もうE1に集中していろんな子を発見しに行こうかな……。
「うええぇ……びしょびしょだよ〜」
加賀に手を引かれ、なんとか出撃ができた金剛は、ずぶ濡れになった巫女服の冷たさに不快感を覚えている。
「……」
だが、不快感を覚えているのは金剛だけではない。目の前の加賀だって水飛沫で派手に濡れてしまっている。
自分が引き起こしたものだから文句は言えないが、やはり拭えない。
「……ごめんね加賀」
「……いえ、私にも非がありましたので」
天気快晴とあって、今日の海はとても穏やかだ。
「お姉様、大丈夫ですか?」
比叡がこちらに近づいて尋ねてくる。
「身体的には大丈夫。でも、精神的には……微妙かな、うん」
「あははは……」
これ以上は自分と加賀が余計に哀れになっていくからできれば突っ込んで欲しくない。
「と、とりあえず頑張るよ」
両手の拳を握り、気を取り直して金剛は脚に力を入れた。
「私が変わりましょうか?」
「ここまで来たので、最後まで私がやります」
比叡の提案に、加賀がキリッと断る。
一航戦の意地なのか、それともただのプライドなのか。おそらく後者だろうが、これで比叡の金剛へのスキンシップは阻まれることになった。
「落ち着いてゆっくりやれば必ずできるわ。だから、一緒に頑張りましょう」
「うん」
バランスを取るのは少しできるようになった。しかしまだ不安定。
大井と北上は離れたところで早速と言わんばかりに、金剛たちそっちのけで走っている。
「は、速い……」
金剛はぼそりと呟く。
とても滑らかな走りで、まるで自分の庭かのように楽しそうだ。
「もっと速い子だっているわ」
「そうなの?」
「ええ。あなたは高速戦艦だから、とても速く走れるようになるわ」
加賀に手を引かれながら、金剛は胸の内に期待を膨らませる。
例えるならば、ビート板なしでは進むこともままならないが、もっと上達して、いつかは……。
そう浮かれていた時だった。
意識が逸れたせいで、大きく足元がズレた。
「うそんッ!」
「ーーえ?」
脚部艤装のスピードによって足が前に出すぎて、腰が置き去りにされ、盛大にお尻から着水した。
加賀と手を繋いだままで。
バシャリと尻餅をつくだけでなく、その上から加賀が乗っかって来た。
ひときわ大きく水飛沫が上がり、それに気づいた皆が近寄ってくる。
「お姉様⁉︎」
霧島に起こされ、なんとか立ち上がった金剛は道連れになって濡れてしまった加賀を見る。
彼女が表情を見せることはあまりない。もっとも近い出来事ならば、金剛が目覚めた時に謝られたあの時だけだ。
そして、今回は無表情だ。もう怒っているのかすらわからなくて、余計に不安にかられた。
「ご、ごめんなさい!」
「……大丈夫。大丈夫よ。誰にでも失敗はつきもの。だから安心して」
濡れながらも、凛とした加賀の姿が金剛にはとてもカッコよく見えた。クールビューティーな彼女に金剛は少しだけ見惚れてしまった。
その瞬間ーー金剛が乙女になった瞬間ーーを霧島は見逃さなかった。
「今のはきっと、腰の重心が不安定になったから倒れたのよ。だから、今度は腰を落として、重心を安定させることを意識して」
「うん、わかった」
差し出された手を握り、金剛は腰を落とした。
「行くわよ」
「了解」
ゆっくりと加賀が金剛を引っ張る。それに負けじと足に力を入れ、そして腰の重心も忘れないように、懸命にバランスを保った。
霧島たちから見れば、今の金剛はとても不恰好な走り方をしている。だが、真剣な眼で加賀の講義を受ける金剛の必死さに誰もが暖かく見守った。
「いい感じよ」
「あ、ありがとう」
「もう少しスピードを上げましょうか?」
これ以上スピードを上げられる自信はまだなく、金剛はふるふると頭を横に振った。
「そう、わかったわ」
なんとか大井たちがいるところまで移動することができた。その距離は約50メートルほど。
「お、頑張ってるねぇ金剛さん」
北上が言葉をかけてくる。
しかし、金剛は集中し過ぎていて、そっちに気を向けることができずに、かくかくと頷くことで反応する。
「あははは……まあ私たちのことは気にしないでに頑張ってねー」
北上に首を向けることもできない。
大きく縦に降るので精一杯。
きっとすごい形相になっているが、そんなことを気にする余裕はなかった。
「こんなお姉様を見るのはなんだか新鮮ですね……」
「こう……庇護欲を掻き立てられるような……」
「あ、それは色々と危ないやつですよ」
霧島のアブナイ発言に榛名が冷静にツッコミを入れる。
遠目から見るだけで、何もすることがない比叡を含めた3人はただぼんやりと立っているだけだ。
「ですが、榛名にもなくはないでしょう?」
「まあ……そう……かな」
「これまではお姉様が私たちを支えてくれていましたが、今度は私たちがお姉様を支える番ですね」
いつも明るく、妹たちを教え、導いてくれる姉。しかしその姿は消えてしまった。明るさは変わらないが、今や無垢で無知で、そしてなによりも……弱い。
風に晒されれば、その方向にすんなりと流されてしまう、一輪の花だ。
「これはある意味チャンス!」
拳を握り、比叡が叫ぶ。
「それはどういうことですか?」
「ふっふっふー、わからない榛名?」
「わからないです……」
「無垢なお姉様を私たちでいっぱい甘やかす! そうしたらお姉様は私たちに首ったけっこと! そう、つまり……」
霧島がせっかくいい感じに……深い感じに空気を作り出したというのに、比叡がそれをおかしな方向に屈折させようとしている。
比叡の言いたいことはわかる。もちろんわかる。妹として。
しかし、流れというものを読んでほしかった。
「金剛お姉様育成計画です!」
なんとも馬鹿げた計画だが、彼女たちにとってはとても魅力的なものだ。
それぞれが想いを……妄想を壮大に繰り広げ、浸る。
頭を撫でる妄想。ハグする妄想。膝枕……添い寝……。
彼女たちの興奮は一気に最高潮まで持ち上がる。
「素晴らしい……計画ですね」
「でしょ?」
榛名と比叡がニヤリと笑う。
これが金剛にとって吉と出るか凶と出るか。それはわからない。わからない……が、ひとつだけ言えることがある。
それは、それほどまでに金剛を愛しているということだ。
◆
「よくやったな。これで俺の心の潤いが保障された」
提督は差し出されたものを一枚一枚吟味し、満足そうに目を細める。
「いえいえ、これが仕事ですので。こちらとしても楽しかったですし」
けらけらと敬礼を崩して彼女は自分の仕事道具を撫でる。
「この子がいれば一騎当千! ヘマなんてしでかしませんよ」
「さすが、安心と信頼で有名なお前だ」
「あはは〜」
彼女は後ろ頭をかいて照れる。
提督は机の下からある物を渡すと、それを手渡した。
「ほら、報酬だ」
「こ、これは最新型の……⁉︎」
「これでお前の仕事ももっとはかどるようになろだろう?」
「はい! それはもう! ……でもいいんですか? これほどのもの。今回の仕事にしては報酬が高すぎるのでは?」
怪しむように提督を見る。
彼女とて幾多の修羅場を駆け抜けた者だ。何か裏があるのではないかと疑う。
「他意はないから安心しろ。ターゲットが簡単だったからそう思ったのだろうが」
「ならオーケーです。これ、大事に使わせていただきますね!」
「仕事があればまた頼むよ、青葉」
「はい、まっかせてください!」
青葉は新たな仕事道具……カメラを手に意気揚々と鼻歌を歌いながら執務室を出る。
提督の手には青葉が撮った金剛の写真の数々。
「ふむ。これ比叡とかとの交渉材料にもってこいだな。あと普通に可愛い」
提督は写真を入手し、青葉はカメラを入手する。そんなウィンウィンな関係。
誰にも知られていない、2人だけの秘密。
◆
金剛の海上訓練を終え、入渠施設で風呂に浸かった彼女たちは更衣室でグダグダしていた。
成果としては、加賀の補助なしでもなんとか走れるまでに至った。
そこまで上達するのに、何度転倒したかはもはや言えまい。
「……生き返るわ」
風呂上がりの牛乳を飲んだ加賀がふぅ、と長く息を吐く。
いつもはサイドテールだが、今はうなじあたりまで降ろしていて、とても魅力的だ。
「今日はありがとうね、加賀」
金剛が加賀の隣に座る。
金剛も同じでいつもの電探カチューシャは外している。
いつもなら妹たちが金剛の両脇を争い、1人だけ哀れにも弾き出されるのだが、これ逃さんと比叡が金剛に次いで座った。
「感謝する必要はないわ。私はただ、私のしたいことをしているだけよ」
「そっか」
「ええ」
「その牛乳、一口もらっていい?」
「いいわよ」
加賀からビンを受け取り、金剛は一口飲んだ。
ーー瞬間、比叡たちに電撃が走る。
特に比叡などこの世の終わりを目撃したかのようだ。
いったいいつ加賀と金剛が間接キスをするまでの仲になったのか……!
わかっている。金剛が無自覚で間接キスをしたのはわかっている。
わかっているのだが……!
「うらやましいッ!」
霧島が横槍を入れる。鼻息を荒げていて少し気持ち悪い。
「ど、どうしたの霧島」
「い、いえ、私も金剛お姉様と間接キ……ハッ! なんでもありません! ハイ、なんでもありませんよ?」
ついつい欲望が垂れ流しになりそうだったが、なんとか自分を抑えつける。
「そっか。ねえ霧島……カチューシャとめてくれない? 髪型とか自分じゃちょっとしづらいからさ」
「ーー」
霧島はここに轟沈した。
してもいいと思った。なんといっても、大好きな金剛の髪を合法的? に触ることができるのだから。
あちらでは大井が北上の肩を揉んでレズ色の薔薇が咲いているが、こちらでは妄想ファイヤーのバーニングラブが噴火している。
「はい! もちろんやります! むしろ私にやらせてください!!」
「そんなに熱くならなくてもいいと思うけど……うん、お願いするね」
金剛にカチューシャを渡され、霧島は後ろに立った。
さらにその後ろに榛名が音もなく回り込み、霧島の耳元で囁く。
「……私と代わりましょう」
だが霧島はここで即座に答える。
「ノーよ」
と。
たとえひとつ上の姉だろうが、譲ることはできない。
金剛の前髪を手で持ち上げ、カチューシャをかける。そして丁寧に髪を垂らし、左右に分けたあと、耳元で団子を結び、それらに巻きつける。最後に太い触角髪を肩の前に流して終わりだ。
「できましたよ、お姉様」
最後に霧島はあろうことか、金剛の頭を撫でた。
予想外のことで驚いた金剛は小動物のようにピクリと身体を震わせた。
霧島はその可愛らしい反応にくすりと笑う。
「え、ちょっ、どうしたの?」
振り向こうにも、髪型が崩れてしまうからそのままの姿勢で金剛は言った。
「なんとなく、です。嫌でしたか?」
「そんなことはないよ。んっ……ちょっと気持ちいいかも」
目を細めるその様子は顎を撫でられてごろごろ気持ちよさそうに唸る猫のようだ。
「はい、おしまい」
ところが、途中で霧島は頭を撫でるのをやめてしまった。
「えっ……」
金剛が物欲しそうな眼で振り返る。どうしてやめたの? とその眼は問いかけている。
「だってこのままだとお姉様、寝てしまいそうでしたから。大丈夫、また今度してあげますよ」
「う、うん」
もう皆、髪が乾いた頃だ。もうそろそろ晩に近いし、お腹も空いた。
霧島は皆を催促して入渠施設から出た。
外は薄暗く、海が近いから随分と涼しい。
「北上さん、また一緒にお風呂に入りましょうね。今度はふたりきりで」
『ふたりきり』を強調して大井はやや興奮気味に喋っている。
北上の手にはまだ飲みきっていない牛乳のビンが握られていて、キュポン、と蓋を抜いた。
「うんいいよー」
そう言って牛乳を飲む。
「ホント! 嬉しい!」
キャッキャッと大井がはしゃぐ。
今日あんなにもふたりで海の上を動き回っていたのに、なんという気力の回復力だ。
「ねえ、大井」
そこに金剛がふたりを遮った。
そんなことをするとどうなるか知っているはずなのに、よくできたものだ。
「……なんですか。今忙しいんですけど」
案の定、一気に不機嫌になった大井が低い声で金剛に問いかけた。
「ちょっと真剣な話なんだけど、いい?」
大井は豆鉄砲を食らったような顔だ。
「まあ……それなら」
「ありがとう。いきなりで悪いんだけど……」
金剛はここで口を止めた。一瞬だけ本当に訊こうか戸惑った。
これで、何かがわかるかもしれない。でも、知らなければよかったことも知ってしまうかもしれないと思ったからだ。
いやそれでも。
艦娘とは何か。深海棲艦とは何か。
この戦争の意味は何か。それを知らなければならなかった。
「大井はどうして戦ってるの?」
「どうして……って言われても……。人類を守るため、なんて言っても納得できないのでしょう? きっと」
うん、と金剛は頷く。
「正直に言うと私、そこまで深く考えてないんですよね」
いきなりの暴論に金剛は肝を抜かれた。
「そうですね……北上さんがいるから、かな」
「それは……どうして?」
「それはもちろん、私が北上さんを好きだからよ。私は北上さんを守りたいんじゃない。……一緒に支え合って、日々を戦い抜きたいの。笑われてもいい。軽蔑されてもいい。それが、私の戦う理由よ」
「大井っち……」
完全に北上は大井の言葉に酔いしれている。
堂々としたその言葉は確かに金剛の胸に届いた。金剛は大井の瞳に覚悟をみた。暗い夜をもろともしない燃えるような瞳にだ。
「あ、なんか自分で言ってすごく恥ずかしくなってきたわ……!」
しかし、今の熱が嘘のように一気に冷め、今度は違う意味で熱くなった。
「ありがとう、大井。私、すごくいいことを聞けたと思うよ」
「そ、それは良かったですね……あ、いや、違うッ! 忘れなさい! 私が今言ったこと、忘れなさいッ!!」
ぶんぶんと手を振り回して大井が喚く。
「比叡さんたちもですよ! 絶対ですからね!!」
指を差された彼女たちは苦笑いを浮かべるだけだ。
「……大井っち」
「あ、はいなんでしょうか北上さん?」
「すごく嬉しかったよ。……ありがとう」
「ンッフーー!! 天使は……ここにいたの、です……ね」
北上の可愛さに大井は興奮の頂点に達した。
勢いよく鼻血が流れ、その場に卒倒する。
「ええぇ大井っち⁉︎ 大井っちーー!!」
レズカップルと、永遠なれ。
金剛は大井を抱きかかえる北上を見ながら、心に熱いものを感じた。どうしてか、大井の言葉に感動した。
胸に手をギュッと当て、心臓の鼓動を確かめる。規則正しく脈打つ心臓が、自分が生きていることを教えてくれる。
一度は死にかけたらしいこの身だ。
戦って死ぬ、なんてことはまだ金剛にはわからない。戦いに命の花を散らす艦娘たちの心はまだわからない。
明日で6日目。提督に与えられた7日間の大詰めだ。
残るか残らないか。それを決める判断材料は、やはり戦う理由を訊くことに尽きると考えた。
残り時間は短い。全員は無理かもしれないが、できるだけ多くの人に訊いてまわりたい。
金剛は、雲から姿を現した三日月を見上げながら、そう決意した。
金剛は決断に迫られる。
正解などない。しかし、不正解もない。どっちを選んで、どう転ぶか、それは誰にもわからないから。
評価してくださったバスクランサーさん、ありがとうございます!