエルはぺたりとへたりこみ胸を掻き抱くように掴む。より一層熱を帯びた体が気だるいように感じられる。
「わたし、何やってるんでしょうね……」
自分から下着姿になるなんて。恥ずかしいことだとわかっていたのに。周りが見えなくなっていたのかもしれない。
今度、どう顔を合わせればいいのだろう。
次に顔を合わせるのが億劫で嫌になる。先の事を無かったことにして、また巫山戯て笑えれば彼もそれに合わせてくれるだろうか。
思い悩んでいると、カーテンの向こうから椎名の声が聞こえた。
「ラフィエルはビキニ系の方が似合うと思うけど」
「……着て欲しいんですか?」
「そういう話じゃなくて。聞き流してくれて構わないけど、ラフィエルはスタイル良いからそういうのが似合いそうって話」
「そういう目で見てたんですね」
「誤解を招かないように言っておくと、ただ思っただけだからな」
「なーんだ♪」
残念、と笑を零して最初に数着選んでおいたうちのビキニ系の水着を手に取る。現在着ている下着を脱いで、淡い色合いのそれを着たら、カーテンをゆっくりと開けて律儀に外を向いて座っている椎名が見つかった。
「クーロさん♪」
「あぁ」
気のない返事と共に振り返る椎名。
しかし、首が全部回る前に背中に柔らかい感触と、首に回された腕、体重を受けて停止した。
「どうですか?」
「水着の感想か? それなら離れてくれないと見えないんだけど。もし今の状況についての感想を求めてるなら耳を塞ぎたくなるくらいの事を言ってやろうか」
「ふふっ、言えるんですかぁ〜?」
からかうような態度と耳元の声が妙に甘く感じられ、本を閉じる。ラフィエルの後ろから回した腕を捕まえて耳を塞ぐことと、逃げることを封じると、その耳元に直接囁いた。
――顔真っ赤のラフィエルが放心状態でぐったりと椎名の背中に倒れ込むのはこの数秒後。
これを面白半分で撮影したサターニャはファイルを消された挙句、騙し取られるのはまた別の話。
サブタイトルはこのお店の名前です。
……思うんですけど、よく弄りに徹する人って不意打ちや弄りに弱いですよね。
カエルの件とか。カエルの件とか。カエルの件とか。