ラフィエルドロップハート   作:黒樹

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何回かに分けて投稿


No.9 海①

 

 

 

曇天が空を灰色に染めた。灰色の雲から流れ落ちる涙が耳朶を打つ。悲しい空模様にラフィエルは溜息を吐く。

海水浴の結構日、電車を降りた一同を待ち構えていたのは非常にも雨。

そんな空を見て、ガヴリールは呟いた。

 

「中止だな。帰ろう」

 

元々、乗り気ではなかったからか諦め早く潔く提案する。それに反発したのはサターニャだ。

 

「待ちなさいよ、この行き場のないイルカを私はどうしたらいいわけ!?」

 

「まず電車の中で膨らましてから持ち歩くなよ。だいぶ奇異の目で見られてたぞ。……雨降ってんのに」

 

ぷかぷかに膨らまされたイルカの浮き袋。それを抱き締めるサターニャに椎名の叱責が飛ぶ。

何にしてもガヴリールには好都合だった。着替える必要も無いし、帰ってネトゲライフ、自由にできるのだから。

ヴィーネとラフィエルにはその限りではなく、本当に残念に思う。

 

「困りましたね〜……」

 

「そんなに楽しみだったのか?」

 

「ええ、水着姿を披露して目を逸らすクロさんの顔を見れなくてとても残念です」

 

「俺が顔を逸らす前提か……」

 

絶対にそんなことは起こらないだろう。男性的には嬉しいイベントなので存分に楽しむことにする。とは、決めていたものの別に中止になってもそれはそれでガヴリールと考えを共有するのも事実、こうなっては帰るしかないと淡白に諦めていたが。

これはこれでもったいない気もするし。

ラフィエルが微妙に本当に残念そうな顔を見せていたのは、関係なく、椎名は決意する。

 

「ちょっとこれ持っててくれないか、ラフィエル」

 

「はぁ……どちらへ?」

 

「ちょっと雨乞いの逆の儀式に」

 

意味のわからない言葉を残して、荷物だけを預けるとプラットフォームを出て改札へと歩く。その後にラフィエル達は続いて改札を出る。屋根の下で椎名は止まると思いきや雨に濡れるのも構わずそのまま屋根の外へ。

傘を用意した方がいいだろうか。心配しているとやがて椎名は駅前で止まると、その手に赤い二叉の槍を出現させた。傘のようにも見えるそれはそう思いたい反面、何やら神聖な気配と禍々しい殺気が満ち溢れ天使と悪魔の背筋を凍らせるには十分だった。

 

「なんかヴィーネの持ってる三又槍に似てないか?」

 

「赤いわね。私のは黒だけど」

 

「実は昔、クロさんが血祭りに上げた人の血で塗られた赤い槍だとか」

 

「カッコイイわね!」

 

「……本当は大悪魔を薙ぎ倒した伝説の槍だったり」

 

「ちょっと怖い事言わないでよ! 海が赤く染まるわよ!」

 

外野の少女達が姦しく騒ぐ。

眺め見る屋根の下。少女達の前で椎名は深呼吸を繰り返すと、不意に予備動作のない助走で加速して……。

ついには、その手の中の槍を空に投擲。

尋常ならぬ速度で赤の閃光は空へ。

奔る。奔る。奔る。ついには雲へと到達し、文字通りに雲を突き抜けて薙ぎ払った。

 

「……シーナを怒らせないようにしましょう」

 

「そ、そうね」

 

雨のち快晴。

曇天は退けられ、太陽が顔を出した。

何気ない顔で椎名が戻ってきて、その手にはあの投げたはずの赤い槍が収まっていた。

 

「うわー、ついに人間を超えちゃいましたね。それなんて槍なんですか?」

 

「ロンギヌスの槍らしい。本当はこんな風に腕輪の形で貰ったんだけど、便利だからピッキングにも使えるし有能かな」

 

そう言って腕輪状になったロンギヌスを指先でくるくると回す。

 

「確かそれって……天使学校で首席だった人しか貰えない神の聖遺物でメルエル先輩がつけてたはずだけど。もしかして、盗んだのか?」

 

「人聞きが悪いなガヴリール君。これは神の加護がありますようにってメルエルから貰ったのだよ」

 

どこかの名探偵を彷彿とさせる物言いにラフィエルは、さすがガヴちゃんと口元を抑えて、ガヴリールと揃って悪戯が成功した子供のように笑う。

 

「やっぱり天使だって知ってたんですね」

 

「まぁな」

 

頷く椎名にガヴリールは疑問に思う。

 

「あれ、先輩って天使だってバラしてねぇの?」

 

「まぁ……」

 

「じゃあ、もうひとつ聞くんだけどさ」

 

不可思議で難解を極める結果論だが。

それがガヴリールにはどうしても理解出来なかった。

 

「ロンギヌスは天使にすら使えない禁呪指定の聖遺物なのに、どうしてお前が使えるんだよ?」

 

「……そりゃあ、さ。鍛えたからじゃ?」

 

ものすごく丁寧な物言いの背景には、真っ黒な椎名の闇が広がっていた。

 

 

 

□■□

 

 

 

ビーチパラソルを砂浜に設置する。

真っ赤なパラソル。鮮血の赤。伝説の槍だったそれは何でもない砂浜で突き刺さる。地を割ることもなく、ただ平凡に運用されていた。

普通の男物の水着とパーカーに身を包んだ椎名は一仕事終えてパラソルの下に滑り込む。

 

「やぁやぁご苦労。随分といいパラソルを見つけてきたじゃないか」

 

「なんだ、一番乗りはガヴリールか」

 

他の皆は。なんて言葉の代わりに小さな皮肉を込めて言ってやると、隣にどかりと座られる。徐ろにノートパソコンを展開してネトゲをし始めた。

 

「私で悪かったな。見る場所もない大海原のような水平線で」

 

「言ってない。需要はあるだろ」

 

椎名はチラリとガヴリールの格好を見た。

うむ、やはり美少女ではあるがどうも体型に恵まれなかったらしい。天の恵みやいかに。

入学当初と同じく、品行方正であれば今頃はラフィエルのように男子が放っておかなかっただろう。その一件で冷めた男子など数知れない。……決して胸のせいではない。

 

「それで、何?」

 

「なんで私が何かある前提なんだよ。海に遊びに来てお前は待ち人でわたしら待ってただろ」

 

「他の皆を待たずにお前だけ来た。事実的にはそれだけで十分だと思うけど」

 

「あー、お前が待ってるのはあいつか。安心しろ、期待以上に可愛いから」

 

「いや、話がある雰囲気で露骨に茶化して逸らされても困るんだけど」

 

実際、椎名にガヴリールからの話がない訳では無い。ポチポチとヒール魔法を連打しながら、息を呑んでしっかりと気だるい感じを残しながら質問する。

 

「ラフィのこと、実際どう思ってる?」

 

「……は?」

 

直球過ぎて間の抜けた声が出た。質問の意味を詮索して、我に返った時には目の前にガヴリールの顔が。ノートパソコンを閉じて真剣な目で見てくるものだから、一瞬目を逸らしてしまった。

 

「唐突だな」

 

「男子の家に一つ屋根の下なんだ、心配して当然だろ」

 

「もっと前にその忠告してくれるかな」

 

「じゃあ、ラフィエルと暮らしてどう思ってる?」

 

「俺だって受け入れはしたけど、そう言われてもな」

 

受け入れただけで理解は別だ。ただ害はなさそうだったし天使だし、ホームステイというか下宿というかそう考えれば自然で不自然ではない。

何よりラフィエルが男ではないから受け入れることになった。他意はない。

 

「そりゃあ黒いけど、優しいし悪い子じゃないっていうのはまぁ……」

 

「黒いって〜、ラフィのどこを見たんだよ。なぁなぁ」

 

「いや、エロい意味じゃないぞ。あと、おまえら聖なる光で見えんだろ」

 

「冗談に決まってんだろ。それに安心しろ、ラフィの身体は新品の下着みたいだから」

 

「例えに気をつけろよ。あと、要らん情報だ」

 

どうだか、とガヴリールがニヤニヤ。

その顔にこいつ苦手だ。と、思う。

椎名はゆっくりと小波を眺めて、突然に背後に何かを感じて振り返る。

そうすれば、着替えを終えたのかヴィーネとサターニャが歩いてきていた。よく見ればその背後に隠れてラフィエルもいる。

 

「お待たせ」

 

「待たせたわね、下僕」

 

ビーチパラソルの手前。

サターニャが良いものあるじゃない、と日陰に入ろうとして、

 

「いだっ!?」

 

バチッと音が鳴った。

咄嗟に半歩引き下がるサターニャ。すごく涙目でパラソルを見つめている。

 

「何なのよこのパラソル! ものすごく痛いんだけど!!」

 

「そうかしら? すごくいいわよ?」

 

続いて影に入ったヴィーネはなんともないようだ。サターニャが苦痛に顔を歪めるのを見て、思わず絶句する。

 

「ど、どうしたのよそれっ!?」

 

「それって……キャアァァァァ!!」

 

自分の腕を見つめて悲鳴を上げるサターニャ。痛みを感じたサターニャの腕は、半分光に飲まれかけていた。消え入りそうに点滅している。

 

「浄化される! 浄化されるっ! 浄化されるぅっ!」

 

「落ち着いてサターニャ。まずは原因を探りましょう」

 

率先して慌てふためくサターニャを宥めるヴィーネが包帯を取り出す。テキパキとした対応をしながら訝しげに真っ赤なパラソルを見上げた。

なんだか、ものすごく神聖なオーラを感じるような、そんな気がしてものは試しと問うてみる。

 

「ねぇ、このパラソルってもしかして……」

 

「ロンギヌスだが?」

 

「ロンギヌスの槍再び!?」

 

なんてものをパラソルに。と突っ込む声に続いて、聞き慣れた声で「さすがクロさんいい趣味してますね」なんて聞こえた気がしたが、どうやらそれは椎名の幻聴とかではなくラフィエルの心の声だ。

聖遺物に浄化されないヴィーネはもう悪魔辞めればいいのに、と口に出すのをはばかられた椎名は大人しくロンギヌスを仕舞った。

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