ブラック&ホワイト2 英雄代行   作:あぞ

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第十四話 微笑み

なんだろう、とても居心地が悪い。

 

タチワキシティトーナメント大会ベスト4が決定し。小休憩とトーナメント再構築の空き時間に寛ごうと控え室に戻って来たのは良いが、室内はピリピリとした緊張感に包まれていた。

 

オレ以外の選手は、各々一心不乱にモンスターボールを磨いていたり、虚空を見詰めていたり、ぶつぶつと自己啓発のことばを呟いたりしている。

共通しているのは、三人とも目が怖いということ。

 

大会開始直前の控え室の緩んだような空気とはまるで違う。ヒオウギシティで開催される町主催の大会では、常にヒュウや観戦に来ていたトウコ先輩と話をしていて、控え室で待機する事はほぼ無かったのだが。もしかするとこんな空気が広がっていたのだろうか。

第一試合も決勝戦も、やる事は変わらないと言うのに、何をそんなに気負う事があるのか。

試合を待っている間の適度な緊張感は好きだが、これ程までになると気疲れしてしまう。

オレは堪らず控え室を抜け、外で飲み物でも飲んで時間を潰す事にした。

 

 

 

会場内の廊下を歩き、なんとなく人気の無い自動販売機を探しがてら。ランプラーをモンスターボールから解放する。

 

「プララー」

 

「バトルお疲れ様、ランプラー。進化した身体を慣らすために一緒に歩こうか」

 

ランプラーは「歩く」ではなく「浮く」だけども。まぁ意味が伝われば良いだろう。

 

ランプラーは身体ごと傾ける様に頷くと、オレの周囲を飛び回るように動き出した。進化できた事が嬉しいらしい。

 

「今更だけど進化おめでとうランプラー。身体に不調はない?」

 

「プラー」

 

どうやら調子は良いらしい。

 

観たところ器用に空中を飛んではいるが、バトルで相手の攻撃を避けたり、接近する為に高速で移動するのは訓練が必要かな。などと考えつつ、ランプラーとの会話を楽しみながら自販機を探して廊下を進んだ。

 

 

 

しばらく館内を探索していると。階段を降りて曲がった直ぐ突き当たりの廊下に、人気のない自販機とベンチを見付けたので、そこで落ち着くことにした。

 

「プラララ」

 

ランプラーはあっちにふらふら、こっちにふらふら。身体を揺らしながら動き回っている。

ガントルほどではないが、普段は大人しいヤツなので、こうも落ち着きが無いのは珍しい。

やはり進化することが出来て、はしゃいでいるのだろう。

 

 

「ひゃあ!」

 

オレがランプラーの様子を微笑ましく思いつつ自販機に小銭を投入し、ミックスオレのボタンを押すと、階段の方からやたら可愛らしい小さな悲鳴が聞こえたのでそちらに振り向く。

 

するとなんと、ルッコさんが尻餅をついて大きな目を見開いている。視線の先にはふよふよと空中を漂うランプラー。

会場に居る時にしていた左耳だけを覆うヘッドセットを外し、ふんわりとした白を基調とするガーリーなアイドル衣装の上からジャケットを羽織っている。

 

何故ここに要るのかは知らないが、状況から察するにランプラーに驚いて悲鳴を上げ、後ろに倒れてしまったのだろう。

オレは頭から血が全て引くような錯覚を覚えた。顔面が真っ青になると言うやつか。

 

「す、すみません。驚かせてしまったみたいで」

 

オレは慌てて歩み寄り、引き起こす為に手を差し出す。

 

「い、いえ。こちらこそ、驚いてしまってごめんなさい」

 

ルッコさんは躊躇せずオレの手を取ってくれたので、細心の注意を払った力加減でその身を引き起こす。

どうやら気にしてはいない様子だが、非は間違いなく此方にあるだろう。

 

ゴーストタイプのポケモンは危険なものが多い。慣れていない人がこんな人気の無い廊下で突然出会えば、驚いて然るべきだ

兎に角、先ずは謝罪の言葉をかけようとした瞬間。

 

「いや、本当に…」

『ピピピピ!おめでとう!もう一本プレゼント!』

 

自販機から音声が響き渡る。二人揃って突然の音に驚き、肩が跳ねた。

 

思わず言葉が引っ込んでしまった。

自販機のスロットって本当に当たりが出るのか。でも、このタイミングで当たらなくても良いだろうに。

気を取り直して謝罪しようとすると。

 

「わぁ!私、自動販売機の当たりが出たの初めて見ました!」

 

そう言って自販機に駆け寄るルッコさん。

自分が当たった訳ではないのに、何だか嬉しそうだ。

しげしげと自販機を観察しているルッコさんに、オレは。

 

「…良ければ、ミックスオレ。飲みます?」

 

そう提案するのだった。

 

 

 

 

数分後、謝罪の押収を何度か繰り返した後。

 

「いただきます」

 

「どうぞどうぞ」

 

驚かせてしまったお詫びとして、遠慮するルッコさんにミックスオレを受け取って貰うと、何となくその流れでベンチに揃って座ってしまった。

 

「…」

「…」

 

気まずい沈黙が場を支配する。

居づらい空気から逃げ出した先で同じような空気に包まれる事になるとは。いや、あの部屋に居るよりは大分マシなのだが。

 

委員長を筆頭に、スクールの女子とはそれなりに会話をし。放課後は毎日のようにトウコ先輩とずっと一緒に居たオレではあるが。初対面のアイドルと何を話したら良いか、全然分からない。

というか今思い返すと、女子との会話もほぼポケモンバトル関係一色だった気がしてきた。トウコ先輩も然り。

もしかしてオレって、女性との日常会話の経験値が低いのでは?

 

大人気アイドルに尻餅を付かせてしまったお詫びとしては、ミックスオレ一本など破格が過ぎる気がするものの。謝罪の言葉も受け取って貰えたし、そのまま立ち去れば良かった。

 

いや、今からでも遅くない。ミックスオレを一気飲みし、その勢いのまま再度、誠心誠意頭を下げた後立ち去るというプラン…これだ。

 

そうと決まれば速実行。手に持った缶を口に付け、一息で傾けるのだ。昔、ヒュウとのサイコソーダ早飲み対決に勝ったオレなら余裕だろう…僅差だったけど。

何故か自分にエールを送りつつ、脳内シミュレートしたプランを実行しようとした瞬間。

 

「あ、あのっ」

 

ルッコさんから話し掛けられてしまった。プラン失敗である。しかも、そのあと言葉に詰まった様子で手の上で缶を弄っている。

 

「なんでしょうか?」

 

なるべく朗らかな雰囲気を心掛けつつ、続きを促してみると。

 

「その、私のライブ…どこが悪かったでしょうか…?」

 

「…はい?」

 

予想外の質問に、思わず聞き返してしまう。

今の言い方だと、オレがライブをつまらなそうに観ていたと取れるが、そんな覚えは勿論なく、歌声を楽しませて貰った。

 

「えっと、その。なんだか険しいというか、難しいというか…そんな表情でライブを観ていらっしゃったので。それに、一回も視線が合わなかったですし」

 

どんどん尻すぼみになっていくルッコさんの声。小さな肩も更に縮こまっていく。

 

冷や汗が溢れ出る。ライブ中、オレはフタチマルのボールを抑えつつ、ニャースとヒメグマのステップを目に焼き付ける事に必死になっていた為、どんな表情をしていたのか分かったもんじゃない。

というか、ライブって歌手と視線を合わせるものだったのか。いや、例えそうじゃないとしても、歌っている人を見るのは礼儀なんじゃないだろうか。なんせ、オレはライブを観賞する際の作法を全然知らない。

 

「いえ、違うんです!ルッコさんのライブはそりゃもう大いに楽しんでました、主に歌声を!」

 

それから、身ぶり手振りも併せて大慌ての事情説明会が幕を開けたのだが。ルッコさんは困ったような儚い笑みを浮かべて「そうだったんだね」と相槌を打つのみ。

これは信じられていない。だが会ったばかりの人間を信じろというのも、結構無理があるだろう。

しかし、このままでは申し訳が立たない。

不快な思いをさせた上に、ランプラーが驚かせてしまったという二重の不手際。更には大人気アイドルに悲しい表情をさせたとファンに知られれば、切腹ものではないだろうか。介錯はフタチマルに務めて貰おう、あいつなら首の皮一枚繋げるくらい朝飯前だろうし。いや、そうではなく。

 

そうだ、実際にフタチマルの反応を見せれば良いんだ。

 

「分かりました。論より証拠です」

 

「えっ?あの、キョウヘイさんの言う事を信じていない訳じゃなくてですねっ」

 

気遣ってくれているのだろう焦った様に言うルッコさんを、オレはみなまで言わせない様に手で制して続ける。

 

「ニャースとヒメグマの性別は?」

 

「え?えっと、どっちもメス…です」

 

オレの質問に困惑したように答えるルッコさん。

やはり予想通り。いや、フタチマルがオスに反応していたら、それはそれでどうしたものか分からないけど。

 

「でしたら、ニャースをボールから出していただいても?」

 

オレが真剣な表情で訊くと、事情は上手く飲み込めていないだろうが。ルッコさんも雰囲気に飲まれたのか、真剣に頷く。

 

「わかりました。おいで、ニャニャちゃん!」

 

「ぬにゃあ!」

 

ルッコさんはボールを取り出し、軽く空中に投げると、件のニャースが姿を現した。その瞬間、ベルトのボールが一つ、大きく振動を始める。

 

「これを、抑えていたんです。割と必死に」

 

「な、なるほど…」

「にゃあ…」

 

ガタガタと揺れるフタチマルのボールを取り出し、ルッコさんに見せると、微妙に引き気味で頷いてくれた。 ニャースも若干表情が引き吊っている。

極力身内の恥を晒したくはなかったが、状況が状況なだけにやむを得ない。

 

そして、目の前にニャース本人が居る事からか、ライブの時以上に暴れるモンスターボールがついに独りでに開き。

 

「フタッチ!」

 

フタチマルが解放されてしまった。しかもキメ顔である。

 

「にゃ、にゃあ」

 

それを見て思わずと言った具合に、ルッコさんの脚にしがみついて半身を隠すニャース。それでも、困ったようにではあるが笑顔を浮かべているのは、アイドルポケモン故か。

 

ニャースの笑顔に気を良くしたのか、デレッとした笑みを浮かべて歩み寄ろうとするフタチマルに。

 

「ガントル、ランプラー。いつもの頼む」

 

ガントルを解放し、溜息を吐きながら2体にフタチマルの確保を指示する。

 

「トル」

「フタッヂュ!?」

 

解放されたガントルは、フタチマルの背後に現れ、その100kgはある重量でマウントを取った。フタチマルは背中を押し潰されるような形になり、文字通り潰れたような声を上げる。振り払おうともがくも、ガントルの脚と胴体によって完全に身動きが取れない状態に押さえ込まれる。

因みに、進化する前は突進でミジュマルを吹き飛ばしていたので。今現在の対応の方が、比較的穏便ではある。

 

そんな状態のフタチマルの前にしゃがみ、語りかける。

 

「フタチマル。オレは、お前がオレのポケモンになってくれた時から口を酸っぱくして言っているよな?TPOを弁えろと」

 

何も、メスポケモンにアピールするなと言っている訳では無い。しかし、相手がバトル中だろうが、ライブ中だろうがアプローチしようとする不届き者には、それなりの対応をしてやらないと。誰よりも、フタチマルの為にならない。

 

声を掛けると、フタチマルの身体がビクリと跳ねて固まり、その頭からは冷や汗が流れ始める。

 

「フタ…フタッチ!フタチマ!!」

 

しかしすぐに面を上げると、オレの顔を見上げて言い訳にを始めた。反省の色の見えないフタチマルに溜息を吐き、右手の指を軽く鳴らすと。

 

「プララララ」

「フタヂヂヂ!!」

 

ランプラーが頭の蓋を開けて、中から小さな弾ける炎をフタチマルの尻目掛けて放ち始めた。

文字通り、焼を入れるというヤツである。うちの教育はスパルタなのだ、何度言っても聞き入れないフタチマルが悪い。

 

因みに、進化前はダンゴロ1体で止まらない時には、ヒトモシがこうして尻に火を放っていた。

 

「フタッチ!フタッチ!」

「ランプラー、もういいぞ」

 

どうやら反省したらしいフタチマルを見て、ランプラーに停止の指示を出す。

進化しても変わらない3体の関係に、喜んで良いのか、嘆くべきなのか。

そんな事を考え、頭を軽く右手で抱えると。

 

「ふふ…うふふ」

 

堪えるような笑い声が後ろから聞こえてきたので、振り向くと。ルッコさんが俯きながら口を手で押さえて肩を震わせていた。

どうやら、オレたちのコント染みた制裁がツボに入った様子だ。

 

ぐったりとしたフタチマルを除き。オレとガントルとランプラーが、ルッコさんのそんな様子を見上げていると。

 

「あっ、ごめんなさい!キョウヘイさんとポケモンたち、とっても仲が良いから…ふふふ」

 

謝りつつも抑え切れずに笑うルッコさんの笑顔は。ライブやテレビの向こうで見せる、太陽の様な元気な笑顔ではなく。もっと淑やかで、静かな笑顔と笑い声だった。

 

なんとなくだが、アイドルをしている時の笑顔は演技で。今のオレが見ている笑顔が本当のルッコさんの笑顔なんじゃないかと。烏滸がましくもそう思い、可憐なその笑顔に暫し見とれてしまうも。

 

「ターチ」

 

フタチマルの非難染みた声に我に帰る。

自分が色恋絡みで制裁を与えられた直後に、自身のトレーナーがアイドルに惚けていては恨み言の一つも言いたくなるだろう。これでは示しがつかない。

オレは小さく咳をして取り繕う。

 

「あ…ごめんなさい。笑うなんて失礼ですよね」

 

その咳払いを非難と取ってしまったのか、ルッコさんは気まずそうに再度謝ってくるが。

 

「いえ、寧ろ笑ってくれて助かりました。まぁこんな訳で、オレはルッコさんのライブに不満があったのでは無く。フタチマルの制御と、ニャースとヒメグマの躍りに集中し過ぎていただけなんです」

 

言い訳がましいが、事実だ。それを聞いてルッコさんは、また困ったような笑顔を浮かべる。

 

「すみません…その、初めからキョウヘイさんが本当の事を言ってくれている事は、分かっていました」

 

そう言いつつしゃがみ込んで、ニャースと目線を合わせる。

 

「ただ、ニャニャちゃんとヒメちゃんに負けないように。私も、もっとダンスの練習しなきゃ!って思ってただけで…」

 

「にゃあん」

 

ニャースをゆっくりと撫でながら、そう告げるルッコさん。ニャースは気持ち良さそうに、その手を受け入れている。

 

どうやらオレは、とんだ勘違いをしていたらしい、これではまるで道化だ。恥ずかしさが込み上げてくる。

人を信じられていないのは、オレの方だった。

 

ニャースを撫でつつオレを見た、その大きく綺麗な青い瞳と目が合う。

 

「ミックスオレを飲みながら。もうちょっとだけ、お話…しませんか?」

 

そう言って微笑むルッコさんを見て、心臓の鼓動が早くなったように感じた。

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